第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,自筆証書遺言に「財産を○○に任せる」「全てまかせます」「すべてたくします」「すべて委託します」のように,財産を与えるのか,管理や処理を頼むだけなのかがはっきりしない言葉が書かれている場合に,その遺言がどのように解釈されるかを扱う。
あわせて,このような遺言を示しても金融機関が預貯金の払戻しに応じない場合の対応と,遺言を作る側の注意点を整理する。
調査基準日は令和8年9月26日である。
条文はe-Gov法令検索で確認し,最高裁判例は裁判所ウェブサイトで確認した。
下級審の裁判例はいずれも裁判所ウェブサイトに掲載されていないため,判例秘書で判決文を確認した。
2 結論
①遺言の解釈では,文言を形式的に判断するだけでなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して,遺言者の真意を探究する(最高裁昭和58年3月18日判決)。
②「任せる」「託す」「委託する」は,言葉の本来の意味では「頼む」「預ける」に近く,それだけで財産を与える意味になるわけではない。
③それでも,遺言者と相手方の関係,世話の実情,生前の言動,遺言書のほかの記載等から,財産の全部又は預貯金を遺贈する趣旨,又は相続させる趣旨と解された裁判例が複数ある(大阪高裁平成25年9月5日判決,東京地裁令和2年11月16日判決,東京地裁令和4年11月10日判決)。
④他方で,財産や死後に関する言葉が無く,「二代目」と宣言したメモや,生前の財産管理等を任せる念書である可能性が残るとして,遺言として無効とされた裁判例もある(大阪高裁令和3年11月5日判決)。
⑤遺言として有効でも,遺産の分配方法を一任する旨の条項が遺産分割の方法の指定の委託と解され,委託の相手が包括受遺者であったために,その部分だけ無効とされた裁判例もある(東京地裁平成15年3月25日判決)。
⑥金融機関は,このような遺言だけでは払戻しに応じないことがある。
相続人全員の了解を書面で得るか,受遺者等が金融機関を被告として払戻請求訴訟を起こすこと等が考えられる。
⑦遺言を作る側は,「遺贈する」又は「相続させる」と書き,対象財産と遺言執行者を明記すれば,このような解釈の争いを避けやすくなる。
第2 遺言の解釈の基準
1 最高裁昭和58年3月18日判決
最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決(昭和55年(オ)第973号,集民138号277頁)について,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨は,次のとおりである。
「遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書の特定の条項を解釈するにあたつても、当該条項と遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して当該条項の趣旨を確定すべきである。」
本記事で紹介する大阪高裁平成25年9月5日判決と大阪高裁令和3年11月5日判決はこの判決を参照しており,東京地裁の令和2年11月16日判決,令和4年11月10日判決及び平成15年3月25日判決も同じ趣旨の一般論を述べたうえで判断している。
2 遺言で定められる事項は法律で決まっている
遺言は,法律が定める事項についてだけ効力を持つ。
財産に関して遺言でできる主なことは,次のとおりである。
①包括又は特定の名義で財産の全部又は一部を処分すること,すなわち遺贈(民法964条)
②共同相続人の相続分を定め,又はこれを定めることを第三者に委託すること(民法902条1項)
③遺産の分割の方法を定め,若しくはこれを定めることを第三者に委託すること(民法908条1項)
④遺言執行者を指定し,又はその指定を第三者に委託すること(民法1006条1項)
なお,遺産の分割の方法の指定として特定の財産を共同相続人に承継させる遺言は,民法1014条2項で「特定財産承継遺言」と呼ばれている。
