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取締役の報酬の配分を代表取締役に再一任できるか―会社法361条,決定方針及び自分の報酬だけを増やした場合の責任(AI作成)

第1 この記事の対象と確認の方法

1 対象と結論の要旨

(1) 扱う場面

株主総会では取締役全員の報酬の総額の上限だけを決め,各取締役への配分を取締役会に一任し,取締役会がさらにその配分を代表取締役に一任する(再一任する)という決め方は,上場会社でも同族会社でも広く見られる。
本記事は,この決め方が会社法上許されるか,また,再一任を受けた代表取締役が自分の報酬だけを大幅に増やした場合に,会社が代表取締役に対して何を主張できるかを扱う。
令和7年司法試験の論文式試験(民事系科目第2問)は,まさにこの場面を設問としており,法務省が公表した出題の趣旨及び採点実感には,実務でも誤りやすい点が具体的に書かれている。

(2) 結論の要旨

①株主総会で報酬総額の上限を定め,配分を取締役会に委ねることは,最高裁判例で認められている。
②取締役会が配分を社長に委ね,社長が自分の報酬額を決めた事案で,最高裁は,社長が一存で自己の報酬額を決めても取締役会の決議の本旨に反しないと判示している。
③令和元年改正で設けられた会社法施行規則98条の5第6号は,会社法361条7項の決定方針で定める事項として,個人別の報酬等の決定を取締役その他の第三者に委任する場合の定め方を定めている。
④他方,再一任を受けた代表取締役が自分の報酬だけを増やした場合には,善管注意義務違反,株主総会決議遵守義務違反,株主総会での説明義務違反などを理由に,会社が損害賠償を求める余地がある。
⑤ただし,これらの構成がどこまで認められるかを正面から判断した最高裁判例は確認できず,損害の範囲も増額分全部になるとは限らない。

2 確認の方法と資料の性質

(1) 確認した資料

令和8年9月26日に,会社法,会社法施行規則及び民法の条文をe-Gov法令検索のデータで確認した。
裁判例は,裁判所HPの裁判例検索で裁判年月日又は掲載誌から個別ページを開き,判決全文のPDFで該当部分を確認したものだけを取り上げた。
令和元年改正の経緯は,法務省民事局のページ及び同ページに掲載された法律概要と省令の新旧対照条文で確認した。

(2) 司法試験の資料の位置付け

司法試験の出題の趣旨及び採点実感は,考査委員が答案に何を期待したかを説明した資料であり,判例でも行政解釈でもない。
また,設例の事実は試験のために作られたものである。
それでも,答案に現れた主張が会社の立場としてふさわしいか,用いた言葉の意味を正しく理解しているかを具体的に指摘しており,実務で主張を組み立てるときの点検表として使える。
本記事では,令和7年司法試験の設例に触れるときは,その旨を明示する。

第2 会社法361条と令和元年改正

1 会社法361条1項・4項の規律

(1) 株主総会で定めるもの

会社法361条1項は,「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において『報酬等』という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。」と定めている。
同項1号は,額が確定している報酬等について「その額」を掲げている。
条文は「各取締役の」額とは書いておらず,取締役全員の総額(上限)を定める決議で足りるかどうかは解釈の問題になる。
この点は,第3の1の最高裁判例が扱っている。

(2) 議案を出す取締役の説明

同条4項は,「第一項各号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において、当該事項を相当とする理由を説明しなければならない。」と定めている。
さらに,株主から質問があれば,取締役は会社法314条により「必要な説明」をしなければならない。
報酬総額の上限を引き上げる議案では,なぜ引上げが必要かが説明され,その説明が後の配分の決定を評価する物差しになる(第5の2)。

2 令和元年改正で入った361条7項と施行規則98条の5

(1) 改正の経緯

法務省民事局のページによれば,会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)は,令和元年12月4日に成立し,同月11日に公布され,一部を除き令和3年3月1日から施行された。
同ページに掲載された法律概要(PDF2頁)は,「取締役の個人別の報酬の内容は,取締役会又は代表取締役が決定していることが多い。」とした上で,報酬を適切に機能させ,その手続を透明化する必要があるとし,上場会社等の取締役会に決定方針を定めさせることとしている。
これに合わせて,令和2年法務省令第52号により,会社法施行規則98条の5(決定方針で定める事項)と121条6号の3(事業報告での開示)が新設された(省令の新旧対照条文PDF58頁~62頁・83頁~84頁)。

