第1 この記事の対象と結論
本記事は,令和7年司法試験の論文式試験のうち,民事系科目第2問(商法)を対象として,法務省が公表した「出題の趣旨」及び「採点実感」から答案の評価項目を抽出し,5段階で重み付けをした上で,それらの評価項目を満たす模範解答を示すものである。
本問は,上場会社である甲社について,代表取締役Aが取締役会の留保に反して行った設備投資の責任(設問1),取締役会から報酬の配分の再一任を受けたAが自己の報酬のみを2億円増額した行為の責任(設問2)及び訴訟の係属中の募集株式の発行により少数株主要件を欠くに至った株主の会計帳簿等の閲覧謄写請求の可否(設問3)を問うものである。
公式資料から抽出できた評価項目は65項目であり,重み5(答案の骨格又は採点実感が核心・中心的な問題点とした事項)に当たるのは,取締役会の留保に反した行為を善管注意義務違反とする主張,緊急性が高い場合の例外の余地とその当てはめ,報酬額の決定が善管注意義務違反を構成し得るか及びその判断基準,少数株主要件の充足時点の原則,最決平成18年9月28日を踏まえた例外の枠組み並びに間接事実による妨害目的の認定の8項目である。
第5の模範解答は,論文式答案で広く使われてきた型(問題提起,規範の定立,当てはめ及び結論の順に書く型)で示し,その後に出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説を付けている。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,本問の出題の趣旨(民事系科目第2問の部分)又は採点実感(同)の記述から抜き出したものに限り,一つの項目に一つの判定対象だけを入れ,答案に何が書かれていれば満たすのかが分かる形に言い換えた。
「〜しない」の形の項目は,採点実感が誤り又は不適切な答案として指摘した事項であり,そのような記述がないことをもって満たすものとした。
各項目には,出題の趣旨と採点実感のどこに根拠があるかを,出題の趣旨については頁と見出し番号(「11頁「2」⑵」は,出題の趣旨の11頁の「2 設問1について」の⑵を指す。),採点実感については見出し番号(「3⑴ア(イ)」は,「3 採点実感」の「⑴ 設問1について」のア(イ)を指す。)で示し,一方の資料に記載がない場合は「記載なし」,一般的な記述から導いたものは「間接」と表示した。
公式資料の文章は,評価の強さを示す短い語句を除いて引用せず,根拠となる記述の趣旨を要約して示している。
2 5段階の重み付けの基準
重みは,公式資料の書きぶりの強さから本記事が付けたものであり,法務省の配点ではない。
①重み5:出題の趣旨が「主要な論点」として検討を求め,採点実感が核心部分又は中心的な問題点とした事項,又は答案の骨格そのもの
②重み4:出題の趣旨が検討を求め,採点実感も高く評価し又は特に取り上げた事項
③重み3:どちらか一方が明示する中核の理由付け,又は評価を大きく下げる誤りとして指摘された事項
④重み2:一方が軽い表現で触れる補強の事項,又は典型的な誤りとして指摘された事項
⑤重み1:一方が控えめに触れるだけの事項
配点の割合は,設問1から設問3までの順に30:45:25である。
第3 本問の概要
甲社は,東京証券取引所(グロース)に上場する監査役会設置会社であり,総資産額は100億円で,数年来営業赤字が続いていた。代表取締役はAであり,内規では5000万円以上の取引に取締役会の承認が必要とされていた。
設問1では,主要な出荷先である乙社から新製品の供給を打診された甲社の取締役会が,汎用性のない工業用機械β(4000万円)の購入について,乙社との協議の結果を踏まえて改めて承認を得るものとしたにもかかわらず,Aが緊急性を理由に取締役会に諮らずにβを購入し,事後承認も乙社との契約も得られなかったという事例で,監査役Fが甲社を代表してAの責任を追及する訴えを提起した場合の,甲社の立場において考えられる主張とその当否が問われている。
設問2では,定時株主総会が報酬総額の上限を年額1億円から3億円に増額し,配分を取締役会に一任したところ,取締役会から配分の再一任を受けたAが,自己の報酬のみを3000万円から2億3000万円に増額したという事例で,同様に甲社の立場において考えられる主張とその当否が問われている。Aは,総会で,増額の理由を優秀な人材の獲得と現在の取締役の勤労意欲の向上にあると説明していた。
設問3では,議決権の約3.2%を有する株主Gが,Aの親族の留学費用が海外調査費用の名目で支出された疑いを調査するため会計帳簿等の閲覧謄写を請求して訴えを提起したところ,甲社が事業継続のための緊急の資金需要を理由に発行済株式の10%に当たる第三者割当増資をし(実際には使う当てのない多額の預貯金があった。),Gの議決権比率が約2.9%に下がったまま事実審の口頭弁論が終結した場合に,請求が認められるかが問われている。
第4 評価項目と重み
1 設問1(工業用機械βの購入)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 甲社の主張として,βの購入が「重要な財産の譲受け」(362条4項1号)に当たり,取締役会の決議によらない購入は法令違反として423条1項の任務懈怠になる,との主張を立てる | 4 | 11頁「2」⑵(まず考えられる主張) | 3⑴ア(イ)(まず検討が求められる) |
| 2 | 重要な財産の判断基準として,平成6年判例(最判平成6年1月20日)の総合考慮(価額,総資産に占める割合,保有目的,処分行為の態様,従来の取扱い等)を示す | 3 | 11頁「2」⑵ | 3⑴ア(イ)(判例の枠組みを踏まえた検討ができた答案が相当数) |
| 3 | βの価額4000万円が総資産100億円の0.4%にすぎないことを摘示する | 3 | 11頁「2」⑵ | 3⑴ア(イ) |
| 4 | 内規が5000万円以上の取引に取締役会の承認を求め,5000万円未満の取引が議題とされたことがないことを摘示する | 3 | 11頁「2」⑵ | 3⑴ア(イ) |
