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エホバの証人の輸血方針の変更(令和8年9月)と宗教的輸血拒否の法的枠組み―成人患者の意思確認,同意書及び子どもへの輸血(AI作成)

第1 この記事の対象と基準日

エホバの証人は,令和8年9月18日,他人の血液に由来する赤血球,白血球,血漿及び血小板(主要4成分)を治療に用いるかどうかを,各信者が個人として決めることとする方針を公式ウェブサイトで公表した。
全血の輸血は,引き続き受けないとしている。
本記事は,公表された文書の内容を確認した上で,宗教上の理由による輸血拒否について,国内の法令,裁判例,行政機関の通知及び医学会等の指針がどのような枠組みを置いているかを整理し,今回の変更が医療機関,患者,家族及び代理人の実務にどう関係するかを検討するものである。

基準日は令和8年9月20日である。
エホバの証人の文書は,基準日時点で英語版だけが公表されており,日本語の記事及び図表は同団体の日本語サイトに掲載されていない(同サイトのトップページには動画「2026 統治体からの話(6)」の案内がある。)。
そのため,本記事で英語の文書を日本語で示す部分は,いずれも本記事による仮訳である。
教義の当否は論じず,公表文書の記載と,法令,裁判例及び公的資料で確認できる事項に限って扱う。

結論を先に示すと,次のとおりである。
①今回の変更の中心は,主要4成分の使用を各信者の判断に委ねた点にあり,全血の輸血を受けないこと,全血の輸血に回る献血をしないことは維持されている。
②国内では全血製剤はほとんど供給されていないため,国内で行われる輸血の大半は,各信者が個人で判断する範囲に入ると考えられる。
③同じ信者でも受け入れる製剤が人によって分かれ得るので,医療機関は,信仰の有無からではなく,製剤ごとに本人の現在の意思を確かめる必要が大きくなる。
④子どもへの輸血について親権者が同意しない場合の法的手続(親権停止の審判,その保全処分及び児童相談所長等の緊急の措置)は,今回の変更によって何も変わらない。

第2 エホバの証人が公表した輸血方針の変更

1 公表された文書

(1) 令和8年9月18日の公表

公表の中心は,令和8年9月18日付けの「2026 Governing Body Update #6」(動画)である。
同じ日に,解説記事「How Do Jehovah’s Witnesses Show Respect for Life?」と,図表「Products Derived From Whole Blood」が公表された。
解説記事の末尾には,同記事は Update #6 で説明された内容を反映したもので,今後『ものみの塔』誌に掲載される予定である旨の注記がある。
同団体は,この変更を「adjustment」(調整)と表現している。

(2) 先行する令和8年3月20日の公表

これに先立つ令和8年3月20日付けの「2026 Governing Body Update #2」は,患者自身の血液を医療に用いることについての立場を明確にするものであった。
今回の解説記事は,この Update #2 の説明を引用した上で,同じ原則を主要4成分にも当てはめる構成をとっている。

2 変更の内容

解説記事の記載を項目ごとに整理すると,次のとおりである。

項目従前の扱い(解説記事の説明による)令和8年9月18日以降
全血の輸血受けない受けない(変更なし)
主要4成分(赤血球・白血球・血漿・血小板)全血と同じ原則を当てはめて受けない各信者が個人として決める
分画(アルブミン,免疫グロブリン,凝固因子等)受け入れる信者がいることを前提とする記載がある各信者が個人として決める
献血しない全血の輸血に回る献血はしない。成分・分画を他人に用いる明確な目的の献血は各信者が決める
自己の血液の使用令和8年3月20日の Update #2 から各信者が決める

(1) 主要4成分は各信者の判断に委ねられた

解説記事は,統治体が,他人の血液に由来する全血の主要4成分についても同じ原則が当てはまると決定したと述べ,「これら4つの主要成分をあらゆる内科的・外科的治療で用いるかどうかは,各クリスチャンが個人として決定しなければならない」(仮訳)としている。
他方で,主要4成分の一つ又は複数を用いる治療を統治体が軽く見ているわけではなく,引き続き「非常に重大な事柄」(仮訳)とみているとも述べている。
判断に当たって考えられる事情として,すべての製品を拒む信者もいれば,全血に占める割合が小さいことを理由に一部を受け入れる信者もいるという例を挙げており,同じ信者の間でも結論が分かれ得ることを前提にしている。

