目次
- 第1 本記事の役割及び情報の基準日
- 第2 遺留分とは
- 第3 遺留分の権利者及び割合
- 第4 遺留分侵害額の計算
- 第5 遺留分侵害額請求の期限及び手続
- 第6 遺留分侵害額請求を受けた場合
- 第7 旧法の遺留分減殺請求
- 第8 主要な最高裁判例
- 第9 目的別の関連記事
- 第10 出典
第1 本記事の役割及び情報の基準日
本記事は,山中弁護士ブログにおける遺留分関係のハブ記事である。
遺留分の権利者,割合,計算,請求期限及び新旧法の違いを概観し,個別論点は後掲の専門記事に接続する。
本記事の情報の基準日は,令和8年8月29日である。
最初に確認すべきなのは,被相続人の死亡日である。
被相続人が令和元年7月1日以後に死亡した場合は,原則として現行法の遺留分侵害額請求が問題となる。
被相続人が令和元年6月30日までに死亡した場合は,原則として改正前民法の遺留分減殺請求が適用される。
請求をした日又は裁判の日ではなく,相続開始日によって新旧法を判定する。
第2 遺留分とは
遺留分は,兄弟姉妹以外の相続人に法律上保障された最低限度の取得額である。
遺留分を侵害する遺言又は生前贈与が当然に無効となるわけではない。
現行民法1046条は,遺留分権利者及びその承継人が,受遺者又は受贈者に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できると定めている。
この点が,減殺の効力によって目的財産の共有関係が生じ得た旧法との最も大きな違いである。
第3 遺留分の権利者及び割合
1 請求できる人
民法1042条により,遺留分を有するのは,兄弟姉妹以外の相続人である。
したがって,配偶者,子及び直系尊属は,相続人となる場合に遺留分を有する。
兄弟姉妹及び兄弟姉妹を代襲するおい・めいには,遺留分がない。
遺留分権利者が権利を行使する前後に死亡した場合には,その承継人が問題となる。
2 相続人の組合せごとの割合
民法1042条は,直系尊属のみが相続人である場合の総体的遺留分を基礎財産の3分の1とし,それ以外の場合を2分の1としている。
代表的な相続人の組合せにおける遺留分の割合は,次のとおりである。
| 相続人の組合せ | 遺留分の割合 |
|---|---|
| 配偶者と子 | 配偶者は4分の1,子のグループは4分の1 |
| 配偶者と父母 | 配偶者は3分の1,父母のグループは6分の1 |
| 配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者は2分の1,兄弟姉妹にはない |
| 配偶者のみ | 配偶者は2分の1 |
| 子のみ | 子のグループは2分の1 |
| 直系尊属のみ | 最先順の直系尊属のグループは3分の1 |
| 兄弟姉妹のみ | 遺留分はない |
法務局の「法定相続人と法定相続分の説明」も,配偶者と兄弟姉妹が相続人となる場合の遺留分を,配偶者は2分の1,兄弟姉妹はなしと整理している。
子又は最先順の直系尊属が複数いる場合は,上記のグループの割合を,民法900条及び901条による相続分に応じて配分する。
個別の遺留分額は,この割合だけでは決まらず,基礎財産,生前贈与,遺贈,実際に取得する遺産及び承継債務を反映させる必要がある。
3 相続放棄及び遺留分の放棄
相続放棄をした人は,その相続に関して初めから相続人でなかったものとみなされるため,遺留分権利者とはならない(民法939条)。
これに対し,相続開始前に遺留分のみを放棄する場合は,家庭裁判所の許可を受けたときに限って効力が生ずる(民法1049条1項)。
共同相続人の一人が遺留分を放棄しても,他の共同相続人の遺留分が増えるわけではない(同条2項)。
第4 遺留分侵害額の計算
1 計算の順序
遺留分侵害額は,相続開始時の遺産に一定の割合を乗じるだけでは求められない。
まず,相続開始時の積極財産に基礎財産へ算入する贈与財産を加え,被相続人の債務の全額を控除する(民法1043条1項)。
次に,民法1042条の割合を用いて各権利者の遺留分額を求める。
その上で,権利者が受けた遺贈・特別受益,取得すべき遺産及び承継債務を民法1046条2項に従って反映させる。
計算式,負担順序,遅延損害金及び税務の詳細は,遺留分侵害額請求の計算方法―旧法の減殺請求と何が変わったかで説明している。
2 生前贈与を加算する期間
相続人以外の者に対する贈与は,原則として相続開始前1年間にされたものに限って基礎財産に算入する。
ただし,贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合は,1年より前の贈与も問題となる(民法1044条1項)。
相続人に対する贈与は,婚姻・養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与に限り,原則として相続開始前10年間のものを算入する(同条3項)。
相続人に対する贈与についても,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合は,10年より前の贈与が算入対象となり得る。
「相続人に対する贈与はすべて10年間」という理解では不正確である。
3 債務,寄与分及び特別寄与料
被相続人が相続開始時に負っていた債務は,遺留分を算定するための財産の価額から控除する。
債務の存在及び額に争いがある場合の主張立証は,遺留分侵害額請求の基礎財産から控除される「被相続人の債務」の効果的な主張立証方法で説明している。
民法1043条及び1044条の算定構造上,寄与分額は,遺留分を算定するための財産の価額から控除する項目として定められていない。
また,最高裁令和5年10月26日第一小法廷決定は,遺言により相続分がないものと指定された相続人は,遺留分侵害額請求権を行使したとしても,特別寄与料を負担しないと判断した。
第5 遺留分侵害額請求の期限及び手続
民法1048条は,遺留分侵害額請求権が,遺留分権利者が相続開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅すると定めている。
相続開始時から10年を経過したときも同様である。
期限内には,遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示を,受遺者又は受贈者に到達させる必要がある。
