第1 結論の要旨と本記事の対象
1 結論の要旨
(1) 遺言で変更できる場合と効力
生命保険の死亡保険金の受取人は,保険契約者が遺言で変更することができる(保険法44条1項)。
傷害疾病定額保険契約(死亡保険金を含む医療保険等)についても同じ規定がある(保険法73条1項)。
遺言による変更は,遺言が民法の方式を満たしていれば,遺言者の死亡の時に効力を生ずる(民法960条,985条1項)。
ただし,この規定が直接適用されるのは,保険法の施行日である平成22年4月1日以後に締結された保険契約である(保険法附則2条本文)。
(2) 保険会社への通知と遺言執行者
遺言による変更は,遺言の効力が生じた後に「保険契約者の相続人」が保険会社に通知しなければ,保険会社に対抗することができない(保険法44条2項)。
法務省の立案担当者の解説は,この通知は相続人の1人がすれば足り,遺言執行者が通知することもできるとしている。
通知の前に保険会社が旧受取人へ保険金を支払ってしまうと,新受取人は保険会社に支払を求めることができず,旧受取人との間で清算を求めることになると考えられる。
(3) 遺留分・特別受益・相続税
死亡保険金請求権は受取人の固有の権利であり,受取人の変更は遺留分減殺の対象となる遺贈又は贈与に当たらないとした最高裁判決がある。
特別受益についても,原則として持戻しの対象ではないが,著しい不公平がある特段の事情があれば民法903条の類推適用により持戻しの対象となる。
相続税では,新受取人が相続人であるか否かにより,非課税限度額の適用の有無が変わる(相続税法3条1項1号,12条1項6号)。
2 本記事の対象と基準日
本記事は,遺言で保険金受取人を変えたい保険契約者,変更後又は変更前の受取人となる人,他の相続人,遺言執行者を読者として想定し,遺言による保険金受取人の変更の要件,通知の方法,相続上の紛争及び税金の扱いを,法令,裁判例及び法務省の立案資料で確認できた範囲で整理したものである。
法令は,令和8年9月17日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行条文を確認した。
遺言執行者が相続財産の目録にこの保険金を記載するかどうかは,姉妹記事の遺言執行者の財産目録で扱う。
第2 保険法の条文
1 保険金受取人の変更の原則(43条・72条)
(1) 保険法43条の条文
保険法43条は,生命保険契約について次のとおり定めている。
1項「保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。」
2項「保険金受取人の変更は、保険者に対する意思表示によってする。」
3項「前項の意思表示は、その通知が保険者に到達したときは、当該通知を発した時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、その到達前に行われた保険給付の効力を妨げない。」
(2) 変更の権限を持つ者
傷害疾病定額保険契約についての保険法72条も,「保険事故」を「給付事由」とするほかは同じ内容である。
変更する権限を持つのは「保険契約者」であり,被保険者や保険金受取人ではない。
保険契約者と被保険者が別人の契約で,被保険者が遺言を書いても,それだけでは受取人の変更にならない。
2 遺言による変更(44条・73条)
(1) 保険法44条の条文
保険法44条は,次のとおり定めている(73条も同文である)。
1項「保険金受取人の変更は、遺言によっても、することができる。」
2項「遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じた後、保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ、これをもって保険者に対抗することができない。」
(2) 通知を対抗要件とした理由と約款による制限
43条2項は変更の意思表示を保険会社に対してするものとしているが,44条1項はこれとは別に遺言による変更を認めている。
立案担当者の解説である萩本修編著『一問一答 保険法』(商事法務,2009年)185頁は,遺言は相手方のない単独行為と解されており保険者が変更を直ちに知ることができないため,二重払いの危険を避けるために44条2項の通知を対抗要件としたと説明している。
同頁は,「保険契約によっては,遺言による保険金受取人の変更を制限することに合理性が認められる場合もあり得ることから,保険法では,第44条第1項および第73条第1項の規定を任意規定としています。」と述べ,2項については「これに対し,第44条第2項および第73条第2項は,対抗要件を定める規定であり,その性質上強行規定です。」と述べている。
そのため,保険約款が遺言による変更を制限していないかを,契約ごとに確認する必要がある。
