文書提出命令に関する最高裁判例


目次
1 民事訴訟法219条(書証の申出)に関する最高裁判例
2 民事訴訟法220条3号(法律関係文書)に関する最高裁判例
3 除外事由としての民事訴訟法220条4号ロ(公務秘密文書)に関する最高裁判例
4 除外事由としての民事訴訟法220条4号ハ(職務上知り得た事実で黙秘すべきもの,技術又は職業の秘密に関する文書)に関する最高裁判例
5 除外事由としての民事訴訟法220条4号ニ「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に関する最高裁判例
6 除外事由としての民事訴訟法220条4号ホ(刑事事件に係る訴訟に関する書類)に関する最高裁判例
7 民事訴訟法223条1項に関する最高裁判例
8 民事訴訟法223条6項(インカメラ手続)に関する最高裁判例等
9 民事訴訟法223条7項(即時抗告)に関する最高裁判例等
10 文書提出命令に関する下級審判例
11 民事訴訟法の条文
12 関連記事その他

1 民事訴訟法219条(書証の申出)に関する最高裁判例
・ 地方公共団体は,その機関が保管する文書について,文書提出命令の名宛人となる文書の所持者に当たります(最高裁平成29年10月4日決定)。

2 民事訴訟法220条3号(法律関係文書)に関する最高裁判例
(1) 総論
・ 刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する文書について文書提出命令の申立てがされた場合であっても,当該文書が民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当し,かつ,当該文書の保管者によるその提出の拒否が,民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無,程度,当該文書が開示されることによる被告人,被疑者等の名誉,プライバシーの侵害等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし,当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するものであるときは,裁判所は,その提出を命ずることができます(最高裁平成16年5月25日決定)。
・ 公務員の職務上の秘密に関する文書であって,その提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるものについては,民訴法220条3号に基づく提出義務を認めることはできなません(最高裁平成16年2月20日決定)。
・ 捜査に関して作成された書類の写しが民訴法220条1号所定の引用文書又は同条3号所定の法律関係文書に該当し,当該写しを所持する都道府県による提出の拒否が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものであるときは,裁判所は,その提出を命ずることができます(最高裁平成31年1月22日決定)。
(2) 該当する例
・ 警察官が文書提出命令の申立人の住居等において行った捜索差押えに係る捜索差押許可状及び捜索差押令状請求書は,いずれも,当該警察官が所属し,上記各文書を所持する地方公共団体と文書提出命令申立人との間において,民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当します(最高裁平成17年7月22日決定)。
・ 検察官が被疑者の勾留請求に当たって刑訴規則148条1項3号所定の資料として裁判官に提供した告訴状及び被害者の供述調書は,いずれも,上記各文書を所持する国と上記請求により勾留された者との間において,民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当します(最高裁平成19年12月12日決定)。
・  鑑定のために必要な処分としてされた死体の解剖の写真に係る情報が記録された電磁的記録媒体は,民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当します(最高裁令和2年3月24日決定)。

