第1 本記事の範囲
電磁的記録提供命令は,捜査機関又は裁判所が,電磁的記録を保管する者等に対し,必要な電磁的記録を指定した方法で提供するよう命ずる制度であり,令和8年5月21日に施行された。
本記事は,令和8年9月14日現在の刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の条文を中心に,制度の仕組み,従前の記録命令付差押えとの違い,令状の記載事項,提供命令を受けた者に対する口止めの命令,罰則及び不服申立てを整理するものである。
条文のほか,法務省刑事局長の依命通達(令和8年3月23日付け法務省刑総第217号),衆議院調査局法務調査室の論文(RESEARCH BUREAU 論究22号),改正の経緯を示す法制審議会の資料及び国会会議録を参照している。
依命通達は検察庁に向けた運用上の指示であり,論究は国会審議の経過を紹介する資料であって,いずれも法令の解釈を確定させるものではない。
第2 電磁的記録提供命令の仕組み
1 定義と2つの提供方法
(1) 定義
刑事訴訟法102条の2第1項は,電磁的記録提供命令を「次の各号に掲げる者に対し、当該各号に定める方法により必要な電磁的記録を提供することを命ずる命令」と定義している。
電磁的記録提供命令は,「提供させるべき電磁的記録及び提供の方法を指定してするものとする。」とされている(同条2項)。
(2) 名宛人と提供の方法
提供の方法は,次の2つである(刑事訴訟法102条の2第1項1号)。
① 「電磁的記録を記録媒体に記録させ又は移転させて当該記録媒体を提出させる方法」
② 「電気通信回線を通じて電磁的記録を当該命令をする者の管理に係る記録媒体に記録させ又は移転させる方法」
電磁的記録を保管する者には,①・②のいずれの方法も,記録させる(写しを作らせる)形でも移転させる(元のデータを残さない)形でも命ずることができる。
これに対し,保管者以外で電磁的記録を利用する権限を有する者には,記録媒体に記録させる方法に限って命ずることができる(同項2号)。
従前の記録命令付差押えにあった「印刷させ」る方法は,電磁的記録提供命令の方法には含まれていない。
2 捜査機関がする命令と裁判所がする命令
(1) 捜査機関の命令と令状
検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,裁判官の発する令状により,電磁的記録提供命令をすることができる(刑事訴訟法218条1項)。
令状は,検察官,検察事務官又は司法警察員の請求により発せられ(同条5項),令状には「提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法」等を記載しなければならない(同法219条1項)。
令状の請求書にも,提供させるべき電磁的記録,提供させるべき者及び提供の方法を記載する(刑事訴訟規則155条1項1号)。
(2) 裁判所の命令
裁判所も,必要があるときは電磁的記録提供命令をすることができる(刑事訴訟法102条の2第1項)。
依命通達は,裁判所がする電磁的記録提供命令は,裁判所が決定を告知してするものであり,公判廷外で検察事務官等が令状を執行するものではなく,同法106条(公判廷外の差押え・捜索には差押状又は捜索状を要するとする規定)には規定されていないと説明している(依命通達4頁)。
3 施行日と経過措置
電磁的記録提供命令は,情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(令和7年法律第39号,同年5月23日公布)により設けられた。
同法附則1条3号に掲げる規定の施行期日を定めた政令(令和8年政令第156号)により,電磁的記録提供命令に関する規定は令和8年5月21日に施行された。
刑事訴訟規則の対応する改正(令和7年12月26日最高裁判所規則第17号)も同日から施行されている(同規則附則)。
改正法附則2条は,令和8年5月21日より前に記録命令付差押えに係る命令がされた場合,又は同日前に記録命令付差押えに係る令状が発せられた場合には,その記録命令付差押えについて「なお従前の例による。」としている。
第3 記録命令付差押えとの違い
1 従前の記録命令付差押え
改正前の刑事訴訟法99条の2は,記録命令付差押えを「電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、又は印刷させた上、当該記録媒体を差し押さえること」と定義していた。
