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公正証書遺言の効果的な無効主張方法(AI作成)

本稿は,公正証書遺言の無効を主張する場面を,弁護士の実務目線で整理した記事です。認知症などの医学的なテーマを含みますが,特定の方や特定の疾患を評価する趣旨はなく,あくまで一般的な法律論として述べています。AIが作成した一般論であり,個別の事案の見通しは,資料を踏まえた弁護士の個別判断が必要です。

目次

第1 はじめに――「公正証書だから無効にできない」は誤解

1 なぜ公正証書遺言でも無効になり得るのか

公正証書遺言は,法律実務の専門家である公証人が関与して作成するため,「無効にはできない」と語られがちです。しかし,これは正確ではありません。公証人が確認できるのは,遺言者に対する形式的な意思確認までであり,医学的な知見に基づいて遺言能力を診断しているわけではありません。作成の手続がとられていても,遺言の時点で遺言能力を欠いていた場合や,方式が実質的に満たされていなかった場合には,公正証書遺言も無効となります。

公表された裁判例を分析した実務書でも,中等度から重度の認知症の事案で遺言能力が否定された例のうち,相当数が公正証書遺言であったことが報告されています。統計的には,公正証書遺言は自筆証書遺言に比べて無効となりにくい傾向はあるものの,「公正証書であれば大丈夫」とは必ずしもいえない,というのが到達点です。

2 本稿の狙いと構成

本稿は,公正証書遺言の無効を「効果的に」主張するための実務的な設計図を,弁護士向けに整理するものです。世上の解説記事の多くは,無効原因を並べて訴訟の流れを説明するにとどまります。本稿は,これに加えて,(1)無効原因ごとに立証責任の所在が逆になること,(2)提訴前の証拠確保が勝敗を分けること,(3)公証人尋問・国家賠償という「出口」,(4)撤回擬制へのピボット,(5)令和7年(2025年)10月1日に施行された公証制度のデジタル化が無効主張に与える影響,まで踏み込みます。

第2 無効を主張する前の見取り図――訴訟の枠組みと当事者

1 訴訟物と請求の趣旨

遺言無効確認の訴えは,過去の法律行為である遺言が効力を有しないことの確認を求めるものです。公正証書遺言の場合,請求の趣旨は「○○法務局所属公証人○○作成に係る平成(令和)○年第○号遺言公正証書による亡○○の遺言が無効であることを確認する」といった形で特定します。この記載により,効力が問題となる遺言と訴訟物が特定されます。

2 当事者適格

(1) 原告適格・被告適格

原告適格を有するのは原則として相続人及び承継人であり,被告適格を有するのは原則として相続人,受遺者及び承継人です。誰を被告にするかは,遺言執行者の有無と執行の進行状況で変わります。

(2) 遺言執行者がいる場合の被告

遺言執行者がいる場合,相続人は,遺言執行者を被告として遺言の無効を主張し,相続財産について自己が持分を有することの確認を求めることができます(最判昭和31年9月18日民集10巻9号1160頁)。もっとも,遺贈の目的不動産について,既に受遺者への所有権移転登記が済んでいるときに,その抹消登記手続を求める場合には,遺言の執行は終了しているため,遺言執行者ではなく受遺者を被告とすべきとされています(最判昭和51年7月19日民集30巻7号706頁)。

3 確認の利益・提起時期・調停前置

(1) 確認の利益

遺言無効確認の訴えは,形式的には過去の法律行為の確認を求めるものですが,遺言が有効であればそこから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合には,適法として許容されます(最判昭和47年2月15日民集26巻1号30頁)。

(2) 遺言者の生存中は提起できない

遺言者の生存中に,推定相続人が遺贈を内容とする遺言の無効確認を求めることはできません。遺言者が心神喪失の常況にあって取消しや変更の可能性が事実上ないとしても,訴えは不適法とされています(最判平成11年6月11日集民193号369頁)。無効を争えるのは,あくまで相続開始後です。

(3) 調停前置

遺言無効確認請求は家庭に関する事件として調停前置の対象となり,まず家庭裁判所に調停を申し立てるのが原則です。もっとも,調停前置は訴訟要件ではないため,これを経ずに提起しても,そのことだけで訴えが不適法となるわけではありません。

