目次
第1 制度の位置付けと本記事の範囲
1 独立した証拠探索手続ではないこと
民事訴訟法219条は,書証の申出を,当事者が所持する文書を提出する方法又は文書の所持者に提出を命ずるよう申し立てる方法によって行うものとしている。
文書提出命令は,係属中の訴訟における書証の申出方法であり,訴訟外で相手方又は第三者の資料を広く探索する制度ではない。
申立てを検討するときは,「どの資料を見たいか」ではなく,「請求原因,抗弁又は再抗弁のどの具体的事実を,どの文書によって証明するか」から出発する必要がある。
対象文書を取得できても本案の判断が変わらない場合,申立書の作成,所持者の意見に対する反論及び即時抗告に要する作業は費用に見合わない。
2 最高裁判例記事との役割分担
本記事は,文書提出命令を利用するか否かの判断,申立書の作成,所持者側の対応,発令及び発令後の処理を,少人数の法律事務所で実行できる順序に沿って説明するものである。
民事訴訟法220条各号,公務秘密,職業秘密,自己利用文書,刑事事件関係書類,イン・カメラ手続及び即時抗告に関する最高裁判例の詳細は,「文書提出命令に関する最高裁判例(AIリライト)」に整理されている。
そのため,本記事では判例を文書類型ごとに列挙せず,申立てから発令までの手続選択に直接必要な代表例だけを取り上げる。
3 作業を四段階に分けること
文書提出命令の準備は,次の四段階に分けると,必要な作業と停止基準を管理しやすい。
① 第1段階では,本案の争点,証明すべき事実,文書取得によって動く経済的利益,対象文書の存在及び現在の所持を確認する。
② 第2段階では,依頼者からの回収,法令上の閲覧・交付請求,公開情報,任意提出及び嘱託等の低負担な方法を先に検討する。
③ 第3段階では,それまでの回答及び資料を用いて対象を限定し,民事訴訟法221条所定の事項を申立書に記載する。
④ 第4段階では,相手方又は所持者の意見を踏まえ,所持,提出義務,除外事由,必要性及び部分提出の可否に応答する。
この順序により,任意に取得できた文書について申立書を作成する無駄と,存在が確認できない文書について包括的な申立てをする危険を減らすことができる。
第2 文書提出義務の法的構造
1 四つの提出義務原因
民事訴訟法220条は,文書所持者の提出義務を四つの入口に分けている。
① 当事者が訴訟で引用した文書は,同条1号の対象となる。
文書が存在すると述べただけではなく,自己の主張を根拠付けるものとして文書の内容を援用したかを確認する必要がある。
② 申立人が文書所持者に対し,文書の引渡し又は閲覧を求めることができるときは,同条2号の対象となる。
契約又は個別法上の閲覧請求権を根拠とする場合,請求主体,対象文書,請求権の発生要件及び固有の除外事由を根拠法ごとに確認する。
③ 申立人の利益のために作成された文書又は申立人と所持者との間の法律関係について作成された文書は,同条3号の対象となる。
利益文書又は法律関係文書に当たるかは,文書の表題だけでなく,作成目的,記載内容,作成経緯及び申立人との法律関係から判断する。
④ 前記以外の文書には同条4号の一般的提出義務が及ぶが,同号イからホまでの除外事由がある。
複数の号が成立し得る場合,主位的根拠と予備的根拠を区別し,各号を基礎付ける事実を別々に記載する方がよい。
2 一般的提出義務の除外事由
4号イは,自己又は一定の親族等が刑事訴追又は有罪判決を受けるおそれのある事項等を記載した文書を除外する。
4号ロは,公務員の職務上の秘密に関する文書で,提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの等を除外する。
4号ハは,法定専門職の職務上の秘密及び技術又は職業の秘密に関する文書を除外する。
4号ニは,専ら文書所持者の利用に供するための文書を除外する。
4号ホは,刑事事件に係る訴訟書類,刑事事件において押収されている文書,少年事件の記録等を除外する。
これらは4号の一般的提出義務に関する除外規定であるため,1号から3号を根拠とする場合との関係は,条文構造と対象文書に関する個別の判例法理を確認する必要がある。
除外事由の類型ごとの最高裁判例及び対象文書の具体例は,前記の最高裁判例記事を参照されたい。
3 提出義務と証拠調べの必要性
申立人は,対象文書の所持及び提出義務原因を基礎付ける具体的事実を主張し,必要な資料を提出する。