3 被保険者の同意(45条・74条)
(1) 生命保険契約
保険法45条は,「死亡保険契約の保険金受取人の変更は、被保険者の同意がなければ、その効力を生じない。」と定めている。
死亡保険契約とは,保険者が被保険者の死亡に関し保険給付を行うことを約する生命保険契約をいう(保険法38条)。
保険契約者と被保険者が同じ人であれば,その人の遺言によって変更することになるので,同意の有無が問題になる場面は限られる。
保険契約者と被保険者が別人である場合(例えば,夫が契約者となって妻に保険を掛けている場合)には,遺言による変更であっても被保険者の同意がなければ効力を生じない。
(2) 傷害疾病定額保険契約
傷害疾病定額保険契約についての保険法74条1項は,同意を要するとした上で,「変更後の保険金受取人が被保険者(被保険者の死亡に関する保険給付にあっては、被保険者又はその相続人)である場合は、この限りでない。」としている。
ただし,傷害疾病による死亡だけに関して保険給付を行う契約には,このただし書は適用されない(同条2項)。
第3 適用時期―平成22年4月1日以後に締結された契約
1 施行日と経過措置の原則
(1) 施行日
保険法(平成20年法律第56号)は,法務省の説明によれば「平成22年4月1日から施行されました。」(法務省「保険法の概要について」Q5)。
それまで保険契約は商法の規定によっており,商法には遺言による受取人変更の明文の規定はなかった(萩本修編著・前掲185頁)。
(2) 附則2条と44条・73条
保険法附則2条本文は,保険法の規定は施行日「以後に締結された保険契約について適用する。」と定め,そのただし書で附則3条から6条までに定める規定だけを施行日前の契約にも適用するものとしている。
e-Gov法令検索の附則本文を確認したところ,附則4条(生命保険契約)及び附則5条(傷害疾病定額保険契約)が施行日前の契約にも適用するとして掲げる規定に,44条及び73条は含まれていない。
したがって,44条及び73条が直接適用されるのは,平成22年4月1日以後に締結された契約である。
2 施行日前に締結された契約
(1) 更新や復活があった場合
萩本修編著・前掲217頁は,保険法の施行後に既存の契約が更新された場合について,「更新時以降については保険法が適用されると考えられます」と説明し,失効した契約が施行後に復活した場合も同様に扱うのが法の趣旨に沿うとしている。
古い契約でも,更新や復活の有無によって適用される法律が変わりうるので,保険証券と契約の履歴を確認することになる。
(2) 旧商法下での遺言による変更の扱い
保険法の立案過程で法務省が作成した保険法部会資料6(保険法の現代化に関する検討事項(5))6頁は,遺言による受取人の指定又は変更について,「これを認める学説・裁判例があるが,遺言事項として法定されているわけではなく,そもそも遺言ですることができるのか等について争いがある」と記載している。
裁判所HPで確認できた下級審裁判例として,神戸地裁平成15年9月4日判決(平成14年(ワ)第2505号)がある。
同判決は,昭和58年及び昭和63年に締結された生命保険について,保険契約者が自筆証書遺言でした受取人の変更を有効とし,遺言の記載が生命保険会社2社のどちらの契約の変更かを特定していなかった点についても,遺言者の合理的意思を推測して各契約の保険金額に応じた按分で変更したものと解釈した。
同判決は,受取人の変更について「その意思表示が外部から明確に確認できる限りは,これを単独行為として行うことも許容すべきである」とし,「遺言による受取人の変更は,遺言者の死亡と同時に効力を生じ」るとして,保険金全額を受領していた旧受取人に対する新受取人の不当利得返還請求を認めた。
もっとも,これは地方裁判所の1件の判断であり,控訴審の有無及び結果は裁判所HPでは確認できなかった。
施行日前に締結された契約について,現在の裁判実務が一般にどう扱うかを,この1件から断定することはできない。
第4 遺言の要件と記載内容
1 遺言の方式と効力発生時期
(1) 民法の方式
遺言による受取人の変更も遺言である以上,民法の方式に従う必要がある。
民法960条は「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。」と定め,普通の方式は自筆証書,公正証書又は秘密証書である(民法967条)。
萩本修編著・前掲186頁は,保険法には遺言の必要的記載事項が定められていないため,遺言の有効性は民法960条以下に従って判断されるとし,法制審議会保険法部会では必要的記載事項を法定しないと取りまとめられた経緯を説明している。
(2) 効力発生時期と「保険事故が発生するまで」
遺言は遺言者の死亡の時から効力を生ずる(民法985条1項)。
