第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,デイサービス(通所介護)やショートステイ(短期入所生活介護)の利用者が,事業所の送迎で自宅に送り届けられる際又はその直後に転倒した場合に,事業所がどのような場合に損害賠償責任を負うかを扱うものである。
東京地方裁判所が令和8年9月18日に言い渡したとされる判決(報道のみ。裁判所HP未掲載),福岡地方裁判所平成28年9月12日判決(裁判所HP掲載の全文),送迎の場面での転倒を扱った東京地方裁判所の3件の判決(いずれも裁判所HP未掲載で,判例秘書で全文を確認した),判例タイムズ1423号及び1425号に掲載された介護事故の裁判例の分析,指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号。以下「居宅サービス基準」という。)並びに厚生労働省老健局の「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」(令和7年11月。以下「厚労省ガイドライン」という。)を材料とする。
調査基準日は令和8年9月20日である。
事故後の請求を債務不履行構成と不法行為構成のどちらで行うかは,消滅時効を含めて人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方で扱っている。
2 結論
送迎時の転倒事故で事業所の責任を分けるのは,「玄関まで送ったか,建物の前で別れたか」という到達点そのものではなく,事業所がその利用者の心身の状況と現場の危険をどこまで把握し,又は把握できたか,そしてそれに見合った介助をしたかである。
福岡地裁平成28年9月12日判決は,3年以上の送迎で身体状況と自宅前の階段の危険を概ね認識していたことから転倒の予見可能性を認め,階段で利用者の身体から手を離した職員の介助について,契約上の安全配慮義務違反による債務不履行を認めた。
東京地裁令和8年9月18日判決も,報道によれば,筋力の低下や骨折による入院歴を記した資料を受け取っていた施設について,本人や親族に転倒歴を確認すれば危険を予測できたとして,注意義務違反を認めている。
送迎の場面の裁判例は,責任を認めたものばかりではない。
東京地裁平成15年3月20日判決は,送迎バスに運転手を兼ねた職員1名しか配置せず,降車させた利用者から目を離さざるを得なかった態勢を問題にして責任を認めた。
他方,東京地裁平成25年5月20日判決と東京地裁平成29年3月14日判決は,利用者の歩行能力や認知能力に照らして不意の行動を具体的に予見することは困難であったとして,転倒防止の義務違反を否定した(前者は,事故後に速やかに医師の診察を受けさせなかった点だけで慰謝料20万円を認めた)。
他方,家族側の事情も損害額の算定で考慮される。
福岡地裁は,自宅前の階段に昇降機を設けなかったことを理由に3割の過失相殺をし,東京地裁の事件でも,報道によれば,本人や親族が転倒への不安を積極的に示さなかったことが考慮された。
請求の構成にも差がある。
福岡地裁は債務不履行責任だけを認め,不法行為責任を否定したため,契約の当事者でない遺族固有の慰謝料は0円とされ,遅延損害金も請求の時からとされた。
厚労省ガイドラインは,送迎時には「安全なところまで介助をして送り届ける」ことと,どこまで見届けるかを契約時に確認することを求めている。
事業所は利用者ごとに見届ける範囲を決めて記録し,利用者の状態が変わったときに見直すことが,事故の防止にも紛争の予防にもつながる。
第2 東京地裁令和8年9月18日判決の報道
1 報道された事実関係
(1) 事故と請求
NHKの令和8年9月18日の報道によれば,令和5年12月,東京都墨田区の介護施設でデイサービスを利用した当時87歳の女性が,自宅のアパートに送迎された後,1人で2階に上がる際に階段で転倒し,死亡した。
遺族は,施設側が女性に付き添わなかったために事故が起きたとして,施設の運営会社と代表者に3400万円余りの賠償を求め,施設側は転倒を予測するのは困難だったと争った。
(2) 判決の骨子
報道によれば,東京地裁は,施設側が筋力の低下や腰の骨折による入院歴などを記した資料を受け取っていたことを指摘し,本人や親族などに過去の転倒歴などを確認すれば身体の状況を把握でき,危険を具体的に予測できたとして,注意義務を怠ったと判断した。
