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遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応―期限の許与・分割払い・遅延損害金(AI作成)

第1 この記事の対象と既存記事との役割分担

1 令和元年7月1日以後に開始した相続を扱うこと

民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)の附則第2条は「この法律の施行の日(以下「施行日」という。)前に開始した相続については、この附則に特別の定めがある場合を除き、なお従前の例による。」と定める。
遺留分に関する改正規定は同法附則第1条ただし書の各号に掲げられておらず、法務省が公表する原則的な施行期日である2019年7月1日から施行された。
したがって、被相続人の死亡日が令和元年7月1日以後であれば、金銭の支払を求める遺留分侵害額請求として処理する。

判定の基準は相続開始日であって、判決の年でも権利行使の年でもない。
逆に、判決が令和6年や令和7年であっても、相続開始が施行日より前であれば旧法の遺留分減殺請求として処理される。

2 旧法と変わった点と変わらなかった点

改正の中心は、権利の性質が物権的効果から金銭債権へ変わったことである。
民法1046条1項は「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者…又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」と定める。
その結果、旧法で最も誤りが生じやすかった減殺率の分母の選択という問題は、計算の手順から消えた。

もっとも、変わらなかった部分も多い。
基礎財産の算式(1043条1項)は旧1029条とほぼ同文であり、負担の順序(1047条1項各号)も旧1033条から1035条までと同じ構造である。
遺留分の放棄に関する1049条は旧1043条と同文で、第2項の「共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない」という規律も維持されている。
実質的に変わったのは、後述する贈与の加算期間、負担の限度の条文化、価額弁償に代わる期限の許与の4点に整理できる。

3 既存記事との役割分担

旧法の計算方法そのものは旧法の遺留分減殺請求の計算方法―基礎財産・侵害額・減殺率と判例タイムズ1345号の計算シートで扱っている。
減殺の順序は旧法の遺留分減殺請求の順序―遺贈・死因贈与・生前贈与と通知の先後、遺産の評価時点は旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時で扱っている。
この記事は新法の金額の算定過程に絞り、旧法との違いが実務にどう表れるかを併せて示す。
1年・10年の期限,内容証明による通知,交渉,調停,訴訟及び必要書類は,遺留分侵害額請求の期限と手続―内容証明・交渉・調停・訴訟・必要書類で扱っている。

第2 遺留分を算定するための財産

1 条文と算式

民法1043条1項は「遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする」と定める。
条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価による(同条2項)。
この段階の構造は旧法と同じであり、評価の基準時も相続開始時である。

評価の方法について、東京地方裁判所令和7年8月28日判決(令和5年(ワ)第6427号)は、株式に関し「遺留分算定の基礎となる財産は相続開始時の客観的な交換価値又は取引価格により評価すべきであるから(民法1043条1項参照)」として、相続税申告で用いられる評価方法を採らず、相続開始日の株価によった。
相続税の評価額をそのまま持ち込めない点は、旧法と共通である。

2 相続人に対する贈与が10年に限られたこと

基礎財産に加算する贈与の範囲は、改正で実質的に変わった。
1044条1項は相続開始前1年間の贈与に限って加算するとし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは1年前の日より前のものも加算するとする。
ここまでは旧1030条と同文である。

これに対し、1044条3項は相続人に対する贈与について「一年」を「十年」と読み替え、さらに「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る」と限定した。
旧法では、最高裁判所第三小法廷平成10年3月24日判決(民集第52巻2号433頁)により、相続人に対する特別受益の贈与は期間の制限なく加算されていた。
新法では、相続開始の10年より前にされた贈与は、悪意が認められない限り基礎財産に入らない。
古い贈与を主張して基礎財産を膨らませる構成は、新法では通りにくくなった。