保険契約者が被保険者でもある場合,遺言の効力発生と保険事故(被保険者の死亡)が同時になるが,萩本修編著・前掲186頁は,このような場合も保険法43条1項にいう保険事故が発生するまでに受取人の変更がされたことになると説明している。
2 契約と新受取人の特定
保険法部会資料19(保険法の見直しに関する個別論点の検討(3))10頁~11頁は,遺言による変更の要件を法定しない理由の一つとして,遺言の内容が不明確である場合には保険者が債権者不確知を理由に保険金を供託して対応する余地があることを挙げている。
弁済者が債権者を確知することができないときは供託することができる(民法494条2項)。
遺言の文言が曖昧であると,保険会社が支払を保留し,新旧の受取人の間で遺言の解釈を争うことになりかねない。
前記の神戸地裁平成15年9月4日判決も,2社の契約のどれをいくら変更するかが遺言から明確でなかったことが争点になった事案である。
そこで,遺言には,少なくとも保険会社名,証券番号,保険の種類,変更前と変更後の受取人の氏名・生年月日・続柄を記載し,一部だけを変更する場合はその割合又は金額を記載しておくことが考えられる。
3 遺言の撤回と生前の変更との関係
(1) 複数の遺言がある場合
遺言者は,いつでも遺言の方式に従って遺言を撤回することができる(民法1022条)。
前の遺言と後の遺言が抵触するときは,抵触する部分について後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされる(民法1023条1項)。
異なる受取人を指定する遺言が複数ある場合は,日付の新しい遺言の内容が優先するのが原則となる。
(2) 遺言の後に保険会社で変更手続をした場合
民法1023条2項は,遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合に同条1項を準用している。
遺言で受取人を変更した後に,保険契約者が保険会社に対する意思表示(保険法43条2項)で別の人を受取人にした場合は,この規定により遺言の該当部分が撤回されたものとみなされると考えられる。
逆に,保険会社で受取人を変更した後に作成した遺言で別の人を受取人とした場合は,保険法44条1項による変更として後の遺言の内容が効力を生ずることになる。
いずれの場合も,保険会社は遺言の存在を当然には知らないため,保険会社に対する関係は第5で述べる通知の有無で決まる。
遺言と生前の行為との抵触については,公正証書遺言と異なる口約束は遺言の効力に影響するかも参照されたい。
第5 保険会社への通知(対抗要件)
1 通知をする者
(1) 相続人の1人で足りる
保険法44条2項は,通知をする者を「保険契約者の相続人」としている。
萩本修編著・前掲186頁は,「対抗要件としての保険者への通知は,保険契約者の相続人が2人以上いる場合であっても,相続人全員で行う必要はなく,相続人の1人が行えば足ります」と述べ,このことを明らかにするために,46条・75条の「相続人の全員」とは異なり単に「相続人」という文言を用いたとしている。
(2) 立案過程での検討
保険法部会資料19・9頁~10頁は,通知を相続人の「全員で」することとすべきとの指摘を紹介した上で,相続人間で遺言の効力に争いがない場合もあり,争いがある場合には債権者不確知として供託する余地もあることから,「相続人全員による通知を常に要求するまでの必要はないものと考えられる」としていた。
新受取人が相続人でない場合(例えば,相続人以外の親族や内縁の配偶者を受取人にする場合),条文上,新受取人自身は通知をする者として掲げられていない。
新受取人が相続人でないときは,相続人の協力が得られるか,遺言執行者が指定されているかが実際上重要になる。
2 遺言執行者による通知
(1) 立案資料と立案担当者の解説
保険法の見直しに関する中間試案の段階では,通知をする者を「保険契約者の相続人が〔全員で〕,又は遺言執行者が」としていた(保険法部会資料19・7頁~8頁に引用)。
その後の保険法部会資料25(保険法の見直しに関する要綱案(第1次案・下))5頁~6頁は,「遺言執行者が②の通知をすることができることについては,特段の規定を設ける必要はないと考えられること(民法第1012条第1項,第1015条参照)」から,中間試案と異なり遺言執行者を通知の主体として掲げていないと説明している。
萩本修編著・前掲186頁も,「もっとも,遺言執行者は相続人の代理人とみなされるため(民法第1015条),遺言執行者が保険者に対して通知を行うことも可能です。」としている。
(2) 現行民法の文言との関係
上記の解説は,遺言執行者を「相続人の代理人とみなされる」ものとする民法1015条の理解を前提としている。
