目次
第1 総論
第2 相殺の抗弁に関する判例
1 許される事例
2 許されない事例
第3 訴訟上の相殺の抗弁に関する参考答案
第4 関連記事その他
第1 総論
1 訴訟上の相殺の抗弁とは,被告が口頭弁論において自己の債権を相殺に供することで,原告の主張する債権を消滅させ,原告の請求を理由のないものとする抗弁をいいます。
2 相殺の抗弁についての判断は、それが判決理由中の判断であるにもかかわらず,「相殺をもって対抗した額について」既判力が生じます(民訴法114条2項)。
そして,このことは,相殺の抗弁が排斥された場合であると,認容された場合であるとを問いません。
3(1) 既判力は本来,判決主文で示された訴訟物たる権利・法律関係の存否の判断についてのみ生じ(民訴法114条1項),判決理由中でなされる前提問題たる権利・法律関係の存否の判断については生じないのが原則です。
なぜなら,当事者間の紛争解決としてはこれで十分であるし,判決理由中の判断については当事者の手続保障を充足しているとは限らないし,また,このように解することは審理の簡易化・弾力化に資するからです。
(2) しかし,相殺の抗弁は訴求債権とその発生原因において無関係な反対債権を対当額で消滅させる効果を抗弁とするものです。
そして,その判断に既判力が認められない場合、訴求債権の存否の紛争が反対債権の存否の紛争として蒸し返され,判決による紛争解決の実効性が失われることから,蒸し返しを防止して一挙に紛争を解決するため,相殺の抗弁についての判断には既判力が認められます。
第2 相殺の抗弁に関する判例
1 許される事例
① 一部請求訴訟の残部債権による相殺
・ 一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起している場合において,当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは,債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り,許されます(最高裁平成10年6月30日判決)。
② 反訴請求債権による相殺
・ 本訴及び反訴が係属中に,反訴原告が,反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは,異なる意思表示をしない限り,反訴を,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分を反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更するものとして,許されます(最高裁平成18年4月14日判決)。
③ 時効消滅した本訴請求債権による相殺
・ 本訴において訴訟物となっている債権の全部又は一部が時効により消滅したと判断されることを条件として,反訴において,当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されます(最高裁平成27年12月14日判決)。
④ 抵当不動産の賃借人による相殺
・ 抵当不動産の賃借人は,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができます(最高裁平成21年7月3日判決)。
⑤ 請負契約における相殺
・ 最高裁令和2年9月8日判決は, 請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が,破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり,上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例です。
・ 請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし,他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に,本訴原告が,反訴において,上記本訴請求債権を自働債権とし,上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することは許されます(最高裁令和2年9月11日判決)。
2 許されない事例
① 相殺の抗弁後行型
・ 係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張すること(いわゆる相殺の抗弁後行型)は,併合審理されている場合であっても許されません(最高裁平成3年12月17日判決。なお,先例として,最高裁昭和63年3月15日判決参照)。
② 訴訟上の相殺の再抗弁
・ 訴訟上の相殺の抗弁に対し訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは,許されません(最高裁平成10年4月30日判決)。
第3 訴訟上の相殺の抗弁に関する参考答案
・ 昭和33年度司法試験第2問は「訴訟上の相殺の抗弁」というものでしたが,その参考答案は以下のとおりです。
1 総論
(1)ア 訴訟上の相殺の抗弁とは、被告が口頭弁論において自己の債権を相殺に供することで、原告の主張する債権を消滅させ、原告の請求を理由のないものとする抗弁をいう。
イ 相殺の抗弁についての判断は、それが判決理由中の判断であるにもかかわらず、「相殺をもって対抗した額について」既判力が生じる(114条2項)。
このことは、相殺の抗弁が排斥された場合であると、認容された場合であるとを問わない。
(2)ア ここで、既判力は本来、判決主文で示された訴訟物たる権利・法律関係の存否の判断についてのみ生じ(114条1項)、判決理由中でなされる前提問題たる権利・法律関係の存否の判断については生じないのが原則である。