4号による申立てでは,民事訴訟法221条2項により,文書提出命令によって書証を申し出る必要性も明らかにする。
1号から3号による申立てであっても,裁判所は同法181条1項により必要でない証拠を取り調べないことができるため,提出義務原因だけを説明しても足りない。
除外事由に該当しないことを含む最終的な証明責任の所在には解釈上の議論がある。
もっとも,作成目的,外部開示予定,秘密性,保存及び廃棄の事情は所持者側の支配領域にあるため,申立人が客観的な端緒を示した後は,所持者にも具体的な説明が求められる。
4 任意開示請求権との区別
民事訴訟法220条の提出義務は,裁判所の命令に基づく訴訟法上の義務である。
同条に該当することだけから,訴訟外で文書の引渡しを求める実体法上の権利が当然に発生するわけではない。
また,発令後に履行すべき対象は決定の主文で特定された文書又は電磁的記録であり,申立人が希望した関連データ一式を無限定に引き渡す義務ではない。
任意開示請求,文書送付嘱託,調査嘱託及び文書提出命令は,要件,回答拒否の可能性及び不履行時の効果が異なるため,名称ではなく目的と法的効果を比較して選択する必要がある。
第3 申立て前の低負担調査
1 証明目的,経済的利益及び期限
最初に,準備書面上の具体的な要証事実を一文で記載し,対象文書のどの記載がその事実を肯定又は否定するのかを整理する。
次に,対象文書が得られない場合に利用できる代替証拠と,文書を取得した場合に動く請求額又は防御利益を確認する。
相手方に不利な記載だけを想定せず,対象文書が申立人の主張と矛盾する可能性も中間評価に含める必要がある。
文書提出命令自体に独立の出訴期間はないが,基本事件の請求権には消滅時効その他の期間制限があり,証拠収集を待つ間も進行し得る。
口頭弁論終結後は申立却下決定に対する即時抗告が不適法となるため,本案の審理予定と証拠申出の時期を早期に確認する必要がある。
2 文書の存在,保存及び現在の所持
申立人は,対象文書が作成され,発令時点で相手方又は第三者が所持していることを示す資料を集めるべきである。
作成の端緒には,文書番号,送付状,電子メールの添付表示,規程上の作成義務,議事録の連番,過去に開示された同種文書及び相手方の準備書面中の引用がある。
現在の所持については,保存規程,法定保存期間,システムの保存仕様,保管部署,外部委託先,事業承継又は文書移管の有無を確認する。
名古屋地裁平成18年5月16日決定・平成18年(ソ)第6号は,金融機関が保存期間ごとにマイクロフィルム又は電磁的記録を所持していた事実を認定し,存在しない期間を除いて提出対象を限定した。
この裁判例は,文書名だけでなく,保存媒体及び保存対象期間を確認することが申立範囲の適正化に直結することを示す。
散逸又は上書きの具体的危険があるときは,対象を限定した保存要請を行い,訴訟係属後の申立てでは間に合わない場合に証拠保全を検討する。
3 任意取得及び嘱託を先行させる場合
最初に,依頼者の紙ファイル,メールボックス,クラウドストレージ,端末,経理データ及び過去の送付物を確認する。
登記事項,行政文書,訴訟記録その他の資料について法令上の閲覧又は交付制度があるときは,その制度を先に利用する。
相手方が文書の存在又は内容を争っていない場合,対象を限定した任意提出の要請又は求釈明を先行させる方が低負担である。
任意要請では,資料名,対象期間,利用目的,提出形式及び回答期限を明示し,全部拒否,一部開示,不存在又は保存期間満了のいずれの回答であるかを記録する。
第三者が所持する定型資料については,調査嘱託又は文書送付嘱託によって目的を達成できるかを検討する。
もっとも,嘱託には文書提出命令と同じ制裁がなく,照会先が回答せず,又は秘密を理由に回答範囲を限定する可能性がある。
任意提出又は嘱託は一般的な法定前置要件ではないが,対象の存在,所持者の見解及び争点となる秘密を明らかにし,後の申立範囲を狭める機能を持つ。
4 文書提出命令へ進む条件
次の事情がそろった場合に,文書提出命令へ進む実益が具体化する。
① 対象文書が作成され,現存することを示す客観的端緒があること
② 任意提出又は嘱託では必要な範囲を得られないこと
③ 文書から証明する事実が本案の結論に影響すること
④ 提出義務を基礎付ける民事訴訟法220条の号と,想定される反論を説明できること
