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暴行・脅迫の後に財物を奪う意思が生じたときの強盗罪―新たな暴行・脅迫の要否と程度,緊縛状態の継続,強盗致傷との区別(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,最初は財物を奪うつもりがなく,別の目的(制裁,聞き出し,性的目的等)で相手方に暴行・脅迫を加えた者が,相手方が抵抗できなくなった後で財物を奪う意思を生じ,財物を取った場合に,強盗罪(刑法236条1項)が成立するかを扱う。
あわせて,このとき先行する暴行で生じた傷害について強盗致傷罪(刑法240条)が成立するか,強盗罪が否定される場合に何罪が問題となるかを整理する。

2 結論の要旨

強盗罪の暴行・脅迫は,財物を奪う手段として加えられたものでなければならない。
そのため,財物を奪う意思が生じた後に,改めて暴行・脅迫と評価できる行為が必要であるとするのが,東京高裁昭和48年3月26日判決である。
もっとも,被害者は先行する暴行・脅迫で既に抵抗困難になっているのが通例なので,その後の暴行・脅迫は通常の強盗の場合より程度の弱いもので足りることが多く,加害者のささいな言動も脅迫となり得る,というのが同判決の考え方である。
大阪高裁平成元年3月3日判決も,強盗の手段としての暴行・脅迫を要するとしつつ,その程度は,自己の先行行為によって作出した反抗抑圧状態を継続させるに足りるもので十分であるとした。
被害者を縛った状態が続いている場合には,新たな暴行・脅迫がなくても,その状態に乗じて財物を取れば強盗罪が成立するとした裁判例もある(東京高裁平成20年3月19日判決)。
また,財物を奪う意思が生じる前の暴行で負わせた傷害は,強盗に着手する前の結果であるから,強盗致傷罪ではなく傷害罪等の問題となる。

第2 条文

刑法236条1項は,「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期拘禁刑に処する。」と定める。
刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
刑法240条は,「強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の拘禁刑に処し、死亡させたときは死刑又は無期拘禁刑に処する。」と定める。
刑法249条1項は,「人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。」と定める。

いずれも令和7年6月1日に施行された刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)による拘禁刑の導入後の条文であり,同日より前の行為には「懲役」とされていた当時の条文が適用される。

第3 問題の所在

強盗罪は,暴行・脅迫を手段として相手方の反抗を抑圧し,財物を奪う犯罪である。
先行する暴行・脅迫が財物を奪う目的と無関係に加えられた場合,その暴行・脅迫は強盗の「手段」とはいえない。
他方,相手方は先行する暴行・脅迫によって既に抵抗できない状態にあり,加害者はその状態を利用して財物を取っている。
この状態を利用しただけで強盗罪になるのか,それとも財物を奪う意思が生じた後に何らかの暴行・脅迫が必要なのかが問題となる。

第4 裁判例

1 東京高裁昭和48年3月26日判決

(1) 事案と原判決

被告人は,被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後,抵抗の気力を失ってうずくまっている被害者に対し,「お前本当に金がないのか」と申し向けながら,その背広の内ポケットに手を差し入れて定期券入れを取り出し,現金と腕時計を取った。
原判決は,被害者が「抵抗できない状態にあるのに乗じて」強取したとして,強盗罪の成立を認めていた。

(2) 判断

同判決は,強盗罪の暴行・脅迫は財物奪取の目的をもってなされるものでなければならないから,「当初は財物奪取の意思がなく他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至つて初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては、犯人がその意思を生じた後に改めて被害者の抗拒を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為が存在してはじめて強盗罪の成立があるものと解すべきである」とした。
その上で,括弧書きで,被害者は既にある程度抵抗困難な状態に陥っているのが通例であるから,その後の暴行・脅迫は程度の弱いもので足りることが多く,被害者はさらに暴行を加えられるかもしれないと考えやすい状況にあるから,「被告人のささいな言動もまた被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫となりうる」と述べつつ,「いずれにしても、さらに暴行または脅迫の行なわれることを要することに変りはない」とした。
そして,原判決の「抵抗できない状態にあるのに乗じ」という判示は,暗黙の脅迫を認定した趣旨とみるには抽象的にすぎ,「お前本当に金がないのか」という発言も,その文言自体から害を加える旨の意思表示とはみられないとして,強盗罪の成立に必要な暴行・脅迫の判示が不十分であり理由不備に当たるとして原判決を破棄した。

(3) 自判の内容

同判決は,当審で追加された予備的訴因に基づき,被告人が,畏怖している被害者に「金はどこにあるのか」「無銭飲食だ」などと言いながらその懐中をさぐり,その態度から,財物奪取を拒めばさらに激しい暴行を加えられると被害者を畏怖させて脅迫し,反抗を抑圧したと認定して,強盗罪の成立を認めた。
法令の適用では,先行する暴行による傷害を傷害罪(刑法204条)とし,強盗罪(刑法236条1項)とは併合罪(刑法45条前段)として処断している。
裁判所ウェブサイト上の事件名は「強盗致傷被告事件」であるが,先行する暴行による傷害は,原判決の段階から強盗罪とは別の傷害罪として認定されていた。