現行の民法1012条1項は「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と定め,民法1015条は「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。」と定めている。
現行の文言は遺言執行者を相続人の代理人とみなすという定め方ではないが,遺言執行者が遺言の執行に必要な行為をし,その効果が相続人に及ぶという構造は変わらないので,遺言執行者による通知は現行法の下でも同様に認められると考えられる。
ただし,現行の民法1015条の文言を前提として遺言執行者の通知を論じた裁判例又は立案担当者の解説は,本記事の作成時点では確認できていない。
(3) 遺言執行者の任務との関係
遺言執行者は,任務を開始したときは遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならない(民法1007条2項)。
遺言で受取人が変更されている場合,遺言執行者が早期に保険会社へ遺言の写しを添えて連絡すれば,旧受取人への支払を防ぐことにつながる。
遺言執行者が指定されている場合の相続人の立場については,遺言執行者が指定されている場合の相続人の注意点で扱っている。
3 通知の前に旧受取人へ支払われた場合
(1) 保険会社との関係
保険法44条2項により,通知がない間は,新受取人は受取人の変更を保険会社に対抗することができない。
そのため,通知の前に保険会社が旧受取人に保険金を支払った場合,新受取人は保険会社に対して改めて支払を求めることはできないと考えられる。
遺言が自筆証書遺言で検認を要するときは,検認までに時間がかかり,その間に旧受取人が請求を済ませることもありうる(民法1004条)。
(2) 新受取人と旧受取人の関係
保険法44条2項は保険会社に対する関係を定めた規定であり,新受取人と旧受取人の間では,遺言による変更は遺言者の死亡の時に効力を生じている。
萩本修編著・前掲184頁は,生前の意思表示による変更(保険法43条3項)について,保険者との関係では到達前の支払が有効になるとしつつ,「新保険金受取人は旧保険金受取人に対して不当利得返還請求をすることができることになります」と説明している。
遺言による変更の場合も,保険金を受け取った旧受取人に対し,新受取人は不当利得の返還(民法703条)を求めることになると考えられる。
旧商法下の事案であるが,前記の神戸地裁平成15年9月4日判決は,保険会社から保険金全額を受領した旧受取人に対し,新受取人の不当利得返還請求を認めている。
保険法の下で同じ問題を判断した裁判例は,裁判所HPでは確認できなかった。
第6 遺留分・特別受益・相続税
1 遺留分
(1) 最高裁平成14年11月5日判決
最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決(平成11年(受)第1136号,民集56巻8号2069頁)は,自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,当時の民法1031条(遺留分減殺請求)に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできないと判示した。
その理由として,「死亡保険金請求権は,指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産を構成するものではない」ことなどを挙げている。
(2) 遺言による変更と現行法
同判決は遺言によるか否かを区別して論じておらず,理由は死亡保険金請求権の性質に基づいているので,遺言による変更の場合も同様に考えられる。
現行法の遺留分侵害額請求(民法1046条)の下で同じ問題を判断した最高裁判例は確認できなかったが,遺贈又は贈与に当たらないという判断の理由は現行法の下でも妥当すると考えられる。
そのため,遺言で受取人を他の相続人や第三者に変えられた相続人が,保険金そのものを対象に遺留分侵害額を請求することは難しいと考えられる。
遺留分侵害額請求権には,相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年の期間制限がある(民法1048条)。
計算方法は遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応で扱っている。
2 特別受益
最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定(平成16年(許)第11号,民集58巻7号1979頁)は,被相続人を保険契約者及び被保険者とし共同相続人の1人を受取人とする養老保険の死亡保険金請求権は,民法903条1項の遺贈又は贈与に係る財産には当たらないとした。