| 5 | 肯定・否定の要素を摘示した上で,重要な財産の譲受けに当たるかの結論を導く(公式資料は,当たると解するのは難しいとし,端的に当たらないとした答案を高く評価している) | 4 | 11頁「2」⑵(判例の基準による限り該当は難しい) | 3⑴ア(イ)(端的に否定した答案を高く評価。肯定した答案は相対的に低い評価) |
| 6 | 総資産比を4%と誤ったり,営業赤字を債務超過と混同したりするなど,事実関係を取り違えない | 2 | 記載なし | 3⑴ア(イ) |
| 7 | 重要な財産の譲受けに当たらない行為でも,取締役会が個別に決定を求めることはできることを看過しない | 2 | 記載なし | 3⑴ア(イ)(理解に問題がある答案が一定数) |
| 8 | 法令違反を認めながら,経営判断原則による免責を論じない | 2 | 記載なし | 3⑴ア(イ)(経営判断原則の位置付けの誤解) |
| 9 | 甲社の主張として,改めて取締役会の承認を得るものとされていたのに諮らずに購入した行為が取締役会の決議に反し,善管注意義務違反として任務懈怠になる,との主張を立てる | 5 | 11頁「2」⑶(本問の主要な論点) | 3⑴ア(ウ),3⑷ |
| 10 | 代表取締役は,業務執行に際し,基本的には取締役会の決議に従わなければならないことを示す | 4 | 11頁「2」⑶ | 3⑴ア(ウ)(この前提から正面から論じた答案を高く評価) |
| 11 | 企業価値の維持・向上の観点から緊急性が高い場合に,一見決議に反する行為が許される余地があるかを検討する | 5 | 11頁「2」⑶① | 3⑴ア(ウ),イ(ア)(許容される条件の判断枠組みを詳細に検討した答案) |
| 12 | 本問の事実関係の下で,緊急性を理由に事前の承認を得なかったAの行為がそのような場合に当たるかを,緊急性の有無・程度に即して評価する(責任の肯否はいずれの結論も可) | 5 | 11頁「2」⑶②(両方向の結論があり得る) | 3⑴ア(ウ)(緊急性の有無や程度を丁寧に分析した答案を高く評価) |
| 13 | 乙社との契約のため早急にβを購入して試作品を製作する必要があったという事情(時間的要素)を検討に取り込む | 3 | 11頁「2」⑶ | 3⑴イ(ア) |
| 14 | βの購入のリスクとリターンの要素を考慮する | 3 | 記載なし | 3⑴イ(ア) |
| 15 | βを購入するというAの判断内容自体の合理性にも触れる(公式資料は,その合理性を否定することは難しいとする) | 2 | 11頁「2」⑶なお書き | 3⑴ア(ウ) |
| 16 | 取締役会の留保に問題意識を持たないまま,経営判断原則の一般論を大々的に論じない | 4 | 11頁「2」⑶(問題意識なく経営判断原則を論ずることは求められていない) | 3⑴ア(ウ),イ(イ),3⑷ |
| 17 | 取締役会での複数回の協議や本件方針の確認を,決議がAに求めた内容を踏まえずに,Aの責任を否定する事情として使わない | 3 | 記載なし | 3⑴ア(ウ)(論理的整合性を欠く) |
| 18 | 取締役会に諮っていれば承認されなかった蓋然性を論じ,4000万円の支出と任務懈怠との因果関係を認める | 3 | 記載なし | 3⑴イ(ア) |
| 19 | 会社の取締役に対する責任追及を,株主代表訴訟によるものと誤解しない | 2 | 記載なし | 3⑴ア(ア),3⑵ア(ア) |
| 20 | 「甲社の立場」が問われているのに,責任追及を受けるAの立場からの主張を延々と論じない | 2 | 記載なし | 3⑴ア(イ) |
| 21 | 362条4項の法令違反がないと論ずるだけで検討を終えない | 3 | 記載なし | 3⑴ア(ウ) |
| 22 | 承認を得るものとされていたことを強調して重要な財産の譲受けに当たるとし,直ちに法令違反とする構成だけで検討を終えない | 3 | 記載なし | 3⑷ |
| 23 | 事実を漫然と摘示して「以上によれば」と結論せず,個々の要素の意味付けを示す | 2 | 記載なし | 3⑴イ(イ) |
| 24 | 423条1項に触れず,唐突に経営判断原則の一般論と当てはめだけを論じない | 2 | 記載なし | 3⑴イ(イ) |
2 設問2(自己の報酬の増額)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 25 | 総会で報酬総額の上限だけを定め,配分を取締役会に一任することは361条1項に反せず許容されることを指摘する | 3 | 12頁「3」⑵ | 3⑵ア(イ) |
| 26 | 取締役会から代表取締役への再一任が許容されるかを検討する | 4 | 12頁「3」⑵(まず①を指摘した上で②を検討) | 3⑵ア(イ) |
| 27 | 再一任を許容する理由として,総会決議で報酬総額の上限が定まっていることを挙げる | 2 | 12頁「3」⑵ | 3⑵ア(イ) |
| 28 | 再一任を許容する根拠として,会社法施行規則98条の5第6号を挙げる | 2 | 12頁「3」⑵ | 3⑵ア(イ) |
| 29 | 再一任を否定する主張は,平成24年以来の自社の報酬実務を否定し,A以外の取締役への支払も不適法とする主張になることを踏まえ,甲社の立場にふさわしいかを考える | 3 | 12頁「3」⑵ | 3⑵ア(イ),3⑷ |
| 30 | 361条1項の「お手盛り防止」を,会社(株主)対取締役の局面の趣旨として正確に用い,取締役相互の配分の場面にそのまま用いない | 4 | 記載なし | 3⑵ア(イ),3⑷,4(マジックワードのように用いる答案が多い) |
| 31 | 代表取締役の濫用的な配分を理由に,再一任の決議が遡って無効になると論じない | 2 | 記載なし | 3⑵ア(イ) |
| 32 | 退職慰労金の支給決議に関する判断枠組み(基準の存在と株主の推知可能性)を,報酬の配分に誤って用いない | 2 | 記載なし | 3⑵ア(イ) |
| 33 | 甲社の主張として,自己の報酬額のみを2億円増額したAの決定が善管注意義務違反として任務懈怠になる,との主張を立てる | 4 | 12頁「3」⑶ | 3⑵ア(ウ) |
| 34 | 代表取締役による具体的な報酬額の決定が,そもそも善管注意義務違反を構成し得るかを,理由を付けて検討する(総額の範囲内の配分は取締役相互の利害調整でもあり,自明ではない) | 5 | 12頁「3」⑶① | 3⑵ア(ウ),3⑷(中心的な問題点の一つ。検討できた答案は少数) |
