本稿は,「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」判例タイムズ1423号15頁(2016年)(執筆者は50期の土井文美裁判官)を,遺言無効確認訴訟に携わる弁護士の実務に役立てる観点から,医学と法律の双方の視点で論評するものである。認知症をはじめとする疾患や高齢者に関する記述を含むが,特定の疾患や高齢の方を否定的に評価する趣旨は一切なく,あくまで訴訟における事実認定の精度を高めるための検討である。
第1 はじめに
1 本稿が取り上げる論文
本稿が論評の対象とするのは,土井文美裁判官(50期)が判例タイムズ1423号15頁(2016年)に発表した「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」である。
同論文は,大阪民事実務研究会での検討を基礎とし,遺言能力をめぐる学説(相対説・総合的判断説)を丹念に整理したうえで,医学的要素の判断,遺言作成時の状況,遺言内容の合理性,そして審理方法までを一気通貫で扱う,実務家にとって有用な体系的論考である。末尾には平成以降の裁判例を症状別に整理した一覧表も付されている。
2 論評の結論の要旨
先に結論を述べる。同論文は,裁判官が実務の必要から著したものとして水準が高く,法的分析は公平で中庸を保ち,臨床記述の骨格も正確である。したがって,その「審理の設計図」としての価値は,公表から時間を経た現在でも失われていない。
他方,医学の面では,同論文が依拠する診断の枠組みが公表時点で既に更新期を迎えていたこと,及びいくつかの重要な疾患概念の扱いが手薄であることは否めない。本稿の批判は「誤りが多い」という趣旨ではなく,「最新の医学的知見で補って読むことで,遺言無効の立証・反証がより精密になる」という趣旨である。要点は次の6つである。
- 診断の土台がDSM-IV-TR(2000年,邦訳2002年)に依拠しており,公表時点で既にDSM-5(2013年)への更新期にあったこと
- レビー小体型認知症の扱いが手薄で,「認知の変動」という遺言能力の核心が十分に論じられていないこと
- せん妄と認知症の「併存」への目配りが弱いこと
- 治療可能性があり,治療後に改善し得る病態が視野に入っていないこと
- 評価スケールの限界の指摘は的確だが,遂行機能を測る検査への言及がないこと
- 要介護認定の説明と警告は的確であること(この点はむしろ長所)
3 前提となる3つの視点
個別の検討に入る前に,遺言能力訴訟に特有の3つの構造を確認しておく。以下の議論はすべてこの3点を土台とする。
(1) 死後鑑定の宿命
遺言者は既に死亡しているため,医師は本人を診察できず,カルテ・看護記録・介護記録という「他人が別の目的で書いた記録」から遺言時の状態を逆算するほかない。ゆえに,診断名や検査の総合点よりも,日々の記録に散らばる生の行動描写のほうが証拠価値を持つことが多い。
(2) 立証責任の所在
遺言無効を主張する側が「遺言能力がなかったこと」を立証する(土井論文16頁注6,23頁注53)。したがって無効を主張する側は,相手方の「検査点数が高い」「挨拶ができた」に受け身で反論するのではなく,判断機能が損なわれていたことを能動的に構築しなければならない。
(3) 「状態」と「能力」は別の層であること
検査点数,要介護度,見かけの受け答えは,いずれも遺言能力の代理指標にすぎず,直結しない。証明すべきは,遺言作成時に,当該遺言の内容との関係で,遺言者が自己の財産,推定相続人・受遺者,処分内容及びその法的・経済的な結果を理解し,比較衡量した上で意思決定できたかである。遂行機能,注意機能,記憶,言語,社会的認知及び脳の器質的病変は,この法的評価を支える間接事実として位置づけるべきである。
第2 論文の意義と評価できる点
1 論文の全体像
同論文は,遺言能力を「意思能力と同等」と位置づけたうえで,遺言に特有の間接事実を積み重ねて総合的に判断するという枠組みを示す。そして,判断の透明性を高めるために統一的な行為規範(審理方法)を立てる必要を説く。医学的知見については「法的判断に必要な限度」で用いると自制的に枠づけ,随所で「医師の意見も鵜呑みにしない」「点数だけで測らない」と注意を促している。この抑制的な姿勢は,医療者から見ても誠実である。
2 医学的に的確な指摘
(1) 認知症の経過に関する記述
アルツハイマー病の典型的な健忘型では,新しい情報の学習・保持の障害が前景に立ち,進行に伴って見当識その他の認知領域へ障害が広がることが多い。もっとも,すべての症例が「近時記憶,時間,場所,人物」という一律の順序で進行するわけではなく,言語,視空間又は遂行機能・行動の障害が前景に立つ非健忘型の表現型もある。したがって,この記述は典型的な健忘型の一般的経過として評価するのが正確である。「取り繕い」がみられるという指摘も臨床的に妥当である。
(2) 中核症状と周辺症状の峻別
認知症の中核症状(記憶・認知機能の低下)と,行動・心理症状(いわゆる周辺症状,BPSD)とを峻別し,「周辺症状の激しさは認知症の重症度と比例しない」「簡単な挨拶や自分の氏名は重度でも保たれる」と述べる点は,法律家が陥りやすい誤りを的確に戒めている。過学習された動作や社交的な受け答えが保たれることは,能力が保たれていることを意味しない。
