医療過誤事件に関するメモ書き


目次
1 医事部
2 医療過誤訴訟の審理手続
3 医師の応招義務
4 医師の説明義務
5 医療関係者の注意義務の基準
5の2 医療用医薬品の添付文書
6 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明される場合,医師は不法行為責任を負うこと(相当程度の可能性の侵害)
7 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されない場合,医師は原則として不法行為責任を負わないこと(適切な医療行為を受ける期待権の侵害)
8 医療過誤の消滅時効
9 関連記事その他

1 医事部
(1) 医療事故情報センターHPの「集中部型審理形骸化への警鐘」には「医療事件の集中部の設置は、平成13年4月の東京地裁(4ヶ部)からスタートし、以後、大阪、名古屋、さらには横浜、さいたま、千葉、札幌等の各地裁へと拡がっていきました。」と書いてあります。
(2) 大阪地裁HPの「第1部 医事部の誕生」には以下の記載があります。
    大阪地方裁判所では,平成13年4月,医療訴訟を集中的に取り扱う医事事件集中部(以下「医事部」といいます。)が2か部発足し,第17民事部と第19民事部が,医事部として,医療訴訟を集中的に取り扱ってきました。平成19年4月からは,新受事件の増加等を背景として,第20民事部も医事部となり,以後,3か部体制となっています。
(3) 弁護士平井健太郎HP「東京地方裁判所医療集中部における事件概況等(平成31年・令和元年)」が載っています。

2 医療過誤訴訟の審理手続
(1) 判例タイムズ1330号(平成22年11月1日号)及び判例タイムズ1331号(平成22年11月15日号)に「座談会 医事関係訴訟における審理手続の現状と課題」が載っています。
(2) 判例タイムズ1389号(平成25年8月号)に,東京地裁医療訴訟対策委員会が作成した「医療訴訟の審理運営指針(改訂版)」が掲載されています。
(3) 判例タイムズ1401号(平成26年8月号)には「医療訴訟の現状と将来 最高裁判例の到達点」(筆者は38期の大島眞一)が載っています。

3 医師の応招義務
・ 厚生労働省HPの「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日付の厚生労働省医政局長の文書)には「(1)診療の求めに対する医師個人の義務(応召義務)と医療機関の責務」として以下の記載があります。
    医師法第 19 条第1項及び歯科医師法第 19 条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと。
    応招義務は、医師法第 19 条第 1 項及び歯科医師法第 19 条第 1 項において、医師又は歯科医師が個人として負担する義務として規定されていること(医師又は歯科医師が勤務医として医療機関に勤務する場合でも、応招義務を負うのは、個人としての医師又は歯科医師であること)。
    他方、組織として医療機関が医師・歯科医師を雇用し患者からの診療の求めに対応する場合については、昭和 24 年通知(山中注:「病院診療所の診療に関する件」(昭和 24 年9月 10 日付け医発第 752 号厚生省医務局長通知)のこと。)にあるように、医師又は歯科医師個人の応招義務とは別に、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないこと。


4 医師の説明義務
(1) 最高裁平成13年11月27日判決は, 乳がんの手術に当たり当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例です。
(2)  患者が末期がんにり患し余命が限られていると診断したが患者本人にはその旨を告知すべきでないと判断した医師及び同患者の担当を引き継いだ医師らが,患者の家族に対して病状等を告知しなかったことは,容易に連絡を取ることができ,かつ,告知に適した患者の家族がいたなどといった事情の下においては,診療契約に付随する義務に違反します(最高裁平成14年9月24日判決)。


5 医療関係者の注意義務の基準
・ 最高裁昭和57年3月30日判決は以下の判示をしています。
     人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である

5の2 医療用医薬品の添付文書
(1) 医療用医薬品の添付文書は,医薬品医療機器法の規定に基づき,医薬品の適用を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医師,薬剤師等の医薬関係者に対して必要な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造販売業者が作成するものです(厚生労働省HPの「医療用医薬品の添付文書記載要領の改定について」参照)。
(2)  医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されます(最高裁平成8年1月23日判決)。
(3)ア  最高裁平成14年11月8日判決は,医薬品添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群の副作用がある旨記載された薬剤等を継続的に投与中の患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生を認めた医師に上記薬剤の投与についての過失がないとした原判決に違法があるとされた事例でありますところ,以下の判示をしています。
    精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。
イ 弁護士法人ふくざき法律事務所HP「No.108/医薬品の添付文書に関する裁判例(最高裁平成8年1月23日判決等)」には「最新の添付文書を確認すべきとの判示は、精神科医に限らず医師全般に当てはまると考えられるため、電子化された添付文書の更新を見落とすことがないよう、更新情報をチェックする体制を医療機関側でも整えていくことが必要です。」と書いてあります。

