第1 国際司法裁判所の管轄権には国家の同意が必要である
制度の全体像は,国際司法裁判所とは―役割・管轄権・国際刑事裁判所との違いを参照。判決等の効力は,国際司法裁判所の判決・暫定措置・勧告的意見の拘束力で解説している。
本記事は,国際公法のうち国際司法裁判所(ICJ)の管轄権と選択条項受諾宣言を解説する。国際法全体の位置付けは,国際公法とは―国際法・国際私法との違いと基本事項を参照。問題文に沿って検討する場合は,令和8年・国際公法第2問(難民・武器供与・ICJ管轄権)の答案・解説にも進める。過去問を論点から探す場合は,司法試験の国際公法―過去問・答案と論点別ガイドにまとめている。
国際司法裁判所(ICJ)は,国家間の法的紛争を裁判するが,当事国が国連加盟国であるというだけで,あらゆる紛争について当然に管轄権を持つわけではない。管轄権の基礎となる国家の同意が必要である。
主な同意の経路には,特定の紛争を付託する特別合意,条約中の裁判条項,ICJ規程36条2項の選択条項受諾宣言,申立て後の同意がある。
| 経路 | 同意と確認事項 |
|---|---|
| 特別合意 | 特定の紛争を付託する合意の対象と範囲を確認する。 |
| 条約の裁判条項 | 当事国,対象事項,条項の条件及び留保を確認する。 |
| 選択条項受諾宣言 | 双方の宣言の共通範囲,時間的限定,相互主義及び留保を確認する。 |
| 申立て後の同意 | 申立てだけでは足りず,当該事件について相手国の同意が必要となる。 |
検討の順序は,①争訟事件の当事者と紛争を特定し,②どの経路の同意があるかを確認し,③その同意が当該請求に及ぶかを調べる,というものである。複数の根拠が主張される場合は,それぞれの成立条件と範囲を分ける。管轄権の有無に争いがあるときは,裁判所自身が判断する(規程34条・36条6項)。
第2 選択条項受諾宣言の仕組み
ICJ規程36条2項は,国家が,同じ義務を受諾する他国との関係で,法律的紛争についてICJの管轄権を当然にかつ特別の合意なしに強制的と認める宣言をできると定める。
対象となる法律的紛争は,条約の解釈,国際法上の問題,認定されれば国際義務違反となる事実の存在,国際義務違反に対する賠償の性質又は範囲である。
第3 相互主義と共通範囲
36条2項の管轄権は,一方の宣言だけで相手国を拘束する制度ではない。双方が受諾宣言を行い,その宣言が重なる範囲で管轄権が成立する。
一方の国は,相互主義により,相手国の宣言に付された限定を援用できる。したがって,宣言の有無だけでなく,対象事項,時間的限定,紛争解決手段に関する限定及び各種留保を突き合わせる必要がある。
相互主義の例として,ノルウェー公債事件判決(1957年7月6日)がある。フランスの受諾宣言には,フランス政府が理解するところにより本質的に国内管轄に属する事項に関する紛争を除く留保が付されていた。ICJは,両国の宣言が前提とし,ICJ規程36条3項にも定められている相互主義の条件により,ノルウェーもフランスと同様に,ノルウェーが本質的に国内管轄に属すると理解する紛争を強制管轄から除外できるとした。
同じ考え方は,国連海洋法条約の紛争解決手続に明文で置かれている。同条約298条1項は,軍事的活動に関する紛争などを第15部第2節の義務的手続から除外する宣言を認め,同条3項は,その宣言をした締約国は,除外された種類の紛争を他の締約国の同意なしにいかなる手続にも付することができないと定める。自らは宣言をしていない相手国も,同項に依拠して管轄権を争うことができる(令和7年度司法試験国際関係法(公法系)第2問の模範解答と評価項目)。
第4 宣言に付された留保
国家は,受諾宣言に一定の留保を付すことがある。国内管轄事項,特定の期間に生じた紛争,別の平和的解決手段が合意されている紛争,多国間条約の下で生ずる紛争などを除外する例がある。
留保がある場合には,まず留保の文言を解釈し,申立ての請求原因が留保の対象に入るかを確認する。紛争に条約が関係するというだけで,留保の範囲を文言以上に広げてはならない。
日本の受諾宣言については,ICJ公式掲載の2015年10月6日付け宣言を2026年10月11日に確認した。相互主義に加え,1958年9月15日以後に生じた紛争と同日より後の事態・事実という時間的限定があり,別の終局的・拘束的な紛争解決への合意,特定の紛争だけを目的とする受諾,申立て前12か月未満の受諾,海洋生物資源に関する紛争等についての留保もある。以下の多国間条約留保は一般論であり,日本の2015年宣言にその留保があるという説明ではない。