第3 無効原因の全体地図と「立証責任の非対称」

1 6つの無効原因ルート

公正証書遺言の無効原因は,大きく次の6つのルートに整理できます。(1)遺言能力の欠如(民法963条),(2)口授の不存在(民法969条2号),(3)証人その他の方式違背,(4)偽造(署名の代署等),(5)錯誤・詐欺・強迫・公序良俗,(6)撤回・撤回擬制(民法1022条~1025条)です。どのルートで攻めるかによって,主張の組立てと立証の重心が大きく変わります。

2 ルートによって立証責任の所在が逆になる

最も見落とされやすい,しかし弁護士にとって最も実益のあるポイントが,無効原因ごとに立証責任の所在が逆になることです。

(1) 方式違背・偽造――方式の具備は有効主張側が立証

遺言が法定の方式に従って作成されたことは,遺言が有効であると主張する側が主張立証すべき事項です(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁は,添え手による自筆証書遺言の事案で,方式に関する立証責任の所在に触れています)。したがって,口授の不存在や証人の立会いの欠如といった方式違背は,本来,有効を主張する側(多くは受遺者側)が方式の具備を立証しなければならず,無効を主張する側は,具体的事実を挙げてこれを積極的に否認すれば足りる,という構造になります。

(2) 遺言能力――無効主張側が評価根拠事実を立証

これに対して,遺言能力の欠如は,規範的な評価を伴う要件です。無効を主張する側が,精神上の障害の存在・程度や遺言時の言動といった評価根拠事実を主張立証し,有効を主張する側が,内容の合理性などの評価障害事実を立証する,という関係になります。つまり,遺言能力ルートでは,無効を主張する側が事実を積み上げなければなりません。

3 立証責任・中心証拠の対応表

ルート立証構造無効主張側の位置づけ中心となる証拠
遺言能力(963条)規範的評価要件評価根拠事実を主張立証(負担が重い)診療録・介護記録・認知機能検査・鑑定
口授(969条2号)方式の具備は有効主張側が立証先行して積極的に否認(負担が軽い)公証人の回答書・手控え,証人尋問
証人・方式違背方式の具備は有効主張側が立証先行して積極的に否認作成状況・証人の立会いの事実
偽造(代署等)成立の真正先行否認+真正を争う筆跡・作成経緯・保管状況
錯誤・詐欺・公序良俗取消し・無効原因要件事実を主張立証動機・作成経緯・利害関係
撤回・撤回擬制(1022~1024条)撤回の主張後の遺言・破棄・生前処分を主張後行遺言・処分行為・破棄行為

4 戦略的な含意――攻めやすいルートを前面に

この非対称を踏まえると,口授や証人の瑕疵が取れる事案では,方式違背のルートを前面に立て,遺言能力の欠如は補強に回す,という組立てが合理的です。遺言能力の立証は死後の資料に頼らざるを得ず負担が重いのに対し,方式違背は「方式が満たされていない」ことを積極的に否認すれば足りるからです。

第4 遺言能力の欠如(民法963条)

1 遺言能力とは何か

民法963条は,遺言者は遺言をする時においてその能力を有しなければならないと定めています。ここでいう遺言能力は,遺言の内容を理解し,その結果を弁識するに足りる意思能力(事理弁識能力)を指すと解されています。意思能力を欠く状態でした法律行為は無効です(民法3条の2)。

2 判断の3ステップ――医学的判断と法的判断

実務では,(1)精神上の疾患の種類と程度を医学的に特定し,(2)その状態が常時,事理弁識能力を失わせる程度かを判断し,(3)常時失われる程度でない場合には,当該遺言の作成時に当該遺言の内容を理解できたかを個別に判断する,という段階を踏みます。ここで重要なのは,医学的な重症度と法的な結論が必ずしも一致しないことです。医学的に軽度でも,内容が不合理で誘導が疑われれば無効に傾き,逆に医学的に相当程度進んでいても,内容が単純で合理的であれば有効に傾くことがあります。