(2) 全血の輸血と血の摂取は引き続き受けない

解説記事は,今回の検討の要点として,エホバの証人は全血の輸血を受けず,全血の輸血として他人に用いられる献血もせず,血及び血抜きをしていない肉を食べないと述べている。
今回の変更は,全血の扱いを変えるものではない。

(3) 献血は目的を限って各信者の判断に委ねられた

献血については,「成分又は分画を他の人の使用に供するという明確に表明された目的で献血するかどうか」(仮訳)を,各信者が決めるとしている。
すべての献血を認める趣旨ではなく,目的による限定が付いている。

(4) 自己の血液の使用は令和8年3月から各信者の判断

Update #2 の説明として解説記事が引用する部分は,聖書は人が自分自身の血液を内科的・外科的治療に用いることについて述べていないから,他の医療上の選択と同様に,自己の血液の使用は各信者が決めなければならないという趣旨である。

3 個人の決定の扱いと事前指示書

(1) 会衆は個人の決定に関与しない

解説記事は,他人の血液に由来する成分又は分画を受け入れるかどうかは各信者が決めることであり,会衆はその決定に関与せず,信者どうしで他人を裁くべきではないとしている。

(2) 事前指示書の改訂と医療機関連絡委員会

解説記事の脚注は,医療上の個人的な決定について,医療に関する事前指示書に記載した代理人以外の人と話し合う必要は通常ないとし,改訂された事前指示書が提供される予定であると述べている。
また,本人の求めに応じて,地域の医療機関連絡委員会が決定を支援し,良心を尊重する医師を探す手助けをすること,決定の秘密を守ることも記載している。
医療機関連絡委員会は,後記第4の1の最高裁判決の事案でも,信者に協力的な医師を紹介する活動をする組織として登場している。

4 図表「Products Derived From Whole Blood」

図表は,全血から得られる製品を「成分」と「分画」に分け,それぞれが全血に占めるおおよその割合,主な働き及び由来を一覧にしたものである。
成分として血漿(約55%),赤血球(約45%),白血球(1%未満)及び血小板(1%未満)を,分画としてアルブミン(約2%),免疫グロブリン(約1%),凝固因子,プロトロンビン複合体製剤,フィブリノゲン及びクリオプレシピテート(いずれも1%未満)を挙げ,判断の前に検討すべき問いとして,リスクの内容とその他の考慮事情を掲げている。
割合は同団体が図表で示している数値であり,本記事で医学的に検証したものではない。

第3 国内の血液製剤から見た変更の意味

1 全血製剤はほとんど供給されていない

日本赤十字社の「令和6年 血液事業統計資料」(令和6年1月~12月)では,全血製剤の製造本数(16頁)及び純供給本数(23頁)の欄が全国の各血液センターとも空欄となっており,赤血球製剤の純供給本数は全国で3,343,792本である。
同資料は,製剤別のグラフについても,全血製剤は本数が少量であるためグラフに表れていないと注記している(40頁)。
日本赤十字社の「輸血用血液製剤一覧」も,成分輸血が主流となっており,医療機関への全供給数のうち赤血球製剤,血漿製剤及び血小板製剤がほぼ100%を占めていると説明している。

したがって,国内で実際に行われる輸血の大半は,今回の変更によって各信者が個人で判断することとされた主要成分の製剤によるものであると考えられる。
全血の輸血を受けないという点が維持されていても,国内の医療で問題になる場面は,実際にはほとんどが個人の判断の範囲に入ることになる。

2 献血された血液の使い道

(1) 全血献血と成分献血から作られる製剤

日本赤十字社の患者・家族向けの説明「輸血用血液製剤が届けられるまで」によれば,全血献血で得られた血液からは赤血球製剤と血漿製剤が,成分献血で得られた血液からは血漿製剤と血小板製剤が作られる。
全血献血であっても,実際には成分に分けて製剤化されている。

