第1 問題の全体像
スマートフォンの捜索を考えるときは,①端末を差し押さえること,②端末内の電磁的記録を探索・複写すること,③暗証番号を質問すること,④暗証番号を入力させること,⑤指紋又は顔で生体認証を解除すること,⑥クラウド上の電磁的記録を取得することを区別する必要がある。
令状により端末を差し押さえることができる場合でも,そのことから直ちに暗証番号の供述,生体認証による解除又は端末と接続する全てのクラウドデータの取得まで無制限に強制できるとはいえない。
本記事は,令和8年9月6日現在の法令,裁判例,国会審議及び公開資料に基づく一般的な整理である。
具体的な捜索・差押えでは,令状の種類及び記載内容,対象者の地位,求められた行為,強制の態様並びに取得対象となるデータの範囲を個別に確認する必要がある。
第2 端末の差押えとデータの探索
1 端末の差押え,必要な処分及び協力の求め
刑事訴訟法218条及び219条は,捜査機関による捜索・差押えに原則として裁判官の令状を要求し,令状に記載すべき対象等を定めている。
また,同法222条1項が準用する同法111条1項は,差押状又は捜索状の執行について,錠を外すことその他の必要な処分をすることができると定めている。
もっとも,端末のロック解除が常に同法111条1項の「必要な処分」に含まれるか,含まれるとしてどの方法まで許されるかについて,一般的基準を示した最高裁判例が公表されているわけではない。
同法111条の2は,差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるとき,電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができると定めているが,この規定自体は処分を受ける者に罰則付きの協力義務を課すものではない。
2 被疑事実との関連性と探索範囲
スマートフォンは私生活に関する大量の情報を保存し得るため,端末の差押えの可否だけでなく,被疑事実との関連性,探索対象,期間及びデータの範囲が問題となる。
令状に記載された対象又は被疑事実と無関係なデータまで一般探索的に調べてよいということにはならない。
最高裁令和3年2月1日第二小法廷決定(平成30年(あ)第1381号)は,リモートアクセスによる複写の対象となる電磁的記録に被疑事実と関連する情報が記録されている蓋然性があり,現場での内容確認の困難性や確認中の情報毀損のおそれ等があるという事案で,個々の電磁的記録の内容を確認せずに複写することを許容した。
これは同決定が認定した事情の下での判断であり,スマートフォン内の全データについて無限定の探索を認めたものではない。
3 媒体自体の差押えと記録の複写を分ける
物理的なスマートフォン,USBメモリ又は外付けディスク自体を差し押さえることと,媒体内の電磁的記録を複写し,又はリモートアクセスで別の記録媒体から複写することは,処分の対象と根拠条文が異なる。最高裁令和3年2月1日決定は後者のリモートアクセス・複写を扱ったものであり,物理的なUSBメモリの差押えを直接判断したものではない。
| 裁判例 | 対象 | 実務上の位置付け |
|---|---|---|
| 最高裁平成10年5月1日決定 | 内容未確認のフロッピーディスク | 関連情報がある蓋然性,現場確認の困難性及び消去・改変のおそれ等を踏まえ,無確認差押えを許容した事例 |
| 大阪高裁平成30年9月11日判決 | 電磁的記録媒体自体の差押え | 媒体が差押対象であり,無関係データが混在するだけで関連性が直ちに否定されないこと,複写等の代替処分の選択が常に義務ではないことを示した事例 |
| 岐阜地裁の国家賠償事件判決 | 使用中17枚と未開封新品3枚のフロッピーディスク | 使用中媒体の無確認差押えは適法とする一方,関連性が明らかにない未開封新品の差押えを違法とした下級審例 |
電子媒体の差押えは,後の解析でデータが空であったかだけでなく,執行時の令状文言,発見場所,使用状況,関連性の蓋然性,現場選別可能性,情報毀損リスク,複写等の代替手段及び持帰り後の迅速な選別・還付を時系列で評価する。詳しくは,USBメモリを内容確認せず差し押さえられるか-関連性,現場選別,情報毀損及び還付(AI作成)を参照されたい。
第3 暗証番号と黙秘権
1 暗証番号を質問された場合
日本国憲法38条1項及び刑事訴訟法198条2項は,自己に不利益な供述を強要されない権利と被疑者の供述拒否権を定めている。
暗証番号を記憶から述べる行為は言語による情報の表出であるため,端末そのものの提出とは別に黙秘権との関係を検討する必要がある。