「任せる」「託す」という言葉が問題になるのは,それが①から④のどれに当たるのか,又はどれにも当たらない単なる依頼なのかが,文言だけでは決まらないからである。
どれにも当たらないとされれば,遺言としての効力を持たない。
遺贈と特定財産承継遺言の違いは,相続させる遺言と特定財産承継遺言で説明している。
3 文言の本来の意味
東京地裁令和2年11月16日判決は,「委託」について,一般的には「人に頼んで代わりにやってもらうこと。ゆだねまかせること。あずけたのむこと。依頼すること。」を意味すると述べた(広辞苑第6版による)。
東京地裁令和4年11月10日判決は,「託す(る)」は,本来,「たのむ」「あずける」などの意味であるから,これを直ちに「相続させる」の趣旨と解することはできないと述べた。
つまり,これらの裁判例は,言葉の本来の意味だけで遺贈等と認めたのではなく,遺言書のほかの記載と作成当時の事情を積み上げて結論を出している。
第3 遺贈又は承継の趣旨と解された裁判例
1 大阪高裁平成25年9月5日判決(「全てまかせます」)
大阪高裁平成25年9月5日判決(平成25年(ネ)第1518号)の遺言は,「私が亡くなったら財産については私の世話をしてくれた長女の甲野松子に全てまかせますよろしくお願いします」という自筆証書遺言であった(氏名は判決文の仮名)。
長女が,この遺言により預金を遺贈されたとして,銀行に払戻しを求めた事件である。
他の相続人の一人は,銀行側に補助参加し,遺産分割の手続を任せる意味にすぎないと主張した。
原審は,遺贈を理由とする払戻請求を棄却したが,控訴審は,これを変更して払戻しを命じた。
控訴審は,遺言者夫婦が遺言当時入居していた先(判決文では「Z」と表記)をしばしば訪れて世話をしていたのは専ら長女であったこと,補助参加人の夫婦とはほとんど交流が途絶えていたこと,遺言者が長女に郵便貯金の解約等の手続を委任し,遺言後に700万円を贈与していたことを認定した。
そのうえで,この遺言は,補助参加人が主張するような遺産分割手続を委せるという意味であるとは考え難く,遺産分割手続を委せる趣旨であるとすれば,そもそもそのような遺言は無意味であると述べた。
結論として,遺言者の遺産全部を長女に包括遺贈する趣旨のものと理解するのが相当であるとした。
補助参加人は,遺言者が以前の遺言では「相続させる」という言葉を使っていたから,「まかせる」は遺贈を意味しないと主張した。
控訴審は,以前の遺言は弁護士の関与の下で公証人が作成し,又は法律知識のある者が関与して作成したものであったことを挙げて,この主張を退けた。
2 東京地裁令和2年11月16日判決(「すべて委託します」)
東京地裁令和2年11月16日判決(令和2年(ワ)第21670号)の遺言は,第1項で「私が亡き後預貯金,身の周りの物の整理を姪のX1さんにすべて委託します。」と書き,その後に入院・施設入所,延命治療及び葬儀についての希望を書いたものであった。
姪が遺贈を受けたとして,金融機関に預金の払戻しを求めた事件である。
判決は,「委託」を「頼む」「依頼する」の意味で考えれば,預貯金について何らかの事項を代わりにしてもらう意味になるが,処分までゆだねまかせる意味で考えれば,遺贈と解する余地もあるとした。
そのうえで,仮に代わりにしてもらう意味であれば,やってもらいたい具体的な事項が書かれているのが自然なのに,預貯金についてそのような事項は書かれていないことを指摘した。
また,遺言者が夫と死別後に一人暮らしをしており,入院を機にわざわざ姪の近所に転居し,姪が転居の際の連帯保証人となるなど,遺言者が姪を信用し,感謝していたことを認定した。
さらに,遺言者が法定相続人の一部には財産を分けたくないとの意思を有していたことがうかがわれるとした。
結論として,遺言第1項の真意は姪に預貯金を遺贈することにあったと推認できるとして,金融機関に預金の払戻し(275万7010円)を命じた。
3 東京地裁令和4年11月10日判決(「すべてたくします」)
東京地裁令和4年11月10日判決(令和4年(ワ)第14249号)の遺言は,「Aは子供がなく/妻X1に財産を/すべてたくします。」というものであった。