もっとも、相続人でない者に対する贈与を「実質的に相続人に対する贈与」として取り込めるかは別問題として残る。
前記東京地方裁判所令和7年8月28日判決は、被告の長女(被相続人の孫)に対する大学の授業料等について、「被告の長女は被相続人の相続人ではないことから、同人に対する贈与は、それが実質的にみて相続人に対する贈与に当たると評価するに足りる事情が認められない限りは、被告との関係で特別受益には当たらない」とし、あわせて祖母の孫に対する扶養義務の履行の一部ともみられるとして否定した。

3 負担付贈与と不相当な対価

負担付贈与がされた場合の贈与財産の価額は、目的の価額から負担の価額を控除した額である(1045条1項)。
不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなされる(同条2項)。
旧1038条・旧1039条を整理したもので、当事者双方の悪意を要件とする点は変わっていない。

第3 遺留分を請求できる人と割合

1 遺留分を請求できる人

1042条1項は、兄弟姉妹以外の相続人に遺留分を認めている。
配偶者は常に相続人となり、子及びその代襲者が第1順位、これらがいないときは最も親等の近い直系尊属が第2順位、これらのいずれもいないときは兄弟姉妹が第3順位で相続人となる(887条、889条、890条)。
したがって、配偶者、子又はその代襲者及び直系尊属は、実際に相続人となる場合に遺留分を持つ。
胎児は相続について既に生まれたものとみなされるが、死産の場合にはこの取扱いは適用されない(886条)。

1046条1項により、遺留分権利者の承継人も遺留分侵害額を請求できる。
裁判所の手続案内は、この承継人の例として遺留分権利者の相続人及び相続分譲受人を挙げている。
遺留分制度全体の概要は、遺留分に関するメモ書きで扱っている。

2 総体的遺留分と個別的遺留分

1042条1項による総体的遺留分は、直系尊属だけが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1である。
相続人が数人ある場合、各人の個別的遺留分率は、総体的遺留分率に900条及び901条による各人の法定相続分を乗じて算定する(1042条2項)。
法定相続分は相続人間で遺産を分ける割合であり、個別的遺留分率は各人について最低限保障される額を計算するための割合であるから、両者を混同してはならない。

旧1028条は「被相続人の財産の三分の一」又は「被相続人の財産の二分の一」と定め、個別化は旧1044条による900条及び901条の準用から導いていた。
新法は1042条2項に個別的遺留分率の算定方法を明記している。

3 相続人の組合せごとの遺留分割合

相続人の組合せ総体的遺留分各人の遺留分割合
配偶者だけ2分の1配偶者2分の1
子だけ2分の1子全体で2分の1
直系尊属だけ3分の1直系尊属全体で3分の1
兄弟姉妹だけなしなし
配偶者と子2分の1配偶者4分の1、子全体で4分の1
配偶者と直系尊属2分の1配偶者3分の1、直系尊属全体で6分の1
配偶者と兄弟姉妹2分の1配偶者2分の1、兄弟姉妹なし

表中の「子全体」及び「直系尊属全体」は、その順位の相続人が複数いる場合の合計である。
例えば、配偶者と子2人が相続人である場合、配偶者の個別的遺留分率は4分の1、子1人当たりの個別的遺留分率は8分の1となる。
配偶者と父母が相続人である場合、配偶者は3分の1、父母はそれぞれ12分の1となる。

4 複数の子・直系尊属、代襲相続及び養子

同順位の子又は直系尊属が数人いる場合、その法定相続分は原則として等しい(900条4号)。
ただし、親等の異なる直系尊属がいる場合は、被相続人に最も近い親等の者が先に相続人となる(889条1項1号)。

被相続人の子が相続開始前に死亡し、相続欠格に該当し、又は廃除によって相続権を失った場合、その子が代襲相続人となる(887条2項)。
代襲相続人は、被代襲者が受けるはずであった相続分を承継し、代襲相続人が数人いる場合はその相続分をその者らの間で分ける(901条1項)。

養子は、縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得するため(809条)、養親の相続では実子と同じ子として法定相続分及び遺留分を計算する。
ただし、特別養子縁組では、817条の9ただし書の場合を除き、養子と実方の父母及びその血族との親族関係が終了する。

