遺産相続における特別受益の効果的な主張方法(AI作成)
遺産分割や遺留分をめぐる紛争では,「他の相続人だけが生前に多額の援助を受けていた」という不公平感が,対立の核心になることが少なくありません。この不公平を調整する制度が特別受益(民法903条)です。もっとも,特別受益は「主張すれば当然に認められる」という単純なものではなく,主張する手続の選び方,該当性の組み立て方,具体的相続分の計算,そして立証のいずれにも実務上の勘所があります。
本稿は,弁護士が遺産分割・遺留分の事件で特別受益を効果的に主張するために,条文・判例・計算方法・立証の各段階を体系的に整理するものです。各項目の末尾に,根拠となる法令・裁判例を箇条書きで摘示します。引用する法令は現行民法(平成30年相続法改正後)に,裁判例は公表された判例集の記載に依拠しています。裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載されている裁判例には,個別にリンクを設定しています。
第1 特別受益の主張が相続実務で持つ意味
1 特別受益とは何か(民法903条の趣旨)
特別受益とは,共同相続人の中に,被相続人から遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときに,その受益を相続分の計算に反映させる制度です。特別受益がある場合には,被相続人が相続開始時に有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし(これを「みなし相続財産」といいます。),これに法定相続分を乗じた額から,受けた遺贈・贈与の価額を控除した残額をその者の相続分とします。制度の趣旨は,共同相続人間の公平の実現にあります。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法903条1項(特別受益者の相続分。みなし相続財産の算定と具体的相続分の控除)
2 「遺産の前渡し」という視点
特別受益の主張の成否を分ける中心概念は,その贈与が「遺産の前渡し」と評価できるかどうかです。生計の資本としての贈与とは,受贈者の生計の基礎として役立つ財産上の給付であり,相続財産の前渡しと評価できるものをいいます。逆に,日常的・儀礼的な少額の援助(盆暮れの小遣い,通常のお祝いなど)は,親族間の扶養の一環にすぎず「特別」とはいえません。
したがって,効果的な主張のためには,単に「贈与があった」と述べるだけでは足りず,その家族の歴史の中で,なぜその受益が相続人間の公平を害するのかを,受益の性格・金額・家族関係における意味という要素に即して語る必要があります。特別受益の認定は,裁判官の裁量の幅が大きい価値評価的な事実認定だからです。
3 効果的な主張のための4つの視点
本稿では,効果的な主張の要点を次の4つに整理します。
- 手続選択――特別受益をどの手続の中で主張するか(第2)
- 該当性の構成――何が特別受益に当たるかの当てはめ(第3)
- 計算――具体的相続分を数式で示す(第4)
- 立証――物証の乏しい家族関係でどう事実を積むか(第5)
そのうえで,相手方の反論への備え(第6)と,遺留分との関係(第7)を検討します。
第2 主張の「土俵」を間違えない――手続の選択
1 特別受益は遺産分割の前提問題である
(1) 独立の確認訴訟は不適法
特別受益は,それ自体を独立の訴訟で確定することができません。判例は,遺産分割審判事件における前提問題としての位置づけを明確にしています。特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えは確認の利益を欠き不適法とされ,また,共同相続人間で具体的相続分の価額又は割合の確認を求める訴えも,具体的相続分は遺産分割の前提として審理判断される事項であって,それ自体を実体法上の権利関係として確認する利益はないとして,不適法とされています。
実務的な含意は明確です。特別受益や具体的相続分は,遺産分割(協議・調停・審判)又は遺留分侵害額請求の「中」で主張すべきものであり,これらを取り出して独立に確認判決を得る戦略は採れません。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁平成7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号893頁(特定財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えは不適法)