他方で,送迎に当たって本人や親族が転倒についての不安を積極的に示さなかった過失もあるとして,施設側に1800万円余りの賠償を命じたとされる。
2 報道から分からない事項
この判決は,令和8年9月20日時点で裁判所HPの裁判例検索に掲載されておらず,判決文を確認できない。
そのため,事件番号,請求の根拠(債務不履行か不法行為か),代表者個人の責任が認められたか,過失相殺の割合,認容額の内訳,施設が受け取った資料の作成者及び送迎車がどこで利用者と別れたかは,現時点では分からない。
本記事では,この判決について報道された範囲だけを記載し,判断の構造は,判決全文を確認できる福岡地裁平成28年9月12日判決によって検討する。
第3 福岡地裁平成28年9月12日判決
1 事案
(1) 契約と利用者の状況
事件番号は平成27年(ワ)第2717号である。
利用者は,特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人との間で,短期入所生活介護(ショートステイ)のサービスを受ける利用契約を結び,送迎を受けていた。
契約には,事業者及びサービス従事者は,サービスの提供に当たって,利用者の生命,身体,財産の安全確保に配慮するとの条項があった。
利用者は事故当時100歳で,骨粗しょう症による胸腰椎圧迫骨折で入院した後に下肢筋力が一層低下し,視力も悪く,4点杖を使っても転倒するリスクがあり,要介護4の認定を受けていた。
(2) 事故の状況
自宅前の道路から玄関までには階段があり,踊り場から上の階段には椅子式昇降機があったが,道路から踊り場までの10段の階段には金属製の手すりだけがあった。
平成24年9月9日の夕方,雨の中で送迎された利用者は,職員に右脇を支えられて手すりの濡れた階段を上り始めたが,2段目で職員が4点杖をどけようとして右手を利用者の体から離し,目を離した直後に,バランスを崩して道路まで転落した。
家族は傘を持って階段の途中まで降りてきていたが,職員はその到着を待たずに利用者を車から降ろしていた。
利用者は頭部を強打して入院し,約2か月後に,事故に起因する誤嚥性肺炎で死亡した。
2 予見可能性と安全配慮義務
(1) 予見可能性
判決は,利用者が高齢で骨折しやすく,下肢筋力の低下と視力の悪化により歩行中に転倒するおそれがあったこと,現場が段差のある階段で,転落すれば固い路面に体を打ち付けること,当日は雨で手すりが滑りやすくなっていたことを挙げた。
そして,施設と職員は3年以上にわたって介護と送迎を行い,これらの事実を概ね認識していたとして,身体を適切に支えなければ転倒して重傷を負う危険性があることを予見できたとした。
施設は「ほんの一瞬のはずみ」で生じた事故で予見は不可能だったと主張したが,判決は,手を離した時点で利用者に不安定な様子がなかったとしても,身体状況や現場の状況を踏まえれば予見可能であったとして,これを退けた。
(2) 義務の内容と違反
判決は,施設が契約に基づく安全配慮義務として,階段を上る利用者の身体を常時注視し,適切に支えてバランスを崩して転落しないようにする義務を負っていたとした。
職員が目を離して利用者の体から手を離したこと,斜め後ろではなく真後ろに立っていれば転落を防止できたことから,義務違反による債務不履行を認めた。
施設側の,従前も同じ手順で事故はなかったという主張は,職員自身が階段で手を離したのは事故時が初めてだと証言していたことから,前提を欠くとされた。
(3) 回避可能性と昇降機の不備
判決は,職員が家族を待っていれば傘を家族に任せて両手で利用者を支えることも,杖を家族に動かしてもらうこともできたとして,回避可能性を認めた。
また,施設は下の階段に昇降機がないことを知りながら特段問題とせずに送迎を続けていたのであるから,昇降機の不備によって全責任を免れることはできないとした。
3 債務不履行責任と不法行為責任
(1) 不法行為責任の否定
判決は,常時身体を注視して支える義務は,介護事業を行う法人として結んだ契約に基づくものであって,契約と無関係にこのような高度の義務を負うものではないとし,職員が不安定な状態になかった利用者の体からわずかの時間手を離したことについて,不法行為が成立するとまではいえないとした。
同じ事故でも,契約に基づく義務としては違反が認められ,契約を離れた一般的な注意義務としては違反が認められなかったことになる。
(2) 遺族固有の慰謝料と遅延損害金
不法行為責任が否定されたため,遺族(利用者の子5人)が請求した固有の慰謝料は0円とされた。