| 35 | 善管注意義務違反の判断基準(代表取締役に経営判断原則と同程度の広い裁量を認めるか)を,採用した枠組みと整合する理由を付けて示す | 5 | 12頁「3」⑶② | 3⑵ア(ウ) |
| 36 | 配分の決定には専門的・技術的判断が必要である一方,自己の利益のために恣意的な決定がされる危険がある場面であるという特殊性を踏まえて,裁量の範囲を論ずる | 4 | 12頁「3」⑶②(例示) | 3⑵ア(ウ)(丁寧に論じた答案を高く評価) |
| 37 | 本問の事実関係(増額の幅,他の取締役の据置き,業績の推移等)を分析して,Aの決定の義務違反を当てはめる | 4 | 12頁「3」⑶③ | 3⑵イ(ア),3⑷ |
| 38 | 総会でAが株主に説明した増額の理由と,自己の報酬のみを増額した行為との不整合(株主の合理的意思からの逸脱)を検討する | 4 | 12〜13頁「3」⑶ | 3⑵ア(ウ),3⑷ |
| 39 | 上記の不整合を,善管注意義務違反の判断の一要素とするか,総会決議遵守義務違反として別に論ずるかの構成を示す(いずれの構成も可) | 2 | 13頁「3」⑶ | 3⑵ア(ウ) |
| 40 | 総会での説明が虚偽であった場合に,虚偽の説明がなければ決議がされなかったという関係を前提として,説明義務違反に基づく損害賠償を検討する | 2 | 13頁「3」⑶なお書き | 3⑵ア(ウ) |
| 41 | 決定の結果の不合理性,株主の合理的意思による制約,虚偽の説明による決議の騙取を,論理的に区別して論ずる | 3 | 記載なし | 3⑵イ(ア) |
| 42 | 理由なく2億円全額を損害とせず,適正な額の増額であれば損害はなかったとして,一部について因果関係を論ずる | 3 | 記載なし | 3⑵イ(ア) |
| 43 | 報酬額が契約内容となった後の減額の議論を論じない | 1 | 記載なし | 3⑵ア(ウ)(適切な問題設定ではない) |
| 44 | 増額議案を総会に提出したこと自体を,当然に忠実義務違反(利益相反行為)としない | 1 | 記載なし | 3⑵ア(ウ) |
| 45 | 虚偽の説明を理由に,830条2項に触れないまま総会決議を無効としたり,提訴期間を過ぎた決議取消しを論じたりしない | 2 | 記載なし | 3⑵ア(ウ) |
| 46 | 361条7項・会社法施行規則98条の5を論拠なく断定的に用いない(資本金と総資産を混同して甲社を大会社と断定しない) | 2 | 記載なし | 3⑵ア(ウ)(論述は求められていない) |
| 47 | 再一任を適法としながら,決定が無効となる理由を示さずに不当利得返還請求を論じない | 2 | 記載なし | 3⑵イ(イ) |
| 48 | 再一任を適法としながら,報酬額の決定を356条1項の利益相反取引とし,取締役会の決議がないことを問題としない | 2 | 記載なし | 3⑵イ(イ) |
| 49 | 説明義務違反から直ちに2億円全額を損害としない | 2 | 記載なし | 3⑵イ(イ) |
| 50 | 報酬の支払事務の外部委託を,直ちに善管注意義務違反としない | 1 | 記載なし | 3⑵イ(イ) |
3 設問3(会計帳簿等の閲覧謄写請求)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 51 | 433条2項各号の拒絶事由に当たらないことを検討する | 3 | 13頁「4」⑵ | 3⑶イ(ア)(漏れなく検討したもの) |
| 52 | Gの請求の理由が具体的に明らかにされていることを検討する | 2 | 13頁「4」⑵ | 記載なし |
| 53 | 少数株主要件は,請求が認められるための要件として,事実審の口頭弁論終結時に充足していることを要するのが原則であることを示す | 5 | 13頁「4」⑶(指摘することが求められる) | 3⑶ア(イ) |
| 54 | 充足時点の理由として,少数株主要件が実体的要件であることを示す(濫用抑止という趣旨の説明だけでは時点の結論に結び付かない) | 3 | 記載なし | 3⑶ア(イ),イ(ア) |
| 55 | 最決平成18年9月28日(検査役選任の申立て)の判示を踏まえ,訴えを妨害する目的で募集株式を発行したなどの特段の事情があれば,例外的に請求が認められるという枠組み(信義則によるものでもよい)を示す | 5 | 13頁「4」⑶ | 3⑶ア(イ)(判旨は本問に応用可能) |
| 56 | 増資の時期,必要性の欠如,Aの主導,Gの議決権比率が要件をわずかに下回った結果などの間接事実から,甲社(A)の意図を認定する | 5 | 13頁「4」⑶(事実関係を丁寧に分析) | 3⑶イ(ア) |
| 57 | 株主自身の譲渡による場合と,募集株式の発行等の会社の行為による場合とを区別して請求を認める考え方をとるときは,その理由と任意譲渡の場合との違いを示す | 2 | 13〜14頁「4」⑶なお書き | 3⑶イ(イ) |
| 58 | 根拠条文を847条や434条と誤らない | 2 | 記載なし | 3⑶ア(ア) |
| 59 | 著しく不公正な発行(210条2号)であるから当然に無効であるとして,少数株主要件を満たすと論じない(出訴期間の徒過も看過しない) | 2 | 記載なし | 3⑶ア(イ) |
| 60 | 主要目的ルールの枠組みに引きずられて,割当先が長年付き合いのある丙社であることを例外の判断で考慮しない | 2 | 記載なし | 3⑶ア(イ) |
| 61 | Aが会社資金の私的流用をしたと断定して論じない | 2 | 記載なし | 3⑶ア(イ) |
| 62 | 当てはめを省略して「特段の事情が認められることは明らか」などとして結論しない | 2 | 記載なし | 3⑶イ(イ) |
| 63 | 口頭弁論終結時を基準としながら,理由を示さずに請求を認める結論を導かない | 2 | 記載なし | 3⑶イ(イ) |
4 答案全体
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 64 | 知っている論点や暗記した論証パターンに無理に引き付けず,事実関係の特徴を踏まえ,条文とその制度趣旨から検討する | 3 | 10頁「1」(問題点を適切に分析し,具体的な事実関係に応じて結論を導く) | 2,3⑷,4 |