⑤ 所持者が不相当な時間又は労力を要せず対象を識別できること
⑥ 全部提出が困難な場合に,対象期間の限定,記載項目の限定又はマスキング案を示せること
この段階で説明できない項目がある場合,申立書を長文化する前に,その項目を埋める追加調査だけを行うべきである。
第4 申立書の作成と提出
1 法定の記載事項
民事訴訟規則140条1項により,文書提出命令の申立ては書面でする。
民事訴訟法221条1項により,申立書では,①文書の表示,②文書の趣旨,③文書の所持者,④証明すべき事実及び⑤文書の提出義務の原因を明らかにする。
(1) 文書の表示,趣旨及び所持者
文書の表示には,文書名だけでなく,作成日又は対象期間,作成者,宛先,案件名,文書番号,保管部署及び媒体を,判明する範囲で組み合わせる。
文書の趣旨には,文書の法的評価ではなく,誰が,何の目的で,どのような事項を記録した文書であるかを記載する。
所持者は,自然人,法人,国又は地方公共団体等のうち,発令の名宛人となる主体を特定する。
担当部署又は担当者が文書を管理していても,直ちにその部署又は担当者個人が法律上の所持者になるとは限らない。
(2) 証明すべき事実
証明すべき事実は,「本件請求に必要な事実」又は「相手方の責任」のような抽象的表現では足りない。
請求原因,抗弁又は再抗弁を構成する具体的事実を示し,対象文書のどの種類の記載がその事実を証明するのかを説明する。
証明すべき事実を具体化すれば,裁判所が証拠調べの必要性を判断できるだけでなく,所持者も必要性,秘密及び部分提出について的確に反論できる。
(3) 提出義務の原因と必要性
申立書では,「220条により提出義務がある」とだけ記載せず,該当する号及びその要件に対応する事実を記載する。
4号を原因とする場合は,民事訴訟法221条2項により,文書提出命令によって書証を申し出る必要性も明らかにする。
1号から3号の場合にも証拠調べの一般的必要性は必要であるため,既存資料及び代替証拠では足りない理由を記載する方が安全である。
2 文書特定手続
文書の表示又は趣旨を明らかにすることが著しく困難なときは,民事訴訟法222条の文書特定手続を利用できる。
申立人は,所持者が対象文書を識別できる事項を明らかにし,裁判所から所持者に対して文書の表示又は趣旨を明らかにするよう求めることを申し出る。
最高裁平成13年2月22日第一小法廷決定・平成12年(許)第10号・集民201号135頁は,特定の会計監査に関する監査調書という文書群について,個々の文書の表示及び趣旨が明らかでなくても対象の特定として不足しないとした。
他方,知財高裁平成29年6月12日決定・平成29年(ラ)第10002号は,所持者が不相当な時間又は労力を要せず,他の文書等から区別できる事項が必要であるとした。
文書名が分からないことだけで申立てを断念する必要はないが,「関係する全記録」のような無限定の申立ては避け,期間,関係者,案件,部署及び資料種別で文書群を画する必要がある。
3 電磁的記録の特定
令和8年5月21日施行の民事訴訟法231条の2及び231条の3は,情報の内容を証する電磁的記録を独立の証拠方法とし,電磁的記録を利用する権限を有する者について文書提出命令等の規定を準用している。
電子メール,チャット,データベース,録音録画又はシステムログについては,紙に出力された文書,電磁的記録そのもの及び記録媒体を区別する必要がある。
申立てでは,アカウント,送受信者,期間,検索語,チャンネル,ファイル形式,保存場所,版,抽出条件及び必要なメタデータを,証明目的に応じて限定する。
システムが電子化されていることだけから,アクセスログ,変更履歴又は録音録画が作成・保存されているとは推測できない。
保存仕様,運用規程及び利用権限者への限定的な確認により,対象データの存在及び抽出可能性を先に確認する必要がある。
4 オンライン提出と直送
裁判所「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」によれば,令和8年5月21日以降に提起された民事訴訟ではオンライン手続が利用され,弁護士等の訴訟代理人にはオンライン申立てが義務付けられている。
文書提出命令の申立ては証拠の申出であるため,民事訴訟規則99条2項により,同規則83条の直送に関する規律が適用される。
民事訴訟法222条1項の文書特定手続の申出には,民事訴訟規則140条3項が同規則99条2項を準用する。