妻の成年後見人が,信用金庫に遺言を示して預金の払戻しを求めたが,信用金庫は,遺言の趣旨が不分明であるとして応じなかった。
訴訟でも,信用金庫は,「任せる」「託す」「委ねる」のような遺言の文言を,直ちに,遺産を相続させる等の趣旨であると解することはできないと主張した。
信用金庫は,他の相続人である遺言者の兄と妹に訴訟告知をした。
判決は,前記のとおり「託す」の本来の意味から直ちに「相続させる」の趣旨とは解せないとした。
他方で,遺言者と妻が昭和45年から遺言者の死亡まで婚姻関係にあり,子がなく,妻が認知症であったこと,遺言者が生前,親族に対し,絶縁した兄と妹には遺産を相続させず,全財産を妻に「あげたい」と相談し,遺言を書いた後に,財産は全て妻に「あげる」という遺言書を書いたと述べていたことを認定した。
そして,「たくします」を,遺産の分割や管理を妻に頼んだり,そのために遺産を預けたりする趣旨であったと解することはできず,文言の直接の意味からはやや離れるとしても,妻に遺産を「相続させる」との真意であったと解するのが相当であるとした。
そのように解すればこそ,遺言冒頭の「Aは子供がなく」との記載とも整合すると述べ,特定財産承継遺言と解して,預金全額(801万5523円)の払戻しを命じた。
第4 遺言としての効力が否定された裁判例
1 大阪高裁令和3年11月5日判決(「全てをまかせる」)
大阪高裁令和3年11月5日判決(令和3年(ネ)第1163号)では,家の「二代目」である旨の記載や,「Y1に全てをまかせる」との記載のある自筆証書2通が,遺産の全てを被控訴人に遺贈する趣旨の遺言と解釈できるかが争われた。
原審は,遺言無効確認請求を棄却したが,控訴審は原判決を取り消し,2通とも無効であることを確認した。
控訴審は,最高裁昭和58年3月18日判決を引いて真意の探究を試みた。
そのうえで,遺言者が少なくとも平成24年頃までは被控訴人を後継者と見込んでいたことは認められるものの,後継者であることと財産の全てを承継させることとは必ずしも一致せず,特に妻がいる状況では,全財産を承継させる意思があったと断定できないとした。
また,遺言者は相続や遺言について知悉していたのに,財産の承継について明示的に書かず,明示的に記載することを妨げる状況があった形跡もないことを指摘した。
「財産」「死後」「遺産相続」等の文言が無く,死亡後に限定されない表現になっていることも考慮し,法的効果が特定されていないから,特定の法的効果を伴う意思表示である遺言に当たるとはいえないとした。
「Y1に全てをまかせる」の記載は,生前の財産管理や,遺言者が設立した不動産管理会社の経営を任せる念書であった合理的な可能性も十分残っていると指摘されている。
遺言書キットに作成マニュアルや専用用紙が付いていたのに,極めて抽象的な内容の書面が封入されていたことも,不自然な事情として挙げられた。
2 東京地裁平成15年10月23日判決(手紙形式の書面)
東京地裁平成15年10月23日判決(平成14年(ワ)第23321号ほか)の書面は,海外旅行に出かける際に兄弟の一人に宛てた手紙で,「何もない筈ですが,そうでない場合は全部の処理をお願い致します。・・少額ですが私の財産は受け取って下さい」等と書かれていた。
判決は,旅行中の事故の場合に限定せずに遺贈する意思を明らかにしたものと認めることは困難であるとして,遺贈を認めなかった。
この書面に基づいて全財産の遺贈を受けたと考えて郵便貯金の払戻しを受けていた兄弟に対しては,法定相続人であった被相続人の親(訴訟中に死亡し,原告らがその地位を承継した。)の側からの不当利得返還請求が認められ,2271万4175円の支払が命じられた。
遺贈が否定されれば,金融機関から払戻しを受けた後でも,受け取った金銭を返還しなければならなくなることを示す例である。
3 東京地裁令和4年4月28日判決(「託します」)
東京地裁令和4年4月28日判決(令和元年(ワ)第16028号)では,「全てをY1に託します」と書かれた自筆証書遺言について,原告は,「託す」は「任せる」と同じ意味であり,必ずしも遺贈を意味するものとはいえず,内容不明で無効であるとも主張した。
