第1 中間取りまとめの位置付けと結論
1 令和8年9月時点では現行法ではない
本記事は,消費者庁の「現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会」が令和8年9月10日に公表した中間取りまとめについて,現行法との違いと今後の検討事項を整理するものである。
法令及び公表資料の確認基準日は令和8年9月15日であり,同日現在,中間取りまとめは改正法,法律案又は確定した施行内容ではない。
検討会は令和7年11月から9回,その下のワーキンググループは8回開催され,中間取りまとめ後も制度の具体化を続ける予定である。
消費者庁長官は令和8年9月10日の記者会見で,準備が整い次第パブリックコメントを実施する予定である一方,最終取りまとめの時期は未定であり,令和9年の通常国会への法案提出も断言できないと説明した。
2 検討されている変更の全体像
中間取りまとめの主要点は,①全ての消費者が有し得る多様な脆弱性を制度の基礎に置くこと,②深刻な結果をもたらす契約から消費者を解放する新たな仕組みを検討すること,③継続的契約における解約妨害,自動更新,契約変更及び契約者死亡時の対応を整備すること,④消費者契約法9条1項1号の解約料規制は今回は見直さず,説明に関する制度を拡充することである。
もっとも,規律の対象,要件,法的効果及び例外が未確定の項目は多く,中間取りまとめだけから個別の契約を解除し,又は事業者の責任を確定することはできない。
第2 消費者の多様な脆弱性を基礎とする制度
1 現行法の目的及び定義との違い
(1) 情報・交渉力の格差を基礎とする現行法
現行の消費者契約法1条は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み,不当な勧誘による意思表示の取消し,不当条項の無効及び適格消費者団体による差止請求等によって消費者の利益を擁護することを目的としている。
同法2条1項は,事業として又は事業のために契約の当事者となる場合を除く個人を「消費者」と定義している。
(2) 目的規定を広げ,消費者の定義は維持する方向
中間取りまとめは,情報・交渉力の格差の是正に加え,消費者ならば誰しも多様な脆弱性を有するという認識と,関係主体の連携によって安心・安全に取引できる環境を形成するという要素を,目的規定に加える方向を示した。
他方で,「消費者」の定義自体は変更しない方向であり,年齢,障害又は認知機能等によって保護対象となる消費者を限定する提案ではない。
2 脆弱性は一部の人だけの固定的属性ではない
(1) 全ての消費者が有し得る状態
中間取りまとめがいう「消費者の脆弱性」は,消費者の力を弱め,又は危害にさらされやすくする状態であり,他者又は環境との関係によって多様に変化するものと整理されている。
したがって,高齢,若年,障害又は認知機能の低下のような属性だけでなく,情報過多,心理状態,時間的圧迫,取引環境及び相手方との関係等によって,誰にでも生じ得る状態を対象としている。
(2) 判断過程と契約結果の双方への着目
検討の対象は,消費者が契約を締結するか否かを適切に判断できるかという過程だけではない。
契約内容が消費者の生活又は財産に深刻な結果をもたらさないかという結果にも着目し,契約の締結,履行,継続及び終了の各段階を通じた対応が検討されている。
3 配慮規定,指針及び官民協議会
(1) 事業者の配慮を促進する規定
中間取りまとめは,事業者が,取引条件その他の事情に応じて,消費者の適切な判断の確保と契約締結によって生じる結果に配慮することを促進する仕組みを設ける方向を示した。
この規律は,特定の行為だけを禁止する民事ルールではなく,広い取引分野で行動を促すプリンシプルとして構想されている。
(2) 指針による具体化と官民の協議
抽象的な配慮規定だけでは予見可能性を確保しにくいため,行政が指針を策定し,その策定,見直し及び運用に必要な事項を協議する官民協議会を設けることが検討されている。
業種,契約段階及び脆弱性の現れ方に応じた具体的な行動を指針で示し,事業者団体の自主規制その他の知見を反映する構想であるが,指針の内容及び法的効果は今後の制度設計に委ねられている。
第3 深刻な結果をもたらす契約からの解放
1 従来の不当勧誘とは異なる救済の構想
現行の消費者契約法4条は,不実告知,断定的判断の提供,困惑を生じさせる一定の行為等によって消費者が意思表示をした場合の取消しを定めている。
