目次第1 本記事の対象と結論の要旨1 本記事の対象2 結論の要旨3 遺言が効力を生ずるのは死亡の時である第2 口約束で公正証書遺言を撤回し,又は変更することはできない1 撤回は遺言の方式による2 「遺言は変えない」「書き換える」という約束の効力3 公正証書遺言の正本を破棄しても撤回にはならないと解されている4 口頭の遺言は原則として効力がない第3 遺言後の生前処分による撤回擬制1 民法1023条2項の定め2 「抵触」の意味――最高裁昭和56年11月13日判決3 確定的な法律効果が必要――最高裁昭和43年12月24日判決4 遺言者本人の行為であることが必要5 撤回されるのは抵触する部分に限られる第4 口約束の中身ごとの検討1 単なる希望や予定の表明にとどまる場合2 売買の約束をした場合3 生前贈与の約束をした場合4 「自分が死んだら譲る」という約束をした場合第5 口頭の死因贈与と公正証書遺言の優劣1 死因贈与は口頭でも成立するが,承諾が必要である2 遺言の後に口頭で死因贈与をした場合3 遺言の前に口頭で死因贈与をしていた場合4 負担付死因贈与で負担が履行されている場合――最高裁昭和57年4月30日判決5 裁判上の和解でされた死因贈与――最高裁昭和58年1月24日判決6 書面によらない死因贈与の解除第6 口約束の立証1 口頭の死因贈与の成立が否定された例――大阪地裁令和2年3月27日判決2 主張する側と争う側が確認する事項第7 約束を実現したい場合にとるべき方法第8 出典1 法令2 裁判例3 文献
第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事の対象
本記事は,公正証書遺言を作成した人が,遺言の内容と異なる不動産の処分を口頭で約束していた場合に,その約束が公正証書遺言の効力に影響するかを,令和8年9月11日時点の民法と裁判例に基づいて整理するものである。
典型的には,「自宅は長男に相続させる」との公正証書遺言がある一方で,親が生前に次男へ「この家はお前にやる」と話していたという場面である。
2 結論の要旨
結論は,口約束の法的な中身と,遺言との先後関係によって次のように分かれる。
①口約束が「遺言をやめる」「遺言を書き直す」という意思の表明にとどまる場合は,遺言の方式によっていない以上,公正証書遺言は撤回されない。
②遺言の後に,売買,贈与又は死因贈与の契約が口頭で成立し,それが遺言と両立しない場合は,両立しない部分について遺言は撤回されたものとみなされる(民法1023条2項)。
③もっとも,意思が表明されただけで法律効果が確定的に生じていない場合は,撤回されたものとはみなされない。
④遺言の前に口頭の死因贈与が成立していた場合は,後の遺言が優先するのが原則であるが,負担付死因贈与で受贈者が負担を履行していた場合などは,後の遺言によって覆らないことがある。
⑤口約束は証拠が残りにくく,約束の成立そのものが認められないことがある。
3 遺言が効力を生ずるのは死亡の時である
遺言は,遺言者の死亡の時からその効力を生ずる(民法985条1項)。
そのため,公正証書遺言を作成した後も遺言者は生前に財産を処分することができ,その処分と遺言との関係を定めているのが民法1022条から1026条までの規定である。
第2 口約束で公正証書遺言を撤回し,又は変更することはできない
1 撤回は遺言の方式による
民法1022条は,「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。」と定めている。
遺言の撤回は遺言そのものではないが,遺言の方式によらなければならず,これは遺言の要式行為性を貫いたものと説明されている(松川正毅・窪田充見編『新基本法コンメンタール 相続』236頁〔久保野恵美子〕)。
したがって,遺言者が家族や受遺者に対して「あの遺言はなかったことにする」と口頭で述べても,それだけで公正証書遺言が撤回されることはない。
撤回に用いる方式は撤回される遺言と同じである必要はなく,公正証書遺言を自筆証書遺言の方式で撤回することもできる(同書236頁,田村洋三・小圷眞史編著『第3版 実務相続関係訴訟』244頁)。
遺言は民法に定める方式に従わなければすることができず(民法960条),普通の方式は自筆証書,公正証書又は秘密証書である(民法967条)。
2 「遺言は変えない」「書き換える」という約束の効力
民法1026条は,「遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。」と定めている。
注釈書は,遺言者が受遺者その他の者と撤回しない旨を約束しても,遺言者はこれに拘束されず,矛盾する遺言をしたり,遺贈の目的物を受遺者以外の者に譲渡したりして遺言を撤回することができると説明している(前掲『新基本法コンメンタール 相続』244頁~245頁)。
反対に,「遺言を書き換えて家はお前に渡す」と約束しただけでは,遺言が書き換えられたことにはならない。
3 公正証書遺言の正本を破棄しても撤回にはならないと解されている
遺言者が故意に遺言書を破棄したときは,破棄した部分について遺言を撤回したものとみなされる(民法1024条)。
しかし,公正証書遺言の原本は公証人が保管しており,遺言者が手元の正本を破棄しただけでは撤回事由にならないと解されている(前掲『新基本法コンメンタール 相続』241頁)。
約束の相手の前で正本を破ってみせたとしても,それだけでは公正証書遺言は撤回されないと考えられる。
(続きを読む...)公正証書遺言と異なる口約束は遺言の効力に影響するか―撤回の方式,生前処分との抵触及び口頭の死因贈与(AI作成)