令和8年5月20日以前に提起された事件は原則として従前の手続が続くため,基本事件の提起日及び経過措置によるシステム利用の有無を確認する。
第5 意見書,審尋及び提出義務の審理
1 反論を四層に分けること
民事訴訟規則140条2項により,相手方は申立てについて意見があるときは意見書を提出する。
申立人側は,想定される反論を,①対象文書の存在及び現在の所持,②対象文書の特定,③民事訴訟法220条各号の提出義務及び除外事由,④証拠調べの必要性の四層に分けて準備する。
所持者側も,単に「不存在」,「社内文書」又は「秘密」と結論だけを述べず,探索範囲,保存期間,作成目的,外部開示予定及び開示による具体的不利益を説明する必要がある。
2 不存在又は不所持の主張
所持者が廃棄,紛失又は移管を主張した場合,申立人側は,保存規程,廃棄記録,システム移行時期,移管先及び実施した検索方法を明らかにするよう求める。
もっとも,過去に作成又は所持していたことだけで現在の所持が当然に認められるわけではない。
所持者側は,対象期間,検索対象システム,保管部署,委託先,バックアップ及び探索結果を具体的に説明する。
申立人側に反証がなく,代替証拠で本案を立証できる場合は,不所持の争いだけに追加作業を集中させない方がよい。
3 自己利用文書,職業秘密その他の除外事由
最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・平成11年(許)第2号・民集53巻8号1787頁は,自己利用文書について,作成目的,記載内容,所持に至った経緯その他の事情から,内部利用目的,外部開示予定の不存在及び開示による看過し難い不利益を判断する枠組みを示した。
したがって,「社内文書」という名称だけでは自己利用文書性は決まらない。
法令上の作成・保存義務,外部提出の予定,申立人が作成時に閲覧できた事情及び組織再編等による所持経緯は,内部利用目的又は看過し難い不利益を検討する資料となる。
最高裁平成12年3月10日第一小法廷決定・平成11年(許)第20号・民集54巻3号1073頁は,「技術又は職業の秘密」について,公開によって技術の社会的価値が下落して活動が困難になる事項又は職業に深刻な影響を与えて以後の遂行が困難になる事項と判示した。
必要性が高いというだけで,全ての除外事由を一律に乗り越えられるわけではない。
申立人側は,秘密情報を含む部分,既に公知又は共有済みの部分及び要証事実と無関係な部分を区別し,所持者側は開示による具体的不利益を文書の内容に即して説明する。
4 公務秘密文書と第三者所持文書
公務員の職務上の秘密に関する文書を民事訴訟法220条4号に基づいて求める場合,裁判所は監督官庁等の意見を聴く。
最高裁平成17年10月14日第三小法廷決定・平成17年(許)第11号・民集59巻8号2265頁は,公務遂行への著しい支障について,抽象的なおそれでは足りず,文書の記載内容から具体的に認められる必要があるとした。
国の安全,公共の安全,捜査記録又は少年事件記録等については別の特則及び判例法理が関係するため,通常の社内文書と同じ枠組みで提出義務を断定してはならない。
当事者でない第三者に提出を命じる場合,裁判所は民事訴訟法223条2項により第三者を審尋しなければならない。
申立人側は,第三者の探索負担及び秘密を抑えるため,対象期間と資料種別を必要最小限に限定する必要がある。
5 イン・カメラ手続と部分提出
裁判所は,民事訴訟法220条4号イからニまでの除外事由を判断するため必要があるとき,所持者に対象文書を提示させることができる。
提示された文書は裁判所限りであり,申立人その他の者は開示を求めることができない。
イン・カメラ手続は,除外事由の判断方法であって,対象文書を探索したり,証拠調べの必要性を補ったりする制度ではない。
秘密部分,不要部分又は提出義務のない部分を分離できるときは,民事訴訟法223条1項後段により,その部分を除いて提出を命ずることができる。
前記最高裁平成13年2月22日決定も,氏名及び会社名等を除いた監査調書の部分提出を認めている。
申立人側は,全部提出だけを求めるのではなく,必要な記載項目を示した部分提出案を予備的に提示すると,秘密と証明目的を調整しやすい。
6 提出後の秘密保護を先に検討すること
