第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,株式会社が募集株式を発行する際に,引受人が実際には出資をしないまま払込みの外形だけを整える「見せ金」(仮装払込み)が行われた場合に,引受人・取締役の責任,株式の権利行使の制限,新株発行の効力及び既存株主が採れる手段を整理する。
法令は,令和8年9月28日現在の条文をe-Gov法令検索(法令API)で確認し,平成26年の会社法改正で置かれた規定の文言は,衆議院ウェブサイトに掲載された改正法の本文でも確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトで判示事項・裁判要旨と判決全文を確認したものに限って紹介している。
2 結論
①一時的な借入金で払込みの外形を整え,直ちに払い戻して借入先に返済するような払込みは,有効な払込みとはいえないとした最高裁判所の判例がある。
②払込みを仮装した引受人は,会社に対し,仮装した払込金額の全額を支払う義務を負い(会社法213条の2第1項1号),この義務は総株主の同意がなければ免除できない(同条2項)。
③仮装に関与した取締役(会社法施行規則46条の2が定める者)も,注意を怠らなかったことを証明しない限り,引受人と連帯して同じ額を支払う義務を負う(会社法213条の3)。
④引受人は,これらの支払がされるまで,仮装した株式について株主の権利を行使できず(会社法209条2項),その株式を譲り受けた者も,悪意又は重大な過失があれば同じく権利を行使できない(同条3項)。
⑤したがって,仮装払込みに係る株式の議決権を算入して成立した株主総会決議は,決議の方法の法令違反として取消しの対象になり得る(会社法831条1項1号)。
⑥仮装払込みが新株発行の無効原因になるかは,現行法の下で直接判断した最高裁判所の判例を確認できず,会社法が株式の成立を前提とする支払義務と権利行使の制限を用意していることから否定する見方と,全額が仮装で関係者が悪意の非公開会社のような場合には肯定する見方が考えられる。
⑦株主は,引受人・取締役の支払義務について責任追及等の訴え(会社法847条1項)を検討できる。
第2 見せ金とは何か
1 典型的な見せ金
最高裁判所第二小法廷昭和38年12月6日判決(昭和35年(オ)第1154号,民集17巻12号1633頁)は,会社設立の際の払込みについて,「当初から真実の株式払込として会社資金を確保する意図なく,一時的借入金を以て単に払込の外形を整え,株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済した場合は,有効な株式払込がなされたものとはいえない」とした。
払込みの前後の資金の動きを全体として見て,払込金が会社の資金として確保されたといえるかを問う考え方である。
2 会社の資金が還流する型
会社自身が第三者に融資した資金が,別の者を経由して引受人に渡り,それで払込みがされる場合も,会社の財産は実質的に増えない。
例えば,会社が乙に5000万円を融資し,乙がそれを引受人丙に融資し,丙がその資金で払い込み,しかも「丙が乙に返済しない限り会社は乙に返済を求めない」と合意しているような場合,会社に残るのは回収の見込みのない貸付債権だけである。
このような場合も,払込金が会社の資金として確保されていないという点で,典型的な見せ金と同じ評価を受けると考えられる(本記事の解釈)。
令和8年司法試験の論文式試験(民事系科目第2問)は,この型の事例を出題している(「令和8年度司法試験民事系第2問の模範解答と予想される評価項目」)。
3 判断に使う事情
仮装かどうかは,一つの事情だけで決まるものではなく,次のような事情を総合して判断することになる(本記事の整理)。
| 事情 | 仮装を推認させる方向 |
|---|---|
| 払込資金の出所 | 借入金,とりわけ会社自身や会社の関係者からの資金である |
| 払込み後の資金の動き | 払込みの直後に払い戻され,借入先への返済に充てられる |
| 返済の条件 | 会社が回収しない旨の合意がある,又は回収の見込みがない |
| 払込金の使途 | 会社の事業資金として使われていない |
| 増資の目的 | 取引先や許認可の関係で資本金の額を大きく見せることが目的である |
第3 平成26年改正前の扱い
1 旧商法の下での判例
最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決(平成5年(オ)第317号,民集51巻1号71頁)は,新株発行の無効原因について判断した中で,「いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても,取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項),新株発行が無効となるものではなく」と述べ,見せ金による払込みは新株発行の無効原因にならないとした。
この部分は判決理由中の判示であり,同判決の裁判要旨は,新株発行に関する事項の公示(公告又は通知)を欠くことが原則として無効原因になるという点である。
