第1 本記事の対象と,ギプス固定が慰謝料に影響する三つの経路
1 入通院慰謝料の算定構造と本記事の射程
交通事故の被害者が骨折等によりギプス固定を受けた場合,固定されていた期間が入通院慰謝料の算定においてどのように評価されるかは,実務上しばしば争われる。民法710条は「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない」と定めるにとどまり,慰謝料額の算定方法を規定していない。そのため,実務は裁判所が公表又は共有する算定基準の別表に入通院期間を当てはめて算出しており,ギプス固定期間の評価も,この基準の注記の解釈という形で問題になる。本記事は,公開されている算定基準,自賠責保険の支払基準の告示,現行の自動車保険約款及び判例データベースで判決全文を確認した裁判例に基づいて整理したものであり,生成AIを用いて作成している。個別の事案における評価は,診断書及び診療報酬明細書の記載並びに治療経過に即した検討を要する。
2 影響の三つの経路
ギプス固定は,入通院慰謝料の中だけで完結する問題ではない。制度上,固定期間の評価は次の三つの経路に分かれており,根拠となる資料も要件も異なる。第一は,固定期間を入院期間とみて,通院慰謝料ではなく入院慰謝料として算定する経路であり,根拠は裁判所の算定基準の注記である。第二は,固定期間を実治療日数に算入する経路であり,これは日数に日額を乗じて算定する自賠責保険及び任意保険の枠組みで働く。第三は,固定期間を入院期間に振り替えることはせず,慰謝料額を定めるに当たっての考慮事情として斟酌する経路である。本記事では,この三つを区別せずに主張すると,根拠と要件がかみ合わないまま争点が拡散すると考えられるため,以下では経路ごとに資料を確認する。
第2 裁判所の算定基準における「入院期間とみる」注記
1 赤い本の注記
(1) 注記の位置と文言
公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部が発行する「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」,いわゆる赤い本の2026年版上巻は,傷害慰謝料の項において「傷害慰謝料については,原則として入通院期間を基礎として別表Ⅰを使用する」とした上で,「通院が長期にわたる場合は,症状,治療内容,通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」と述べ,これに続けて「なお,入院待機中の期間及びギプス固定中等安静を要する自宅療養期間は,入院期間とみることがある」と記載している。この注記は,同書の2018年版,2019年版及び2023年版でも同一の文言であり,少なくとも2018年版以降変更されていない。文末が「入院期間とみることがある」とされている点は重要であり,固定の事実があれば当然に入院扱いとなるという趣旨ではなく,事案に応じた裁量的な取扱いを示したものと読むのが自然である。
(2) 別表Ⅰと別表Ⅱの構造上の違い
同書の傷害慰謝料の項は,別表Ⅰを使用する原則を定める部分と,むち打ち症で他覚所見がない場合等に別表Ⅱを使用する部分とに分かれており,ギプス固定に関する注記は前者の中に置かれている。別表Ⅱについて定める部分には,実通院日数の3倍程度を通院期間の目安とすることがあるという記載はあるが,固定期間を入院期間とみるという注記は置かれていない。もっとも,他覚所見のないむち打ち症においてギプス固定が医学的に選択される場面は限られており,骨折等により現に固定を要したのであれば別表Ⅰによる事案として扱われるのが通常であるから,この構造上の違いが実際に衝突する場面は多くないと考えられる。
2 大阪地裁の基準と赤い本との文言差
