第1 結論
最高裁判所第二小法廷令和8年9月14日判決(令和7年(受)第1337号)は,災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与期間経過後も区民住宅に居住した被災者に対する使用料等相当損害金の請求を認めた原審を是認し,上告を棄却した。
法廷意見が判断したのは,仮に退去要求が権利濫用又は信義則違反であっても,それだけで使用料等相当損害金が発生しないことにはならないという点である。
したがって,占有者側は,退去要求又は使用許可終了の違法性を主張するだけでは足りず,占有権原,請求原因,損害又は利得の額,対象期間,金銭請求自体の権利濫用又は信義則違反を分けて主張立証する必要がある。
行政側でも,供与期限と一般的な住宅情報を告げるだけでなく,当事者ごとの生活事情,転居可能性,自治体間の情報共有及び協議,代替住宅の利用可能性,当該住戸を本来用途に戻す具体的必要性,損害金の単価と算定根拠を記録化することが重要である。
三浦守裁判官の反対意見は,供与終了と金銭請求のいずれについても,被災者の個別事情と関係自治体の協力状況を総合すべきであるとした。
もっとも,これは反対意見であり,最高裁の法廷意見ではない。
第2 判決の書誌と確認資料
1 書誌
事件名は建物明渡等請求事件,事件番号は令和7年(受)第1337号,裁判年月日は令和8年9月14日,裁判所は最高裁判所第二小法廷である。
原審は東京高等裁判所令和7年2月12日判決(令和6年(ネ)第1962号)であり,最高裁は上告を棄却した。
裁判官は,裁判長三浦守裁判官,岡村和美裁判官,尾島明裁判官及び高須順一裁判官である。
三浦裁判官だけが反対意見を述べ,他の3人が法廷意見に加わった。
2 確認した資料と未確認の資料
本記事は,裁判所ウェブサイトの裁判例詳細ページと判決書全文,同判決が明示する最高裁判所第二小法廷令和8年1月9日判決及び同判決書全文を確認して作成した。
また,現行法の確認にe-Gov法令検索「災害救助法」,国際約束の確認に外務省の「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」とOHCHRの国内避難に関する指導原則の文書情報を確認した。
東京高裁令和7年2月12日判決の全文,第一審判決,上告受理申立理由書,訴訟記録及び関係自治体間の協議資料は確認していない。
判例秘書の収録本文及び評釈も確認できていないため,原審の理由付けや第一審の事件番号について,最高裁判決書を超えた断定はしていない。
第3 事案の概要
1 応急仮設住宅としての住宅供与
判決書によれば,被災者夫婦は東日本大震災で宮城県気仙沼市の住居を失い,東京都目黒区の区民住宅等に目的外使用許可を受けて居住した。
平成25年4月以降,この住宅供与は災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与として取り扱われた。
夫は気仙沼市の災害公営住宅に申し込んでいたが,健康状態の悪化により実際の入居に至らなかった。
目黒区は,病状の説明を伴う複数回の相談を受け,転居先として民間賃貸住宅等の情報を提供したが,転居は実現しなかった。
2 供与終了と使用料等相当損害金
宮城県知事は,県外応急仮設住宅入居者に対する住宅の供与を平成30年3月31日で終了させる旨を東京都知事に通知し,目黒区は被災者側に退去期限を告知した。
目黒区は,同年4月1日以降は日額6410円の弁償金が発生する旨を通知し,最終的に同日から明渡日までの使用料等相当損害金を請求した。
第4 法廷意見が判断したこと
1 退去要求と金銭請求の切り分け
上告人は,退去要求が権利濫用又は信義則違反により違法であるから,反射的に占有権原が認められ,使用料等相当損害金も認められないと主張した。
法廷意見は,仮に退去要求が権利濫用又は信義則違反に当たっても,それにより使用料等相当損害金が発生しないことにはならないとし,この主張は前提を欠くとした。
その上で,原審の請求認容判断は正当であるとした。
2 法廷意見が判断しなかったこと
法廷意見は,応急仮設住宅の供与終了が常に適法であると判断したものではない。
