メインコンテンツへスキップ
       

死者の医療情報の二次利用―個人情報保護法の対象外と最高裁令和8年2月20日判決(AI作成)

第1 この記事が扱う対象

1 「二次利用」とは何を指すか

医療情報の「一次利用」とは,診療や介護のために医療機関等が患者本人の情報を用いることをいい,「二次利用」とは,これとは別の目的,典型的には研究開発や統計作成のために医療情報を用いることをいう。本記事が扱うのは,患者が死亡した後,その医療情報を遺族への提供,研究,データベースへの収録などの形でどこまで用いることができるかという問題である。生前の医療情報の一次利用(診療そのもの)や,本人が生存中の個人情報保護法制の一般論は対象としない。生存する患者の医療情報が本人の同意なく第三者提供され得る仕組み(次世代医療基盤法のオプトアウト,改正個人情報保護法の統計作成等の特例,内閣府検討会が構想する出口規制)については,医療情報は同意なく使われるようになるのか――次世代医療基盤法・改正個人情報保護法と内閣府検討会の到達点で扱っている。死亡後のオンラインアカウントやデジタルデータの承継という別の問題は,Appleアカウントの相続手続―故人アカウント管理連絡先,iCloudデータ及び端末の扱い及びGoogleアカウントの相続手続―死亡後のデータ取得・資金請求・閉鎖で扱っており,本記事では取り上げない。

2 検討の対象と時点

本記事は,令和8年8月16日現在で確認できる法令,裁判例及び公的資料に基づいて構成している。中心となるのは,死者に関する保有個人情報の開示が争われた最高裁判所令和8年2月20日判決であり,この判決を軸に,個人情報保護法,次世代医療基盤法,医療・介護関係のガイダンス,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針,刑法及び民事の裁判例を横断して整理する。内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」における死亡者情報の取扱いに関する議論は,令和8年夏を目途とする議論の整理が本記事執筆時点でなお継続中であり,第8で触れる範囲にとどめる。

第2 個人情報保護法における死者情報の位置づけ

1 「生存する個人」という定義上の限界

個人情報保護法2条1項は,「個人情報」を「生存する個人に関する情報であって,次の各号のいずれかに該当するものをいう」と定義する。この文言は,令和3年の法改正(行政機関個人情報保護法及び独立行政法人等個人情報保護法を個人情報保護法に統合する改正)の前後を通じて維持されており,死亡した人の情報は,どれほど機微な内容であっても,個人情報保護法上の「個人情報」には当たらない。令和3年改正前は,民間事業者に適用される個人情報保護法とは別に,行政機関には行政機関個人情報保護法,独立行政法人等には独立行政法人等個人情報保護法という別の法律が適用されていたが,これらもいずれも「生存する個人」に関する情報を対象としており,官民を通じて死者の情報は対象外とされてきた。

このため,患者が死亡すれば,その診療情報は個人情報保護法上の取得制限(20条)や第三者提供制限(27条)の対象から外れる。第三者提供に本人同意を要するという原則も,そもそも「本人」が存在しない以上,適用の前提を欠くことになる。

2 死者の情報が遺族本人の情報になる場合

もっとも,死者の情報が個人情報保護法の外側にあるという理は,遺族が当該情報について常に無権利であることを意味しない。ある情報が死者に関するものであると同時に,生存する遺族自身に関する情報でもあることがあり,その限度では,遺族本人の個人情報として個人情報保護法の適用を受ける。個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年4月14日個人情報保護委員会・厚生労働省。令和8年4月改訂版)は,この点を「なお,死者に関する情報が,同時に,遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には,当該生存する個人に関する情報となる」と説明する。問題は,どのような場合に死者の情報が遺族本人の情報だと評価されるのかであり,この判断枠組みを正面から示したのが,次に取り上げる最高裁判所令和8年2月20日判決である。