判決は,署名の筆跡に差異があり,遺言の内容が遺言者の意思に合致するとまでは認められないとして,遺言者が自書したと推認することはできないとし,遺言無効の確認を認めた。
判決は,内容不明による無効という争点については判断するまでもないとしており,文言の解釈を示した例ではないが,「託す」型の遺言では,自書性と文言の両面から争われることがある。
自書性が争われる場合の考え方は,自筆証書遺言の偽造と相続欠格で説明している。
第5 一部だけ無効とされた裁判例
1 東京地裁平成15年3月25日判決(遺産の分配を一任する条項)
東京地裁平成15年3月25日判決(平成13年(ワ)第24764号,第26920号)の遺言書は,冒頭に「代理人 Y1殿」「遺産の分配について 次の通りに実施して下さい。」と書き,第1項で遺産総額の2分の1を二男に遺贈し,第2項で残りの2分の1を兄弟姉妹らに与える趣旨を書き,第3項で遺産の分配方法をY1に一任する趣旨の記載をしたものであった。
判決は,遺言の解釈は遺言者の真意を探究すべきであるとしたうえで,この遺言書を,Y1を遺言執行者に指定した遺言,相続人の相続分を指定した遺言,兄弟姉妹らに対する包括遺贈をした遺言,Y1に遺産の分割の方法を定めることを委託した遺言と解した。
冒頭の「代理人」は,第3項と併せて,遺言執行者の指定と理解できるとした。
そして,前三者は有効であるが,遺産分割の方法の指定を委託できるのは共同相続人以外の第三者であることを要し,共同相続人の一人に委託する遺言は指定の公正が期待できないから無効であるとした。
包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)ので,Y1に対する委託も無効になると判断した。
「任せる」が遺産の分割の方法の指定の委託と解されても,任せる相手が共同相続人や包括受遺者であれば,その部分の効力が否定され得ることを示している(同じ相手を遺言執行者に指定した部分は有効とされた)。
第6 結論を分けた事情
1 判断に用いられた事情の一覧
これまでの裁判例で,結論を左右した事情を整理すると次のとおりである。
| 事情 | 遺贈等と解する方向に働いた例 | 効力を否定する方向に働いた例 |
|---|---|---|
| 財産・死後に関する言葉 | 「私が亡くなったら財産については」(大阪高裁平成25年) | 「財産」「死後」「遺産相続」等の言葉が無い(大阪高裁令和3年) |
| 任せる事項の特定 | 預貯金について具体的な依頼事項が書かれていない(東京地裁令和2年) | 「二代目」の宣言や生前の財産管理等を任せる念書と読める余地(大阪高裁令和3年) |
| 相手方との関係 | 世話をしていた子,信頼していた姪,長年連れ添った妻 | 妻がいるのに後継者に全財産を承継させる意思は断定できない(大阪高裁令和3年) |
| 生前の言動 | 「あげたい」「あげる」と述べていた(東京地裁令和4年11月),贈与や手続の委任(大阪高裁平成25年) | 遺言後に財産の所在を変えたが相手方に伝えていない(東京地裁平成15年10月) |
| 遺言者の法的知識 | 以前の「相続させる」遺言は弁護士・公証人又は法律知識のある者の関与によるもの(大阪高裁平成25年) | 相続・遺言に知悉していたのに明示しなかった(大阪高裁令和3年) |
| 作成の状況 | 遺言冒頭の「子供がなく」との整合(東京地裁令和4年11月) | 旅行中の事故に備えた手紙(東京地裁平成15年10月),遺言書キットがあるのに抽象的(大阪高裁令和3年) |
2 読み方の注意
これらの裁判例は,いずれも個別の事実関係に基づく判断であり,「まかせる」と書けば遺贈になる,又は無効になるという一般的な基準を示したものではない。
最高裁判例は,前記の昭和58年判決の一般論のほかに,「任せる」「託す」という文言そのものについて判断したものは,本記事の調査の範囲(裁判所ウェブサイト及び判例秘書)では確認できなかった。
紛争になった場合は,遺言書のほかの記載に加え,遺言者と相手方の生活の実情,生前の発言を裏付ける親族の陳述や手紙,過去の遺言の作成経緯を,最初から集めておく必要がある。
第7 金融機関が払戻しを拒んだ場合の対応
1 金融機関の立場
