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レビー小体型認知症患者の公正証書遺言の無効主張方法(AI作成)

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第1 本記事の対象と結論の骨格

1 問われるのは診断名ではなく,遺言の内容と結果を弁識する能力である

本記事は,レビー小体型認知症の診断を受けた人が作成した公正証書遺言について,相続人等がその無効を主張する場合の主張の組み立てと立証を扱う。

民法3条の2は「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは,その法律行為は,無効とする。」と定め,同法963条は「遺言者は,遺言をする時においてその能力を有しなければならない。」と定める。

したがって問題となるのは診断名そのものではなく,遺言をした時点において,当該遺言の内容とその結果を理解して判断することができたかである。レビー小体型認知症という診断がある事案でも,遺言能力が肯定された裁判例と否定された裁判例の双方が存在する(第4参照)。

2 公正証書であることは遺言能力を保証しない

公証人が関与したという事実は,作成時の遺言能力を確定させるものではない。公証人は医学的な鑑定をする立場にはなく,公正証書の末尾に置かれる方式文言は定型であって,個別の遺言者にその方式が実質的に機能したかを示すものではない。

公正証書遺言が遺言能力の欠如を理由に無効とされた裁判例は,高等裁判所のものに限っても複数存在する(東京高等裁判所平成25年3月6日判決,東京高等裁判所平成25年8月28日判決,東京高等裁判所平成22年7月15日判決,大阪高等裁判所平成19年4月26日判決)。逆に,重い認知機能の低下がありながら有効とされた裁判例も多い。結論は,医学的な重症度のみで決まるものではない。

3 令和5年改正後の条文構造

公正証書遺言の方式は,令和5年法律第53号(公証制度のデジタル化)により改正され,令和7年10月1日から施行されている。現行の民法969条1項は,①証人2人以上の立会い,②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること,の2点のみを掲げ,同条2項は「前項の公正証書は,公証人法(明治四十一年法律第五十三号)の定めるところにより作成するものとする。」と定める。

改正前の969条3号から5号(筆記,読み聞かせ又は閲覧,署名押印)は削除され,読み聞かせ・閲覧及び承認は公証人法40条1項に移された。同条3項は,嘱託人の申出があり公証人がこれを相当と認めるときは,映像と音声の送受信により相互に状態を認識しながら通話をする方法(ウェブ会議)によることを認めている。

したがって,令和7年10月1日以後に作成された遺言公正証書について読み聞かせ又は閲覧の欠缺を主張する場合,根拠条文は改正前の969条3号ではなく公証人法40条1項である。改正前に作成されたものについては改正前の条文で論ずることになる。改正前の文献が示す条文番号は読み替えを要する。

なお,ウェブ会議による作成が広がると,公証人が対面で遺言者の様子を観察する機会の質が変わり得る。レビー小体型認知症のように覚醒水準の変動が中核となる疾患では,画面越しの観察で傾眠や注意の途切れをどこまで把握できたかが,後の紛争で新たな争点となる可能性がある。

4 総論記事との役割分担

「公正証書遺言の効果的な無効主張方法(AI作成)」は,訴訟の枠組み,当事者,無効原因の全体地図,立証責任の分配,代替請求その他の一般的な問題を扱っている。

本記事は,そのうちレビー小体型認知症に固有の医学的特徴と,公証人実務における作成過程の検証,及びこれらに関する裁判例の分析に対象を絞る。

アルツハイマー型認知症に固有の医学的特徴は,アルツハイマー型認知症と公正証書遺言の無効主張で扱っている。また,本記事が扱う公証人実務の検証は遺言無効を主張する相続人側の視点からの分析であり,公証人自身が遺言能力に疑問がある場合にとるべき予防的な実務対応は,遺言者の遺言能力に疑問がある場合に公証人が取るべき具体的対応で扱っている。

第2 レビー小体型認知症の医学的特徴

1 診断基準の構造

本症の臨床診断は,第4次コンセンサス報告(McKeith IG et al., Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies, Neurology 89:88-100, 2017)によっている。同報告は,従前の基準を改め,臨床的特徴(中核的特徴・支持的特徴)と診断バイオマーカー(指標的バイオマーカー・支持的バイオマーカー)を明確に区別した。

中核的特徴は,①認知の変動,②繰り返し出現する構築された具体的な幻視,③パーキンソニズム,④レム睡眠行動異常症の4つである。レム睡眠行動異常症は,剖検により確認された症例で非本症例に比べ著しく高い頻度で認められた(76パーセント対4パーセント)ことから,第4次報告で中核的特徴に格上げされた。

診断上重要な前提として,同報告は「注意,遂行機能及び視覚処理の障害が,記憶及び呼称の障害に比して不均衡に大きいことが典型である」と述べ,記憶と物品呼称は本症では比較的保たれる傾向があるとしている。この一文は,後述する認知機能検査の読み方に直結する。

また同報告は,臨床現場における本症の検出率はなお不十分であり,多くが見落とされ,又はアルツハイマー型認知症と誤診されていると指摘する。剖検により研究上アルツハイマー型と診断されていた者の半数までにレビー病理が併存し得るという報告も引いている。カルテ上の診断名がそのまま病態を示すとは限らない。

2 中核的特徴としての認知の変動

同報告は,本症の認知の変動を「典型的にはせん妄に類似し,認知,注意及び覚醒の自発的な変化として生じる」ものと説明し,具体的な現れとして,行動の一貫性の欠如,まとまりのない発語,注意の変動,凝視又は意識が抜けるような状態を伴う意識水準の変化を挙げる。

そして,介護者に対し「変動があるか」と直接尋ねてもアルツハイマー型との鑑別には役立たないが,日中の眠気,無気力,虚空を見つめること,まとまりのない発語の挿間について尋ねれば鑑別に役立つとする。

実務上重要なのは,同報告が「診断基準を適用する際には,変動について少なくとも一つの測定結果が記録されているべきである」と明言している点である。したがって,診療記録に本症の診断がありながら変動を評価した記載が一切ない場合には,その診断が何を根拠としているかを問う余地が生じる。逆に,変動評価尺度が実施されていれば,その結果は作成日前後の状態を示す客観資料となる。

変動を捉える尺度としては,介護者からの聴取に基づく評価が確立している。Ferman TJ ら(Neurology 62:181-187, 2004)は,①日中の眠気及び無気力,②2時間以上の日中睡眠,③長時間虚空を見つめること,④まとまりのない発語の挿間,の4項目を抽出し,このうち3項目以上が該当する者は本症の63パーセント,アルツハイマー型の12パーセント,健常高齢者の0・5パーセントであり,3項目以上の該当はアルツハイマー型に対する本症の臨床診断について陽性的中率83パーセントであったと報告している。

3 変動の実測値は秒単位から分単位である

「認知の変動があるのだから,作成時に能力を欠いていたはずである」という主張も,「変動があるのだから,作成時は良い状態だったはずである」という主張も,いずれも医学的な裏付けを欠く。変動の実測研究が明らかにしたのは,変動の時間構造が,法律家が想像する「良い日・悪い日」とは全く異なるという点である。

Walker MP ら(Dementia and Geriatric Cognitive Disorders 11:327-335, 2000)は,注意課題の成績のばらつきを,90秒という試行内,時間単位,週単位で比較し,本症でもアルツハイマー型でも,変動が最も大きいのは90秒という試行内であったと報告した。同論文は,重い変動を示す患者の注意プロファイルは「継続的な変動」の様相を示し,これは変動が個別の挿間の形で生じるという従前の報告と正面から反すると結論している。

Ballard C ら(International Journal of Geriatric Psychiatry 16:494-498, 2001)は,臨床的な変動評価尺度の得点と有意に関連する変動は注意領域のものだけであったと報告している。

これらの知見を法的能力の議論に接続したのが,Shulman KI ほか「Cognitive Fluctuations and the Lucid Interval in Dementia: Implications for Testamentary Capacity」(Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law 43:287-292, 2015)である。同論文は,認知の変動の有病率を,アルツハイマー型で20パーセント,血管性認知症で35パーセントから50パーセント,レビー小体型認知症で90パーセントと整理した上で,①変動が生ずるのは主として注意と覚醒であって,遺言能力に不可欠な出来事の記憶や前頭葉性の遂行機能ではないこと,②客観的に測定される変動はしばしば秒単位又は分単位という極めて短い時間であること,③その振幅は,従前能力を欠いていた者を一時的に遺言のできる状態にするほど大きくないことを指摘し,英米法上の「明晰期間」という概念の妥当性そのものに疑問を投げかけている。

同論文が引く米国の事案(アーカンソー州,2008年)では,裁判所は,遺言者は「混乱した状態から明晰な状態へ移行したのではなく,より混乱した時期と,従前の混乱の基準線に戻ってそれと比べれば明瞭に見える時期を経験したにすぎない」と述べている。これは,介護者や立会人の「あの日はしっかりしていた」という観察が何を意味するかを考えるうえで示唆的である。

したがって実務では,「変動」という語を,能力の有無が往復するという意味では用いず,注意と覚醒の動揺という限定された意味で用い,そのうえで遺言に必要な理解が作成時に成立していたかを別に検討することになる。

4 変動するのは注意と覚醒であり,遺言能力の中身ではない

遺言能力の内容として問題となるのは,自己の主要な財産の把握,利益又は不利益を受ける者の把握,分配の内容とその帰結の理解,従前の意思を変更する理由の理解である。これらは記憶と遂行機能に支えられている。

前記の各研究が示すのは,本症の変動が主として注意と覚醒に現れ,記憶や遂行機能の水準を回復させるものではないということである。したがって,作成時に応答があったこと,眠っていなかったこと,氏名や生年月日に正答したことは,注意と覚醒がその瞬間に一定水準にあったことを示すにとどまり,遺言に必要な理解が成立していたことを直接には示さない。

もっとも,この論理は逆向きにも働く。無効を主張する側が,病気の一般論から作成時の状態を推認することもできない。作成時刻に近い診療記録・介護記録の記載,投薬の時刻との前後関係,作成時の問答の具体的内容によって,作成時の状態を示す必要がある。

5 視空間認知障害と読み聞かせ・閲覧の限界

第4次コンセンサス報告は,本症では空間及び知覚の困難がしばしば早期から生じるとし,有用な検査として交差五角形の模写,複雑図形の模写,積木問題,線の方向の照合,大きさの照合,不完全図形・不完全文字の同定,パレイドリア課題を挙げている。