第3 最高裁判所令和8年2月20日判決

1 事案の概要

上告人の母は,平成30年5月に懲役受刑者として刑事施設に収容され,平成31年4月に刑の執行停止により釈放された後,令和元年12月に死亡した。母は収容中,上告人との面会において,同室者からいじめを受けている旨を述べていた。上告人は,令和2年8月,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(令和3年法律第37号による廃止前のもの。以下この項で「旧法」という)12条1項に基づき,処分行政庁(法務大臣から権限の委任を受けた近畿矯正管区長)に対し,母が同室者から受けたいじめに関する事案を調査した記録(本件調査記録)に記録されている情報(本件情報)の開示を請求したが,処分行政庁は,本件情報は生存する個人に関する情報ではなく,また上告人を本人とする保有個人情報にも当たらないとして,その全部を開示しない旨の決定をした。

2 法廷意見の判断枠組み

原審(大阪高等裁判所)は,母が同室者から受けたいじめについて同室者又は国に対する損害賠償請求権を有していた場合には上告人がこれを相続するところ,本件調査記録は上記請求権の存否を判断するための最も重要な証拠の一つであるから,本件情報は上記請求権の存否に密接な関連を有する情報として,上告人を本人とする保有個人情報に当たるとした。その上で,刑の執行に係る保有個人情報が開示されれば,刑の執行を受けた者が生存するか否かにかかわらずそのプライバシー権や名誉権が著しく侵害されるおそれがあることなどから,本件情報は旧法45条1項所定の保有個人情報に当たるとして,上告人の請求を棄却した。

最高裁判所第三小法廷は,まずこの原審の法解釈を誤りだと判断した。旧法45条1項は,刑の執行に係る保有個人情報のうち,当該執行を受けた者に係るものに限って第4章の規定(開示請求等)の適用を除外する規定である。母は生存する個人ではない以上,本件情報が母に関するものとして同項所定の保有個人情報に当たるということはできず,また上告人は刑の執行を受けた者ではないから,本件情報が上告人に係るものとして同項所定の保有個人情報に当たるとみる余地もない。したがって,本件情報が同項所定の保有個人情報に当たるとした原審の判断には,同項の解釈適用を誤った違法があるとした。

もっとも,法廷意見はここで終わらない。旧法12条1項に基づく開示請求が認められるためには,開示請求に係る保有個人情報が開示請求者を本人とするものであることを要し,本件情報が上告人を本人とする保有個人情報に当たるか否かを判断するに当たっては,本件情報が上告人に関する情報であって,これに含まれる記述等により上告人を識別することができるものであるか否かを検討する必要がある。そして,母の同室者又は被上告人(国)に対する損害賠償請求権は,上告人がその発生の可能性を主張しているにとどまるものであって,上告人がこれを現に有しているとはいえない。そうである以上,本件調査記録に記録された母に関する情報は,上告人が有する損害賠償請求権に関する情報であるということはできず,上告人に関する情報であるとはいえないし,これをもって上告人を識別することができるということもできない。このことは,本件調査記録が上記請求権の存否に関する重要な証拠であるか否かや,本件情報が上記請求権の存否に密接に関連する情報であるか否かによって左右されるものではない,とした。

結局,本件情報は上告人を本人とする保有個人情報に当たらないという結論自体は維持されるため,本件決定のうち本件情報を開示しないものとした部分は適法であり,これを是認した原審の判断は結論において正当であるとして,上告は棄却された。原審の法律構成(45条1項該当)を明確に否定しながら,結論(不開示の適法性)は別の理由づけで維持するという,判決理由の入れ替えが行われた事例である。