2 大阪高裁平成元年3月3日判決

(1) 事案

被告人2名は,通行中にすれ違った相手方と肩が触れたことから,共謀の上,相手方の顔面を殴打し,足蹴にし,鉄パイプで殴打するなどの暴行を加えた後に,財物奪取の意思を生じた。
弁護人は,財物奪取の意思を生じた後の暴行・脅迫は軽度であって反抗を抑圧する程度に達していないから,強盗罪は成立しないと主張した。

(2) 判断

同判決は,財物奪取以外の目的で暴行・脅迫を加え相手方の反抗を抑圧した後に財物奪取の意思を生じた場合,強盗罪が成立するには,単に相手方の反抗抑圧状態に乗じて財物を奪取するだけでは足りず,強盗の手段としての暴行・脅迫がなされることが必要であるとした。
その上で,その程度は,強盗が反抗抑圧状態を招来し,これを利用して財物を奪取する犯罪であることに着目すれば,「自己の先行行為によって作出した反抗抑圧状態を継続させるに足りる暴行、脅迫があれば十分であり、それ自体反抗抑圧状態を招来するに足りると客観的に認められる程度のものである必要はない」とした。
本件では,財物奪取の意思が生じた後も被告人らが相手方の顔面を数回殴打し,反抗抑圧状態を継続して財物を奪取したとして,強盗罪の成立を認めた原判決の判断を正当とした。

3 東京高裁平成20年3月19日判決

(1) 事案

被告人は,強制わいせつの目的で被害者に暴行を加え,両手首を後ろ手に縛って身動きが困難な状態にした上でわいせつ行為をし,その途中で被害者の携帯電話を取り,逃走する際にも被害者の衣類を持ち去った。
弁護人は,財物を取ったことについて新たな暴行・脅迫がないから,窃盗罪が成立するにとどまると主張した。

(2) 判断

同判決は,「強制わいせつの目的による暴行・脅迫が終了した後に,新たに財物取得の意思を生じ,前記暴行・脅迫により反抗が抑圧されている状態に乗じて財物を取得した場合において,強盗罪が成立するには,新たな暴行・脅迫と評価できる行為が必要であると解される」とした。
その上で,被害者が緊縛された状態にあり,実質的には暴行・脅迫が継続していると認められる場合には,新たな暴行・脅迫がなくとも,これに乗じて財物を取得すれば強盗罪が成立するとした。
理由として,緊縛状態の継続はそれ自体は厳密には暴行・脅迫に当たらないとしても逮捕監禁行為に当たり得ること,緊縛された被害者は一切の抵抗ができないのに,その被害者から財物を取った場合を窃盗にとどめるのは不当であることを挙げた。
同判決は,緊縛状態がない場合でも,反抗を抑圧された被害者に「これを寄越せ」とか「貰っておく」と言って財物を取った場合には,その言動が新たな脅迫に当たり得ることを前提に,緊縛された被害者から財物を取った場合との均衡を説いている。
また,被害者が目隠しをされていて財物を取られたことに気付いていなかったとしても,被害者に意識があり,被告人もそれを認識していた以上,結論は変わらないとした。

第5 考え方の整理

裁判例を踏まえると,この問題についての考え方は,次のように整理できる。
法務省が公表した令和6年司法試験論文式試験の出題の趣旨(刑事系科目第1問)も,同様の考え方の分岐を挙げている。
①新たな暴行・脅迫を必要とする考え方(東京高裁昭和48年3月26日判決)
②①を前提に,新たな暴行・脅迫は,自ら作り出した反抗抑圧状態を維持・継続させる程度のもので足りるとする考え方(大阪高裁平成元年3月3日判決)
③①を前提に,加害者がその場に居続けること自体を脅迫とみる考え方
④自ら作り出した反抗抑圧状態を利用すれば足り,新たな暴行・脅迫は不要とする考え方

①の考え方は,強盗罪が相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を手段として財物を奪取する犯罪であるから,その暴行・脅迫は財物奪取の目的をもってなされるものでなければならない,という理由による(東京高裁昭和48年3月26日判決)。
④の考え方をとると,財物を奪う意思のない段階の暴行・脅迫を,結果的に強盗の手段として評価することになる。
②の考え方は,①を維持しつつ,被害者が既に抵抗困難な状態にあることを,必要な暴行・脅迫の程度の判断に反映させるものであり,大阪高裁平成元年3月3日判決が採った考え方であって,東京高裁昭和48年3月26日判決の括弧書きの説示とも同じ方向にある。
東京高裁平成20年3月19日判決の緊縛の事案は,①を前提に,緊縛状態の継続を実質的な暴行・脅迫の継続と評価したものと位置付けられる。