記録命令付差押えは,平成23年の刑事訴訟法改正で導入された処分であり,記録媒体を差し押さえる押収の一種として位置付けられていた。
現行の刑事訴訟法の本則には99条の2はなく,記録命令付差押えの語は附則の経過措置にだけ残っている。
記録命令付差押えは記録媒体を差し押さえる処分であるため,「捜査機関は、必要な電磁的記録が記録された記録媒体が所在する場所に赴き、その占有を取得して差し押さえる必要がある。」とされていた(刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会取りまとめ報告書13頁)。
国会審議で,法務省刑事局長は,「電子データがクラウドサーバーに保存されている場合など、記録媒体そのものを差し押さえることが困難な場合もあり得ます。」とした上で,「有体物である記録媒体の差押えを介在させずに被処分者に対して電子データの提供を命ずるという電磁的記録提供命令を設けることとしている」と答弁している(衆議院法務委員会令和7年4月1日)。
また,同局長は,記録命令付差押えは立法当時,通信事業者等の捜査に協力的な者を被処分者として想定して設けられたものであるが,協力的でない者からも刑事手続に必要な電磁的記録の提供を受けることを可能とする必要が高まっている旨を答弁している(同委員会同年4月16日)。
2 主な違い
(1) 処分の性質と方法
依命通達は,電磁的記録提供命令を「新たな強制処分」と位置付けている(依命通達1頁)。
記録命令付差押えは記録媒体を差し押さえる処分であったのに対し,電磁的記録提供命令は電磁的記録の提供を命ずる命令であり,電気通信回線を通じてデータ自体を提供させる方法や,元のデータを移転させる方法も用意されている。
令状の記載事項も,改正前の刑事訴訟法219条1項の「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録及びこれを記録させ若しくは印刷させるべき者」から,「提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法」に改められた。
(2) 口止め,罰則及び不服申立て
記録命令付差押えには,命令を受けた者に口止めを命ずる規定や,不履行に対する罰則はなかった。
電磁的記録提供命令では,提供命令を受けた者に対する口止めの命令(刑事訴訟法218条3項)と,提供命令及び口止めの命令の違反に対する罰則(同法222条の2)が設けられた。
電磁的記録提供命令は,記録命令付差押えから記録媒体の「差押え」の部分を除いたものであり,命じられた行為を直接に強制することはできないため(前記報告書14頁),法制審議会では,「その実効性を担保する観点から、命令の違反について罰則を設けることとしています。」と報告されている(法制審議会第199回会議議事録10頁)。
また,捜査機関がした電磁的記録提供命令と口止めの命令は,いずれも準抗告の対象として同法430条に明記された。
3 行政手続では記録命令付差押えが残っていること
刑事訴訟法の記録命令付差押えがなくなった後も,国税通則法132条1項,関税法121条1項,地方税法22条の4第1項及び出入国管理及び難民認定法31条1項は,犯則調査又は違反調査のための許可状により「記録命令付差押え」をすることができると定めている(令和8年9月14日現在)。
地方税法16条の4第1項は,同法上の記録命令付差押えと,刑事訴訟法上の電磁的記録提供命令を同じ条文の中で併記している。
したがって,「記録命令付差押えは廃止された」というのは刑事訴訟法の話であり,税の犯則調査や入管の違反調査の許可状では,現在も記録命令付差押えが用いられる。
第4 提供命令を受けた者に対する口止めの命令
1 命令の内容と許可
(1) 条文の内容
刑事訴訟法218条3項は,捜査機関は,電磁的記録提供命令をする場合において必要があるときは,裁判官の許可を受けて,命令を受ける者に対し,「一年を超えない期間を定めて、みだりに当該電磁的記録提供命令を受けたこと及び当該電磁的記録提供命令により提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかつたことを漏らしてはならない旨を命ずることができる。」と定めている。
この命令には法文上の名称がなく,同法222条の2や430条は「第二百十八条第三項の規定による命令」と呼んでいる。
依命通達はこれを「秘密保持命令」と定義しており(依命通達3頁),以下,本記事でもこの呼び方を用いる。
(2) 許可の請求と令状への記載