(2) 献血者が使い道を指定する仕組みは見当たらない

日本赤十字社の「献血の同意説明書」(第5版。令和6年2月1日施行)は,献血された血液が輸血用血液製剤及び血漿分画製剤の原料に使用されることを説明しているが,献血者が使い道を選ぶ欄は設けていない。
エホバの証人の方針が献血に付けた「成分又は分画を他の人の使用に供する明確な目的」という条件が,国内の献血の仕組みの下でどのように満たされると同団体が考えるかは,公表文書からは分からない。
この点は信仰上の判断に属するので,本記事では立ち入らない。

第4 成人患者の輸血拒否に関する裁判例

1 最高裁平成12年2月29日判決

(1) 事案

最高裁平成12年2月29日判決(平成10年(オ)第1081号,民集54巻2号582頁)の患者は,宗教上の信念から,いかなる場合にも輸血を受けることは拒否するという固い意思を有していた(判決文では宗教の名称は匿名化されている。)。
患者は,別の病院で輸血をしないで手術することはできないと言われて退院し,輸血を伴わない手術を受けられる医療機関を探して,国が設置する病院に入院し,本人と家族は,医師らに輸血を受けることはできない旨を伝え,免責証書も手渡していた。
他方,その病院は,信者の患者についてできる限り輸血をしないが,輸血以外に救命手段がない事態に至ったときは患者及び家族の諾否にかかわらず輸血するという方針を採っており,医師らはこの方針を説明しないまま肝臓の腫瘍を摘出する手術を行い,出血量が約2245ミリリットルに達した段階で輸血をした。
なお,この事件の第一審の記録は,東京地方裁判所で廃棄されている(別稿「裁判所で廃棄された著名事件の記録―少年事件52件・憲法判例百選の民事事件35件と廃棄の原因(最高裁の調査報告書の別紙)」参照)。

(2) 判断

最高裁は,医師らが医療水準に従った相当な手術をしようとすることは当然であるとした上で,「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」と判示した。
そして,本件の事実関係の下では,医師らは,輸血以外に救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には,病院の方針を説明して,手術を受けるか否かを患者自身の意思決定にゆだねるべきであったとし,説明を怠ったことにより意思決定をする権利を奪ったとして,人格権侵害による慰謝料の責任を認めた(病院の設置者について民法715条の使用者責任)。
判決が問題としたのは輸血そのものの違法性ではなく,病院の方針を説明しなかったことである。

(3) 原審の「絶対的無輸血」と「相対的無輸血」

原審の東京高裁平成10年2月9日判決(平成9年(ネ)第1343号,高民集51巻1号1頁)は,輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血をしないことを「絶対的無輸血」,できる限り輸血をしないが,そのような事態になれば輸血をすることを「相対的無輸血」と呼んで区別した。
その上で,同判決は,患者が口頭で絶対的無輸血を求めていたことは認めつつ,医師らがこれに応じる意思を表示したとは認められないとして,絶対的無輸血の合意の成立は否定し,できる限り輸血をしないという限度での合意にとどまるとした。
医療機関が「無輸血」をどちらの意味で引き受けるのかを,書面で明らかにしておく必要があることを示す判断である。
医療過誤事件における説明義務一般の最高裁判例は,別稿「医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効」で一覧にしている。

2 大分地裁昭和60年12月2日決定

大分地方裁判所昭和60年12月2日決定(昭和60年(ヨ)第169号,判例タイムズ570号30頁,判例時報1180号113頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,骨肉腫のため脚の切断手術を勧められた成人の信者が,手術は希望しつつ,これに伴う輸血を拒否した事案である。
両親が,本人に代わって病院に手術及び輸血を委任することができる旨の仮処分を申請したのに対し,同決定は,本人が理解,判断能力を含めて正常な精神的能力を有する成人であり,真摯な宗教上の信念に基づいて輸血を拒否していること,輸血以外の治療は強く望んでおり,放射線療法等の他の方法もあることなどを考慮し,輸血拒否が権利侵害として違法性を帯びるとはいえないとして,申請を却下した。
判断能力のある成人本人の輸血拒否を,家族が裁判手続によって覆そうとした試みが退けられた例である。