中間取りまとめは,事業者の不当な勧誘行為だけでなく,消費者の脆弱性の影響によって契約内容から深刻な結果が生じる場面に着目し,契約の拘束力から消費者を解放する民事ルール又は行政的手法を検討する方向を示した。
想定例として,認知症の可能性がある高齢者が生活のために蓄えた財産の多くを失う契約又は住まいを失う契約が挙げられている。
これは例示であり,高齢者の契約一般が対象となることや,その契約が当然に無効又は解除可能になることを意味しない。
2 対象契約と要件は確定していない
民事ルールについては,深刻な結果となる内容の契約を中心に据え,消費者の脆弱性を考慮しながら,対象となる契約の内容又は類型を具体化する方向が示されている。
事業者の予見可能性を確保するため,深刻な結果をもたらす事情を事業者が知っていたことを要件に取り入れる案も示されているが,具体的な要件及び効果は未確定である。
中間取りまとめは,事業者に消費者側の事情を積極的に調査することまで求めるものではなく,不当な情報収集を行わせないことも明記している。
したがって,救済範囲を広げる必要性と,事業者の予見可能性,プライバシー及び取引からの排除を防ぐ必要性との調整が,今後の主要な検討課題となる。
第4 継続的契約の解約妨害と自動更新
1 相談件数と規律の対象
中間取りまとめによれば,PIO-NETに「サブスクリプション」という内容キーワードが含まれる相談は,令和3年度の7461件から令和7年度の2万174件へ増加している。
この数値は同キーワードで登録された相談件数であり,全てが違法行為又は被害事案であることを示すものではない。
検討の中心は,事業者が物品,権利又は役務等を継続的に提供し,消費者が契約から離脱するために一定の行動を要する契約である。
期間の定めの有無を問わず更新によって継続する契約も対象となり得る一方,事業者の履行が一回で完了する契約等は対象外とする方向が示されている。
2 一般的な中途解約権を新設する提案ではない
検討されている解約妨害の規律は,消費者が実体法又は契約に基づく解約権を有する場合に,その行使を妨げられないようにするものである。
一定期間の継続を条件に低額の料金を設定する取引等には合理性及び有益性があり得るため,中間取りまとめは,消費者契約一般に新たな中途解約権を設けることには慎重な検討が必要であるとしている。
3 禁止が検討される解約妨害
(1) 虚偽説明,威迫及び受付拒否等
禁止行為の候補には,解約するか否かの判断に通常影響する事項についての不実告知,将来の不確実な事項についての断定的判断の提供,退去妨害又は不退去,解約申入れの拒否又は不当な遅延,消費者を欺く行為及び威迫して困惑させる行為が含まれている。
さらに,健全な商慣習に照らして不当に解約を妨げる行為又は環境設計も候補とされているが,予見可能性を確保するため,具体的な行為を下位法令で定めることが想定されている。
(2) 解約後の返金拒否又は不当な遅延
解約の申入れを妨げる行為だけでなく,解約によって事業者に生じた債務の履行を不当に拒否し,又は遅延する行為も,禁止対象とする方向が示されている。
例えば,解約の効果が生じた後に本来返還すべき金銭を不当に返還しない場面が想定されている。
4 禁止違反の効果と差止請求
(1) 個別契約への直接的な効果は設けない方向
中間取りまとめは,解約妨害の禁止に違反しただけで新たな解約権を発生させるなどの直接的な民事上の効果は定めない方向を示している。
この点は,解約妨害を受けた個々の消費者が当然に契約を解消できるという提案ではないことを意味する。
(2) 適格消費者団体による差止請求
同種の解約妨害の未然防止又は拡大防止を図るため,禁止行為を適格消費者団体による差止請求の対象とする方向が示されている。
差止請求の対象範囲を明確にする必要があるため,禁止行為の具体化と差止制度の設計は一体として検討されることになる。
5 合理的な離脱方法と情報提供
解約妨害に当たらなくても,契約時より解約手続が著しく複雑である場合や,解約方法及び条件を見つけにくい場合には,消費者が解約権を行使しにくくなる。
中間取りまとめは,契約内容に応じて合理的な離脱方法を提供し,契約期間を通じて解約方法及び条件に関する情報を提供するよう,事業者の努力を促す方向を示している。
ただし,対面確認が適切な契約とオンラインで簡便に解約できることが適切な契約では事情が異なるため,消費者契約一般について一律の方法を義務付ける提案ではない。