判決は,契約の当事者でない遺族が契約上の債務不履行によって固有の慰謝料請求権を取得するとは解されないとし,最高裁判所第一小法廷昭和55年12月18日判決(昭和51年(オ)第1089号,民集34巻7号888頁)を参照した。
同じ最高裁判決により,債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務で,請求を受けた時から遅滞に陥るとされ,遅延損害金は,遺族の1人については書面で請求した日の翌日から,その余の遺族については訴状送達の日の翌日からとされた。
遺族は事故の日からの遅延損害金を求めていたが,事故直後に施設が賠償の用意があると述べていたことだけでは,それ以前の請求は認められなかった。
(3) 弁護士費用
判決は,介護サービスの提供を内容とする契約上の安全配慮義務違反を理由とする請求でも,利用者が主張立証すべき事実は不法行為の場合とほとんど変わらないとして,最高裁判所第二小法廷平成24年2月24日判決(平成23年(受)第1039号,集民240号111頁)を参照し,相当額の弁護士費用を損害と認めた。
労働契約についての最高裁の考え方を,介護サービスの利用契約に当てはめたものである。
4 過失相殺と認容額
(1) 昇降機を設けなかったことの評価
判決は,民法418条の過失相殺について,利用者の身体機能の衰えが進み,下の階段の危険性が高まっていたのに,上の階段と同じように椅子式昇降機を設けていれば事故を防げたとした。
屋外用の椅子式昇降機は初期費用15万円,リース代金月額1万5000円程度で,利用者の年金額に照らして負担不可能なほど高額とはいえないとして,利用者側にも過失相殺で考慮し得る不注意があったとした。
他方,施設には契約上の基本的な義務違反があり,昇降機がないことを知りながら送迎を続けていたことから,施設側の落ち度がより大きいとして,過失相殺の割合を3割とした。
(2) 認容額
利用者本人の損害は,入院費,入院雑費,家族の交通費,逸失利益,入院慰謝料と死亡慰謝料(併せて1500万円)及び葬儀関係費用の合計1762万1164円とされ,3割の過失相殺後は1233万4814円となった。
遺族5人の相続分は各246万6962円で,これに弁護士費用各25万円を加えた各271万6962円が認容された(請求は合計6000万円)。
逸失利益では,遺族厚生年金と遺族共済年金は逸失利益に当たらないとされ,老齢年金だけが計算の対象になった。
第4 送迎の場面での転倒を扱った東京地裁の裁判例
1 責任を認めた例―送迎バスの降車直後の転倒
(1) 事案
東京地裁平成15年3月20日判決(平成13年(ワ)第21116号,判例時報1840号20頁)は,医院の精神科デイケアに通っていた78歳の男性が,帰宅の送迎バスを自宅マンション前で降りた直後,職員が踏み台を片付け,スライドドアを施錠している間に,一部未舗装の歩道で転倒して大腿骨頸部を骨折し,約4か月半後に肺炎で死亡した事案である。
送迎バスに乗っていた職員は,運転手を兼ねた1名だけであった。
男性は自立歩行ができ,簡単な指示は理解できたが,貧血があり,体重も減少傾向にあった。
(2) 判断
判決は,デイケアの診療契約と送迎契約が一体となった無名契約に付随する信義則上の義務として,送迎の際に利用者の生命及び身体の安全を確保すべき義務を認めた。
そして,年齢,貧血と体重減少,足場のよくない歩道からすれば転倒の可能性は十分想定できたとして,移動の際に常時介護士が目を離さずにいることが可能となるような態勢をとる契約上の義務があったとし,運転手兼務の職員1名しか配置しなかったことを義務違反とした。
目を離さないよう指導するか,それが困難なら職員を1名増員するといった措置は容易であったとされている。
ここでも,責任は債務不履行として認められ,不法行為の成立は否定された。
送迎代が1日200円と低額であることを理由に注意義務を軽くすべきだとの主張は,デイケアと送迎が一体の契約である以上,送迎代だけを取り出して論じるのは相当でないとして退けられた。
(3) 損害の限定と家族側の事情
判決は,男性が自立歩行でき,簡単な指示を理解できたことから,事故はまず本人の不注意によって生じたものとして,義務違反と相当因果関係にある損害を男性の損害の4割に限定した。
他方,家族がタクシーの利用や職員の増員の要求など送迎方法を工夫しなかったことを過失として斟酌すべきだという施設側の主張は,家族に落ち度と捉えるべき事情はないとして退けた。