3 除外事由としての民事訴訟法220条4号ロ(公務秘密文書)に関する最高裁判例
(1) 総論
・ 民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいいます(最高裁平成17年10月14日決定。なお,先例として,最高裁昭和52年12月19日決定及び最高裁昭和53年5月31日決定参照)ところ,上記「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれます(最高裁平成17年10月14日決定)。
・ 民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要です(最高裁平成17年10月14日決定)。
・ 民訴法220条4号ロにいう「公務員」には,国立大学法人の役員及び職員も含まれます(最高裁平成25年12月19日決定)。
・ 最高裁平成25年4月19日決定の田原睦夫裁判官の補足意見には,公務秘密文書のことが詳しく書いてあります。
(2) 該当する例
・ 県が漁業協同組合との間で漁業補償交渉をする際の手持ち資料として作成した補償額算定調書中の文書提出命令申立人に係る補償見積額が記載された部分は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ロ所定の文書に該当します(最高裁平成16年2月20日決定)。
・ 外務省が外国公機関に交付した照会文書の控え及び同機関が同省に交付した回答文書は,具体的事情によっては,民訴法223条4項1号の「他国との信頼関係が損なわれるおそれ」があり同法220条4号ロ所定の文書に該当する旨の監督官庁の意見に相当の理由があると認められます(最高裁平成17年7月22日決定)。
・ 全国消費実態調査の調査票情報を記録した準文書は,具体的事情によっては,民訴法231条において準用する同法220条4号ロ所定の「その提出により…公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に当たります(最高裁平成25年4月19日決定)。
(3) 該当する例及び該当しない例
・ 労働災害が発生した際に労働基準監督官等の調査担当者が労働災害の発生原因を究明し同種災害の再発防止策等を策定するために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめて作成した災害調査復命書に,(1)当該調査担当者が事業者や労働者らから聴取した内容,事業者から提供を受けた関係資料,当該事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項という当該調査担当者が職務上知ることができた当該事業者にとっての私的な情報のほか,(2)再発防止策,行政指導の措置内容についての当該調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されていること,(1)の情報に係る部分の中には,上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,当該調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があることなど判示の事情の下においては,上記災害調査復命書のうち,(2)の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の文書に該当しないとはいえないが,(1)の情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しません(最高裁平成17年10月14日決定)。
    なお,「(1)の情報に係る部分の中には,(a)上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,当該調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,(b)調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があること」という裁判要旨に関して,最高裁平成17年10月14日決定の調査官解説には「本決定は,本件事案に即して(a),(b)の2点を考慮要素として挙げたが,そのいずれかが欠ければ直ちに公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが存在すると判断すべきことをいうものではないであろう。」と書いてあります(平成17年度の最高裁判所判例解説(民事篇)718頁)。

4 除外事由としての民事訴訟法220条4号ハ(職務上知り得た事実で黙秘すべきもの,技術又は職業の秘密に関する文書)に関する最高裁判例
(1) 総論

ア 民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいいます(最高裁平成16年11月26日決定)。
イ 民訴法197条1項2号は,法定専門職にある者が,その職務上,依頼者等の秘密を取り扱うものであり,その秘密を保護するために法定専門職従事者等に法令上の守秘義務が課されていることに鑑みて,法定専門職従事者等に証言拒絶権を与えたものです(最高裁令和3年3月18日決定)。
ウ 民訴法197条1項3号所定の「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいいます(最高裁平成12年3月10日決定)。
(2) 該当しない例
・ 破たんした保険会社につき選任された保険管理人が,金融監督庁長官から,保険業法(平成11年法律第160号による改正前のもの)313条1項,242条3項に基づき,当該保険会社の破たんについての旧役員等の経営責任を明らかにするために弁護士,公認会計士等の第三者を委員とする調査委員会を設置して調査を行うことを命じられたため,上記命令の実行として弁護士及び公認会計士を委員とする調査委員会を設置し,当該調査委員会から上記調査の結果が記載された調査報告書の提出を受けたという事実関係の下では,当該調査報告書は,民訴法220条4号ハ所定の「第197条第1項第2号に規定する事実で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」に当たりません(最高裁平成16年11月26日決定)。
・ A,Bを当事者とする民事訴訟の手続の中で,Aが金融機関Cを相手方としてBとCとの間の取引履歴が記載された明細表を対象文書とする文書提出命令を申し立てた場合において,Bが上記明細表を所持しているとすれば民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず提出義務が認められること,Cがその取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえないことなど判示の事情の下では,上記明細表は,同法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえず,同法220条4号ハ所定の文書に該当しません(最高裁平成19年12月11日決定)。
・ 金融機関を当事者とする民事訴訟の手続の中で,当該金融機関が行った顧客の財務状況等についての分析,評価等に関する情報が記載された文書につき,具体的事情によっては,文書提出命令が申し立てられた場合において,上記文書が民訴法220条4号ハ所定の文書に該当しません(最高裁平成20年11月25日決定)。