| 65 | 甲社の訴訟代理人になったつもりで,甲社の立場にふさわしい主張を選んで検討する | 2 | 間接(12頁「3」⑵) | 3⑷ |
5 重みの分布
65項目の内訳は,重み5が8項目,重み4が10項目,重み3が16項目,重み2が28項目,重み1が3項目であり,重みの合計は187点である。
重み5の8項目は,設問1の取締役会の留保と緊急性に関する3項目(番号9・11・12),設問2の報酬額の決定と善管注意義務に関する2項目(番号34・35)及び設問3の少数株主要件の充足時点と例外に関する3項目(番号53・55・56)であり,いずれも出題の趣旨が検討の筋道として示し,かつ採点実感が特に取り上げた事項である。
採点実感は,第2問全体について,設問1では取締役会と代表取締役の権限分配を正しく理解していれば,Aの行為が一見すると取締役会の決議に反するという事実関係の特徴に気付くはずであり,設問2では「お手盛り防止」の語をマジックワードのように用いず,誰と誰の利害調整が問題となる局面かを意識すべきであるとしている(3⑷)。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下の答案は,第4の評価項目をすべて満たすように作成したものであり,設問1及び設問2は甲社の立場において考えられる主張とその当否を,設問3は本件請求が認められるか否かを論じるもので,試験の実施時(令和7年7月)の法令と,それまでに言い渡された判例を前提にしている。
答案は,旧司法試験の時代から論文式答案で広く使われてきた型によっている。
見出しを「1」「(1)」「ア」の順に下げ,論点ごとに,問題提起(「〜ではないか。」「〜が問題となる。」),規範の定立(「思うに,〜。よって,〜と解する。」),当てはめ(「本問では,〜といえる(①)。」)及び結論(「よって」「したがって」「以上より」)の順に書き,反対の立場は「確かに,〜とも思える。しかし,〜。」の形で取り上げ,最後に「以上」と書く型である。
もっとも,現行の司法試験では,採点実感が,暗記した論証パターンに引き付けずに事実関係の特徴を丁寧に分析することを求め(第4の番号64),緊急性の有無・程度や本件増資の時期・必要性といった事実の分析を高く評価しているため(番号12・37・56),規範の論証は争いの中心に絞り,問題文の事実を評価する当てはめに多くの字数を割いた。
字数の配分は,機械的な分類によれば,おおむね問題提起と結論が1割余り,規範が2割弱,当てはめが6割である。
答案の括弧書きで示した判例は,裁判所ウェブサイトの判決全文で判示を確認したものに限った。
「判例同旨」は判例と同じ規範によるもの,「参照」は事案が異なるが判示の考え方を参考にしたもの,「検査役選任申請につき同旨」は検査役選任の申請について示された判示を会計帳簿等の閲覧謄写請求に応用したものを示す。
字数は見出しを含めて約6,400字であり,本問の試験時間(2時間)内に書き切れる分量より多い。
実際の答案では,重み5の評価項目(番号9・11・12・34・35・53・55・56)に対応する部分を残し,その他の部分を短くすることになる。
2 答案
1 設問1について
(1) 甲社は,Aに対し,工業用機械β(以下「本件機械」という。)の購入及び設置(以下「本件購入」という。)について,任務懈怠に基づく損害賠償責任(423条1項)を追及することが考えられる。なお,会社が取締役に対して訴えを提起する場合には監査役が会社を代表するから(386条1項1号),Fが甲社を代表して提起した本件訴えは適法である。
(2) 362条4項1号違反の主張
ア まず,甲社は,本件購入は「重要な財産の……譲受け」(362条4項1号)に当たるのに,Aが取締役会の決議を経ずにこれを行ったことは法令違反であり,Aは「その任務を怠った」と主張することが考えられる。
「重要な」財産に当たるかは,当該財産の価額,その会社の総資産に占める割合,当該財産の保有目的,行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきと解される(判例同旨・最判平成6年1月20日)。
イ 本問では確かに,本件機械は汎用性がなく電子機器αの生産以外に転用できない財産であり,その購入が乙社との供給契約の成否に依存するリスクを伴う点は,重要性を肯定する方向に働くとも思える。
しかし,本件機械の価額4000万円は甲社の総資産100億円の0.4%にすぎない。また,甲社の内規は5000万円以上の取引に限って取締役会の承認を要求し,これまで5000万円未満の取引の承認が取締役会の議題とされたこともなかった。このように,価額及び総資産に占める割合は小さく,甲社の従来の取扱いにおいても取締役会の決議を要する取引とはされていなかったといえる。
よって,本件購入は「重要な財産の……譲受け」に当たらず,この主張は認められない。もっとも,同号に当たらない行為であっても,取締役会がその決定を個別に自らに留保することは妨げられないから,次に,この点からの主張を検討する。
(3) 取締役会の決議に反したことによる善管注意義務違反の主張
ア 甲社は,令和5年10月の取締役会において本件購入は改めて取締役会の承認を得るものとされたのに,Aが取締役会に諮ることなく本件購入をしたことは,同決議に反し,善管注意義務(330条,民法644条)に違反すると主張することが考えられる。これに対し,Aは,乙社との契約を獲得するため緊急性があったと反論することが考えられる。そこで,代表取締役が取締役会の決議に反するようにも見える業務執行を行うことが許される場合があるかが問題となる。
イ 思うに,取締役会設置会社の業務執行の決定は取締役会の職務であり(362条2項1号),代表取締役の業務執行の決定権限は取締役会から委ねられたものにすぎない。よって,代表取締役は,業務執行に際し,基本的には取締役会の決議に従わなければならないと解する。