兄弟姉妹が相続開始前に死亡し、又は相続欠格に該当した場合、その子である甥又は姪が代襲相続人となることがある(889条2項)。
もっとも、兄弟姉妹にも、その代襲者である甥又は姪にも遺留分はない。

5 相続放棄、相続欠格及び廃除

相続を放棄した者は、その相続について初めから相続人とならなかったものとみなされる(939条)。
相続放棄は887条2項所定の代襲原因に含まれないため、子が相続放棄をしても、その子が相続放棄を理由として代襲相続人になることはない。

相続放棄により同順位の他の相続人だけが残る場合には、その者らの法定相続分及び個別的遺留分率が増えることがある。
他方、子が全員相続放棄をしたことにより直系尊属が相続人となるなど、相続人の順位及び組合せ自体が変わる場合もある。
したがって、相続放棄によって他の遺留分権利者の割合が常に上がるとは限らず、放棄後の相続人を改めて確定する必要がある。

これに対し、子が相続欠格に該当し、又は廃除によって相続権を失った場合は、その子について代襲相続が生じ得る(887条2項)。
廃除の対象となるのは、遺留分を有する推定相続人である(892条、893条)。

6 相続開始前の遺留分放棄

相続開始前の遺留分放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生ずる(1049条1項)。
共同相続人の一人が遺留分を放棄しても、他の共同相続人の遺留分は増えない(同条2項)。

遺留分の放棄は相続の放棄ではなく、遺留分だけを放棄するものである。
そのため、遺留分を放棄したことだけで相続人の地位を失うものではない。

第4 遺留分侵害額

1 民法1046条2項の算定式

1046条2項は、1042条による遺留分から次の①②を控除し、③を加算して遺留分侵害額を算定するとする。
①遺留分権利者が受けた遺贈又は903条1項に規定する贈与の価額
②900条から902条まで、903条及び904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
③被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、899条の規定により遺留分権利者が承継する債務の額

旧法では、この算定式は最高裁判所第三小法廷平成8年11月26日判決(民集第50巻10号2747頁)が判例として示していた。
新法はこれを条文に取り込んだものであり、算定の骨格自体は変わっていない。

前記東京地方裁判所令和7年8月28日判決は、相続人3名・各法定相続分3分の1・各個別的遺留分割合6分の1の事案で、基礎財産を5699万4508円と認定した上、「原告が受けた遺贈又は贈与、原告が被相続人の相続により取得した財産、原告が承継する相続債務はいずれもないから、遺留分侵害額は、上記遺留分算定の基礎となる財産の額の6分の1である949万9084円である」とした。
控除項目も加算項目もない最も単純な形であり、1円未満を切り捨てた結果と一致する。

2 寄与分が反映されないこと

1046条2項2号が引用するのは900条から902条まで、903条及び904条であって、904条の2は引用されていない。
904条の2は寄与分の規定であるから、寄与分は遺留分侵害額の算定に反映されない。
これは条文の文言から直接導かれる帰結であり、旧法下で通説とされていた結論と同じである。
被相続人の療養看護に努めた相続人が、その貢献を理由に遺留分侵害額を減らすことはできない。

3 承継債務を加算すること

③により、遺留分権利者が承継する相続債務は侵害額に加算される。
旧法では、財産全部を相続させる旨の遺言があった場合に、最高裁判所第三小法廷平成21年3月24日判決(民集第63巻3号427頁)により、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務を加算することが許されないとされていた。
新法の下でも、そのような遺言により受益相続人が債務も全部承継すると解される場合には、遺留分権利者が「899条の規定により承継する債務」自体が存在しないことになるから、結論として加算されない場面はなお生じ得ると考えられる。

4 死亡保険金の取扱い

①が控除するのは、遺留分権利者が受けた遺贈又は903条1項に規定する贈与の価額である。
最高裁判所第二小法廷平成16年10月29日決定(民集第58巻7号1979頁)は、被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の一人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権について、903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないとした。
したがって、遺留分権利者が死亡保険金を受け取っていても、その額は原則として①の控除項目にならず、これを控除して侵害額を計算することはできない。