他方で,保険金の額,遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等を総合考慮して,不公平が「到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には,同条の類推適用により持戻しの対象となるとした。
同決定は契約時から相続人が受取人であった事案であるが,遺言で相続人の1人に受取人を変更した結果,遺産に比べて多額の保険金がその相続人に集中する場合には,この特段の事情の有無が争われることになると考えられる。
特別受益の主張立証については,特別受益を効率よく主張・立証する方法で扱っている。
3 相続税
(1) みなし相続財産
相続税法3条1項1号により,被相続人の死亡により取得した生命保険金のうち被相続人が負担した保険料に対応する部分は,相続又は遺贈により取得したものとみなされる。
同項柱書は,取得した者が相続人であるときは相続により取得したものとみなし,相続人以外の者であるときは遺贈により取得したものとみなすとしており,ここでいう相続人には「相続を放棄した者及び相続権を失つた者を含まない。」とされている。
(2) 非課税限度額と2割加算
相続税法12条1項6号は,「相続人の取得した第三条第一項第一号に掲げる保険金」について,「五百万円に当該被相続人の第十五条第二項に規定する相続人の数を乗じて算出した金額」を限度に課税価格に算入しないとしている。
遺言で受取人を相続人以外の者(例えば孫,内縁の配偶者又は友人)に変更すると,その者が取得した保険金にはこの非課税の規定が適用されない。
また,被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者が相続又は遺贈により財産を取得した場合には,相続税額に2割が加算される(相続税法18条1項)。
相続税の申告期限は,原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内である(相続税法27条1項)。
保険料を被相続人以外の者が負担していた場合など,本記事で扱わない課税関係もあるので,契約者・被保険者・保険料負担者の組合せを確認する必要がある。
第7 実務上の注意点
1 生前の変更手続と遺言による変更の比較
(1) 条文上の違い
保険契約者が存命で判断能力もあるうちは,保険会社所定の手続で受取人を変更する方法(保険法43条2項)と,遺言で変更する方法(同法44条1項)を選ぶことができる。
両者の違いを条文に即して整理すると,次のとおりである。
| 項目 | 保険会社での変更手続 | 遺言による変更 |
|---|---|---|
| 意思表示の相手方 | 保険会社(43条2項) | 相手方なし(44条1項) |
| 効力の発生 | 通知の到達により発信時にさかのぼる(43条3項) | 遺言者の死亡時(民法985条1項) |
| 保険会社への対抗 | 到達により保険会社も変更を把握する | 相続人等の通知が必要(44条2項) |
| 形式面の争い | 保険会社の書式による | 遺言の方式・解釈が争点になりうる |
| 生前に知られるか | 保険会社には知られる | 遺言者の死亡まで知られないようにできる |
(2) どちらの方法を選ぶか
萩本修編著・前掲185頁~186頁は,遺言による変更を利用する場面として,受取人の変更を家族に知られたくない場合や,遺産の分割方法を遺言で定めると同時に死亡保険金の受取人も変更したい場合を挙げている。
他方,遺言による変更には,通知前の支払,遺言の方式・解釈をめぐる争い,約款による制限の有無といった,生前の変更手続にはない問題がある。
そのため,家族に知られたくない等の事情がなければ,保険会社所定の変更手続による方が,後日の争いが生じにくいと考えられる。
2 遺言の文案例
(1) 文案
以下は,架空の例である。
第○条 遺言者は,遺言者を保険契約者及び被保険者として○○生命保険株式会社との間で締結した生命保険契約(証券番号○○○○○○,保険の種類○○)について,死亡保険金受取人を,遺言者の妻○○○○(昭和○○年○○月○○日生)から,遺言者の長女○○○○(平成○○年○○月○○日生)に変更する。
第○条 遺言者は,この遺言の遺言執行者として○○○○(住所○○,生年月日○○)を指定する。
遺言執行者は,前条の受取人の変更を保険会社に通知する権限その他この遺言の執行に必要な一切の権限を有する。
(2) 文案を作るときの留意点
契約が複数ある場合は証券番号ごとに条項を分け,一部だけを変更する場合は割合を明記する方が,前記の神戸地裁平成15年9月4日判決のような解釈上の争いを避けやすい。