(3) 評価スケールの限界の明示
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)について,30点満点で,一般に20点以下を認知症疑いとする20/21カットオフが用いられる。土井論文の同じ頁には「20点以下」と「20点を下回る」という記述が併存するが,後者では20点が除外されるため,「20点以下」と改める必要がある。もっとも,同論文が,HDS-Rはスクリーニング検査であり,総得点だけで認知障害の程度又は遺言能力を判定してはならず,脳の損傷部位等によっては得点が良くても判断能力を失っている場合があると述べる点は,きわめて的確である。点数至上主義への戒めとして,そのまま実務に活かせる。
3 法的分析として優れた点
(1) 遺言能力の程度に関する穏当な結論
同論文は,遺言能力を財産行為の意思能力より緩やかでよいとする従来の傾向を検証したうえで,「身分行為であること」や「本人保護の必要がないこと」だけでは緩やかに解する理由にならないとし,最終的に「意思能力と同等」という穏当な結論に至る。遺言者に甘すぎず,相続人に厳しすぎない中庸であり,近時の学説動向とも整合的である。
(2) 口授の順序と真意担保機能への問題提起
公正証書遺言の実務では,口授に先立って文案が完成しているのが通常であるところ,同論文は,この順序の逆転が口授の真意担保機能を空洞化させ得ることを指摘する。判例が方式を全体として満たせば有効とする立場(最判昭和43年12月20日民集22巻13号3017頁等)を踏まえつつ,能力に疑義がある場合には方式を安易に緩和すべきでないと説く分析は,公証実務の弱点を突く有益なものである。
第3 医学的観点からの再検討
1 診断の土台が古いこと
(1) DSM-5への全面改訂
同論文が認知症の診断基準として用いるのは,明示のとおりDSM-IV-TR(アメリカ精神医学会の診断基準,邦訳2002年)である。しかし,DSM-5は2013年(邦訳2014年)に公表され,前掲『認知症疾患診療ガイドライン2017』も,DSM-5又はNIA-AA基準の使用を推奨している。DSM-5への改訂には,遺言能力の判断にとって看過できない次の変更が含まれる。
- DSM-5は,従来の認知症に概ね対応するmajor neurocognitive disorderと,より軽いmild neurocognitive disorderの枠組みを採用したこと。ただし,「dementia」という用語を全面的に廃止又は禁止したものではないこと
- 記憶障害を必須要件から外し,複雑性注意・遂行機能・学習と記憶・言語・知覚運動・社会的認知という認知領域のうち1つ以上の低下で足りるとしたこと
- アルツハイマー型を「ほぼ確実」「疑い」に分けたこと
(なお,2022年にはDSM-5-TR(本文改訂版)が公表されているが,神経認知障害の基本的な枠組みは維持されている。)
(2) 記憶障害偏重がもたらす見落とし
DSM-IV-TRの枠組みは,記憶障害を認知症診断の入口に据える。これに対しDSM-5が記憶偏重を改めたのは,臨床的な必要による。すなわち,記憶が比較的保たれていても,遂行機能・判断・社会的認知が重度に障害される非健忘型アルツハイマー病(言語,視空間又は遂行機能・行動の障害が前景に立つ表現型)が存在し,アルツハイマー病でも初発症状の約2割は記憶障害以外であるとされる。また,行動障害型前頭側頭型認知症はアルツハイマー病とは別の原因疾患であるが,記憶成績が比較的保たれる一方で,社会的認知,抑制又は判断が早期から障害され得る。
遺言は,自己の財産の全体像を把握し,相続人の利害を計算して,その帰結を判断するという,高度に遂行機能的・社会的認知的な作業である。したがって,記憶課題に偏るHDS-Rが良好でも,遺言能力を欠く場合があり得る。同論文も前頭側頭型でHDS-Rが良好な例に触れてはいるが,それは例外的補足にとどまり,枠組みそのものが遂行機能障害を体系的には拾えない構造になっている。ここは,DSM-5の枠組みで補うことで,限界事例をより整合的に説明できる部分である。
2 レビー小体型認知症の扱い
(1) 「認知の変動」という核心
同論文は,認知症をアルツハイマー型・血管性・パーキンソン病によるもの(レビー小体型)と分け,レビー小体型をパーキンソン病の一類型のように扱う。しかし,レビー小体型認知症は,主要な神経変性性認知症の一つであり,独立した診断概念である。認知症がパーキンソニズムに先行し,又は同時期に生じる場合をレビー小体型認知症,確立したパーキンソン病の経過中に認知症が生じる場合をパーキンソン病認知症とし,研究上は発症時期の1年ルールが用いられる。その中核的特徴は,(a) 認知機能の変動,(b) 具体的で反復する幻視,(c) レム睡眠行動障害,(d) パーキンソニズム,である。抗精神病薬に対する重篤な過敏性は,2017年基準では中核的特徴ではなく,支持的臨床特徴に位置づけられている(国際的な診断基準として,2017年のMcKeithらの改訂基準が広く用いられている)。また,レビー小体型認知症では,初期のアルツハイマー病と比べて記憶が比較的保たれる一方,視空間認知や遂行機能が高度に障害されやすく,記憶検査が良好でも遺言に必要な遂行機能が損なわれている場合があり得る。