(2) 会社法361条7項

同条7項本文は,「次に掲げる株式会社の取締役会は、取締役(監査等委員である取締役を除く。以下この項において同じ。)の報酬等の内容として定款又は株主総会の決議による第一項各号に掲げる事項についての定めがある場合には、当該定めに基づく取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針として法務省令で定める事項を決定しなければならない。」と定めている。
ただし書は,個人別の報酬等の内容が定款又は株主総会の決議で定められているときは,この限りでないとしている。
この規定は,株主総会が総額だけを定め,個人別の額を株主総会以外で決めることを前提にした規定である。

(3) 施行規則98条の5第6号

会社法施行規則98条の5は,決定方針で定める事項として8つの号を掲げている。
①1号は業績連動報酬等・非金銭報酬等以外の報酬等の額又は算定方法の決定に関する方針,②2号は業績連動報酬等に関する方針,③3号は非金銭報酬等に関する方針,④4号はそれぞれの割合の決定に関する方針,⑤5号は報酬等を与える時期又は条件の決定に関する方針である。
⑥6号は,「取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の全部又は一部を取締役その他の第三者に委任することとするときは、次に掲げる事項」とし,「イ 当該委任を受ける者の氏名又は当該株式会社における地位及び担当」「ロ イの者に委任する権限の内容」「ハ イの者によりロの権限が適切に行使されるようにするための措置を講ずることとするときは、その内容」を掲げている。
⑦7号は決定の方法(6号の事項を除く。),⑧8号はその他の重要な事項である。
6号は,個人別の報酬等の決定を代表取締役などに委任することを,定め方を決めた上で許容していると読むのが自然である。

3 決定方針が義務付けられる会社と開示

(1) 義務付けの対象

決定方針の決定が義務付けられるのは,同条7項各号の会社だけである。
1号は「監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、金融商品取引法第二十四条第一項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの」,2号は「監査等委員会設置会社」である。
大会社は,会社法2条6号により,最終事業年度の貸借対照表に「資本金として計上した額が五億円以上であること」又は「負債の部に計上した額の合計額が二百億円以上であること」のいずれかに当たる株式会社である。
総資産の額で判定するのではない。
譲渡制限株式だけを発行する同族会社(公開会社でない会社)の多くは,7項の対象外であり,決定方針を定める法的義務はない。

(2) 事業報告での開示

公開会社では,事業報告に会社役員に関する事項を記載しなければならない(会社法施行規則119条2号)。
その内容として,同規則121条6号の3は,取締役会設置会社(指名委員会等設置会社を除く。)で取締役会から委任を受けた取締役その他の第三者が個人別の報酬等の内容の全部又は一部を決定したときは,その旨とともに,「イ 当該委任を受けた者の氏名並びに当該内容を決定した日における当該株式会社における地位及び担当」「ロ イの者に委任された権限の内容」「ハ イの者にロの権限を委任した理由」「ニ イの者によりロの権限が適切に行使されるようにするための措置を講じた場合にあっては、その内容」を記載するよう求めている。
この開示は,7項の対象会社に限られず,事業年度末に公開会社であれば求められる。

第3 最高裁判例が認めてきた一任と再一任

1 総額を定めて配分を取締役会に委ねること

(1) 最高裁昭和60年3月26日判決

最高裁昭和60年3月26日判決(昭和59年(オ)第1100号,集民144号247頁)は,使用人兼務取締役の使用人分給与を含まない旨を明示して取締役全員の報酬総額を改訂した株主総会決議の効力が争われた事案である。
最高裁は,原審の判断を正当として是認したが,その原審の判断には,「商法二六九条の規定の趣旨は取締役の報酬額について取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止する点にあるから、株主総会の決議で取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分は取締役会の決定に委ねることができ、株主総会の決議で各取締役の報酬額を個別に定めることまでは必要ではなく」という部分が含まれている。
商法269条は,現在の会社法361条に当たる規定である。

(2) この判決から言えること

この判決から言えるのは,総額の上限を株主総会が定めれば,配分を取締役会に委ねてもお手盛り防止の趣旨に反しないということである。
他方で,取締役会がさらに代表取締役へ配分を委ねること(再一任)の可否は,この判決の判断対象ではない。

