国際司法裁判所(ICJ)と国際刑事裁判所(ICC)の大きな違いは,国家間の法的紛争を扱うか,個人の刑事責任を追及するかにある。いずれもオランダのハーグにあるが,設立根拠,国連との関係,管轄権,判断の種類及び実行の仕組みが異なる。
「国際裁判所が判断した」という報道だけでは,国家の責任を認定したのか,暫定措置を命じたのか,個人の逮捕状を発付したのか分からない。まず裁判所名と文書の種類を確認することが必要である。
第1 ICJとICCの違いを一覧で比較
| 比較項目 | ICJ(国際司法裁判所) | ICC(国際刑事裁判所) |
|---|---|---|
| 根拠 | 国連憲章・ICJ規程 | ローマ規程 |
| 国連との関係 | 国連の主要な司法機関 | 独立した条約上の裁判所。国連との協定・安保理付託等の関係がある |
| 対象・当事者 | 争訟事件では国家が当事者 | 自然人の刑事責任を追及する |
| 主な手続 | 国家間の争訟,授権された機関等の要請による勧告的意見 | 捜査,逮捕状・出頭命令,罪状確認,公判・判決等 |
| 管轄権の基本 | 争訟事件では国家の同意を基礎とする | 対象犯罪,時期,実行地・国籍,付託等の規程上の要件による |
| 判断の例 | 判決,暫定措置命令,勧告的意見 | 逮捕状,罪状確認の決定,有罪・無罪の判決等 |
| 実行の課題 | 国家による履行,国連憲章94条の安保理への訴え等 | 各国による逮捕・引渡しその他の協力 |
この比較は制度の基本を示すものである。個別事件で管轄権があるか,判断が誰を拘束するか,どの国が何を実行すべきかは,根拠条約と裁判文書を確認する必要がある。
第2 国家の責任と個人の刑事責任
1 ICJの争訟事件では国家が当事者となる
ICJ規程34条1項は,裁判所における事件の当事者となれるのは国家のみであると定める。個人や企業が自分の名でICJに損害賠償等を求めることはできない。ICJは,個人を刑事訴追する検察官を置く裁判所でもない。
国家が自国民の受けた損害を取り上げ,別の国家に対して国際法違反を主張する場合も,ICJでの争訟は国家間のものとなる。国内の訴訟や個人に申立権が認められる人権裁判所とは異なる。
2 ICCは自然人を対象にする
ICCは,集団殺害犯罪,人道に対する犯罪,戦争犯罪及び侵略犯罪について,自然人の刑事責任を追及する(ローマ規程5条・25条)。国家や企業それ自体を被告人として有罪にする機関ではない。
ローマ規程25条4項は,個人の刑事責任についての規定が,国際法上の国家責任に影響するものではないと定める。ある行為について国家責任と個人の刑事責任がそれぞれ問題となることはあり得るが,責任の主体と要件は区別される。
第3 管轄権の基礎が異なる
1 ICJ―国家の同意と選択条項受諾宣言
ICJの争訟管轄権は国家の同意を基礎とする。その同意は,紛争を裁判所に付託する特別合意,条約の裁判条項,ICJ規程36条2項の選択条項受諾宣言などによって示される。
国連加盟国がICJ規程の当事国となることと,あらゆる紛争についてICJの管轄権を受け入れていることは同じではない。相手国の同意,条約の適用範囲,受諾宣言の留保や相互主義を確認する。
詳しくは,国際司法裁判所の管轄権―選択条項受諾宣言・相互主義・留保を参照できる。
2 ICC―犯罪,実行地・国籍,付託と補完性
ICCでは,ローマ規程が定める対象犯罪,時期,実行地・国籍及び捜査に至る経路などを検討する。締約国による付託,安保理による付託,検察官自身の発意という経路がある(11~15条)。
締約国の領域で行われた犯罪等については,非締約国の国民も対象となり得る。「被疑者の国籍国が同意しない限り一切裁けない」とICJの争訟管轄権と同じ形で説明することはできない。他方,ICCが全世界のすべての行為について無条件に管轄権を持つわけでもない。侵略犯罪には追加の条件がある。
また,ICCは国内の刑事司法を補完する。管轄権を有する国が真に捜査・訴追しているか,事件の重大性は十分か等が,受理許容性として問題となる(1条・17条)。ICJが国家間の条約違反を審理できるかという問いとは別である。
第4 判決,暫定措置,勧告的意見,逮捕状の効力
1 ICJの判決と暫定措置