現行の消費者契約法3条1項2号及び4号にも,勧誘時に契約内容の必要な情報を提供し,消費者の求めに応じて解除権の行使に必要な情報を提供する努力義務があり,今回の検討はこれを契約継続中の場面へ広げる方向である。
6 自動更新前の通知
期間の定めがある契約の自動更新については,消費者が不更新を申し出る機会を確保するため,申出の時期及び方法,更新後の契約期間等を事前に通知するよう努める規律が検討されている。
契約関係を忘れやすいサービスでは,更新前通知によって契約の存在を再認識できることも期待されている。
他方で,契約期間,更新頻度及びサービスの提供方法は多様であり,一律の通知義務は通知疲れ又は情報過多を招くとの指摘もある。
このため,中間取りまとめは一律の義務ではなく,個々の契約に応じた努力を促す方向を示している。
第5 定型約款の変更と契約者死亡時の対応
1 重要な不利益変更の個別通知
(1) 民法の周知に上乗せする対象
民法548条の4は,一定の要件の下で定型約款を変更することを認め,変更の効力発生時期及び変更後の定型約款の内容を周知する仕組みを定めている。
中間取りまとめは,同条1項2号による変更のうち契約の重要事項を変更する場合に,現に契約関係にある消費者へ事前に個別通知を求める方向を示した。
(2) 通知事項と未確定の範囲
通知事項として,変更後の契約内容,効力発生時期,変更前に解約できる期間,条件及び方法等が想定されている。
重要事項を,消費者が支払う対価の増額又は解約条件の厳格化に限定する案も示されているが,対象範囲,通知方法及び通知困難時の代替措置は今後の検討事項である。
2 契約者が死亡した場合の対応手順
(1) 相続人からの問合せを端緒とする仕組み
継続的契約の当事者が死亡してもサービス提供及び請求が続く場合,相続人は契約の存在,内容及び解約方法を把握できないことがある。
事業者が死亡の事実を当然に把握することは困難であるため,中間取りまとめは,死亡を端緒として一律に積極対応を求めるのではなく,相続人から問合せがあった場合に円滑に対応できる仕組みを想定している。
(2) 情報提供と解約手順を整備する努力
事業者が,相続人への契約情報の提供,解約手続及び相続人であることの確認方法をあらかじめ定め,周知するよう努める規律が検討されている。
契約の種類によって必要な本人確認及び相続確認が異なるため,中間取りまとめは一律の義務ではなく,努力を促す方向を示している。
第6 解約料と消費者契約法9条
1 現行法の平均的な損害という基準
現行の消費者契約法9条1項1号は,契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の合計額が,同種の契約の解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える場合に,その超過部分を無効としている。
同条2項は,事業者に対し,消費者から求められたときは算定根拠の概要を説明するよう努めることを求めている。
平均的な損害の意味,主張立証責任及び個別業種における算定については,別稿の無断キャンセル(ノーショー)のキャンセル料はいくらまで請求できるか-消費者契約法9条の「平均的な損害」と裁判例(AI作成)で説明している。
2 9条1項1号は今回は見直さない方向
(1) 立証責任を含む複数案の検討
検討会では,事業者が平均的な損害を立証する案と,解約料の目的又は機能に応じた基準を設ける案を中心に,両者を組み合わせる案も議論された。
しかし,解約料の目的及び設定実務が多様であること,平均的な損害を一律に明確化しにくいこと,制度が複雑になること等が指摘され,委員間の共通認識には至らなかった。
(2) 現行規定を維持するという結論
中間取りまとめは,9条1項1号が不当な解約料を抑止する役割を果たしていることも踏まえ,今回は同号を見直さない方向を示した。
したがって,平均的な損害という現行の基準や立証責任が,中間取りまとめの公表によって変更されたわけではない。
3 説明に関する既存制度の拡充
立証ルールの変更に代えて,中間取りまとめは,消費者契約法3条,9条2項及び12条の4にある解約料の説明に関する制度を拡充する方向を示した。
説明内容として,解約料の目的及び機能,解約率等を含めることが検討されているが,営業秘密との調整を含む具体的な内容は未確定である。