金融機関は,遺言の解釈を誤って払い戻すと,真の権利者から改めて支払を求められるおそれがあると考えられる。
そのため,「任せる」「託す」型の遺言だけを示されても,払戻しに応じないことがある。
東京地裁令和4年11月10日判決の事件では,信用金庫は遺言の趣旨が不分明であるとして払戻しに応じず,訴訟でも遺言の解釈を争い,他の相続人に訴訟告知をした。
大阪高裁平成25年9月5日判決の事件では,他の相続人が銀行側に補助参加した。
金融機関にとっては,判決に従って支払う方が安全だという事情があると考えられる。
2 相続人全員の了解を書面で得る
まず考えられるのは,相続人全員(遺留分を持つ者を含む。)から,遺言の文言を「全財産を○○に遺贈する」等の意味と理解している旨の書面を得て,金融機関に示す方法である。
書面には実印を押してもらい,印鑑登録証明書を付けてもらうのが望ましい。
金融機関が所定の書式を用意していることもあるので,事前に照会する。
相続人全員が同意するのであれば,遺言の解釈にこだわらず,遺言と異なる内容で遺産分割協議をする方法もある(遺言と異なる遺産分割協議はできるか)。
相続人の中に判断能力を欠く人がいる場合は,成年後見人等がその人を代理して書面を作ることになる。
その成年後見人自身又はその子等が受遺者である場合には,被後見人に不利な解釈を認め,又は遺留分侵害額請求をしない旨を表明することになり得るので,利益相反の問題を検討する必要がある(相続人に認知症・精神障害等で判断能力を欠く人がいる場合の遺産分割)。
3 払戻請求訴訟を起こす
相続人の了解が得られず,又は了解があっても金融機関が応じない場合は,受遺者(遺言執行者がいれば遺言執行者)が金融機関を被告として,預金の払戻しを求める訴訟を起こす。
第3で紹介した3件は,いずれもこの形の訴訟で払戻しが認められた。
訴状では,遺言書の全記載のほか,遺言者と受遺者の関係,世話の実情,生前の発言等,第6の1の表の各事情を具体的に主張し,証拠を提出する。
第3の裁判例のように,金融機関が他の相続人に訴訟告知をし,又は他の相続人が補助参加することで,他の相続人も訴訟に関与する形になることがある。
遺言そのものの有効性を相続人との間で確定させたい場合は,遺言有効確認又は遺言無効確認の訴訟の当事者を検討する(遺言無効確認請求訴訟では誰を被告にするか)。
4 遺言執行者の選任を申し立てる
遺言が遺贈と解される場合,遺言執行者があれば,遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる(民法1012条2項)。
遺言執行者がないとき,又はなくなったときは,家庭裁判所は,利害関係人の請求によって,遺言執行者を選任することができる(民法1010条)。
第三者である弁護士が遺言執行者に選任されると,金融機関との交渉や訴訟を,特定の相続人の立場から離れて進めることができる。
遺言執行者に就任した弁護士が金融機関で行う手続は,弁護士が遺言執行者に就任した後の預貯金・国債・年金保険の手続―就任通知・財産目録,口座の照会と取引経過,ゆうちょ銀行の流れ,非課税貯蓄の死亡届出及び報酬の精算で説明している。
5 払戻しを受けた後に遺言の効力が否定される危険
東京地裁平成15年10月23日判決のように,遺言の解釈が後で否定されると,払戻しを受けた者は,本来の権利者である相続人に対し,受け取った金銭を不当利得として返還しなければならなくなる。
金融機関が払戻しに応じたことは,遺言の解釈が正しいことの証明にはならない。
相続人の間で争いが予想される場合は,受け取った金銭を費消せず,分けて管理しておくのが安全である。
第8 遺言を作る側の注意
1 「遺贈する」又は「相続させる」と書く
財産を与える趣旨であれば,「遺贈する」又は「相続させる」と書く。
相続人に特定の財産を承継させる場合は「相続させる」,相続人以外の者に与える場合は「遺贈する」と書くのが通常である。
「任せる」「託す」「お願いする」「頼む」は,気持ちとしては自然でも,法的効果がはっきりしない。
2 対象財産と相手方を特定する
「全財産」と書くのか,特定の預貯金や不動産を書くのかを明確にし,金融機関名・支店名・口座の種類等を書くと,払戻しの手続が円滑になる。