5 除外事由としての民事訴訟法220条4号ニ「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に関する最高裁判例
(1) 総論
・ ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たります(最高裁平成11年11月12日決定)。
・ 国立大学法人が所持し,その役員又は職員が組織的に用いる文書についての文書提出命令の申立てには,民訴法220条4号ニ括弧書部分が類推適用されます(最高裁平成25年12月19日決定)。
(2) 該当する例
・ 仙台市議会の議員が所属会派に交付された政務調査費によって費用を支弁して行った調査研究の内容及び経費の内訳を記載して当該会派に提出した調査研究報告書及びその添付書類は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たります(最高裁平成17年11月10日決定)。
・ 名古屋市議会の会派が市から交付された政務調査費を所属議員に支出する際に各議員から諸経費と使途基準中の経費の項目等との対応関係を示す文書として提出を受けた報告書及びこれに添付された領収書は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たります(最高裁平成22年4月12日決定)。
・  弁護士会の綱紀委員会の議事録のうち「重要な発言の要旨」に当たる部分は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当します(最高裁平成23年10月11日決定)。
(3) 該当しない例
・ 信用金庫の会員が代表訴訟において信用金庫の貸出稟議書につき文書提出命令の申立てをしたことは,当該貸出稟議書が民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない特段の事情とはいえません(最高裁平成12年12月14日決定)。
・ 信用組合の貸出稟議書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないことがあります(最高裁平成13年12月7日決定)。
・ 銀行の本部の担当部署から各営業店長等にあてて発出されたいわゆる社内通達文書であって一般的な業務遂行上の指針等が記載されたものは,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たりません(最高裁平成18年2月17日決定)。
・ 介護サービス事業者が介護給付費等の請求のために審査支払機関に伝送する情報を利用者の個人情報を除いて一覧表にまとめた文書は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たりません(最高裁平成19年8月23日決定)。
・  銀行が,法令により義務付けられた資産査定の前提として,監督官庁の通達において立入検査の手引書とされている「金融検査マニュアル」に沿って債務者区分を行うために作成し,保存している資料は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たりません(最高裁平成19年11月30日決定)。
・ 岡山県議会の議員が県から交付された政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿は,具体的事情によっては,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たりません(最高裁平成26年10月29日決定)。

6 除外事由としての民事訴訟法220条4号ホ(刑事事件に係る訴訟に関する書類)に関する最高裁判例
・  検察官等から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し若しくは受領した文書等又はその写しは,民訴法220条4号ホに定める刑事事件に係る訴訟に関する書類又は刑事事件において押収されている文書に該当します(最高裁令和2年3月24日決定)。

7 民事訴訟法223条1項に関する最高裁判例
・ 1通の文書の記載中に提出の義務があると認めることができない部分があるときは,特段の事情のない限り,当該部分を除いて提出を命ずることができます(最高裁平成13年2月22日決定)。
・ 裁判所は,財務諸表等の監査証明に関する省令(平成12年総理府令第65号による改正前のもの)6条に基づき監査調書として整理された記録又は資料のうち,貸付先の一部の氏名,会社名等の部分を除いて文書提出命令を発することができます(最高裁平成13年2月22日決定)。

8 民事訴訟法223条6項(インカメラ手続)に関する最高裁判例等
(1) 最高裁判例
・ 事実審である抗告審が民訴法223条6項に基づき文書提出命令の申立てに係る文書をその所持者に提示させ,これを閲読した上でした文書の記載内容の認定は,それが一件記録に照らして明らかに不合理であるといえるような特段の事情がない限り,法律審である許可抗告審において争うことができません(最高裁平成20年11月25日決定)。
・ 情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消訴訟において,不開示とされた文書を目的とする検証を被告に受忍義務を負わせて行うことは,原告が検証への立会権を放棄するなどしたとしても許されず,上記文書を検証の目的として被告にその提示を命ずることも許されません(最高裁平成21年1月15日決定)。
・ 電気通信事業者は,その管理する電気通信設備を用いて送信された通信の送信者情報で黙秘の義務が免除されていないものが記載され,又は記録された文書又は準文書について,当該通信の内容にかかわらず,検証の目的として提示する義務を負いません(最高裁令和3年3月18日決定)。
(2) 調査官解説の記載
・ 最高裁平成17年10月14日決定に関する最高裁判所判例解説には,「本決定(山中注:最高裁平成17年10月14日決定)によれば,「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」は,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要というのであるから,裁判所は,当該文書の記載内容について,インカメラ手続又はボーンインデックス方式等によって,その具体的内容を十分に把握した上で判断すべきものである。」と書いてあります(平成17年度の最高裁判所判例解説(民事篇)728頁)。