大阪地方裁判所の交通損害賠償の算定基準は,入通院慰謝料の算定方法について「入通院期間を基礎として別表(平成17年基準通常又は重傷)の基準に基づいて定める」とした上で,「なお,入院待機中の期間及びギブス固定中等による自宅安静期間は,入院期間とみることがある」と記載している。この文言は第3版と第4版とで同一である。赤い本が「ギプス固定中等安静を要する自宅療養期間」と定めるのに対し,大阪の基準は「ギブス固定中等による自宅安静期間」としており,赤い本は自宅療養が安静を要するものであることを明文で要求し,大阪の基準は固定と自宅安静との結び付きを求める書き方になっている。また,赤い本の注記が別表Ⅰの項に置かれているのに対し,大阪の基準の注記は算定方法全体に係る位置にあり,通常表と重傷表のいずれにも及ぶ形になっている。大阪の基準は,重度の意識障害が相当期間継続した場合や骨折又は臓器損傷の程度が重大であるか多発した場合等を「重傷」として重傷表を用いるものとしているため,固定を伴う重度の骨折事案では,重傷表の適用と固定期間の評価とが重なり得る。
第3 自賠責保険及び任意保険約款における固定期間の取扱い
1 自賠責保険の支払基準の告示にギプスの文言はない
自賠責保険の支払基準は,平成13年金融庁・国土交通省告示第1号(令和元年金融庁・国土交通省告示第3号による改正後のもの。令和2年4月1日以後に発生した事故に適用される。)として定められている。同告示第2の3は,傷害による損害の慰謝料について「慰謝料は,1日につき4,300円とする」,「慰謝料の対象となる日数は,被害者の傷害の態様,実治療日数その他を勘案して,治療期間の範囲内とする」と定めるのみである。実務でしばしば説明される「治療期間の全日数と実治療日数の2倍のいずれか少ない方」という算式も,ギプス固定に関する記載も,告示本文には存在しない。したがって,ギプス固定期間を実治療日数として扱う運用は,告示の「傷害の態様……その他を勘案して」という文言に読み込まれた損害調査上の取扱いと位置付けるのが正確であり,告示の条項として存在するものではない。この点は,自賠責保険の支払基準の全体像を整理した自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)も併せて参照されたい。
2 任意保険約款の「ギプス等」条項
(1) 四つの部位類型
これに対し,任意保険の約款には,固定期間を治療日数に算入する旨の明文の条項がある。2026年1月1日以降始期の契約に適用される総合自動車保険の約款は,人身傷害条項及び関係する特約において「実治療日数には,被保険者が通院しない場合であっても,次のいずれかに該当する部位にギプス等を常時装着したときは,その装着日数を含みます」と定め,対象部位として①長管骨又は脊柱,②長管骨に接続する上肢又は下肢の三大関節部分,③肋骨又は胸骨(体幹部を固定した場合に限る),④顎骨又は顎関節(線副子等で上下顎を一体的に固定した場合に限る)の四つを掲げている。長管骨は上腕骨,橈骨,尺骨,大腿骨,脛骨及び腓骨をいい,三大関節部分は肩関節,肘関節,手関節,股関節,膝関節及び足関節をいうと定義されている。実務書が引用する平成29年から平成30年ころの約款では,この類型は長管骨又は脊柱,三大関節部分及び肋骨又は胸骨の三つであり,顎骨又は顎関節は含まれていなかった。下顎骨骨折後の顎間固定を捕捉する類型が追加された点は,条項の適用範囲が拡張された例として押さえておく必要がある。
(2) 「ギプス等」の定義と除外されるもの
同約款は「ギプス等」を,ギプス・キャスト,ギプスシーネ,ギプスシャーレ,副子・シーネ・スプリント固定,創外固定器,PTBキャスト,PTBブレース,線副子等及びハローベストと定義し,「なお,頸椎固定用シーネ,肋骨固定帯,軟性コルセット,サポーターその他着脱が容易なものを含みません」と明記している。PTBブレースについては,下腿骨骨折後に装着したもので,骨癒合に至るまでの医師が装着を指示した期間が診断書上明確な場合に限るという限定が付されている。ここで注意を要するのは,この除外列挙はあくまで約款上の日数算入の可否に関するものであって,裁判基準における入院期間としての評価や慰謝料額の増額の可否を直接左右するものではないという点である。現に,赤い本が傷害慰謝料の項の参考裁判例として掲げるのは,ギプスではなく硬性コルセットを装着した事案である。相手方から「軟性の装具にすぎない」と指摘された場合であっても,経路の違いを意識せずに譲歩すべきではない。
(3) 診断書及び診療報酬明細書による立証要件