2 責任を否定した例―送迎車への乗車後の不意の降車
(1) 事案
東京地裁平成25年5月20日判決(平成23年(ワ)第33164号,判例時報2208号67頁)は,デイサービスを利用していた87歳の女性が,併設の宿泊施設へ移動するため送迎車に乗車した後,2名の職員が他の利用者の乗車介助や誘導をしていたごく短時間の間に,自ら車を降りようとして転倒し,大腿骨頸部を骨折した事案である。
女性は要介護1で,認知症の症状はあったが,会話による意思疎通ができ,一人で歩行し,車の乗降やシートベルトの着脱も自分でできていた。
(2) 転倒防止の義務違反の否定
判決は,通所介護の事業者は,契約に基づき,個々の利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について,法令の定める人員配置基準を満たす態勢の下,必要な範囲において利用者の安全を確保すべき義務を負うとした。
そのうえで,女性が職員に無断でトイレに立ったり施設内で転倒したりしたことはなく,家族から頻尿や自宅での転倒を説明された経過もなかったことから,排尿と忘れ物を確認して着席させた女性が不意に降車しようとすることを具体的に予見するのは困難であったとして,常時見守るべき義務を否定した。
(3) 受診させる義務の違反
他方,判決は,事故後に女性が足の痛みを訴え続け,宿直の職員もこれを確認していたのに,医師に相談することなく翌朝まで宿泊施設にとどめ置いたことについて,契約に定められた緊急時の措置を講ずべき義務の違反を認め,慰謝料20万円を認容した。
家族が病院に連れて行くよう求めなかったことや,同行の看護師から指示がなかったことは,この義務を免れる理由にならないとされた。
3 責任を否定した例―帰りの送迎車を待つ間の転倒
東京地裁平成29年3月14日判決(平成26年(ワ)第33075号)は,デイサービスを利用していた91歳の女性が,帰宅の送迎車への案内を待つ間に椅子から立ち上がって転倒した事案である。
20名の利用者に対して3名の介護職員が,エレベーターへの誘導,1階への移動及びフロア全体の見守りを分担しており,見守りの職員が認知症のある別の利用者の対応をしている間の事故であった。
判決は,事業者は利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について,必要な範囲で安全を確保する義務を負うとしたうえで,女性の歩行能力や認知能力に殊更注意を払うべき問題はなく,名前を呼ぶまで座って待つよう指示されて着席した女性が再び立ち上がることは予見できなかったとした。
移動する6名に2名,着席して待つ14名に1名という職員の配置も合理的であり,人員配置基準も満たしていたとして,請求を棄却した。
事故直後に施設長が見守り不足を認める説明をし,区への事故報告でも見守り不足を原因としていたが,判決は,これが法的な検討を踏まえたものとは考え難いとしている。
4 判例秘書で確認できなかった裁判例
判例タイムズ1423号の論文は,東京地裁平成27年3月10日判決(自保ジャーナル1948号185頁)を,デイサービスの帰りに職員とともに自宅の玄関内に入った78歳の女性が転倒した事案として紹介している。
同論文によれば,判決は,自宅に送り届ける際に歩行に付き添って補助し,転倒しないよう十分な注意を払うという抽象的な義務はあるとしつつ,椅子まで誘導して座らせてから靴を脱がせるといった具体的な義務までは認めず,職員の介助に明らかな不手際はなく,突発的な事故の可能性も残るとして,責任を否定した。
この判決は裁判所HPにも判例秘書にも見当たらず,本記事では判決文を確認できていない。
玄関の中まで送り届けていても,それだけで責任の有無が決まるわけではないことを示す例として,同論文の紹介の範囲で挙げておく。
第5 責任を分ける事情
1 到達点ではなく心身の状況と現場の危険
送迎の場面の裁判例を並べると,次のとおりである。
| 裁判例 | 場面 | 結論 | 判断の決め手 |
|---|---|---|---|
| 東京地裁平成15年3月20日 | 送迎バスの降車直後 | 責任肯定 | 運転手兼務の1名配置で目を離さざるを得ない態勢 |
| 東京地裁平成25年5月20日 | 送迎車への乗車後の不意の降車 | 転倒は否定 | 能力に照らし不意の行動は予見困難(受診の遅れは肯定) |
| 福岡地裁平成28年9月12日 | 職員の介助で自宅前の階段を上る途中 | 責任肯定 | 身体状況と階段・雨の危険を認識しながら手を離した |