東京高裁平成31年2月19日判決は,捜索・差押えの現場で警察官が黙秘権を告知せずに携帯電話の暗証番号を聞き出した事案について,当該事案の状況の下では違法とはいえないと判断した。
同判決は裁判所ウェブサイト未掲載であり,あらゆる場面で黙秘権告知が不要であること,又は暗証番号の供述を強制できることまで判示したものではない。
2 電磁的記録提供命令との区別
令和7年法律第39号による刑事訴訟法改正のうち,電磁的記録提供命令等に関する規定は令和8年5月21日に施行された。
刑事訴訟法218条1項は,捜査機関が裁判官の令状により,証拠となる電磁的記録を保管し,又は利用する権限を有する者に対し,提供させるべき電磁的記録及び提供の方法を特定して提供を命ずる電磁的記録提供命令を定めており,令状にはこれらの事項が記載される(同法219条1項)。
裁判所も同法102条の2により電磁的記録提供命令をすることができるが,これは裁判所の決定として行われるものであり,裁判官の令状によるものではない。
また,捜査機関は,裁判官の許可を受けて,命令を受ける者に対し,1年を超えない期間を定めて,命令を受けたこと等を漏らしてはならない旨を命ずることができる(同法218条3項)。
令和7年の国会審議では,法務大臣が,ロックの解除方法やパスワードを供述することを義務付けることは自己負罪拒否特権と抵触し,許されない旨を答弁し(衆議院本会議令和7年3月27日),電磁的記録提供命令は既に存在している電磁的記録の提供を命ずるにとどまり,パスワード等の供述を強要するものではない旨も答弁している(衆議院法務委員会同年4月9日)。
他方,法務省刑事局長(政府参考人)は,パスワードを解除して中身が分かる状態で電磁的記録を提供させることを命ずることもでき,被処分者がパスワードを入力して解除した状態で提供することによりパスワードを認識していることが意味され得るとしても,電磁的記録提供命令が供述を得ようとするものとはいえない旨を説明している(同日の衆議院法務委員会,参議院法務委員会同年5月15日)。
したがって,暗証番号そのものの供述,押収済み端末の解除及び電磁的記録提供命令に基づく記録の提供を同じ問題として扱うべきではない。
捜査機関がした電磁的記録提供命令又は同法218条3項の命令に正当な理由なく違反した者は,同法222条の2により,1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金に処せられることがある(裁判所がした電磁的記録提供命令の違反は同法124条の2)。
もっとも,同命令は提供させるべき電磁的記録,名宛人及び提供方法を特定して発せられる別個の強制処分であり,通常の捜索差押許可状だけから同条の罰則が生じるものではない。
第4 指紋・顔による生体認証
生体認証では,暗証番号を言語で述べる場合と異なり,指又は顔という身体的特徴を端末に読み取らせる行為が問題となる。
公開されている実務文献の目次・見本及び報道からは,指紋又は顔によるロック解除について,身体検査令状を用いる令状実務が存在することを確認できる。
身体検査令状を執行する場合,刑事訴訟法222条1項により身体検査に関する同法137条から140条までが準用され,直接の強制を行うときの事前の警告や,身体検査を受ける者の性別,健康及び名誉への配慮が問題となる。
もっとも,身体検査令状による生体認証の適法性について一般的基準を示した最高裁判例は,裁判所ウェブサイト上で確認できない。
生体認証であれば当然に無令状で強制できる,または身体検査令状があれば解除後の全データを当然に探索できる,ということにはならない。
解除行為の根拠となる令状と,端末内データの探索・複写の根拠及び範囲を分けて検討する必要がある。
第5 端末内データとクラウド上のデータ
端末自体に保存されたデータと,端末から電気通信回線を通じて接続するクラウド上のデータは区別する必要がある。
刑事訴訟法218条2項及び219条2項は,差し押さえるべき電子計算機に接続する記録媒体から電磁的記録を複写する処分を予定し,令状には複写すべき記録媒体の範囲を記載することとしている。
最高裁令和3年2月1日第二小法廷決定は,国外にある可能性を否定できないサーバへのリモートアクセスを扱い,任意の承諾の有無,令状が許可した処分の範囲及び違法収集証拠排除の要否を具体的事実関係に即して判断した。
同決定は,押収したスマートフォンから接続可能な国内外のクラウドデータを常に取得できるという一般的基準を示したものではない。
第6 データ保全と操作記録