3 方針変更後に意思確認で注意すべき点

(1) 製剤ごとに本人の現在の意思を確かめる

最高裁平成12年判決が保護するのは,輸血を伴う医療行為を拒否する「明確な意思」である。
今回の変更により,同じ信者であっても,主要4成分のどれを受け入れるか,分画をどこまで受け入れるかが人によって分かれ得ることになったから,信仰の有無から拒否の範囲を推定することはできなくなった。
医療機関としては,製剤の種類ごとに本人の意思を確かめ,記録に残すことが必要になると考えられる。
医学会等の合同委員会による「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」の様式1「輸血拒否と免責に関する証明書(例)」(7頁)は,拒む輸血を,全血,赤血球,白血球,血小板,血漿,自己血(術前貯血式,術中希釈式,術中回収式及び術後回収式)並びに血漿分画製剤(アルブミン,免疫グロブリン,凝固因子製剤その他)から○で囲んで選ぶ形になっており,製剤ごとの確認にそのまま使える。

(2) 事前指示書の作成時期を確かめる

信者が携帯する事前指示書が令和8年9月18日より前に作成されたものである場合,その記載が本人の現在の意思と一致しているとは限らない。
同団体は改訂版の事前指示書を提供するとしているので,書面の作成時期を確かめ,古い書面であれば本人に直接確認することが考えられる。
前記第2の3のとおり,同団体は,医療上の個人的な決定を事前指示書に記載した代理人以外と話し合う必要は通常ないとしているから,家族や同じ会衆の信者の説明を本人の意思と同視せず,本人から直接聴くことが基本になると考えられる。

(3) 病院の方針の説明は引き続き必要である

今回の変更は信者の側の判断の幅を広げるものであり,医療機関の説明義務の内容を変えるものではない。
病院が相対的無輸血の方針を採っている場合に,本人が全血又は一部の製剤を拒否する意思を明確にしているときは,最高裁平成12年判決の考え方からすれば,手術の前にその方針を説明して,手術を受けるかどうかを本人の意思決定にゆだねることが求められると考えられる。
拒否の範囲が狭くなった患者についても,どの製剤であれば使用するかを確かめた上で,残る拒否の範囲について同じ説明をすることになると考えられる。
病院の方針を示す文書と,同意書・免責証書の作り方は,別稿「病院が「相対的無輸血」の方針を採るときの説明と同意書―最高裁平成12年判決・大阪地裁平成17年判決から考える説明文書と免責証書」で扱っている。

(4) 判断能力を欠く成人の扱いは空白のままである

合同委員会のガイドライン(3頁)は,判断能力を欠く成人(同ガイドラインは当時の成年年齢に従い「20歳以上の成人」と表記している。)の輸血については,一般的な倫理的,医学的,法律的対応が確立していない現段階では将来の課題とせざるを得ないとしており,基準日時点で改訂版は確認できなかった。
成年後見人には医的侵襲に同意する権限がないと解されており,この点は別稿「成年後見人の医療行為の同意」で扱っている。
本人が判断能力を失う前に作成した事前指示書は,本人の意思を推定する資料になるから,前記(2)の作成時期の確認はこの場面でも重要になる。

第5 子どもへの輸血と親権者の拒否

1 ガイドラインの年齢区分

合同委員会の「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(平成20年2月28日)1頁は,患者を18歳以上,15歳以上18歳未満及び15歳未満に分け,医療に関する判断能力と親権者の態度に応じた対応を整理している。
18歳は児童福祉法4条の「児童」の定義を,15歳は民法の代諾養子・遺言能力の規定や臓器移植法の運用指針を斟酌して定めたとされている。

(1) 15歳以上で判断能力がある場合

15歳以上18歳未満で医療に関する判断能力がある場合は,親権者が拒否しても本人が希望すれば本人の輸血同意書により輸血し,親権者が希望して本人が拒否すれば,なるべく無輸血治療を行うが最終的に必要な場合には親権者の同意書により輸血し,両者が拒否すれば18歳以上に準ずるとされている。
18歳以上で判断能力がある場合は,医療側が無輸血治療を最後まで貫くなら本人署名の免責証明書を提出してもらい,無輸血治療が難しいと判断すれば早めに転院を勧めるとされている。