もっとも、同決定は、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、903条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となるとした。
同決定は遺産分割及び寄与分を定める処分の審判に関するものであるから、この判示を遺留分侵害額の算定へどこまで及ぼすことができるかは、なお検討を要する。
本記事では、請求を受けた側が保険金を控除すべきであると主張する場合には、903条の類推適用を基礎付ける特段の事情を、保険金額と遺産総額との比率を含めて具体的に主張立証する必要があると整理する。

死亡保険金の受取人を変更する行為について、最高裁判所第一小法廷平成14年11月5日判決(民集第56巻8号2069頁)は、自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、平成30年改正前の民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものということもできないとした。
同判決の理由は、死亡保険金請求権が保険金受取人の固有の権利であり、保険契約者又は被保険者の相続財産を構成しないという点にあるから、現行法の下でも、被相続人が受取人を他の相続人や第三者に変更したことを理由として、変更後の受取人が取得した死亡保険金そのものを対象に遺留分侵害額請求をすることは難しいと考えられる。
遺言による受取人の変更(保険法44条)を含め、詳細は遺言による生命保険金受取人の変更で整理している。

第5 遺留分侵害額請求を受けた側の確認事項

1 回答前に保存する資料

遺留分侵害額請求を受けた場合,請求書に記載された金額を直ちに認めるのではなく,通知の内容,到達日及び計算の前提を分けて確認する必要がある。

最初に保存する資料は,①請求書及び同封物の全部,②封筒,配達記録及び電子メールの送受信記録,③被相続人の死亡日が分かる戸籍,④遺言書,贈与契約書及び遺言執行関係資料,⑤相続開始時の財産及び債務の資料,⑥請求者及び受遺者・受贈者が取得した財産の資料並びに⑦請求者との交渉記録である。

請求書の受領日と,遺留分に関する権利行使の意思表示が到達した日は,一致しない場合がある。

また,一部弁済や回答書の文言が権利の承認と評価される可能性があるため,期間制限又は消滅時効を争う場合は,支払又は回答の前に時系列を整理する必要がある。

2 請求額を検証する順序

請求額の検証は,次の順序で行う。

① 相続開始日が令和元年7月1日以後であり,現行の遺留分侵害額請求が適用されるかを確認する。

② 請求者が遺留分権利者又はその承継人であるかを確認し,民法1042条による個別的遺留分割合を確定する。

③ 相続開始時の積極財産に算入対象となる贈与を加え,被相続人の債務を控除して,民法1043条から1045条までの基礎財産を算定する。

④ 請求者が受けた遺贈若しくは特別受益,請求者が取得すべき遺産及び請求者が承継する相続債務を,民法1046条2項の算式へ反映する。

⑤ 受遺者・受贈者ごとの負担限度及び負担順序を民法1047条1項により確認する。

⑥ 元本とは別に,履行請求の内容及び到達日を確認して遅延損害金を計算する。

請求者が提示した相続税評価額,固定資産税評価額又は不動産業者の査定額を,検証せずに遺留分計算へ用いるべきではない。

評価の対象,基準時及び評価方法をそろえた上で,当事者間の差額がどの財産から生じているかを計算表に示す必要がある。

被相続人の債務の範囲及び証拠については,遺留分侵害額請求の基礎財産から控除される「被相続人の債務」の効果的な主張立証方法で説明している。

3 受遺者・受贈者の負担限度と負担順序

民法1047条1項柱書は,受遺者又は受贈者が,遺贈又は贈与の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担すると定める。相続人に対する特定財産承継遺言及び相続分の指定も,同項では遺贈として扱われる。

受遺者又は受贈者自身が相続人である場合,目的の価額から,その者が受けるべき遺留分額を控除した額が負担の限度となる。この控除は同条2項ではなく,同条1項柱書に定められている。