- 最高裁平成12年2月24日第一小法廷判決・民集54巻2号523頁(共同相続人間で具体的相続分の価額又は割合の確認を求める訴えは不適法)
(2) 主張すべき手続
したがって,特別受益は次の手続の中で主張します。特別受益は,別途の申立てを要せず,遺産分割の主張の中で当然に考慮を求めることができます。
- 遺産分割協議・遺産分割調停・遺産分割審判における具体的相続分の主張
- 遺留分侵害額請求における基礎財産・侵害額の算定に係る主張(第7参照)
2 特別受益と寄与分の申立ての違い
ここで,特別受益と対になる寄与分との手続上の違いに注意が必要です。特別受益が申立て不要で当然に考慮されるのに対し,寄与分は,寄与分を定める処分の審判の申立てが別途必要であり,しかもこの申立ては遺産分割の請求があった場合等に限りすることができます。相手方が寄与を主張してきても,正規の申立てがなければ審判で寄与分を考慮する前提を欠くという点は,攻防の組み立て上,見落とせません。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法904条の2第1項(寄与分)
- 民法904条の2第2項(寄与分を定める処分の審判の申立て)
- 民法904条の2第4項(申立ては遺産分割の請求等があった場合にすることができる)
3 預貯金と特別受益
特別受益の主張は,みなし相続財産に組み込む「相続開始時に存在する遺産」があって初めて意味を持ちます。この点で重要なのが,共同相続された預貯金債権は相続開始と同時に当然分割されるのではなく,遺産分割の対象となるとした判例です。口座に残っている預貯金は遺産分割の対象となるため,その分割の中で特別受益を主張できます。他方,相続開始「後」に払い戻された預金や生前の使途不明金は,不当利得・不法行為の問題であって,特別受益を主張する土俵とは異なる点に留意します。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁平成28年12月19日大法廷決定・民集70巻8号2121頁(共同相続された預貯金債権は遺産分割の対象となる)
4 遺産分割前に処分された財産
平成30年改正で新設された規定により,遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人全員の同意により,処分された財産が分割時に遺産として存在するものとみなすことができます。しかも,共同相続人の一人又は数人が処分したときは,その処分をした相続人の同意を得ることを要しません。使途不明金型の事案で,遺産の範囲を回復して分割の対象に取り込む手当てとして機能します。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法906条の2第1項(遺産分割前に処分された財産を全員の同意で遺産とみなす)
- 民法906条の2第2項(処分をした共同相続人の同意は不要)
第3 特別受益該当性の主張――何が「特別」か
1 該当性判断の枠組み
贈与が特別受益に当たるかは,贈与の金額・趣旨に照らし,受贈者の生計の基礎として役立つ財産上の給付で,相続財産の前渡しと評価できるか否かで判断されます。親族間の扶養的な金銭援助の範囲内にとどまるものは該当しません。特別性の判断では,(ア) 利益の性格,(イ) 金額の多寡,(ウ) その家族関係における意味という要素を総合します。裁判官の裁量が大きい領域であるため,主張は「この家族においてこの受益がなぜ不公平なのか」という物語性を伴う必要があります。
2 財産類型別の当てはめ
(1) 不動産・事業資金・借地権(生計の資本)
居住用・事業用不動産の贈与,事業資金の贈与,借地権の設定・贈与は,典型的な「生計の資本としての贈与」であり,特別受益に当たりやすい類型です。
被相続人所有の土地上に,相続人が被相続人の許諾を得て自己名義の建物を建てて無償で使用している場合には,当該土地は使用借権が設定された土地として更地価格の1割から2割程度を減価して評価し,その使用借権相当額を特別受益として持ち戻すのが実務上多い扱いです。もっとも,当該相続人が被相続人の扶養等の負担を負ってきた場合には,土地使用の利益と負担が実質的な対価関係にあるとして,特別受益を認めない例もあります。