旧商法の下では,取締役が引き受けたものとみなされる引受担保責任によって資本の欠缺が手当てされることが,見せ金を無効原因としない理由とされていた。
2 平成26年改正で置かれた規定
現行の会社法には,募集株式について取締役が引き受けたものとみなす規定はなく,出資の履行をしない引受人は株主となる権利を失う(会社法208条5項)。
その後,平成26年の会社法改正(平成26年法律第90号)で,出資の履行を仮装した場合の引受人・取締役の支払義務(213条の2・213条の3)と,支払がされるまでの権利行使の制限(209条2項・3項)が置かれた。
改正法の本文は,209条に「募集株式の引受人は,第二百十三条の二第一項各号に掲げる場合には,…出資の履行を仮装した募集株式について,株主の権利を行使することができない」旨の2項と,譲受人に関する3項を加えている。
第4 現行法の仕組み
1 引受人の支払義務
募集株式の引受人は,払込みを仮装した場合には,会社に対し,仮装した払込金額の全額を支払う義務を負う(会社法213条の2第1項1号)。
現物出資の給付を仮装した場合は,その財産の給付(会社が請求すれば価額に相当する金銭の支払)の義務を負う(同項2号)。
この義務は,総株主の同意がなければ免除することができない(同条2項)。
2 関与した取締役の支払義務
出資の履行の仮装に関与した取締役(指名委員会等設置会社では執行役を含む。)として法務省令で定める者も,会社に対し,同じ支払をする義務を負う(会社法213条の3第1項本文)。
法務省令で定める者は,仮装に関する職務を行った取締役・執行役のほか,仮装が取締役会の決議に基づくときはその決議に賛成した取締役等,仮装が株主総会の決議に基づくときはその議案を提案した取締役等である(会社法施行規則46条の2)。
仮装した本人を除き,職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明すれば,この義務を免れる(会社法213条の3第1項ただし書)。
引受人と取締役がともに義務を負うときは,連帯債務者となる(同条2項)。
3 支払までの権利行使の制限
引受人は,213条の2又は213条の3の支払がされた後でなければ,仮装した募集株式について株主の権利を行使することができない(会社法209条2項)。
議決権,剰余金の配当を受ける権利等がこれに当たる。
この規定は,仮装した募集株式について引受人が株主となることを前提に,権利の行使だけを止めるものである。
4 株式を譲り受けた者
仮装した募集株式を譲り受けた者は,原則として株主の権利を行使することができるが,悪意又は重大な過失があるときは行使できない(会社法209条3項)。
仮装の仕組みに加わった者が株式を譲り受けた場合は,悪意であるから,支払がされるまで議決権を行使できないことになる。
5 設立の際の仮装払込み
設立の際の出資の履行の仮装についても,発起人の支払義務(会社法52条の2第1項),関与した発起人・設立時取締役の支払義務(同条2項,会社法施行規則7条の2),権利行使の制限と譲受人の扱い(会社法52条の2第4項・5項)が同じ構造で定められている。
募集設立の設立時募集株式の引受人についても,102条3項・4項及び103条2項(会社法施行規則18条の2)に同様の定めがある。
第5 既存株主が採れる手段
1 責任追及等の訴え
株主は,会社に対し,213条の2第1項の支払を求める訴えの提起を請求し,会社が60日以内に訴えを提起しないときは,会社のために訴えを提起することができる(会社法847条1項・3項)。
公開会社でない会社では,6か月前からの保有の要件はない(同条2項)。
取締役の213条の3の支払義務も,取締役の会社に対する責任として,責任追及等の訴えの対象になると考えられる(本記事の解釈)。
2 株主総会決議の取消しの訴え
仮装した株式について議決権が行使され,それを算入して決議が成立した場合は,決議の方法が法令(209条2項・3項)に違反するとして,決議の日から3か月以内に取消しの訴えを提起することができる(会社法831条1項1号)。
その議決権を除くと決議の要件を満たさない場合は,違反が決議に影響を及ぼすから,裁量棄却(同条2項)はされない。
例えば,総議決権15万のうち賛成9万で可決された決議について,仮装株式の5万を除くと,行使できる議決権10万のうち賛成4万となり,過半数に達しない。
3 新株発行無効の訴え
新株発行の無効は,効力が生じた日から6か月以内(公開会社でない会社では1年以内)に,訴えをもってのみ主張することができる(会社法828条1項2号)。
原告は株主等に限られ(同条2項2号),被告は発行した会社である(会社法834条2号)。
無効判決が確定すると,株式は将来に向かって効力を失い(会社法839条),会社は判決確定時の株主に払込みを受けた金額に相当する金銭を支払わなければならない(会社法840条1項)。
4 新株発行不存在確認の訴え
株式の発行が存在しないことの確認の訴え(会社法829条1号)には期間の制限がない。
もっとも,209条2項は仮装した募集株式について引受人が株主となることを前提としているから,仮装払込みだけを理由に株式の発行自体が存在しないと主張することは難しいと考えられる(本記事の解釈)。
