第1 問題の所在と結論
強盗犯人の暴行を受けた被害者が,逃げようとして転倒し,犯人を追って転倒し,又は犯人の指示後に立ち上がって負傷した場合,刑法240条の強盗致傷罪が成立するかが問題となる。
検討の出発点は,傷害の直接原因となった行為を特定することである。強盗の手段である暴行そのものから傷害が生じたのであれば,通常の因果関係を検討すれば足りる。基本ルートで説明できるのに,最初から広い「強盗の機会」という言葉に頼ると,どの危険が現実化したのかが不明確になる。
被害者の回避・離脱行動や第三者の行為が介在していても,手段たる暴行の危険が傷害として現実化したかを,まず因果関係の問題として検討する。介在行為があるという理由だけで「強盗の機会」の問題に移るのではない。傷害の原因を強盗の手段以外の行為に求める場合に,その原因行為と強盗との密接な関連性を検討する。
第2 刑法240条と基本的な検討順序
刑法240条前段は,強盗が人を負傷させたときに強盗致傷罪が成立すると定める。財物を奪われた本人に限らず,強盗行為と密接に関連して第三者が負傷する場合も対象となり得る。
① 負傷の部位,機序及び発生時刻を特定する。
② 強盗の手段たる暴行・脅迫の内容を特定する。
③ その暴行自体が負傷を生じさせたかを,通常の因果関係により検討する。
④ 手段たる暴行を原因とする因果関係の検討と,手段以外の別の行為を原因とする「強盗の機会」の検討を分ける。後者でも,原因行為と傷害との因果関係は必要である。
⑤ 共犯事件では,傷害原因となった行為と,各共犯者の共謀内容・寄与を分けて検討する。
なお,刑法240条は「強盗が」人を負傷させたときと定めているから,強盗に着手する前の暴行で生じた傷害は,強盗致傷罪の結果には当たらない。
例えば,最初は財物を奪うつもりがなく暴行を加えて傷害を負わせ,その後に財物を奪う意思が生じて強盗に及んだ場合,先行する傷害は傷害罪として評価される(東京高裁昭和48年3月26日判決は,傷害罪と強盗罪を併合罪とした。)。
この場面で強盗罪が成立するために必要な新たな暴行・脅迫については,「暴行・脅迫の後に財物を奪う意思が生じたときの強盗罪―新たな暴行・脅迫の要否と程度,緊縛状態の継続,強盗致傷との区別」で整理している。
第3 手段たる暴行と介在行為の因果関係
拘束その他の暴行を受けた後に被害者が動いて負傷した場合は,暴行による身体的影響,拘束の解除状況及び動作と負傷の関係を確認する。身体への接触と同時に傷害が生じたことだけが,因果関係を認める条件ではない。
判断資料は,暴行の強さ,姿勢,床面の状況,負傷までの時間,被害者の身体状態,医師の所見,防犯カメラ映像等である。被害者が自ら動いたことは,直ちに因果関係を切断しない。暴行によって作り出された危険に対する自然な回避・離脱行動であれば,その行動を介して傷害が生じても因果関係を認め得る。
他方,被害者の行動が暴行終了後の独立した判断に基づき,強盗が作り出した危険と性質上結び付かないときは,因果関係を慎重に検討する必要がある。
第4 「強盗の機会」を検討する場合
裁判例は,刑法240条の傷害を,強盗の手段たる暴行・脅迫から直接生じた場合だけに限定していない。しかし,「強盗の機会」という時間的な近接性だけで,その間に生じたすべての負傷が強盗致傷になるわけでもない。
| 事情 | 強盗との結び付きを強める方向 | 弱める方向 |
|---|---|---|
| 時間・場所 | 暴行・奪取の直後,同じ現場又は連続した逃走経路 | 相当時間経過後,別の場所で独立した出来事 |
| 被害者の行動 | 暴行から逃れる,財物を守る,直後に助けを求める自然な行動 | 犯人との接触が切れた後の新たな危険行動 |
| 犯人の行為 | 追跡妨害,逃走車両の危険運転,拘束の継続 | 被害者に向けた積極的行為がなく,通常は傷害を招かない逃走 |
| 危険の性質 | 強盗行為が作り出した危険の現実化 | 強盗と無関係な持病,偶然又は第三者の独立行為 |
| 予測可能性 | 犯行態様から通常予想される負傷 | 異常で予測困難な介在事情 |
第5 被害者の行動が介在した場合
被害者の回避・追跡行動が介在するときは,次の三点を分ける必要がある。
- その行動が,犯人の暴行・脅迫又は逃走行為によって誘発されたか。
- 被害者の行動が,強盗被害から逃れ,財物を守り,又は直後に犯人を確保しようとする通常の反応か。
- 被告人の行為が,一般的・類型的にその負傷を招く危険を持つか。
例えば,刃物から逃げて段差で転倒する場合と,財物奪取後に遠ざかる自転車を被害者が掴み損ねて自ら転倒する場合とでは,犯人の行為が持つ危険の内容が異なる。単に追跡中だったというだけでなく,犯人の行為と傷害結果を結ぶ具体的な危険を示す必要がある。
第6 裁判例からみる境界