また,被相続人が借地権を有する土地の底地を,相続人の一人が地主から底地価格で買い取った場合には注意が必要です。底地を買っても被相続人の借地権が当然に消滅するわけではなく,借地権相当額の特別受益が認められるのは,底地購入に起因して被相続人の借地権が消滅した場合(借地権の放棄,使用貸借への切替えの合意等)に限られます。逆に,被相続人所有地について相続人に借地権・使用借権が設定され,権利金の授受がないような場合には,設定による減価分(借地権であれば更地価格の6割から7割程度,土地の使用借権であれば1割から3割程度)が当該相続人の特別受益として評価され得ます。
根拠となる法令・裁判例は次のとおりです。
- 民法903条1項(生計の資本としての贈与)
- 東京地裁平成31年1月15日判決(共同相続人が底地を買い取ったが被相続人が借地権を放棄したとはいえないとして借地権相当額の特別受益を否定)
(2) 学費・教育費
高等教育の学費援助は,将来の職業に関わる「生計の資本」として特別受益に当たり得ますが,実際には否定例も多く,慎重な当てはめが求められます。基準は,親の資産・社会的地位からみてその程度の高等教育が普通と認められる場合は扶養義務の範囲内であり,これを超えた不相応な部分のみが特別受益となる,という枠組みです。他方,きょうだいの中で1人だけが不相応に高額な学資援助を受けた事案では,特別受益を肯定する余地があります。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 京都地裁平成10年9月11日判決・判例タイムズ1008号213頁(歯科開業医が長男に医学部の学資を援助した事案で,他の子も大学教育を受け家業承継も想定されていたとして特別受益を否定)
- 大阪高裁平成19年12月6日決定・家庭裁判月報60巻9号89頁(大学学費等は扶養の一内容であり,仮に特別受益に当たるとしても持戻し免除の意思が推定されるとして否定)
- 東京地裁平成22年2月24日判決(3人のうち2人が私立大学に進学し1人が中学卒業後に就職した事案で,自ら就職を選択し進学機会を放棄したとして否定)
(3) 結婚・挙式費用
婚姻の際の持参金・支度金・結納金は,相応の金額であれば特別受益に当たり得ます。他方,挙式・披露宴の費用は,一般に扶養の一環又は親自身の出費として特別受益とならないと扱われることが多いといえます(規模が著しく大きい場合は別論です。)。誕生祝い・入学祝いなども,被相続人の資産総額・生活水準に照らして扶養の一環にとどまる限り特別受益に当たりません。相続人全員に同程度の贈与がされている場合には,黙示の持戻し免除の意思表示が認められる方向に働きます。
根拠となる法令・裁判例は次のとおりです。
- 民法903条3項(持戻し免除の意思表示)
- 東京家裁平成30年9月7日審判・家庭の法と裁判31号94頁(誕生祝い・入学祝い等の該当性を資産総額・生活水準に照らして判断)
(4) 少額多数回の贈与・遊興費
1回は少額でも長期間にわたって多数回の贈与が積み重なった場合には,全体を一括して評価するのではなく,個々の贈与ごとに該当性を判断するのが原則です。もっとも実務では,遺産総額や被相続人の収入に照らして基準額(例えば1か月あたり10万円程度)を設定し,これを超える贈与を「生計の資本」,満たない贈与を扶養的援助として整理する運用もみられます。遊興費のための贈与は,よほど多額かつ長期にわたる場合を除き,特別受益に当たると判断されることはほとんどありません。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 東京家裁平成21年1月30日審判・家庭裁判月報62巻9号62頁(1か月10万円程度を基準として「生計の資本」該当性を整理)
- 東京地裁平成29年1月18日判決(賃料収入の管理を任され自己の生活費支出を許諾されて多額を収受していた事案で「生計の資本としての贈与」を肯定)
(5) 債務の肩代わり
相続人の債務を被相続人が肩代わり返済した場合,対価のない無償行為であれば「生計の資本」の贈与として特別受益に当たり得ます。ここでの分岐点は,被相続人が受贈者に対する求償権を放棄したか,これと同視できる事情があるかです。求償権が残っていれば無償とはいえないため,求償できるのに長期間放置したなどの事情が必要になります。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 大阪高裁平成22年8月26日決定(相続人の債務を被相続人が肩代わりした事案で特別受益を肯定)