提出された資料は訴訟記録となり,相手方当事者が内容を知り得ることを前提に申立範囲を設計する必要がある。
民事訴訟法92条の閲覧等制限は第三者による閲覧等を制限する制度であり,相手方当事者への開示を一般的に遮断する制度ではない。
営業秘密,個人情報又は第三者情報を含む場合は,対象期間若しくは記載項目の限定,マスキング,閲覧等制限又は利用目的の限定によって必要な情報だけを提出できるかを検討する。
知的財産訴訟等に特別法上の秘密保持命令がある場合は,民事訴訟法220条だけで結論を出さず,適用される特則を別に確認する。
第6 発令,却下及び即時抗告
1 発令又は却下
裁判所は,文書提出命令の申立てに理由があると認めるときは,民事訴訟法223条1項に基づき,決定で所持者に全部又は一部の提出を命ずる。
一般的な発令根拠は同条1項であり,同条4項ではない。
発令は申立ての当然の結果ではなく,対象文書の特定,証明すべき事実との関係,現在の所持,提出義務,除外事由及び証拠調べの必要性を審理した結果である。
申立人側は,裁判所が補正又は追加説明を求めたとき,新しい資料を無限定に追加せず,指摘された要件に対応する事実及び証拠だけを補充する。
所持者側は,全部不提出だけでなく,対象期間の限定,マスキング又は部分提出による解決が可能かを検討する。
2 即時抗告の期間と範囲
民事訴訟法223条7項により,文書提出命令の申立てについての決定には即時抗告ができる。
即時抗告期間は,決定の告知を受けた日から1週間の不変期間であり,同法334条により執行停止の効力を有する。
提出を命じられた所持者及び申立てを却下された申立人は抗告できるが,最高裁平成12年12月14日第一小法廷決定・平成11年(許)第36号・民集54巻9号2743頁によれば,それ以外の当事者は原則として抗告の利益を有しない。
前記最高裁平成12年3月10日決定によれば,証拠調べの必要性だけを理由とする却下は,その必要性を理由として独立に不服申立てすることができない。
最高裁平成13年4月26日第一小法廷決定・平成13年(許)第2号・集民202号229頁は,口頭弁論終結後の即時抗告を不適法とした。
決定を受けたときは,告知日,抗告権者,原決定の理由,本案の進行状況及び抗告によって変更を求める具体的部分を直ちに確認する。
3 提出後の書証化と証拠評価
提出命令が確定し,所持者が文書を提出しても,その全てが当然に本案の書証となるわけではない。
当事者は,提出された文書を確認し,本案で利用する部分を正式に書証として申し出る必要がある。
取得後には,成立の真正,作成者,作成時期,作成目的,情報源,改訂履歴,添付資料及び他の証拠との整合性を検討する。
電磁的記録については,アカウントの利用者,保存経路,前後の文脈,添付ファイル,メタデータ及び抽出方法を確認する。
文書提出命令は資料の取得手続であり,取得した文書の記載が真実であること又は要証事実が立証されたことまで保証するものではない。
4 不提出又は滅失の効果
当事者が文書提出命令に従わないときは,裁判所は,民事訴訟法224条1項により,文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出義務のある文書を滅失させ,又は使用できないようにした場合も,同条2項により同様となる。
相手方が文書の記載について具体的な主張をすること及び他の証拠による証明が著しく困難であること等の要件を満たす場合,裁判所は,同条3項により,その文書によって証明すべき事実に関する相手方の主張を真実と認めることもできる。
これらは裁判所を自動的に拘束する効果ではないため,相手方は,不提出後も文書の記載及び証明すべき事実を具体的に主張する必要がある。
第三者が命令に従わない場合は,民事訴訟法225条により,20万円以下の過料の対象となり得る。
所持者側は,申立て又は保存要請を受けた後も通常の自動削除を継続すると,所持及び妨害目的について新たな争いを生じさせるため,対象を限定した保存措置を直ちに検討する。
第7 申立人側と所持者側の実務チェック
1 申立人側の確認事項
① 対象文書によって証明する具体的事実を一文で説明できるか。
② 文書が作成されたこと及び現在の所持を示す端緒があるか。
③ 保存期間,上書き及び移管の可能性を確認したか。
④ 依頼者からの回収,法令上の交付請求,任意提出又は嘱託で代替できないか。
⑤ 民事訴訟法220条の該当号と要件事実を対応させたか。