現行の約款は,日数算入について「ただし,診断書に……ギプス等の装着をした旨の医師の証明が記載されており,かつ,診療報酬明細書等にギプス等の装着に関する記載がなされている場合に限ります」という限定を付している。すなわち,対象となる部位と固定具の範囲は拡張された一方で,書証による確認は明文で厳格化されている。実務上は,固定の事実そのものよりも,診断書及び診療報酬明細書にどのように記載されているかが決定的になる。自賠責保険の診断書には固定期間を記載する欄が設けられているため,資料を受領した段階でこの欄の記載を確認しておくことが,後の主張の前提となる。
第4 裁判例にみる「入院期間とみる」主張の帰趨
1 固定期間を考慮事情として斟酌した裁判例
判例データベースで判決全文を確認した限り,固定期間を入院期間に振り替えて別表を適用したことが判文上明らかな裁判例は見当たらなかった。他方で,固定の事実を慰謝料額を定めるに当たっての考慮事情として明示的に斟酌した裁判例は複数存在する。東京高裁令和4年7月26日判決(令和3年(ネ)第5584号。裁判所HP未掲載)は,自転車を運転していた者が乗用車に追突されて右腓骨骨折等の傷害を負った事案において,傷害慰謝料について「第1審原告の傷害の部位,程度,症状,その治療内容,通院頻度のほか,第1審原告の実質的な通院期間……中にギプス固定のために安静を要する自宅療養期間が一定程度含まれていたことなどを考慮して」相当額を認めると判示し,認容額は合計482万3642円であった。算定基準の注記の文言をそのまま考慮要素として用いた控訴審判決であり,本記事で確認した裁判例の中では最も参照価値が高いと考えられる。
経路の相互関係について最も明確に述べているのは,東京高裁平成31年3月14日判決(平成30年(ネ)第4839号。裁判所HP未掲載)である。同判決は,交通事故ではなく児童が担任教諭を殴打して鼻骨骨折を負わせた事案に関するものであるが,控訴人が「自宅安静期間を入院期間と同視して慰謝料の加算要素とすべき理由はない」と主張したのに対し,「被控訴人の自宅療養期間を入院期間と同視できないとしても……被控訴人は自宅での安静加療を指示されていたこと,被控訴人がギプスにより患部を固定され,そのことによる日常生活上の不都合があったと認められることを慰謝料算定の事情として考慮することが不相当であるとはいえない」と判示した。入院期間との同視が否定される場合であっても,医師による自宅安静加療の指示と,固定による日常生活上の不都合とを慰謝料算定の事情として考慮することは妨げられないという整理であり,予備的主張の根拠として用いることができる。
同様の処理は地裁判決にもみられる。大阪地裁平成28年9月1日判決(平成27年(ワ)第6773号。裁判所HP未掲載)では,原告が,ギプス固定待ちの期間及びギプス固定をしていた期間を安静を要する自宅療養期間として入院期間と評価すべきであると主張して131万6000円を請求したが,判決は入院期間への振替という構成を採らず,「原告の通院期間,傷害の内容・程度,原告が一定期間ギプス固定を受けて自宅での療養を余儀なくされたこと,その他の事情を考慮すると」として通院慰謝料110万円を認めた。また,赤い本2026年版が傷害慰謝料の項の参考裁判例として掲げる東京地裁令和3年4月21日判決(令和元年(ワ)第12757号ほか。交通事故民事裁判例集54巻2号551頁。裁判所HP未掲載)は,第2腰椎圧迫骨折により27日間入院し,退院後も約2か月半にわたり硬性コルセットを装着した事案について,「入通院慰謝料 162万円 原告X1の入通院経過やコルセットの装着を余儀なくされたことなどに鑑み,上記の金額を相当と認める」と判示している。赤い本の紹介文は「硬性コルセット装着を余儀なくされたことなどに鑑み」とするが,判文の文言は「コルセットの装着を余儀なくされたこと」であって「硬性」の限定は付されていないため,書面で引用する際には判文の表現によるべきである。
2 入院期間との同視を排斥した裁判例
入院期間との同視を明示的に排斥した裁判例は,その理由付けが実務上の要件を逆に照らし出す点で有用である。神戸地方裁判所姫路支部平成30年11月7日判決(平成28年(ワ)第635号。裁判所HP未掲載)は,「シーネ固定は,ギプス固定と異なり,身体の拘束が強固ではないので,入院期間とみることはできない」と述べて振替を否定した。もっとも同判決は,これに続けて「通院日数の3.5倍程度を目安とするのは,通院期間の全体に比し,通院日数が少ない場合の事例であり,本件とは異なる場合である」として実通院日数による引き直しも否定し,通院期間約6か月を基礎として通院慰謝料120万円を認めている。固定具の種類と実通院日数への引き直しという二つの論点を同一の判決の中で正面から扱った例であり,固定期間の評価が振替として認められなくとも,通院期間そのものを基礎とする算定が維持され得ることを示している。