保険契約者と被保険者が別人の契約では,遺言とは別に被保険者の同意(保険法45条)が必要になるので,同意を得たことを示す書面を用意しておくことが考えられる。
3 遺言執行者を指定しておく意味
条文上,通知をする者は「保険契約者の相続人」であり,新受取人が相続人でない場合や,旧受取人である相続人が通知に協力しない場合には,通知が遅れるおそれがある。
立案資料及び立案担当者の解説は遺言執行者も通知をすることができるとしているので(前記第5の2),遺言で遺言執行者を指定しておけば,相続人の協力に頼らずに通知をする道が確保される。
遺言執行者の指定は遺言でする(民法1006条1項)。
通知の具体的な方法や必要書類は保険会社ごとに異なりうるので,遺言執行者は,遺言書の写し(自筆証書遺言で検認を要するものは検認済みのもの),遺言者の死亡の記載がある戸籍謄本等及び遺言執行者であることを示す資料を用意した上で,保険会社に確認することになる。
保険契約の存在が分からない場合は,生命保険契約照会制度を利用することが考えられる。
4 受取人が先に死亡した場合
(1) 保険法46条の規律
保険法46条は,「保険金受取人が保険事故の発生前に死亡したときは、その相続人の全員が保険金受取人となる。」と定めている(傷害疾病定額保険契約について75条)。
萩本修編著・前掲188頁~189頁は,この場合に相続人が2人以上いるときは,別段の合意がない限り平等の割合で権利を取得すると説明し,最高裁平成5年9月7日第三小法廷判決(平成2年(オ)第1100号,民集47巻7号4740頁)を参照している。
同判決は,旧商法676条2項の「保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人」について,各保険金受取人の権利の割合は民法427条の規定により平等の割合になると判示したものである。
(2) 遺言で指定した新受取人が遺言者より先に死亡した場合
遺言で新たに受取人とした人が遺言者より先に死亡した場合の扱いは,遺贈の失効を定めた民法994条1項と同じに考えてよいかを含め,確認できた裁判例や立案担当者の解説がない。
そのため,長女が遺言者より先に死亡したときは受取人を長女の子とする等の予備的な定めを遺言に置いておくことが考えられる。
5 期間制限
新受取人の保険金請求権は,行使することができる時から3年間行使しないときは時効によって消滅する(保険法95条1項)。
遺言の存在が遅れて判明した場合でも,旧受取人に対する不当利得返還請求や保険会社への請求を検討するときは,この期間制限と,遺留分侵害額請求権の1年の期間制限(民法1048条)及び相続税の申告期限(相続税法27条1項)を並行して確認する必要がある。
被相続人の財産や保険契約の調べ方は,被相続人の財産を調べる方法で扱っている。
6 相続放棄との関係
死亡保険金請求権は受取人固有の権利であるので,遺言で受取人とされた相続人が相続放棄をしても,保険金を受け取ることはできると考えられる。
ただし,相続を放棄した者には相続税法12条1項6号の非課税の規定が適用されない(前記第6の3)。
相続放棄と保険金の関係は,相続放棄をしても受け取れる権利で扱っている。
第8 出典
1 法令
保険法(平成20年法律第56号)38条,43条,44条,45条,46条,72条,73条,74条,75条,95条,附則2条,附則4条,附則5条(e-Gov法令検索)
民法(明治29年法律第89号)494条,703条,903条,960条,967条,985条,994条,1004条,1006条,1007条,1012条,1015条,1022条,1023条,1046条,1048条(e-Gov法令検索)
相続税法(昭和25年法律第73号)3条,12条,15条,18条,27条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決(平成11年(受)第1136号,民集56巻8号2069頁)
最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定(平成16年(許)第11号,民集58巻7号1979頁)
最高裁平成5年9月7日第三小法廷判決(平成2年(オ)第1100号,民集47巻7号4740頁)
神戸地裁平成15年9月4日判決(平成14年(ワ)第2505号)
3 立法資料・所管行政機関の説明
法務省「保険法の概要について」
法制審議会保険法部会「保険法部会資料6 保険法の現代化に関する検討事項(5)」
法制審議会保険法部会「保険法部会資料19 保険法の見直しに関する個別論点の検討(3)」
法制審議会保険法部会「保険法部会資料25 保険法の見直しに関する要綱案(第1次案・下)」
4 文献
萩本修編著『一問一答 保険法』(商事法務,2009年)184頁~189頁,217頁