神戸地裁平成14年3月19日判決は,財物奪取後,自転車で逃走する被告人の後部荷台を被害者が掴もうとしたものの及ばず,自ら転倒した可能性が残る事案で,強盗致傷罪の成立を否定した。判決は,強盗の機会におけるあらゆる負傷ではなく,強盗と性質上密接に関連する被告人の行為との因果関係が必要であるとし,通常は傷害を招かない自転車での逃走だけでは足りないとした。
これに対し,東京高裁昭和52年3月8日判決(昭和50年(う)第1570号・高刑集30巻1号150頁)は,警察官からけん銃を強取するため改造したびょう打銃を発射し,びょうが警察官の身体を貫通して,約30メートル先の歩道を通行していた者にも傷害を負わせた事案である。同判決は,強盗の手段である暴行から直接付随して生じた第三者の死傷も,強盗に際して誘発されることが通常予想されるものであれば,過失が認められる限り刑法240条の適用があると説示した。もっとも,同判決は,結論としては警察官に対する未必的殺意を認め,通行人の傷害についても強盗殺人未遂罪の成立を認めた。
その上告審である最高裁昭和53年7月28日第三小法廷判決(昭和52年(あ)第623号・刑集32巻5号1068頁)は,人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上,犯人の認識しなかった人に結果が発生した場合にもその結果について殺人の故意があるとして,通行人に対する強盗殺人未遂罪の成立を肯定した。その上で,過失致死傷が認められる限り刑法240条の適用があるとした原判決の説示は,強盗殺人未遂罪の解釈についての判断を示したものとは考えられないとした。したがって,東京高裁判決の過失に関する説示は,上告審で結論を支える判断として維持されたものではなく,第三者が負傷した場合の強盗致傷罪の要件を示した先例として用いるには慎重であるべきである。
両裁判例を合わせると,「強盗の機会」という抽象的なラベルより,①傷害原因となった被告人の行為,②強盗との密接な関連性,③その行為が持つ類型的危険,④介在事情を認定することが重要である。
第7 共犯者への結果帰属
複数人の強盗で一人が傷害を生じさせた場合,ほかの共犯者の責任を,結果が予見できたという一語だけで決めることはできない。まず,強盗の共同正犯が成立するか,傷害原因となった行為が共謀の射程内かを確認する。その上で,結果的加重犯として傷害結果を帰属できるかを検討する。
指示役,見張り役,運転役については,暴行・脅迫の程度,凶器の準備,抵抗時の対応,逃走方法に関する合意を具体化する。共謀の射程と因果関係は別の論点であり,実行者の行為と傷害結果の因果関係が否定されるなら,ほかの共犯者への結果帰属も前提を欠く。
第8 刑事弁護で確認すべき証拠
- 防犯カメラ,車載映像,通行人撮影,現場見取図及び実況見分調書
- 負傷直後の写真,診断書,診療録及び医師の因果関係に関する説明
- 暴行の終了時刻,財物奪取時刻,逃走開始時刻及び転倒時刻
- 被害者の姿勢,履物,飲酒,持病,床面・段差・照明等の状況
- 犯人が被害者の動きを認識し,追跡妨害等の積極的行為をしたか
- 被害者供述の変遷と,傷害原因に関する客観証拠との整合性
- 共犯者間の凶器,暴行の程度,逃走方法及び抵抗時対応に関する事前連絡
第9 判例資料の到達範囲と留保
裁判所ウェブサイトで,強盗の機会,逃走時の被害者転倒,第三者負傷及び共犯者への結果帰属に関する公表裁判例を確認した。裁判所ウェブサイトは全裁判例を収録するものではない。判例秘書の収録全文は本記事では未閲覧であり,ここで挙げた裁判例以外に直接対応判例が存在しないとは述べない。
令和5年司法試験の刑事系公式資料は,手段たる暴行から傷害が生じた基本事例では通常の因果関係を先に検討し,必要がある場合にのみ「強盗の機会」の問題へ進むという論点整理の補助資料として用いた。司法試験資料自体を一般的な判例法理の根拠とはしていない。
法廷意見,補足意見,原審判断及び未判断事項を区別して判例を引用する方法は,刑事弁護の判例引用チェック(AI作成)で整理している。
第10 出典
- e-Gov法令検索「刑法」(60条,236条,238条及び240条。令和8年9月23日確認)
- 神戸地裁平成14年3月19日判決(平成13年(わ)第553号。認定罪名は強盗)
- 東京高裁昭和52年3月8日判決(昭和50年(う)第1570号・高刑集30巻1号150頁。強盗の手段である暴行から直接付随して第三者に生じた傷害と刑法240条を検討。認定罪名は強盗殺人未遂)
- 最高裁昭和53年7月28日第三小法廷判決(昭和52年(あ)第623号・刑集32巻5号1068頁。上記東京高裁判決の上告審)
- 法務省「令和5年司法試験論文式試験問題出題趣旨(刑事系科目)」(問題構造を確認する補助資料)
- 法務省「令和5年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目)」(公開PDF3頁。被害者の行為が介在する場合も,手段からの因果関係と機会説を区別する補助資料)