第1 結論―保存,開示,診療継続及び廃棄を分けて設計する
本記事は,令和8年9月17日現在の法令及び公的資料に基づき,医療法人,一般財団法人又は個人診療所が破産又は閉院する場合の診療録,電子カルテ,画像,健診記録等の取扱いを整理するものである。
法令・通知で確認できることとして,勤務医が作成した診療録は病院又は診療所の管理者が5年間保存し,厚生労働省は,病院又は診療所が廃止された場合には,通常は廃止時点の管理者が保存するのが適当であるとしている。また,患者等から診療録の開示を求められた場合,原則として応じる必要があるとの行政上の整理が示されている。
本記事の実務上の提案は,①記録を失わないための保全,②現在患者の診療継続,③本人又は遺族からの開示依頼,④保存期間満了後の廃棄を一つの問題として扱わず,責任者,連絡先,費用及び終了条件をそれぞれ決めることである。
未確認事項として,医療機関の破産管財人が,破産手続開始だけによって医師法24条2項上の「管理者」又はその公法上の保存義務を当然に承継すると明記した法令・最高裁判例は,今回確認した範囲では見当たらない。もっとも,破産財団に属するサーバー,紙記録及び契約を管理処分する権限は管財人に専属するため,管財人が記録の消失を防ぎ,元管理者,保健所,電子カルテ事業者等との実施体制を作る必要性は高い。
第2 最初の72時間に行うこと
1 削除,返却,解約及び上書きを止める
まず,電子カルテ,画像管理システム,検査機器,クラウド,バックアップ媒体及びリース物件について,自動削除,アカウント停止,機器返却,初期化及び契約終了の日を確認する。ベンダーやリース会社には,記録保全のために処分を一時停止する対象と期間を明確に伝える。紙への一括印刷を先行させると,画像原データ,波形,更新履歴,監査ログ,添付ファイル又は検索情報を失うおそれがあるため,まず原データの保全可能性を確認する。
2 現在患者と未処理検査を優先する
治療継続中の患者,結果説明前の検査,予約済みの処置及び紹介状未作成の患者を抽出し,転院先への診療情報提供を優先する。単にカルテを保存しても,現在進行中の診療上の危険が解消されるわけではない。緊急性,連絡結果,提供資料及び未了事項を患者ごとに記録する。
3 記録台帳を作る
施設名,システム名,記録の種類,対象期間,件数又は容量,法定保存期間,保存場所,暗号化・鍵,閲覧ソフト,責任者,委託先,取出方法,費用,廃棄予定日及び係争保全の有無を台帳化する。紙箱には連番を付し,患者名を外箱に露出させず,箱番号と索引を分離して管理する。
第3 誰が記録を保存し,誰が開示に対応するか
1 医師法24条の保存義務者
医師法24条2項は,病院又は診療所に勤務する医師が作成した診療録を,その病院又は診療所の管理者が5年間保存するものとする。その他の診療に関する診療録は,診療した医師が保存する。法人,開設者,管理者,雇用医師及び破産管財人は同じ概念ではない。
2 廃止時点の管理者に関する厚生労働省の整理
厚生労働省医政局長の令和7年8月15日通知「美容医療に関する取扱いについて」は,美容医療を対象とする通知であるが,医師法24条の解釈として,病院又は診療所が廃止された場合,通常は廃止時点の管理者が診療録を保存するのが適当であると明記する。また,患者等から開示を求められた場合には原則として応じる必要があるとしている。
3 破産管財人の位置付け
破産法78条及び79条によれば,破産財団に属する財産の管理処分権は管財人に専属し,管財人は善管注意義務を負う。他方,これらの条文から,診療所管理者という医療法上の地位又は医師法上の保存義務が当然に管財人へ移るとは直ちにいえない。
したがって,管財人は「自分が医療判断を行う」ことを前提にせず,財団財産である媒体・機器・契約を保全し,廃止時管理者又は対応可能な医師に医学的判断を委ね,事務的な検索・複写・本人確認・発送を行う者との役割分担を文書化するのが相当である。この点は,法令に明記された標準手順ではなく,本記事の推論及び実務上の提案である。
| 役割 | 主な担当 | 避けるべき混同 |
|---|---|---|
| 廃止時管理者・医師 | 保存義務,開示可否に必要な医学的判断,診療情報提供 | 媒体を持っている者が当然に医学的判断をできるとは限らない |
| 破産管財人 | 財団財産・契約の管理,費用確保,関係者調整 | 破産手続開始だけで医療上の管理者になったと断定しない |
| 倉庫・システム事業者 | 保管,検索補助,取出し,確実な廃棄 | 委託先が独自に開示可否を判断しない |