被災者の健康状態等の個別事情が常に無関係であると判断したものでもない。
また,退去要求の違法性が確定したものではなく,それを仮定しても上告人の法的主張が当然には成り立たないと判断したのである。
「被災者の個別事情を考慮せず供与を打ち切ってもよいと最高裁が判断した」と一般化することはできない。
第5 三浦守裁判官の反対意見
1 社会権規約と国内避難に関する指導原則
三浦反対意見は,社会権規約11条1項が相当な住居を含む相当な生活水準についての権利を認めていることと,国内避難に関する指導原則が国内避難民保護の重要な国際的枠組みとされていることを指摘した。
その上で,東日本大震災の被災者保護に関する国内法の解釈適用は,これらの趣旨を踏まえるのが相当であるとした。
ただし,この国際法上の議論は反対意見の理由付けであり,法廷意見が採用した判断枠組みではない。
国内避難に関する指導原則は条約そのものではなく,直接適用できる国内法上の請求権であるとの説明も正確ではない。
2 個別事情と自治体間の協力
三浦反対意見は,被災及び避難の状況,避難継続又は帰還の意向,家族関係,健康,就労,その他の生活状況,安定した住宅の確保状況を個別に考慮すべきであるとした。
さらに,応急仮設住宅の供与を行う自治体と,避難先で住宅を提供する自治体との間で,個別事情を共有し,供与期間と安定住居の確保について必要な協議を行うなど相互に協力すべきであるとした。
同反対意見は,目黒区が具体的な生活事情を認識しながら必要な支援及び協議を怠ったと評価し,供与及び使用許可の終了は災害救助法等の趣旨に反し,社会通念上著しく妥当性を欠くとした。
この評価も反対意見の見解である。
3 使用料等相当損害金請求自体の権利濫用
三浦反対意見は,供与終了後の占有を単なる不法占拠とみることはできないとした。
そして,個別事情を総合し,明渡しと不法行為に基づく損害賠償又は不当利得返還として使用料等相当損害金を求めることが正義・公平に照らして容認できないときは,その請求権行使は権利濫用に当たり得るとした。
反対意見は,全期間だけでなく,一部期間の請求が権利濫用に当たるかも検討すべきであるとし,原判決を破棄して東京高裁に差し戻すべきであると述べた。
第6 最高裁令和8年1月9日判決との関係
1 1月9日判決の概要
最高裁判所第二小法廷令和8年1月9日判決(令和6年(受)第1046号)は,福島第一原子力発電所事故の避難者が入居する国家公務員宿舎について,福島県が国の所有権に基づく明渡請求権を代位行使できるとした原審の結論を是認した。
同判決では,岡村和美裁判官及び尾島明裁判官の共同意見,高須順一裁判官の意見,三浦守裁判官の反対意見がある。
一方,9月14日判決で個別意見を述べたのは三浦裁判官だけである。
2 共通する考え方と争点の違い
2件の法廷意見は,住宅供与終了判断の違法性が,占有権原,明渡請求又は金銭請求の帰趨を当然に決定するものではないという切り分けをしている。
1月9日判決の中心は明渡請求権の代位行使であったのに対し,9月14日判決の中心は使用料等相当損害金である。
三浦反対意見は,1月9日判決で社会権規約,国内避難に関する指導原則,広域の住宅事情及び避難者の具体的事情を重視した。
9月14日判決の反対意見は,その判断枠組みへの参照を明記し,関係自治体間の協議と金銭請求そのものの権利濫用審査へ展開した。
第7 訴訟での主張立証
1 占有者側
占有者側は,次の事項を分けて検討する必要がある。
①使用許可,使用貸借その他の占有権原が残っているか。
②供与終了又は使用許可終了に取消原因又は違法があるか。
③その違法が,占有権原,損害又は利得の発生にどのように影響するか。
④不法行為,不当利得その他の請求原因ごとの要件が満たされるか。
⑤使用料相当額の基礎,日額,始期,終期及び減額事由は何か。
⑥金銭請求の全部又は一部期間の行使自体が,権利濫用又は信義則違反に当たるか。
金銭請求自体の権利濫用を主張する場合,被災経過,帰還又は避難継続の意向,家族,健康,介護,就労,所得,転居先の応募資格,当選又は落選,保証人,初期費用,医療アクセスなどを,時系列と客観資料で示すことが考えられる。
通知を受けた日と内容,相談日,担当者,提示された住宅,応募結果,転居を妨げた事情を一覧化すると,半断面的な主張を避けやすい。