2 取締役会から社長への再一任

(1) 最高裁昭和31年10月5日判決

最高裁昭和31年10月5日判決(昭和30年(オ)第177号,集民23号409頁)は,株主総会が取締役及び監査役の報酬総額を定めてその分配方法を取締役会に一任し,取締役会が社長と専務取締役に充てる額を決めた上で,両名の間の配分を社長に一任した事案である。
社長は,専務取締役の同意を得ることが期待できない事情の下で,自分の一存で自分の報酬額を決めた。
最高裁は,社長が一存で自己の報酬額を決めたからといって「右取締役会の決議の本旨に反するものでないことは勿論であり」,社長は決議の趣旨に従って配分を決めたにすぎないから当時の商法265条(取締役と会社の取引)にも触れないとした。
さらに,社長が正当に報酬額を決めた後は,社長の同意がない限り,取締役会でもその額を変更できないとした原判決の判断を正当とした。

(2) この判決の射程

この判決は,再一任を受けた社長が自分の報酬額を決めることを,それだけで違法とはしていない。
ただし,判決は,再一任の取締役会決議の有効性そのものを争点として正面から論じたものではなく,事案も総額の中で社長と専務の二人の間の配分を決めたものである。
代表取締役への再一任の適法性を一般的な形で正面から判断した最高裁判例は,今回の調査では確認できなかった。
令和7年司法試験の出題の趣旨も,再一任の可否を「検討することが必要」な論点として位置付けており,確立した判例があるとは説明していない。

3 退職慰労金の一任と再一任

(1) 基準に従う一任

最高裁昭和39年12月11日判決(昭和38年(オ)第120号,民集18巻10号2143頁)は,退職慰労金も在職中の職務執行の対価として支給される限り報酬に含まれ,無条件に取締役会の決定に一任することは許されないとしつつ,会社で慣例となっている一定の基準に従う趣旨の一任であれば無効ではないとした。
最高裁昭和44年10月28日判決(昭和44年(オ)第609号,集民97号95頁)も,裁判要旨によれば,明示的又は黙示的に支給の基準を示し,具体的な金額等はその基準によって定めるべきものとして取締役会に任せることは差し支えないとしている。

(2) 取締役会長等への再一任

最高裁昭和58年2月22日判決(昭和56年(オ)第695号,集民138号201頁)は,退職慰労金の額等の決定を取締役会に一任する株主総会決議と,その決定を取締役会長及び取締役社長に一任する取締役会決議について,内規と慣例があり,株主が内規の存在を知ることができる状況にあったなどの事実関係の下で,いずれも無効とはいえないとした原審の判断を是認した。
退職慰労金について再一任を認めた最高裁判例として,実務上の参考になる。

(3) 通常の報酬の配分に持ち込まない

上記の退職慰労金の判例の事案では,株主総会が金額を示さないまま取締役会に一任していたため,会社の支給基準が「一定の枠」の役割を果たすかどうかが問題になった。
これに対し,通常の報酬の配分は,株主総会が総額の上限を定めているので,同じ枠組みを当てはめる必要はない。
令和7年司法試験の採点実感(PDF11頁)は,配分の決定が「配分に関する一定の基準が存在し、かつ、その基準を株主が推知することができる場合にのみ許容される」と論じる答案について,退職慰労金の支給決議に関する判断枠組みと誤認していることをうかがわせるとし,知識の正確さに難があると評価している。

4 決まった報酬は一方的に減らせない

(1) 最高裁平成4年12月18日判決

最高裁平成4年12月18日判決(平成2年(オ)第1259号,民集46巻9号3006頁)は,「定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束する」とした。
その後に株主総会が無報酬とする決議をしても,その取締役は同意しない限り報酬請求権を失わないとし,この理は職務内容に著しい変更があった場合でも異ならないとした。
最高裁平成22年3月16日判決(平成21年(受)第1154号,集民233号217頁)も,株主総会の決議を経て内規に従い支給されることとなった退職慰労年金について,退任取締役相互間の公平を図るため集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼし,その同意なく未支給の退職慰労年金債権を失わせることはできないとした(黙示の合意や事情変更の原則の適用の有無を審理させるため,原審に差し戻している。)。