秘密保持命令の許可の請求は,電磁的記録提供命令の令状を請求する際にしなければならない(刑事訴訟法218条6項)。
令状の請求書には,許可を請求する旨,その事由及び漏らしてはならない旨を命ずべき期間を記載する(刑事訴訟規則155条1項8号)。
裁判官は,許可をするときは,令状にその旨及び漏らしてはならない旨を命ずる期間を記載しなければならない(刑事訴訟法219条3項)。
2 期間と取消し
(1) 1年の上限
秘密保持命令の期間を1年以内とする限定は,国会審議の過程で衆議院において修正により加えられたものとされている(論究245頁~246頁・252頁~253頁)。
依命通達は,事案に応じた必要な期間を記載した上で許可を請求するよう求めている(依命通達5頁)。
(2) 取消し
捜査機関は,秘密保持命令をした場合において,その必要がなくなったときは,自ら又は命令を受けた者の請求により,これを取り消さなければならない(刑事訴訟法218条7項)。
依命通達は,秘密保持命令が漏らしてはならないことを法的に義務付けるものであるため,取消しは特段の事情がない限り取消書で行うとしている(依命通達7頁)。
第5 罰則と不服申立て
1 罰則
(1) 捜査機関の命令に違反した場合
刑事訴訟法222条の2第1項は,「正当な理由がなく、第二百十八条第一項の規定による電磁的記録提供命令又は同条第三項の規定による命令に違反したときは、その違反行為をした者は、一年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する。」と定めている。
法人の代表者や従業者等が業務に関して違反したときは,行為者のほか法人等にも罰金刑が科される(同条2項)。
電磁的記録提供命令の令状には,正当な理由がなく命令に違反したときは同条により刑罰に処せられることがある旨も記載され,秘密保持命令を許可したときはその旨も記載される(刑事訴訟規則157条の3)。
(2) 裁判所の命令に違反した場合と条番号の変更
裁判所がする電磁的記録提供命令に正当な理由なく違反した場合も,同じ法定刑で処罰される(刑事訴訟法124条の2)。
なお,改正前の刑事訴訟法222条の2は通信傍受の根拠規定であったが,改正によりこの規定は222条の3に繰り下がり,222条の2には上記の罰則が置かれた。
2 不服申立て
検察官又は検察事務官がした電磁的記録提供命令及び秘密保持命令に不服がある者は,その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所に,処分の取消し又は変更を請求することができる(刑事訴訟法430条1項)。
司法警察職員がした処分に不服がある者は,司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所に請求することができる(同条2項)。
裁判所又は裁判官がした電磁的記録提供命令についても,抗告又は準抗告の対象とされている(同法420条2項・429条1項2号)。
第6 提供の手続と関連する制度
1 令状の提示と住居等への立入り
捜査機関は,電磁的記録提供命令をする場合において,令状の提示のため必要があるときは,裁判官の許可を受けて,人の住居等に入ることができる(刑事訴訟法222条8項)。
この許可をするときは,令状に立ち入るべき場所が記載され(同条10項),日出前又は日没後に立ち入るには,令状に夜間でも令状の提示をすることができる旨の記載が必要である(同条12項)。
電気通信回線を通じて提供させる方法による場合には,押収拒絶権の規定,提供を受けた電磁的記録の内容を確認する措置,目録の提供等の規定が準用される(同条1項・105条の2・111条3項・120条2項)。
2 通信履歴の保全要請
検察官,検察事務官又は司法警察員は,差押えをし,又は電磁的記録提供命令により電磁的記録を提供させるため必要があるときは,電気通信事業者等に対し,通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し,30日を超えない期間を定めて,消去しないよう書面又は電磁的記録により求めることができる(刑事訴訟法197条3項)。
この期間は,特に必要があるときは延長できるが,通じて60日を超えることはできない(同条4項)。
この保全要請は罰則を伴わない求めであり,秘密保持命令とは別の制度である。
3 個人情報への配慮と提供後の取扱い
(1) 関連性のない個人情報への留意
