損益相殺


目次

1 労災保険法に基づく保険給付は,慰謝料等には充当されないこと
2 休業給付及び療養給付と損益相殺
3 遺族補償年金と損益相殺
3の2 損害賠償金を先に取得した場合に実施される,労災保険給付の控除
4 損益相殺と過失相殺の両方が絡んだ場合の請求額の計算
5 労災保険の特別支給金は損益相殺の対象とならないこと
6 労災保険の受給権者と損害賠償請求権者が異なる場合,損益相殺の対象とならないこと
7 労災保険給付における,企業内労災補償,示談金,和解金,見舞金等の取扱い
8 生計維持関係の認定基準
9 自賠責保険金,搭乗者傷害保険金,人身傷害補償保険及び政府保障事業による填補と損益相殺
10 遺族年金及び生命保険金と損益相殺
11 租税及び養育費と損益相殺
12 関連記事その他

1 労災保険法に基づく保険給付は,慰謝料等には充当されないこと
(1) 慰謝料に対応する労災保険給付は存在しないところ,労災保険給付が現に認定された逸失利益の額を上回るとしても,当該超過分を財産的損害のうちの積極損害(例えば,治療費)や精神的損害(慰謝料)をてん補するものとして,保険給付額をこれらとの関係で控除することは許されません最高裁昭和62年7月10日判決。なお,先例として,最高裁昭和58年4月19日判決)。
    なぜなら,民事上の損害賠償の対象となる損害のうち,労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害厚生年金が対象とする損害と同性質である点で,その間で同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみだからです。
(2) 労災保険及び人身傷害補償保険に関する損益相殺について判示した裁判例として,京都地裁平成31年1月30日判決があります。

2 休業給付及び療養給付と損益相殺
(1)ア 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整が行われます(最高裁平成22年10月15日判決。なお,先例として最高裁平成22年9月13日判決参照)。
イ 具体的には,労災保険の休業給付及び障害一時金は,休業損害及び後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整が行われます(最高裁平成22年10月15日判決)。
(2)ア 休業給付は,休業損害の元本との間で損益相殺的な調整が行われるべきであり,その制度の予定するところに従って,てん補の対象となる損害が現実化する都度,これに対応して支給されたものといえる場合(=制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情がない場合),そのてん補の対象となる損害は,交通事故が発生した日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整がなされます(最高裁平成22年10月15日判決)。
イ 療養給付については治療費等の療養に要する費用の元本との間で,交通事故が発生した日にてん補されたものと法的に評価して,同様の損益相殺的な調整がなされます(最高裁平成22年9月13日判決)。
ウ 障害一時金については後遺障害による逸失利益の元本との間で,交通事故が発生した日にてん補されたものと法的に評価して,同様の損益相殺的な調整がなされます(最高裁平成22年10月15日判決)。
(3) 最高裁平成22年9月13日判決に関する最高裁判所判例解説民事編平成22年(下巻)584頁には以下の記載があります。
(注6) 前掲最二小判昭和62年7月10日の判例解説(田中壯太「最高裁判所判例解説民事篇昭和62年度」427頁)は,労災保険給付につき,①療養補償給付と損害賠償の費目中の「治療費」(積極損害の一部)が,②葬祭料と損害賠償の費目中の「葬祭費用」(積極損害の一部)が,③休業補償給付,障害補償給付,遺族補償給付及び傷病補償年金と損害賠償の費目中の消極損害(逸失利益)が,それぞれ「同一の事由」の関係にあり,厚生年金保険法に基づく年金給付についても,労災保険給付についての考え方が基本的に妥当すると述べる。国民年金法や各共済組合法に基づく年金給付についても,労災保険給付や厚生年金保険法に基づく年金給付との給付目的や支給要件の類似性等に照らせば,以上と同様の考え方が基本的に妥当すると考えてよいであろう。
(4) 御池ライブラリーの「4 損益相殺」には「療養給付については、治療費以外にも、入院雑費や通院交通費への充当(損益相殺)を認める裁判例が多い。」と書いてあります。