もっとも,会社の企業価値の維持・向上の観点から緊急性が高く,取締役会の判断を待っていては会社に回復困難な損失が生ずる場合にまで決議に拘束されるとすれば,かえって会社の利益を害する。そこで,①取締役会を開催してその判断を得る時間的余裕がないほど緊急性が高く,かつ,②当該行為が決議の趣旨を損なわない場合に限り,代表取締役は事前に取締役会の承認を得ずに当該行為をすることができると解する。
ウ 本問では確かに,乙社の担当者は,他社にも検討を依頼しており契約できるのは1社だけであるとして,品質の良い試作品を「急ぎ」用意するよう勧めていた。また,従業員のレポートは本件機械を設置すれば品質が向上する見込みを示しており,乙社との契約は甲社に大きな利益をもたらすと見込まれ,本件購入は本件方針にも沿う。これらからすれば,本件購入には一定の緊急性があったといえる。
しかし,乙社は具体的な期限を示しておらず,レポートが示された12月上旬から本件購入がされた同月中旬までの間に,取締役会を招集し(368条1項),又は取締役及び監査役全員の同意により招集手続を経ずに開催する(同条2項)ことは十分に可能であった。したがって,取締役会の判断を得る時間的余裕がないほどの緊急性があったとはいえない(①)。
また,取締役会が本件購入を改めて承認事項とした趣旨は,本件機械には汎用性がなく他の用途に転用できないため,購入前に乙社と供給契約について協議してその内容を確認し,甲社が不測の損害を被らないようにする点にあった。ところが,乙社は当時,供給契約の協議を開始する前提としてより良い試作品を求めていたにすぎず,協議すら始まっていなかった。Aは,本件機械で製作した試作品であれば協議に応じるか等を乙社に確認することもなく本件購入をしたから,本件購入は,まさに取締役会が回避しようとした危険を現実化させるものであり,決議の趣旨を損なうといえる(②)。
なお,取締役会で複数回協議がされ本件方針が確認されたことは,取締役会がなお本件購入を承認事項として留保したという結論に至る経過にすぎないから,Aの責任を否定する事情とはならない。また,本件機械を購入するという判断内容自体は,乙社との契約による利益と本件方針に照らし著しく不合理とまではいえないが,本問で問われているのは,その判断を取締役会の留保に反して独断で行った点である。
よって,Aの行為は,代表取締役に許される例外に当たらず,取締役会の決議に反するものとして善管注意義務に違反し,Aは「その任務を怠った」といえる。
エ Aは,事後承認が得られると考えていたが,同年10月の取締役会ではEの意見に他の取締役全員が賛同して承認が留保されたのであるから,事後承認が当然に得られると考えたことに合理的な根拠はなく,Aに帰責事由がないとはいえない。
オ そして,甲社は本件購入の費用として4000万円を支出したが,本件機械は使われないまま保管され,他の用途にも転用できない。また,10月の取締役会の経緯及び12月下旬の取締役会がAの対応を強く非難して事後承認を拒んだことからすれば,Aが事前に取締役会に諮っていれば本件購入が承認されなかった蓋然性は高い。したがって,4000万円の支出とAの任務懈怠との間には因果関係が認められる。
(4) 以上より,甲社の362条4項1号違反の主張は認められないが,善管注意義務違反の主張は認められ,Aは甲社に対し4000万円(本件機械に処分価値があればこれを控除した額)の損害賠償責任を負う。
2 設問2について
(1) 甲社は,Aに対し,本件報酬額決定をして増額した報酬を受領したことにつき,423条1項に基づく損害賠償責任を追及することが考えられる。
(2) 再一任の適法性
ア 前提として,甲社は,配分の決定を取締役会に一任し,さらにAに再一任したことが361条1項に反すると主張することが考えられる。
361条1項の趣旨は,取締役ないし取締役会が自らの報酬額を定めることによるお手盛りの弊害(会社・株主の財産が取締役に過大に流出すること)を防止する点にある。そうだとすれば,株主総会が報酬の総額の上限を定めれば会社から流出する額は株主の承認の範囲に限られるから,各取締役への具体的な配分を取締役会の決定に委ねることは同項に反しないと解される(判例同旨・最判昭和60年3月26日)。
イ では,取締役会がこれを代表取締役に再一任することはどうか。
確かに,再一任は取締役会による代表取締役の監督機能を弱めるとも思える。しかし,再一任によっても会社から流出する報酬の総額は株主総会の定めた上限を超えない。また,会社法施行規則98条の5第6号は,取締役の個人別の報酬等の内容の決定を取締役に委任することを予定している。よって,再一任も許されると解する(最判昭和31年10月5日参照)。
しかも,甲社は平成24年以降毎年配分をAに再一任しており,再一任が違法であるとする主張は,甲社の長年の報酬実務を自ら否定し,令和5年度のA以外の取締役に対する報酬の支払まで不適法とする主張となるから,甲社の立場から採るべき主張とはいえない。
ウ 本問では,定時株主総会が総額の上限を年額3億円とし配分を取締役会に一任する旨を適法に決議し,取締役会は従来の慣行及び決定方針に従い配分をAに再一任した。本件報酬額決定後の報酬の総額は,2億3000万円+2000万円×3+1000万円=3億円で上限内である。よって,本件報酬額決定は361条1項に違反しない。
(3) Aの善管注意義務違反
ア そこで,甲社は,自らの報酬額のみを2億円増額したAの決定が善管注意義務に違反すると主張することが考えられる。もっとも,総額の範囲内における個別の報酬額の配分は,会社対取締役ではなく取締役相互の利害調整の問題ともいえ,これについて会社に対する善管注意義務違反が生じ得るかがまず問題となる。
思うに,各取締役の具体的な報酬額の決定は,株主総会から委任を受けた取締役会の職務であり,再一任を受けた代表取締役は会社の機関としてその職務を行う。そして,総額の上限は会社が支払い得る最高額にすぎず,その全額を支払うことが義務付けられるわけではないから,職務や業績に見合わない報酬を定めれば,会社は支払う必要のない財産を流出させることになる。よって,代表取締役による具体的な報酬額の決定も,善管注意義務違反を構成し得ると解する。
イ 次に,その判断基準が問題となる。