(2) 遺言時の「清明」の評価への影響
このうち「認知の変動」は,遺言時の状態を評価する上で重要な間接事実となる。遺言無効確認訴訟では「遺言の瞬間に清明であったか」がしばしば争点となるが,レビー小体型認知症では,覚醒度や注意の変動が分,時間又は日単位で生じ得る。したがって,「作成時はしっかりしていた」という抽象的な証言だけでは足りず,日中の傾眠,長い凝視,一過性の無反応,まとまりを欠く会話等の具体的な徴候と,遺言内容に即した質問への応答を確認する必要がある。他方,認知変動があることだけで遺言能力が直ちに否定されるわけでもなく,作成時点における課題別の評価が必要である。同論文は血管性認知症の「まだら」には触れるが,レビー小体型の認知変動を独立の論点として立てておらず,この点は補われるべきである。
3 せん妄と認知症の併存
(1) 「一過性だから認知症でない」という推論の危うさ
同論文は,せん妄を「認知症と区別すべき一過性の意識障害」と位置づけ,せん妄と認定して遺言能力を肯定する裁判例に注意を促す。注意喚起自体は正しいが,その理由づけが「せん妄は一過性だから」にとどまり,より本質的な事実に踏み込んでいない。
すなわち,せん妄と認知症は高頻度に併存する。せん妄を経験した患者群では,せん妄を経験しなかった患者群と比べて,その後の認知機能低下又は認知症との関連が認められる。ただし,これは集団レベルの関連であり,特定の遺言者について基礎認知症が存在したことを,せん妄の事実だけから証明するものではない。DSM-5も「既存の認知症に重畳したせん妄」を明記する。したがって,「夜間にせん妄様の言動があった。だからこれは認知症ではなく一過性のせん妄であり,昼間の遺言時は清明だった。ゆえに遺言能力がある」という推論は,認知症を基盤にせん妄が重畳した事例では成り立たない。しかし,その反対に,せん妄があったという一事だけから,基礎認知症又は遺言能力の欠如を推認することもできない。発症前の認知・生活機能,急性の誘因,発症・消退の時期及び遺言日近傍の具体的な応答を照合する必要がある。
(2) 併存を前提とした評価
もっとも,論理は双方向に厳密であるべきである。「せん妄があった」だけでは「認知症だった」の証明にはならず,逆に「遺言時にせん妄がなかった」ことは「認知症がなかった」ことを意味しない。正確な主張は,「反復するせん妄は,基礎に認知症その他の脳の脆弱性が存在する可能性を検討すべき危険標識である。しかし,急性せん妄の消退後にも遂行機能障害が持続していたかは,発症前の機能,遺言日近傍の診療・看護記録,経時的な認知検査及び具体的な生活行動によって個別に立証する必要がある」というものになる。
4 治療可能な病態の視点
(1) 慢性硬膜下血腫と正常圧水頭症
脳神経外科の視点から見て明らかな欠落は,治療可能性があり,治療後に改善し得る病態が挙げられていないことである。慢性硬膜下血腫は,軽微な頭部打撲後,数週から数か月をかけて亜急性に認知機能低下・意欲低下・歩行障害・尿失禁などを生じ,画像で三日月型の血腫を認め,治療後に症状が改善する例がある。他方で,回復が不十分な例,再発例又は合併症を伴う例もある。転倒歴や抗凝固薬・抗血小板薬の服用が危険因子である。特発性正常圧水頭症は,認知障害・歩行障害・尿失禁を三徴とし,シャント手術で改善し得るが,改善の程度には個人差があり,認知機能は歩行機能ほど改善しないことがある。したがって,病名だけから可逆性又は遺言時の能力を推認せず,画像所見,治療前後の領域別の機能変化及び遺言日との時間的関係を検討する必要がある。
(2) 代謝性・薬剤性の要因
脱水,低ナトリウム血症,甲状腺機能低下,ビタミンB12欠乏,症候性の感染症,肝・腎機能障害などは,高齢者の認知機能又は意識状態を変動させることがある。もっとも,高齢者では無症候性細菌尿も少なくないため,尿検査の異常だけから尿路感染症をせん妄又は認知変動の原因と決めつけてはならない。薬剤については,過活動膀胱治療薬,第一世代抗ヒスタミン薬等による抗コリン負荷と,ベンゾジアゼピン系その他の鎮静催眠薬による鎮静作用とを分け,投与量,追加・中止の時期,多剤併用及び離脱の影響を確認する。遺言作成日の直近の血液検査データや,服薬の追加・中止時期は,変動の理由を裏づける重要な資料となる。
第4 立証の実務
1 遂行機能の低下を可視化する
(1) 検査の下位項目に着目する
「HDS-Rが20点以上あった」「昔のことや自分の名前はよく言えた」という事実から遺言能力を肯定する主張に対しては,総合点だけでなく下位項目も検討するのが有効である。ただし,HDS-Rの各課題は一つの認知領域だけを測るものではない。語の流暢性は語彙,意味記憶,検索方略及び遂行機能等に,連続した引き算と数字の逆唱は注意及びワーキングメモリ等に,遅延再生におけるヒントの効果は記銘,保持及び検索等に関係する。したがって,同じ「22点」でも失点の分布を検討する意義はあるが,HDS-Rだけから「記憶型」「遂行機能型」と分類したり,遺言能力を直接証明又は反証したりすることはできない。下位項目から立てた仮説を,FAB,MoCA,時計描画,TMT等の他の検査,実際の財産管理行動及び遺言内容に即した説明能力と照合すべきである。