- 高松家裁丸亀支部平成3年11月19日審判・家庭裁判月報44巻8号40頁(支払自体は被相続人自身の債務履行であるが,受贈者側に対する求償債権の免除が相続分の前渡しに当たるとして特別受益を肯定)
(6) 生命保険金
生命保険金は,相続の場面で最も争点化しやすい類型の一つです。まず,死亡保険金請求権は,保険金受取人が固有の権利として取得するものであって,相続財産に属さないのが原則です。したがって,原則として遺産でも特別受益でもありません。
もっとも,判例は例外を認めています。すなわち,「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となる」としています。そして,特段の事情の有無は,保険金の額,この額の遺産総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断するとしています。保険金額の遺産に対する比率だけで結論が決まるものではなく,同居・介護・生活実態を含めた総合判断である点が主張・反論の勘所です。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁(死亡保険金請求権は保険金受取人が固有の権利として取得し,相続財産に属さない)
- 最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁(著しい不公平の特段の事情がある場合は民法903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象となる。判断要素を提示)
- 名古屋高裁平成18年3月27日決定・家庭裁判月報58巻10号66頁(遺産総額約8423万円に対し受取保険金が約5154万円で婚姻期間が3年余りの事案で特段の事情を肯定)
- 大阪家裁堺支部平成18年3月22日審判・家庭裁判月報58巻10号84頁(遺産総額約6963万円に対し保険金が約428万円で長年生活を共にし世話をしていた事案で特段の事情を否定)
- 広島高裁令和4年2月25日決定(遺産に対する保険金の割合が大きくても保険金額自体は高額とはいえないなどとして特段の事情を否定)
(7) 死亡退職金・遺族年金
死亡退職金は,支給規定により受給権者が定められている場合には受給権者固有の権利であり,相続財産になりません。特別受益該当性は下級審の判断が分かれており,共同相続人間の衡平と受給権者の生活保障の観点から総合判断されます。相続財産全体に対する退職金の割合を比較するだけで結論が決まるわけではありません。他方,遺族年金は,法律上受給権者に固有の権利として認められる生活保障的給付であり,特別受益に当たらないと解されています。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁昭和60年1月31日第一小法廷判決(死亡退職金は支給規定により定まる受給権者固有の権利)
- 東京家裁昭和55年2月12日審判・家庭裁判月報32巻5号46頁(死亡退職金の特別受益該当性を否定した例)
- 大阪家裁昭和59年4月11日審判・家庭裁判月報37巻2号147頁(遺族年金は受給権者固有の権利であり特別受益に当たらない)
(8) 相続分の無償譲渡
共同相続人間で相続分が無償で譲渡されていた場合,その譲渡が後の相続で特別受益として考慮されるかが問題になります。判例は,共同相続人間でされた無償の相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,譲渡をした者の相続において民法903条1項の「贈与」に当たるとしました。先行する相続で相続分を無償で譲り渡していた事実は,その譲渡人の相続の遺産分割で特別受益として取り込むことができます。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決・民集72巻5号900頁(共同相続人間の無償の相続分の譲渡は,財産的価値がないといえる場合を除き,譲渡人の相続において民法903条1項の「贈与」に当たる)
(9) 遺産不動産の無償利用・無償居住
相続人が被相続人所有の建物に無償で居住してきた場合と,被相続人所有の土地上に相続人が自己名義の建物を建てて利用してきた場合とでは,扱いが異なります。
建物への無償居住については,建物の使用借権は土地の使用借権と比べて類型的に経済的価値が低く事実上の保護も薄いため,賃料相当額や使用借権の価値そのものを特別受益として考慮できるケースはほとんどありません。特に相続人が被相続人と同居を継続してきた場合には,当該相続人は単なる占有補助者にすぎず,独立の占有権原(使用借権)を有しないと判断されることが多いといえます。
