第1 廃業時は届出・最後の申告・廃業後の清算を分ける
個人事業を廃業するときは,廃業届を出すだけでは足りない。
①所得税,②消費税,③源泉所得税,④従業員の労働保険・社会保険,⑤許認可及び賃貸借等の終了,⑥廃業後に回収又は支出が生じる債権債務を分けて処理する必要がある。
本記事は令和8年9月28日現在の法令及び国税庁の公表資料に基づき,個人事業主本人が存命のまま廃業する場合を中心に説明する。
死亡による事業終了又は相続人による承継では,準確定申告及び相続人自身の青色申告承認申請が別に必要となる。
第2 税務署へ提出する主な書類
1 個人事業の開業・廃業等届出書
所得税法229条の個人事業の開業・廃業等届出書は,廃業の事実があった日の属する年分の所得税の確定申告期限までに提出する。
この届出は廃業の事実を知らせる手続であり,最後の所得計算,売掛金の回収又は貸倒れ,減価償却資産の処分及び消費税の清算を代替しない。
2 所得税の青色申告の取りやめ届出書
青色申告を取りやめる場合は,取りやめようとする年分の所得税の確定申告期限までに取りやめ届出書を提出する。
ただし,所得税法151条2項は,青色申告の承認を受けた業務の全部を廃止した場合,その廃止の日の属する年分の翌年分以後について承認の効力を失うと定める。
したがって,廃業届と取りやめ届出書を混同せず,承認の効力がいつまで残るかを年分ごとに確認する必要がある。
廃業年分は,廃業前の業務について青色申告の要件を満たす限り,直ちに白色申告へ切り替わるものではない。
3 消費税・源泉所得税関係の届出
課税事業者又は適格請求書発行事業者が廃業するときは,消費税の事業廃止届出,適格請求書発行事業者の登録取消し等の要否を確認する。
従業員等への給与支払をやめる場合は,給与支払事務所等の廃止届出及び最後の源泉所得税の納付も確認する。
予定納税額が廃業前の所得を基礎として過大になる場合は,予定納税額の減額申請を検討する。
地方税についても,個人事業税その他の廃業届出を都道府県へ確認する。
第3 最後の所得税申告
1 廃業日までの売上げと必要経費
現金の入出金だけでなく,廃業日までに収入すべき権利が確定した売上げ及び債務の確定した必要経費を計上する。
未回収の売掛金であっても,発生主義によって既に総収入金額へ算入すべきものは,単に未入金であることを理由に除外できない。
棚卸資産,固定資産,敷金・保証金,借入金,買掛金,未払費用及び預り金を一覧にし,廃業後に残る資産・負債を確定する。
事業用資産を売却した場合は,資産の種類に応じて事業所得,譲渡所得又は消費税の課税売上げ等を区別する。
2 消費税の事業用資産のみなし譲渡
課税事業者が事業を廃止し,車両,備品その他の事業用資産を家事用に転用した場合,消費税法4条5項1号及び28条3項1号により,対価を得た資産の譲渡とみなされることがある。
対象資産,廃業時の時価及び非課税取引に当たるかを確認し,最後の課税期間の申告へ反映する。
第4 廃業後に生じた費用・貸倒れ
1 所得税法63条の特例
事業を廃止した後に,その事業から生じた費用又は損失で,事業を継続していれば必要経費になったものが生じることがある。
所得税法63条及び同法施行令179条は,一定の範囲で,その金額を廃業年分又はその前年分の事業所得等の必要経費へ遡って算入する特例を設けている。
どの年分へ算入できるか,控除額に上限があるか,既に確定した所得税額がいくらかを計算する必要がある。
廃業後の支出であるというだけで,自動的に廃業年分の必要経費になるわけではない。
2 廃業後の売掛金の貸倒れ
廃業前の売上げとして総収入金額へ算入した売掛金が,廃業後に回収不能となった場合は,所得税法51条2項の貸倒損失及び同法63条の適用を検討する。
回収不能の判定は,債務者の資産・収入,法的整理,差押可能財産,担保・保証,交渉経過及び回収費用を資料により判断する。
単なる支払遅延,連絡不能又は口頭での支払拒否だけで貸倒れと断定しない。
国税庁の所得税基本通達51-11以下が示す法律上・事実上・形式上の貸倒れのどれに当たるかを確認する。
3 更正の請求の特例
廃業年分又は前年分の申告後に費用又は損失が確定した場合は,所得税法152条の特例による更正の請求を検討する。
同条の更正請求書は,原則としてその費用又は損失が生じた日の翌日から2か月以内に提出する必要がある。
事業廃止年分の申告期限前に2か月の期限が到来する場合について,国税庁所得税基本通達152-1は,その確定申告期限までに提出して差し支えないとしている。
貸倒れの事実を把握した日ではなく,税法上の回収不能が客観的に確定した時を検討し,期限管理表へ記録する。
4 所得税と消費税を混同しない
所得税で廃業後の貸倒れを遡って必要経費にできる場合でも,消費税では結論が同じとは限らない。
消費税法基本通達14-2-5は,事業を廃止した後に売掛金等の貸倒れが生じた場合,消費税法39条の貸倒れ控除を認めない取扱いを示している。
同じ債権について,所得税の貸倒損失,消費税の貸倒れ控除及び民事上の債権放棄を別々に判定する。
第5 青色申告の承認は承継されない
青色申告の承認は,承認を受けた個人に与えられる一身専属的な地位である。
屋号,店舗,従業員,帳簿及び取引先をそのまま引き継いでも,後継者が当然に青色申告者になるわけではない。
相続又は営業譲渡により事業を引き継ぐ者は,自分の名義で青色申告承認申請書を期限内に提出する。
青色申告書として作成した確定申告書が税務署に受理されたこと,申告税額が収納されたこと又は税務署から直ちに指摘されなかったことは,承認申請又は承認の代わりにならない。
詳しくは,青色申告の承認は事業承継できるか―申請・みなし承認・申告書の受理・信義則(AI作成)を参照されたい。
第6 労働保険・社会保険と従業員対応
従業員を雇用していた場合は,解雇又は合意退職の手続,賃金・退職金・未払残業代の精算,離職票その他の書類交付を先に確定する。
労働保険については,雇用保険適用事業所廃止届,資格喪失届及び労働保険確定保険料申告等を確認する。
健康保険・厚生年金保険の適用事業所である場合は,適用事業所全喪届及び被保険者資格喪失届等を年金事務所へ確認する。
個人事業主本人の国民健康保険及び国民年金への切替えは,従業員の資格喪失手続とは別に行う。
第7 契約・許認可・記録の整理
店舗又は事務所の賃貸借,リース,電話・インターネット,決済サービス,保守契約,クラウドサービス及び各種許認可を一覧化し,終了日と違約金を確認する。
顧客情報,帳簿書類,請求書,領収書,電子取引データ及び源泉徴収関係書類は,廃業後も法定保存期間に従って保存する。
屋号を後継者が使用する場合でも,売掛金,前受金,保証債務,契約上の地位,個人情報及び許認可が自動的に移転するものではない。
誰がどの資産・債務を承継したかを契約書及び引継表で明確にする。
第8 出典・関連記事
①e-Gov法令検索「所得税法」51条,63条,143条から152条,229条
②e-Gov法令検索「所得税法施行令」179条
③e-Gov法令検索「消費税法」4条,28条,39条
④国税庁「廃業する場合」
⑤国税庁「法第51条《資産損失の必要経費算入》関係」
⑥国税庁「法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》関係」
⑦国税庁「法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》関係」
⑧国税庁「消費税法基本通達・第14章第2節」