3 補足意見が示した射程

裁判官林道晴・同石兼公博の補足意見は,法廷意見の射程と関連法制の位置づけを敷衍している。まず,従来の下級審裁判例には,開示請求の対象とされた情報が,開示請求者が主張する死者の損害賠償請求権の存否に密接に関連する情報である場合には,開示請求者を本人とする保有個人情報に当たる旨をいうものが見られたが,開示請求者が上記請求権の発生を主張しているにとどまり,これを有していると認められない場合には,当該情報が請求権の存否の判断に資するとしても,開示請求者が有する請求権に関する情報であるとはいえず,また,請求権の存否に密接に関連する情報をもって直ちに開示請求者を識別することができるということもできないと明言し,従来の緩やかな基準を否定した。証拠収集の必要があるのであれば,訴え提起前における証拠収集の処分や証拠保全の申立て等によってその必要性が満たされることもあり得るとし,本件でも上告人が申し立てた証拠保全の手続において本件調査記録の検証が行われたことが記録上うかがわれるとも指摘している。

もっとも,補足意見は,法廷意見があくまでこの問題に関する事例の一つについての判断を示したものであることに留意を要するとも述べる。情報公開・個人情報保護審査会の答申は,業務災害に関する保険給付を請求した労働者が死亡した場合において,遺族である開示請求者が未支給の保険給付の支給を請求し,現に支給決定を受けているときは,当該調査結果復命書に開示請求者の氏名等が記載されていなくても,開示請求者を本人とする保有個人情報に当たるとの判断を示してきた。これは,開示請求者自身が労働基準監督署長から支給決定を受けて未支給の保険給付に係る請求権を取得しているため,当該情報が開示請求者に関する情報であるとともに,開示請求者を識別することができる情報にも当たるためだと整理できる。同様に,相続税の更正処分を現に受けた開示請求者について,相続財産に関する調査関係書類が開示請求者を本人とする保有個人情報に当たるとされた例もある。法廷意見は,これらの答申が対象とするような事案について論じるものではない,というのが補足意見の位置づけである。

補足意見はさらに,医療・介護の分野では,死者に関する情報が遺族を本人とする個人情報に当たるか否かにかかわらず,医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス等において,遺族に対して遅滞なく診療情報を提供するものとされていることを紹介し,個人情報保護法制とは別に,個別の法律において遺族に対する死者に関する情報の提供について規定する例が見られるとして,警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律10条1項や医療法6条の11第5項を挙げている。令和3年法律第37号(地方公共団体の個人情報制度に全国共通ルールを及ぼした改正)の施行後,地方公共団体が個人情報保護とは異なる観点から条例等で死者に関する情報の取扱いを定める例も見られるとした上で,これらの取扱いは個人情報保護法制の枠組みの外の問題であり,法廷意見はその当否を論じるものではないと付言している。個人情報保護法制上の「保有個人情報」該当性という一本の物差しの外側に,分野ごとの実務的な規律が別に存在するという構造を,最高裁自身が明確に描き出した点に,この補足意見の意義がある。

4 刑事施設の診療情報をめぐる一連の最高裁判断

最高裁判所令和8年2月20日判決は,孤立した判断ではなく,刑事施設に収容中の診療情報の開示をめぐる一連の最高裁判断の延長線上にある。最高裁判所第三小法廷令和3年6月15日判決(令和2年(行ヒ)第102号,民集75巻7号3064頁)は,刑事施設に収容されている者本人が,収容中に自ら受けた診療に関する保有個人情報の開示を求めた事案において,刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は,旧法45条1項所定の保有個人情報に当たらないと判示し,これに当たるとした原判決を破棄して差し戻した。同項の適用範囲を限定的に解する立場を示したものである。

差戻審(東京高等裁判所令和4年4月7日判決,令和3年(行コ)第171号)を経て,最高裁判所第一小法廷令和5年10月26日判決(令和4年(行ヒ)第296号,集民270号215頁)は,矯正管区長が旧法45条1項所定の保有個人情報に当たるとの見解に立脚して全部不開示決定をしたことについて,当該決定当時,公表されていた裁判例や情報公開・個人情報保護審査会の答申がいずれも同じ見解を採っていたことがうかがわれるなどの事情の下では,国家賠償法1条1項にいう違法があったとはいえないとして,上告人(収容されていた本人)の請求を退けた。