3 「内容が単純だから能力がある」への反論

受遺者側は,しばしば「全財産を1人に相続させるだけの単純な内容だから,能力があった」と主張します。無効を主張する側は,これに正面から反論する準備が必要です。

(1) 財産規模・思考過程・帰結の複雑性

反論の柱は3つです。第1に,文面が単純でも,多額の財産を無償で移転させるという結果は重大であり,結果に見合う程度の能力を要すること。第2に,「全財産を誰に渡すか」を決めるには,個々の財産の価値を認識し,身近な人との従前の関係を理解する必要があり,その思考過程は決して単純ではないこと。第3に,表面的な結論は単純でも,それがもたらす権利関係や親族間の帰結は複雑になり得ること,です。これらは,公表裁判例を分析した実務書でも繰り返し確認されています。

(2) 内容が単純でも無効とされた例

実際に,「全財産を1人に相続させる」という単純な内容の公正証書遺言でも,動機に合理性がなく,作為や誘導がうかがわれる事案では,遺言能力が否定されています。「単純だから能力あり」という主張は,内容の合理性や作成経緯とセットで評価されるものであり,それ自体で決め手にはなりません。

4 認知機能検査(長谷川式・MMSE)の使い方と限界

認知機能検査の点数は,重要な手がかりですが,独り歩きさせてはいけません。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)や,MMSEは,認知症か否かのスクリーニングには有用でも,点数だけで重症度を正確に測れるものではありません。実施者や実施場所,本人の体調や検査への拒否反応でも点数は変動します。実務書では,作成時に近い時点でHDS-Rが概ね一定以上あれば有効に傾き,相当低ければ無効に傾く,という目安が示されていますが,あくまで目安です。無効を主張する側は,点数だけでなく,遺言の時点の作成経緯・動機・内容の合理性を厚く立証する必要があります。逆に,相手方が高い点数を援用してきたときは,検査の実施状況を突く余地があります。

5 無効を導く3点セット――不平等・作為誘導・不合理な変更

(1) 誘導・被影響性の当てはめ

公表裁判例で最も再現性が高い無効の型は,(1)相続人間で著しく不平等な内容であり,(2)その不平等に合理的な理由がなく,(3)従前示していた意向から不合理に転換している,という3点が結び付き,利益を受ける者の作為や誘導がうかがわれる場合です。作成前に受遺者が遺言者宅の鍵を交換して外部との接触を断とうとしていた,受遺者が遺言者を無断で自己の債務の連帯保証人にしていた,といった不当な関与の事実は,遺言能力を否定する方向に強く働きます。日本法には,英米法のような「不当威圧」という独立の無効原因はありませんので,誘導や被影響性は,遺言能力を争点化して,その中で評価してもらうのが実効的です。

(2) 相手方の録音・録画を逆手に取る

受遺者側が,遺言能力を裏付けるために作成時のやり取りを録音・録画していることがあります。しかし,その内容が,遺言者が受遺者の言葉をそのまま繰り返しているだけと読める場合には,かえって誘導を裏付ける証拠として評価されることがあります。相手方が用意周到に残した証拠を,無効主張の材料に転化できないかを検討すべきです。

6 立証は「提訴前の証拠確保」で決まる

(1) 医療記録の確保

遺言能力の立証の生命線は医療記録です。相続開始後,医療機関が記録を廃棄・改変する前に確保することが決定的に重要で,提訴前の段階から動く必要があります。手段としては,(1)証拠保全(民事訴訟法234条),(2)提訴前における証拠収集の処分としての文書送付嘱託等(民事訴訟法132条の4),(3)弁護士会照会(弁護士法23条の2),(4)任意の診療記録開示請求,を使い分けます。医療記録の送付には数か月を要することも珍しくないため,提訴後に動くのでは間に合わないことがあります。

(2) 介護記録・要介護認定資料

診療録に加えて,看護記録・介護記録・要介護認定の資料(認定調査票,主治医意見書)は,日常の言動や意思決定の状況を具体的に示す証拠の宝庫です。「日常の意思決定が困難」といった認定調査票の記載は,遺言という重大な意思決定ができなかったことを推認させる間接事実になります。もっとも,要介護認定は介護の必要度を測るための資料であり,そのまま能力の有無に直結するわけではないため,客観的な状況を示す間接事実として位置づけて用いるのが安全です。