3 遺族補償年金と損益相殺

(1)ア  労働者災害補償保険法又は厚生年金保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても,いまだ現実の給付がない以上,将来の給付額を受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から控除することを要しません(最高裁昭和52年10月25日判決。なお,先例として,最高裁昭和52年5月27日判決参照)。
イ 最高裁昭和52年5月27日判決及び最高裁昭和52年10月25日判決からすれば,労災保険から将来にわたり給付されることが予定される年金については損害賠償額から差し引かれないこととなり,事業主の損害賠償が行われた後は,保険給付の支給停止の明文の根拠を欠くため結果的に二重填補・二重負担の事態を招き,事業主の有する労災保険における保険利益が失われることとなりました。
    そこで,このような不合理な自体を解消するため,昭和55年の労災保険法改正により,事業主の行う民事損害賠償と労災保険給付との調整を定める労災保険法64条が追加されました。
(2)ア 被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,損害賠償額を算定するに当たり,上記の遺族補償年金につき,その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行われるのであって(最高裁大法廷平成27年3月4日判決),この点については,休業補償給付及び療養補償給付の損益相殺と同じ取扱いです。
イ いまだ支給を受けることが確定していない遺族補償年金(「事実審の口頭弁論終結後に支給される遺族補償年金」とほぼ同じです。)の額についてまで損害額から控除する必要はありません(地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金に関する最高裁大法廷平成5年3月24日判決参照)。

3の2 損害賠償金を先に取得した場合に実施される,労災保険給付の控除
・ 大阪労働局HPの「民事損害賠償と労災保険との調整方法について」には以下の記載があります。
    「控除」とは、第三者の損害賠償(自動車事故の場合は自賠責保険等)が労災保険の給付より先に行われていた場合であって、当該第三者から同一の事由(注2)につき損害賠償を受けたときは、政府は、その価格の限度で労災保険の給付をしないことをいいます。
    同一の事由により、第三者から損害賠償を受け、さらに労災保険の給付が行われますと、損害が二重にてん補されることとなり、被災者等は計算上利益を生ずることとなってしまいますので、損害賠償のうち、労災保険の給付と同一の事由に相当する額を控除して給付を行い、損害の二重てん補という不合理を避けることとしているわけです。なお、控除を行う期間は、原則として災害発生後7年間となります。

4 損益相殺と過失相殺の両方が絡んだ場合の請求額の計算
(1) 労災保険法に基づく保険給付の原因となった交通事故が第三者の行為により惹起され,第三者が当該行為によって生じた損害につき賠償責任を負う場合において,当該交通事故により被害を受けた労働者に過失があるため損害賠償額を定めるにつきこれを一定の割合で斟酌すべきときは,保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するには,当該損害の額から過失割合による減額をし,その残額から当該保険給付の価額を控除する方法によることとなります(最高裁平成元年4月11日判決。なお,先例として,最高裁昭和55年12月18日判決)。
    つまり,労災保険の損益相殺と過失相殺の両方が絡んだ場合の請求額の計算式は,請求可能額=損害額×(1-被請求者の過失割合)-労災保険に基づく保険給付の価額になるということです。
(2)ア 労災保険と同じように過失相殺後に控除されるものとしては,自賠責保険及び加害者加入の任意保険があるのに対し,過失相殺前に控除されるもの(過失がある被害者に有利な方式です。)としては,健康保険の療養給付,老齢基礎年金及び老齢厚生年金並びに所得補償保険があります(交通事故サポートセンターHPの「過失相殺と損益相殺はどちらを先に行うべきか」参照。なお,健康保険の療養給付につき最高裁平成10年9月10日判決,所得補償保険につき最高裁平成元年1月19日判決)。
イ 自賠法72条1項後段に基づく政府保障事業の場合,国民健康保険給付は過失相殺後に控除されます(最高裁平成17年6月2日判決)。
(3)ア バスの乗客の事故に関する名古屋地裁平成15年3月24日判決(判例秘書に掲載)は「健康保険法による健康保険給付は,被害者の過失を重視することなく,社会保障の一環として支払われるべきものであることに鑑みれば,過失相殺の負担は保険者等に帰せしめるのが妥当であるから,健康保険法による傷病手当金及び高額療養費の各給付は,過失相殺前にこれを損害から控除すべきである。」と判示しています。
イ 協会けんぽの高額療養費は,保険医療機関等から提出される診療報酬明細書の確認が必要である点で診療月から3ヵ月以上かかることから,協会けんぽでは高額療養費が支給されるまでの間,高額療養費支給見込み額の8割相当額を無利子で貸し付けを行う高額医療費貸付制度があります(協会けんぽHPの「高額療養費について」参照)。