ここでいう留保は,国際司法裁判所規程36条2項に基づく受諾宣言の対象となる管轄権を限定するものである。
条約法に関するウィーン条約2条1項(d)の留保は,条約の特定の規定の自国への適用について,その法的効果を排除し又は変更しようとする声明であり,対象となる行為が異なる。
条約への留保の規律を,受諾宣言の留保にそのまま適用することはできない。
条約への留保の定義,許容性,受諾・異議と,条約と慣習国際法の関係は,条約法に関するウィーン条約の総合解説(AI作成)を参照。
管轄権の限定と,紛争の本案に適用する法の根拠を分けて確認することが重要である。
第5 多国間条約留保
多国間条約留保は,多数国間条約の下で生ずる紛争について,関係国の参加又は特別の同意などを条件とし,選択条項受諾宣言の適用から除外するものである。
国連憲章2条4項を根拠とする請求が,その文言上「多数国間条約の下で生ずる紛争」に当たるなら,憲章上の請求は留保によって妨げられる可能性がある。しかし,そこで分析を終えることはできない。
第6 条約上の請求と慣習国際法上の請求は別である
同じ行為が,国連憲章上の義務と,これと並行して存在する慣習国際法上の義務の双方に違反することがある。条約が慣習国際法上の原則を成文化しても,その原則が慣習法として消滅するわけではない。
したがって,多国間条約留保が条約上の請求を遮断しても,留保の文言が慣習国際法上の請求まで対象としていないなら,別個の慣習法上の請求を管轄権の基礎となる紛争として主張する余地がある。
第7 ニカラグア事件1984年判決73項
ニカラグア事件管轄権・受理可能性判決(1984年11月26日)73項は,多国間条約留保がニカラグアのすべての請求を妨げるわけではないとした。
ICJは,武力不行使,不干渉,国家の独立及び領土保全の尊重などの原則は,多国間条約に取り込まれていても,慣習国際法として引き続き拘束力を持つと説明した。したがって,請求が多国間条約違反だけに限定されていない以上,留保によって当然に排除されない。
重要なのは,条約の文言を言い換えて同じ請求を繰り返すことではなく,慣習法規則の存在,内容及びその違反を独立に主張することである。
第8 管轄権を主張する答案の組み立て方
- 双方の選択条項受諾宣言が有効で,対象となる法律的紛争が宣言の共通範囲に入ることを示す。
- 相手国の多国間条約留保により,国連憲章上の請求が除外される可能性を認める。
- 武力不行使又は不干渉の原則が,国連憲章とは別に慣習国際法として存在することを示す。
- 申立国が,その慣習法規則の違反を独立の請求として主張していることを明確にする。
- 留保の文言が慣習国際法上の紛争まで除外していないため,その請求について管轄権が残ると反論する。
なお,宣言の時間的限定,紛争の存在,交渉条項その他の要件がある場合には,それらを別途満たす必要がある。
第9 関連記事
ICJへの付託の一般的な同意経路は,サンフランシスコ平和条約第22条と国際司法裁判所-領土問題を一方的に提訴できるのか(AI作成)で整理している。反政府勢力への武器供与と武力行使禁止は,ニカラグア事件とは|反政府勢力への武器供与・武力行使・不干渉原則(AI作成)を参照されたい。
第10 出典
制度の基本条文は,国連広報センター掲載の国際司法裁判所規程34条・36条でも確認できる。日本の宣言は,ICJ公式掲載資料を参照。
① Statute of the International Court of Justice, Article 36。
② Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua, Jurisdiction and Admissibility, Judgment of 26 November 1984(特に69項~73項)。
③ ICJ Case No.70, Nicaragua v. United States of America。
④ Repertory of Practice of United Nations Organs, Article 2(4)。
⑤ Certain Norwegian Loans (France v. Norway), Judgment of 6 July 1957。
⑥ United Nations Convention on the Law of the Sea, Article 298。