負担の有無を決める基準は法定相続分を超えて取得したかどうかではない。相続人が法定相続分以下しか取得していなくても,遺贈又は贈与により自己の遺留分を超える価額を取得していれば,その超過部分を限度として負担することがある。

例えば,遺留分算定の基礎財産が1億2000万円,相続人が子A・B・Cの3人で,各人の法定相続分が4000万円,遺留分が2000万円であるとする。遺留分算定に算入される第三者Dへの生前贈与が7000万円,残る遺産について遺言によりAが3500万円,Bが1500万円を取得し,Cが何も取得しない場合,債務その他の調整がなければCの遺留分侵害額は2000万円となる。

Aの取得額は法定相続分4000万円を下回るが,自己の遺留分2000万円を1500万円上回る。しかも,受遺者Aと受贈者Dが併存するため,民法1047条1項1号により受遺者Aが先に1500万円を負担し,不足する500万円を受贈者Dが負担する。この例では,AとDの超過取得額の割合で2000万円を按分するのではない。

もっとも,共同相続人が遺言によらず法定相続又は遺産分割だけで財産を取得した場合,その取得だけを理由に当然に民法1047条の受遺者となるわけではない。最初に,取得原因が遺贈,特定財産承継遺言,相続分の指定,生前贈与又は通常の相続・遺産分割のいずれであるかを確定する必要がある。

負担の順序は,①受遺者と受贈者がいるときは受遺者が先に負担し,②受遺者が複数いるとき又は同時の贈与を受けた受贈者が複数いるときは目的の価額の割合に応じて負担し,③時期の異なる贈与を受けた受贈者が複数いるときは後の贈与に係る受贈者から順に負担するというものである。

遺言者が同項2号について別段の意思を表示した場合は,その意思にも注意を要する。複数の取得者がいるという理由だけで,常に取得額又は遺留分超過額の割合による按分になるものではない。

住宅取得支援が金銭贈与か不動産贈与かによって,特別受益の評価対象は変わる。詳しくは,親が負担した建築資金は金銭贈与か建物贈与か―特別受益の認定・評価・証拠で説明している。

4 遺留分権利者承継債務を弁済した場合

民法1047条3項は,請求を受けた受遺者又は受贈者が遺留分権利者承継債務を弁済するなどして消滅させた場合,その額の限度で,遺留分権利者に対する意思表示により,自らが負担する遺留分侵害額の債務を消滅させることができると定める。

弁済しただけで自動的に遺留分侵害額が減るわけではなく,遺留分権利者に対する意思表示が必要である。

弁済日,弁済先,対象債務,元本及び利息の内訳並びに遺留分権利者への通知を証拠化する必要がある。

5 裁判所による期限の許与

民法1047条5項は,裁判所が,受遺者又は受贈者の請求により,負担する債務の全部又は一部の支払について相当の期限を許与することができると定める。

期限の許与は,受遺者又は受贈者からの請求を要し,裁判所が職権で当然に認める制度ではない。

第196回国会参議院法務委員会第21号の法務省民事局長答弁では,この制度は,受遺者等が直ちに金銭を準備できない場合の不都合を解消することを目的とするものと説明されている。

同答弁は,遺贈等の目的財産が直ちに換価することが難しく,受遺者等に十分な資力がない場合に適用があり得るとする。

相当の期限については,受遺者等の資力や,目的財産の売却等により資金を調達するために通常要する期間などを考慮して定められると説明されている。

実務上の手続について,森公任・森元みのり『法律家のための遺言・遺留分実務のポイント』(日本加除出版,2021年)65頁~67頁は,遺留分侵害額請求訴訟が係属していれば抗弁として期限の許与を求め,訴訟が提起されていなければ期限の許与のみを求める訴えを検討する旨を説明している。

裁判例では,東京地方裁判所令和7年10月31日判決(令和5年(ワ)第26051号)は,専業主婦でめぼしい収入がなく,借入れによる資金調達が必要であるとの主張に対し,財産状況が明らかでなく,夫からの資金援助等の可能性も含めて1994万5190円を準備することが困難とは認められないとして,期限の許与を否定した。