なお,遂行機能や視空間認知に鋭敏な検査(時計描画テストや,モントリオール認知評価〔MoCA〕,前頭葉機能検査〔FAB〕)の記録があれば有力だが,日本の高齢者診療では必ずしも実施されておらず,記録がないことも多い。その場合は,語流暢性の低下と後記の生活エピソードで代替して立証する。単一の高得点も単一の低得点も過大評価しないという同論文の姿勢は,ここでも正しい。
(2) 病識の低下と手段的日常生活動作
アルツハイマー病や前頭側頭型認知症では,早期から病識低下又は取り繕い反応がみられる例があるが,病識は病期,認知領域,評価方法及び個人によって異なる。「本人はしっかりしているように見えた」という相手方の主張は,それだけで能力を裏づけるものではなく,病識低下又は取り繕いの可能性も含めて検討する必要がある。反対に,「病識なし」という記載だけで遺言能力欠如を推認することもできない。カルテの「病識なし」「取り繕いあり」「振り返り徴候(同席者を振り返って確認する)」の記載は,見かけの明晰さを相対化する材料になる。
また,手段的日常生活動作(金銭管理・服薬管理・電話応対・買い物・交通機関の利用など)は,認知症では早期から低下することがある。現金自動預払機が使えない,同じ物を繰り返し買う,服薬を家族管理に切り替えた時期などのエピソードを,遺言日との前後関係が分かる形で時系列に並べることは,「複雑な利害調整」という遺言の中核能力を検討する説得的な材料となる。ただし,一つの生活行為ができなかったことだけで遺言能力欠如を導かず,その失敗の原因が視力,運動機能,機器への不慣れ又は他者への委任ではないかを検討した上で,財産の把握,選択肢の比較及び結果の理解のどこに結びつくかを具体的に示す必要がある。
2 「見かけの清明」を分解する
「夜間にせん妄があったが,遺言を作成した昼間は清明だった」という主張は,遺言の有効・無効の最大の激戦区である。ここで臨床上決定的に重要なのは,「清明」の中身を,注意のレベルと判断のレベルに腑分けすることである。覚醒度,注意及び見当識が改善しても,遂行機能,判断及び社会的認知が同じ程度まで回復したとは限らない。他方,高次機能が回復しないと一律に決めることもできないため,遺言作成時点における具体的な応答を検討する必要がある。注意が戻り,挨拶や短い応答ができても,財産全体を把握し相続人の利害を計算する高次の機能まで回復しているとは限らない。看護記録の「見当識は戻ったが会話のつじつまは合わない」「短い受け答えは可能だが説明を求めると混乱する」といった記載が,この分解を裏づける。
加えて,変性性のアルツハイマー病の基礎病変は持続的であり,短期間に消失するものではない。しかし,法的な能力は課題・時点ごとに判断され,認知機能は薬剤,感染,疼痛,睡眠,疲労,環境又は支援方法等の影響も受けるため,アルツハイマー病の診断だけから特定時点の能力を否定することはできない。重度認知症で一過性に意味のある交流が戻る現象も研究対象となっているが,短時間の挨拶,氏名の回答又は社交的な会話だけで,財産の範囲,相続関係,処分内容及び結果を理解していたことが証明されるわけではない。反対に,大きな変動があることだけから,せん妄又はレビー小体型認知症と確定することもできない。
3 治療可能性のある病態は時間的一致で立証する
前記第3の4で述べた治療可能性のある病態は,立証上,諸刃の剣である点に注意を要する。「遺言時は底だったが,その後の治療で回復した」というロジックに対しては,相手方から「遺言時にも状態の良い時間帯があった」と反論され得る。したがって,治療可能性のある病態を持ち出すときは,病態のピーク(血腫が最大の時期,電解質異常が最重症の時期,せん妄の極期)と遺言日とが時間的に一致していたことを,画像撮影日・採血日・処方日によって日付単位で固定し,かつ「その病態が遺言時に軽快していなかった」ことを同日近傍のバイタルや意識レベルの記録で裏づける必要がある。さらに,治療後にどの症状がいつ,どの程度改善したかを確認し,歩行の改善を認知機能の改善と取り違えないことが重要である。時間的一致と領域別の機能変化をセットで立証しなければ,逆用される。
4 介護保険資料の読み方
(1) 要介護度は判断能力と一致しない
要介護認定は,病気の重さではなく「介護の手間(時間)」を測るものであり,日常生活動作を中心に判定される。したがって,要介護度は認知症や遺言能力の重症度と一致しない。この点は同論文が正しく警告しているところである。「要介護度が低いから遺言能力はあったはずだ」という主張に対しては,要介護度の数字だけを争うのではなく,認定調査票の特記事項,主治医意見書,金銭管理,服薬管理,意思伝達及び日常の意思決定に関する具体的事実を示すべきである。反対に,要介護度が高いことだけで遺言能力がなかったと主張することもできない。
(2) 認定調査票の着眼項目
認定調査票では,総合的な要介護度よりも,個別の調査項目と特記事項に着目する。遺言能力の推認に最も近いのは,「日常の意思決定」「買い物」「金銭管理」といった社会生活に関する項目である。これらが「特別な場合を除いてできる」に至らない場合は,財産処分に必要な理解・比較衡量能力を検討する重要な間接事実となる。ただし,調査項目の評価だけで遺言能力を決めるのではなく,どのような場面で,どのような援助があれば意思決定できたかを特記事項と関係者の具体的説明から確認する。また,被害的な言動や作話,幻視などの記載は,妄想が受遺者の選択を歪めた可能性を検討する手がかりになる。認知機能に関する項目(見当識・短期記憶など)は,見当識・記憶が中心で遂行機能を測っていない点に留意する。調査票の選択肢と特記事項の乖離(例えば「金銭管理は自立」とありながら,特記に「実際は家族が全て管理」とある場合)も,実態を示す材料である。