確かに,各取締役の報酬額の決定には,職務内容・業績の評価や人材の確保等の専門的・技術的な判断を要するから,代表取締役には広い裁量があるとも思える。しかし,再一任を受けた代表取締役が自らの報酬額を決定する場面では,自己の利益のために恣意的な決定がされる危険が類型的に高い。よって,この場面では経営判断原則と同程度の広い裁量は認められず,その決定が,職務内容,会社の業績及び株主総会の決議に示された株主の合理的意思に照らして合理的なものといえるかを厳格に判断すべきと解する。
ウ 本問では,第一に,Aは自らの報酬を前年度の3000万円から2億3000万円へと一挙に約7.7倍としながら,B,C,D及びEの報酬は前年度と同額に据え置いた。甲社では営業赤字が続いていたから,この増額はAの職務や会社の業績を反映したものとはいえず,決定の結果自体が合理性を欠く。
第二に,Aは,定時株主総会で「なぜ取締役の報酬を増やす必要があるのか」との株主の質問に対し,上限額の増額が必要な理由を,優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらうことと,現在の取締役の勤労意欲の向上にあると説明し,本件議案はこの説明を前提に可決された。ところが,Aは,増額分2億円の全てを自らの報酬に充て,新たな人材の獲得や他の取締役の処遇に一切振り向けなかった。これは,株主総会の決議に示された株主の合理的意思から逸脱するものである。
第三に,Aは,増額後の自己の報酬額を他の取締役に明らかにせず,取締役会に報告することもしなかったから,その決定は取締役会による監督(362条2項2号)の及ばない状態で行われた。報酬の支払事務を外部に委託したこと自体は違法ではないが,従業員に知られないようにした経緯と併せ,Aが決定の不当性を認識していたことを推認させる。
以上より,本件報酬額決定は合理性を欠き,Aは善管注意義務に違反し「その任務を怠った」といえる。なお,株主の合理的意思からの逸脱は,株主総会の決議を遵守する義務(355条)の違反としても構成し得る。
エ さらに,Aの総会における説明が当初から虚偽であった場合には,説明義務違反を理由とする責任も考えられる。もっとも,そのためには,虚偽の説明がなければ本件議案が可決されなかったといえる関係が必要であり,これを認めるに足りる事実は問題文から明らかでないから,この構成による損害を増額分全額とみることはできない。
(4) 損害
Aが適正な額の報酬を定めていれば甲社はその額を支払ったはずであるから,甲社の損害は,Aに支払われた報酬のうち適正な額を超える部分である。例えば,報酬の総額の上限が従前の3倍とされたことに照らし,Aの適正な報酬額を従前の3倍の9000万円とみれば,損害は2億3000万円からこれを控除した1億4000万円となる。
(5) 以上より,甲社の再一任の違法をいう主張は認められないが,善管注意義務違反の主張は認められ,Aは,受領した報酬のうち適正な額を超える部分について,甲社に対し損害賠償責任を負う。
3 設問3について
(1) Gの本件請求(433条1項)が認められるためには,①総株主の議決権の100分の3以上を有すること,②請求の理由を明らかにすること,③同条2項各号の拒絶事由がないことが必要である。
(2) ②及び③について
請求の理由は具体的に示す必要があるが,その理由を基礎付ける事実が客観的に存在することの立証までは要しないと解される(判例同旨・最判平成16年7月1日)。本問では,Gは,令和5年7月から9月までに海外調査費用として支出された金銭の使途を調査するという目的を明示しており,具体的な理由が明らかにされている(②)。
また,Gの目的は,調査結果次第でAの責任を追及する訴え(847条)を提起するためのものであり,「権利の確保又は行使に関する調査」に当たるから,433条2項1号に当たらない。さらに,Gは自ら営業を行わず,甲社と競合する事業を営む会社の株式又は持分も保有していないから同項3号にも当たらず,その他の拒絶事由をうかがわせる事情もない(③)。
(3) ①について
ア Gの議決権割合は,本件請求時には約3.2%であったが,本件増資により約2.9%となり,事実審の口頭弁論終結時までそのままであった。そこで,少数株主要件を充足すべき時点が問題となる。
思うに,433条1項の少数株主要件は,閲覧謄写請求権という実体上の権利が認められるための要件である。そして,実体上の要件は,別段の定めがない限り,事実審の口頭弁論終結時を基準に判断される。よって,同要件は事実審の口頭弁論終結時に充足されていることを要し,充足されていなければ請求は棄却されるのが原則であると解する。
イ もっとも,会社が募集株式の発行をすれば株主の議決権割合は低下するから,会社自らの行為によって株主の請求を封じることができるとすれば,少数株主に閲覧謄写請求権を認めた趣旨が没却される。そこで,会社が当該請求に係る訴えを妨害する目的で募集株式の発行をしたなどの特段の事情がある場合には,例外的に請求が認められると解する(検査役選任申請につき同旨・最決平成18年9月28日)。
ウ 本問では,甲社の取締役会は事業継続のための緊急の資金需要を理由に本件増資を決定したが,甲社は特に使う当てのない多額の預貯金を有しており,そのような資金需要は存在しなかった。したがって,本件増資には,表示された資金調達以外の目的があったと推認される。
また,甲社は,Gの意図を察知したAの指示により本件請求に応じず,Gが令和6年4月に訴えを提起した翌月に,Aが終始議論を主導して本件増資が決定された。さらに,発行済株式の10%に相当する本件増資により,Gの議決権割合は約3.2%から約2.9%となり,要件をわずかに下回ることとなった。
これらの本件増資の時期,必要性の欠如,Aの主導及び結果の各事情からすれば,本件増資は,本件請求に係る訴えを妨害する目的でされたものと認められ,特段の事情がある。
(4) したがって,本件請求は,令和5年7月から9月までの海外調査費用の支出に係る会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧謄写を求める限度で認められる。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の1は第4の番号1〜24(設問1),2は番号25〜50(設問2),3は番号51〜63(設問3)に対応し,番号64・65(答案全体)は各設問の主張の選び方と当てはめの書き方で満たすようにした。