2 自治体側
自治体側は,供与終了の法的根拠,決定権者及び決定過程を明確にした上で,入居者ごとの意向,健康,介護,家族,就労,所得及び転居可能性を記録する必要がある。
別の住宅を提示した場合,空き住戸の有無だけでなく,応募資格,賃料と初期費用,面積,バリアフリー性,医療・介護へのアクセス及び入居可能時期を確認することが考えられる。
他の自治体に救助,応援又は補助の関係がある場合,照会日,伝達した個別事情,回答,協議内容と役割分担を保存する。
また,当該住戸を本来用途へ戻す具体的需要,待機者,空室状況,損害金単価の算定根拠,猶予,減免,分割及び代替措置の検討過程も記録化することが考えられる。
第8 通知,説明及び協議で確認すべき事項
1 終了通知と合意書
退去期限を通知し,又は使用期間終了までに退去する旨の合意書を取得する場合でも,次の事項を区別して明示することが考えられる。
①供与終了と使用許可終了の根拠及び日付。
②明渡期限と明渡方法。
③期限後の金銭請求の法的構成,単価,始期,終期及び算定例。
④猶予,減免,分割,不服申立て又は相談の手続がある場合の窓口。
⑤個別事情の申出方法と必要資料。
「期限を承諾した」という一文だけで,供与終了,占有権原,明渡義務,損害金の額,金銭請求の権利濫用という別個の問題が一括して決まるわけではない。
2 代替住宅の提案と記録
代替住宅の資料を交付したことと,当事者が現実にその住宅を利用できることとは同じではない。
応募資格,空き住戸,抽選,初期費用,保証,身体状況,通院と介護,家族の支援,就労場所,入居可能日を確認し,利用できない場合はその理由と次の候補を記録することが考えられる。
第9 現行の内閣府要領との関係
1 供与期間と延長
内閣府の「災害救助事務取扱要領(令和7年10月)」63頁は,建設型応急住宅の供与期間の上限を原則2年とし,賃貸型についても建設型との均衡から原則2年としている。
その一方で,入居者が供与期間内に新たな住宅を探すことが困難な場合等には,原則2年の範囲内で柔軟に延長する必要があるとしている。
同要領64頁は,被災者の生活再建等の状況に応じて2年を超える供与期間の延長が必要と判断される場合も想定し,内閣府への相談を求めている。
2 判決資料との区別
上記要領は令和7年10月の現行行政実務資料であり,本件の供与終了時の法令又は最高裁が採用した判断理由と同一ではない。
現行の運用を確認する参考資料として位置付け,これだけで本件当時の判断が違法又は適法であったと立証する資料にはしない。
第10 誤読を避けるためのチェックポイント
①主文は上告棄却であり,破棄差戻しではない。
②法廷意見は,供与終了又は退去要求の適法性について詳しい一般規範を示していない。
③退去要求が違法であれば使用料等相当損害金が当然に発生しないという判断ではない。
④個別事情,社会権規約,国内避難に関する指導原則及び自治体間協力を重視したのは三浦反対意見である。
⑤三浦反対意見は将来の主張立証の参考になり得るが,確立した最高裁判例として引用することはできない。
⑥現行の内閣府要領は,事件当時の法適用を直接証明する資料ではない。
第11 出典・関連記事
①裁判所「最高裁判所第二小法廷令和8年9月14日判決の詳細ページ」
②裁判所「同判決書PDF」
③裁判所「最高裁判所第二小法廷令和8年1月9日判決の詳細ページ」
④裁判所「同判決書PDF」
⑤e-Gov法令検索「災害救助法」
⑥外務省「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」11条1項
⑦OHCHR「Human Rights Documents(E/CN.4/1998/53/Add.2)」
⑧内閣府「災害救助事務取扱要領(令和7年10月)」63頁~64頁
⑨「最高裁判所裁判官の少数意見」
⑩「三浦守 最高裁判所判事(34期)の経歴」
⑪「高須順一 最高裁判所判事(40期)の経歴・専門分野・主要判決(AIリライト)」
本記事は,令和8年9月17日現在,上記の公開された一次資料等を確認して作成した。
判例秘書,原審及び第一審の判決全文,訴訟記録並びに自治体間の協議資料は未確認である。