公正証書の作成手続における読み聞かせ及び閲覧(公証人法40条1項)は,聴覚と視覚を通じた理解を前提とする。視空間認知の障害が前景にある遺言者について,条項ごとの読み聞かせに「はい」と答えたこと,あるいは書面を示されたことをもって,記載内容を把握したと評価できるかは,医学的な検討を要する。難聴,白内障その他の視力障害が併存する場合には,なおその検討が必要になる。

6 抗精神病薬に対する重篤な過敏性

抗精神病薬に対する重篤な過敏性は,第4次コンセンサス報告では支持的臨床特徴に位置づけられている。位置づけが引き下げられたのは,本症においてドパミンD2受容体遮断薬の処方が減ったため診断上の有用性が下がったという理由によるものであり,同報告は「その使用についての注意は変わらない」と明記している。

原典であるMcKeith IG ら(British Medical Journal 305:673-678, 1992)は,剖検で確認されたレビー小体型の20例のうち16例(80パーセント)が抗精神病薬の投与を受け,そのうち13例(81パーセント)に有害な反応が生じ,7例で反応が重篤であったと報告した。重篤な過敏性を示した群は,示さなかった群に比べ精神科受診後1年間の死亡率が高かった(ハザード比2・70)。対照であるアルツハイマー型は14例中1例(7パーセント)にとどまった。

第4次コンセンサス報告も,本症に対する抗精神病薬の使用は重篤な過敏反応のおそれがあるため可能な限り避けるべきであるとし,低用量のクエチアピンが比較的安全とされ広く用いられているが,本症を対象とした小規模なプラセボ対照試験は否定的であったと述べている。

したがって,診療記録上,作成日の前後に抗精神病薬が投与されている場合には,①行動症状が薬物による鎮静を要する程度であったこと,②薬物自体が意識水準と注意を低下させ得ること,③本症では過敏反応の危険が高く投与自体が例外的であること,という三つの意味を併せて検討することになる。投与の時刻,頓用の有無,作成時刻との前後関係を診療記録で確定することが前提となる。

7 せん妄との重畳

第4次コンセンサス報告は,本症の患者は身体疾患の併存に際してせん妄を含む精神状態の悪化を生じやすいとし,ドパミン作動薬及び抗コリン作用薬が認知と行動に悪影響を及ぼし混乱と精神症状をもたらし得るとしている。

Vardy E ら(International Journal of Geriatric Psychiatry 29:178-181, 2014)は,せん妄が疑われた既往が,アルツハイマー型よりレビー小体型認知症において多いことを報告している。近時の後方視的研究(Journal of Neurology, 2025)では,本症の診断に先行してせん妄を経験していた者が26パーセントに及び,その多くは診断の5年以内に生じていたと報告されている。

実務上の帰結は二つである。第一に,作成日前後に発熱,感染,脱水,手術等の身体的な契機があった場合には,せん妄の重畳を検討すべきである。第二に,「せん妄は一過性だから作成時には回復していた」という反論に対しては,せん妄が消退しても基礎にある注意・遂行機能の障害は持続するという整理で応ずることになる。低活動型のせん妄は,静かで手のかからない状態として現れるため,周囲の「落ち着いていた」という観察と両立し得る。

8 診断バイオマーカーとその精度

第4次コンセンサス報告が挙げる指標的バイオマーカーは,①SPECT又はPETによる大脳基底核のドパミントランスポーター取込み低下(感度78パーセント,特異度90パーセント),②MIBG心筋シンチグラフィにおける取込み低下(感度69パーセント,特異度87パーセント。MMSEが21を超える軽症例では感度77パーセント,特異度94パーセント),③睡眠ポリグラフによる筋緊張低下を伴わないレム睡眠の確認(レム睡眠行動異常症の既往がある認知症者では,シヌクレイノパチーである可能性が90パーセント以上)である。

支持的バイオマーカーとしては,CT・MRIにおける内側側頭葉構造の相対的保持(感度64パーセント,特異度68パーセント),FDG-PETにおける後頭葉の代謝低下及び帯状回島徴候(感度70パーセント,特異度74パーセント。HMPAO-SPECTでは65パーセント,64パーセント),後頭部優位の徐波化と前アルファ・シータ帯域の周期的変動を示す脳波(アルツハイマー型との鑑別について予測値90パーセント超)が挙げられている。

脳波の所見は,臨床的に観察される認知の変動の重症度と正の相関を示すとされており,変動の客観的裏付けとして意味を持ち得る。

これらの数値は,画像所見が診断を決定づけるものではないことも示している。ドパミントランスポーターの取込みが正常であっても剖検で本症と確認された例があること,本症の半数超でアミロイドβの沈着が増加しており鑑別に用いにくいことも,同報告が指摘するところである。画像は,臨床像及び生活上の障害と組み合わせて用いる資料であって,単独で結論を導くものではない。

9 改訂長谷川式及びMMSEは本症の障害を過小評価する

改訂長谷川式簡易知能評価スケール及びMMSEは,いずれも記憶と見当識に配点の重心があり,注意の変動,遂行機能,視空間認知の障害を測る比重が小さい。第4次コンセンサス報告が「記憶及び呼称の障害は本症では比較的軽い」としていることと合わせると,本症では,これらの検査の得点が保たれていても,遺言に必要な機能が大きく損なわれている場合があり得る。

逆に,得点が低いことが直ちに遺言能力の欠如を意味するものでもない。検査は実施者,実施場所,被験者の疲労や拒否反応によって左右され,何より意思能力の有無を判定する目的の検査ではない。裁判例も,点数を独立の決め手とはしていない(第3の2参照)。

したがって,本症の事案で認知機能検査を用いるときは,総得点ではなく,①実施日と遺言作成日との間隔,②下位項目のどこで失点したか(遅延再生か,計算か,数唱の逆唱か,図形模写か),③検査時の身体状況及び投薬状況,を対応させる必要がある。

第3 遺言能力に関する裁判例の判断枠組み

1 医学的判断と法的判断の二層構造

近時の裁判例は,遺言能力の判断を医学的判断と法的判断の二層に分けて示すようになっている。広島高等裁判所令和2年9月30日判決(令和2年(ネ)第88号,判例秘書の判例番号 L07520658)は,次のとおり定式化した。

すなわち,「遺言能力の有無の判断については,一般的な事理弁識能力があることについての医学的判断を前提にしながら,それとは区別されるところの法的判断として,当該遺言内容について遺言者が理解していたか否かを検討するのが相当であり,主として①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否,内容及び程度,②遺言内容それ自体の複雑性,③遺言の動機・理由,遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況,遺言に至る経緯等の諸事情を総合考慮することになる。」とした。

同判決は,原審が遺言能力を欠くとして無効とした判断を取り消し,遺言を有効とした。医学的な認知機能の低下が認められる事案でも,②内容の複雑性と③動機・経緯の検討により結論が変わり得ることを示す例である。

より早い時期の裁判例も同旨の枠組みを示している。京都地方裁判所平成13年10月10日判決(平成12年(ワ)第2475号,裁判所ウェブサイト掲載)は,「痴呆性高齢者であっても,その自己決定はできる限り尊重されるべきであるという近時の社会的要請,及び,人の最終意思は尊重されるべきであるという遺言制度の趣旨にかんがみ」,遺言者の認知症の内容程度のほか,「遺言者が当該遺言をするに至った経緯,当該遺言作成時の状況を十分に考慮した上,当該遺言の内容が複雑なものであるか,それとも,単純なものであるかとの相関関係において慎重に判断されなければならない」と述べている。

2 認知機能検査の点数の扱い

点数が低いことが直ちに無効に結びつかないことを示す最も明瞭な例は,前記の京都地方裁判所平成13年10月10日判決である。同判決の事案では,遺言(平成12年1月24日作成)の約3か月前に実施された改訂長谷川式の結果が30点満点中4点であった。判決は,一般に20点以下を認知症,21点以上を非認知症とした場合に最も高い弁別性が得られるとされること,4点は「非常に高度」の場合のほぼ平均点に相当することを認定し,作成当時「痴呆は相当高度の重症であった」と明言している。

それにもかかわらず,判決は,遺言者が看護師との間で交わした会話の具体的内容(菓子を与えられて「おいしかったわ。またおくれやす。」と述べたこと,カーテンについて「これでいい。明るい方がよい。」と述べたこと等)から,他者との意思疎通の能力と自己の置かれた状況を把握する能力を相当程度保持していたと認定し,受遺者が長年身の回りの世話をし治療費を立て替えていた経緯から動機に短慮の形跡がないとし,遺言が3か条にとどまる比較的単純な内容であったこと,公証人の問いに躊躇や言い淀みがなかったことを併せて,遺言能力を肯定した。

点数の下位項目に着目した例として,前記の広島高等裁判所令和2年9月30日判決がある。同判決は,遺言の約1年半前に実施された改訂長谷川式が16点であった事案について,「点数が低くなった原因は,主に短期記憶に関する質問内容についてヒントを示しても答えることができなかったこと(11点の配分のうち3点を取得するにとどまった。)にあった」と認定した。あわせて,当時処方されていた薬剤がアルツハイマー型認知症の治療薬ではなく脳梗塞後遺症の治療薬であったことを,当時同型の診断がされていなかったことの裏付けとして用いている。

他方,検査結果の推移そのものが変動を示す例もある。東京地方裁判所平成29年6月6日判決(平成26年(ワ)第31281号,判例秘書の判例番号 L07231636)の事案では,遺言者の改訂長谷川式が,18点,2日後に24点,翌年に24点,さらに26点と推移した後,20点,17点へと下降している。判決は,点数の推移を一つの資料としつつ,要介護認定の調査における具体的な記載(服薬の時間と量を理解できないこと,金銭の計算能力及び管理能力がないこと,電話をかけたことや話の内容を全く覚えていないこと,一日の予定を書き出しても理解できず何度も家族に電話をかけること,季節を理解できず寒い日に薄着で震えていたこと等)を積み上げて遺言能力を否定した。

東京地方裁判所平成31年1月18日判決(平成26年(ワ)第16477号ほか,判例秘書の判例番号 L07430440)の事案でも,MMSEが20点,25点,18点,26点,25点と上下している。

3 スケール未実施でも医師の診断の信用性は否定されない

東京地方裁判所令和4年10月28日判決(令和2年(ワ)第7036号)は,主治医が認知症の検査を実施していないことを理由に診断の信用性を争う主張を退けた。

すなわち同判決は,当該医師が内科・神経内科医であって認知症を専門とする疾患の一つとしていること,遅くとも約5年前から主治医として継続的に診察していたこと,遺言者が脊髄小脳変性症に罹患している疑いを持ち,すいつき歩行,構音障害及び軽度の運動失調を認識していたことを認定した上,「認知症以外の疾病にり患している可能性があることを念頭に置いた上で,亡Aの診察時の言動,記憶力及び意識・精神状態を踏まえて,亡Aが高度から中等度の認知症にり患していると診断したものであり,その診断内容には高い信用性が認められる」として,認知症テストを行っていないことをもって信用性は否定されないとした。