また,東京地方裁判所令和6年4月12日判決(令和4年(ワ)第25259号)は,遺留分侵害額請求の意思表示後に受贈マンションを売却し,その代金を新たな自宅の購入代金等に使用した事情を踏まえ,期限の許与を否定した。

これらの裁判例を踏まえると,期限の許与を求める側は,①預貯金及び収支の状況,②目的財産の種類,評価及び換価困難性,③売却,借入れ又は借換えの検討状況,④親族からの資金援助の可否,⑤資金調達に通常要する期間並びに⑥希望する支払額と支払期日を客観的資料で示すことが重要である。

支払義務又は請求額を争う場合でも,支払義務が認められた場合に備え,期限の許与に関する主張及び資料を予備的に準備することを検討する余地がある。

なお,民法1047条5項は,期限の許与を求めたという事実だけで履行遅滞又は遅延損害金が当然に停止するとは定めていない。

6 分割払いの合意と事実上の分割払い

民法1047条5項は,分割払いを明示的に許容する規定ではない。

もっとも,前記国会答弁は,1000万円のうち500万円に一つの期限を,残りの500万円に別の期限を許与する裁判も規定上否定されておらず,この方法により事実上の分割払いと異ならない支払を命ずる余地があると説明している。

これとは別に,当事者は,交渉又は調停で分割払いを合意することができる。

分割払いの合意書には,①支払総額,②各回の支払額及び支払期日,③振込先及び振込手数料,④期限の利益喪失条項,⑤遅延損害金,⑥担保又は公正証書化の要否並びに⑦清算条項を明記する必要がある。

交渉,調停及び訴訟の流れについては,遺留分侵害額請求の期限と手続―内容証明・交渉・調停・訴訟・必要書類で説明している。

第6 遅延損害金と期間制限

1 権利行使と履行請求を区別する

遺留分侵害額請求権の行使は,遺留分侵害額に相当する金銭債権を発生させる形成権の行使である。

第196回国会参議院法務委員会第21号の法務省民事局長答弁では,権利行使に当たり必ずしも金額を明示する必要はないが,発生した金銭債務は期限の定めのない債務であり,遺留分権利者が具体的な金額を示して履行を請求した時点で履行遅滞に陥ると説明されている。

東京地方裁判所令和7年10月31日判決(令和5年(ワ)第26051号)も,遺留分侵害額請求権の行使自体には金額の明示を要しない一方,金銭債権が履行遅滞となるのは具体的な金額を示して履行を請求した時点からであるとして,訴状送達の日の翌日から年3パーセントの遅延損害金を認めた。

森公任・森元みのり『法律家のための遺言・遺留分実務のポイント』(日本加除出版,2021年)7頁~9頁も,二つの意思表示を区別し,具体額を明示した催告の到達日の翌日から遅延損害金が発生すると説明している。

当初から具体的な金額を示して支払を求めた場合は,形成権の行使と履行請求を同時に行ったことになり,その時点から履行遅滞に陥ると説明されている。

請求を受けた側は,通知書が遺留分に関する権利行使だけを記載したものか,具体的金額の支払まで求めたものかを区別し,通知の全文と到達日を保存する必要がある。

2 遅延損害金の利率

期限の定めのない債務については,民法412条3項により,債務者は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。

金銭債務の遅延損害金は,民法419条1項により,債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率で定まる。

法務省の公表資料によれば,令和8年4月1日から令和11年3月31日までの法定利率は年3パーセントである。

令和11年4月1日以後の法定利率は,本記事の基準日現在,未確定である。

遅延損害金は元本と別に日々増加するため,請求額を争いながら和解案を提示する場合も,どの期間及び利率で計算したかを明示する必要がある。

なお,令和2年3月31日以前に履行遅滞に陥った債権については改正前民法の経過措置が問題となるため,履行請求の到達日を個別に確認する必要がある。

3 民法1048条の期間と発生後の金銭債権の時効

民法1048条は,遺留分侵害額請求権について,遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知った時から1年間行使しないときは時効により消滅し,相続開始から10年を経過したときも同様であると定める。