この2つの判決は,いずれも収容されている本人自身が生存中に自らの診療情報の開示を求めた事案であり,45条1項という限定的な適用除外規定を狭く解する一方で,当時の実務がそれと異なる理解に立っていたことについて国家賠償法上の違法までは認めないという,過渡期の実務に配慮した内容であった。最高裁判所令和8年2月20日判決は,これと同じ45条1項の解釈問題を,死亡した本人ではなくその遺族が開示を求める場面に拡張し,死者の情報が遺族本人の保有個人情報に当たるかという,45条1項とは別の切り口の判断枠組みを示したものと位置付けられる。なお,旧法45条1項に相当する規定は,現行の個人情報保護法では124条1項に引き継がれており,開示請求権の根拠規定も76条1項に引き継がれている。

第4 医療・介護分野における遺族への情報提供

1 ガイダンスと診療情報の提供等に関する指針

医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンスは,「法は,OECD8原則の趣旨を踏まえ,生存する個人の情報を適用対象とし,個人情報の目的外利用や第三者提供に当たっては本人の同意を得ることを原則としており,死者の情報は原則として個人情報とならないことから,法及び本ガイダンスの対象とはならない」としながら,「患者・利用者が死亡した際に,遺族から診療経過,診療情報や介護関係の諸記録について照会が行われた場合,医療・介護関係事業者は,患者・利用者本人の生前の意思,名誉等を十分に尊重しつつ,特段の配慮が求められる」と説明する。その上で,死亡した際の遺族に対する診療情報の提供については,「診療情報の提供等に関する指針」(「診療情報の提供等に関する指針の策定について」平成15年9月12日医政発第0912001号)の9において定められている取扱いに従って,遺族に対して診療情報・介護関係の記録の提供を行うものとするとしている。

診療情報の提供等に関する指針の9は,患者が死亡した際には遅滞なく,遺族に対して死亡に至るまでの診療経過,死亡原因等についての診療情報を提供しなければならないとし,開示を求め得る者の範囲を,患者の配偶者,子,父母及びこれに準ずる者としている。これらは並列的に規定されており,相続人全員の同意が要件とされているわけではない。個人情報保護法制の適用対象外である死者の医療情報について,これとは別の指針が医療機関側の積極的な提供義務として遺族への提供を規律しているという構造である。

2 個別法にみる死者情報の遺族への提供

死者に関する情報を遺族に提供することを定める規定は,医療・介護分野以外にも存在する。警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律10条1項は,警察署長は,死因を明らかにするために必要な措置がとられた取扱死体について,その身元が明らかになったときは,速やかに,遺族その他当該取扱死体を引き渡すことが適当と認められる者に対し,その死因その他参考となるべき事項の説明を行うとともに,着衣及び所持品と共に当該取扱死体を引き渡さなければならないと定める。

医療法6条の11第5項は,病院等の管理者は,医療事故調査の結果を医療事故調査・支援センターに報告するに当たっては,あらかじめ,遺族に対し,厚生労働省令で定める事項を説明しなければならないとし,遺族がないとき又はその所在が不明であるときはこの限りでないと定める。これらはいずれも,個人情報保護法制の枠組みの外側で,遺族に対する死者に関する情報の提供を個別に義務付けるものであり,最高裁判所令和8年2月20日判決の補足意見が横断的に引用した規定である。

第5 次世代医療基盤法による死者の医療情報の取込み

1 「個人に関する情報」という定義の技巧

死者の情報の取扱いについて,個人情報保護法とは対照的な立法政策を採ったのが,医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法。平成29年制定,平成30年施行,令和5年改正・令和6年4月1日施行)である。同法2条1項は,「医療情報」を,政令で定める記述等であるものが含まれる「個人に関する情報」のうち一定の要件に該当するものと定義しており,個人情報保護法2条1項の「生存する個人に関する情報」とは異なり,「生存する」という限定を付していない。