あわせて同判決は,幻覚が認められたことについて,病院作成の身体行動制限の観察スコアシートによる裏付けを指摘している。幻視の客観的裏付けとしてどの記録を求めるかについての示唆となる。

4 診断書・意見書の証拠価値は作成時期と裏付けで決まる

遺言作成時又はこれに近接する時期の診断書は,証拠価値が高い。これに対し,遺言後に作成された陳述書,協力医の私的鑑定は,作成の時期と目的が遺言時から離れる分,評価が落ちる。

東京地方裁判所平成16年7月7日判決(平成13年(ワ)第11182号ほか,判例秘書の判例番号 L05932859)は,前提となる供述が立証されていない私的意見を採用しなかった。東京地方裁判所平成11年11月26日判決(平成9年(ワ)第570号,判時1720号157頁,判例秘書の判例番号 L05430386)は,主治医の「遺言時に能力があった」という証言を採用しなかった。

また,成年後見開始の申立てのために作成された診断書や家庭裁判所の精神鑑定は,本人の財産保護という別の目的のために比較的緩やかな基準で記載されることが多く,これのみで遺言時の疾患及び重症度を判定することは困難である。東京地方裁判所平成11年9月16日判決(平成10年(ワ)第27746号,判時1718号73頁,判例秘書の判例番号 L05430309)は,遺言の約7か月後に作成された後見用診断書から遺言時を推認することは困難であるとした。同判決の事案では,公証人が口授を終えた後,署名押印の前に主治医へ診断書の作成を依頼したが断られており,公証人自身が能力に不安を抱いた経緯が無効の方向で評価されている。

5 要介護認定資料と介護記録の使い方

要介護認定の主治医意見書及び認定調査票は,介護の必要度を判定する目的の文書であって意思能力を判定する文書ではない。もっとも,認定調査員の特記事項には,日常の意思決定,金銭管理,服薬管理,発語,意思疎通についての第三者による具体的な観察が記録されており,作成時の状態を示す間接事実として価値が高い。

前記の東京地方裁判所平成29年6月6日判決は,まさに認定調査における具体的記載の積み上げによって遺言能力を否定している。東京地方裁判所平成31年1月18日判決も,主治医意見書の「日常の意思決定を行うための認知能力」欄,「自分の意思の伝達能力」欄,「認知症の周辺症状」欄の各記載,訪問看護指示書の日常生活自立度の記載を,判断の資料として一つずつ摘示している。

介護記録については,居宅介護支援経過,施設のケース記録,訪問看護記録の生の観察記載が有用である。東京地方裁判所令和4年10月14日判決(令和3年(ワ)第2427号,判例秘書の判例番号 L07733033)は,施設サービス計画書に記録された改訂長谷川式の推移(11点,19点,19点,6点,3点)と,主治医意見書の「日常の意思決定を行うための認知能力」欄が「判断できない」とされていたこと,居宅介護支援経過の「発語もあるが,会話はなかなか成立しない」「問いかけに言葉を探すが,なかなか出てこない様子」等の記載を認定の柱としている。

6 処方薬の承認された効能・効果から重症度を推認する

診断名や検査点数のほかに,処方されていた薬剤の承認された効能・効果を手がかりとして重症度を推認する手法がある。

東京地方裁判所令和2年1月28日判決(平成30年(ワ)第25118号,判例秘書の判例番号 L07530310)は,「メマリーは,中等度及び高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制に効果を有する薬剤である」「リスパダールは,統合失調症に効果を有する抗精神病剤である」と認定した上で,遺言者が認知症と診断された時期にメマリーを処方され,その後リスパダールを処方されるに至った経過を,重症度の推認に用いている。同判決は,改訂長谷川式について「30点満点で,20点以下を認知症とし,平均得点については,軽度の認知症が19±5,中等度が15±4,やや高度が11±5などとされている」という点数の分布も認定している。

前記東京高等裁判所平成25年3月6日判決も,遺言の前日の時点でリスパダールが処方され夜間に時々覚醒して不眠を訴えていたことを,遺言者が判断能力の減弱した状態にあり意思能力を備えていたと認めることが困難であることの一事情として摘示している。

本症の事案では,抗精神病薬が本来の効能・効果に係る疾患ではなく,認知症に伴う行動及び心理の症状に対する対症療法として投与されていることが多い。この場合,レセプトの傷病名欄に掲げられた傷病と,添付文書上の承認された効能・効果とを突き合わせることになる。あわせて,抗認知症薬の処方の有無も確認する。本症に適応を有する薬剤が処方されていないことは,行動及び心理の症状への対症療法のみが行われていた経緯を示す。

第4 レビー小体型認知症の裁判例

1 無効とされた例

東京地方裁判所令和4年10月28日判決(令和2年(ワ)第7036号)は,公正証書遺言について,遺言能力の欠如及び口授の欠缺の双方を理由として無効とした。

遺言者は大学法学部の教授を務め,資産管理会社の代表取締役として複数の学校法人等を実質的に経営していた人物であり,遺言(平成30年3月6日作成)から約7か月後に死亡した。無効を主張する側は,アルツハイマー型ないしレビー小体型認知症により,見当識の低下,記憶障害,幻視・幻覚,不穏行動が頻繁に見られ,遺言の約9か月前には複数回にわたり下半身裸の状態で意味不明の発言をしながら施設内を動き回るに至り,その後は活動性の低下に伴い不穏行動が減る一方で傾眠傾向が頻繁となり発語も乏しくなったと主張した。

これに対し有効を主張する側は,遺言者が罹患していたのは脊髄小脳変性症及び重症筋無力症であって,運動機能面の障害や構音障害はあったが認識能力・判断能力に問題はなかったと主張した。

判決は,遺言者がナースコールを著しく高頻度で鳴らし,深夜早朝に保育園へ行くと訴える等の不穏行動を繰り返し,その後は活動性が低下して傾眠(中等度の意識混濁)が強まり食事拒否が見られるようになり,遺言の5日後である平成30年3月11日の時点で見当識がほぼ失われた状態になっていたことを認定し,「このような亡Aの状態は,被告指摘の疾病による影響だけでは説明がつかず,むしろ,亡Aに認知症の症状が現れ,その程度が進行していったことを示すものといえる」とした。

内容の複雑性については,相続税申告書の評価額ベースで積極財産が総額20億円を超え負債が総額約17億円に及ぶ財産について相続人ごとに分割方法が異なり,代償金の計算方法も単純でないことを指摘し,遺言者が大学教授であったことを理由に単純な内容であるとする主張を退けた。

2 有効とされた例

東京高等裁判所平成30年9月6日判決(平成30年(ネ)第520号)は,レビー小体型認知症と診断されていた遺言者の公正証書遺言について,口授に方式違背はなく遺言能力も認められるとして,無効確認請求を棄却した原判決を維持した。

同判決が認定した遺言者の状態は,診断時のMMSEが17点であったこと(判決は「MMSE検査が27点中17点であり」と記載する。),幻視及び幻覚があり自宅にいるのに帰宅要求があったこと,訪問看護指示書における認知症の日常生活自立度がⅡa(後の主治医意見書及び訪問看護指示書ではⅢa)とされていたこと,訪問看護の当初は自宅環境の認知に混乱が見られ,同居者による入浴介助を「知らないおばさんがやって来て風呂に入れてくれる」と述べることがあったこと,視力をほぼ失っていたことである。

それにもかかわらず有効とされた理由は,作成過程の具体的内容にある。判決は,公証人が病室に赴き,自己紹介をして氏名・年齢等を確認した上,遺言の内容を項目ごとに読み上げて各項目ごとにそのとおりでよいかを問いかけ,遺言者が逐一そのとおりでよいと答えたこと,さらに公証人が「長男に遺産を相続させないことでよいか」と確認して遺言者からそれでよいとの回答を得たこと,署名について遺言者が「目が見えないので,代わって書いていただけるならそちらでお願いします」と述べたことを認定した。

そして,「Bが遺言の内容そのものを自ら述べたものではないとしても,Bは遺言の内容について,A公証人の確認に対して前記のとおり個々の内容ごとに間違いない旨の意思を明確に表明しているのであるから,本件遺言は,Bが『遺言の趣旨を口授』したものと認められる」と判断した。あわせて,入院中の看護記録に「意識レベルクリア」との記載があり,「胸が苦しい」「苦しくない。あんまりご飯は食べたくない。」等の意思疎通が行えていたこと,看護記録に異常な言動や意思疎通が困難であったことの記載がないことを指摘している。

本症の事案で遺言能力と口授が争われるとき,勝敗を分けるのは診断名や検査点数ではなく,①受益しない相続人を除外することについて公証人が積極的に確認したか,②作成日前後の看護記録・介護記録に意識水準と意思疎通についての記載があるか,である。この裁判例はその点を明瞭に示している。

3 診断の直後の遺言でも能力が肯定された例

東京地方裁判所平成31年1月18日判決(平成26年(ワ)第16477号ほか,判例秘書の判例番号 L07430440)の事案では,遺言者について,遺言の約2週間前に,病院の神経内科の医師により「レヴィー小体型認知症が徐々に進行し,現在はFAST4(中等度の認知機能低下)に相当するとして,自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要である」旨の診断がされていた。その後,中等度の知的障害であり自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要である旨の鑑定書が作成され,遺言の約4か月後に後見開始の審判がされている。

それにもかかわらず判決は,当該遺言の当時,認知機能の低下は中等度であり高度のものであったとまでは認められないとし,遺言の内容がいずれも単純・簡明なものであることを併せ考慮して,判断能力を欠いていたと認めるには足りないとした。

「財産の管理・処分には常に援助が必要である」という医師の判断は,成年後見の要否に関する評価であって,特定の遺言をする能力の有無と一対一に対応しない。この裁判例は,医師の意見書の文言をそのまま遺言能力の欠如に接続することができないことを示している。

4 画像所見により診断名の当てはめが覆された例

東京地方裁判所令和7年8月7日判決(令和5年(ワ)第10398号,判例秘書の判例番号 L08031550)は,重度のアルツハイマー型認知症により遺言能力を欠くとの主張に対し,診療録及び脳血流SPECTの所見から,アルツハイマー型・レビー小体型といった後方型認知症を支持する定型的な集積低下は認められず軽度認知障害の水準であると認定し,遺言能力を肯定して請求を棄却した。