この1年及び10年は,受遺者又は受贈者の任意の支払期限を定める規定ではなく,遺留分権利者による権利行使の期間を制限する規定である。

時効は,民法145条により,当事者が援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができない。

権利行使によって金銭債権が発生した後は,その金銭債権について民法166条の消滅時効を別に管理する必要がある。

また,民法152条は,権利の承認があったときは時効がその時から新たに進行すると定める。

期間制限又は消滅時効を主張する可能性がある場合,請求の一部を支払うことや,債務全額を前提とする分割案を示すことの法的意味を検討してから回答すべきである。

4 請求を受けた側の回答順序

請求を受けた側の回答は,①通知の内容及び到達日の確認,②期間制限の検討,③請求額の計算過程及び資料の確認,④認否及び追加資料の要求,⑤支払可能額及び支払方法の検討,⑥必要に応じた期限の許与の準備という順序で行うのが安全である。

請求額の全額を争う場合でも,争いのない部分があるか,早期解決のための提案をするか,遅延損害金を含めた総額をどこまで固定するかを分けて検討する必要がある。

遺留分制度全体の関連記事は,遺留分に関するメモ書きにまとめている。

第7 現物で解決する場合の課税

1 代物弁済と譲渡所得

金銭の支払に代えて不動産等を移転すると代物弁済に当たり、譲渡所得課税が生じる。
所得税基本通達33-1の6は、民法1046条1項の請求があった場合において金銭の支払に代えて資産の移転があったときは「その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる」とする。
移転を受けた側は、消滅した債権の額に相当する価額でその資産を取得したことになる(同通達38-7の2)。

旧法との差は大きい。
旧法では減殺請求により物権的効果が生じ、遺留分権利者は遺贈の失効によって財産を取得したから、譲渡所得課税は生じなかった。
国税庁は、新法の下では受遺者が「遺留分侵害額に相当する金銭を支払うために…遺贈により取得した…宅地を譲渡(代物弁済)したもの」と考えられ、遺留分権利者は相続又は遺贈により取得したわけではないから小規模宅地等の特例の適用を受けられないとしている。
現物で解決すると、譲渡所得課税と特例の不適用という二つの不利益が生じ得る。

登記の面でも扱いが変わった。
法務省民二第68号(令和元年6月27日)は、改正により「従前の遺留分減殺を登記原因とする所有権の移転の登記の申請は、受理することができないこととなる」としている。

2 相続税の更正の請求と修正申告

相続税法32条1項3号は、更正の請求ができる事由として「遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと」を掲げる。
同項柱書は「当該各号に規定する事由が生じたことを知つた日の翌日から四月以内に限り」と定めており、期限は4か月である。
旧法の同号は「遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき、又は弁償すべき額が確定したこと」であり、現物返還と価額弁償を書き分けていたが、4か月という期限は変わっていない。

方向を取り違えないよう注意を要する。
更正の請求をするのは金銭を支払った側であり、受け取った側は31条1項の修正申告又は30条1項の期限後申告による。
いずれも「することができる」と定められた規定である。

第8 新法の解釈を示した裁判例がほとんどないこと

新法の適用事案について、裁判所ウェブサイトに掲載された裁判例は極めて少ない。
同サイトの裁判例検索で「遺留分」を検索すると130件が該当するが、裁判年月日が令和元年7月1日以後のものは16件にとどまり、そのうち改正後の民法が適用された事案は最高裁判所第一小法廷令和5年10月26日決定(民集第77巻7号1911頁)の1件だけである。
しかも同決定の判断対象は特別寄与料であり、「遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しない」とするものである。
1046条2項の算定式、1044条3項の10年、1047条の負担の限度・順序及び同条5項の期限の許与について、判断を示した裁判例は確認できなかった。