| 東京地裁平成29年3月14日 | 帰りの送迎車を待つ間 | 責任否定 | 着席の指示に従った後の再度の起立は予見困難 |
| 東京地裁令和8年9月18日(報道) | 送迎後に1人で2階へ上がる途中 | 責任肯定 | 入院歴等を記した資料を受領し,確認すれば予測できた |
場面はそれぞれ異なるが,いずれの判断も,送迎の到達点を基準にしたのではなく,事業所が把握していた(又は把握できた)身体状況と現場の危険から予見可能性を導き,それに見合った介助をしたかを問うている点で共通する。
「玄関まで送ったから責任がない」「建物の前で別れたから責任がない」とは,いずれの判断からもいえない。
2 受け取った資料と確認
(1) 資料の受領が予見可能性の根拠になる
東京地裁の事件で報道された判断は,事業所が受け取った資料に筋力の低下や骨折による入院歴が書かれていれば,本人や家族に転倒歴を確かめることで危険を予測できたというものである。
居宅介護支援事業所や病院から受け取った情報が送迎担当者まで伝わっていなかったとしても,事業所としては知り得たものとして扱われる可能性がある。
(2) 家族が不安を伝えなかったことの位置付け
本人や家族が転倒の不安を積極的に示さなかったことは,報道によれば,責任を否定する理由ではなく,過失相殺の事情として扱われた。
事業所は,家族からの申告を待つのではなく,受け取った資料を手掛かりに自ら確認することが求められていると考えられる。
3 現場の危険と回避の手段
福岡地裁は,雨,濡れた手すり,段差のある階段,転落先の固い路面という現場の具体的な危険を予見可能性の根拠に挙げ,家族の到着を待つ,真後ろに立つ,両手で支えるといった,その場でとれた現実的な手段を回避可能性の根拠に挙げた。
厚労省ガイドライン44頁も,乗降時の転倒について,段差などがなく安全に乗降ができる場所での停車をルール化することを対策の例に挙げている。
4 防ぐことが難しい事故
厚労省ガイドライン8頁は,「過去の裁判例でも示されているとおり、介護施設等で発生するすべての転倒や誤嚥等が、介護施設等の過失による事故であるとは限りません。」としている。
東京地裁平成25年5月20日判決と同平成29年3月14日判決は,事業者の義務を「利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険」についての必要な範囲の安全確保と位置付け,人員配置基準を満たす態勢と職員の配置の合理性も考慮して責任を否定した。
福岡地裁の事件で施設が「家族の介護中であっても発生し得る」事故で責任を負うのは不当だと主張したように,事業所の側からは,予見できた危険に見合った介助をしていたことを具体的に主張立証することになる。
判例タイムズ1425号の論文(70頁)も,安全配慮義務の内容は一律に定まるものではなく,事業者が認識していたか又は認識すべきであった個別の心身の状態を前提に,どのような状況でどの程度転倒する危険があり,どの程度の防止措置を採るべきかを具体的に検討する必要があると整理し,直近の転倒歴,講じていた防止措置及び人員や設備の実情が判断に影響するとしている。
厚労省ガイドラインは,防ぐことが難しい事故があることを契約時に本人と家族に説明し,理解を求めることが非常に重要であるとしている。
第6 法令と厚生労働省の資料
1 居宅サービス基準
(1) 送迎の方法を定めた条文はない
居宅サービス基準の通所介護の章には,送迎の方法や送迎時の安全確保を直接定めた条文はない。
関係するのは,通所介護の具体的取扱方針を定めた98条と,通所介護計画を定めた99条である。
98条6号は,「指定通所介護は、常に利用者の心身の状況を的確に把握しつつ、相談援助等の生活指導、機能訓練その他必要なサービスを利用者の希望に添って適切に提供する。」と定め,99条1項は,管理者が「利用者の心身の状況、希望及びその置かれている環境を踏まえて」通所介護計画を作成しなければならないと定める。
利用者ごとの送迎の方法や見届ける範囲は,この計画の中で定めておくことが考えられる。
(2) 事故発生時の対応と記録
居宅サービス基準104条の3は,事故が発生した場合に市町村,家族,居宅介護支援事業者等に連絡を行うとともに必要な措置を講じること(1項),事故の状況及び事故に際して採った処置を記録すること(2項)を事業者に求める。