(3) 鑑定(死後鑑定)と脳画像の位置づけ

遺言者は既に亡くなっているため,鑑定は必然的に,診療録や介護記録から判断する死後鑑定になります。1審で採用されないことも多い一方,2審で鑑定して結論が覆ることもあります。脳画像(CT・MRI)は,脳の器質的な状態を示す補助証拠として有用ですが,注意が必要です。画像に明らかな萎縮が写るのは相当程度進んだ段階であるのに対し,画像所見と実際の生活機能は必ずしも一致しません。「画像に異常がないから能力がある」とも「画像に萎縮があるから能力がない」とも短絡できず,画像は,診療録や認知機能検査,生活状況とあわせて総合的に評価するのが正しい使い方です。

7 成年後見・要介護と遺言時の能力

遺言の後に成年後見が開始されても,認知症は進行性であるため,時点が下れば状態が変化しており,遺言時の能力の判断に直ちに影響するわけではありません。もっとも,成年後見開始の申立てがされているのに,あえてその結果を待たずに遺言を作成させたと見られる事案では,そのこと自体が無効に傾く事情として評価されることがあります。なお,成年被後見人が能力を一時回復した時にする遺言には,医師2人以上の立会いなどの特別の要件があります(民法973条)。

第5 口授の不存在(民法969条2号)

1 口授とは――自分の言葉で語ったか

民法969条は,公正証書遺言の方式として,証人2人以上の立会い(1号)と,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること(2号)を要求しています。口授とは,遺言者が自分の言葉で,財産を誰にどのように処分するのかを公証人に語ることを意味します。この口授があったかどうかが,公正証書遺言の無効を争ううえで核心となります。

2 無効となる類型

遺言者が公証人の質問に対し,言葉による陳述をせず,単に肯定または否定の挙動を示したにすぎないときは,口授があったとはいえません(最判昭和51年1月16日集民117号1頁)。下級審でも,公証人の案文の説明に対して,うなずいたり「はい」と答えたりするだけで,遺言者自身は内容を一言も発しなかった事案で,口授を欠くとして公正証書遺言が無効とされています(大阪高判平成26年11月28日判タ1411号92頁)。また,遺言者が自分の言葉で財産の処分を語ることが口授の根幹であり,公証人の質問への肯定的な言辞や挙動だけでは口授とはいえないと明確に述べた裁判例もあります(東京高判平成27年8月27日判例時報2352号)。

実務では,「沈黙し,第三者が介入して初めて一語だけ答えた」「終始うなずくだけだった」という事実を,公証人の回答書などから逐語で確定し,これらの判例に当てはめる,という組立てが有効です。

3 有効とされる限界事例

他方で,口授はやや緩やかに解される傾向もあります。公証人があらかじめ聴取した内容を筆記・清書して読み聞かせ,遺言者が同趣旨を口授して承認し署名押印した場合には,口授と筆記・読み聞かせの前後が入れ替わったにとどまり,方式違反ではないとされています(最判昭和43年12月20日民集22巻13号3017頁)。また,遺言者が公証人の準備した筆記に基づいて陳述した事案でも,具体的な事実関係の下では口授を欠くとはいえないとされた例があります(最判昭和54年7月5日集民127号161頁)。弁護士が関与して案文を準備する実務では,口授が厳密に行われないことも多く,実際に問題になることは多くありません。無効を主張する側は,「骨子すら口述されていない」ことまで立証する必要があります。

4 遺言能力を判断せずに無効化できる利点

口授ルートの大きな利点は,遺言能力の有無を判断するまでもなく,方式違背として無効を導ける点にあります。前述のとおり,方式の具備の立証責任は有効主張側にありますから,遺言能力という重い立証を回避できる可能性があります。

第6 証人・その他の方式違背

1 方式の具備は有効主張側が立証する

公正証書遺言には「口授があった」等の定型文言が記載されるため,書面それ自体は方式適合の証拠になります。しかし,実際に口授や立会いがあったかという実質は書面からは分かりません。そのため,方式違背を無効原因として争う実益は,実務上ほとんど公正証書遺言の事案に限られます。

2 証人の立会いの欠如

証人は,遺言者の口授に立ち会い,その内容を確認する職責を負います。証人が遺言者や公証人から遠く離れて立ち会い,口授の内容を確認できていなかったような事案では,公正証書遺言が無効とされることがあります。無効を主張する側は,証人が「いつ・どこで・どのように」立ち会ったかを具体的に問うことになります。