第6 仮装払込みは新株発行の無効原因か
1 無効原因の考え方
新株発行の無効原因は,株式が発行されると会社と取引する第三者を含めて広い範囲の法律関係が形成されることから,重大な法令・定款違反に限られると一般に解されている。
平成9年判決は,著しく不公正な方法による新株発行も有効であるとした最高裁平成6年7月14日判決を引用している。
他方,最高裁判所第三小法廷平成24年4月24日判決(平成22年(受)第1212号,民集66巻6号2908頁)は,非公開会社において株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その瑕疵は無効原因になるとした。
2 否定する見方
①会社法は,仮装払込みの場合も株式の成立を前提に,引受人・取締役の支払義務と権利行使の制限を定めており,資本の回復と既存株主の保護はこれらの規定で図られる。
②旧商法の下で見せ金を無効原因としなかった平成9年判決も,取締役の引受担保責任による手当てを理由としていた。
③無効判決がされると,会社は判決確定時の株主に払込金額相当額を支払わなければならず(840条1項),仮装した者に払戻しをする結果になりかねない。
3 肯定する見方
①払込みの全額が仮装で,資本の実質が全く欠けている。
②非公開会社では,平成24年判決が示すように,既存株主の持株比率の維持の利益が重視される。
③株式を保有する者が仮装の当事者又は悪意の譲受人で,取引の安全を考慮する必要が乏しい。
④支払義務者に資力がなければ,213条の2等による手当ては実効性を欠く。
4 本記事の見方
本記事は,株主総会の特別決議を経て,払込金額も特に有利でない発行については,仮装払込みだけでは無効原因にならず,既存株主は209条の権利行使の制限,決議取消しの訴え及び責任追及等の訴えで対応するのが現行法の建付けに沿うと考える。
もっとも,この点を判断した最高裁判所の判例は確認しておらず,事案によっては肯定する見方も十分に成り立つ。
第7 会社・取締役の実務上の注意
①資本金の額を大きく見せる目的で,会社の資金や関係者の資金を還流させる増資をしない。
②増資の資金の出所と,払込み後の資金の使途を記録に残す。
③取締役会で増資を承認する際は,引受人の資金の出所を確認し,確認した内容を議事録に残す(213条の3の注意を怠らなかったことの証明に関わる。)。
④仮装が判明したときは,会社として引受人・関与した取締役に支払を求め,支払がされるまで当該株式の議決権の行使を認めない取扱いをする。
⑤株主総会では,基準日の株主名簿だけでなく,209条2項・3項により権利を行使できない株式がないかを確認する。
第8 関連記事
①令和8年度司法試験民事系第2問の模範解答と予想される評価項目―出題の趣旨・採点実感の公表前に問題文と判例から予想した48項目と5段階の重み付け
②支配株主が変わる第三者割当て(会社法206条の2)―株主への通知,反対通知と株主総会,手続違反と新株発行の無効
③株主総会決議の不存在―招集通知の欠缺,招集権限のない者の招集,後続決議への連鎖,全員出席総会及び追認
④譲渡制限株式の譲渡承認請求と「承認したものとみなされる」場合―会社法136条から145条の期間,指定買取人,撤回,売買価格及び名義書換
⑤会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引
第9 出典
1 法令
①会社法(e-Gov法令検索)
②会社法施行規則(e-Gov法令検索)
③会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)(衆議院ウェブサイト)
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷昭和38年12月6日判決(昭和35年(オ)第1154号,民集17巻12号1633頁)
②最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決(平成5年(オ)第317号,民集51巻1号71頁)
③最高裁判所第三小法廷平成24年4月24日判決(平成22年(受)第1212号,民集66巻6号2908頁)
第10 確認状態
会社法52条の2,102条,103条,208条,209条,213条の2,213条の3,828条,829条,831条,834条,839条,840条及び847条並びに会社法施行規則7条の2,18条の2及び46条の2は,e-Gov法令検索(法令API)で令和8年9月28日現在の条文を確認した。
209条2項・3項と213条の2・213条の3が平成26年法律第90号で置かれたことは,衆議院ウェブサイトの改正法の本文で確認した。
裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトの判示事項・裁判要旨及び判決全文で確認した。
平成9年判決が引用する最高裁平成6年7月14日判決は,平成9年判決の判決文による引用として紹介した。
第2の2・第2の3の整理,第5の1の213条の3の支払義務と責任追及等の訴えの関係,第5の4及び第6の4は,本記事の解釈である。
判例秘書等の有料データベースは用いていない。