5 労災保険の特別支給金は損益相殺の対象とならないこと

    労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年12月28日労働省令第30号。公布日施行であり,昭和49年11月1日から適用)に基づく休業特別支給金,障害特別支給金等の特別支給金の支給は,労働者災害補償保険法に基づく本来の保険給付ではなく,労働福祉事業の一環として,被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり(労働者災害補償保険法23条1項2号,同規則1条),使用者又は第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について,保険給付の場合のような調整規定(同法64条,12条の4)もありません。
    このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると,特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず,被災労働者が労働者災害補償保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできません(最高裁平成9年1月28日判決。なお,先例として,最高裁平成8年2月23日判決参照)。

6 労災保険の受給権者と損害賠償請求権者が異なる場合,損益相殺の対象とならないこと
(1) 不法行為の被害者の相続人が受給権を取得した遺族厚生年金を損害賠償の額から控除するに当たっては,現にその支給を受ける受給権者についてのみこれを行うべきものとされています(最高裁平成16年12月20日判決。なお,先例として,最高裁昭和50年10月24日判決参照)ところ,このことは遺族補償年金(業務災害)又は遺族年金(通勤災害)についても同じであると思います。
    そのため,例えば,通勤災害となる交通事故で死亡した子供の祖父母(55歳以上)が遺族年金を受領したとしても,当該遺族年金は,死亡した子供の両親(55歳未満)が有する損害賠償金から差し引かれることはないと思います。
(2) 通勤災害となる交通事故で死亡した子供の両親が損害賠償金を受領したとしても,当該損害賠償金は,死亡した子供の祖父母が有する遺族年金から差し引かれることはありません(民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準(労働者災害補償保険法第六七条第二項関係)について(昭和56年6月12日付の労働事務次官通達)「2 支給調整を行う労災給付」参照)。

 労災保険給付における,企業内労災補償,示談金,和解金,見舞金等の取扱い
・ 民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準(労働者災害補償保険法第六七条第二項関係)について(昭和56年6月12日付の労働事務次官通達)には「企業内労災補償、示談金、和解金、見舞金等の取扱い」として以下の記載があります。
イ 企業内労災補償
    企業内労災補償は、一般的にいつて労災保険給付が支給されることを前提としながらこれに上積みして給付する趣旨のものであるので、企業内労災補償については、その制度を定めた労働協約、就業規則その他の規程の文面上労災保険給付相当分を含むことが明らかである場合を除き、労災保険給付の支給調整を行わない。
ロ 示談金及び和解金
    労災保険給付が将来にわたり支給されることを前提としてこれに上積みして支払われる示談金及び和解金については、労災保険給付の支給調整を行わない。
ハ 見舞金等
    単なる見舞金等民事損害賠償の性質をもたないものについては、労災保険給付の支給調整を行わない。