なぜなら、当事者間の紛争解決としてはこれで十分であるし、判決理由中の判断については当事者の手続保障を充足しているとは限らないし、また、このように解することは審理の簡易化・弾力化に資するからである。
イ しかし、相殺の抗弁は訴求債権とその発生原因において無関係な反対債権を対当額で消滅させる効果を抗弁とするものである。
そして、その判断に既判力が認められない場合、訴求債権の存否の紛争が反対債権の存否の紛争として蒸し返され、判決による紛争解決の実効性が失われることから、蒸し返しを防止して一挙に紛争を解決するため、相殺の抗弁についての判断には既判力が認められる。
2 相殺の抗弁が主張された場合の既判力の範囲について
(1) 相殺の抗弁が主張された場合、いかなる範囲で既判力が生じるであろうか。
まず、反対債権が存在しないとして相殺の抗弁が排斥された場合、敗訴被告が後に反対債権を主張することを防止するため、反対債権の不存在について既判力が生じる。
(2) では、反対債権が存在するとした上で相殺の抗弁を認容して原告の請求が棄却された場合、いかなる範囲で既判力が生じるか。
この点、訴求債権及び反対債権が共に存在し、かつ相殺によって消滅したことについて既判力が生じるとする説がある。
この説は、このように解さないと、①原告による、反対債権が初めから存在していなかったことを理由とする不当利得返還請求、及び②被告による、訴求債権が別の理由で不存在であったことを理由とする不当利得返還請求といった紛争の蒸し返しを防止できないとする。
しかし、既判力は基準時における権利・法律関係の存否を確定するものであるところ、訴求債権及び反対債権の存在は基準時前の事由であり、既判力による確定の対象となるものではない。
また、反対債権の不存在についてのみ既判力を認めれば紛争の蒸し返しは防止できる。つまり、①原告の不当利得返還請求は訴求債権の存在を先決問題とするから、前訴の請求棄却判決の既判力で封じられる。また、②被告の不当利得返還請求は反対債権の存在を先決問題とするから、反対債権の不存在についてのみ既判力で確定しておけば封じられる。
よってこの場合、反対債権の不存在についてのみ既判力が生じると解する。
3 相殺の抗弁の特殊性について
(1)ア 相殺の抗弁についての判断には既判力が認められることから、弁済、免除等の抗弁と比べていくつかの特殊性がある。
まず、弁済、免除等の抗弁については、訴求債権の存在を仮定した上で抗弁を認めて原告の請求を棄却することが許される。
なぜなら、かかる抗弁の判断は判決理由中の判断にとどまり、既判力を生じない以上、いかなる理由で勝訴しようと被告の利害に差異はないからである。
イ これに対して相殺の抗弁については、訴求債権の存在を仮定した上で相殺の抗弁を認めて原告の請求を棄却することは許されない。
なぜなら、相殺の抗弁の判断には前述したとおり既判力が生じ、被告にとっては仮にそれが受け入れられて勝訴したとしても、反対債権の喪失という出捐を伴う点で実質敗訴判決といえるからである。
(2) 次に、被告が弁済、免除等の抗弁により勝訴した場合、申立てどおりの請求棄却判決がなされている以上、上訴の利益は認められない(形式的不服説)。
これに対して、相殺の抗弁により勝訴した場合、前述したとおり被告にとっては実質敗訴判決であるから、例外的に上訴の利益が認められる。
(3) また、弁済、免除等の抗弁は、前述したことからすれば、前訴で提出することを期待できるから、後訴での主張は既判力により遮断される。
これに対して相殺の抗弁は、前述したことからすれば、必ずしも前訴で提出することは期待できないから、後訴での主張は既判力により遮断されないと解する(判例に結論同旨・最判昭和40年4月2日)。
(4)ア さらに、相殺の抗弁の判断には既判力が生じるから、他の抗弁とは異なり、①既に別訴で相殺の抗弁として用いている債権を請求する抗弁先行型、及び②既に別訴で請求している債権を相殺の抗弁として用いる抗弁後行型について、二重起訴禁止を定める142条が類推適用されるかが問題となる。
イ(ア) まず抗弁先行型では、相殺の抗弁は予備的抗弁として他の防御方法の後で審理されるという特殊性がある点で審理されるかは不確実であるから、裁判所の判断がなされて114条2項に基づく既判力が生じるかは不確実である。
よって、142条は類推適用されないと解する。
(イ) これに対して抗弁後行型では、自働債権は前訴では訴訟物である点で審理されることは確実であるから、裁判所の判断がなされてその全額について既判力が生じることは確実である。
よって、142条が類推適用されると解する(判例同旨・最判平成3年12月17日)。
以上
第4 関連記事その他
1 みずほ中央法律事務所HPに「二重起訴の禁止と相殺の抗弁」が載っています。
2(1) 債務名義たる判決の基礎となる口頭弁論の終結前に相殺適状にあったとしても,右弁論終結後になされた相殺の意思表示により債務が消滅した場合,右債務の消滅は請求異議の原因となりえます(最高裁昭和40年4月2日判決)。
(2) 金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは,特段の事情がない限り,信義則に反して許されません(最高裁平成10年6月12日判決)。
3 以下の記事も参照してください。
・ 損益相殺
φ(..)メモメモ
東京地判R3.2.17https://t.co/cqaUyNmhgq
訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟外で相殺の意思表示をし、これを訴訟上再抗弁として主張することは許される(H10最判に反しない)。
— venomy (@idleness_venomy) May 12, 2023