第7 消費者と事業者が現時点で確認できること
1 消費者は現行法上の権利を先に確認する
解約を希望する消費者は,中間取りまとめだけを根拠に新たな解約権を主張するのではなく,契約書及び利用規約に定められた解約権,民法,消費者契約法,特定商取引法その他の現行法上の権利を確認する必要がある。
申込画面,契約条件,解約画面,事業者とのやり取り,通知日時及び支払記録を保存しておけば,現行法による解決と将来の制度変更への対応を区別しやすい。
2 事業者は解約経路と変更通知を点検できる
中間取りまとめは未確定の制度案であるが,事業者は,①契約時と比べて解約手続に不合理な負担がないか,②解約条件及び窓口が契約継続中も確認できるか,③自動更新前に必要な情報を伝えているか,④重要な不利益変更を個別に通知しているか,⑤契約者死亡時の相続人対応を定めているかを点検できる。
もっとも,これらの全てが現行の消費者契約法上の一律の法的義務として成立済みであるという意味ではなく,現行法,契約内容及び業法上の規律を別に確認する必要がある。
3 制度化までの四つの段階を区別する
今後の情報は,①中間取りまとめ,②パブリックコメント及び最終取りまとめ,③法律案及び国会審議,④成立法の公布及び施行という段階に分けて確認する必要がある。
検討資料に書かれた方向性,法律案の条文,成立した法律及び施行後の現行法は法的地位が異なり,途中段階の表現を確定した義務又は権利として扱うことはできない。
第8 今後の手続
1 パブリックコメント
消費者庁は,中間取りまとめについて,必要な準備が整い次第パブリックコメントを実施する予定である。
具体的な開始時期及び意見募集期間は,令和8年9月15日現在,公表されていないため,消費者庁のパブリックコメント欄及び検討会ページを確認する必要がある。
2 最終取りまとめ,法律案及び施行日
最終取りまとめの時期,国会への法律案提出時期,成立時期及び施行日は未定である。
今後,制度の対象,要件,効果及び例外が具体化されても,法律案の提出,国会審議,成立,公布及び施行を経るまでは,現行の消費者契約法の条文が適用される。
第9 関連記事
消費者契約法,特定商取引法,割賦販売法等の役割の違いは,消費者契約法・特定商取引法・割賦販売法等の違いと主な制度(AIリライト)で説明している。
消費者契約法に関する最高裁判例は,消費者契約法に関する最高裁判例に整理している。
第10 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「消費者契約法(平成12年法律第61号)」1条,2条,3条,4条,9条,12条及び12条の4(令和8年9月15日現在の施行条文を確認,URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000061)
②e-Gov法令検索「民法(明治29年法律第89号)」548条の4(令和8年9月15日現在の施行条文を確認,URL:https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)
2 所管行政機関の検討会資料
①消費者庁「現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会」(会議資料一覧,URL:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/review_meeting_006/)
②現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会「中間取りまとめ」(令和8年9月10日,本文は資料上1頁~32頁・PDF4頁~35頁,別紙は資料上1頁~20頁・PDF36頁~55頁,URL:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/review_meeting_006/assets/consumer_system_cms205_260910_01.pdf)
3 所管行政機関の説明
①消費者庁「堀井長官記者会見要旨」(令和8年9月10日,中間取りまとめ,パブリックコメント,最終取りまとめ及び法制化に関する説明,URL:https://www.caa.go.jp/notice/statement/horii/047515.html)