第1 被害の拡大防止を先に行う
身に覚えのない送金や払戻しに気付いた場合は,補償されるかどうかの検討だけで対応を遅らせず,銀行の正規窓口へ直ちに連絡する。
インターネットバンキングの停止,送金への対応,認証情報の保護等について銀行の案内を受け,警察にも相談する。
連絡先は,不審なメールやSMSのリンクではなく,銀行の公式サイト,通帳等から確認する。
本記事は,全国銀行協会の公表資料に基づく補償の基本構造と初動対応を扱う。
個別の銀行の約款,契約,被害時点の運用及び事実関係によって結論が異なるため,補償を保証するものではない。
第2 個人向けと法人向けを区別する
| 区分 | 確認する基本資料 |
|---|---|
| 個人向けインターネットバンキング | 全銀協の平成20年申し合わせ,各行の補償規定・約款 |
| 法人向けインターネットバンキング | 全銀協の平成26年の考え方,各行の具体的な制度 |
| 偽造・盗難カードによる被害 | カードの制度・法律と契約。オンライン送金と混同しない |
自然人名義であっても事業用サービスを利用している場合がある。
個人事業主や弁護士の事務所口座は,名義だけでなく利用契約の種類を確認する。
銀行預金と,証券・暗号資産・決済サービスの被害も同じ制度ではない。
第3 個人向けの補償
全銀協は平成20年2月19日,インターネットバンキングによる不正払戻しについて,銀行に過失がない場合でも,顧客に過失がないときは原則として補償する旨を公表した(出典①)。
公表資料は,速やかな通知,事情説明及び捜査への協力等も補償の要件として整理している。
顧客に過失又は重過失がある場合の補償は,インターネットバンキングの手口・状況を加味した個別判断とされている(出典②)。
盗難通帳の参考欄にある補償割合を,インターネットバンキングへそのまま当てはめてはならない。
通知の遅れや説明内容等も問題になり得るため,銀行への連絡は速やかに行う。
古い申し合わせの期限だけを見て「まだ待てる」と判断せず,現在の契約と銀行の案内を確認する。
セキュリティソフトを導入していたという一点だけで,無過失又は補償対象と確定するわけではない。
第4 法人向けの補償
全銀協は平成26年7月17日,法人向けインターネットバンキングの不正払戻しについて,補償の考え方を公表している(出典③)。
したがって,「法人は一切補償されない」と断定する説明は正確ではない。
ただし,個人向けと同一の制度が自動的に適用されるわけでもない。
補償対象,上限額,対象取引,必要なセキュリティ対策,通知期限及び免責事由を,各行の現行規定で確認する。
事務所では,送金操作と承認の分離,限度額,振込先変更時の確認方法等を定めておくことが考えられる。
具体的な構成は,銀行の機能と事務所の人数・業務に合わせて決める。
第5 残すべき記録
① 不正と疑われる取引の日時,金額,振込先及び取引番号。
② 銀行へ連絡した日時,担当窓口,受付番号及び指示内容。
③ 不審なメール・SMS・画面,そのURL,添付ファイル等の所在。
④ 認証要求,電話,遠隔操作の有無と時系列。
⑤ 利用端末,利用者,直前の設定変更及び銀行からの通知。
画面のスクリーンショットに加え,可能な範囲で元メールや取引明細等も保全する。
ただし,被害の拡大防止を遅らせたり,危険な添付ファイルを再実行したりしてはならない。
端末の初期化やメールの大量削除は,調査に必要な情報を失わせる可能性があるため,銀行・専門家の案内を踏まえて判断する。
第6 補償判断と法的請求は分けて検討する
銀行の補償制度上の回答と,契約・法律に基づく請求の成否は,検討対象が完全に同じではない。
不支給との回答を受けた場合は,適用規定,認定された事実及び理由を確認する。
認証が成功したことだけをもって本人の有効な意思による送金であると決め付けず,具体的な経緯を調べる必要がある。
他方,被害申告だけで直ちに銀行の責任が認められるわけでもない。
個別銀行の補償規定,裁判例,過失評価及び送金回復の手続は,具体的な事案に応じた追加調査を要する。
第7 関連記事と出典
アカウント・パスワード・PIN・多要素認証,電子証拠の原本保全とハッシュ値及びIT関係のメモ書きも参照されたい。
① 全国銀行協会「預金等の不正な払戻しへの対応」について(平成20年2月19日)
https://www.zenginkyo.or.jp/news/2008/n2933/
② 同別紙3「インターネット・バンキングに係る補償の対象・要件・基準等について」1頁
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news200219_4.pdf
③ 全国銀行協会「法人向けインターネット・バンキングにおける預金等の不正な払戻しに関する補償の考え方について」(平成26年7月17日)
https://www.zenginkyo.or.jp/news/2014/n3349/