⑥ 対象期間,関係者,部署,媒体及び資料種別を必要な範囲に限定したか。
⑦ 不存在,不所持,自己利用文書,職業秘密及び必要性欠如の反論を検討したか。
⑧ 全部提出が困難な場合の部分提出案を用意したか。
⑨ 提出後に相手方が内容を知り得ることを依頼者に説明したか。
⑩ 口頭弁論終結の予定及び即時抗告期間を確認したか。
2 所持者側の確認事項
① 対象文書又は文書群を一義的に識別できるか。
② 対象期間の文書が作成され,現在も保存されているか。
③ 探索した部署,委託先,システム,媒体,検索条件及び結果を記録したか。
④ 廃棄,紛失又は移管がある場合,規程及び記録によって経過を説明できるか。
⑤ 自動削除又は定期廃棄について,対象を限定した保存措置が必要か。
⑥ 1号から4号までの提出義務原因,除外事由及び必要性への認否を分けたか。
⑦ 秘密又は自己利用性による具体的不利益を,文書の内容に即して説明したか。
⑧ マスキング,対象期間の限定又は部分提出によって対応できないか。
⑨ 発令決定の告知日,1週間の即時抗告期間及び決定上の提出期限を別々に記録したか。
3 追加作業を止める基準
低負担な調査を終えても文書の存在を示す端緒がなく,所持者の探索結果を覆す資料もない場合は,文書特定手続又は提出命令を探索手段として反復しない。
対象文書が得られても本案の結論が変わらず,代替証拠で十分な場合は,取得範囲を縮小し,又は申立てを取り下げる。
取得後も結論が変わらないことが判明した場合,追加照会,専門家意見又は大量データ分析を増やさず,基本事件の主張整理,和解又は請求の見直しへ作業を移す。
反対に,保存期限が迫り,文書が本案の主要事実を直接左右し,代替証拠がなく,対象を合理的に限定できる場合は,高い作業負担を負って申立てを行う合理性がある。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別事件では,適用法令,事件の進行,対象文書の性質及び利用できる代替証拠を別途確認する必要がある。
第8 出典
1 法令及び裁判所資料
① 民事訴訟法(平成8年法律第109号)92条,181条,219条~226条,231条の2,231条の3,332条及び334条
② 民事訴訟規則83条,99条,140条,143条及び149条の2~149条の4(裁判所公表PDF)
③ 最高裁判所「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」
2 裁判例
① 最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・平成11年(許)第2号・民集53巻8号1787頁
② 最高裁平成12年3月10日第一小法廷決定・平成11年(許)第20号・民集54巻3号1073頁
③ 最高裁平成12年12月14日第一小法廷決定・平成11年(許)第36号・民集54巻9号2743頁
④ 最高裁平成13年2月22日第一小法廷決定・平成12年(許)第10号・集民201号135頁
⑤ 最高裁平成13年4月26日第一小法廷決定・平成13年(許)第2号・集民202号229頁
⑥ 最高裁平成17年10月14日第三小法廷決定・平成17年(許)第11号・民集59巻8号2265頁
⑦ 名古屋地裁平成18年5月16日決定・平成18年(ソ)第6号
⑧ 知財高裁平成29年6月12日決定・平成29年(ラ)第10002号
3 文献
① 大阪弁護士会『文書提出命令申立の手引』平成29年,1頁~3頁
② 賀集唱・松本博之・加藤新太郎編『民事訴訟法2〔第3版追補版〕―第二編/第一審の訴訟手続〔§§133-280〕』日本評論社,平成24年,237頁~245頁
③ 秋山幹男・伊藤眞・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法Ⅳ[第2版]』日本評論社,平成31年,439頁~522頁
④ 民事証拠収集実務研究会編『民事証拠収集』勁草書房,平成31年,266頁~290頁
⑤ 東京弁護士会法友全期会『証拠収集実務マニュアル 第4版』ぎょうせい,令和7年,118頁~119頁・131頁~139頁
⑥ 瀬木比呂志『民事訴訟法[第3版]』日本評論社,令和7年,392頁~396頁
⑦ 法務省民事局参事官室編『一問一答 新民事訴訟法』商事法務研究会,平成8年,245頁~278頁