カルテ上の診断名と画像所見が食い違う場合があること,画像は無効主張側にも有効主張側にも用いられ得ることを示す例である。

5 財産処分の意思能力が否定された例

遺言ではないが,本症の患者の財産処分について意思能力を否定した例として,東京地方裁判所令和4年10月14日判決(令和3年(ワ)第2427号,判例秘書の判例番号 L07733033)がある。

同判決は,施設サービス計画書に原因疾患を「レビー小体認知症」とする記載があり,改訂長谷川式が11点,19点,19点,6点,3点と推移していた本人について,信託契約の締結時点において「本件各不動産に係る信託契約につき,これを正確に理解し,判断する能力を欠いていた」と認定し,同契約を無効とした。あわせて,受託者となった弁護士が本人の友人に対し「不動産を売却するには,成年後見を正式に開始しなければならないと思われ」等と記載した電子メールを送っていた事実を,能力の低下を裏付ける間接事実として摘示している。

関与した専門職自身の記載が能力の評価に用いられ得ることは,遺言の事案でも同様である。

6 裁判例から読み取れる分岐点

本症の事案の裁判例を通してみると,結論を分けているのは次の点である。

第一に,作成日に近接した時点における意識水準と意思疎通の記録の有無である。無効とされた東京地方裁判所令和4年10月28日判決では,作成の5日後の時点で見当識がほぼ失われた状態であったことが認定され,有効とされた東京高等裁判所平成30年9月6日判決では,看護記録の「意識レベルクリア」の記載と具体的な会話内容が認定されている。

第二に,作成時の問答の内容である。項目ごとの確認に逐一明確に答えたか,受益しない相続人を除外することについて確認を受けて答えたかが問われている。

第三に,遺言内容の複雑性である。財産の点数,分配の異別,代償金の計算,従前の遺言の変更といった要素が,理解すべき課題の量として評価されている。

第四に,動機及び経緯の合理性である。世話をしてきた者に承継させるという経緯があれば有効の方向に働き,従前の一貫した意思を合理的な契機なく大きく変更している場合には無効の方向に働く。

第5 口授に関する裁判例

1 挙動のみでは口授でない

最高裁判所昭和51年1月16日判決(昭和50年(オ)第859号,裁判集民事117号1頁)は,「遺言者が,公正証書によつて遺言をするにあたり,公証人の質問に対し言語をもつて陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには,民法九六九条二号にいう口授があつたものとはいえず,このことは遺言事項が子の認知に関するものであつても異ならない。」と判示した。

口授は,遺言能力の判断を経ることなく方式違背として無効を導く点で,無効を主張する側にとって重要な足がかりとなる。もっとも,方式適合の立証責任は有効を主張する側にあるとはいえ,作成過程の事実そのものは公証人及び証人の側にあるため,事実の確定にはそれらの者からの聴取又は尋問が必要となる。

2 うなずくのみで証人が真意を確認できなければ方式違反となる

最高裁判所昭和52年6月14日判決(昭和52年(オ)第185号,裁判集民事121号1頁)は,「遺言者が,公正証書によつて遺言をするにあたり,公証人があらかじめ筆記した遺言内容を読み聞かせたのに対し,遺言者が単にうなづくのみであつて,立会証人の一人が遺言者の真意を十分に確認することができなかつたときは,民法九六九条二号にいう口授があつたものとはいえない。」と判示した。

同判決の事案では,立会証人の一人が既に遺言内容の筆記が終わった段階から立ち会ったものであった。口授の要件と証人の立会いの要件が,遺言者の真意の確保という同一の機能から結び付けられていることが示されている。

3 口授とは自分の言葉で財産の処分を語ることである

東京高等裁判所平成27年8月27日判決(平成27年(ネ)第882号,判例秘書の判例番号 L07020783)は,口授の意義について次のように判示した。

「同号所定の『遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること』とは,遺言者自らが,自分の言葉で,公証人に対し,遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味するのであり,用語,言葉遣いは別として,遺言者が上記の点に関し自ら発した言葉自体により,これを聞いた公証人のみならず,立ち会っている証人もが,いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要するのであって,遺言者が公証人に自分の言葉で遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語らずに,公証人の質問に対する肯定的な言辞,挙動をしても,これをもって,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできない。」

同判決の事案の遺言者は,突発性難聴により左の耳元で大きな声で話してどうにか聞こえるという状態にあり,要介護4と認定され,要介護認定の調査において「耳が非常に遠く,ときどき違うことを言ったりするため,日常的でないことは決定できない」とされ,入院中にせん妄症状が見られた人物である。

注目すべきは,作成に至る経過である。遺言者は,公証役場において公証人に対し自ら「春子に全部。」と述べ,同席していた家族から「五人いるのよ,それでいいの?」と尋ねられると「梅夫にも。」と述べて,受遺者の名を自ら口に出している。それでも判決は,それ以上は遺言内容について何も語らず,正式作成の場では公証人から「これでいいですか。」と尋ねられて頷いたにとどまることから,口授の方式に従ったものとはいえないとした。

すなわち,遺言者が受遺者の名を自ら発語した事案であっても,それが遺言の内容を語ったといえる程度に至らなければ口授とは認められない。また,同席した家族の促しによって得られた発語は,口授を肯定する方向には評価されていない。

なお,同判決に対する上告及び上告受理の申立ては,いずれも排斥されている(最高裁判所第三小法廷平成28年11月22日決定)。

4 「はい」という返事だけでは口授として足りない

大阪高等裁判所平成26年11月28日判決(平成26年(ネ)第1105号,同第1895号,判例秘書の判例番号 L06920677)は,同一人が作成した四通の公正証書遺言のうち,最初の一通のみを有効とし,後の三通を口授の欠缺により無効とした。

無効とされた遺言について,判決は次のように述べている。

「病気入院中でベッドに横になっていた太郎が,顔の前にかざされた遺言公正証書の案をどの程度読むことができたのかも定かではない。そうすると,C公証人の説明に対して『はい』と返事をしたとしても,それが遺言の内容を理解し,そのとおりの遺言をする趣旨の発言であるかどうかは疑問の残るところであり(あらかじめ太郎の意思を確認していないC公証人,D公認会計士及びK事務員にとっても,C公証人が遺言公正証書の案に記載していた内容のとおりの遺言をする趣旨で『はい』と返事をしたのかどうかは本来は明らかではなかったはずである。),この程度の発言でもって,遺言者の真意の確保のために必要とされる『口授』があったということはできない。」

さらに後続の二通についても,「太郎が『はい』という返事以外に,遺言の内容については何も発言していないことは変わりはない」として同様に口授を否定した。

この判決は二つの点で有用である。第一に,「はい」という言語による応答ですら口授として足りないとされた以上,うなずきにとどまる応答がこれに達しないことは明らかである。第二に,公証人及び証人があらかじめ遺言者の意思を直接確認していない場合には,「はい」という返事が案文どおりの遺言をする趣旨であったかどうかは,公証人及び証人にとっても本来明らかでないと述べている点である。

また,同判決は,遺言者が案をどの程度読むことができたのかも定かでないと述べており,読み聞かせ及び閲覧(現行の公証人法40条1項,改正前の民法969条3号)が実質的に機能したかという論点にも及んでいる。

5 口授と筆記の前後は問わない

最高裁判所昭和43年12月20日判決(昭和43年(オ)第298号,民集22巻13号3017頁)は,「公証人が,あらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記し,公正証書用紙に清書したうえ,その内容を遺言者に読み聞かせたところ,遺言者が右遺言の内容と同趣旨を口授し,これを承認して右書面にみずから署名押印したときは,公正証書による遺言の方式に違反しない。」と判示した。

したがって,事前に案文が用意されていたこと自体は方式違背とならない。最高裁判所昭和54年7月5日判決(昭和54年(オ)第20号,裁判集民事127号161頁)も,「公証人が予め他人作成のメモにより公正証書作成の準備として筆記したものに基づいて遺言者の陳述を聞き,右筆記を原本として公正証書を作成した場合であつても,原審認定の事実関係のもとにおいては,右公正証書による遺言は口授の要件を欠くものということはできない。」とする。

もっとも,同判決の判示は「原審認定の事実関係のもとにおいては」という限定を伴う事例判断である。同判決を,一定の応答があれば口授があるという一般命題として引くことはできない。

6 項目ごとの確認に明確に答えれば口授が認められる

前記の東京高等裁判所平成30年9月6日判決は,遺言者が遺言の内容そのものを自ら述べたものではない場合であっても,公証人の確認に対して個々の内容ごとに間違いない旨の意思を明確に表明していれば口授があると判断した。

したがって,口授の欠缺を主張する側は,「案文が先にあった」「本人が最初に述べたのではない」という外形の指摘では足りず,①各項目についての確認がされていないこと,②応答が肯定の挙動又は一語にとどまり内容に対応していないこと,③第三者が代わって答えたこと,のいずれかを具体的に示す必要がある。

うなずきにとどまる応答について,実質的に口授があると評価し得る場合の判断枠組みを示した裁判例もある。

宇都宮地方裁判所平成28年6月17日判決(平成26年(ワ)第549号,判例秘書の判例番号 L07150805)は,「口授が要求されているのは,遺言者の遺言意思の真正さを確保するためであるから,遺言書作成の場面においては,公証人があらかじめ作成した書面を読み上げ,遺言者がうなずくなどして肯定の意を示したにとどまるときであっても,遺言者が書面の作成過程に関与していたり,読み上げられた遺言の内容をその場で十分に理解した上で肯定ないし否定の意思表示をする能力があったりして,遺言の内容に遺言者の意思が反映されていることの担保があれば,実質的に口授があると評価しうる。」と述べる。

その上で同判決は,遺言書の作成に向けて公証人役場と連絡を取り,土地の評価証明・戸籍謄本・印鑑登録証明書等の指示された書類を準備して提出し,遺言者を公証人役場へ連れて行ったのが受遺者であり,遺言者から依頼を受けた形跡がないことから,遺言者が書面の作成過程に関与したと認めるに足りる証拠はないとした。

そして,遺言者の理解力について,要介護認定の調査票に「難聴がひどく,耳元で大声で話しても聞こえず,返答がちぐはぐになったり,内容が理解できないこともある」と記録され,遺言の約二か月前には介護支援専門員の質問に対して何でも「はい,はい。」と答える状態にあったこと等を積み上げ,口授と遺言能力の双方を否定した。