第6 新たな脅迫と評価するための事実

財物を奪う意思が生じた後の言動が脅迫に当たるかは,その言動だけを切り離して評価するのではなく,その場の状況全体から,被害者が,拒めば再び暴行を受けると受け取るのが通常かを評価する。
令和6年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)は,事案の具体的な事実関係に着目した当てはめとして,加害者と被害者の関係性,財物を奪う意思が生じる前の暴行・脅迫の程度,現場の場所と時間帯に着目した答案を高く評価している。
実務で確認する事実は,次のとおりである。
①先行する暴行・脅迫の内容,強さ及び結果(傷害の有無・程度)
②財物を奪う意思が生じた時期(供述,行動の変化,財物を見た時点)
③その後の加害者の言動(発言の文言,口調,近づく・手を伸ばす等の態度)
④加害者と被害者の関係(組織内の上下関係,体格差,人数)
⑤場所と時間帯(人通り,逃げ道,救助を求められる状況)
⑥被害者の状態(倒れている,負傷している,縛られている,畏怖している)
⑦財物を取った方法(被害者が差し出したか,加害者が取り上げたか)

東京高裁昭和48年3月26日判決が示すとおり,「お前本当に金がないのか」という発言のように,文言自体から害を加える意思表示とみられないものは,それだけでは脅迫とはいえない。
他方,懐中をさぐる態度と「金はどこにあるのか」等の発言を合わせて,拒めばさらに激しい暴行を加えられると畏怖させたと評価された例もある。
文言だけでなく,態度と状況を合わせて評価することが重要である。

第7 強盗致傷罪との区別

刑法240条は「強盗が」人を負傷させたときと定めている。
財物を奪う意思が生じる前の暴行で負わせた傷害は,強盗に着手する前の結果であるから,強盗致傷罪の結果には当たらない。
東京高裁昭和48年3月26日判決も,先行する暴行による傷害を傷害罪とし,後の強盗罪と併合罪として処断している。
令和6年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)も,強盗の機会に負傷させたとして強盗致傷罪を成立させた答案について,暴行を加えて負傷させた時点では強盗に着手していない以上,強盗致傷罪が成立する余地はないと指摘している。
強盗に着手した後の負傷について「強盗の機会」をどう判断するかは,「強盗後に被害者が転倒・負傷した場合の強盗致傷罪―手段たる暴行,因果関係及び「強盗の機会」」で整理している。

第8 強盗罪が否定される場合

財物を奪う意思が生じた後に暴行・脅迫と評価できる行為がないとされた場合でも,被害者の意思に反して財物の占有を移転させたのであれば,窃盗罪(刑法235条)が問題となる。
また,その後の言動が反抗を抑圧するに足りる程度には達しないが,被害者を畏怖させて財物を交付させたと評価できる場合には,恐喝罪(刑法249条1項)が問題となる。
令和6年司法試験の出題の趣旨(刑事系科目第1問)も,新たな脅迫が認められない場合には,窃盗罪又は恐喝罪が成立するにとどまるとの結論に至る余地があるとしている。
採点実感は,強盗罪の成否を検討せずに直ちに窃盗罪又は恐喝罪の成否を検討する答案を低く評価しており,まず強盗罪を検討し,否定するときに窃盗罪又は恐喝罪へ進む順序が求められている。

第9 刑事弁護で確認すべき点

刑事弁護の立場からは,次の点を確認する。
①起訴状と判決の「罪となるべき事実」に,財物を奪う意思が生じた後の暴行・脅迫が具体的に記載されているか
②「抵抗できない状態にあるのに乗じ」等の抽象的な記載にとどまっていないか(東京高裁昭和48年3月26日判決は,このような判示を理由不備とした)
③財物を奪う意思が生じた時期について,被告人の供述と客観的な行動が整合するか
④その後の言動が,被害者に害を加える旨の意思表示と評価できるか
⑤先行する暴行による傷害が,強盗致傷罪として起訴されていないか

検察官側又は被害者側から見る場合も,同じ事実を逆の方向から立証・評価することになる。

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第11 出典

1 法令

①刑法235条,236条1項,240条,249条1項(e-Gov法令検索)

2 裁判例

①東京高裁昭和48年3月26日判決(昭和47年(う)第2385号・高刑集26巻1号85頁)(裁判所ウェブサイト)
②大阪高裁平成元年3月3日判決(昭和63年(う)第1051号,判例秘書の判例番号 L04420089)(裁判所ウェブサイト未掲載)
③東京高裁平成20年3月19日判決(平成19年(う)第2824号・高刑集61巻1号1頁)(裁判所ウェブサイト)

3 公式資料

①法務省「令和6年司法試験の結果について」のうち論文式試験出題の趣旨(刑事系科目第1問は17頁~21頁)
②法務省「令和6年司法試験の採点実感」のうち刑事系科目(第1問は1頁~6頁)

東京高裁の2件の判決は裁判所ウェブサイトに掲載された判決全文で,大阪高裁平成元年3月3日判決は裁判所ウェブサイトに掲載されていないので判例秘書に収録された判決全文で,それぞれ確認した。