6 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明される場合,医師は不法行為責任を負うこと(相当程度の可能性の侵害)

(1) ア 医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負います(最高裁平成12年9月22日判決)。
イ 医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務を負います(最高裁平成16年1月15日判決)。
(2) 医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において,上記転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負います(最高裁平成15年11月11日判決)。

7 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されない場合,医師は原則として不法行為責任を負わないこと(適切な医療行為を受ける期待権の侵害)
(1) 患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける利益を侵害したことのみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまります(最高裁平成28年7月19日判決(判例秘書)。なお,先例として,最高裁平成17年12月8日判決及び最高裁平成23年2月25日判決参照)。
(2) 最高裁平成28年7月19日判決(職権破棄事例です。)の山崎敏充裁判官の補足意見には,「審理経過等も併せみると,本件では,医師による鑑定等が実施されないまま,被上告人提出に係る匿名協力医作成の意見書の記載に相当程度依拠して,主治医の注意義務についての認定判断がされているようにうかがえるが,そうした匿名意見書の証拠価値については慎重な検討を必要とすることはいうまでもないところであり,やはり鑑定を実施するなどした上で,それにより得られた中立的な立場からの専門的知見を活用して,医学的見地からも十分説得力のある根拠を付した認定判断をすべき事案であったように思われる。」と書いてあります。
     ただし,医療判例解説65号(2016年12月)10頁及び11頁には,「上告理由の中ではじめて匿名意見書の問題に触れられたが、それは原審とは関係がないことであり、一審、原審を通じて病院側から匿名意見書の信用性について否定する主張がなかった以上、匿名意見書に重きを置いて審理をしたことについて苦言を呈するのに適した事例であったとはいえないように思う。」と書いてあります。


8 医療過誤の消滅時効
(1) 不法行為責任を主張する場合
ア 平成29年3月31日以前の医療過誤であれば消滅時効期間は3年であり(改正前民法724条前段),同年4月1日以後の医療過誤であれば消滅時効期間は5年であると思います(民法724条1号)。
イ 法務省HPに載ってある改正民法の経過措置に関する資料には「生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間については,施行日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効(「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」)が完成していない場合には、改正後の新しい民法が適用されます。」と書いてあります。
(2) 診療契約上の債務不履行責任を主張する場合
ア 令和2年3月31日以前の医療過誤であれば消滅時効期間は10年であり(改正前民法167条1項),同年4月1日以後の医療過誤であれば消滅時効期間は5年であると思います(民法166条1項1号)。
イ 法務省HPに載ってある改正民法の経過措置に関する資料には「【原則】「施行日前に債権が生じた場合」又は「施行日前に債権発生の原因である法律行為がされた場合」には,その債権の消滅時効期間については,原則として、改正前の民法が適用されます。」と書いてあります。
ウ リーガルコンサルタントHPの「診療契約をめぐる諸判決」には,「診療契約とは」として以下の記載があります。
患者と病院・医師との間の診療関係を規律する法的合意を診療契約といいます。
患者と契約をした覚えはないなどと言われるお医者様もいらっしゃるかもしれませんが、患者が診察を申入れ(診療契約の申込)、それに対して診察を開始すれば(診療契約の承諾と同一視されます)、患者と病院・医師との間に診療契約が成立します。

9 関連記事その他
(1)ア 自由と正義2021年12月号5頁ないし7頁に「ひと筆 弁護士と医師の仕事の両方を経験して」が載っています。
イ 社会保険労務士法人全国障害年金パートナーズHP「自殺率の高い4つの職業 | 社会保険労務士事務所 全国障害年金パートナーズ」によれば,医師が一番,自殺率が高い職業とのことです。
(2) 大阪地裁堺支部平成14年4月26日判決(判例秘書に掲載。担当裁判官は25期の中路義彦35期の宮本初美及び50期の品川英基)は,保険契約者(被保険者)である訴外Xが高度障害を負っていないにもかかわらず負ったとして原告から保険金5000万円を詐取したことにつき,医師である被告が訴外Xの訴える症状が詐病によるものであることを認識しながら,訴外Xに対し,高度障害を負っている旨の虚偽の内容の障害診断書を作成・交付したとして,民法709条に基づき5000万円の損害賠償責任を認めた事例です。
(3) 厚生労働省HPに「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方についての運用に当たっての留意事項について」(令和6年1月15日付の厚生労働省労働基準局監督課長の文書)が載っています。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部


広告
スポンサーリンク