(2) 15歳未満又は判断能力がない場合

15歳未満又は判断能力がない場合に親権者の双方が拒否するときは,親権者の理解を得られるよう努め,なるべく無輸血治療を行うが,最終的に輸血が必要になれば輸血を行うとされている。
親権者の同意が全く得られず,むしろ治療行為が阻害される状況では,児童相談所に虐待通告し,親権者の職務停止の処分を受けて親権代行者の同意により輸血するという流れが示されている。
親権者の一方が同意し他方が拒否する場合は,双方の同意を得るよう努めるが,緊急を要する場合などには同意した親権者の同意に基づいて輸血するとされている。
同ガイドラインは親権停止制度が設けられる前に作られたものであり,手続としては親権喪失の申立てを前提に書かれているので,現在の手続は次の2及び3の行政資料で確認する必要がある。

2 行政機関の位置付け

(1) Q&Aは輸血を受けさせないことをネグレクトとしている

厚生労働省子ども家庭局長の令和4年12月27日付け通知(子発1227第1号)による「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A」の問4-5は,信仰する宗教の教え・決まり等を理由として輸血等を行わない行為について,「理由の如何に関わらず」,医師が必要と判断する医療行為(手術,投薬,輸血等)を受けさせないこと(輸血を拒否する旨の意思表示カード等を携帯することを強制することを含む。)はネグレクトに該当するとしている。
その上で,必要に応じて一時保護による緊急対応や児童相談所長による親権停止の申立てを検討することとしている。

(2) 令和5年の通知は一刻を争う対応を求めている

厚生労働省子ども家庭局長の令和5年3月31日付け通知「宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について」(子発0331第10号)は,輸血は大量出血に伴って生命に危険が生じる場合に行われることが想定されるから,適時に実施されないことは重大な児童虐待事案に該当し得るとしている。
そして,宗教の信仰等を背景とする場合も含め,児童の生命・身体の安全確保のため緊急の必要があると認める場合等には,児童相談所長は可及的速やかに一時保護をした上で,児童福祉法33条の2第4項に基づく医療行為への同意等の対応をするよう求めている。
同通知は,医療現場における輸血拒否への対応の基本的な考え方として,前記1の合同委員会のガイドラインを添付している。

(3) 令和7年の事務連絡は緊急時の医療機関の判断にも触れている

こども家庭庁支援局虐待防止対策課の令和7年8月7日付け事務連絡「保護者の思想信条等に起因する医療ネグレクトへの対応について」は,令和4年4月から令和6年9月までの調査で,保護者の思想信条等に起因すると思われる医療ネグレクト事案が,児童相談所188か所のうち22か所で28件,救命救急センターが設置されている医療機関88か所のうち24か所で40件確認されたことを紹介している(宗教の信仰に起因するものに限らない。)。
同事務連絡は,救急搬送の場合など保護者の同意を得る暇がないときに医療機関の判断で医療行為をすることについて,個別具体的な事案に応じて判断されるべきとしつつ,一般論として,社会生活上正当なものとして許容される医療行為は正当行為(刑法35条)として刑事責任を負わないものとされ得ること,緊急事務管理(民法698条)に当たる場合には悪意又は重大な過失がなければ損害賠償責任を負わないものとされ得ることを示し,これは法務省と協議済みであると記載している。

3 三つの手続と選び方

厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長の平成24年3月9日付け通知「医療ネグレクトにより児童の生命・身体に重大な影響がある場合の対応について」(雇児総発0309第2号。地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言)は,親権停止制度の新設に合わせて,次の三つの対応方法を整理している。

(1) 親権停止の審判

民法834条の2第1項は,「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するとき」に,家庭裁判所が親権停止の審判をすることができると定め,同条2項は停止期間を2年を超えない範囲で定めるとしている。
児童福祉法33条の7により,児童相談所長もこの審判を請求することができる。
平成24年通知は,従来親権喪失で対応していた医療ネグレクトの事案には,原則として親権停止の審判で対応するとし,審判の確定後は未成年後見人又は親権を代行する児童相談所長等が医療行為に同意するとしている。

