目次第1 葬儀費用を遺留分の計算から差し引けるか1 通常の葬儀費用は被相続人の債務ではない2 死亡後の預金残高から計算しない第2 遺留分額と遺留分侵害額の計算1 基礎財産の計算2 葬儀費用200万円を差し引いた場合の差額3 遺留分侵害額の計算第3 合意,生前契約又は遺言がある場合1 相続開始後の合意2 被相続人の生前契約3 遺産から葬儀費用を支弁する遺言4 遺言執行費用との区別第4 葬儀費用の負担者と遺留分計算の違い1 費用の最終負担は別の法律問題である2 確認できた費用負担に関する裁判例第5 相続税の葬式費用控除との違い1 相続税法は債務と葬式費用を分けている2 税務上の控除対象となる費用第6 紛争になった場合に確認する資料と期限1 最初に確認する資料2 遺留分侵害額請求の期間制限3 旧法の裁判例を参照する場合第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 所管行政機関の解説4 職能団体の会員による解説及びその他の文献5 関連記事
第1 葬儀費用を遺留分の計算から差し引けるか
1 通常の葬儀費用は被相続人の債務ではない
本記事は,令和8年9月15日現在の日本法に基づき,死亡後に遺族が支出した葬儀費用を遺留分の計算へ反映できるかを扱うものである。
通常の葬儀費用については,被相続人が死亡時に負担していた債務として,遺留分の基礎財産から当然に控除することはできないと考えられる。
民法1043条1項は,相続開始時の財産に一定の贈与を加え,債務の全額を控除して遺留分の基礎財産を算定する仕組みを定めている。
相続は死亡によって開始し,相続人は被相続人の権利義務を承継するため,ここで確認すべき債務は,被相続人が死亡時に負っていた債務である(民法882条,896条及び1043条)。
遺族が死亡後に葬儀社と契約して負担した費用は,この意味での被相続人の債務とは区別される。
ただし,生前契約,関係者の合意又は遺言による支弁の指定がある場合には,後記第3のとおり別の検討が必要となる。
2 死亡後の預金残高から計算しない
死亡時に4000万円の預金があった場合,その後に葬儀費用200万円を払い出して残高が3800万円になっても,死亡時の財産額が当然に3800万円へ変わるわけではない。
遺留分の基礎財産は相続開始時を基準にするため,死亡後の口座残高だけから計算することはできない。
預金からの出金が認められるか,葬儀費用を最終的に誰が負担するか,その費用を当事者間で精算できるかは,遺留分の基礎財産とは分けて判断する問題である。
被相続人の債務一般の計算と主張立証については,遺留分侵害額請求の基礎財産から控除される「被相続人の債務」の効果的な主張立証方法(AI作成)で説明している。
第2 遺留分額と遺留分侵害額の計算
1 基礎財産の計算
遺留分の基礎財産は,「相続開始時の財産+算入対象となる贈与-被相続人の債務」によって求める(民法1043条1項)。
贈与の算入には期間等の制限があるため,死亡時の積極財産だけを確認して計算が完了するわけではない(民法1044条)。
基礎財産に総体的遺留分率と遺留分権利者の法定相続分を乗じると,その者の遺留分額が求められる(民法1042条)。
直系尊属だけが相続人である場合の総体的遺留分率は3分の1であり,それ以外の場合は2分の1である。
2 葬儀費用200万円を差し引いた場合の差額
死亡時の財産が4000万円で,被相続人の債務及び算入対象となる贈与がなく,相続人が子2人だけであるとする。
一方の子が遺言によって全財産を取得し,他方の子に遺贈,贈与その他の受益がなく,葬儀費用の控除を認める特別の事情もない場合,財産を取得しない子の遺留分割合は4分の1である。
葬儀費用を差し引かない計算は4000万円×4分の1=1000万円であり,200万円を差し引く計算は3800万円×4分の1=950万円である。
この設例における遺留分額の差は50万円であり,葬儀費用200万円がそのまま遺留分の請求額から控除されるわけではない。
3 遺留分侵害額の計算
実際の遺留分侵害額は,遺留分額から,請求する者が受けた遺贈又は一定の贈与及び遺産分割で取得すべき遺産の価額を控除し,その者が承継する被相続人の債務を加算して求める(民法1046条2項)。
基礎財産を求める段階の債務控除と,個別の侵害額を求める段階の債務加算を分ける必要がある。
死亡後の葬儀費用を支払った事実だけでは,その費用が民法1046条2項3号の加算対象になるわけではない。
費用負担に関する別の請求権が成立する場合も,遺留分の法定計算へ組み込むのか,最終的な支払額を別途精算するのかを区別することになる。