(2) 代表取締役が決めた額にも及ぶこと

前記の昭和31年判決は,社長が正当に決めた報酬額は,社長の同意がない限り取締役会でも変更できないとした原判決を是認している。
下級審では,東京地裁令和6年10月10日判決(令和4年(ワ)第9538号ほか)が,退職慰労金の個別支給額を代表取締役が決める旨の取締役会決議に基づき代表取締役が額を決めた時点で,退職慰労金請求権が具体的権利として発生したと認め(判決書102頁),その後の株主総会の不支給決議によってこれを一方的に奪うことはできないとした(同105頁)。
この判決は,再一任の有効性そのものを争点として判断したものではない。
これらから,代表取締役が自分の報酬を大幅に増やした後で,会社が取締役会決議や株主総会決議で額を元に戻そうとしても,それだけでは解決しにくいことが分かる。
会社としては,決定の効力を争うか,決定をした代表取締役の責任を追及するか,という構成を選ぶことになる(第5)。

第4 令和7年司法試験の出題の趣旨・採点実感が示した整理

1 設例と資料の位置付け

(1) 設例の概要

令和7年司法試験論文式試験の出題の趣旨(PDF10頁~13頁)によれば,民事系科目第2問は上場会社である取締役会設置会社(甲社)を舞台とし,設問2は次のような事例である。
①株主総会で取締役の報酬の総額の上限額を3億円とし,各取締役への具体的な配分の決定を取締役会に一任する決議がされた。
②取締役会で,配分の決定を代表取締役Aに再一任する決議がされた。
③Aは,自己の報酬額のみを2億円増額する決定をし,増額した報酬を受領した。
④甲社がAの責任を追及する立場で,考えられる主張とその当否を検討する。
採点実感(PDF10頁)によれば,上限額は従来の1億円から3億円に引き上げられたものであり,出題の趣旨(PDF12頁)によれば,甲社は平成24年以降,毎年,配分を代表取締役に再一任していた。

(2) 試験資料として読むこと

以下は,考査委員が答案に何を期待したかの説明であって,裁判所の判断ではない。
ただ,会社の訴訟代理人として主張を選ぶときの考え方がそのまま書かれているので,実務でも参照する価値がある。

2 一任・再一任の許容性と「お手盛り防止」

(1) 一任と再一任

出題の趣旨(PDF12頁)は,総額の上限額のみを定めて配分を取締役会に一任することは許容されると一般に解されており,これを否定するのは難しいとした上で,再一任が許容されるかを検討する必要があるとする。
許容する理由として,株主総会で総額の上限額が定まっていることや,会社法施行規則98条の5第6号の存在を挙げ,許容しない理由として,取締役会による代表取締役の監督機能が阻害されることを挙げている。

(2) 再一任を否定する主張は会社自身に跳ね返る

出題の趣旨は,甲社では平成24年以降毎年再一任をしているので,再一任を否定する主張は自社の長年の報酬実務を否定することになり,さらに当年度のA以外の取締役に対する報酬支払も不適法だとする主張になることを理解した上で,それが「甲社の立場において考えられる主張」としてふさわしいかを考慮するよう求めている。
採点実感(PDF16頁)も,「お手盛り防止」をマジックワードのように用いて再一任の許容性を否定し,直ちに法令違反とする構成だけで検討を終えるものは高く評価できないとし,訴訟代理人になったつもりで,従前の報酬決定方法全般ではなく,今回の決定の不当性と,株主総会での説明との不整合を具体的に検討するよう求めている。
実務でも,会社が代表取締役の責任を追及するときに,再一任の仕組み全体を違法とする主張から入ると,他の取締役の報酬や過去の支払にまで争いが広がる。