したがって,うなずきにとどまる応答の事案では,①作成過程への関与,②その場で内容を理解した上で肯定又は否定を選択できる能力,の二点のいずれかが認められるかが分岐点となる。受遺者が書類の準備から役場との連絡までを行っていた事案では,①は否定される方向に働く。

7 声を出してうなずいたにとどまる場合

宇都宮地方裁判所平成22年3月1日判決(平成21年(ワ)第613号,金融法務事情1904号136頁,判例秘書の判例番号 L06550123)は,肝細胞がんで亡くなる前日に作成された遺言公正証書について,遺言者が事前に遺言の内容を公証人に説明したことはなく,作成時も公証人の問いかけに対し声を出してうなずいたのみであったことから,口授があったとは認められないとした。

広島高等裁判所平成10年9月4日判決(平成10年(ネ)第47号,判例秘書の判例番号 L05320286)も,口授があったと認められないとして遺言を無効とした。

8 示唆型の確認は口授にも真意の確認にもならない

横浜地方裁判所平成18年9月15日判決(平成17年(ワ)第678号,判例秘書の判例番号 L06150489)は,信託銀行の関与により作成された公正証書遺言について,遺言能力を欠くとして無効とした。

同判決の事案では,信託銀行の行員が遺言者に尋ねて原案を作成し,これを公証人に交付した。公証人は,遺言者の自宅を訪問し,生年月日を尋ねて回答を得た上で,原案に基づいて条項ごとに順次読み上げ,個別の不動産ごとに原案に記載されている者に相続させることでよいかを尋ね,遺言者から「はい」「そのとおりで結構です。」などの簡単な肯定の返事を順次得るという方法で,約30分をかけて手続を行った。

判決は,行員らが不動産ごとの特色を説明した結果,「各不動産について相続人としてふさわしい者を少なくとも示唆する結果となってしまったことにより,中等度から高度の認知症に陥っており意思能力が十分ではなかった花子が,これをそのまま受け入れる旨の応答をしたにすぎないものと考える余地があり」,遺言の内容が遺言者の意思に基づくものであったと認めるに十分とはいい難いとした。そして,当時,話しかければ応答し簡単な会話をする程度は可能であったが複雑な会話の内容を理解することはできなかったとして,公証人の証言によっても遺言能力があったと認めるに十分とはいえないとした。

作成過程を検証するときは,確認の形式が「誰に何を承継させますか」という開かれた問いであったか,「この方に相続させることでよいですか」という示唆を含む問いであったかを区別する必要がある。

9 通訳人による申述

民法969条の2第1項は,口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には,公証人及び証人の前で遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し,又は自書して,口授に代えなければならないと定める。

東京地方裁判所平成27年12月25日判決(平成26年(ワ)第2015号,判例秘書の判例番号 L07031526)は,遺言者の咽喉部に装着された人工呼吸器のために発話が聞き取りにくい場合について,その発話を聞き慣れた者を通訳人として作成された公正証書遺言を有効とした。

本症の遺言者は構音障害を伴うことがあり,発話の聞き取りに関与した者が誰であったかが問題となり得る。もっとも,発話が完全にできない場合でなければ969条の2は適用されないため,部分的な聞き取りにくさや難聴にとどまる場合には,同条違反ではなく,読み聞かせ又は閲覧(現行の公証人法40条1項,改正前の民法969条3号)が実質的に機能したかという形で構成することになる。

10 危急時遺言について口授を肯定した最高裁判例

最高裁判所平成11年9月14日判決(平成9年(オ)第2060号,裁判集民事193号717頁,判例秘書の判例番号 L05410080)は,「いわゆる危急時遺言に当たり,立ち会った証人の1人があらかじめ作成された草案を1項目ずつ読み上げ,遺言者がその都度うなずきながら『はい』などと返答し,最後に右立会証人から念を押され了承する旨を述べたなど判示の事実関係の下においては,民法976条1項にいう遺言の趣旨の口授があったものということができる。」と判示した。

遺言者は,糖尿病,慢性腎不全,高血圧症,両眼失明及び難聴等に重症の腸閉塞及び尿毒症を併発して入院していた人物である。うなずきと「はい」という応答で口授が認められている点で,有効を主張する側が援用する可能性が高い。

もっとも,この判例は民法976条1項の危急時遺言に関するものであって,公証人及び証人が関与する公正証書遺言の事案ではない。

また,事実関係を見ると,遺言者は読み上げに対してうなずきながら返答したにとどまらない。遺言執行者となる弁護士の氏名が読み上げられた際には首をかしげる仕種をして疑問を示し,説明を受けてこれを了解し,最後に立会証人から「これで遺言書を作りますが,いいですね。」と確認されて「よくわかりました。よろしくお願いします。」と自らの言葉で答えている。読み上げられる内容を追跡し,疑問を呈し,自らの言葉で結論を述べる能力が保持されていた事案である。

同判決の第一審である静岡地方裁判所平成8年1月29日判決(平成元年(ワ)第512号,判例秘書の判例番号 L05150039)は,「口授というためには,問い掛けに頷くというような挙動のみでは足りない」ことを前提とした上で,「具体的に遺言者がどの程度の口述をすれば足りるかは,単に口述した言葉のみをもって判断すべきではなく,遺言者の心身の状態や証人との応答の様子と経過,内容などをも勘案して総合的に判断されるべきものである」と述べ,遺言者が人工透析の導入後は日ごとに状態が改善に向かい,遺言の約10日前からは自らの状態について自ら発声して訴えることができるようになり,医師らとの応答も的確になし得る状態に戻っていたと認定している。

したがって,同判例を援用されたときは,①条文が異なること,②遺言者が内容に対して能動的に反応していること,③自らの言葉で了承を述べていること,④病状が改善傾向にあったと認定されていること,を指摘して事案を区別することになる。

第6 証人及び方式に関する裁判例

1 証人の立会いは実質を要する

広島地方裁判所呉支部平成元年8月31日判決(昭和56年(ワ)第141号ほか,家庭裁判月報42巻5号97頁,判例秘書の判例番号 L04450404)は,公正証書遺言に際し証人2名が公証人から7メートル離れた所にいて遺言者の口授の内容を十分に聞き取れなかったとして,遺言を無効とした。

前記の最高裁判所昭和52年6月14日判決も,証人が筆記終了段階から立ち会ったにすぎない場合を方式違反としている。証人の立会いは,物理的な同席では足りず,遺言者の真意を確認できる態様であることを要する。

2 証人となることができない者の同席

最高裁判所平成13年3月27日判決(平成10年(オ)第1037号,裁判集民事201号653頁)は,「遺言公正証書の作成に当たり当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,同遺言が無効となるものではない。」と判示した。

したがって,受遺者やその関係者が作成場所に居合わせたという事実だけでは無効を導けない。案文を指示した者,公証人へ情報を提供した者,証人を選んだ者,面談中に発言した者,遺言者だけで確認した時間があったかを特定し,特定の条項への影響につなげる必要がある。

他方,証人適格の欠缺自体が公証人の責任を生じさせることはある(第7の7参照)。

3 署名押印への立会い

最高裁判所平成10年3月13日判決(平成9年(オ)第218号,裁判集民事187号429頁)は,公正証書遺言において証人は遺言者の署名押印に立ち会うことを要するとしたうえで,遺言者が2人の証人の立会いの下に口授し筆記を読み聞かされて署名したが,印章を所持していなかったため約1時間後に1人のみの立会いの下で再度読み聞かされて押印し,他の1人はその直後に完成した公正証書を示されて押印の事実を確認したという事案について,「右遺言公正証書の作成の方式には瑕疵があるというべきであるが,その効力を否定するほかはないとまではいえない。」と判示した。

方式の瑕疵が直ちに無効を導くわけではないことを示す判例であり,方式違背を主張する側は,瑕疵の存在に加えて,それが遺言者の真意の確保という方式の趣旨をどのように損なったかを示す必要がある。

4 視覚障害のある者の証人適格

最高裁判所昭和55年12月4日判決(昭和52年(オ)第558号,民集34巻7号835頁)は,「盲人は,公正証書遺言に立ち会う証人としての適格を有する。」と判示した(反対意見がある)。証人の属性から適格を争う構成は容れられにくい。

5 遺言者の署名の要件

大阪高等裁判所平成21年6月9日判決(平成21年(ネ)第400号,判例秘書の判例番号 L06420772)は,公正証書遺言において遺言者が自己の氏名を記載しなかったとしても改正前の民法969条4号の定める署名の要件を満たしているとされた事例である。

署名の欠缺を形式的に主張しても,遺言者の署名意思と作成過程が認められれば要件充足とされ得る。他方,遺言者が署名できる状態であったのに公証人が代署した場合には,別の意味を持つ(第7の4参照)。

第7 公証人実務からみた作成過程の検証

1 能力に疑いがあるときの注意義務及び説明義務

公証人法施行規則21条1項は,「公証人は,法律行為につき公正証書を作成し,又は認証を与える場合において,その法律行為が有効であるかどうか,当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは,関係人に注意をし,かつ,その者に必要な説明をさせなければならない。」と定める。

この規定は,かつては同規則13条1項であり,電子公証に関する規定の追加により条番号が繰り下がっている。改正前の条番号で引用する文献は読み替えを要する。

あわせて公証人法26条は,法令に違反する事項,無効な行為及び行為能力の制限によって取り消すことができる行為について公正証書を作成することができないと定める。したがって,公証人が能力に疑いを持ちながら何の確認もせずに作成を進めた経緯は,作成過程の検証において意味を持つ。

2 診断書等による証拠保全を促す通達

平成12年3月13日法務省民一第634号民事局長通達は,公証人が本人の意思能力・遺言能力の有無に疑義があるときには医師に意見を求め,本人の状況を録取する等の証拠保全をするよう促している。

したがって,遺言作成に際し公証人等の求めにより主治医が遺言能力に関する意見書を作成していた場合には,作成時期が遺言時と一致する点で信頼性の高い資料となる。反面,公証人が診断書の提出を求めた経緯があるのに診断書が存在しない場合,あるいは主治医が作成を断った場合には,公証人自身が能力に不安を抱いていた経緯として評価され得る(前記東京地方裁判所平成11年9月16日判決)。

公証役場に対しては,相談申込書,遺言の保管に関する約定書,公証人の手控え,手数料計算書,作成当日の写真の存否から確認するのが実務的である。もっとも,これらが必ず作成・保存されているとは限らないため,資料の種類ごとに存否,保存状況及び閲覧・交付の可否を照会することになる。