死者の情報を「個人情報」に含めるかどうかは,条文の定義規定が「生存する個人に関する情報」と定めているか,単に「個人に関する情報」と定めているかに着目して判断される。次世代医療基盤法が後者の文言を採ったことにより,死者の医療情報も同法の対象に含まれることになる。

2 死者の情報を対象に含めた理由

この立法政策には理由がある。地方公共団体が設置・運営する公立病院や保険者等については,かつて,個人情報保護法とは別に,地方公共団体ごとの個人情報保護条例が適用されており,条例によっては死者の情報も「個人情報」に含めて保護する例があった(例えば旧尼崎市個人情報保護条例2条2項)。もし次世代医療基盤法が医療情報を生存者の情報のみに限定して定義していたとすれば,これらの条例で死者の情報も保護していた公立病院や保険者等のデータについては,対象者が存命かどうかによって個別に切り分けた上で管理・提供する必要が生じ,医療研究や新産業創出のための医療情報収集を困難にするおそれがあった。そこで次世代医療基盤法は,データの保有者が地方公共団体か民間か独立行政法人等かを問わず横断的にデータを収集できるよう,死者の情報も含めて「医療情報」と定義したものである。

なお,令和3年の個人情報保護法改正により,行政機関,独立行政法人等,地方公共団体の保有する個人情報についても民間同様に個人情報保護法が適用されるようになり,死者の情報は個人情報に当たらないという扱いで統一された。しかし,次世代医療基盤法上の「医療情報」の定義は,制定時と同様に死者の情報を含めた形のまま維持されている。個人情報保護法制が死者を対象外とする方向へ収れんした後も,次世代医療基盤法だけがこれと異なる立法政策を保っているという点に,この法律の特色がある。

3 オプトアウトの実効性という課題

次世代医療基盤法は,本人の個別の同意を得ることなく医療情報を認定事業者に提供する仕組み(いわゆるオプトアウト)を採用している。同法52条1項は,医療情報取扱事業者(医療機関等)が,本人又はその遺族(同項の定義によれば,死亡した本人の子,孫その他の政令で定める者をいう)からの求めがあるときは当該本人が識別される医療情報の提供を停止することとしている場合であって,提供先や医療情報の項目等の一定事項をあらかじめ本人に通知するとともに主務大臣に届け出たときは,個別の同意を得ることなく認定匿名加工医療情報作成事業者に医療情報を提供できるとする。53条は,本人又はその遺族から提供停止の求めがあったときは,遅滞なくその旨を記載した書面を交付しなければならないと定める。この仕組みの下では,本人が死亡した後は遺族が停止の求めを行う主体となる。

このオプトアウトの仕組みが実際に機能するかどうかは,通知が本人(死亡後は遺族)に確実に届くかにかかっている。認定匿名加工医療情報作成事業者の一つであるライフデータイニシアティブとエヌ・ティ・ティ・データは,令和4年9月,プログラムの不具合により,本人への通知が完了していない患者データ約9万5000人分(精査中)がデータベースに混入していたことを公表した。同社の発表によれば,第三者への提供に当たっては次世代医療基盤法の定める基準に従って統計処理又は匿名加工処理が行われており,提供先には個人情報が含まれていないとされているが,通知という制度の入口の部分で不具合が生じた事例として,オプトアウト方式が抱える実務上の課題を示している。この事案は,2023年の次世代医療基盤法改正案をめぐる国会審議でも取り上げられており,オプトアウトの仕組み全般の正当化根拠及び国会での評価については,医療情報は同意なく使われるようになるのか――次世代医療基盤法・改正個人情報保護法と内閣府検討会の到達点第2の3及び第3の2で扱っている。