ICJ規程59条によれば,判決の拘束力は当事国間の当該事件について生じる。同60条は,判決を終局的で上訴できないものとする。国連憲章94条1項は,国連加盟国が自国の当事者となった事件のICJの裁判に従うことを約束する。
暫定措置は,本案判決までの間に権利を保全するための判断であり,本案の最終的な責任認定とは異なる。ICJはラグラン事件の2001年6月27日判決109項で,規程41条に基づく暫定措置命令に拘束力があると判断した。「最終判決ではないから,単なるお願いである」と説明することは適切でない。
2 ICJの勧告的意見
ICJ規程65条に基づく勧告的意見は,授権された国連機関等の要請に応じて法律問題について示される。国家間の争訟判決とは異なり,原則としてそれ自体に争訟判決と同じ拘束力があるわけではない。ただし,特定の文書が意見に拘束力を与える場合等があり,法的な権威や国際社会への影響がないという意味でもない。
3 ICCの逮捕状と有罪判決
ICCの逮捕状は,予審裁判部が検察官の請求と証拠を検討して発する。犯罪を行ったと信じる合理的な理由と逮捕の必要性が判断される段階であり,有罪判決ではない(58条)。
有罪判決には,公判等において合理的な疑いを超えて有罪であると確信することが必要である(66条)。ICJの暫定措置命令,勧告的意見,ICCの逮捕状を,いずれも同じ「有罪認定」と受け取ってはならない。
第5 判断が出た後の履行・執行
ICJの判断の法的拘束力と,国家が現実に履行することとは区別される。国連憲章94条2項は,一方の当事国が判決に基づく義務を履行しない場合,他方が安全保障理事会に訴えることができ,安保理が必要と認めれば勧告又は措置を決定できると定める。判決が出れば安保理が自動的に制裁するという規定ではない。
ICCでは,逮捕状に基づく各国への請求と,国内手続による逮捕・引渡しが問題となる。締約国は規程に従った協力義務を負うが,ICC自体が独自の警察を使って外国領域内で強制的に逮捕する仕組みではない(59条,86~89条)。
いずれの裁判所についても,「強制の実行に難しさがあること」と「判断に法的効力がないこと」は同じではない。どの判断が誰に何を求めているかを先に確認し,履行・執行の状況を別に確認する必要がある。
ICJの判断についての詳細は,国際司法裁判所の判決に拘束力はあるか―暫定措置・勧告的意見と履行の仕組みを参照できる。
第6 同じ紛争に両裁判所が関与するとき
同じ地域の紛争について,国家の条約上の義務がICJで問題となり,個人の犯罪がICCで問題となることはあり得る。両裁判所は互いの上級審・下級審ではなく,ICJの判決への不服をICCに申し立てる制度でもない。
報道や裁判文書を読む際は,①裁判所名,②当事者又は対象者,③管轄権の根拠,④判決・暫定措置・意見・逮捕状のどれか,⑤主文が求める行為,⑥現実の履行・執行,を確認するとよい。条約違反についての国家の主張と,裁判所が認定した事実・責任も区別する。
第7 出典・参考資料
ICCの制度全体については,国際刑事裁判所(ICC)とは―役割・管轄権・加盟国と日本との関係で,対象犯罪,日本の協力及び補完性を整理している。
逮捕状の発付から各国による身柄の確保・引渡しまでの手続は,国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状の効力―誰が逮捕し,なぜ身柄を確保できないのかで詳しく扱っている。
①国連「国際司法裁判所規程」。特に34・36・41・59・60・65条。
②国連広報センター「国際司法裁判所(ICJ)―よくある質問」。ICJとICCの違い,争訟管轄権,勧告的意見及び国連憲章94条の説明。
③ICJ「ラグラン事件・2001年6月27日判決」,特に109項。暫定措置の拘束力。
④ICC「Rome Statute of the International Criminal Court」。特に1~5・11~17・25・58・59・66・86~89条。
⑤外務省「国際刑事裁判所(ICC)」。ICCの制度と日本との関係。
⑥国連広報センター「国際連合憲章」。特に92~96条。
⑦ICJ「Advisory Jurisdiction」。勧告的意見の効力と,例外的に拘束力を認める文書の説明。