これに対し,遺産である土地上に相続人が自己名義の建物を建てて無償で使用してきた場合には,前記(1)のとおり,土地の使用借権相当額(更地価格の1割から2割程度)が特別受益として持戻しの対象となり得ます。土地と建物で結論が分かれる点に注意が必要です。
3 人的範囲――誰の受益か
(1) 配偶者・子名義の贈与
贈与の名義が相続人本人ではなく,その配偶者や子である場合,原則として特別受益には当たりません。もっとも,名義は配偶者・子でも,実質的にみて相続人本人に対する贈与と異ならないと認められる場合には,当該相続人の特別受益に当たります。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 福島家裁白河支部昭和55年5月24日審判・家庭裁判月報33巻4号75頁(形式的には相続人の配偶者への贈与でも,贈与の経緯・目的物の性質・相続人が受けている利益に照らして実質的に相続人への贈与と評価した例)
(2) 代襲相続の2つの場面
代襲相続では,「誰が受益したか」で扱いが分かれます。混同しやすいため,2つの場面を区別します。
第1に,被代襲者(先に死亡した親)が特別受益を受けていた場合です。この場合,通説は,代襲相続人は原則として持戻し義務を負うと解しています。特別受益の持戻しは共同相続人間の不均衡の調整を趣旨とし,被代襲者に特別受益がある場合はその子である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常であるとされます。
第2に,代襲相続人自身が特別受益を受けていた場合です。通説は,代襲により推定相続人となった後に受けた受益(被代襲者の死亡後の受益)に限って持戻しの対象とし,被代襲者の死亡前に受けた受益は持戻しの対象としません。これに対し,受益の時期を問わず持戻しの対象とすべきとする裁判例もあります。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 福岡高裁平成29年5月18日判決・判例時報2346号81頁(被代襲者が特別受益を受けていた場合,代襲相続人の持戻し義務を肯定)
- 大分家裁昭和49年5月14日審判・家庭裁判月報27巻4号66頁(代襲相続人自身の受益は,代襲により推定相続人となった後の直接の受益に限り持戻しの対象)
- 鹿児島家裁昭和44年6月25日審判・家庭裁判月報22巻4号64頁(代襲相続人自身の受益は受益の時期を問わず持戻しの対象とすべきとした例)
4 相続させる遺言(特定財産承継遺言)と特別受益
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言は,遺贈と解すべき特段の事情のない限り,当該遺産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割方法の指定と解されます。現行法では,このような特定財産承継遺言により財産を承継する相続人は,遺留分侵害額請求における「受遺者」に含まれ,遺留分の対象となります。特別受益としての持戻しの可否については見解が分かれますが,遺留分の場面では明文で対象に取り込まれている点を押さえておく必要があります。
根拠となる法令・裁判例は次のとおりです。
- 民法1046条1項(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を「受遺者」に含む)
- 最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁(「相続させる」旨の遺言は,遺贈と解すべき特段の事情のない限り,遺産分割方法の指定と解される)
第4 具体的相続分の計算方法
1 基本の算式
特別受益がある場合の具体的相続分は,次の手順で算定します。この基本形を,具体的な数字に落として書面で示すことが,説得力の第一歩です。
- みなし相続財産=相続開始時の遺産の価額+相続開始時の特別受益(贈与)の価額(寄与分があればこれを控除)
- 各相続人のみなし相続分額=みなし相続財産×各法定相続分
- 具体的相続分=みなし相続分額-その者の特別受益額(寄与分があれば加算)
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法903条1項(みなし相続財産と具体的相続分の算定)