他方,公証人が診断書を確認していたことは,遺言能力を基礎づける決定的な事情ではない。前記東京地方裁判所令和2年1月28日判決の事案では,公証人が遺言者に対し診断書の持参を求め,「軽度認知障害あり,HDS-R15点」と記載された診断書の交付を受けてこれを確認した上で公正証書遺言が作成されたが,判決は遺言能力を否定している。診断書の存在それ自体ではなく,その記載内容と他の医療記録との整合が問われることになる。

3 受益者の影響の排除

東京高等裁判所平成25年3月6日判決(平成24年(ネ)第6567号,判例秘書の判例番号 L06820465)は,公証人の作成手続を四つの観点から検証し,遺言能力を否定して原判決を取り消した。事案は,妻に全財産を相続させる旨の自筆証書遺言をしていた81歳の男性(うつ病,認知症)が,妻の生存中に,実妹に全財産を相続させる旨の公正証書遺言をしたというものである。

第一に,本人確認である。判決は,公証人が印鑑証明書により本人確認をした旨を公正証書に記載しているが,印鑑証明書の住所は受遺者の自宅住所に変更されており遺言者はこれを全く認識していないから,「丁原公証人が太郎の本人確認の手続を間違いなく行い,太郎が正常な判断能力を有していたのであれば,太郎は住所が異なることを指摘するはずである」と述べた。

第二に,受益者の影響の排除である。判決は,「公証人が公正証書遺言を作成するに際しては,遺言により利益を得る者の遺言者に対する影響をできるだけ排除するべきである」と述べ,本件では遺言者が依頼をしていないにもかかわらず受遺者と公証人との間で遺言内容が打ち合わされ,その打ち合わせに携わった受遺者が同席しており,公証人と遺言者のやりとりに際し受遺者の介入が全くなかったかは不明であるとした。

この命題は,証人となることができない者の同席を原則として無効原因としない最高裁判所平成13年3月27日判決と矛盾するものではない。同判決のいう「特段の事情」を基礎づける事実として,受益者が作成過程を主導した経緯が評価されている。

4 署名の可否,視力及び聴力の確認

前記東京高等裁判所平成25年3月6日判決は,第三に,「公正証書遺言の作成に際しては,遺言者本人の署名捺印が可能であれば,本人により署名捺印が行われるべきである。実務上もまず,署名の可否を判断するべく,下書きをさせることなどの配慮がされることが多い」と述べ,医療記録上,遺言者について手指が不自由であるとの記載が全くないにもかかわらず,公証人の回答からは署名の可否を試みた経緯の記述がないことを指摘した。

第四に,「遺言書の内容を確認するための口授に当たっては,実務上,遺言者が署名するばかりとなった公正証書遺言書を遺言者の面前に示して,読み聞かせて行われるのが一般的である」と述べ,医療記録上,遺言者について視力障害によりほぼ全盲の状態であるとの記載が多々あるのに,公証人の回答には視力障害についての記載が全くないことを指摘した。

したがって,代署がされている事案では,公正証書に記載された代署事由(「病気のため署名することができない」等の定型文言)と,医療記録上の身体状況とを突き合わせる必要がある。視力障害・難聴が記録されているのに公証人の回答にその認識が現れていない場合,読み聞かせ又は閲覧が実質的に機能したかを問う手がかりとなる。

5 公証人の回答書及び証言の証拠価値

公証人の回答書及び証言は,職務上の経験に基づくものとして一般に信用性が高いとされる。しかし,作成状況の記憶がなく一般的な手順を述べるにとどまる場合には,遺言能力を肯定する積極的な根拠にはならない。

前記東京地方裁判所令和4年10月28日判決は,この点について踏み込んだ判断をしている。すなわち,公証人は「本件遺言の有効性につき直接の利害関係を有している上,本件遺言の具体的作成状況については記憶に残っておらず,記憶に残っていないことをもって特段の問題はなく,通常の作成方法で作成したと回答するにとどまっており,B公証人の回答をもって,本件遺言作成時点において,亡Aが十分な認識・判断能力を有していたとはさして推認されない」とした。

同判決は,証人が「遺言者が二男である原告の氏名を正確に答えた(証人が別の名を挙げて問い質したところ正答した)」と供述した点についても,遺言者の状態に照らせば十分な認識・判断能力を有していたとはさして推認されないとしている。氏名のような繰り返し使用される情報への正答は,遺言の内容を理解する能力を示すものではないという理解に沿う。

無効の方向で評価した裁判例としては,大阪高等裁判所平成19年4月26日判決(平成18年(ネ)第2970号,判例秘書の判例番号 L06220546)がある。同判決は,公証人に遺言能力を疑わせる出来事がなかったので通常どおりの手続を済ませたのであり具体的な記憶がないのは自然である旨の主張について,公証人が特に記憶に残った事実として述べた内容(公正証書に記載された地名の読み方)が客観的事実に明らかに反していたことを指摘し,「その証言には少なくとも記憶違いがあるものであって,その証言は信用性が高いとはいえず,かかる証言をもって太郎の遺言能力を直ちに裏付けることはできない」とした。同判決はまた,「太郎が遺言書の作成を自発的に望んだとしても,かかる事実から同年三月四日の本件公正証書作成当時に遺言能力を有していたことが直ちに推認されるものではない」とも述べている。

また,前記東京地方裁判所令和2年1月28日判決は,公証人が証人尋問において「痴呆の点は若干,進んでるというか,そういう疑いはありました」と述べ,従前の作成時に比べて口数が少なく問いかけに対する応答が少ないことが気になったとしつつ,遺言者から質問もあまりなく「うん,うん」という感じで分かっていたと思う旨を述べた事案について,「といった程度のものであるから,被告の上記主張並びにA公証人の陳述書及び尋問における供述は,Bが本件遺言当時に遺言能力を有していなかったとの前記認定に影響を及ぼすものではない」とした。公証人が疑いを抱いていたことを自ら述べながら結論として能力を肯定した場合であっても,その供述が能力の認定を左右するとは限らない。

もっとも,公証人が記憶していないことを有効の方向で評価する裁判例もある。公証人の回答をどう評価するかは,回答の具体性,医療記録との整合,作成過程の固有事情の再現度によって分かれる。無効を主張する側は,回答書の記載を逐語で確定した上で,医療記録・介護記録との齟齬を指摘する構成をとることになる。

6 守秘義務と証言拒絶権

公証人法4条は,「公証人ハ法律ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外其ノ取扱ヒタル事件ヲ漏泄スルコトヲ得ス但シ嘱託人ノ同意ヲ得タルトキハ此ノ限ニ在ラス」と定める。民事訴訟法197条1項2号は,公証人が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合の証言拒絶権を定める。

したがって,公証人に対する照会には守秘義務という制約があり,訴訟外の照会で作成過程の詳細が明らかになるとは限らない。訴訟提起後の調査嘱託又は証人尋問を前提に,何を確認するかを設計する必要がある。

7 公証人の過失と国家賠償

大阪地方裁判所堺支部平成5年5月26日判決(平成3年(ワ)第67号,家庭裁判月報46巻7号63頁,金融・商事判例926号33頁,判例秘書の判例番号 L04850290)は,推定相続人を証人として立ち会わせて遺言公正証書を作成したことについて公証人の過失を認め,これを理由とする国家賠償請求を認容した。

同判決は,「公証人が遺言公正証書作成の嘱託を受けた場合,その提出書類,関係者の供述等からみて,証人に欠格事由が存する可能性があると窺えるときは,証人の身分関係を関係者に確認するなどして,欠格事由を有する者を証人から除いて有効な公正証書を作成する義務がある」と判示している。参照条文には公証人法26条,28条2項,33条及び公証人法施行規則13条(現行の21条)が挙げられている。

公証人は国家賠償法上の公務員であり,遺言が無効と確定した場合には嘱託人らが国に対して損害賠償を求める余地がある。そのため,公証人は無効を主張する側の協力証人にはならない。作成過程の事実は,公証人の回答書と客観記録の突き合わせによって確定するほかない。

第8 証拠収集の設計

1 公正証書及びその附属書類

公証人法42条1項は,嘱託人,その承継人又は利害関係を有する第三者が,公証人に対し,当該公証人の保存する公正証書又はその附属書類の閲覧を請求することができると定める。同法43条1項は,同じ者が謄本若しくは抄本の交付,記録事項を出力した書面の交付又は記録事項を記録した電磁的記録の提供を請求することができると定める。承継人は承継の事実を証する書面等を,利害関係を有する第三者は利害関係を有することを証する書面等を提供しなければならない(同法42条3項・4項,43条2項)。

もっとも,これらの規定から,案文,公証人の手控え又は録音が必ず作成・保存され当然に交付対象になるとはいえない。まず公証役場に対し,資料の種類ごとに存否,保存状況及び閲覧・交付の可否を確認するのが現実的である。

公正証書遺言の謄本等については,日本公証人連合会の案内に従い,保管する公証役場への郵送請求を利用できる場合がある。平成元年以降に作成されたものについては,全国の公証役場で遺言の検索をすることができ,遺言者の死亡後は相続人等の利害関係人が利用できる。

公正証書原本については,末尾の方式文言と代署付記事由を実見して確認する必要がある。末尾は「以上を遺言者及び証人に読み聞かせ,かつ,閲覧させたところ,各自その筆記の正確なことを承認し,次に署名押印する。」という定型文言で,読み聞かせと閲覧の双方を記載するのが通例である。したがって,「閲覧はされていない」という事実主張型の構成は,記載との齟齬を指摘されやすい。原本の記載を確認した上で,記載された手続が当該遺言者に実質的に機能し得たかという形で構成する方が堅い。

2 診療記録の開示

死亡した患者の診療記録は,厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」に基づき,配偶者,子,父母その他これらに準ずる者から開示を申し出られる場合がある。もっとも,各医療機関の手続,費用及び不開示事由を確認する必要がある。

本症の事案で確認すべき記録は,医師作成の狭義の診療録に限られない。看護記録,検査記録,リハビリテーション記録,投薬記録が,作成日前後の意識水準,注意の状態,幻視の有無,日中の傾眠の有無を示すことが多い。特に,第4次コンセンサス報告が変動の測定結果の記録を求めていることに照らし,変動を評価した記載,抗精神病薬の投与記録,脳血流SPECT・MIBG心筋シンチグラフィ・脳波の実施の有無を確認する意味がある。

3 介護記録及び要介護認定資料

要介護認定の認定調査票及び主治医意見書,訪問看護指示書,施設のサービス計画書,ケース記録,居宅介護支援経過は,第三者による日常の観察を含む点で価値が高い。前記の各裁判例が,これらの具体的記載を認定の柱としていることは既にみたところである。

