第1 国際司法裁判所の所長は誰か
1 岩澤雄司氏が2025年3月3日に所長に選ばれた
国際司法裁判所(ICJ)の所長は,日本人の岩澤雄司氏である。
ICJの公式サイトの現職裁判官一覧は,岩澤氏について,2018年6月22日から裁判官を務め,2021年2月6日から再選の任期にあり,2025年3月3日から所長であると記載している。
同サイトの所長職の頁によれば,前任のナワフ・サラム所長(レバノン)が2025年1月14日に所長職を辞任したことを受けて,同年3月3日に岩澤氏が所長に選ばれた。
所長を補佐する次長は,2024年2月6日に選ばれたジュリア・セブティンデ裁判官(ウガンダ)である。
本記事では,2026年10月18日に確認したICJ・国際連合・最高裁判所の公表資料に基づき,日本人裁判官の顔ぶれ,裁判官と所長の選び方及び日本との関係を説明する。
ICJの役割と管轄権の全体像は,国際司法裁判所とは―役割・管轄権・国際刑事裁判所との違いを参照されたい。
2 所長としての任期は前任者の残りの期間である
裁判官としての任期と,所長としての任期は別である。
国際司法裁判所規程21条は,裁判所が3年の任期で所長及び次長を選挙し,再選もできると定めている。
裁判所規則10条1項は,所長の任期が3年ごとの選挙で選ばれた裁判官の任期の開始日から始まると定め,同規則14条は,任期の途中で所長が欠けたときは,残りの期間について補充するかどうかを裁判所が決めると定めている。
前任のサラム所長は,次長のセブティンデ裁判官とともに2024年に選ばれており,同規則10条1項と2条1項によれば,その任期は3年ごとの選挙で選ばれた裁判官の任期が始まる同年2月6日から3年間となる。
このため,岩澤氏の所長としての任期は,前任者の残りの期間である2027年2月5日までになると考えられる。
裁判官としての任期は,後記第3の2のとおり2030年2月5日までである。
第2 歴代の日本人裁判官
1 日本人のICJ裁判官は4人である
ICJの公式サイトの歴代裁判官一覧には,日本国籍の裁判官として次の4人が載っている。
一覧は在任期間を年単位で示しているため,月日は別の資料で補った。
| 氏名 | ICJ裁判官としての在任 | 所長・次長 |
|---|---|---|
| 田中耕太郎 | 1961年~1970年 | なし |
| 小田滋 | 1976年~2003年 | 次長(1991年~1994年) |
| 小和田恆 | 2003年~2018年(2018年6月7日に辞任) | 所長(2009年~2012年) |
| 岩澤雄司 | 2018年6月22日から現職 | 所長(2025年3月3日から) |
ICJの所長職の頁の歴代の所長・次長の一覧では,1991年から1994年までの組合せが「Sir Robert Jennings and Oda」,2009年から2012年までの組合せが「Owada and Tomka」と記載されている。
所長を務めた日本人は小和田氏と岩澤氏の2人であり,次長を務めた日本人は小田氏である。
2 田中耕太郎氏は第2代最高裁判所長官を退官した後にICJ裁判官となった
最高裁判所の公式サイトの最高裁判所判事一覧表は,田中耕太郎氏の任命年月日を1950年3月3日,退官年月日を1960年10月24日とし,備考欄に第2代長官と記載している。
ICJの歴代裁判官一覧では,田中氏のICJ裁判官としての在任は1961年から1970年までである。
日本の最高裁判所長官の就任・退任の一覧は,歴代の最高裁判所長官―就任・退任,前職,指名内閣及び国民審査で整理している。
3 小和田恆氏の辞任と岩澤雄司氏の選出
ICJの2018年6月22日付けの報道発表(No. 2018/29)によれば,国際連合の総会と安全保障理事会は,同日,岩澤雄司氏をICJの裁判官に選出し,岩澤氏は直ちに就任した。
同じ発表は,岩澤氏が2018年6月7日に辞任した小和田恆氏の後任であり,規程15条により,小和田氏の残りの任期である2021年2月5日まで在任すると説明している。
同じ発表に添付された経歴書によれば,岩澤氏は選出の当時,東京大学法学部の国際法の教授であり,自由権規約に基づく人権委員会(Human Rights Committee)の委員長を務めていた。
経歴書には,1982年から1996年まで大阪市立大学法学部の助教授であったことも記載されている。
第3 ICJ裁判官はどのように選ばれるか
1 国連の総会と安全保障理事会が15人の裁判官を選ぶ
規程3条は,裁判所が15人の裁判官で構成され,そのうちのいずれの2人も同じ国の国民であってはならないと定めている。
規程2条は,裁判官を,徳望が高く,各国で最高の司法官に任じられるのに必要な資格を持つ者又は国際法に有能の名のある法律家の中から,国籍を問わずに選挙される独立の裁判官としている。
候補者は,常設仲裁裁判所の国別裁判官団が指名する(規程4条)。
総会と安全保障理事会はそれぞれ別に選挙を行い,両方で投票の絶対多数を得た候補者が当選する(規程8条・10条)。
安全保障理事会の投票は,常任理事国と非常任理事国の区別なく行われる(規程10条)。
選挙人は,裁判官全体の中に世界の主要文明形態と主要法系が代表されることにも留意しなければならない(規程9条)。
国連の報道発表(SC/14357)によれば,2020年11月の選挙では,5つの席に8人が立候補し,安全保障理事会では8票,193の加盟国が投票する総会では97票が絶対多数とされた。
安全保障理事会の1回目の投票で,岩澤氏は15票のすべてを得ている。
国連は,この選挙の結果を安全保障理事会で発表した場面の映像を,公式のYouTubeチャンネルで公開している。
2 任期は9年で,3年ごとに5人ずつ選ばれる
裁判官の任期は9年で,再選もできる(規程13条)。