改正法附則40条は,電磁的記録提供命令により電磁的記録を提供させ,又は記録媒体を押収するに当たっては,「できる限り被告事件又は被疑事件と関連性を有しない個人情報を取得することとならないよう、特に留意しなければならない。」と定めている。
この規定も,国会審議の過程で衆議院において修正により加えられたものとされている(論究247頁)。
(2) 提供を受けた電磁的記録の取扱い
依命通達は,電気通信回線を通じて提供を受けた電磁的記録について,速やかに独立した記録媒体に全部を複写し,一時的な記録は速やかに消去するよう求めている(依命通達14頁)。
また,電磁的記録提供命令が取り消された場合でも,法律上は当該電磁的記録を消去する義務はないものの,引き続き保管することや証拠として用いることについては,事案によっては妥当性に疑義が生じる場合もあり得るとしている(同頁)。
第7 国会審議で示された主な論点
論究によれば,国会審議では次のような政府答弁がされたとされている(論究251頁~254頁)。
① 電磁的記録提供命令は既に存在する電磁的記録の提供を命ずるにとどまり,供述を強要するものではないため,自己負罪拒否特権に抵触しない。
② 端末のロックの解除方法やパスワードの供述を義務付けることは自己負罪拒否特権に抵触するが,命令を受けた者が自らパスワード等を入力して内容が分かる状態で提供させることは抵触しない。
③ 電磁的記録提供命令を受けた者以外の関係者に通知する制度は設けられていない。
④ サーバの管理者が提供した場合,そのデータの利用者も不服申立ての主体となり得る。
⑤ 処分が後に取り消された場合に複製の消去を義務付ける規定を設けることは適切でない。
これらは,論究が国会会議録を要約したものである。
具体的な事件で答弁の趣旨を援用するときは,衆議院及び参議院の会議録の原文を確認する必要がある。
第8 関連記事
令状事務全体の流れと,記録命令付差押えを前提とする旧来の令状事務資料の読み替えは,名古屋地裁の令状事務処理の手引(七訂版)-令状の点検項目,記載例及び現行法への読み替えで整理している。
スマートフォンの暗証番号,生体認証と電磁的記録提供命令との区別は,スマートフォンのロック解除と捜索・差押え-暗証番号・生体認証・黙秘権を参照されたい。
令状審査の場面での検討例は,77期新任判事補研修の令状実務の設問を素材にした記事で紹介している。
第9 出典
法令は次のとおりである。
① e-Gov法令検索「刑事訴訟法」102条の2,106条,124条の2,197条,218条,219条,222条,222条の2,222条の3,420条,429条,430条及び附則(令和7年法律第39号)2条(令和8年9月14日確認)。
② 最高裁判所「刑事訴訟規則」155条,157条の3及び附則(令和7年12月26日最高裁判所規則第17号)(令和8年5月21日版)。
③ 衆議院「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(令和7年法律第39号)」附則1条及び40条。
④ e-Gov法令検索「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令」(令和8年政令第156号)。
⑤ e-Gov法令検索「国税通則法」132条,「関税法」121条,「地方税法」16条の4及び22条の4並びに「出入国管理及び難民認定法」31条。
公文書は次のとおりである。
① 法務省刑事局長「「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律」の施行に伴う事件事務規程、執行事務規程、証拠品事務規程、徴収事務規程及び国際受刑者移送法による共助刑の執行等に関する規程の一部を改正する訓令の運用について(依命通達)」(令和8年3月23日付け法務省刑総第217号)1頁,3頁~5頁,7頁及び14頁。
② 刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会「取りまとめ報告書」(令和4年3月15日)13頁~14頁。
③ 法務省「法制審議会第199回会議議事録」(令和6年2月15日)10頁。
④ 国会会議録「第217回国会衆議院法務委員会第7号(令和7年4月1日)」及び「同第10号(令和7年4月16日)」の法務省刑事局長答弁。
文献は次のとおりである。
① 中村竜太郎・中村健志・佐藤百(衆議院調査局法務調査室)「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律について」RESEARCH BUREAU 論究22号243頁~257頁(令和7年12月)。