(2) 審判前の保全処分

家事事件手続法174条1項は,親権停止等の申立てがあった場合に,子の利益のため必要があると認めるときは,審判が効力を生ずるまでの間,親権者の職務の執行を停止し,又はその職務代行者を選任することができると定めている。
職務執行停止の審判は,停止される親権者,子に対し親権を行う者又は職務代行者に告知することによって効力を生ずる(同条2項)。
平成24年通知は,職務代行者が選任されれば職務代行者が,選任されなければ親権を代行する児童相談所長等が医療行為に同意するとしている(同通知は旧家事審判規則74条を根拠として挙げている。)。

(3) 児童相談所長等の緊急の措置

児童福祉法33条の2第2項は,児童相談所長が,一時保護が行われた児童について,親権を行う者があっても監護等に関し必要な措置をとることができると定め,同条3項は親権を行う者がこの措置を不当に妨げてはならないとし,同条4項は,この措置は「児童の生命又は身体の安全を確保するため緊急の必要があると認めるときは、その親権を行う者又は未成年後見人の意に反しても、これをとることができる」と定めている。
施設入所中の児童については,児童福祉法47条3項から5項までが施設長等について同様の定めを置いている。

(4) 緊急性の程度による選択

平成24年通知は,いずれの方法を選ぶかを医療行為の緊急性の程度で判断するとし,親権停止審判及び保全処分の手続では間に合わないときは(3)の措置を,保全処分なら間に合うときは(1)と(2)を,審判の確定を待っても間に合うときは(1)だけをとるとしている。
(1)と(2)の手続中に児童の状態が急変したときは,ためらうことなく(3)の措置で対応するとしている。
なお,医療保護入院は親権者等の同意が要件であるから(3)の措置では対応できないとされている。

4 審判例

(1) 東京家裁平成27年4月14日審判

東京家庭裁判所平成27年4月14日審判(平成27年(家ロ)第5103号,判例タイムズ1423号379頁,判例時報2284号109頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,手術が必要な乳児について,親権者らが手術の必要性は理解して手術には同意したものの,宗教上の理由から輸血に同意しなかった事案である。
無輸血手術が可能な病院で手術を行う予定であったが,周術期に凝固障害や大量出血が起きる可能性は十分にあり,その場合には輸血が必要になるという事情の下で,同審判は,無輸血手術を行う場合でも緊急の場合に備えて事前に輸血の同意を得ておく必要があるとし,輸血に同意しないことが宗教的信念などに基づくものであっても子の利益を害することが明らかであるとして,親権停止の審判事件を本案とする保全処分により親権者らの職務の執行を停止し,申立人を職務代行者に選任した。
親権者らの陳述は,時間的余裕がないとして聴いていない(家事事件手続法107条ただし書参照)。
同審判の認定によれば,親権者らは,輸血が必要になった際に親権が一時的にない状態であれば輸血はやむを得ない旨の意思を示していた。

(2) 名古屋家裁平成18年7月25日審判

名古屋家庭裁判所平成18年7月25日審判(平成18年(家ロ)第1026号,家庭裁判月報59巻4号127頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,重い心疾患のため段階的な手術が必要な新生児について,親権者らが信仰する宗教上の考えから手術に同意しなかった事案で,同意拒否は合理的理由を欠き親権を濫用するものであるとして,親権喪失宣告の申立てを本案とする保全処分により親権者らの職務の執行を停止し,弁護士を職務代行者に選任した。
この審判の本文には「輸血」の語はなく,手術への同意の拒否が問題とされた事案である。

(3) 裁判例を引用するときの注意

二次資料では,医療ネグレクトの審判例が宗教的輸血拒否の例として並べられていることがあるが,原本の事案は一様ではない。
例えば,津家庭裁判所平成20年1月25日審判(家庭裁判月報62巻8号83頁)は,親権者が同意しなかった理由を障害を持つ子を育てることへの不安としており,宗教上の理由による事案ではない。
また,合同委員会のガイドラインは,本文で大阪家庭裁判所岸和田支部平成17年2月15日審判(家庭裁判月報59巻4号135頁とされる。)と前記(2)の名古屋家裁の審判を親権者が宗教上の考えから手術に同意しなかった事案として紹介する一方,注6・注7では「親権者の宗教的信条によるものではない」と記載しており,記載が一致していない。
裁判例を宗教的輸血拒否の先例として引用するときは,事案の内容を原本で確かめる必要がある。