安静の程度についての判断基準を明示したものとして,東京地裁令和7年4月8日判決(令和6年(ワ)第2906号。裁判所HP未掲載)がある。同判決は,当初1週間の包帯による固定とその後約半年間の挙上指示について「ギプス固定中と同様の安静を要した」として入院期間との同視を求めた原告の主張に対し,「原告の主張を前提にしても,身動き困難な程度の安静を要したということはできない」として排斥し,入通院慰謝料を166万5000円と認めた。また,横浜地裁平成30年7月20日判決(平成28年(ワ)第5019号。裁判所HP未掲載)は,退院後43日間のシーネによる左腕の固定及び骨移植に伴う腰痛を理由とする同視の主張について,「左腕の固定が直ちに自宅での安静につながるものではないし,原告に生じたとされる腰痛の状態を示す客観的な証拠はなく,自宅での安静を要するほどのものであったことが明らかであるとはいえない」と述べて否定し,入通院慰謝料137万円を認めている。
証拠の選び方という観点から特に留意を要するのは,東京地裁平成29年2月14日判決(平成28年(ワ)第10428号。裁判所HP未掲載)である。これはスキー場における衝突事故の事案であるが,右前腕を30日間シーネで固定した児童について,判決は「付添いの必要性について特別に医師の判断があったことが認められる事案でもなく,原告の負傷内容が骨折であったために約1か月患部を固定していたというにすぎない」とした上で,「原告の通信簿を見ても,原告は同期間を含む本件事故後も欠席なく通学しているのであって,入院と同視できるような重症であったとの原告の主張はその前提を欠く」と判示した。さらに慰謝料額についても,通信簿,連絡帳及び写真を「見ても,右手が固定されているがゆえの不自由さがありながら,それに負けずに元気な学校生活を送っていた原告の活発さや逞しさは感じ取ることができても,慰謝料を通常考えられる範囲から逸脱してでも増額すべき事情を見出すことができるものではない」として増額を否定し,傷害慰謝料を40万円と認めている。被害者側が提出した資料が,かえって生活に支障がなかったことを示す証拠として評価された例といえる。
3 判文から抽出できる判断要素
以上の裁判例の判文から,入院期間との同視の可否を分ける要素を整理すると,次のようになる。①固定具の種類については,ギプスのように身体の拘束が強固なものが肯定方向に働き,シーネや包帯のように拘束が強固でないものは否定方向に働く。②医師の指示については,自宅での安静加療の指示があることが肯定方向に働き,安静又は付添いの必要性についての医師の判断が認められないことは否定方向に働く。③安静の程度については,身動きが困難な程度であることが求められ,これに至らない場合は否定される。④生活実態については,固定による日常生活上の不都合が認められることが肯定方向に働き,固定期間中も欠席なく通学し又は就労していた事実は否定方向に働く。⑤客観的な立証については,症状の状態を示す証拠がないことが否定の理由として挙げられている。もっとも,これらは今回確認した限られた数の判決から抽出したものであり,裁判所全体の確立した判断枠組みとして断定できるものではない。
第5 主張立証の組立て
1 被害者側の主張の順序
前記の裁判例の傾向を踏まえると,被害者側が固定期間を入院期間に振り替えるという構成のみに依拠することには相応の危険がある。本記事では,主位的に入院期間への振替を主張しつつ,予備的に,入院期間と同視できない場合であっても固定の事実を慰謝料算定の事情として考慮すべき旨を主張する構成が現実的であると整理する。予備的主張の根拠としては,前記の東京高裁平成31年3月14日判決が「入院期間と同視できないとしても……慰謝料算定の事情として考慮することが不相当であるとはいえない」と判示している点を援用することができる。固定具がシーネや包帯にとどまる事案では,振替を正面から求めるとその点だけで排斥されるおそれがあるため,考慮事情としての主張に絞る判断も検討に値する。
2 実通院日数の3.5倍への引き直しとの関係