押収端末の解析では,取得時の端末状態を保全し,誰が,いつ,どの機器及び手順で,どの範囲のデータを取得したかを記録することが重要である。
最高検察庁が公表した「令和6年職務上の過誤について」には,押収したスマートフォンの暗証番号を誤って複数回入力した結果,端末が使用不能となり,データの初期化が必要となる可能性が生じた事例が記載されている。
デジタル・フォレンジックの一般的な考え方としても,原データの変更を避け,取得方法,操作経過及び完全性の確認結果を記録することが重視される。
押収を受けた側が端末の削除,遠隔消去又は破壊をしてはならないことは当然であるが,捜査機関側にも,証拠の同一性及び解析過程を後から検証できる記録が求められる。
第7 捜索を受ける側の確認事項
① 令状の提示を受け,罪名,対象物,場所,有効期間及び発付裁判官を確認すること。
② 端末の提出,暗証番号の供述,暗証番号の入力操作,生体認証又はクラウドデータの提供のうち,どの行為を求められているかを確認すること。
③ 任意の協力要請なのか,捜索差押許可状,身体検査令状又は電磁的記録提供命令に基づく処分なのかを確認すること。
④ 任意の協力に同意しない場合は,妨害行為をせず,その意思を明確に伝えること。
⑤ 解除操作を求められた場合は,操作主体,入力回数,解除後の端末の取扱い及び操作記録の有無を確認すること。
⑥ 令状の範囲又は解除方法に疑問がある場合は,できるだけ早く弁護人へ連絡すること。
⑦ データの削除,遠隔消去,暗証番号の変更又は端末の破壊をしてはならない。
第8 関連記事
司法修習生の逮捕事例を含む従来記事として,司法修習生の逮捕及び実名報道(AIリライト)がある。
取調べと黙秘権については,警察及び検察の取調べ-録音録画・苦情申入れ・検面調書・黙秘権(AIリライト)を参照されたい。
令状実務とデジタル証拠については,77期新任判事補研修における「令状実務の留意点」に対するAI裁判官の回答,AI弁護人の準抗告申立書及びAI裁判所の決定(AIリライト)を参照されたい。
名古屋地裁の令状事務処理の手引の内容と現行法への読み替えについては,名古屋地裁の令状事務処理の手引(七訂版)-令状の点検項目,記載例及び現行法への読み替え(AI作成)を,電磁的記録提供命令の制度全体については,電磁的記録提供命令とは-記録命令付差押えとの違い,令状の記載事項,秘密保持命令及び罰則(AI作成)を参照されたい。
家宅捜索の令状の効力が,同居家族の持ち物や居合わせた人の身体に及ぶかについては,家宅捜索で同居家族のバッグや来訪者のポケットまで調べられるか―場所に対する捜索差押許可状の効力と最高裁平成6年9月8日決定(AI作成)を参照されたい。
第9 出典
① e-Gov法令検索「日本国憲法」35条及び38条。
② e-Gov法令検索「刑事訴訟法」102条の2,111条,111条の2,124条の2,137条から140条まで,198条,218条,219条,222条及び222条の2。
③ 衆議院「第217回国会本会議第12号(令和7年3月27日)」,「同法務委員会第9号(令和7年4月9日)」及び「同第11号(令和7年4月18日)」並びに参議院「第217回国会法務委員会第9号(令和7年5月15日)」(いずれも国会会議録)。
④ 衆議院調査局法務調査室「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律について」RESEARCH BUREAU 論究22号243頁~257頁(令和7年12月)。
⑤ 東京高裁平成31年2月19日判決(判例秘書で全文確認。裁判所ウェブサイト未掲載)。
⑥ 最高裁令和3年2月1日第二小法廷決定(平成30年(あ)第1381号・刑集75巻2号123頁)。
⑦ 松田克之・宮崎桃子「捜査に対する司法審査の在り方等に関する研究[大阪刑事実務研究会] 令状2・情報通信機器の発達を背景とした令状」判例タイムズ1488号45頁~64頁(令和3年11月)。
⑧ 「身体に関する令状実務について(覚書)」判例タイムズ1476号26頁~27頁。
⑨ 朝日新聞「スマホロック,顔・指紋で強制解除 警察が『身体検査令状』を活用」(令和8年7月30日)。
⑩ 最高検察庁「令和6年職務上の過誤について」。
⑪ 米国国立標準技術研究所「Guidelines on Mobile Device Forensics, NIST SP 800-101 Rev.1」(平成26年5月)。
⑫ 最高裁平成10年5月1日第二小法廷決定(平成10年(し)第45号)。
⑬ 大阪高裁平成30年9月11日判決。
⑭ 岐阜地裁の国家賠償請求事件判決(使用中及び未開封のフロッピーディスクに関する部分)。