3 証人になれない人の同席と被影響性

民法974条は,未成年者,推定相続人・受遺者及びこれらの配偶者・直系血族,公証人の配偶者等を,証人・立会人の欠格事由として定めています。もっとも,所定の証人が立ち会っている以上,たまたま証人になれない者が同席していたとしても,その者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づく遺言をすることを妨げられたりするなどの特段の事情がない限り,遺言は無効とはなりません(最判平成13年3月27日集民201号653頁)。したがって,無効を主張する側は,「内容が左右された」「真意が妨げられた」といえる特段の事情を積極的に立証する必要があります。なお,目の見えない方も証人としての適格を有するとされており(最判昭和55年12月4日民集34巻7号835頁),視覚障害があること自体は欠格事由ではありません。

4 署名・公証人の関与の瑕疵

署名や公証人の関与に瑕疵がある場合もあります。もっとも,方式に瑕疵があっても,直ちに無効となるとは限らない点に注意が必要です。押印の際に2人の証人のうち1人の立会いがなかった事案でも,直後に他方の証人が押印の事実を確認しており,遺言者が翻意したなどの事情もない具体的な事実関係の下では,効力を否定するほかはないとまではいえないとされました(最判平成10年3月13日集民187号429頁)。自筆証書遺言に関してですが,記載自体から明らかな誤記の訂正については,方式の違背があっても効力に影響を及ぼさないとした例もあります(最判昭和56年12月18日民集35巻9号1337頁)。方式違背を主張する際は,その瑕疵が遺言の真意の確保にとって本質的なものかを見極める必要があります。

第7 遺言書の偽造(署名の代署等)

1 公正証書遺言で偽造が問題になる場面

偽造は,本来,全文の自書が要求される自筆証書遺言で問題になる論点です。公正証書遺言では,遺言者本人の署名がされない代署の事案などで,署名の真正が争われる形で現れます。自書能力の有無や,署名の筆跡の同一性が判断の中心になります。添え手による自筆証書遺言について,「自書」の要件を満たすには,遺言者に自書能力があり,かつ添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡のうえで判定できることを要するとした裁判例(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁)は,署名や運筆の真正を考えるうえで参考になります。

2 遺言能力の欠如と相続欠格の交差

遺言能力を欠く人に,その意思に基づかない文字を書き写させるなどして遺言を作成させた場合には,これを「偽造」と評価する余地があります。この場合,遺言書の偽造は相続欠格事由(民法891条)にもつながり得ます。もっとも,「本人が書いたが理解していなかった(能力欠如)」という主張と,「別人が書いた(偽造)」という主張は,前提が両立しにくいため,旗を混ぜないよう注意が必要です。

3 筆跡鑑定への裁判所の距離感

筆跡鑑定については,民事訴訟実務では,その必要性や証拠価値を慎重に見る傾向があります。筆跡鑑定のみを根拠に筆跡の同一性を判断することには慎重であるべきとされており,鑑定に過度に依存した立証は危険です。

第8 錯誤・詐欺・強迫・公序良俗

1 「言われるがまま」は独立の無効原因にならない

「受遺者に言われるがままに書かされた=真意でないから無効」という主張は,それ自体では独立の無効原因としてほとんど支えがありません。相手方のない単独行為である遺言には,心裡留保のただし書や通謀虚偽表示の規定はなじまないと解されています。「言われるがまま」は,遺言能力・錯誤・詐欺強迫・公序良俗のいずれかに翻訳して初めて,主張として機能します。

2 錯誤(民法95条)

錯誤は,現行民法では取消しの原因です(民法95条)。動機の錯誤は,その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取消しの対象となり(同条2項),かつ,真実を知れば到底しなかったといえる限定的な場合に限られます。実際に,付言事項に法的な効力がないのに遺言者が効力があると誤信していたことを動機の錯誤として遺言を無効とした下級審裁判例(さいたま地裁熊谷支判平成27年3月23日)もありますが,これは例外的な事案です。