8 生計維持関係の認定基準(1) 労災保険の遺族補償年金の場合

ア 遺族補償年金の受給資格者について定める労災保険法16条の2第1項本文の「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していた」に該当するためには,専ら又は主として労働者の収入によって生計を維持されていることを要せず,労働者の収入によって生計の一部を維持されていれば足りますから,いわゆる共稼ぎもこれに含まれます労働者災害補償保険法の一部を改正する法律第三条の規定の施行について(昭和41年1月31日付・基発第73号))。
イ 労災保険給付事務取扱手引(平成25年10月改訂版)76頁及び77頁に,生計維持関係の詳しい判断基準が載っています。
(2) 遺族厚生年金の場合
・ 遺族厚生年金の受給資格者について定める厚生年金保険法59条1項の「被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時(中略)その者によつて生計を維持したもの」につき,例えば,被保険者と同居していて,前年の所得が年額655.5万円未満であれば該当します(生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて〔厚生年金保険法〕(平成23年3月23日付の日本年金機構理事長あて厚生労働省年金局長通知))。
    つまり,労災保険の遺族補償年金よりも遺族の収入要件は緩やかなものになっています。

9 自賠責保険金,搭乗者傷害保険金,人身傷害補償保険及び政府保障事業による填補と損益相殺
(1) 自賠責保険金と損益相殺
ア 不法行為による損害賠償債務は,不法行為の日に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥ります(最高裁大法廷平成27年3月4日判決。なお,先例として,最高裁昭和37年9月4日判決参照)。
イ 自賠責保険金が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されます(最高裁平成16年12月20日判決)。
ウ 自賠責保険の場合,保険会社が損害賠償額の支払に当たって算定した損害の内訳は支払額を算出するために示した便宜上の計算根拠にすぎません(最高裁平成10年9月10日判決)。
(2) 搭乗者傷害保険金と損益相殺
ア 搭乗者傷害保険は,保険契約者及びその家族,知人等が被保険自動車に搭乗する機会が多いことにかんがみ,右の搭乗者又はその相続人に定額の保険金を給付することによって,これらの者を保護しようとするものですから,搭乗者傷害保険の死亡保険金は被保険者が被った損害をてん補する性質を有しません。
    そのため,自分の自動車保険から搭乗者傷害保険金を受領した場合,損害賠償金は削られません(最高裁平成7年1月30日判決)。
イ 加害者又は加害者側が搭乗者傷害保険の保険料を支払っていた場合(被害者が加害者の同乗者であった場合に当てはまる可能性があります),搭乗者傷害保険金は慰謝料減額事由として斟酌されることが多いです(たかつき法律事務所HPの「搭乗者傷害保険金は賠償金から差し引かれるのでしょうか?」参照)。
(3) 人身傷害補償保険と損益相殺
ア 保険会社は保険金請求権者の権利を害さない範囲内に限り保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する旨の定めがある自動車保険契約の人身傷害補償条項の被保険者である被害者に過失がある場合において,上記条項に基づき被害者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は,上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回るときに限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します(最高裁平成24年5月29日判決。なお,先例として,最高裁平成24年2月20日判決)。
イ  人身傷害保険について保険会社が被害者に対して自賠責保険分を含めて一括払することを合意した場合において,保険会社が自賠責保険から支払を受けた損害賠償額相当額を被害者の損害賠償請求権の額から控除することはできません(最高裁令和4年3月24日判決参照)。
(4) 政府保障事業による填補と損益相殺
・  被害者が自賠法73条1項所定の他法令給付(同項に掲げる法令に基づく同法72条1項による損害のてん補に相当する給付)に当たる年金の受給権を有する場合において,政府が同法72条1項によりてん補すべき損害額は,支給を受けることが確定した年金の額を控除するのではなく,当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めた年金の額を控除して,これを算定すべきです(最高裁平成21年12月17日判決)。