第6 研究利用に関する倫理指針の規律

1 死者の尊厳を根拠とする独自の規律

医療情報を研究に用いる場合には,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和3年3月23日文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号。令和4年3月10日及び令和5年3月27日一部改正)が適用される。同指針は,個人情報保護法とは別に,「個人情報」に死者について特定の個人を識別することができる情報を加えた「個人情報等」という独自の概念を設けている。「研究に用いられる試料」及び「研究に用いられる情報」は,いずれも死者に係るものを含むと定義され,「研究対象者」にも死者が含まれる。

同指針第18の3は,「研究者等及び研究機関の長は,死者の尊厳及び遺族等の感情に鑑み,死者について特定の個人を識別することができる試料・情報に関しても,この指針の規定のほか,個人情報保護法,条例等の規定に準じて適切に取り扱い,必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない」と定める。個人情報保護法上,死者の情報がそもそも保護対象でないことを前提としながら,指針が死者の尊厳と遺族の感情という独自の理由づけで,これに準じた取扱いを努力義務として課しているという構造である。同指針のガイダンス(解説)は,「死者に関する情報が同時に遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には,当該生存する個人に係る『個人情報』として…対応する必要がある」とも説明しており,最高裁判所令和8年2月20日判決や医療・介護ガイダンスと同じ判断枠組みが,研究倫理の領域でも確認されている。

2 代諾者の同意と生前の拒否意思

研究対象者が死者である場合,研究者等は代諾者等からインフォームド・コンセントを受ける必要がある。同指針第9の1は,代諾者等からの同意を要する研究対象者の類型として,未成年者,同意を与える能力を欠くと客観的に判断される成年者と並んで,死者を挙げており,「死者であること。ただし,研究を実施されることが,その生前における明示的な意思に反している場合を除く」と定める。研究対象者が死者である場合に代諾者等からの同意で研究を実施できるという規律自体,本人の生前に明示的な拒否の意思が示されていたときには及ばない。死者本人の意思が,死後も遺族の代諾によっては覆せない形で及び続けるという点に,この規定の特色がある。

第7 刑事責任と民事上の名誉保護

1 秘密漏示罪の「人」に死者は含まれない

刑法134条1項は,医師,薬剤師等が正当な理由なくその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは,秘密漏示罪として処罰すると定める。この「人」に死者が含まれるかについて,学説は含まれないとする立場が有力である。山口厚『刑法各論〔第2版〕』(有斐閣,2010年)133頁は,「本罪の『人』には,自然人,法人・団体が広く含まれると解すべきであるように思われる(『人』には死者は含まれない)」とする。大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦『基本刑法2 各論〔第4版〕』(日本評論社,2024年)95頁も,「『人』は,死者を除く自然人のほか,法人その他の団体を含む」と説明しており,両著とも同じ立場である。したがって,医師等が死者の秘密を漏らしたとしても,刑法134条の秘密漏示罪の直接の対象にはならないというのが,教科書上の一般的な理解である。

2 死者の名誉毀損罪

これに対し,死者の名誉については,刑法230条2項が「死者の名誉を毀損した者は,虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ,罰しない」と定める。生存する者の名誉毀損罪(同条1項)が事実の有無にかかわらず成立し得るのに対し,死者の名誉毀損罪は,摘示した事実が虚偽であった場合に限って成立するという限定が付されている。秘密漏示罪が死者を対象としないのに対し,名誉毀損罪は限定された範囲で死者を保護しているという違いがある。著作権法にも同種の規律があり,同法60条(著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護)は,著作物を公衆に提供し又は提示する者は,著作者が存しなくなった後においても,著作者が存しているとしたならば著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならないとし,ただし行為の性質及び程度,社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合はこの限りでないと定めている。