5 カルテ用語から遺言能力の要素への変換表
以上を,遺言能力の実体的な要件(英米で古くから用いられるBanks v Goodfellow事件(1870年)の4要件は,同論文も紹介しており,日本の学説の積極的要件とも重なる)に対応させ,カルテ・看護記録・認定調査票を読む際のチェックリストとして整理する。
| 記録上のキーワード | 医学的な意味 | 対応する遺言能力の要素 | 主張の方向 |
|---|---|---|---|
| 語流暢性の低下,連続引き算の脱落,数字の逆唱不能 | 注意,ワーキングメモリ,語彙,検索方略又は遂行機能等の低下を検討する手掛かり | 財産全体の把握と相続人間の配分の「計算」 | 他検査,生活行動及び遺言内容に即した説明と照合する |
| 病識なし,取り繕い,振り返り徴候 | 病識の低下 | 「見かけの明晰さ」の相対化 | 公証人が明晰と感じたのは取り繕いの可能性 |
| 現金自動預払機が使えない,二重購入,服薬を家族管理へ,道に迷う | 手段的日常生活動作の喪失(早期に低下) | 財産の性質・範囲の把握 | 財産管理能力の喪失を時系列で示す |
| 傾眠と覚醒の交替,視線が合わない,会話のつじつまが合わない | 注意・覚醒の変動(せん妄・レビー小体型) | 遺言時の「清明」の信用性 | 見かけの清明は注意の回復にすぎない |
| 夜間の大声,点滴の自己抜去,急な不穏 | せん妄 | 急性の注意・意識障害と基礎疾患の検討 | 反復は危険標識だが,基礎認知症又は能力欠如を単独で証明しない |
| 反復する具体的な幻視,睡眠中の大声・体動,抗精神病薬で急変 | レビー小体型認知症 | 認知の変動の存在 | 遺言時の清明は一時的である可能性 |
| 転倒・打撲+抗凝固薬,三日月型の血腫 | 慢性硬膜下血腫(治療後に改善し得るが,回復不十分・再発もあり得る) | 遺言時の器質的な機能低下 | 病態のピーク,遺言日及び治療前後の機能変化で示す |
| すり足歩行,尿失禁,脳室拡大 | 特発性正常圧水頭症(改善には個人差・領域差がある) | 同上 | 三徴,遺言日及び治療前後の領域別機能を照合する |
| 低ナトリウム血症,甲状腺機能低下,ビタミンB12欠乏,症候性感染症,抗コリン負荷又は鎮静催眠薬の追加・中止 | 代謝性・薬剤性の認知機能又は意識状態の変動 | 遺言時の一過性の増悪 | 症状,採血,培養,処方変更及び遺言日の時間的関係を示す |
| 物盗られ妄想・被害妄想が受遺者の選択に影響 | 精神病症状 | 「病的な精神状態が遺言を歪めない」という要件 | 妄想が動機を汚染したことを示す |
| 「日常の意思決定」が困難,金銭管理・服薬管理に具体的な援助が必要 | 個別場面における意思決定又は遂行の困難 | 遺言の性質・結果の理解 | 要介護度ではなく,調査票の特記事項と実際の援助内容で示す |
実際の準備書面では,これらを同論文が示す「評価根拠事実(無能力を基礎づける事実)」と「評価障害事実(これを覆す事実)」に振り分け,遺言日を基準にした認知機能の時系列(タイムライン)を作成すると,主張整理が明快になる。なお,医療記録を精査して意思能力に関する鑑定意見書を作成する専門機関との連携も,実務上の選択肢となる。
6 初動・証拠収集・反論準備
(1) 受任直後に確保すべき資料
遺言能力事件では,後から作成された要約や関係者の印象よりも,遺言日近傍に通常業務として作成された記録が重要である。受任後は,適法な方法により,①診療録,看護記録,処方歴,検査結果,画像データ及び入退院時要約,②要介護認定調査票,特記事項,主治医意見書,ケアプラン及び介護日誌,③遺言書原本,公正証書作成嘱託に関する資料,原案の各版,公証人・弁護士・税理士等との連絡記録,録音録画及び証人の記録,④預貯金取引,登記,証券,保険,非上場株式,借入れ及び保証等の財産資料,⑤先行遺言,手紙,電子メールその他の従前の意思を示す資料の保全を検討する。
もっとも,③のうち原案の各版及び公証人・弁護士・税理士等との連絡記録は,通常,遺言作成に関与した側(多くは遺言有効を主張する受遺者側)の手元にのみ存在し,遺言無効を主張する側の代理人が任意に入手できるものではない。弁護士会照会や訴訟における文書送付嘱託・文書提出命令によっても,職務上の秘密又は自己利用文書に当たることを理由に開示が認められないことがあり,遺言書原本並びに①②④の記録とは入手可能性が異なる点に留意する。
医療機関ごとに記録を分断して読まず,遺言日の前後を含む期間について,日付,医学的状態,認知・生活機能,遺言準備行為,受遺者等の関与及び証拠の所在を一つの時系列表にする。検査日と遺言日が離れているときは,その間を埋める日常記録を探す。診療録に結論だけが書かれている場合は,その根拠となった具体的な行動,質問及び応答を確認する。
(2) 準備書面を三層に分ける