9 民事訴訟法223条7項(即時抗告)に関する最高裁判例等
(1) 最高裁判例
・ 証拠調べの必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却下する決定に対しては,当該必要性があることを理由として独立に不服の申立てをすることはできません(最高裁平成12年3月10日決定)。
・ 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、文書の提出を命じられた所持者及び申立てを却下された申立人以外の者は抗告の利益を有しません(最高裁平成12年12月14日決定)。
・ 文書提出命令の申立てを却下する決定に対し,口頭弁論終結後に即時抗告をすることはできません(最高裁平成13年4月26日決定)。
(2) 判例タイムズの論文の記載
・ 「文書提出命令の審理・判断における秘密保護と真実発見」(寄稿者は55期の中武由紀)には以下の記載があります(判例タイムズ1444号(2018年3月号)31頁)
① 最高裁は,4号ロ,ハ前段,ニの判断において,ハ後段において用いられるような,証拠としての重要性や代替証拠の有無等との比較衡量を用いるかどうかについて明らかにしていない
② 別表一覧表の【22】(抗告審)(山中注:高松高裁平成27年2月27日決定(判例秘書掲載))は,原審が証拠調べの必要性を認めて文書提出命令を発令した事案において,ハ該当性判断のための比較衡量の際に,証拠調べの必要性が高くない旨を述べて,一部提出義務の存否を検討することなく提出義務を否定したものであるが,抗告審が証拠調べの必要性について原審とは異なる心証をもった結果ではないかと推測できる。