これは裁判例が存在しないことを意味しない。
裁判所ウェブサイトの掲載区分は最高裁判所判例集、高等裁判所判例集、下級裁判所裁判例速報、行政事件、労働事件及び知的財産事件であり、遺留分侵害額請求訴訟のような通常の地方裁判所の民事判決は、ごく一部しか採録されない。
本記事で引用した東京地方裁判所の2件も、いずれも裁判所ウェブサイトには掲載されておらず、判例秘書で全文を確認したものである。
新法の運用を調べるには、商用データベースや判例雑誌に当たる必要がある。

第9 出典・参考資料

1 法令

民法(明治29年法律第89号)145条,152条,166条,404条,412条,419条,809条,817条の9,886条,887条,889条から893条まで,899条,900条から904条まで,939条,1042条から1049条まで(e-Gov法令検索)
②民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則1条・2条(民法の附則としてe-Gov法令検索に収録)
③民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項(同上)
④平成30年法律第72号による改正前の民法1028条から1044条まで(e-Gov法令検索の令和元年6月30日時点の版)
相続税法(昭和25年法律第73号)30条1項,31条1項,32条1項(e-Gov法令検索)

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷令和5年10月26日決定(令和4年(許)第14号,民集第77巻7号1911頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第三小法廷平成8年11月26日判決(平成5年(オ)第947号,民集第50巻10号2747頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第一小法廷平成10年2月26日判決(平成9年(オ)第802号,民集第52巻1号274頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第三小法廷平成10年3月24日判決(平成9年(オ)第2117号,民集第52巻2号433頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第三小法廷平成21年3月24日判決(平成19年(受)第1548号,民集第63巻3号427頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第二小法廷昭和57年11月12日判決(昭和54年(オ)第907号,民集第36巻11号2193頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第二小法廷平成16年10月29日決定(平成16年(許)第11号,民集第58巻7号1979頁,裁判所ウェブサイト)
⑧東京地方裁判所令和7年8月28日判決(令和5年(ワ)第6427号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑨東京地方裁判所令和6年4月12日判決(令和4年(ワ)第25259号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑩東京地方裁判所令和7年10月31日判決(令和5年(ワ)第26051号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑪東京地方裁判所令和7年12月26日判決(令和6年(ワ)第31327号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑫大審院昭和13年2月26日判決(民集17巻275頁。東京地方裁判所令和7年12月26日判決が引用するもの)
最高裁判所第一小法廷平成14年11月5日判決(平成11年(受)第1136号,民集第56巻8号2069頁,裁判所ウェブサイト)

3 公的資料

法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」(原則的な施行期日を2019年7月1日とする記載を参照)
法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」(令和7年法務省告示第73号。基準割合年0.4パーセント)
国税庁「遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係」(質疑応答事例)
国税庁「遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例の適用の可否(令和元年7月1日以後に開始した相続)」(質疑応答事例)
所得税基本通達33-1の6及び同38-7の2(国税庁)
法務省民二第68号(令和元年6月27日)法務省民事局長通達(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて)
第196回国会参議院法務委員会会議録第21号1頁~3頁(平成30年7月5日。発言番号6,8及び14~18。権利行使と履行請求の区別並びに期限の許与に関する答弁)
裁判所「遺留分侵害額の請求調停」(遺留分権利者の承継人に関する申立人欄を参照)
埼玉司法書士会・さいたま地方法務局「エンディングノート」18頁(相続人の組合せごとの遺留分割合表を参照)

4 文献

参議院常任委員会調査室・特別調査室「約40年ぶりの相続法の大改正」立法と調査2018年11月No.40619頁~34頁
②森公任・森元みのり『法律家のための遺言・遺留分実務のポイント―遺留分侵害額請求・遺言書作成・遺言能力・信託の活用・事業承継』(日本加除出版、2021年)7頁~9頁・65頁~67頁(弁護士ドットコムライブラリーで本文確認)