同条3項は,「指定通所介護事業者は、利用者に対する指定通所介護の提供により賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない。」と定める。
事故の状況と処置の記録は,居宅サービス基準104条の4第2項6号により,その完結の日から2年間保存しなければならない。
2 厚労省ガイドライン
(1) 「自宅へは最後まで送り届ける」
厚労省ガイドライン44頁は,送迎直後の玄関先での転倒を送迎時の事故の例に挙げ,「自宅へは最後まで送り届ける」との見出しの下で,家族に引き渡した直後に利用者が転倒したケースに触れている。
そして,どこまでが安全管理責任の範囲かはあいまいであるとしつつ,「責任の境界で発生した事故の場合は、過去の判例から事業所の責任になることがほとんどです。」と述べ,安全なところまで介助をして送り届けるよう求めている。
ただし,同頁は,根拠とする判例を具体的に挙げていない。
(2) 契約時に見届ける範囲を確認する
同じ頁の表は,玄関等での事故の原因の例として「責任範囲の取り決め不足」を挙げ,対策の方向性として「送迎時の責任範囲(どこまで見届けるか)を契約時に確認することを実施」としている。
第4及び第5で見た裁判例の判断と合わせると,見届ける範囲の取決めは,それだけで事業所を免責するものではなく,利用者の心身の状況に見合った範囲を決めた根拠として意味を持つと考えられる。
3 事故報告
(1) 令和6年11月29日付けの通知
厚生労働省老健局の令和6年11月29日付けの通知(介護保険最新情報Vol.1332)は,令和3年3月19日付けの事故報告様式の通知を廃止し,新しい様式を示した。
死亡に至った事故と,医師の診断を受け投薬,処置等何らかの治療が必要となった事故は原則として全て報告するものとされ,報告は原則として電子メール等の電磁的方法により,第1報は遅くとも5日以内を目安に提出するものとされている。
この様式は介護保険施設や有料老人ホーム等での事故を対象として作成されたものであり,デイサービスを含む「その他の居宅等の介護サービス」については,可能な限り活用するよう求められている。
市町村への連絡そのものは,居宅サービス基準104条の3第1項により,デイサービスの事業者にも義務付けられている。
(2) 事故後の説明の基礎資料
福岡地裁の事件では,施設が事故の直後から顛末書と市への事故報告書を遺族に交付して謝罪していたが,遺族が,症状が軽度と記載されているなど医師の説明や自らの認識と異なる部分があるとして訂正を求めた経緯が認定されている。
事故報告書は,行政への報告であると同時に,事故後の家族への説明と紛争の帰趨を左右する資料にもなる。
4 送迎時の居宅内介助と報酬上の扱い
(1) 居宅内の介助を所要時間に含める扱い
通所介護の報酬の算定に関する留意事項通知(平成12年3月1日老企第36号)は,通所介護の所要時間に送迎の時間は含まれないとしつつ,「送迎時に実施した居宅内での介助等(着替え、ベッド・車椅子への移乗、戸締まり等)に要する時間は、次のいずれの要件も満たす場合、1日30分以内を限度として、通所介護を行うのに要する時間に含めることができる。」としている。
要件は,①居宅サービス計画及び通所介護計画に位置付けた上で実施すること,②介護福祉士,介護職員初任者研修修了者,看護職員等の有資格者又は勤続年数が通算3年以上の介護職員が行うことである。
この扱いは平成27年3月27日付けの改正通知で新設され,平成27年4月1日から適用された。
要件の文言は,その後の平成30年,令和3年,令和6年及び令和8年の改正の新旧対照表でも改正の対象になっていない。
(2) 厚生労働省のQ&A
平成27年度介護報酬改定に関するQ&A(平成27年4月1日)の問52は,居宅内の介助は,独居など一人で身の回りの支度ができない場合などに個別に必要性を判断し,居宅サービス計画と個別サービス計画に位置付けて実施するものとしている。
同じQ&Aの問54は,複数の利用者を送迎する場合について,「他の利用者を送迎時に車内に待たせて行うことは認められない。」としている。
送迎車の中に他の利用者がいる場合,職員が1人で家の中まで付き添うことは,この扱いの前提になっていないことになる。
(3) 送迎の範囲と送迎減算
報酬の告示(平成12年厚生省告示第19号)別表の通所介護費の注24は,事業所が利用者の居宅と事業所との間の送迎を行わない場合に,片道につき47単位を減算するとしている。