重み5の8項目は,1(3)アの取締役会の決議に反したことによる善管注意義務違反の主張(番号9),1(3)イの緊急性が高い場合の例外の枠組み(番号11),1(3)ウの緊急性の当てはめ(番号12),2(3)アの報酬額の決定が善管注意義務違反を構成し得るか(番号34),2(3)イの判断基準(番号35),3(3)アの少数株主要件の充足時点の原則(番号53),3(3)イの特段の事情による例外の枠組み(番号55)及び3(3)ウの妨害目的の認定(番号56)に当たる。
(2) 設問1(取締役会の留保に反した設備投資)
設問1について,出題の趣旨は,まず工業用機械βの購入が「重要な財産の譲受け」に当たるとする主張を検討させるが,平成6年判例の基準を適用する限り,該当すると解するのは難しいとしている。
採点実感も,総資産に占める割合が0.4%にすぎないことや内規の定めを挙げて端的に該当しないとした答案を高く評価し,該当するとした答案は相対的に低い評価にとどまったとしているため(番号5),答案は1(2)でこの主張を簡潔に退けた。
その際,重要な財産の譲受けに当たらない行為でも取締役会が個別に決定を求めることはできるという理解を示すことが求められているため(番号7),1(2)イの末尾でこれを述べて次の主張につないだ。
出題の趣旨は,改めて取締役会の承認を得るものとされていたにもかかわらず取締役会に諮らずに購入した行為が,一見すると取締役会の決議に反するように見える点を本問の主要な論点とし,この点に問題意識を持たないまま経営判断原則を論じることは求められていないとしている(番号9・16)。
採点実感は,この点に問題意識を持った答案は少数にとどまり,経営判断原則の一般論を大々的に論じても評価されないとする一方,取締役会と代表取締役の権限分配を正しく理解していれば,この事実関係の特徴に気付くはずであるとしている(3⑷)。
そこで答案は,経営判断原則(最判平成22年7月15日)を主軸に据えず,362条2項1号の権限分配から,代表取締役は基本的に取締役会の決議に従わなければならないという原則と,緊急性が高い場合の例外の条件を立てた(番号10・11)。
緊急性の当てはめ(番号12)では,乙社の「急ぎ」の求め,契約できるのは1社だけであること,大きな利益の見込み及び従業員のレポートを,緊急性を肯定する方向の事実として先に評価した上で(番号13・14),取締役会を招集し又は招集手続を省略して開催する時間があったこと,乙社が期限を示していないこと及び留保の趣旨が購入前に乙社との協議内容を確認する点にあったことから,例外に当たらないとした。
出題の趣旨は責任を肯定する結論も否定する結論もあり得るとし,採点実感も,緊急性を肯定し本件方針に沿うことを指摘して責任を否定した答案を優秀・良好な答案の例に挙げている。
また,取締役会での複数回の協議や本件方針の確認を,決議がAに求めた内容を踏まえずに責任を否定する事情とするのは論理的整合性を欠くとされているため(番号17),答案はこれを留保に至る経過として位置付けた。
判断内容自体の合理性は否定し難いとされていることから(番号15),答案は判断内容自体を著しく不合理とはせず,取締役会の留保に反して独断した点を問題とした。
因果関係は,取締役会に諮っていれば承認されなかった蓋然性から肯定した(番号18)。
(3) 設問2(自己の報酬の増額)
設問2について,出題の趣旨と採点実感は,まず取締役会への一任と代表取締役への再一任が許容されるかを確認させた上で,再一任を否定する主張は,平成24年以来の甲社の報酬実務を自ら否定し,A以外の取締役への支払まで不適法とする主張になることを理解し,甲社の立場にふさわしい主張かを考えることを求めている(番号25〜29)。
答案は,2(2)で再一任を許容し,その理由として総額の上限と会社法施行規則98条の5第6号を挙げた上で,再一任を否定する主張を甲社の立場から採るべき主張ではないとして退けた。
採点実感は,「お手盛り防止」の語を,会社(株主)対取締役の局面の規制という本来の意味を離れ,代表取締役が他の取締役に回すべき金額を独り占めにする場面にまで用いる答案が多かったと指摘している(番号30)。
そこで答案は,2(2)アで361条1項の趣旨を会社財産の取締役への過大な流出の防止として述べ,2(3)アで,総額の範囲内の配分は取締役相互の利害調整の問題でもあるとして,これが会社に対する善管注意義務違反を構成し得るかを別の問題として立てた(番号34)。
善管注意義務違反を構成し得るとする理由には,総額の上限が支払い得る最高額にすぎず,職務や業績に見合わない報酬を定めれば会社が支払う必要のない財産を流出させることを用いた。
判断基準(番号35・36)について,出題の趣旨は,専門的・技術的判断が必要であることから経営判断原則と同じ判断枠組みによる立場と,自己の利益のために恣意的な決定をする危険があることからそのような枠組みによらない立場のいずれもあり得るとし,採用する枠組みと整合的な理由付けを求めている。
答案は,両方の側面を示した上で,自らの報酬額を決定する場面であることから広い裁量を否定し,職務内容,業績及び株主の合理的意思に照らした合理性を厳格に判断する枠組みを採った。
採点実感は,一般的には幅広い裁量を認めつつ,総会でのAの説明や業績の推移等に言及して善管注意義務違反を肯定した答案も優秀・良好な答案の例に挙げている。
当てはめでは,採点実感が,決定の結果の不合理性,株主総会の決議で示された株主の合理的意思による制約及び虚偽の説明による決議の騙取を論理的に区別して論じた答案を高く評価しているため(番号41),答案は2(3)ウの第一・第二と2(3)エでこれらを分けて論じた(番号37〜40)。
報酬の支払事務の外部委託は,それ自体を義務違反とせず,Aの認識を推認させる事情にとどめた(番号50)。
損害については,理由を示さずに増額分2億円の全額を損害とするのではなく,適正な増額であれば損害はなかったとして一部について因果関係を論じた答案が高く評価されているため(番号42),答案は適正な額を超える部分を損害とし,算定の一例を示した。