特に,認定調査票の「日常の意思決定」「金銭管理」「服薬管理」「自分の意思の伝達能力」の各項目と特記事項は,遺言能力の中身に最も近い観察を含む。

4 弁護士会照会の限界

弁護士法23条の2に基づく照会は,照会事項と保有者を特定できるときに検討する。もっとも,これが確実な取得手段ではないことに注意を要する。

最高裁判所平成30年12月21日判決(平成29年(受)第1793号,民集72巻6号1368頁)は,「弁護士法23条の2第2項に基づく照会をした弁護士会が,その相手方に対し,当該照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴えは,確認の利益を欠くものとして不適法である。」と判示した。

その理由として同判決は,23条照会の制度が「弁護士会に23条照会の相手方に対して報告を求める私法上の権利を付与したものとはいえず,23条照会に対する報告を拒絶する行為は,23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはない」(最高裁判所平成28年10月18日判決・民集70巻7号1725頁参照)とした上で,「23条照会に対する報告の拒絶について制裁の定めがないこと等にも照らすと,23条照会の相手方に報告義務があることを確認する判決が確定しても,弁護士会は,専ら当該相手方による任意の履行を期待するほかはないといえる」と述べている。

これらの判例が否定したのは,弁護士会の側に私法上の権利があること及び報告義務の確認を求める訴えの適法性であって,照会を受けた者に報告義務がないと判示したものではない。平成28年判決は,照会を受けた公務所又は公私の団体が正当な理由がない限り報告をすべきものと解している。医療機関に対する照会では,この「正当な理由」として守秘義務が援用されることが多く,任意の履行を期待するほかない仕組みであることが実務上の限界となる。

5 訴訟上の手段

訴訟提起後は,文書送付嘱託(民事訴訟法226条),調査嘱託,文書提出命令(同法220条)及び証人尋問を検討できる。いずれも,必要性,対象文書,所持者及び立証趣旨を具体化しなければならない。

公証人に対しては,遺言能力を確認したか,その具体的な手段方法は何かを問う書面尋問又は調査嘱託が用いられる。前記東京高等裁判所平成25年3月6日判決の事案では,原審の調査嘱託に対する公証人の回答が得られ,控訴審はその回答内容を医療記録と突き合わせて検証した。回答書は,能力を肯定する資料となる一方で,記載されていない事項(視力障害,署名の可否の確認)が逆に手続の外形性を示す資料にもなる。

民事訴訟法234条の証拠保全は,あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときの手続であり,一般的な資料探索の代用ではない。保存期間の満了,電子データの消去,証人の重篤な健康状態など,現実の消失危険がある証拠に用いる。

提訴前の手段としては,訴えの提起前における照会(同法132条の2)及び証拠収集の処分(同法132条の4)がある。後者には,文書送付嘱託,官公署等への調査嘱託,専門的知識経験を有する者への意見陳述の嘱託が含まれる。

6 医学専門家の関与

本症の事案では,医学的評価が結論を左右し得る。もっとも,最初から全記録を送って正式な意見書を依頼する必要はない。遺言書,主要な診療記録・介護記録,認知機能検査の結果及び時系列表を用いて予備的な相談を行い,追加すべき資料と医学的に評価可能な範囲を確認した上で,正式な意見書を依頼するのが合理的である。

専門家に対しては,遺言が有効又は無効という法律上の結論ではなく,作成時の注意,覚醒,理解,記憶及び判断に関する医学的評価と,その推論の限界を尋ねるべきである。有利な資料のみを渡すと意見の信用性を損なう。

意見書の説得力を高める要素は,①作成者が精神科又は神経内科の専門医であること,②医師の記憶ではなく診療録等の裏付けがあること,③当該患者に認知症等の治療が実際に行われていたこと,である。診療録に加え,第4次コンセンサス報告等の医学文献を併せて提出するのが定石である。

なお,本人の死亡後の評価は,必然的に記録に基づく事後的な判断となる。第1審で鑑定が採用されることは多くないが,控訴審で鑑定を経て結論が変わる例もある。医学的判断が微妙な事案では,第1審での鑑定の申出も検討に値する。

第9 典型的な反論への対応

1 作成時は明瞭であったとの反論

本症では認知の変動があるため,有効を主張する側は,作成時は状態が良好であったと反論することが多い。

これに対し,病気の一般論から「悪い時間帯であったはずである」と主張することはできない。他方,前記の変動研究に照らせば,「あの日はしっかりしていた」という観察が示すのは注意と覚醒の一時的な水準であって,遺言に必要な理解の成立を示すものではない。

したがって検討すべきは,①作成時刻に近い客観記録に何が記載されているか,②良好であったという観察が誰のどの程度具体的な観察か,③その観察が財産の把握,除外される相続人の理解,分配の帰結の理解にまで及んでいるか,である。

2 遺言内容が単純であるとの反論

財産全部を長年世話をした一人に取得させるなど,内容と動機が単純かつ自然であることは,能力を肯定する方向の事情となり得る。

他方,条項の数が少ないことと,理解すべき課題が少ないことは同じではない。前記東京地方裁判所令和4年10月28日判決は,遺言者が法学部教授であったことを踏まえても,財産の規模,相続人ごとに異なる分割方法,代償金の計算方法の複雑さから,内容が単純であるとはいえないとした。

もっとも,「従前の遺言を変更する型は,内容が単純でも高度の判断力を要する」という主張には,正面から否定した裁判例がある。前記広島高等裁判所令和2年9月30日判決は,本件遺言が他の遺産について全く触れていないことから,他の相続人に与える影響を考慮して多数の遺産から本件土地を選び,相続人間の公平性や関係性を配慮して受遺者を特別に選ぶことまでを考える必要はないとし,また,「相続させる」旨の遺言のもつ法律的意味についても先行する遺言で既に行っていたから理解していたと考えられるとした。したがって,先行遺言の変更という一事から高度の能力を要すると論ずる構成は,この裁判例により区別を要する。

同旨の下級審裁判例として,東京地方裁判所令和4年2月22日判決(令和3年(ワ)第8076号,判例秘書の判例番号 L07730457)がある。同判決は,二人の子に等分に相続させる旨の従前の遺言を変更して五〇〇〇万円を除き全て一方に相続させるという内容の遺言,及びその五〇〇〇万円も同じ者に相続させる旨の変更をした遺言について,いずれも単純かつ平易なものであるとして,遺言能力を認めた。

もっとも,広島高等裁判所令和2年9月30日判決の事案は遺産の一部の帰属のみを定めたものであり,東京地方裁判所令和4年2月22日判決の事案は遺言者が財産管理に重大な問題がある状況ではなかったと認定されたものである。遺産の全体を対象として推定相続人の大半を排除する遺言であること,及び作成時の重症度が中等度以上と評価されていることを示すことができれば,これらの裁判例とは事案を異にすると論ずる余地がある。

3 受益者は補助しただけであるとの反論

高齢又は療養中の本人に代わって家族が資料の準備や日程の調整を行うこと自体は不自然でない。最高裁判所平成13年3月27日判決の下では,同席の事実だけでは無効を導けない。

区別すべきは,補助の必要性の範囲内の行為と,遺言内容の形成に関与し又は本人だけの意思確認を妨げる関与である。前記東京高等裁判所平成25年3月6日判決及び横浜地方裁判所平成18年9月15日判決は,後者に当たる事実(遺言者が依頼していないのに受遺者と公証人が内容を打ち合わせたこと,原案の作成者が不動産ごとに承継者を示唆する説明をしたこと)を具体的に認定している。

4 診断名はアルツハイマー型であるとの反論

本症は臨床上の検出率が高くなく,アルツハイマー型と診断されている例が少なくない。また混合病理も多い。したがって,カルテの診断名が「アルツハイマー型認知症」であることは,本症の特徴(認知の変動,幻視,レム睡眠行動異常症,パーキンソニズム,抗精神病薬過敏性)が存在しないことを意味しない。

逆に,カルテに「レビー小体型認知症」と記載されていても,第4次コンセンサス報告に沿った評価(中核的特徴の確認,変動の測定結果の記録,バイオマーカーの検討)がされているとは限らない。前記東京地方裁判所令和7年8月7日判決のように,画像所見から診断名の当てはめが覆される例もある。

いずれの方向でも,診断名を出発点とせず,記録に現れた具体的な症状と生活上の障害を積み上げることになる。

5 無効主張以外の構成の検討

遺言能力の否定は,無効主張側が評価根拠事実を積み上げる必要があり,負担が重い。これに対し,口授の不存在及び方式違背は,方式適合の立証責任が有効を主張する側にあるため,構造上は軽い。取れる事案では,口授及び方式を前面に置くことを検討する。

また,不利な先行遺言と有利な後行遺言が併存する場合には,先行遺言の無効を論ずるのではなく,民法1023条1項による撤回擬制を主軸とする方が筋である。後の遺言が有効であれば,抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされ,先行遺言の無効を証明する必要がない。この場合,同一人の近接した時点の能力を無能力と有能力に使い分けることはできないため,主張の一貫性に注意を要する。

そのほか,遺留分侵害額請求,遺産分割,所有権又は金銭の返還請求など,遺言無効より立証負担の軽い手段で目的を達成できないかも検討することになる。

第10 令和8年改正の影響

令和8年法律第45号(民法等の一部を改正する法律。成年後見及び遺言の制度の見直し)が令和8年6月24日に公布された。遺言制度に関する部分は公布から1年を超えない範囲で政令で定める日から施行され,保管証書遺言の創設等システムの改修を要するものは3年以内とされている。同法は,普通の方式の遺言として,遺言内容を記録した電磁的記録又はその出力書面を法務局に提供し,遺言者が本人確認を受けた上で遺言全文を口述するなどして法務局が保管する「保管証書遺言」を創設する。パソコン等による作成,オンラインでの保管申請及び一定の場合のウェブ会議利用が予定され,遺言者が指定した者への通知や,家庭裁判所の検認を不要とする仕組みも設けられる。また,死亡危急時遺言等について遺言の状況を録音・録画により記録する方式の追加も含まれる。能力立証との関係では,保管証書遺言における本人確認及び全文口述は重要な手続資料となるが,法務局の関与だけで遺言能力が当然に保証されるわけではなく,口述時の質問内容,応答の自発性,支援者の関与及び遺言内容の複雑性を個別に検討する必要がある。死亡危急時遺言等の録音録画についても,短い応答部分だけでなく,質問の誘導性,記録の連続性及び前後の状況を含む全体を確認すべきである。レビー小体型認知症の遺言者は認知の変動という中核的特徴を有するため,これらの記録に現れる応答の変動を,作成時点の課題別評価に組み込む視点が特に重要である。