2 超過特別受益の処理(民法903条2項)
遺贈又は贈与の価額が相続分の価額に等しいか,これを超えるときは,その受遺者・受贈者は相続分を受けることができません。これを超過特別受益といいます。重要なのは,超過した部分を他の相続人に返還する義務はないという点です。被相続人が一人の相続人により多くを与える意思を持っていたことを尊重するためです。返還されない超過分は,他の相続人が負担することになります。その負担方法(按分方法)には,(ア) 本来的相続分の割合に応じて按分する方法と,(イ) 具体的相続分の割合に応じて按分する方法があり,事案に応じて用いられます。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法903条2項(遺贈又は贈与の価額が相続分の価額以上のときは相続分を受けることができない)
3 評価の基準時と金銭の換算
特別受益の評価の基準時は,相続開始時です。不動産であれば相続開始時の時価により,金銭分割を伴う場合には相続開始時と分割時の二時点評価が必要になります。金銭の贈与については,贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきとされています。古い時代の金銭贈与は,物価指数により相続開始時の貨幣価値に引き直して主張します。また,贈与された財産が受贈者の行為によって相続開始前に滅失し,又は価格の増減があったときであっても,相続開始時になお原状のままであるものとみなして評価します。例えば受贈者の失火により贈与建物が半焼したような場合には,贈与時の価格で持ち戻すことになります。
根拠となる法令・裁判例は次のとおりです。
- 民法904条(受贈者の行為による滅失・価格の増減があっても相続開始時に原状のままとみなす)
- 最高裁昭和51年3月18日第一小法廷判決・民集30巻2号111頁(金銭の贈与は,贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価する)
4 計算例で確認する
(1) 金銭贈与の基本形
母Aが死亡し,相続人が長男B・長女Cの2人,相続開始時の遺産が5000万円であるとします。Aが生前,Bに1000万円,Bの妻に500万円,Bの子に500万円を贈与しており,妻子への贈与も実質的にBへの贈与と評価できる場合,Bの特別受益は合計2000万円です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| みなし相続財産 | 5000万円+2000万円=7000万円 |
| Bのみなし相続分額 | 7000万円×2分の1=3500万円 |
| Cのみなし相続分額 | 7000万円×2分の1=3500万円 |
| Bの具体的相続分 | 3500万円-2000万円=1500万円 |
| Cの具体的相続分 | 3500万円 |
Bは,具体的相続分1500万円のほかに,既に生前贈与2000万円を取得していることになります。
(2) 超過特別受益がある場合
父Aが死亡し,相続人が妻B・子C・子Dの3人,相続開始時の遺産(預貯金)が1000万円であるとします。Aが生前,Cに700万円,Dに300万円を贈与していた場合です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| みなし相続財産 | 1000万円+700万円+300万円=2000万円 |
| Bのみなし相続分額 | 2000万円×2分の1=1000万円 |
| C・Dのみなし相続分額 | 各2000万円×4分の1=各500万円 |
| Cの具体的相続分 | 500万円-700万円=マイナス200万円(超過特別受益者。0円) |
Cは200万円の超過特別受益者となり,相続分を受けられませんが,超過分200万円を返還する必要もありません。この200万円をB・Dが負担します。本来的相続分の割合(B対Dが2対1)で按分する場合,Bは約867万円,Dは約133万円(生前贈与300万円を控除後)を取得します。
(3) 生命保険金を持ち戻す金額
生命保険金が特段の事情により持戻しの対象となる場合(第3の2(6)参照),具体的に持ち戻す金額には確立した最高裁判例がなく,次の3説があります。保険金額修正説が通説とされます。
- 保険金額説――保険金の総額を持戻しの対象とする
- 保険料説――被相続人が支払った保険料の総額を持戻しの対象とする