相手方は,氏名に加えて続柄や生年月日を書いて特定する。
3 遺言執行者を指定し,権限を書く
遺言執行者を指定し(民法1006条1項),預貯金の払戻し,解約及び名義変更,有価証券の換価等の権限を明記しておくと,執行が円滑になる。
財産を受け取る者を遺言執行者に指定することもできるが,遺産の分割の方法の指定を委託する場合は,共同相続人や包括受遺者を委託の相手にしない(第5の1)。
依頼や希望(葬儀の方法,ペットの世話等)を書く場合は,財産の承継に関する条項と分けて書き,「任せる」の対象が財産なのか事務なのかを読み分けられるようにする。
4 公正証書遺言又は法務局保管を検討する
自筆証書遺言は,文言の選び方を助言する者がいないまま作られやすい。
公正証書遺言であれば,公証人が法的効果の明確な文言に整える。
自筆証書遺言を作る場合も,弁護士等の確認を受けるか,法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用して,方式の不備と保管上の危険を減らすことが考えられる。
第9 関連記事
①相続させる遺言と特定財産承継遺言――違い,効力,登記及び遺言執行者の権限
②弁護士が遺言執行者に就任した後の預貯金・国債・年金保険の手続―就任通知・財産目録,口座の照会と取引経過,ゆうちょ銀行の流れ,非課税貯蓄の死亡届出及び報酬の精算
③弁護士が代理人として被相続人の銀行口座の相続手続をする方法
④遺言と異なる遺産分割協議はできるか―相続人・受遺者全員の合意,遺言執行者の同意,分割の禁止及び贈与税
⑤遺言無効確認請求訴訟では誰を被告にするか―相続人・受遺者・遺言執行者と必要的共同訴訟
⑥自筆証書遺言の偽造と相続欠格――遺言無効との違い,立証方法及び裁判例
⑦相続人に認知症・精神障害等で判断能力を欠く人がいる場合の遺産分割―協議の無効,代筆の危険,成年後見の申立て及び特別代理人
⑧家庭裁判所が選任した遺言執行者の報酬の目安-現行法と旧基準
第10 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」902条,908条,964条,990条,1006条,1010条,1012条,1014条(令和8年9月26日確認)
2 裁判例
①最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決・昭和55年(オ)第973号・集民138号277頁(裁判所ウェブサイト)
②大阪高裁平成25年9月5日判決・平成25年(ネ)第1518号・判例秘書の判例番号 L06820726(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
③東京地裁令和2年11月16日判決・令和2年(ワ)第21670号・判例秘書の判例番号 L07532163(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
④東京地裁令和4年11月10日判決・令和4年(ワ)第14249号・判例秘書の判例番号 L07732792(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
⑤大阪高裁令和3年11月5日判決・令和3年(ネ)第1163号・判例秘書の判例番号 L07620545(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
⑥東京地裁平成15年10月23日判決・平成14年(ワ)第23321号ほか・判例秘書の判例番号 L05834349(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
⑦東京地裁令和4年4月28日判決・令和元年(ワ)第16028号・判例秘書の判例番号 L07731440(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)
⑧東京地裁平成15年3月25日判決・平成13年(ワ)第24764号,第26920号・判例秘書の判例番号 L05831264(裁判所HP未掲載。判例秘書で判決文を確認した)