| 保健所 | 廃止届,行政上の相談,問い合わせ先の案内 | 保健所が個別カルテを当然に保管するとは限らない |
第4 記録ごとの保存期間と起算点
「カルテはすべて5年」と一括しない。記録の種類,作成主体及び適用法令により保存期間と起算点が異なり,契約,訴訟,事故調査又は患者からの保存要請により法定期間を超えて保全すべき場合もある。
| 記録 | 主な根拠 | 基本的な期間 | 確認点 |
|---|---|---|---|
| 診療録 | 医師法24条2項 | 5年 | 個々の診療録の起算日,勤務医作成か,管理者は誰か |
| 保険診療の帳簿・書類 | 保険医療機関及び保険医療養担当規則9条 | 診療録は完結の日から5年,その他は3年 | 診療録と請求関係書類を分ける |
| エックス線写真等 | 医療法施行規則20条10号等 | 種類に応じた期間 | 画像,撮影条件,照射録,線量・測定記録を分けて根拠を確認する |
| 事業者の一般健康診断個人票 | 労働安全衛生規則51条 | 5年 | 保存義務者は健診機関ではなく事業者である場合がある |
企業健診を主業務とする施設では,診療所側の医療記録と,委託元企業が労働安全衛生法令上保存する健康診断個人票を分ける必要がある。特殊健康診断等には別の長期保存規定があり得るため,検査の種類ごとに確認する。
第5 紙カルテと電子カルテの外部保存
1 紙カルテの倉庫保管
厚生労働省の「診療録等の保存を行う場所について」は,診療録等を医療機関外に保存する場合について,必要時に直ちに利用できること,秘密保持,責任の所在等を求めている。したがって,貸倉庫への搬入だけで完了とせず,耐火・防水・入退室管理,索引,取出期限,配送時の封緘,秘密保持,再委託,事故報告,返却・廃棄及び契約終了時の引継ぎを契約書で定める。
2 電子カルテは「全部印刷」だけで足りるとは限らない
電子保存には,真正性,見読性及び保存性を確保する必要がある。画面の印刷物だけでは,原本性,更新履歴,電子署名,画像・波形,添付ファイル,監査ログ及び検索機能を保持できないことがある。データ一式を出力する場合も,形式だけでなく,閲覧ソフト,ライセンス,暗号鍵,データ辞書,患者索引,復元手順及びテスト結果を残す。
3 ベンダー・リース終了前の確認
機器を返却する前に,①原本データとバックアップの所在,②出力対象,③出力形式,④閲覧・検索方法,⑤ハッシュ値又は媒体台帳,⑥復元試験,⑦保守終了後の問い合わせ先,⑧機器内データの消去証明を確認する。複写先を一つだけにせず,権限を分けた複数媒体又は安全な外部環境に保存する。
第6 患者の転院と診療情報の開示
1 診療継続と過去記録の開示を分ける
現在患者については,転院先の確保,紹介状,検査結果,画像及び投薬情報の提供を優先する。過去患者の開示請求は,それとは別に,受付窓口,本人確認,対象特定,医学的判断,複写費用及び発送を設計する。
2 担当医師が不在でも一律拒否とは限らない
厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は,開示の可否を決めるに当たり,診療記録を作成した医師等の意見を聴くことを求めている。他方,指針が掲げる開示拒否の事由に「担当医師が退職したこと」そのものは明記されていない。したがって,医師が不在であることを理由とする一律拒否を当然の原則とせず,事務的複写だけで対応できる部分,別の医師による確認が必要な部分及び説明を伴わなければ患者に重大な不利益を生じる部分を分けて検討する。
開示しない場合には,同指針に沿って原則として文書で理由を示し,苦情処理の体制も案内する。亡くなった患者の記録については,同指針第9により,遺族への提供手続,本人の生前の意思及び名誉に配慮する。
3 窓口を消滅させない
手続終了後も問い合わせ先が分かるように,元管理者又は受託者の連絡先を保健所その他の関係機関に伝え,変更時の更新手順を決める。ただし,誰の同意で連絡先を掲示するか,個人宅住所を公開しない方法,応答不能時の代替先を文書化する。
第7 実務上考えられる三つの運用モデル
以下は,法令上の標準手順又は安全港ではなく,実務上の選択肢である。施設の規模,医師の協力可能性,記録形式及び財団費用に応じて組み合わせる。
1 倉庫・元管理者・保健所をつなぐモデル
紙カルテを患者名と年で整理し,箱単位で取出せる専門倉庫へ預け,元管理者である医師が開示可否に必要な判断を行い,保健所が問い合わせ先を案内する。実施する場合は,箱索引,秘密保持,取寄権限,費用負担,医師が対応不能となった場合の後任,保存期間満了時の溶解処理及び廃棄証明まで定める。