(3) 「お手盛り防止」は会社と取締役の間の規制

採点実感(PDF10頁~11頁)は,361条1項の趣旨として伝統的に述べられてきた「お手盛り防止」の言葉は,「会社(株主)対取締役という局面で会社(株主)の財産を取りすぎないように規制をするという意味」であると説明する。
これに対し,代表取締役が他の取締役に回すべき金額を独り占めにすることを自分で決める場面は,総額の範囲内の問題であり,採点実感は「総額の範囲内における個別報酬額の決定は(対会社ではなく)取締役相互の利害調整の問題であるともいえ」るとしている。
そのため,同じ答案の中で,一任・再一任が許される理由として「会社から流出する財産の上限が定められており、会社法第361条第1項の趣旨に反しない」と述べながら,Aの行為については「Aの行為は会社法第361条第1項の趣旨に反する」と述べるものが,典型例として挙げられている。
また,代表取締役が濫用的に配分を決めたことを理由に,後から遡って再一任の取締役会決議が無効になると論じるのも,適切な法律構成とは評価できないとされている。

3 361条7項・施行規則98条の5についての誤解

(1) 大会社の判定

採点実感(PDF12頁)は,361条7項に言及する答案の多くが論拠を示さずに断定しており,同項1号との関係で甲社を大会社と断定する答案は「資本金と総資産を混同している」とうかがわれたとしている。
出題の趣旨(PDF11頁)によれば,設例の甲社は総資産が100億円とされていたが,前記のとおり,大会社かどうかは資本金の額又は負債の合計額で判定する。

(2) 決定方針は報酬額の実質を定めるものに限られない

採点実感は,「取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針」には,報酬内容それ自体の方針だけでなく,個人別の報酬の決定方法に関する方針も含まれ,第三者に決定を一任する方針を採る場合の定め方を施行規則98条の5第6号が定めていると説明する。
設例には,従来の慣行及び決定方針に従って配分を代表取締役に再一任した旨の記載があったので,決定方針が定められていないと断定することはできないとし,設問2では7項及び同条についての論述は求められていないとしている。

第5 代表取締役が自分の報酬だけを増やした場合に会社が主張できること

1 善管注意義務違反

(1) 根拠条文

会社法423条1項は,「取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において『役員等』という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定める。
会社と役員の関係は委任に関する規定に従い(会社法330条),受任者は「委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」(民法644条)。
会社が代表取締役の責任を問う中心の構成は,配分の決定が善管注意義務に反し,任務を怠ったというものである。

(2) 配分の決定に善管注意義務が及ぶか

出題の趣旨(PDF12頁)は,①そもそも代表取締役による報酬額の決定が善管注意義務違反を構成し得るか,②構成し得るとして,どのような基準で判断するか(経営判断原則と同程度の広い裁量を認めるか),③事案の下で違反と評価できるか,を順に検討するよう求めている。
①を肯定する理由としては,具体的な報酬額の決定は株主総会から委任を受けた取締役会の職務であり,再一任を受けた代表取締役の職務でもあることが挙げられている。
否定する理由としては,会社法は報酬額の決定について株主総会の決議という手続規制を加えるにとどまることが挙げられている。
採点実感(PDF11頁)は,善管注意義務は会社に対する義務であるのに対し,総額の範囲内の配分は取締役相互の利害調整の問題ともいえるので,代表取締役の善管注意義務違反が問題となり得ることは「必ずしも自明ではない」と指摘している。

(3) 裁量の広さ

出題の趣旨は,報酬額の決定には専門的・技術的判断が必要であるとして経営判断原則と同じ枠組みによる考え方と,自分の報酬額を決める場面には自己の利益のために恣意的な決定をする危険があるとしてそのような枠組みによらない考え方の両方を挙げている。
採点実感(PDF12頁)が優秀・良好な答案の例として挙げたものには,一般的には幅広い裁量を認めつつ株主総会での説明や業績の推移を踏まえて違反を肯定するものと,恣意的な決定の危険がある場面であることを理由に厳格に判断すべきとした上で当てはめるものの両方がある。
どちらの枠組みでも,会社側としては,増額の幅,他の取締役の報酬との比較,業績の推移,従前の配分の方法,増額の理由の有無を事実として積み上げることになる。

2 株主総会決議遵守義務と説明義務

(1) 株主総会での説明との不整合

会社法355条は,「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」と定める。
出題の趣旨(PDF12頁~13頁)は,善管注意義務違反を否定する立場を採る場合でも,定時株主総会でAが報酬を増額すべき理由として株主にした説明と,自分の報酬だけを2億円増額した行為の不整合が,善管注意義務違反又は総会決議遵守義務違反を構成するかを検討する必要があるとする。
この不整合は,「株主総会の決議で示された株主の合理的意思から逸脱した行為であるか」という観点で問題になり,善管注意義務違反の一要素として論じても,別に総会決議遵守義務違反として論じても,いずれの構成もあり得るとされている。