本記事の主題に関係するのは,民法974条の証人及び立会人の欠格事由の拡張である。改正により,受遺者の被用者(法人の場合は被用者及び役員)も欠格事由に加えられる。単身高齢者の増加に伴い入所施設等への遺贈の例があり,現行法では受遺者の従業員が欠格事由となっていないことが理由とされている。施行後は,施設職員が証人となった遺言について,従前とは異なる評価がされることになる。

あわせて,自筆証書遺言・秘密証書遺言等の押印要件が廃止・任意化される(施行は公布から1年以内)。公正証書遺言については,令和5年の公証人法改正により既に押印要件が廃止されている。

成年後見制度については,法定後見が「補助」の制度に基本的に一元化され,後見・保佐の制度は廃止される(施行は公布から2年6月以内)。遺言の前後における類型認定を判断能力の水準に関する公的な評価として用いる従来の議論は,施行後は前提が変わる。なお,民法973条(成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時に遺言をするには医師2人以上の立会いを要すること)が現行法上存在することは,後見開始と遺言能力が別問題であることを示している。

改正の内容は,法務省民事局の「「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html )で確認できる。

第11 出典

1 法令

e-Gov法令検索・民法(3条の2,960条,963条,968条,969条,969条の2,973条,974条,975条,1004条,1022条,1023条)

e-Gov法令検索・公証人法(4条,26条,27条,28条,40条,42条,43条,44条)

e-Gov法令検索・公証人法施行規則(21条)

e-Gov法令検索・民事訴訟法(132条の2,132条の4,197条,220条,226条,234条)

e-Gov法令検索・弁護士法(23条の2)

⑥令和5年法律第53号,令和8年法律第45号

2 裁判例

最高裁判所昭和43年12月20日判決(昭和43年(オ)第298号・民集22巻13号3017頁)

最高裁判所昭和51年1月16日判決(昭和50年(オ)第859号・裁判集民事117号1頁)

最高裁判所昭和52年6月14日判決(昭和52年(オ)第185号・裁判集民事121号1頁)

最高裁判所昭和54年7月5日判決(昭和54年(オ)第20号・裁判集民事127号161頁)

最高裁判所昭和55年12月4日判決(昭和52年(オ)第558号・民集34巻7号835頁)

最高裁判所平成10年3月13日判決(平成9年(オ)第218号・裁判集民事187号429頁)

⑦最高裁判所平成11年9月14日判決(平成9年(オ)第2060号・裁判集民事193号717頁・判例秘書の判例番号 L05410080)

最高裁判所平成13年3月27日判決(平成10年(オ)第1037号・裁判集民事201号653頁)

⑨最高裁判所平成28年10月18日判決(平成27年(受)第1036号・民集70巻7号1725頁)

最高裁判所平成30年12月21日判決(平成29年(受)第1793号・民集72巻6号1368頁)

京都地方裁判所平成13年10月10日判決(平成12年(ワ)第2475号・裁判所ウェブサイト掲載)

⑫東京高等裁判所平成30年9月6日判決(平成30年(ネ)第520号)

⑬東京高等裁判所平成27年8月27日判決(平成27年(ネ)第882号・判例秘書の判例番号 L07020783)

⑭東京高等裁判所平成25年3月6日判決(平成24年(ネ)第6567号・判例秘書の判例番号 L06820465)

⑮広島高等裁判所令和2年9月30日判決(令和2年(ネ)第88号・判例秘書の判例番号 L07520658)

⑯東京高等裁判所平成30年7月18日判決(平成30年(ネ)第878号・判例時報2397号24頁)

⑰東京高等裁判所平成25年8月28日判決(平成25年(ネ)第3169号・判例タイムズ1419号173頁)

⑱東京高等裁判所平成22年7月15日判決(平成22年(ネ)第1020号・判例タイムズ1336号241頁)

⑲東京高等裁判所平成21年8月6日判決(平成19年(ネ)第5482号・判例タイムズ1320号228頁)

⑳大阪高等裁判所平成26年11月28日判決(平成26年(ネ)第1105号ほか・判例秘書の判例番号 L06920677)

㉑大阪高等裁判所平成21年6月9日判決(平成21年(ネ)第400号・判例秘書の判例番号 L06420772)

㉒大阪高等裁判所平成19年4月26日判決(平成18年(ネ)第2970号・判例秘書の判例番号 L06220546)

㉓広島高等裁判所平成10年9月4日判決(平成10年(ネ)第47号・判例秘書の判例番号 L05320286)

㉔東京地方裁判所令和7年8月7日判決(令和5年(ワ)第10398号・判例秘書の判例番号 L08031550)

㉕東京地方裁判所令和4年10月28日判決(令和2年(ワ)第7036号・判例秘書の判例番号 L07732960)

㉖東京地方裁判所令和4年10月14日判決(令和3年(ワ)第2427号・判例秘書の判例番号 L07733033)

㉗東京地方裁判所令和4年2月22日判決(令和3年(ワ)第8076号・判例秘書の判例番号 L07730457)

㉘東京地方裁判所令和2年1月28日判決(平成30年(ワ)第25118号・判例秘書の判例番号 L07530310)

㉙東京地方裁判所平成31年1月18日判決(平成26年(ワ)第16477号ほか・判例秘書の判例番号 L07430440)

㉚東京地方裁判所平成29年6月6日判決(平成26年(ワ)第31281号・判例秘書の判例番号 L07231636)

㉛東京地方裁判所平成28年8月25日判決(平成25年(ワ)第19280号・判例時報2328号62頁)

㉜東京地方裁判所平成27年12月25日判決(平成26年(ワ)第2015号・判例秘書の判例番号 L07031526)

㉝東京地方裁判所平成26年11月6日判決(平成23年(ワ)第3915号・判例タイムズ1421号295頁)

㉞高知地方裁判所平成24年3月29日判決(平成21年(ワ)第589号ほか・判例タイムズ1385号225頁)

㉟宇都宮地方裁判所平成28年6月17日判決(平成26年(ワ)第549号・判例秘書の判例番号 L07150805)

㊱宇都宮地方裁判所平成22年3月1日判決(平成21年(ワ)第613号・判例秘書の判例番号 L06550123)

㊲東京地方裁判所平成20年11月13日判決(平成19年(ワ)第15630号・判例時報2032号87頁)

㊳横浜地方裁判所平成18年9月15日判決(平成17年(ワ)第678号・判例秘書の判例番号 L06150489)

㊴東京地方裁判所平成18年7月4日判決(平成16年(ワ)第4991号・判例タイムズ1224号288頁)

㊵東京地方裁判所平成16年7月7日判決(平成13年(ワ)第11182号ほか・判例秘書の判例番号 L05932859)

㊶東京地方裁判所平成11年11月26日判決(平成9年(ワ)第570号・判例時報1720号157頁)

㊷東京地方裁判所平成11年9月16日判決(平成10年(ワ)第27746号・判例秘書の判例番号 L05430309)

㊸静岡地方裁判所平成8年1月29日判決(平成元年(ワ)第512号・判例秘書の判例番号 L05150039)

㊹大阪地方裁判所堺支部平成5年5月26日判決(平成3年(ワ)第67号・判例秘書の判例番号 L04850290)

㊺広島地方裁判所呉支部平成元年8月31日判決(昭和56年(ワ)第141号ほか・判例秘書の判例番号 L04450404)

3 公的資料

日本公証人連合会「遺言公正証書の謄本を郵送で請求することはできますか」

厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」

③平成12年3月13日法務省民一第634号民事局長通達

④法務省民事局「「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」

4 医学文献

McKeith IG et al., Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: Fourth consensus report of the DLB Consortium, Neurology 89:88-100, 2017(PMC全文)

McKeith I et al., Neuroleptic sensitivity in patients with senile dementia of Lewy body type, British Medical Journal 305:673-678, 1992

Ferman TJ et al., DLB fluctuations: specific features that reliably differentiate DLB from AD and normal aging, Neurology 62:181-187, 2004

④Walker MP et al., Quantification and characterisation of fluctuating cognition in dementia with Lewy bodies and Alzheimer’s disease, Dementia and Geriatric Cognitive Disorders 11:327-335, 2000

⑤Walker MP et al., The clinician assessment of fluctuation and the one day fluctuation assessment scale: two methods to assess fluctuating confusion in dementia, British Journal of Psychiatry 177:252-256, 2000

⑥Ballard C et al., The characterisation and impact of “fluctuating” cognition in dementia with Lewy bodies and Alzheimer’s disease, International Journal of Geriatric Psychiatry 16:494-498, 2001

⑦Lee DR, Taylor JP, Thomas AJ, Assessment of cognitive fluctuation in dementia: a systematic review of the literature, International Journal of Geriatric Psychiatry 27:989-998, 2012

Shulman KI, Hull IM et al., Cognitive Fluctuations and the Lucid Interval in Dementia: Implications for Testamentary Capacity, Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law 43:287-292, 2015

⑨Merikangas JR, Commentary: Contested Wills and Will Contests, Journal of the American Academy of Psychiatry and the Law 43:293-297, 2015

⑩Trachsel M, Hermann H, Biller-Andorno N, Cognitive fluctuations as a challenge for the assessment of decision-making capacity in patients with dementia, American Journal of Alzheimer’s Disease and Other Dementias 30:360-363, 2015

⑪Vardy E et al., History of a suspected delirium is more common in dementia with Lewy bodies than Alzheimer’s disease, International Journal of Geriatric Psychiatry 29:178-181, 2014

Prevalence, timing and characteristics of delirium preceding dementia with Lewy bodies: a retrospective case series, Journal of Neurology, 2025(PMC全文)

⑬日本神経学会監修『認知症疾患診療ガイドライン2017』(医学書院)第7章

5 法律実務文献

①水谷英夫・小島妙子『認知症高齢者をめぐる法律実務―法的リスクと相続問題』新日本法規出版,2023年(Q67,Q70,並びに49頁,50頁,78頁,269頁,335頁及び337頁を確認)

②日本公証人連合会編著『新版 証書の作成と文例 遺言編〔三訂版〕』立花書房,2021年

③森公任・森元みのり『法律家のための遺言・遺留分実務のポイント』日本加除出版,2021年

④土井文美「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」判例タイムズ1423号15頁,2016年

⑤中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』新日本法規出版,2023年

⑥平田厚『事例にみる遺言能力判断の考慮要素』新日本法規出版,2023年