採点実感は,契約内容となった報酬の減額の議論,356条1項の利益相反取引としての構成,無効の理由を示さない不当利得返還請求,361条7項・会社法施行規則98条の5の断定的な援用などを,適切でない例として挙げており(番号43〜49),答案はこれらを用いていない。
(4) 設問3(少数株主要件の喪失と閲覧謄写請求)
設問3について,出題の趣旨は,少数株主要件以外の要件を確認させた上で,少数株主要件は事実審の口頭弁論終結時に充足されていることを要するのが原則であることの指摘を求めている(番号51〜53)。
採点実感は,少数株主権とした趣旨を株主による濫用的な請求の抑止に求める説明だけでは,要件を満たすべき時点の結論に結び付かないとし,実体的要件であることから口頭弁論終結時で判断されることを明示した答案を高く評価しているため(番号54),答案は3(3)アで実体上の要件であることから原則を導いた。
例外について,出題の趣旨は,検査役の選任申立てに関するものではあるが最決平成18年9月28日の判示を踏まえ,妨害目的の募集株式の発行などの特段の事情があれば例外的に請求が認められるという立論が可能であるとし,信義則による構成も同様に評価されるとしている(番号55)。
採点実感も,同決定は申請人の適格を欠くとして申請を却下したものであり,閲覧謄写請求権という実体権の存否が問題となる本問とは違いがあるものの,その判示は本問に応用できるとしている。
答案は3(3)イで同決定の判示を応用して特段の事情の枠組みを立て,3(3)ウで,本件増資の時期,資金需要の不存在,Aの主導及びGの議決権比率が要件をわずかに下回ったという結果から,妨害目的を認定した(番号56)。
採点実感は,割当先が甲社と長年付き合いのある丙社であることは例外を認めるかの判断で考慮すべき事実ではないとし,Aが会社資金を私的に流用したと断定することも誤りであるとしているため(番号60・61),答案はいずれの事実評価もしていない。
なお,株主自身の譲渡による場合と会社の行為による場合とを区別して請求を認める構成(番号57)も出題の趣旨が認めているが,答案は原則と例外の構成によった。
(5) 答案の弱点
答案の弱点は次の3点である。
第一に,設問1の例外の条件(取締役会の判断を得る時間的余裕がないほどの緊急性と,決議の趣旨を損なわないこと)は答案の解釈による定式であり,これを正面から述べた最高裁判所の判例は,本記事では確認できていない。
第二に,設問2の損害額の算定例(報酬総額の上限が3倍とされたことから適正額を従前の3倍とみる方法)は一つの考え方にすぎず,適正額の認定には問題文にない評価を要する。
第三に,設問3の最決平成18年9月28日は検査役選任の申請に関するものであり,閲覧謄写請求の訴えへの応用は答案の解釈である(公式資料も応用できるとしている。)。
(6) 答案で扱わなかった事項
本件増資の効力を争う訴え(出訴期間は既に経過している。)や本件増資の差止めは,設問が本件請求の可否を問うものであるため,答案では扱っていない。
また,採点実感が本問では論述を求めていないとした361条7項及び会社法施行規則98条の5の決定方針の論点も,答案では扱っていない。
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⑦法務省HPの司法試験・予備試験の資料の所在―年度別の実施・結果・出題趣旨・採点実感のページ一覧(AI作成)
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
①法務省「令和7年司法試験の実施について」
②法務省「令和7年司法試験問題」
③令和7年司法試験論文式試験問題(民事系科目)
④法務省「令和7年司法試験の結果について」
⑤令和7年司法試験論文式試験出題の趣旨
⑥法務省「令和7年司法試験の採点実感」
⑦令和7年司法試験の採点実感(民事系科目)
2 法令
①会社法(e-Gov法令検索)
②会社法施行規則(e-Gov法令検索)
3 裁判例
①最高裁判所第一小法廷平成6年1月20日判決(平成5年(オ)第595号,民集48巻1号1頁)
②最高裁判所第三小法廷昭和60年3月26日判決(昭和59年(オ)第1100号,集民144号247頁)
③最高裁判所第二小法廷昭和31年10月5日判決(昭和30年(オ)第177号,集民23号409頁)
④最高裁判所第一小法廷平成16年7月1日判決(平成15年(受)第1104号,民集58巻5号1214頁)
⑤最高裁判所第一小法廷平成18年9月28日決定(平成18年(許)第12号,民集60巻7号2634頁)
⑥最高裁判所第一小法廷平成22年7月15日判決(平成21年(受)第183号,集民234号225頁)
4 確認状態
出題の趣旨は,民事系科目第2問の部分(10頁から14頁まで)を全て読み,採点実感は,民事系科目の採点実感のうち第2問の部分(7頁から17頁まで)を全て読んだ。いずれも法務省のウェブサイトから取得したPDFによる。
裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトの判決全文で,模範解答で依拠した判示の内容を確認した。
上記②の判決は,株主総会で報酬の総額を定め,配分を取締役会に委ねることができるとした原審の判断を是認したものであり,上記③の判決は,取締役会から社長に一任された報酬の配分を社長が決議の趣旨に従って決定した事案に関するものであるため,模範解答では「参照」として引用した。
上記⑤の決定は,会計帳簿等の閲覧謄写請求ではなく検査役選任の申請に関するものであり,模範解答では「検査役選任申請につき同旨」として引用した。
上記⑥の判決は,第5の3の解説で触れるだけで,答案では用いていない。
条文は,e-Gov法令検索で,試験の実施時点(令和7年7月)の会社法及び会社法施行規則の規定を確認した。
採点実感(3⑵イ(ア))は,損害の一部について因果関係を論ずる答案の例として,Aの適正な報酬を9000万円とし,これを2億円から控除した額を挙げているが,その金額の表記には「万」の脱字があるとみられる上,増額後の報酬(2億3000万円)ではなく増額分(2億円)から適正な報酬の総額を控除しているため,控除の対象がそろっていないとみられる。
模範解答では,適正な報酬額を9000万円とみる場合の損害を,2億3000万円から9000万円を控除した1億4000万円として示した。