主張は,第一に,診断名,脳画像,薬剤,感染,代謝異常等の「医学的状態」,第二に,記憶,注意,遂行機能,言語,社会的認知及び手段的日常生活動作等の「具体的機能」,第三に,当該遺言について財産の範囲,相続関係,処分内容,法的・経済的結果及び変更理由を理解し比較衡量できたかという「遺言課題」の三層に分ける。第一層から直ちに第三層へ飛ばず,第二層の具体的事実を介在させることが重要である。
遺言無効を主張する側は,能力低下を示す事実だけでなく,相手方が挙げる能力肯定方向の事実も先に表へ置き,その証明力が限定される理由を説明する。遺言有効を主張する側も,診断名又は低い検査点数を否定するだけでなく,遺言者が当該処分を自発的に説明し,選択肢を比較し,従前の価値観に沿う理由を一貫して述べた具体的事実を示すべきである。
(3) 典型的な反論への備え
「HDS-Rが高い」との反論には,検査がスクリーニングであることを示すだけでなく,下位項目,実施条件,経時変化及び遺言課題との関係を示す。「公正証書遺言である」との反論には,公証人の関与が重要な手続的証拠であることを認めた上で,誰が原案を作成したか,遺言者がどのような言葉で説明したか,質問が誘導的でなかったか,受遺者等がどこまで関与したかを検討する。「内容が単純である」との反論には,文言の短さと判断対象の単純さを区別する。例えば,非上場会社の全株式を一人へ承継させる遺言は短文でも,会社支配,株式評価,遺留分,借入れ・保証及び事業継続に大きな影響を及ぼし得る。
「作成時は会話ができた」との反論には,挨拶や二者択一への応答と,財産・相続関係・処分結果を自発的に説明する能力とを分ける。「要介護度が低い」との反論には,等級ではなく認定調査票の特記事項及び実際の援助内容を示す。「画像に典型所見がない」との反論には,画像検査が病因診断の一資料であって遺言能力を直接測定するものではないことを示し,臨床症状,認知検査及び生活機能と総合する。「治療後に改善した」との反論には,何が,いつ,どの程度改善したかを領域別に示し,遺言日との時間的関係を固定する。
(4) 鑑定又は私的意見書で尋ねる事項
医師には,単に「遺言能力があったか」という法律上の結論だけを求めるのではなく,①遺言日当時の最も可能性の高い医学的状態,②障害された認知領域と保たれた認知領域,③薬剤,せん妄,感染等による変動の可能性,④各検査の限界,⑤財産の把握,相続関係の理解,選択肢の比較及び結果予測に当該障害が及ぼし得た影響,⑥反対方向の資料をどのように評価したかを具体的に尋ねる。意見書には,参照資料の一覧,遺言日との時間的距離及び推論の限界を明示してもらう。なお,⑥のうち相手方が保有する資料の評価を求める項目は,私的意見書の作成段階では通常自陣営の資料しか揃わないため,訴訟提起後に文書提出命令等で相手方の資料が開示された段階で改めて確認すべき事項である。
7 近時の下級審裁判例に見る実務の到達点
本稿の視点を裏づける近時の下級審裁判例として,判例秘書(LLI/DB)で判文を確認した次の2件を紹介する(いずれも裁判所HPの裁判例検索には掲載されていない)。
(1) 遺言能力を肯定した例(画像所見でアルツハイマー型とレビー小体型を鑑別)
東京地判令和7年8月7日(令和5年(ワ)第10398号・遺言無効確認請求事件・LLI/DB判例秘書登載)は,90歳の女性が令和4年に作成した公正証書遺言について,相続人が「重度のアルツハイマー型認知症で遺言能力を欠く」と主張した事案である。裁判所は,診療録と脳血流SPECT検査を精査し,画像上「アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの後方型認知症を支持する定型的な集積低下は認められない」「軽度認知障害(MCI)のレベル」と認定して,診断名と実態の乖離を踏まえ,遺言能力を肯定し,口授の要件も満たすとして請求を棄却した(遺言は有効)。単なる診断名や検査点数ではなく,画像所見に基づいてアルツハイマー型とレビー小体型を鑑別し,前頭葉や注意の要素にまで踏み込んで判断している点は,まさに本稿が求める医学的分析の実践例である。なお,本判決は民法969条を「令和5年法律第53号による改正前のもの」と明記しており,第5で述べた改正の適用関係も確認できる。
(2) 遺言能力を否定した例(近時記憶障害と作成時の理解状況)
東京地判令和6年3月28日(令和4年(ワ)第15304号・遺言無効確認等請求事件・LLI/DB判例秘書登載)は,自筆証書遺言について,被相続人が遺言作成の約3年前から認知症を発症し,作成の約1か月前の診療録に近時記憶障害の記載があり,作成当日も書面や質問の意味を十分に理解していない様子であったことなどから,遺言の意味及び内容を弁識できる状態で遺言を作成したとは認められないとして,遺言能力を否定し無効とした事案である。診断名や点数ではなく,記憶機能の障害と作成時の理解状況という「機能」を具体的に認定して結論を導いており,本稿の立証論と軌を一にする。
これらは,いずれも裁判所HPの裁判例検索には掲載されていないが,判例秘書(LLI/DB)で判文を確認した。個別に判文を確認した裁判例をこうして具体的に紹介することで,読者が事案の射程を検討できるようになる。
第5 制度改正を踏まえた補足
1 令和5年改正による民法969条の見直し
