第1 この記事が扱う対象1 「二次利用」とは何を指すか2 検討の対象と時点第2 個人情報保護法における死者情報の位置づけ1 「生存する個人」という定義上の限界2 死者の情報が遺族本人の情報になる場合第3 最高裁判所令和8年2月20日判決1 事案の概要2 法廷意見の判断枠組み3 補足意見が示した射程4 刑事施設の診療情報をめぐる一連の最高裁判断第4 医療・介護分野における遺族への情報提供1 ガイダンスと診療情報の提供等に関する指針2 個別法にみる死者情報の遺族への提供第5 次世代医療基盤法による死者の医療情報の取込み1 「個人に関する情報」という定義の技巧2 死者の情報を対象に含めた理由3 オプトアウトの実効性という課題第6 研究利用に関する倫理指針の規律1 死者の尊厳を根拠とする独自の規律2 代諾者の同意と生前の拒否意思第7 刑事責任と民事上の名誉保護1 秘密漏示罪の「人」に死者は含まれない2 死者の名誉毀損罪3 遺族の敬愛追慕の情という受け皿第8 今後の見通し1 内閣府検討会における死亡者情報の議論状況2 令和8年改正個人情報保護法との関係出典・参考資料1 法令・通達・指針2 裁判例3 公的資料4 文献
第1 この記事が扱う対象
1 「二次利用」とは何を指すか
医療情報の「一次利用」とは,診療や介護のために医療機関等が患者本人の情報を用いることをいい,「二次利用」とは,これとは別の目的,典型的には研究開発や統計作成のために医療情報を用いることをいう。本記事が扱うのは,患者が死亡した後,その医療情報を遺族への提供,研究,データベースへの収録などの形でどこまで用いることができるかという問題である。生前の医療情報の一次利用(診療そのもの)や,本人が生存中の個人情報保護法制の一般論は対象としない。生存する患者の医療情報が本人の同意なく第三者提供され得る仕組み(次世代医療基盤法のオプトアウト,改正個人情報保護法の統計作成等の特例,内閣府検討会が構想する出口規制)については,医療情報は同意なく使われるようになるのか――次世代医療基盤法・改正個人情報保護法と内閣府検討会の到達点で扱っている。死亡後のオンラインアカウントやデジタルデータの承継という別の問題は,Appleアカウントの相続手続―故人アカウント管理連絡先,iCloudデータ及び端末の扱い及びGoogleアカウントの相続手続―死亡後のデータ取得・資金請求・閉鎖で扱っており,本記事では取り上げない。
2 検討の対象と時点
本記事は,令和8年8月16日までに確認した法令,裁判例及び公的資料を基礎とする。中心となるのは,死者に関する保有個人情報の開示が争われた最高裁判所令和8年2月20日判決であり,この判決を軸に,個人情報保護法,次世代医療基盤法,医療・介護関係のガイダンス,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針,刑法及び民事の裁判例を横断して整理する。内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」における死亡者情報の取扱いに関する検討状況は,令和8年8月31日の第15回検討会資料までを第8で扱う。
第2 個人情報保護法における死者情報の位置づけ
1 「生存する個人」という定義上の限界
個人情報保護法2条1項は,「個人情報」を「生存する個人に関する情報であって,次の各号のいずれかに該当するものをいう」と定義する。この文言は,令和3年の法改正(行政機関個人情報保護法及び独立行政法人等個人情報保護法を個人情報保護法に統合する改正)の前後を通じて維持されており,死亡した人の情報は,どれほど機微な内容であっても,個人情報保護法上の「個人情報」には当たらない。令和3年改正前は,民間事業者に適用される個人情報保護法とは別に,行政機関には行政機関個人情報保護法,独立行政法人等には独立行政法人等個人情報保護法という別の法律が適用されていたが,これらもいずれも「生存する個人」に関する情報を対象としており,官民を通じて死者の情報は対象外とされてきた。
このため,患者が死亡すれば,その診療情報は個人情報保護法上の取得制限(20条)や第三者提供制限(27条)の対象から外れる。第三者提供に本人同意を要するという原則も,そもそも「本人」が存在しない以上,適用の前提を欠くことになる。
2 死者の情報が遺族本人の情報になる場合
もっとも,死者の情報が個人情報保護法の外側にあるという理は,遺族が当該情報について常に無権利であることを意味しない。ある情報が死者に関するものであると同時に,生存する遺族自身に関する情報でもあることがあり,その限度では,遺族本人の個人情報として個人情報保護法の適用を受ける。個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年4月14日個人情報保護委員会・厚生労働省。令和8年4月改訂版)は,この点を「なお,死者に関する情報が,同時に,遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には,当該生存する個人に関する情報となる」と説明する。問題は,どのような場合に死者の情報が遺族本人の情報だと評価されるのかであり,この判断枠組みを正面から示したのが,次に取り上げる最高裁判所令和8年2月20日判決である。
第3 最高裁判所令和8年2月20日判決
1 事案の概要
上告人の母は,平成30年5月に懲役受刑者として刑事施設に収容され,平成31年4月に刑の執行停止により釈放された後,令和元年12月に死亡した。母は収容中,上告人との面会において,同室者からいじめを受けている旨を述べていた。上告人は,令和2年8月,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(令和3年法律第37号による廃止前のもの。以下この項で「旧法」という)12条1項に基づき,処分行政庁(法務大臣から権限の委任を受けた近畿矯正管区長)に対し,母が同室者から受けたいじめに関する事案を調査した記録(本件調査記録)に記録されている情報(本件情報)の開示を請求したが,処分行政庁は,本件情報は生存する個人に関する情報ではなく,また上告人を本人とする保有個人情報にも当たらないとして,その全部を開示しない旨の決定をした。
(続きを読む...)死者の医療情報の二次利用―個人情報保護法の対象外と最高裁令和8年2月20日判決(AI作成)