目次
第1 資料の位置付けと要点1 大学病院側の提言を読む意味2 要望・政策方針・現行制度を区別する第2 調査から分かる現場の負担1 回答数と集計の範囲2 初期整備よりも継続運用が問題となる第3 全国医学部長病院長会議の9つの要望1 財政支援・制度簡素化・専門人材2 研究資源の保護と大学への還元3 セーフハーバーは創設要望である第4 10月の正式なとりまとめとの関係1 大規模病院と対象データを段階的に扱う方針2 公的支援を受けた研究は別の論点となる3 費用還元・患者対応・識別子第5 提供費用とデータの対価を分けて検討する1 現行ガイドラインが認める費用負担2 契約と予算で明確にする項目第6 大学病院の法務担当者が整理すべき事項1 提供対象と手続を台帳化する2 契約・運用・事故対応を対応させる第7 よくある疑問1 すべての大学病院に提供義務が確定したのか2 研究データはすべて提供対象から外れるのか3 資料の費用イメージをそのまま予算要求に使えるか4 セーフハーバーにより病院は免責されるのか第8 主な参照資料
第1 資料の位置付けと要点
1 大学病院側の提言を読む意味
「大学病院における医療等情報の提供に伴う課題と要望」は,全国医学部長病院長会議(AJMC)が令和8年7月8日の内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」第13回会合に提出した資料である。大学病院が保有する医療情報を研究開発に活用する際の,費用,人材,データ品質,患者対応,知的財産及び責任分担の課題をまとめている。
提言の中心は,データ提供の推進に協力する一方で,財政・技術支援と人材確保を先行させ,電子カルテの更新時期などを考慮して段階的に進めるべきだという点にある。接続システムを作れば終わるわけではなく,抽出・修正・問い合わせ・拒否申出への対応を継続する負担がある。
本記事は,この資料と令和8年10月9日公表の正式な「とりまとめ」を対照し,大学病院の管理部門,情報部門,研究部門及び法務担当者が確認すべき事項を整理する。患者の同意と各制度の全体像は,医療情報は同意なく使われるようになるのかで説明している。
2 要望・政策方針・現行制度を区別する
AJMC資料は大学病院側の要望であり,それ自体が病院の提供義務や免責を定めるものではない。10月のとりまとめも制度改正に向けた政策方針であり,新たな提供義務が直ちに施行されたことを意味しない。とりまとめは令和9年通常国会への法案提出を目指すことを踏まえ,法制上の調整・検討を進めるべきとしている。
したがって,令和8年10月11日時点の実務では,現行の提供ルートと手続を確認する必要がある。「今後,提供義務の対象とする方針である」という記述を,「現在,すべての大学病院が,すべての研究データを提出しなければならない」という意味に読み替えてはならない。
第2 調査から分かる現場の負担
1 回答数と集計の範囲
AJMCは令和8年6月10日から24日まで,大学病院82校を対象に調査し,71校から回答を得た。資料3頁のFHIR対応やDICOM形式での画像出力に関する数値には,対応済みだけでなく対応予定が含まれる。接続可能性と,継続的に研究用途のデータを提供できる体制とは区別する必要がある。
資料4頁の負担に関する自由記述は,回答71校のうち48校によるものである。その整理では,費用負担が40件,人的負担が22件,技術的負担が21件,制度的負担が8件として示されている。これらは資料による分類数であり,排他的な回答割合や全国すべての大学病院の割合として扱うべきではない。資料5頁の提供義務化に関する自由記述は29校であり,48校の集計とは別である。
2 初期整備よりも継続運用が問題となる
負担として挙げられているのは,電子カルテ・部門システムの改修,標準コードへの対応,画像出力,共通仕様の不足,認定事業者ごとに異なる接続,専任人材の確保,医師によるデータ確認などである。診療情報,研究情報及び患者説明を複数部署が扱うため,情報システム担当者だけに任せることは難しい。
AJMC資料14頁には,1施設当たりの経費負担について次の「イメージ」が示されている。
区分資料上の金額と期間初期整備費用数年間で2.2億円〜8.8億円ランニングコスト年間1.7億円〜5.2億円
この金額は参考的な費用イメージであり,71校の実支出の平均値ではない。施設規模,既存設備,対象データ,接続方式などを揃えた見積りでもないため,個別病院の必要予算をこの数字だけで決定することはできない。予算協議では,初期費用と毎年の運用費を分け,追加データや仕様変更により増える費用も見積もるべきである。
第3 全国医学部長病院長会議の9つの要望
1 財政支援・制度簡素化・専門人材
AJMC資料10頁から13頁の要望は,次の9項目に整理できる。表は資料の趣旨を要約したものである。
要望求めている対応01 財政支援継続的な支援,加工等の認定事業者負担,出力機能の標準化による病院負担の軽減02 制度簡素化制度の整理,分かりやすい判断手順,倫理審査と出口規制の役割分担,国による周知03 対価・知財保険診療データの提供費用の回収と,研究由来データ等の権利保護04 対象範囲保険診療由来データと,大学が独自に蓄積したゲノム等の学術資源との区別05 画像等法的位置付けの整理と,大量の画像データの伝送・蓄積に必要な投資への支援06 安全性・責任被害補償,公的な安全解析環境,監視体制,サイバー保険への支援07 患者対応国民の理解形成,オプトアウトの一元管理,苦情窓口の集約,免責条項の創設08 研究への還元費用・研究利用の利益の還元,統合データベースの利用,倫理審査の合理化09 専門人材医療情報・データ・セキュリティの人材育成,配置,人件費及び共同利用への支援
各要望は相互に関連する。例えば,データ出力を義務付けても,ベンダーの改修費,専任人材の人件費及び品質確認の負担を誰が負うかが決まらなければ,継続的な提供は難しい。標準化前の個別対応が費用を増大させるという指摘も,段階的な導入を求める理由である。
2 研究資源の保護と大学への還元
資料11頁は,保険診療によって得たデータと,大学が独自の研究費で蓄積したレジストリ・バイオバンク等のデータや,通常患者に提供されない元データを区別している。後者を提供義務の対象外とし,強制的な無償提供が生じない制度設計を求めている。
これはAJMCの制度設計上の主張である。すべての研究データに同じ知的財産権が成立するという法的結論ではない。提供対象を検討する際には,データの由来,研究費の条件,共同研究契約,営業秘密の管理,特許出願や成果公表の時期を個別に確認する必要がある。
資料13頁は,金銭的な利益に加え,大学病院自身が統合されたデータベースを研究に利用できることを重視している。提供側と利用側の双方を担う大学病院にとって,利用申請の条件,利用料及び研究者のアクセス環境も重要な検討事項となる。
3 セーフハーバーは創設要望である
資料12頁は,病院が二次提供を行っても患者から直接法的責任を追及されない「Safe Harbor(セーフハーバー)条項」の創設を求めている。これは責任軽減の要望であり,この資料を根拠に「法令に従って提供すれば,病院は一切責任を負わない」と説明することはできない。
提供先との契約で事故対応や費用負担を定めることと,患者に対する責任が法律上免除されることも別問題である。提供先の管理下で起きる事故と,病院の抽出・送信・除外処理の誤りを区別し,実際に管理できる範囲に応じて責任を整理することが必要となる。
(続きを読む...)大学病院における医療等情報の提供に伴う課題と要望―全国医学部長病院長会議の提言と法務上の論点(AI作成)