2 電子データを元管理者へ引き継ぐモデル
電子カルテ事業者の協力を得て,元管理者にデータ,閲覧環境及び索引を引き継ぐ。媒体の交付だけで終わらせず,復元試験,暗号鍵,バックアップ,個人情報の取扱権限,開示受付及び費用精算を合意書にする。
3 期間限定の受付体制を置くモデル
閉院後1か月又は2か月程度,元職員等による連絡窓口を維持し,現在患者へ個別連絡し,希望者へ資料を渡す。これは初動として有用であるが,その期間の経過だけで法定保存義務や将来の開示対応が消えるわけではない。窓口終了後の保存場所,連絡先及び代替手順を別に決める必要がある。
第8 保存期間満了後の廃棄
廃棄は,箱又は媒体単位ではなく,原則として各記録の保存期間,係争,事故調査,開示請求及び保存要請の有無を確認して決める。異なる満了日の記録を同じ箱に入れた場合,最も遅い満了日まで箱全体を保管するか,安全に再分類する必要がある。
廃棄台帳には,対象,期間,根拠,承認者,方法,委託先,実施日及び証明書を記録する。紙は復元困難な溶解又は裁断,電子媒体は方式に応じた消去又は物理破壊を行い,バックアップ,複製,クラウド及び機器内蔵記憶装置の残存も確認する。
第9 破産管財人の時系列チェックリスト
1 就任直後
廃止時管理者,雇用医師,職員,保健所,電子カルテ・画像・検査システム事業者,リース会社及び倉庫業者を特定し,記録消失につながる日程を停止又は延期する。現在患者,未処理検査及び緊急薬剤を抽出する。
2 明渡し・機器返却前
記録台帳と索引を完成させ,紙の箱詰め,電子データの出力,復元試験及び複数バックアップを行う。保存場所と開示窓口を決定し,委託契約,権限,費用,終了条件及び代替担当者を文書化する。
3 破産手続終結前
保存期間中の倉庫費用,システム維持費,取出費用及び廃棄費用を試算し,必要な財団費用を確保する。元管理者,保健所その他の関係者へ,手続終結後の連絡先と対応フローを通知する。
4 手続終結後を見据えた文書
引継書には,記録一覧,保存満了日,保管場所,索引,アクセス権限,本人確認,医学的判断者,回答期限の目安,費用,事故時連絡先,廃棄承認及び証明書保存先を含める。口頭の了承だけに依存しない。
第10 判例秘書の検索結果と未確認事項
令和8年9月17日,判例秘書で,破産管財人,診療録,医療機関,閉院,開示等を組み合わせて検索した。「破産管財人 AND 診療録」は11件,「医療機関 AND 破産管財人 AND 診療録」は4件,「閉院 AND 診療録 AND 破産」は1件であった。さらに開示を加えた検索結果や該当件を確認したが,医療機関の破産管財人が閉院後の診療録を保存又は開示する義務を直接判断した裁判例は確認できなかった。
これは,判例秘書の収録範囲と上記検索式に限った結果であり,該当裁判例が存在しないことの証明ではない。また,「破産事件における書記官事務の研究」315頁に開示対応に関する解説があるとの資料提供を受けたが,今回は同頁の原文を確認できていないため,その内容を本記事の法的根拠として採用していない。
個別案件では,保健所の運用,閉院届の内容,電子カルテ契約,リース約款,法人と管理者の合意,記録の種類及び財団状況を別途確認する必要がある。
第11 関連記事
① 個人事業主の廃業に関するメモ書き
② 亡くなった家族の入通院先を調べる方法―遺族のレセプト開示とカルテの取得
③ 医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効
④ 医療記録の文書送付嘱託
第12 出典
① e-Gov法令検索・医師法24条
② 厚生労働省医政局長令和7年8月15日通知「美容医療に関する取扱いについて」第1の4
③ 厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」
④ 厚生労働省「診療録等の保存を行う場所について」
⑤ 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版」
⑥ 個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」
⑦ e-Gov法令検索・破産法78条及び79条
⑧ e-Gov法令検索・保険医療機関及び保険医療養担当規則9条
⑨ e-Gov法令検索・医療法施行規則
⑩ e-Gov法令検索・労働安全衛生規則51条
⑪ 判例秘書(令和8年9月17日検索。本文第10記載の範囲)