10 文書提出命令に関する下級審判例
(1) 民事訴訟法220条1号関係

ア 札幌高裁令和2年8月11日決定は,黒塗り文書の引用文書該当性に関して以下の判示をしています(改行を追加しています。)。
     民訴法220条1号が訴訟において引用した文書を自ら所持するときにその提出義務を負うとした趣旨は,当該文書の秘密保持の利益を放棄したと解されること及び相手方当事者に当該文書を利用させ,反論の機会を与えることが公平にかなうことにあると解される。
 基本事件におけるYの主張内容等に照らすと,Yは,基本事件で陳述した答弁書,各準備書面において,本件黒塗り部分について,本件処分の処分理由が真実であるとの心証を裁判所に抱かせるために言及しているとはいえず,秘密保持の利益を放棄したとはいえない。
     また,Yが本件聞き取り調書に言及している態様に加え,本件黒塗り部分の類型的性質が明らかにされているにとどまるため,本件聞き取り調書の証拠価値には限界があることに照らすと,Xに本件黒塗り部分を開示して利用させ,反論の機会を与えなければ,裁判所に一方的な心証を抱かせる危険性があるとはいえず,公平にかなわないとはいえない。
    結局,本件の事実関係の下では,Yが本件文書の存在及び本件黒塗り部分の内容を引用したとは認められない。
イ 最高裁令和3年5月20日決定は,「所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」と判示してXの許可抗告を棄却しました(判例時報2516号11頁)。
(2) 民事訴訟法220条2号関係
ア 交通事故の損害賠償請求事件において、事故車両となった都営バスが事故時に設置していたドライブレコーダー映像は,基本事件原告が基本事件被告(東京都)に対し,東京都情報公開条例に基づき引渡し又は閲覧を求めることができるため,民事訴訟法220条2号に掲げる準文書に該当すると解されています(東京高裁令和2年2月21日決定(判例時報2480号7頁以下)参照)。
     都営バスの交通事故の場合,東京都の代表者は公営企業管理者東京都交通局長となります(地方公営企業法8条1項本文及び東京都公営企業組織条例2条,並びにWikipediaの「地方公営企業」参照)。
イ 東京高裁令和2年10月30日決定は,基本事件において不動産媒介契約に基づく仲介手数料の支払をY(株式会社)に求めるXが,債権者として会社法上の閲覧等請求権を有すると主張し,民訴法220条2号に基づきYの株主名簿,株主総会議事録及び計算書類等(以下「本件各文書」といいます。)の提出を求めた文書提出命令の申立てに関して,Yの債権者であることの一応の証明をしたXは本件各文書につき会社法125条2項,318条4項及び442条3項に基づき閲覧等請求権を有するということで,文書提出命令が発令された事案です。
     最高裁令和3年2月2日決定は,「所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。」と判示してYの許可抗告を棄却しました(判例時報2516号10頁)。
(3) 民事訴訟法220条3号関係
・ 大阪地裁令和5年9月19日決定(判例タイムズ1516号(2024年3月号))は以下の事例です。
① 申立人(基本事件の原告)が被告人となった刑事事件(申立人については無罪判決が確定)において,申立人の共犯者とされた者の取調べ録音録画につき,民事訴訟法220条3号後段所定の法律関係文書に該当するとされた事例
② 上記取調べ録音録画のうち,申立人の刑事裁判の公判に提出された部分について,閲覧制限事由はなく文書提出義務を認めることに支障はないとされた事例
③ 上記取調べ録音録画のうち,申立人の刑事裁判の公判に提出されなかった部分について,刑事訴訟法47条に基づきその提出を拒否したことが,保管検察官の裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものとされた事例
(4) 民事訴訟法220条4号関係
ア 広島高裁令和2年11月30日決定は,中学生の自死に関して生徒又は教職員からアンケート又は事情聴取により得られた情報が記載された文書に関する文書提出命令の申立てについて,要旨以下のとおり判断して一部の文書については申立てを却下し,他の文書については,自殺したA以外の生徒の具体的な特定につながる部分等を除いて提出することを命じました。
(a) 生徒及び教員を対象とするアンケートの回答用紙原本については,開示すると将来の同様の調査で協力が得られず,真実解明を阻害する具体的なおそれがあり,公務遂行支障性が認められる。
(b) 同アンケートの回答を転記,集約した文書については,①回答者である生徒や教員は回答内容がプライバシーに配慮した方法で公表されることは予期していたといえること,②個人の特定につながる部分をマスキングすれば情報の匿名性が高まること,③生徒の自死という問題の重要性等に照らせば,聴取内容がプライバシーに配慮した方法で提出されたからといって,将来の同様の調査で協力が得られなくなる具体的なおそれがあるとはいえないこと等及び証拠としての重要性を考慮すると,個人の特定につながる部分をマスキングすれば公務遂行支障性は認められない。
(c) 生徒及び教員からの聴取内容を要約,集計等した文書の一部については,事情聴取に当たり,明示に非公開の約束がされていたとは認められないこと,前記(b)の②及び③の事情並びに証拠としての重要性を考慮すると,個人の特定につながる部分をマスキングすれば公務遂行支障性は認められない。
     最高裁令和3年6月3日決定は,「所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。」と判示して許可抗告を棄却しました(判例時報2516号11頁及び12頁)。
イ 国際郵便小包の配達証及び同控えは,追跡用番号が付され郵便事故の際の追跡調査に資する面はあるとしても法律関係文書に該当しませんし,開示されると通信の秘密や個人のプライバシーが侵害されるおそれがあるものといえますから,事故利用文書に該当します(高松高裁平成25年9月26日決定)ところ,当該決定は最高裁平成26年1月16日決定によって支持されました(判例時報2291号8頁)。

11 民事訴訟法の条文
(1) 219条(書証の申出)
    書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

(2) 220条(文書提出義務)
    次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書


(3) 223条(文書提出命令等)
① 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。
② 裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。
③ 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。
④ 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。
一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ
二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
⑤ 第三項前段の場合において、当該監督官庁は、当該文書の所持者以外の第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について意見を述べようとするときは、第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べようとするときを除き、あらかじめ、当該第三者の意見を聴くものとする。
⑥ 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。
⑦ 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる。


12 関連記事その他
(1) 判例タイムズ1444号(平成30年3月1日付)に「捜査機関が所持する解剖関係の鑑定書の文書提出命令」及び「文書提出命令の審理・判断における秘密保護と真実発見」が載っています。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 即時抗告,執行抗告,再抗告,特別抗告及び許可抗告の提出期限
・ 最高裁判所における違憲判決の一覧
 最高裁判所大法廷の判決及び決定の一覧
 最高裁が出した,一票の格差に関する違憲状態の判決及び違憲判決の一覧
 民事事件の判決原本の国立公文書館への移管
・ 日本国憲法外で法的効力を有していたポツダム命令


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