令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)の問65は,送迎は居宅と事業所の間を原則としつつ,利用者の居住実態がある場所で,運営上支障がなく,利用者と家族それぞれの同意がある場合に限り,その場所との送迎にも送迎減算を適用しないとしている。
報酬上の「送迎」は居宅と事業所の間の移動を指すものであり,玄関から先の介助を当然に含むものではないから,家の中まで介助するかどうかは,第7で述べるとおり,利用者ごとに計画と合意で決めておくことになる。
5 厚生労働省の研究班の裁判例一覧
厚生労働行政推進調査事業費補助金(長寿科学政策研究事業)による「在宅・介護施設等における事故報告に関連する事故の予防及び再発防止の研究」(研究代表者は国立保健医療科学院の種田憲一郎。令和3年度~令和4年度)は,介護施設等での転倒に関わる裁判例を一覧にした資料を報告書に添付している。
この資料は,事案の要約,裁判所,事件番号,判決日及び出典を並べたものであり,裁判所が責任を判断する基準を分析したものではない。
一覧には送迎時の事故を扱う裁判例も含まれており,本記事では,裁判所HP又は判例秘書で判決文を確認できたものを第3及び第4で取り上げた。
なお,一覧は東京地裁平成25年5月20日判決の判決日を「5月28日」としているが,判例秘書の表示は5月20日である。
第7 事業所と家族の実務
1 事業所
(1) 契約と計画で見届ける範囲を決める
利用者ごとに,送迎の際にどこまで介助し,誰に引き渡すかを,契約時又は通所介護計画の作成時に本人と家族との間で確認し,書面に残すことが考えられる。
家の中での着替えや移乗まで行うなら,第6の4のとおり居宅サービス計画と通所介護計画に位置付けておく。
階段や段差のある住居,家族の不在が多い利用者,歩行に介助を要する利用者については,見届ける範囲を広く取る理由がある。
(2) 受け取った資料を送迎担当者まで伝える
居宅介護支援事業所,病院及び家族から受け取った資料に,転倒歴,骨折による入院歴,筋力の低下等の記載があれば,送迎担当者まで共有し,本人や家族に転倒歴を確認した結果を記録しておく。
東京地裁の事件で報道された判断を前提とすると,資料を受け取った時点で確認の機会があったとされるおそれがある。
(3) 状態が変わったときに送迎方法を見直す
入院,骨折,転倒等で利用者の状態が変わったときは,送迎の方法と見届ける範囲を見直し,その結果を記録する。
送迎車に職員を何人乗せるかも問題になる。
東京地裁平成15年3月20日判決は,運転手を兼ねた職員1名では降車後の片付けや施錠の間に利用者から目を離さざるを得ないとして,その態勢自体を義務違反とした。
雨天時の2人介助,家族の到着を待つこと,停車位置の変更等の判断基準は,職員によって対応が変わらないよう,厚労省ガイドラインが求めるとおりマニュアルにしておくことが考えられる。
家族側の設備(昇降機,手すり等)に不備があれば,改善を提案し,その記録を残す。
福岡地裁は,施設が昇降機のないことを知りながら特段問題とせずに送迎していたことを,施設側の落ち度として重く見ている。
(4) 事故が起きたとき
事故が起きたときは,居宅サービス基準104条の3に従って市町村,家族等に連絡し,事故の状況と処置を記録する。
市町村への報告には,令和6年11月29日付けの通知の様式を可能な限り活用し,損害賠償保険の保険者への通知も行う。
利用者が痛みを訴えている場合は,外傷が見えず歩けるとしても医師に相談する。
東京地裁平成25年5月20日判決は,転倒の責任を否定しながら,翌朝まで受診させなかったことについて責任を認めている。
事故報告書の内容が医師の説明や家族の認識と食い違うと,事故後の信頼関係が損なわれ,紛争が長引く原因になり得る。
2 利用者・家族
(1) 記録を早めに確保する
事故の状況は,事業所の事故報告書,送迎記録,通所介護計画,事業所が受け取ったアセスメント資料等に残っている。
事業所が保存を義務付けられている期間は完結の日から2年間であるから,早めに開示を求める。
病院の診療記録の取得方法は,亡くなった家族の入通院先を調べる方法―遺族のレセプト開示とカルテの取得で扱っている。
(2) 請求の構成と期限
利用者が死亡した事故で遺族固有の慰謝料(民法711条)を請求するには,不法行為責任が認められる必要がある。
福岡地裁の事件のように,契約上の義務違反は認められても不法行為は否定されることがあるから,債務不履行と不法行為の両方の構成で主張しておく必要がある。