規程13条は,第1回の選挙で選ばれた裁判官の任期を3年・6年・9年に分けたため,それ以後の通常の選挙は3年ごとに5人ずつ行われる。
任期の途中で欠員が出たときに選ばれる後任者は,前任者の残りの期間だけ在任する(規程15条)。
岩澤氏は,前記第2の3のとおり,2018年に小和田氏の残りの任期を引き継いだ。
その後,2020年11月の選挙で再選され,国連の報道発表は,岩澤氏の任期が2030年2月5日に満了すると記載している。
3 所長と次長は裁判官の互選で選ばれる
所長と次長は,裁判官の中から裁判所自身が選挙する(規程21条)。
ICJの所長職の頁によれば,選挙は3年ごとに無記名投票で行われ,絶対多数が必要であり,国籍の条件はない。
所長に選ばれても,裁判官としての任期は延びない。
同じ頁は,所長が裁判所のすべての会議を主宰し,その仕事を指揮し,運営を監督すると説明している。
もっとも,裁判所の問題は出席した裁判官の過半数で決まり,所長が単独で判決の内容を決めるわけではない(規程55条)。
可否同数のときに限り,所長が決定投票権を持つ。
第4 日本人裁判官は日本政府を代表するのか
ICJの裁判官は,政府の代表ではない。
規程2条は裁判官を「独立の裁判官」とし,規程16条は政治上又は行政上の職務や職業的性質を持つ他の業務に従事することを禁じ,規程20条は職務を始める前に公平かつ誠実に職権を行使することを公開の法廷で宣言するよう求めている。
2020年の選挙を伝える国連の動画の説明文も,選ばれた裁判官は個人の資格で独立の裁判官として職務を行うと記載している。
もっとも,規程31条は,事件の当事国の国籍を持つ裁判官(国籍裁判官)が,その事件の審理に加わる権利を持つと定めている。
裁判官席に一方の当事国の国籍裁判官だけがいる場合には,他方の当事国も,その事件に限って裁判官として加わる者(特任裁判官,judge ad hoc)を1人選ぶことができる。
例えば,オーストラリアが日本を訴えた南極における捕鯨事件(Whaling in the Antarctic)の2014年3月31日判決には,ICJの公式サイトの事件の頁によれば,小和田裁判官の反対意見と,チャールズワース特任裁判官の個別意見が付されている。
日本が当事国となる事件でも,日本人裁判官は政府の主張を代弁する立場にはなく,独立の裁判官として判断に加わる。
第5 国際刑事裁判所(ICC)の日本人裁判官との違い
ICJと国際刑事裁判所(ICC)は,どちらもオランダのハーグにあり,どちらでも日本人が所長を務めているが,別の裁判所である。
ICJは国連の主要な司法機関であり,国家と国家の間の紛争を裁判し,勧告的意見を出す。
ICCはローマ規程に基づく別の国際機関であり,個人の刑事責任を裁く。
ICCの裁判官はローマ規程の締約国会議が選び,ICJの裁判官は国連の総会と安全保障理事会が選ぶ。
ICCの日本人裁判官と所長は国際刑事裁判所(ICC)の日本人裁判官と所長―赤根智子氏・歴代判事・選出方法で,両裁判所の違いは国際司法裁判所と国際刑事裁判所の違い―ICJ・ICCの当事者,管轄権と判断の効力で説明している。
名称が似ている国際裁判官協会(IAJ)は,各国の裁判官団体で構成される団体であり,裁判所ではない。
同協会と最高裁判所との関係は,国際裁判官協会(IAJ)とは―日本の加盟団体,最高裁判所の質問票回答(2013年~2025年)及び年次総会で扱う。
第6 ICJの判決と管轄権を調べるとき
日本人裁判官が加わる事件でも,ICJが裁判できるかどうかは,当事国の同意の有無によって決まる。
選択条項受諾宣言・条約の裁判条項・特別の合意による管轄権の成立は,国際司法裁判所の管轄権―選択条項受諾宣言・相互主義・留保で,判決や暫定措置の拘束力は,国際司法裁判所の判決に拘束力はあるか―暫定措置・勧告的意見と履行の仕組みで説明している。
第7 出典・参考資料
①ICJ「Current Members」。岩澤所長の在任・再選・所長就任の日付。
②ICJ「Presidency」。2025年3月3日の所長選出,前任所長の辞任日,次長の選出日及び歴代の所長・次長。
③ICJ「All Members」。日本国籍の歴代裁判官4人の在任期間と所長・次長の期間。
④ICJ報道発表 No. 2018/29「United Nations General Assembly and Security Council elect Mr. Yuji Iwasawa as Member of the Court」(2018年6月22日)。岩澤氏の選出,小和田氏の辞任日,残任期間及び経歴書。
⑤国際連合「Security Council Elects 5 Judges to International Court of Justice after Single Round of Voting」(SC/14357)(2020年11月12日)。候補者,絶対多数の票数,安全保障理事会の得票及び2021年2月6日時点の構成と任期満了年。
⑥国連広報センター「国際司法裁判所規程」(2条~4条,8条~10条,13条,15条,16条,20条,21条,31条及び55条)。
⑦ICJ「Rules of Court」(2条,10条及び14条)。
⑧最高裁判所「最高裁判所判事一覧表」。田中耕太郎氏の任命・退官年月日と第2代長官の記載。
⑨ICJ「Whaling in the Antarctic (Australia v. Japan: New Zealand intervening)」。2014年3月31日判決と個別意見・反対意見の一覧。
⑩国際連合「Five members elected to the International Court of Justice – Japan, Germany, China, Slovakia, Uganda」(YouTube,2020年11月12日公開)。