3 遺族の敬愛追慕の情という受け皿

刑事上の保護に限界がある一方で,民事上は,死者に対する遺族の敬愛追慕の情を一種の人格的法益として保護する裁判例の系譜がある。東京高等裁判所昭和54年3月14日判決(昭和52年(ネ)第1829号,高裁民集32巻1号33頁)は,死者の名誉ないし人格権について,刑法230条2項及び著作権法60条がこれを肯定していることを踏まえ,一般私法の分野でも法律上保護されるべき権利ないし利益としてその侵害行為につき不法行為成立の可能性を肯定すべきであるとした上で,「故人に対する遺族の敬愛追慕の情も一種の人格的法益としてこれを保護すべきものであるから,これを違法に侵害する行為は不法行為を構成するものといえよう」と判示した。もっとも,同判決は,死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く,その後時の経過とともに軽減していくものであり,年月を経るに従い歴史的事実探求の自由や表現の自由への配慮が優位に立つに至るとも述べ,死後44年余を経た出版物について,摘示された事実が虚偽でなく,また重大でもないとして,請求を棄却した。

この法理は,その後の裁判例にも受け継がれている。大阪地方裁判所平成20年3月28日判決(平成17年(ワ)第7696号)は,太平洋戦争末期の沖縄戦における集団自決の命令をめぐる著作物の記述について,元軍人及びその遺族が名誉及び敬愛追慕の情の侵害を主張した事案であり,命令があったことを真実と信じるにつき相当の理由があったとして請求を棄却した。大阪地方裁判所平成21年2月26日判決(平成18年(ワ)第8280号)は,遺族の合意のない靖国神社への合祀及び合祀継続行為が「遺族の敬愛追慕の情を基軸とする人格権」を侵害するとの主張について,そのような人格権ないし法的利益性自体を認めなかった。大阪地方裁判所令和6年8月30日判決(令和3年(ワ)第11104号)は,死亡した子に対する敬愛追慕の情がSNSへの投稿により侵害されたとする損害賠償請求について,投稿された画像が捏造されたものである可能性を否定できないとして請求を棄却しており,この法理がSNS上の投稿という新しい場面にも援用されていることを示す。

長崎地方裁判所令和8年6月8日判決(令和4年(ワ)第267号)は,学校でのいじめを苦にした生徒の自殺について,遺族が,在学契約上の安全配慮義務違反(相続構成),死亡後の調査報告義務・誠実対応義務違反(遺族固有の心情に対する配慮義務違反)及び死者の名誉毀損を理由とする民法723条の類推適用による名誉回復措置(謝罪文の掲載)を求めた事案であり,判決は調査報告義務・誠実対応義務違反の一部を認容した。名誉毀損における原状回復処分を定める民法723条を死者の名誉毀損に類推適用するという構成が主張された事例として位置付けられる。

一連の裁判例に共通するのは,死者の名誉や尊厳そのものではなく,これを侵害されたことによる遺族固有の精神的損害を根拠に法的保護を組み立てているという点であり,かつ,その保護の程度は,死亡からの時の経過や,摘示された事実の真実性・相当性によって左右されるということである。刑事上の保護が及ばない死者の秘密であっても,これを公にする行為が遺族の敬愛追慕の情を著しく害する態様で行われれば,民事上の不法行為責任が問題になり得るという構造を理解しておく必要がある。

第8 今後の見通し

1 内閣府検討会における死亡者情報の議論状況

内閣府の「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」は,医療データの二次利用の在り方を検討する中で,死亡者の医療等情報の利活用も対象として取り上げている。同検討会の中間まとめ(令和8年1月23日)は,対象となる医療等情報について,加工困難な情報や死亡者の医療等情報の利活用を図ることを含めて検討会で引き続き検討していくとしており,本記事執筆時点では,死亡者情報の利活用範囲についての結論は示されていない。同検討会が構想する入口規制から出口規制への転換という制度全体の枠組みについては,医療情報は同意なく使われるようになるのか――次世代医療基盤法・改正個人情報保護法と内閣府検討会の到達点第5で詳述している。