債務不履行構成の遅延損害金は請求の時から生ずるので,書面で請求した日を明確にしておく。
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は,いずれの構成でも知った時から5年,権利を行使することができる時(不法行為の時)から20年である(民法167条,724条の2)。
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亡くなった家族の入通院先を調べる方法―遺族のレセプト開示とカルテの取得は,遺族による診療記録・介護関係記録の取得を扱う。
第9 出典・参考資料
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)167条,412条,415条,418条,709条,711条,722条,724条の2(e-Gov法令検索で令和8年9月20日時点の現行条文を確認)
②指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)98条,99条,104条の3,104条の4(同上)
2 裁判例
①最高裁判所第一小法廷昭和55年12月18日判決(昭和51年(オ)第1089号,民集34巻7号888頁)
②最高裁判所第二小法廷平成24年2月24日判決(平成23年(受)第1039号,集民240号111頁)
③東京地方裁判所平成15年3月20日判決(平成13年(ワ)第21116号,判例時報1840号20頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L05831195で全文を確認)
④東京地方裁判所平成25年5月20日判決(平成23年(ワ)第33164号,判例時報2208号67頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L06830413で全文を確認)
⑤福岡地方裁判所平成28年9月12日判決(平成27年(ワ)第2717号)
⑥東京地方裁判所平成29年3月14日判決(平成26年(ワ)第33075号,裁判所HP未掲載,判例秘書L07231226で全文を確認)
⑦東京地方裁判所平成27年3月10日判決(自保ジャーナル1948号185頁,裁判所HP・判例秘書とも未確認。内容は下記4①の論文の紹介による)
⑧東京地方裁判所令和8年9月18日判決(事件番号不明,裁判所HP未掲載,令和8年9月20日時点。内容は下記6の報道による)
3 所管行政機関の資料
①厚生労働省老健局「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」(令和7年11月)8頁,44頁
②厚生労働省老健局高齢者支援課長ほか「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和6年11月29日,介護保険最新情報Vol.1332)
③厚生労働省老健局の平成27年3月27日付け改正通知(老介発0327第1号ほか,介護保険最新情報Vol.435)別紙1(新旧対照表)
④厚生労働省老健局の令和6年3月15日付け改正通知(老高発0315第1号ほか,介護保険最新情報Vol.1213)別紙1(老企第36号の新旧対照表)
⑤厚生労働省「平成27年度介護報酬改定に関するQ&A」(平成27年4月1日)問52~問54
⑥厚生労働省「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)」(令和6年3月15日,介護保険最新情報Vol.1225)問65
⑦指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(平成12年厚生省告示第19号)別表6の注24(厚生労働省法令等データベース)
4 文献
①佐藤丈宜「介護事故による損害賠償請求訴訟の裁判例概観―過失・安全配慮義務違反の判断を中心として―」判例タイムズ1423号78頁~111頁(2016年)
②三坂歩・日野正実・山田裕章・石川紘紹・中丸隆之・辻本千明・松本高明・鈴木和彦「医療・介護施設における高齢者の事故についての損害賠償請求に係る諸問題」判例タイムズ1425号69頁~115頁(2016年)
5 研究報告書
①種田憲一郎(研究代表者)「在宅・介護施設等における事故報告に関連する事故の予防及び再発防止の研究」令和4年度総括研究報告書(厚生労働科学研究成果データベース)