(2) 説明が虚偽だった場合

出題の趣旨は,Aの報酬決定が株主総会での説明と整合しないことから,そもそもその説明が虚偽だったと考える余地もあるとする。
その場合,Aが虚偽の説明をしなければ株主総会決議がされなかったという関係が認められれば,甲社は説明義務違反に基づく損害賠償請求をすることも考えられるとしている。
採点実感(PDF13頁)は,説明義務違反を断定した上で直ちに増額分2億円の全額を損害とする答案を不良の例に挙げており,説明と決議の因果関係,損害との因果関係を分けて検討する必要がある。

3 採りにくい構成

(1) 利益相反取引(会社法356条)

代表取締役が自分の報酬額を決めることは,形の上では自分と会社の利害が対立する。
しかし,昭和31年判決は,取締役会の決議に従って社長が自己の報酬額を決めたことは当時の商法265条に触れないとした。
採点実感(PDF13頁)も,再一任を適法としながら,報酬額の決定は利益相反取引であり会社法356条1項が適用されるので取締役会の決議がないことが問題だと論じる答案を不良の例に挙げている。

(2) 株主総会決議の無効・取消し

株主総会の説明が虚偽だったことを理由に,報酬総額を定めた決議自体を無効と主張する構成について,採点実感(PDF12頁)は,無効を問題とするなら「決議の内容が法令に違反すること」(会社法830条2項)を論じる必要があるとしている。
決議の取消しは,会社法831条1項により「株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって」請求しなければならず,採点実感は,設例では提訴期間の徒過により決議の取消しは問題とならないとしている。
実務でも,配分の偏りが分かるのは増額後の報酬が支払われた後であることが多く,その時点では取消しの提訴期間が過ぎていることがある。

(3) 不当利得返還請求

採点実感(PDF13頁)は,一任と再一任をいずれも適法としながら,報酬決定が無効になる理由を論じないまま不当利得返還請求を問題とする答案を不良の例に挙げている。
不当利得は「法律上の原因なく」利益を受けた場合の返還義務(民法703条)であり,報酬決定が有効であれば法律上の原因がある。
第3の4のとおり,いったん決まった報酬額は会社と取締役の間の契約内容となるので,不当利得構成を採るなら,決定が再一任の範囲を超えたことなど,決定が無効になる理由を具体的に組み立てる必要がある。

4 損害の範囲

(1) 増額分全部とは限らない

採点実感(PDF12頁~13頁)は,特に理由を示さずに増額された報酬2億円の全額を損害と認定するのではなく,適正な額の増額をしていれば会社に損害はなかったと考えられるとして,増額分のうち適正額を超える部分について因果関係を認める答案を,優秀・良好な答案の例に挙げている。
報酬総額の上限自体は株主総会が引き上げており,Aにも一定の増額が認められる余地がある以上,会社側としても,増額分全部を請求するだけでなく,適正額を超えた部分を予備的に特定しておくことが考えられる。

(2) 適正額を示す資料

適正額の手掛かりになるのは,従前のAの報酬額,総額の上限の引上げ幅,他の取締役の報酬の推移,業績の推移,株主総会で説明された増額の理由,同業他社の役員報酬の水準などである。
これらの資料の多くは会社の内部にあるので,会社が原告になる場合は集めやすいが,株主が代表訴訟を起こす場合は集め方が問題になる(第6の1)。

第6 責任追及の手続

1 会社の訴えと株主代表訴訟

(1) 会社が原告となる訴え

代表取締役に対する損害賠償請求は,まず会社自身が原告となって行う。
採点実感(PDF10頁)は,会社の取締役に対する責任追及が全て株主代表訴訟によると誤解しているのであれば,会社法の基本的な理解が不足していると評価せざるを得ないとしている。
会社を誰が代表するかは会社の機関設計で異なる。
監査役設置会社では監査役が会社を代表する(会社法386条1項1号)が,ここでいう監査役設置会社には,監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある会社は含まれない(同法2条9号)。
監査等委員会設置会社では会社法399条の7が,指名委員会等設置会社では同法408条が定める者が代表し,それ以外の会社では,株主総会(同法353条)又は取締役会設置会社の取締役会(同法364条)が代表する者を定めることができる。