固定期間中は,医学的に通院を要しないために通院頻度が低下する。この事実は,実通院日数の3.5倍を通院期間の目安とする取扱いが適用されると,かえって慰謝料額を圧縮する方向に働く。もっとも,赤い本の当該部分は「実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」という文言であり,大阪の基準も通院が長期かつ不規則な場合を前提としている。前記の神戸地方裁判所姫路支部平成30年11月7日判決が「通院日数の3.5倍程度を目安とするのは,通院期間の全体に比し,通院日数が少ない場合の事例であり,本件とは異なる場合である」として引き直しを否定したことからすれば,固定期間中の通院の少なさは漫然とした不規則通院とは性質を異にすると主張する余地がある。実際の増額幅という観点からは,振替が認められるかどうかよりも,この引き直しを回避できるかどうかの方が結論に与える影響が大きい事案も少なくないと考えられる。
3 加害者側の反論と,証拠の選び方
加害者側からは,①装着されていたのがシーネ,軟性コルセット,サポーター等であって拘束が強固でないこと,②医師による安静指示が診療録上確認できないこと,③固定期間中も通学,就労又は外出をしていたこと,④安静を要する状態であったことを示す客観的資料がないことが指摘されることが想定される。被害者側の立証は,固定の事実そのものよりも,固定によって生活にどのような支障が生じたかに向けられるべきであり,具体的には診断書における安静指示の記載,診療録上の記載,介助を受けた状況の記録等が中心となる。他方で,前記の東京地裁平成29年2月14日判決のように,日常生活の様子を示す資料が「支障がなかった」ことの証拠として用いられた例があることからすれば,提出する書証は不自由さを示すものに絞る必要がある。なお,固定期間は慰謝料以外の項目にも影響し得るものであり,自宅における付添看護費や,休業損害における休業率の認定においても主張の対象となる。前記の神戸地方裁判所姫路支部平成30年11月7日判決は,休業損害について,シーネ固定除去までを100パーセント,その後1か月を70パーセント,続く2か月を50パーセント,症状固定までを30パーセントとする段階的な認定をしている。
第6 固定期間の医学的評価
固定期間を「安静を要する自宅療養期間」と評価すべきかどうかは,最終的には医学的な評価に依存する。この点について,上肢を骨折した小児を対象とし,日常生活動作の遂行能力を指標化して測定した前向き研究は,肘を越えるギプスを装着した群の装着時のスコアが平均65.4点,前腕までのギプスを装着した群が平均89.8点であったのに対し,ギプスがない状態でのスコアはいずれも98点から99点台であったと報告している。同研究は,影響を受けた具体的な活動として身だしなみを整えること,衣服の着脱,軽食の準備及び高い位置にある物に手を伸ばすことを挙げており,固定による支障が日常生活の基本的な場面に及ぶことを定量的に示している。健常者の上肢を固定した研究でも,固定されていない側の上肢への依存が約2倍になることが報告されている。
下肢の固定については,安全上の観点からも評価が必要である。血栓予防を行わない場合の深部静脈血栓症の発生率について,下肢の外傷によりギプス又は装具で1週間以上固定された患者を対象とした系統的レビューは,4.3パーセントから40パーセントという範囲を報告しており,低分子ヘパリンの投与により発生が有意に減少したとしている。下肢の固定が単なる装着ではなく,一定の医学的管理を要する状態であることの裏付けとなる。
他方で,固定期間の相当性は加害者側からの反論の対象にもなり得る。橈骨遠位端骨折を対象とした無作為化比較試験の系統的レビュー及びメタ解析は,標準的な固定期間を5週間から6週間とした上で,3週間から4週間の短期固定群の方が上肢の機能を評価する患者報告指標において良好であり,合併症の発生率や複合性局所疼痛症候群の発生に有意差はなかったと報告している。固定期間が医学的な標準を大きく超える事案では,その期間全体を事故と相当因果関係のある安静期間として評価してよいかが争われ得るため,固定期間の医学的な必要性についても診療録により確認しておくことが望ましい。
交通事故における損害項目の全体像については,交通事故に関する記事の一覧も参照されたい。