2 令和8年改正個人情報保護法との関係

個人情報保護法は令和8年7月に改正されており,この改正が民間企業の個人情報保護規程に与える影響は令和8年改正個人情報保護法に基づき,民間企業の個人情報保護規程で対応が必要な事項で整理している。同改正が医療分野の生存する患者の情報にもたらす影響(統計作成等の特例の新設,学術研究機関等への医療機関の明記,医師の守秘義務との関係等)については,医療情報は同意なく使われるようになるのか――次世代医療基盤法・改正個人情報保護法と内閣府検討会の到達点第4で扱っている。もっとも,同改正は生存する個人の情報を対象とする制度変更であり,「個人情報」を「生存する個人に関する情報」とする2条1項の定義自体には変更が加えられていない。したがって,本記事で述べた,死者の情報が個人情報保護法の対象外であるという基本構造は,同改正の施行後も維持されるものと考えられる。

死者の医療情報の二次利用は,個人情報保護法という一本の法律だけでは説明がつかない。同法が死者を対象外とする一方で,次世代医療基盤法がこれと異なる立法政策を採り,医療・介護分野のガイダンスや研究倫理指針が死者の尊厳や遺族の感情を独自の根拠として規律を及ぼし,民事上は遺族の敬愛追慕の情という人格的法益がこれを補っている。死者の医療情報がどこまで利用されるかを考えるに当たっては,これらの規律が制度ごとに異なる根拠と限界を持つことを踏まえる必要がある。

出典・参考資料

1 法令・通達・指針

個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)2条1項・60条・76条1項・124条1項(e-Gov法令検索)
刑法(明治40年法律第45号)134条1項・230条2項(e-Gov法令検索)
保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)42条の2(e-Gov法令検索)
医療法(昭和23年法律第205号)6条の11第5項(e-Gov法令検索)
警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(平成24年法律第34号)10条1項(e-Gov法令検索)
医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律(平成29年法律第28号)2条1項・52条・53条(e-Gov法令検索)
著作権法(昭和45年法律第48号)60条(e-Gov法令検索)
医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(平成29年4月14日個人情報保護委員会・厚生労働省,令和8年4月改訂)(個人情報保護委員会)
⑨診療情報の提供等に関する指針の策定について(平成15年9月12日医政発第0912001号)9(厚生労働省)
人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和3年3月23日文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号,令和5年3月27日一部改正)第3・第9・第18(厚生労働省)

2 裁判例

最高裁判所第三小法廷令和8年2月20日判決(令和6年(行ヒ)第362号,棄却,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第三小法廷令和3年6月15日判決(令和2年(行ヒ)第102号,民集75巻7号3064頁,裁判所ウェブサイト)
最高裁判所第一小法廷令和5年10月26日判決(令和4年(行ヒ)第296号,集民270号215頁,裁判所ウェブサイト)
東京高等裁判所昭和54年3月14日判決(昭和52年(ネ)第1829号,高裁民集32巻1号33頁,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所平成20年3月28日判決(平成17年(ワ)第7696号,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所平成21年2月26日判決(平成18年(ワ)第8280号,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所令和6年8月30日判決(令和3年(ワ)第11104号,裁判所ウェブサイト)
長崎地方裁判所令和8年6月8日判決(令和4年(ワ)第267号,裁判所ウェブサイト)

3 公的資料

①内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」中間まとめ(令和8年1月23日)(内閣府)
②一般社団法人ライフデータイニシアティブ・株式会社エヌ・ティ・ティ・データ「次世代医療基盤法に基づく認定事業における不適切な情報の取得に関して」(令和4年9月20日)(エヌ・ティ・ティ・データ)

4 文献

①山口厚『刑法各論〔第2版〕』(有斐閣,2010年)133頁
②大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦『基本刑法2 各論〔第4版〕』(日本評論社,2024年)95頁
③水町雅子『改訂版 Q&Aでわかる医療ビッグデータの法律と実務』(日本法令,2024年)41頁~43頁