同論文は,公正証書遺言の方式について,証人の立会い・口授・筆記・読み聞かせ・署名押印・公証人の署名押印という一連の手順を民法969条各号に即して詳細に論じている。もっとも,この点は改正により状況が変わっている。
令和5年法律第53号(施行日は令和7年〔2025年〕10月1日)により,公正証書に係る一連の手続がデジタル化されるとともに,公証人法と重複していた改正前民法969条3号から5号(筆記・読み聞かせ・署名押印等)が削除され,これらの規律は公証人法へと整理された。他方,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授するという要件(民法969条1項2号)は,改正後も民法に残っている。すなわち,現行の民法969条は,第1項で証人2人以上の立会い(1号)と口授(2号)を定め,公正証書の作成自体は公証人法の定めるところによるものとしている。口がきけない者の特則(民法969条の2)も維持されている。
2 口授要件と遺言能力確認への影響
この改正は,同論文の分析の価値をむしろ高める面がある。同論文が力点を置いた「口授が遺言能力を判断する機能を担う」という論点は,まさに民法に残された口授要件(969条1項2号)に関わるものであり,現在も生きているからである。他方,デジタル化後も,ウェブ会議は当然に利用できるものではなく,嘱託人の申出があり,他の嘱託人に異議がなく,公証人が相当と認めること等の要件を満たす場合に利用できる。公的資料からは,ウェブ会議の映像が当然に録画・保存されるとの一般的な運用は確認できない。したがって,電子化又はウェブ会議の利用だけを理由に,作成状況の映像記録が残ると記載すべきではない。弁護士としては,古い文献を参照する際に,方式に関する条文番号が改正で移動している点に留意しつつ,口授要件の実質的な意義は変わっていないことを押さえておくとよい。
3 令和8年法律第45号による遺言制度の見直し(未施行)
令和8年法律第45号は,令和8年(2026年)6月17日に成立し,同月24日に公布された。同法は,普通の方式の遺言として,遺言内容を記録した電磁的記録又はその出力書面を法務局に提供し,遺言者が本人確認を受けた上で遺言全文を口述するなどして法務局が保管する「保管証書遺言」を創設する。パソコン等による作成,オンラインでの保管申請及び一定の場合のウェブ会議利用が予定され,遺言者が指定した者への通知や,家庭裁判所の検認を不要とする仕組みも設けられる。
また,自筆証書遺言等の押印を任意とする見直しや,死亡危急時遺言等について遺言の状況を録音・録画により記録する方式の追加も含まれる。もっとも,令和8年(2026年)7月15日現在,これらは未施行である。押印の任意化等は公布の日から1年を超えない範囲内,システム改修を要する保管証書遺言の創設等は公布の日から3年を超えない範囲内で,それぞれ政令で定める日に施行される。
能力立証との関係では,保管証書遺言における本人確認及び全文口述は重要な手続資料となるが,法務局の関与だけで遺言能力が当然に保証されるわけではない。口述時の質問内容,応答の自発性,支援者の関与,遺言内容の複雑性及び医療・介護記録との整合を個別に検討する必要がある。死亡危急時遺言等の録音録画についても,短い応答部分だけでなく,質問の誘導性,記録の連続性及び前後の状況を含む全体を確認すべきである。
第6 まとめ
1 論文の枠組みは審理の設計図として有用
同論文は,遺言能力訴訟の審理の設計図として今なお有用であり,法的分析は公平・中庸で,臨床記述の骨格も正確である。医学的要素から遺言時の事理弁識能力へ,そして総合判断へという三層の構造と,間接事実のチェックリストは,引き続き活用してよい。
2 医学面は最新の知見で補う
他方,同論文の医学部分は2016年・DSM-IV-TR時点の要約であり,そのまま最新の医学的権威として書面に援用すべきではない。具体的には,(a) 診断枠組みをDSM-5・DSM-5-TR及び新しい診療指針で更新し,記憶が保たれても遂行機能,判断又は社会的認知が損なわれる非健忘型を落とさないこと,(b) レビー小体型認知症の認知変動を分・時間・日単位の具体的徴候で把握し,作成時点の課題別評価に組み込むこと,(c) せん妄と認知症は併存し得る一方,せん妄だけから基礎認知症又は能力欠如を導かないこと,(d) 慢性硬膜下血腫・特発性正常圧水頭症などの治療可能性のある病態を鑑別に入れ,治療前後の領域別機能を確認すること,(e) HDS-Rその他の認知スクリーニングを遺言能力の直接証拠とせず,実際の財産・相続関係・処分結果の理解と結びつけること,(f) 要介護度・自立度は判断能力と一致しないという警告を維持すること,が肝要である。これらは同論文を否定するものではなく,同論文自身の「医師の意見も鵜呑みにしない」という精神を,その医学部分にも及ぼすものにほかならない。
3 実務用チェックリスト
遺言無効確認訴訟でカルテ・介護記録を読む際の要点を,最後にまとめる。
- 遺言日を中心に,診療・介護・財産管理・遺言準備・受遺者等の関与を一つの時系列表にする。
- HDS-R等は総得点だけでなく下位項目と実施条件を確認する。ただし,下位項目だけで障害類型又は遺言能力を確定しない。