3 詐欺・強迫(民法96条)――無効でなく取消し

詐欺・強迫による意思表示は,無効ではなく取消しの対象です(民法96条)。取消権は,瑕疵ある意思表示をした者又はその承継人が行使できるため(民法120条2項),相続人が承継人として行使する余地はあります。もっとも,遺言者が亡くなった後は,詐欺・強迫の立証が極めて困難で,否定例が多いのが実情です。

4 公序良俗(民法90条)

公序良俗違反(民法90条)による無効も理論上はあり得ます。相続人の1人に全財産を遺贈すること自体は,直ちに公序良俗違反にはならず,他の相続人の遺留分制度によって調整されるのが原則です。他方,遺言者から遺言の作成を受任した者が,自ら多額の遺贈を受けるといった利益相反的な事案で,公序良俗違反として無効とした下級審裁判例も報告されています。もっとも,公序良俗による無効が認められるのは例外的な場面に限られます。

第9 撤回・撤回擬制(民法1022条~1025条)――無効が取りにくいときの本筋

1 後の遺言があれば「能力否定」より「撤回擬制」

不利な公正証書遺言があっても,その後に,より新しい有効な遺言や生前処分が存在することがあります。この場合,先行する遺言の無効を立証するより,後の遺言や処分によって先行遺言が撤回されたものとみなす方が,はるかに実効的なことがあります。遺言者はいつでも遺言の方式に従って遺言を撤回でき(民法1022条),前の遺言が後の遺言と抵触するときは,抵触する部分について後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)。この撤回擬制は,先行遺言の無効を証明する必要がありません。ただし,後の遺言で利益を得る立場に立つのであれば,「終始能力があった」という主張と整合させる必要があり,能力否定論と撤回擬制論を混ぜないことが大切です。

2 斜線1本でも「破棄」になる

遺言者が故意に遺言書を破棄したときは,その部分について遺言を撤回したものとみなされます(民法1024条前段)。自筆証書遺言の文面全体に,故意に赤色のボールペンで左上から右下にかけて1本の斜線を引く行為は,遺言書全体を不要とし,記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であり,「故意に遺言書を破棄したとき」に該当して,遺言全体が撤回されたものとみなされます(最判平成27年11月20日民集69巻7号2021頁)。形式的には「訂正」に見える行為でも,実質から「破棄」と評価されることがあるという点で,示唆に富む判例です。

3 抵触・生前処分・撤回された遺言の復活

抵触による撤回擬制は,生前処分その他の法律行為にも準用されます(民法1023条2項)。終生扶養を前提に養子縁組をして不動産の大半を養子に遺贈した者が,その後,養子への不信から協議離縁をした事案では,遺言が協議離縁と抵触するとして,撤回されたものとみなされました(最判昭和56年11月13日民集35巻8号1251頁)。また,撤回された遺言は,撤回の行為がさらに撤回されても原則として効力を回復しませんが(民法1025条),遺言者の意思が当初の遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは,当初の遺言の効力が復活するとされています(最判平成9年11月13日民集51巻10号4144頁)。これらは,どの遺言が生きているかを見極める場面で重要です。

第10 公証人尋問と公証人の国家賠償責任

1 公証人尋問――証言拒絶権の後退

口授や方式が争点になる事案では,公証人尋問が突破口になります。公正証書遺言による財産の帰属に関する意思表示の効力が争点となり,公証人の証言に代替し得る適切な証拠方法がないときは,その争点の判断に必要な限度で,公証人の守秘義務に基づく証言拒絶権が後退するとした裁判例があります(東京高決平成4年6月19日判タ856号257頁)。公証人は,能力があると判断して作成した以上,無効を主張する側の協力証人にはなりにくいため,作成時の手控えのメモや,作成過程の記録の開示を求めることが実務上重要です。

2 公証人の国家賠償責任――「負けても回収する」出口

公正証書遺言が無効となった場合,遺言で利益を受けるはずだった人が,公証人(国)に対して国家賠償を請求できる場面があります。公証人は,遺言能力に具体的な疑いが生じた場合には調査すべき義務を負うと解されており,証人の立会いを欠いたまま作成したり,証人の欠格を確認せずに作成したりして無効を招いた事案では,公証人の過失が認められた例があります。無効が取れた後(あるいは取れなくても),有効・無効の差額や慰謝料,弁護士費用を回収する「出口」として,検討する価値があります。