(2) 株主代表訴訟

会社が訴えを起こさないときは,株主が会社に対して責任追及の訴えの提起を請求し(会社法847条1項),請求の日から60日以内に会社が訴えを提起しなければ,株主が会社のために訴えを提起できる(同条3項)。
公開会社では請求できる株主が「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」に限られるが,公開会社でない会社ではこの保有期間の要件はない(同条2項)。
訴えは会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の専属管轄である(会社法848条)。
少数株主が配分の実態を知るには,取締役会議事録の閲覧・謄写(会社法371条2項。監査役設置会社等では同条3項により裁判所の許可が必要)や,議決権又は株式の100分の3以上を有する株主による会計帳簿の閲覧・謄写(会社法433条1項)を使うことが考えられる。

2 期間と責任の免除

(1) 期間

会社法423条1項の責任について,最高裁平成20年1月28日判決(平成18年(受)第1074号,民集62巻1号128頁)は,改正前の商法266条1項5号に基づく会社の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間を,当時の民法167条1項により10年とした。
現行の民法166条1項は,権利を行使することができることを知った時から5年間,又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに債権が時効によって消滅すると定めているので,増額された報酬が支払われた時期と会社が事実を知った時期を確認しておく必要がある。
株主総会決議の取消しの訴えは決議の日から3か月以内という短い期間の制限があるので,決議の効力を争う余地があるかは早い段階で検討する。

(2) 責任の免除

会社法424条は,423条1項の責任は「総株主の同意がなければ、免除することができない。」と定めている。
ただし,役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは,株主総会の決議によって責任の一部を免除できる(会社法425条1項)。
代表取締役が支配株主である同族会社では,この一部免除の決議が代表取締役の影響下で行われやすいので,少数株主側は,免除の手続が取られたか,その要件を満たしているかも確認する必要がある。

第7 顧問先・同族会社で再一任を続ける場合の整え方

1 株主総会決議と取締役会決議の文言

(1) 株主総会決議

株主総会の決議では,報酬総額の上限を金額で定め,配分は取締役会に一任する旨を明記する。
上限を引き上げる議案では,会社法361条4項により相当とする理由を説明する必要があるので,引上げの理由(業績の改善,取締役の増員,職務の拡大など)を議事録に残しておく。
説明した理由は,後で配分が適切だったかを評価する物差しになるので,実際の配分方針と食い違う説明をしない。

(2) 取締役会決議

361条7項の対象外の会社でも,施行規則98条の5第6号の項目は,再一任の決議の文言を作るときの手本になる。
①委任を受ける者(例えば「代表取締役社長」という地位)を特定する。
②委任する権限の内容(総額の範囲内で個人別の月額報酬を決めること,賞与は含むかなど)を特定する。
③権限が適切に行使されるための措置(社外取締役や監査役の意見を聴く,決定後に取締役会へ報告するなど)を定める。
④配分の基準(役位,職務内容,業績,従前の額など)を定めておくと,代表取締役自身の報酬を決める場面の恣意性を抑えやすい。

2 配分の記録と説明の整合

(1) 記録

代表取締役が配分を決めたときは,決定日,各取締役の額,前年との増減,増減の理由を書面に残し,次の取締役会に報告する。
公開会社では,施行規則121条6号の3により,委任を受けた者,委任された権限の内容,委任した理由などを事業報告に記載する必要がある。

(2) 代表取締役自身の報酬

代表取締役が自分の報酬額を決める場面は,採点実感も指摘するとおり,恣意的な決定の危険がある場面である。
代表取締役自身の報酬だけは取締役会で決める,又は大きな増額は取締役会の承認を要するといった手当てをしておくと,後の紛争を避けやすい。
第3の4のとおり,いったん決まった報酬額は本人の同意なく減らしにくいので,決める前の手続を整えておくことが重要である。