- 保険金額修正説――被相続人が支払うべきであった保険料全額に対する被相続人が実際に支払った保険料の割合を保険金に乗じた額を持戻しの対象とする(通説)
裁判例の傾向は次のとおりです。
- 名古屋高裁平成18年3月27日決定・家庭裁判月報58巻10号66頁(保険金の全額を持ち戻すべきとして,保険金額説に立ったものと解される)
- 宇都宮家裁栃木支部平成2年12月25日審判・家庭裁判月報43巻8号64頁(被相続人が死亡時までに払い込んだ保険料の保険料総額に対する割合を保険金に乗じた額とする,保険金額修正説を採用することを明言)
第5 立証の実務――物証の乏しい世界でどう積むか
1 立証責任と間接事実
特別受益の存在は,これを主張する側が立証責任を負います。しかし,家族間の金銭のやり取りは契約書等の物証が乏しいのが通常です。そこで,直接証拠に依存せず,間接事実を積み上げて贈与の存在・趣旨・金額を推認させる組み立てが要になります。積むべき間接事実の例としては,贈与の種類・額・趣旨,被相続人の当時の資産状況・社会的地位,受贈者の当時の生活状況,そして家族の歴史(誰がどのような立場でどれだけの援助を受けてきたか)が挙げられます。
2 証拠収集の勘所
具体的な証拠としては,次のものが有用です。
- 被相続人及び受贈者の預貯金口座の取引履歴(送金の時期・額・宛先)
- 不動産の登記事項証明書・売買契約書・贈与契約書(名義の異動の跡付け)
- 被相続人の確定申告書・財産の推移を示す資料(当時の資力の裏付け)
- 被相続人・受贈者間の手紙・メモ・日記(贈与の趣旨を示すもの)
金融機関への取引履歴の開示請求や弁護士会照会を活用し,早い段階で客観資料を確保することが,後の主張の厚みを左右します。根拠となる法令は次のとおりです。
- 弁護士法23条の2(弁護士会照会)
第6 相手方の反論への備え
1 持戻し免除の意思表示(民法903条3項・4項)
特別受益の主張に対する最も基本的な反論が,持戻し免除の意思表示です。被相続人が民法903条1項・2項と異なった意思を表示したときは,その意思に従うため,持戻し計算がされません。明示の持戻し免除がない場合には黙示の意思表示の有無が争点になります。黙示の持戻し免除が認められるかの判断視点は,「相続分以外に財産を相続させる意思を有していたことを推測させる事情があるか否か」です。家業承継のために家業に必要な財産を取得させた場合,被相続人が生前贈与の見返りに利益を得ていた場合,相続人に相続分以上の財産を必要とする特別な事情がある場合,相続人全員に贈与・遺贈をしている場合などが,これを基礎づける事情になります。
また,平成30年改正で新設された規定により,婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が,他の一方に対して居住の用に供する建物又はその敷地を遺贈・贈与したときは,持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます。この20年以上という要件は,相続開始時ではなく遺贈・贈与の意思表示の時点で満たす必要があります。
根拠となる法令・裁判例は次のとおりです。
- 民法903条3項(持戻し免除の意思表示)
- 民法903条4項(婚姻20年以上の夫婦間の居住用不動産の遺贈・贈与は持戻し免除の意思表示と推定)
- 大阪高裁平成23年2月21日決定・金融・商事判例1393号40頁(経営承継のため特定の相続人に株式の生前贈与を繰り返していた事案で黙示の持戻し免除を認めた例)
2 寄与分による対抗
相手方が寄与分を持ち出して対抗してくることもあります。前記のとおり寄与分には別途の申立てが必要である点に加え,同一人に特別受益と寄与分の双方がある場合には,寄与分は特別受益額を超える部分に限って斟酌されるという関係にあります。特別受益額が寄与額を上回るときは,寄与分を実質的に0と評価できる旨を指摘することが,攻防上有効です。もっとも,生前贈与によって寄与に対する清算がされているといえる場合には,その生前贈与を持戻しの対象とせず,寄与分も認めないという扱いがされることがあります。逆に,生前贈与が寄与と対価関係になく,又は生前贈与だけでは寄与を十分に評価できていない場合には,別途寄与分が認められる余地がある点にも留意が必要です。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法904条の2(寄与分)
第7 遺留分との関係
1 基礎財産への算入(民法1044条3項)