裁判所は,家庭裁判所に調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示とはならないと案内している。
そのため,調停の申立てとは別に,内容証明郵便等により意思表示とその到達を証明できるようにする必要がある。
当事者間で話合いがつかない場合は,相手方の住所地の家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の調停を利用できる。
申立てに必要な書式,標準的な添付書類及び費用は,裁判所「遺留分侵害額の請求調停」に掲載されている。
1年・10年の期限,内容証明による通知,交渉,調停,訴訟及び必要書類の詳細は,遺留分侵害額請求の期限と手続―内容証明・交渉・調停・訴訟・必要書類で説明している。
弁護士費用の基準は,相続事件(遺産分割・遺留分・遺言)の弁護士費用の基準に記載している。
第6 遺留分侵害額請求を受けた場合
請求を受けた受遺者又は受贈者は,請求額を直ちに正しいものと扱うのではなく,相続開始日,請求者の資格,期限内の意思表示,基礎財産,生前贈与,債務及び財産の評価額を順に確認する必要がある。
複数の受遺者又は受贈者がいる場合の負担順序は,民法1047条1項に定められている。
受遺者と受贈者がいるときは受遺者が先に負担し,時期の異なる複数の贈与があるときは後の贈与に係る受贈者から順次負担する。
受遺者又は受贈者が遺留分権利者の承継債務を弁済等によって消滅させた場合は,民法1047条3項による意思表示が問題となる。
受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は,原則として遺留分権利者が負担する(同条4項)。
裁判所は,受遺者又は受贈者の請求により,負担する金銭債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与できる(同条5項)。
ただし,支払資力が乏しいことだけで請求額が当然に減額され,又は債務が消滅するわけではない。
第7 旧法の遺留分減殺請求
令和元年6月30日までに開始した相続には,原則として改正前民法が適用される。
旧法の遺留分減殺請求には物権的効力があり,減殺の対象となった財産に共有関係が生じ得た。
そのため,現行法の金銭請求と旧法の減殺請求を同じ計算式又は同じ法律効果で扱うことはできない。
旧法の計算は,旧法の遺留分減殺請求の計算方法―基礎財産・侵害額・減殺率と判例タイムズ1345号の計算シートで説明している。
遺贈,死因贈与及び生前贈与の減殺順序は,旧法の遺留分減殺請求の順序―遺贈・死因贈与・生前贈与と通知の先後で説明している。
相続開始時の基礎財産と口頭弁論終結時の価額弁償の区別は,旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時で説明している。
減殺請求によって共有となった不動産の解消は,改正前の遺留分減殺請求によって共有となった不動産の解消方法で説明している。
第8 主要な最高裁判例
以下のうち,平成の3判例は改正前民法の遺留分減殺請求に関する判例である。
現行法の遺留分侵害額請求への射程は,条文の改正内容及び個別の論点に応じて判断する必要がある。
①最高裁平成10年6月11日第一小法廷判決(平成9年(オ)第685号,民集52巻4号1034頁)は,特定の事実関係の下で,遺産分割協議の申入れに遺留分減殺の意思表示が含まれるとし,内容証明郵便の到達も判断した。
②最高裁平成13年11月22日第一小法廷判決(平成10年(オ)第989号,民集55巻6号1033頁)は,遺留分減殺請求権は,権利行使の確定的意思を外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除き,債権者代位の目的にできないとした。
③最高裁平成21年3月24日第三小法廷判決(平成19年(受)第1548号,民集63巻3号427頁)は,財産全部を一人に相続させる趣旨の遺言と相続債務がある場合の遺留分侵害額の計算を示した。
④最高裁令和5年10月26日第一小法廷決定(令和4年(許)第14号,民集77巻7号1911頁)は,遺言により相続分がないものと指定された相続人は,遺留分侵害額請求権を行使したとしても,特別寄与料を負担しないとした。
第9 目的別の関連記事
現行法の金額を計算したい場合は,遺留分侵害額請求の計算方法―旧法の減殺請求と何が変わったかを参照されたい。
被相続人の債務をどのように証明するかを確認したい場合は,遺留分侵害額請求の基礎財産から控除される「被相続人の債務」の効果的な主張立証方法を参照されたい。
旧法の計算を確認したい場合は,旧法の遺留分減殺請求の計算方法を参照されたい。
旧法の減殺順序を確認したい場合は,旧法の遺留分減殺請求の順序を参照されたい。
旧法の評価基準時を確認したい場合は,旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時を参照されたい。
旧法により共有となった不動産の処理を確認したい場合は,改正前の遺留分減殺請求によって共有となった不動産の解消方法を参照されたい。
相続事件全般の関連記事は,相続事件に関するメモ書きにまとめている。
以上の各記事は,現行法の計算,被相続人の債務,旧法の計算・順序・評価及び共有不動産という異なる検索意図を担当するものである。
第10 出典
②法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」
⑥最高裁平成10年6月11日第一小法廷判決(平成9年(オ)第685号,民集52巻4号1034頁)
⑦最高裁平成13年11月22日第一小法廷判決(平成10年(オ)第989号,民集55巻6号1033頁)
⑧最高裁平成21年3月24日第三小法廷判決(平成19年(受)第1548号,民集63巻3号427頁)
⑨最高裁令和5年10月26日第一小法廷決定(令和4年(許)第14号,民集77巻7号1911頁)
⑩国税庁「特定贈与者から贈与を受けた財産について遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定した場合の課税価格の計算」