- 診断名・画像所見という医学的状態から,具体的機能を経て,当該遺言課題の理解・比較衡量へ結びつける。
- 病識低下・取り繕いは見かけの明晰さを相対化する資料とするが,それだけで能力欠如を導かない。
- 手段的日常生活動作の変化を時系列で示し,視力,運動機能,不慣れ又は他者への委任という代替原因も検討する。
- 「清明」を覚醒・注意・見当識と,財産・相続関係・処分結果を理解し説明する能力とに分ける。
- 反復せん妄は危険標識として評価するが,基礎認知症又は持続的機能障害は別の資料で立証する。
- 治療可能性のある病態は,病態のピーク,遺言日及び治療前後の領域別機能を日付単位で照合する。
- 要介護度ではなく,認定調査票の個別項目,特記事項,主治医意見書及び実際の援助内容を確認する。
- 公正証書遺言では,公証人関与の証拠価値を認めた上で,原案作成者,質問内容,応答の自発性,同席・誘導及び録音録画の全体を確認する。
- 遺言の文言の短さと判断対象の単純さを区別し,非上場株式,会社支配,遺留分,保証等の実質的な複雑性を確認する。
- 画像に典型所見がないことを能力肯定へ直結させず,臨床症状,認知検査及び生活機能と総合する。
- 先行遺言,生前の価値観,家族関係及び変更理由との整合を確認する。ただし,不平等な内容だけで能力欠如としない。
- 自説に不利な資料を先に特定し,その証明力が限定される理由又は自説と両立する理由を準備書面で説明する。
第7 出典・参考資料
- 土井文美「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」判例タイムズ1423号15頁(2016年)
- 日本神経学会監修『認知症疾患診療ガイドライン2017』(第6章 アルツハイマー型認知症)
- せん妄後の認知転帰に関する系統的レビュー・メタ解析(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7358977/)
- 反復せん妄と認知症との関連を検討したDECIDE研究(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8099011/)
- 『要介護認定 認定調査員テキスト2009(改訂版)』(厚生労働省)
- アメリカ精神医学会『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(日本精神神経学会監修,医学書院,2014年),同DSM-5-TR(2022年)
- 国立長寿医療研究センター「認知症の検査」(HDS-Rの20/21カットオフ及び検査の限界)
- McKeithらの2017年レビー小体型認知症国際コンセンサス基準(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5496518/)
- 遺言能力評価の包括的アプローチ(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8733255/)
- 回顧的遺言能力評価における医学専門家の役割(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7958202/)
- 法的能力の課題・時点特異性に関するレビュー(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5109759/)
- iNPHの認知転帰に関するメタ解析(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4971036/)
- Banks v Goodfellow (1870) L.R. 5 Q.B. 549
- 民法961条・962条・963条・968条・969条・969条の2・973条(条文はe-Gov法令検索で確認)
- 公正証書のデジタル化及び民法969条の改正(令和5年法律第53号,施行日令和7年10月1日)については法務省の公表資料参照
- 民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)については,法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)について」(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html)及び改正概要(https://www.moj.go.jp/content/001465481.pdf)参照
- 最判昭和43年12月20日民集22巻13号3017頁,最判昭和51年1月16日家月28巻7号25頁,最判平成11年9月14日判タ1017号111頁,最判平成11年6月11日(遺言者生存中の遺言無効確認の訴えを不適法とした判例)
- 東京地判令和7年8月7日(令和5年(ワ)第10398号・遺言無効確認請求事件・LLI/DB判例秘書登載)
- 東京地判令和6年3月28日(令和4年(ワ)第15304号・遺言無効確認等請求事件・LLI/DB判例秘書登載)
本稿は,公刊された論文に対する学術的・実務的な論評であり,特定の裁判官の評価を目的とするものではない。また,認知症その他の疾患や高齢の方について,その尊厳を損なう趣旨は一切含んでいない。