遺留分侵害額請求の場面では,特別受益の扱いが遺産分割と異なります。遺留分を算定するための財産の価額は,相続開始時の財産に贈与した財産を加え,債務を控除して算定します。この贈与の算入について,第三者に対する贈与は相続開始前の1年間にしたものに限られるのに対し,相続人に対する贈与は,婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与(特別受益に当たる贈与)に限り,相続開始前の10年間にしたものが算入されます。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法1043条1項(遺留分を算定するための財産の価額)
- 民法1044条1項(第三者に対する贈与は相続開始前1年間のものに限る)
- 民法1044条3項(相続人に対する特別受益に当たる贈与は相続開始前10年間のものを算入)
2 持戻し免除でも遺留分には及ぶ
ここで重要なのは,被相続人が持戻し免除の意思表示をしていても,遺留分の算定においては特別受益に当たる贈与が基礎財産に算入されるという点です。持戻し免除は遺産分割の場面では機能しますが,遺留分の場面ではその効力が及ばないという理解が実務上重要です。
根拠となる裁判例は次のとおりです。
- 最高裁平成24年1月26日第一小法廷判決(被相続人が持戻し免除の意思表示をしていても,特別受益に当たる贈与の価額は遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入される)
3 遺留分権利者自身の特別受益という非対称性
遺留分では,もう一つの非対称性に注意が必要です。遺留分侵害額は,遺留分から,遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益(民法903条1項に規定する贈与)の価額を控除して算定します。この控除には,基礎財産算入の場面のような10年という期間制限がありません。つまり,遺留分を主張する相続人自身が過去に受けた古い特別受益は,10年より前のものであっても侵害額から満額控除されます。相手方の遺留分を減殺する主張として,「あなた自身も古い時期に生前贈与を受けている」という指摘が有効に機能する場面です。なお,寄与分は,遺留分侵害額請求の中では抗弁として主張することができず,遺産分割手続の中でのみ定まる点にも留意が必要です。
根拠となる法令は次のとおりです。
- 民法1046条1項(遺留分侵害額請求権)
- 民法1046条2項1号(遺留分権利者が受けた遺贈又は特別受益の価額を控除。期間制限なし)
第8 主張書面作成のチェックリスト
以上を踏まえ,特別受益を主張する書面を作成する際のチェックリストを示します。
- 主張する手続は適切か(独立の確認訴訟ではなく,遺産分割又は遺留分侵害額請求の中で主張しているか)。
- 相続開始時に存在する遺産(預貯金を含む。)を特定し,みなし相続財産を構成できているか。
- 各贈与について,「生計の資本」該当性を金額・趣旨・家族関係の意味から具体的に基礎づけているか。
- 評価の基準時を相続開始時とし,古い金銭贈与は貨幣価値に換算しているか。
- 具体的相続分を数式で明示し,超過特別受益がある場合の処理まで示しているか。
- 立証を間接事実で構成し,口座履歴・登記・契約書等の客観資料を確保しているか。
- 持戻し免除(民法903条3項・4項)や寄与分の反論に対する再反論を準備しているか。
- 遺留分の場面では,10年の期間制限,持戻し免除が及ばないこと,権利者自身の特別受益の控除という非対称性を踏まえているか。
第9 まとめ
特別受益の主張を効果的なものにする鍵は,手続・該当性・計算・立証の4つを一体として設計することにあります。独立の確認訴訟が使えないという手続の制約を前提に,「遺産の前渡し」といえる贈与かどうかを家族の歴史に即して基礎づけ,具体的相続分を数式で示し,物証の乏しさを間接事実で補う。そして,持戻し免除や寄与分という反論に備え,遺留分の場面での特別受益の異なる扱いまで見通しておく。
これらを一枚の設計図として組み上げることが,遺産分割・遺留分の事件で依頼者の公平を実現する近道です。個別の事案では,事実関係や証拠状況により結論が変わり得ますので,具体的な検討にあたっては最新の法令・裁判例を確認のうえ,慎重に進めることが求められます。
(本記事はAIが作成した一般的な解説であり,特定の事案に対する法的助言ではありません。実際の対応にあたっては,個別の事情に即した専門家への相談をお勧めします。)