10 遺族年金及び生命保険金と損益相殺
(1) 遺族年金と損益相殺

ア 国民年金法及び厚生年金保険法に基づく障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において,その相続人のうちに,障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは,遺族年金の支給を受けるべき者につき,支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で,その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものとされています(最高裁平成11年10月22日判決。なお,先例として,最高裁大法廷平成5年3月24日判決参照)。
イ 不法行為により死亡した被害者の相続人が,その死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したときは,被害者が支給を受けるべき障害基礎年金等に係る逸失利益だけでなく,給与収入等を含めた逸失利益全般との関係で,支給を受けることが確定した遺族厚生年金を控除すべきものとされています(最高裁平成16年12月20日判決)。
(2) 生命保険金と損益相殺
ア  生命保険金は、不法行為による死亡に基づく損害賠償額から控除すべきではありません(最高裁昭和39年9月25日判決)。
イ 生命保険契約に付加された特約に基づいて被保険者である受傷者に支払われる傷害給付金又は入院給付金は、既に払い込んだ保険料の対価としての性質を有し、たまたまその負傷について第三者が受傷者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益には当たりません(最高裁昭和55年5月1日判決。なお,先例として,最高裁昭和50年1月31日判決参照)。

11 租税及び養育費と損益相殺
(1) 租税と損益相殺
・ 不法行為の被害者が負傷のため営業上得べかりし利益を喪失したことによって被った損害額を算定するにあたっては,営業収益に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではありません(最高裁昭和45年7月24日判決)。
(2) 養育費と損益相殺
・ 交通事故により死亡した幼児の財産上の損害賠償額の算定については,幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなった場合においても,将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではありません(最高裁昭和53年10月20日判決。なお,先例として,最高裁昭和39年6月24日判決参照)。

12 
関連記事その他
(1)ア 労災保険法64条1項に基づく支払猶予の抗弁を請求異議訴訟で主張することはできないと解されています(大阪地裁平成6年11月11日判決(判例秘書掲載))。
イ 大阪地裁平成27年3月20日判決(判例秘書掲載)は,労働者災害補償保険法64条1項による支払猶予の抗弁を認め,同項に基づき損害賠償の履行猶予額を算定した事例です。
(2) 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)に329頁ないし350頁に「素因(身体的素因・心因的素因)減額の諸問題」が載っていて,351頁ないし366頁に「損益相殺の諸問題」(控除の対象となるもの・ならないもの,時的範囲と人的範囲,過失相殺等による減額と控除の順序,どの損害から控除されるか,遅延損害金と元本への充当)が載っています。
(3)ア 厚労省HPに以下の文書が載っています。
・ 「労災認定された傷病等に対して労災保険以外から給付等を受けていた場合における保険者等との調整について」(平成29年2月1日付けの厚生労働省労働基準局補償課長の通知) 
イ 協会けんぽHPの「事故にあったとき(第三者行為による傷病届等について)」に交通事故の場合の届書用紙及び記入例が載っています。
ウ 東京労務管理総合研究所HP「労災保険と遺族厚生年金の併給調整 (2009年5月号より抜粋)」が載っています。
(4)ア 労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害となります(最高裁平成24年2月24日判決)。
イ noteに「損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察」自由と正義2021年12月号に掲載されていた論文)が載っています。
(5) 最高裁平成20年6月10日判決は,いわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で違法に金員を取得する手段として著しく高利の貸付けの形をとって借主に金員を交付し,借主が貸付金に相当する利益を得た場合に,借主からの不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として借主の損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされた事例です。
(6)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 労災保険給付等に係る支給決定証明願及び支払証明願の取扱について(平成29年3月31日付の厚生労働省労働基準局補償課長及び労災保険業務課長の書簡)
・ 労災保険給付事務取扱手引(令和3年9月1日改正版)
・ 第三者行為災害事務取扱手引(平成30年4月改正版)
・ 労災保険給付の請求人等に対する懇切・丁寧な対応の徹底について(平成22年3月25日付の厚生労働省労働基準局労災補償部補償課長の書簡)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 労災保険の給付内容
・ 労災保険に関する書類の開示請求方法
・ 労災保険の特別加入制度
・ 労災保険に関する審査請求及び再審査請求
・ 労災隠し
・ 素因減額
・ 弁護士の社会保険
・ 民間労働者と司法修習生との比較
・ 業務が原因で心の病を発症した場合における,民間労働者と司法修習生の比較
・ 平成30年度全国労災補償課長会議資料
・ 厚生労働省労働基準局の,労災保険に係る訴訟に関する対応の強化について


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