第8 チェックリスト

1 会社又は株主が責任追及を検討するとき

(1) 事実と資料の確認

①定款に報酬の定めがあるか,株主総会の報酬決議の内容(総額の上限,一任の文言)と決議日を確認したか。
②取締役会の再一任決議の文言(委任を受ける者,権限の範囲,報告の定め)と,決定方針の有無を確認したか。
③代表取締役が決めた配分の記録,前年との比較,他の取締役の報酬の推移を入手したか。
④株主総会で上限の引上げについてどのような説明がされたか,議事録や招集通知の参考書類で確認したか。
⑤会社の機関設計(監査役設置会社か,監査役の権限が会計に限定されているか)を登記と定款で確認したか。

(2) 主張の選択

⑥再一任の仕組み全体を違法とする主張が,他の取締役の報酬や過去の支払にまで波及しないか検討したか。
⑦善管注意義務違反と総会決議遵守義務違反,説明義務違反を区別して組み立てたか。
⑧利益相反取引の構成や決議の取消しの構成に頼っていないか(提訴期間は決議の日から3か月)。
⑨損害として,増額分全部に加えて適正額を超える部分を特定できるか。
⑩会社の訴えか株主代表訴訟か,会社を代表する者は誰かを確認したか。

2 再一任を続ける会社が整えておくこと

(1) 決議と方針

①株主総会の報酬決議に,総額の上限と取締役会への一任が明記されているか。
②上限を引き上げるときの説明の理由が議事録に残っているか。
③取締役会の再一任決議に,施行規則98条の5第6号の項目(委任を受ける者,権限,適切な行使のための措置)が入っているか。
④361条7項の対象会社かどうかを,資本金・負債の額と有価証券報告書の提出義務で判定したか。

(2) 運用と記録

⑤配分の基準が定められ,代表取締役自身の報酬に特別の手当てがあるか。
⑥決定後に取締役会へ報告し,記録が残っているか。
⑦公開会社であれば,事業報告に委任に関する事項を記載しているか。

第9 関連記事

取締役の責任と会社法の手続については,次の記事で扱っている。
①取締役が会社に不相当な価格で資産を買わせた場合―会社法423条・429条・株主代表訴訟
②完全子会社の取締役・監査役が親会社に対抗する方法―解任・報酬・監査権限
③会社が取締役個人の債務を保証した場合―利益相反取引,取締役会決議と取引相手の確認事項
④監査役設置会社と取締役・退任取締役との訴訟における会社代表者
⑤株主代表訴訟で会社の顧問弁護士は被告取締役の代理人になれるか―職務基本規程28条の利益相反,会社の補助参加及び住民訴訟の場合
⑥会社法(平成17年法律第86号)の改正経緯
⑦会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引

第10 出典

1 法令

①会社法(平成17年法律第86号)2条6号・9号,314条,330条,353条,355条,356条,361条,364条,371条,386条,399条の7,408条,423条,424条,425条,433条,830条,831条,847条,848条
②会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)98条の5,119条,121条
③民法(明治29年法律第89号)166条,644条,703条

2 裁判例

①最高裁昭和31年10月5日判決(昭和30年(オ)第177号,集民23号409頁)
②最高裁昭和39年12月11日判決(昭和38年(オ)第120号,民集18巻10号2143頁)
③最高裁昭和44年10月28日判決(昭和44年(オ)第609号,集民97号95頁)
④最高裁昭和58年2月22日判決(昭和56年(オ)第695号,集民138号201頁)
⑤最高裁昭和60年3月26日判決(昭和59年(オ)第1100号,集民144号247頁)
⑥最高裁平成4年12月18日判決(平成2年(オ)第1259号,民集46巻9号3006頁)
⑦最高裁平成20年1月28日判決(平成18年(受)第1074号,民集62巻1号128頁)
⑧最高裁平成22年3月16日判決(平成21年(受)第1154号,集民233号217頁)
⑨東京地裁令和6年10月10日判決(令和4年(ワ)第9538号ほか)

3 法務省の資料

①法務省民事局「会社法の一部を改正する法律について」
②会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)の法律概要(PDF2頁)
③会社法改正に伴う会社法施行規則等の一部を改正する省令新旧対照条文(令和2年法務省令第52号,PDF58頁~62頁・83頁~84頁)
④令和7年司法試験論文式試験問題出題の趣旨(民事系科目第2問,PDF10頁~13頁)
⑤令和7年司法試験の採点実感(民事系科目)(第2問,PDF7頁・10頁~13頁・15頁~16頁)