5 方針変更が子どもの事案に与える影響

今回の変更により,親権者が主要成分の製剤の使用を受け入れる判断をすれば,保全処分や緊急の措置を要する場面は減る可能性がある。
しかし,受け入れるかどうかは各信者の判断とされているから,親権者が引き続き拒否する場合は当然にあり得るし,全血の輸血を受けない方針は維持されている。
Q&Aの問4-5,令和5年の通知及び平成24年の通知は,理由を問わず医師が必要と判断する医療を受けさせないことを対象としており,今回の変更によって行政機関の考え方や前記3の手続が変わるものではない。

第6 出典・参考資料

1 法令

民法698条,834条,834条の2(e-Gov法令検索。令和8年6月24日施行時点の条文を確認)
家事事件手続法107条,174条(e-Gov法令検索。同上)
児童福祉法33条の2,33条の7,47条(e-Gov法令検索。令和8年9月3日施行時点の条文を確認)
刑法35条(e-Gov法令検索)

2 裁判例

最高裁判所第三小法廷平成12年2月29日判決(平成10年(オ)第1081号,民集54巻2号582頁,裁判所ウェブサイト)
東京高等裁判所平成10年2月9日判決(平成9年(ネ)第1343号,高民集51巻1号1頁,裁判所ウェブサイト)
③大分地方裁判所昭和60年12月2日決定(昭和60年(ヨ)第169号,判例タイムズ570号30頁,判例時報1180号113頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
④東京家庭裁判所平成27年4月14日審判(平成27年(家ロ)第5103号,判例タイムズ1423号379頁,判例時報2284号109頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑤名古屋家庭裁判所平成18年7月25日審判(平成18年(家ロ)第1026号,家庭裁判月報59巻4号127頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑥津家庭裁判所平成20年1月25日審判(平成20年(家ロ)第501号・第502号,家庭裁判月報62巻8号83頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)

3 行政機関の通知・Q&A・事務連絡

①厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知「医療ネグレクトにより児童の生命・身体に重大な影響がある場合の対応について」(平成24年3月9日雇児総発0309第2号。こども家庭庁ウェブサイト掲載)1頁~4頁
②厚生労働省子ども家庭局長通知「「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A」について」(令和4年12月27日子発1227第1号。こども家庭庁ウェブサイト掲載)問4-5(PDF8頁)
③厚生労働省子ども家庭局長通知「宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について」(令和5年3月31日子発0331第10号)1頁~2頁(全日本病院協会ウェブサイト掲載の周知文書に添付されたもの)
④こども家庭庁支援局虐待防止対策課事務連絡「保護者の思想信条等に起因する医療ネグレクトへの対応について」(令和7年8月7日)(全日本病院協会ウェブサイト掲載の周知文書に添付されたもの。PDF2頁~4頁)

4 医学会等の指針

①宗教的輸血拒否に関する合同委員会「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(平成20年2月28日。日本輸血・細胞治療学会ウェブサイト掲載)1頁,3頁~7頁

5 統計・公的機関の資料

①日本赤十字社血液事業本部「令和6年 血液事業統計資料~血液事業の現状~」(令和6年1月~12月累計)16頁,23頁,40頁
②日本赤十字社「輸血用血液製剤一覧
③日本赤十字社「輸血用血液製剤が届けられるまで
④日本赤十字社「献血の同意説明書」(第5版。令和6年2月1日施行)1頁

6 宗教団体の公表資料

①Jehovah’s Witnesses「2026 Governing Body Update #6」(2026年9月18日。英語)
②Jehovah’s Witnesses「How Do Jehovah’s Witnesses Show Respect for Life?」(2026年9月18日公表。英語)
③Jehovah’s Witnesses「Products Derived From Whole Blood」(図表。2026年9月公表。英語)
④Jehovah’s Witnesses「2026 Governing Body Update #2」(2026年3月20日。英語)