第1 結論第2 「不正の分岐点」という着眼点1 A&Sニューズレターの位置付け2 法的義務と問題発見の着眼点を分ける第3 会社法上の内部統制システム1 取締役会設置会社2 取締役会を置かない会社3 取締役の責任と会社の責任第4 最高裁平成21年7月9日判決1 事件及び結論2 存在していた体制3 不正手法と予見可能性4 判決の射程第5 不正の端緒となり得る例外運用1 例外と不正を同一視しない2 確認を開始すべき兆候第6 例外対応レジスター1 記録項目2 運用上の要点第7 善意,不正及びデータ不備という競合仮説1 一つの筋書きへ飛びつかない2 証拠の保全と独立した確認第8 公益通報制度との接続第9 JPX資料の位置付け1 不祥事予防のプリンシプル2 内部統制強化ハンドブック第10 例外運用を点検するための質問第11 関連記事第12 出典1 法令2 裁判例3 行政資料及び実務資料
第1 結論
企業不祥事を防ぐ内部統制は,不正を一件も生じさせないことを保証する仕組みではない。
実務上の例外対応も,それ自体が不正であるわけではない。
しかし,「今回だけ」という例外が反復され,通常の承認経路が迂回され,説明が変遷し,又は判断資料が残っていない場合,その例外は調査又は再評価を始める端緒となり得る。
会社法上は,取締役会設置会社の内部統制システムについて,会社法362条4項6号及び5項並びに会社法施行規則100条が中心となる。
もっとも,法令は,あらゆる例外対応を記録する特定名称の台帳まで一律に義務付けているわけではない。
本記事で示す「例外対応レジスター」は,法令上の義務をそのまま転記したものではなく,例外の理由,承認及び事後評価を後から検証できるようにするための実務上の整理である。
最高裁平成21年7月9日判決は,不正発生という結果だけで代表取締役のリスク管理体制構築義務違反の過失を認めたものではなく,当時の体制,実際の運用,不正手法の巧妙性及び予見可能性を具体的に検討した。
反対に,過去の同種不正,合理的に説明できない異常又は統制の形骸化が認識できる状況であれば,同判決と同じ結論になるとは限らない。
第2 「不正の分岐点」という着眼点
1 A&Sニューズレターの位置付け
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業が令和8年6月に公表した「企業はどこでつまずくのか―多数の不正・紛争事案から考える『不正の分岐点』」は,裁判官及び弁護士として不正・紛争事案に携わった経験から,問題が大きくなる前の小さな判断に着目するニューズレターである。
同資料は,法令,裁判例又は統計的研究ではなく,実務家の経験に基づく問題発見の着眼点として読む必要がある。
同ニューズレター3頁~6頁は,例外を設けること自体を否定せず,通常運用との違い,例外の理由,判断者,記録の有無及び反復の有無を後から確認できることの重要性を指摘する。
また,現場が抱いた違和感を直ちに不正と決め付けるのではなく,その違和感を言語化し,説明可能な形で残すという視点を示している。
2 法的義務と問題発見の着眼点を分ける
ニューズレターの指摘は,例外運用を確認する際の有用な手掛かりとなる。
しかし,個別事件における取締役の責任は,会社の規模,機関設計,事業内容,想定されるリスク,既存の統制,認識できた兆候及び対応経過を踏まえて判断されるため,ニューズレターの着眼点だけから責任の有無を決めることはできない。
本記事では,①法令が定める体制,②最高裁判決が具体的事案で検討した事情,③実務資料が示す点検の着眼点,及び④本記事が提案する記録方法を分けて整理する。
第3 会社法上の内部統制システム
1 取締役会設置会社
会社法362条2項は,取締役会の職務として,業務執行の決定,取締役の職務執行の監督並びに代表取締役の選定及び解職を定める。
同条4項6号は,取締役の職務執行の法令・定款適合性を確保する体制その他会社及び企業集団の業務の適正を確保するために必要な体制の整備を,取締役へ委任できない重要な業務執行の決定としている。
大会社である取締役会設置会社では,同条5項により,取締役会がこの事項を決定しなければならない。
会社法施行規則100条1項は,①取締役の職務執行に係る情報の保存及び管理,②損失の危険の管理,③取締役の職務執行の効率性,④使用人の職務執行の法令・定款適合性,並びに⑤企業集団の業務の適正を確保する体制を掲げる。
同条3項は,監査役設置会社について,監査役への報告,報告者に対する不利益取扱いの防止及び監査の実効性確保等も定める。
取締役会が基本方針を決議していることと,現場で統制が実際に機能していることは同じではない。
取締役会には取締役の職務執行を監督する権限があるため,決議済みの規程が実際の業務で使われているか,事業又はリスクの変化に応じて見直されているかという運用面も重要となる。
2 取締役会を置かない会社