出典・参考資料
法令
- 民法(明治29年法律第89号)709条,710条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)16条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/330AC0000000097
- 自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号。令和元年金融庁・国土交通省告示第3号による改正後のもの)第2の3 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/resourse/data/kijyun.pdf
- 自賠責保険・共済の限度額と補償内容 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jibaiseki/about/payment/index.html
裁判例
以下の裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索において事件番号による検索で該当がなく,裁判所HP未掲載である。判決全文は判例秘書(LLI/DB)により確認した。
- 東京高等裁判所令和4年7月26日判決 令和3年(ネ)第5584号 損害賠償(交通)反訴請求控訴事件
- 東京高等裁判所平成31年3月14日判決 平成30年(ネ)第4839号 損害賠償請求控訴事件
- 東京地方裁判所令和7年4月8日判決 令和6年(ワ)第2906号 損害賠償請求事件
- 東京地方裁判所令和3年4月21日判決 令和元年(ワ)第12757号,令和元年(ワ)第32252号,令和2年(ワ)第17314号 損害賠償請求事件 交通事故民事裁判例集54巻2号551頁
- 神戸地方裁判所姫路支部平成30年11月7日判決 平成28年(ワ)第635号 損害賠償請求事件
- 横浜地方裁判所平成30年7月20日判決 平成28年(ワ)第5019号 損害賠償請求事件(交通事故)
- 東京地方裁判所平成29年2月14日判決 平成28年(ワ)第10428号 損害賠償請求事件
- 大阪地方裁判所平成28年9月1日判決 平成27年(ワ)第6773号 損害賠償請求事件
算定基準・約款
- 日弁連交通事故相談センター東京支部編「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2026年 上巻(基準編)」218頁~222頁。同2023年版,2019年版及び2018年版の対応箇所も参照した。
- 大阪地裁における交通損害賠償の算定基準〈第4版〉(判例タイムズ社,令和4年)入通院慰謝料の項。同第3版(平成25年)の対応箇所も参照した。
- 東京海上日動火災保険株式会社「総合自動車保険の約款」(2026年1月1日以降始期用)人身傷害条項及び関係特約 https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/service/pdf/total_assist_yakkan_260101.pdf
医学文献
- Aviv B, Bar-On E, Weigl D, Becker T, Katz K. Children’s daily living activities during immobilization of upper-limb fractures with an above- or below-elbow cast. J Child Orthop. 2008;2(3):221-224.
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- Sayudo IF, Sudarman JP, Fernandes A, Park JY, Leibovitch L, Machinski E, Mahmoud MO. Short Versus Regular Periods of Cast Immobilization for Distal Radial Fractures: A Systematic Review and Meta-Analysis. Cureus. 2024;16(2):e54704.