第11 令和7年改正(公証制度のデジタル化)と無効主張

1 改正の要点――口授は残った

令和7年(2025年)10月1日に施行された公証制度のデジタル化により,民法969条は改正されました。改正後の民法969条は,1号で証人2人以上の立会い,2号で口授を掲げるのみとなり,従来の3号から5号にあった筆記・読み聞かせ・署名押印といった手続は,公証人法(40条など)へ整理されました。読み聞かせや承認等の手続は公証人法40条に移り,同条3項ではウェブ会議による方法も認められています。重要なのは,証人2人以上の立会いと口授という2つの要件は,改正後も民法に残ったことです。したがって,口授を巡る従来の判例の枠組みは,改正後も生き続けます。

2 ウェブ会議による作成と新たな争点

デジタル化を無効主張の観点から論じた記事は,まだ多くありません。ここは今後の争点になり得る領域です。ウェブ会議による作成では,画面越しに遺言者の発話や応答が不明瞭だった場合の口授の有無が,むしろ争いやすくなる可能性があります。他方で,通信の記録・録画・アクセスログという新たな客観証拠が残るため,これらは無効を主張する側にとって有利にも不利にも働きます。画面の外からの働きかけ(誘導や強迫)や,本人確認・電子署名の本人性も,新たな争点になり得ます。提訴前の証拠確保の対象として,これらの電子的な記録の保全を検討する実務が生まれると考えられます。

3 経過措置――改正前の遺言には従来の枠組み

施行前に作成された紙の公正証書遺言については,従来の法理が適用されます。事案ごとに,作成時点がいつかを確認し,適用される条文の建付けを取り違えないことが大切です。

第12 効果的な無効主張の設計――実務チェックリスト

1 受任直後にすること

  • 医療記録を最優先で確保する(証拠保全・提訴前の証拠収集の処分・弁護士会照会・任意開示の使い分け)。廃棄・改変の前に動く。
  • 介護記録・要介護認定の資料(認定調査票・主治医意見書)を収集する。
  • 公証人の作成メモ・手控え,作成時の写真・記録の開示を視野に入れる。
  • 後の遺言や生前処分の有無を早期に調査する(撤回擬制の可能性)。

2 無効原因の選択と組立て

  • 口授・証人・方式の瑕疵が取れるなら,立証責任が有効主張側にあるこれらを前面に立てる。
  • 遺言能力は,点数だけでなく,内容の複雑性・動機の合理性・作成経緯・従前の意向との整合を相関的に積み上げる。
  • 「単純だから能力あり」への反論を,あらかじめ用意しておく。
  • 誘導や被影響性は,遺言能力を争点化して,その中で評価してもらう。

3 「無効が取れないとき」の代替戦略

  • 後の遺言・生前処分・破棄による撤回擬制へピボットする。
  • 遺留分侵害額請求への切替えを検討する。
  • 公証人の国家賠償による回収を検討する。

公正証書遺言の無効は,決して容易ではありませんが,取れないわけでもありません。無効原因ごとの立証構造を正しく理解し,証拠を早期に確保し,複数のルートと出口を用意して臨むことが,効果的な無効主張の要諦です。

第13 出典

本文で言及した最高裁判所の裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索で実在と内容を確認しています。主な出典は次のとおりです。

下級審の裁判例(東京高判平成27年8月27日判例時報2352号,大阪高判平成26年11月28日判タ1411号92頁,東京高決平成4年6月19日判タ856号257頁,さいたま地裁熊谷支判平成27年3月23日)は,裁判所ウェブサイトには掲載されていませんが,判例集・判例評釈で内容を確認しています。条文は,e-Gov法令検索で現行の条文を確認しています。遺言能力の判断枠組みや傾向については,中里和伸・野口英一郎『判例分析 遺言の有効・無効の判断』(新日本法規出版),平田厚『事例にみる遺言能力判断の考慮要素』『民事における意思能力の判断事例集』(新日本法規出版),中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(新日本法規出版),藤井伸介ほか『ストーリーと裁判例から知る 遺言無効主張の相談を受けたときの留意点』(日本加除出版)等の実務書を参照しました。