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置き引きは窃盗罪か占有離脱物横領罪か―置き忘れた物の占有が続いているかの判断と裁判例(AI作成)

第1 この記事で扱う場面と結論

1 この記事の対象

(1) 問題となる場面

公園のベンチ,バス乗り場の行列,駅の窓口,店舗のレジ等に置き忘れられた財布,かばん又はカメラを,通りがかった人が持ち去ることがある。
他人が置いた物や置き忘れた物を持ち去る行為は,一般に「置き引き」と呼ばれる。
このとき成立する犯罪が,他人の財物を窃取する窃盗罪(刑法235条)か,占有を離れた他人の物を横領する遺失物等横領罪(同法254条)かは,持ち去った時点で持ち主の占有がなお続いていたか,又は施設の管理者等の占有が及んでいたかによって分かれる。
本記事は,この区別を,刑法の条文と,占有の有無を判断した最高裁判所,大審院及び下級審の裁判例に沿って整理し,拾った物を届け出る義務を定める遺失物法の規定にも触れる。

(2) 本記事の資料と基準日

法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに全文が掲載されているものはその全文により,掲載されていないものは判例データベース(判例秘書)に収録された全文により確認し,大審院の判決は同データベースに収録された判例集の紙面により確認した。
遺失物法の運用は,警察庁の「遺失物法等の解釈運用基準について(通達)」(令和5年12月22日警察庁丙会発第110号。以下「解釈運用基準」という。)により確認した。
だまして物を渡させた場合(詐欺罪)との区別は,キャッシュカード入り封筒のすり替えは詐欺か窃盗か―処分行為,占有移転及び実行の着手で扱っている。
人が死亡した後にその所持品を持ち去った場合も,占有の有無が問題になるが,死亡という別の事情を伴うので本記事では扱わない。

2 結論の要旨

本記事の結論は次のとおりである。
①刑法上の占有は,物を手に持っていることや見張っていることを必ずしも必要とせず,物が持ち主の支配力の及ぶ場所にあれば足りるとされている(最高裁昭和32年11月8日判決)。
②持ち主が置き忘れに気付かないままその場を離れつつあっても,時間と距離が近い段階では占有はなお失われていないとされ,その時点の持ち去りが窃盗罪とされた例が,最高裁判所にも下級審にもある(同判決,最高裁平成16年8月25日決定,東京高裁昭和54年4月12日判決,千葉地裁平成29年6月29日判決)。
③他方で,開店中の大規模スーパーマーケットのベンチに置き忘れた札入れを,持ち主が地下1階まで移動した約10分後に持ち去った行為について,持ち主の占有を否定し,遺失物等横領罪とした高等裁判所の判決がある(東京高裁平成3年4月1日判決)。
置き忘れた物の占有を否定した最高裁判所の判断は,本記事の調査範囲では確認できなかった。
④持ち主の占有が失われていても,ゴルフ場,店舗のセルフレジ,バスの営業所等の管理者の占有が認められ,窃盗罪とされた例がある(最高裁昭和62年4月10日決定,東京高裁令和4年7月12日判決等)。
他方,大審院は,列車内に乗客が遺留した毛布について,乗務する鉄道係員の占有を否定し,遺失物横領罪とした(大審院大正15年11月2日判決)。
⑤酩酊して路上に放置し,その所在も分からなくなった自転車や,盗まれて放置された自転車の持ち去りは,占有を離れた他人の物の横領とされた(仙台高裁昭和30年4月26日判決,千葉地裁平成25年3月6日判決)。
⑥窃盗罪と遺失物等横領罪とでは,法定刑と公訴時効の期間が大きく異なる。
⑦拾ったスマートフォンは,解釈運用基準上,遺失者等の連絡先が記録された物として,拾得者が所有権を取得することができない物に当たるとされている(遺失物法35条4号)。

第2 窃盗罪と遺失物等横領罪の条文

1 二つの罪の条文

(1) 窃盗罪

刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
後記第3及び第4の最高裁判所の判決・決定は,置き忘れられた物の持ち去りについて,その時点で持ち主の占有が失われていたかを検討し,失われていないとして窃盗罪の成立を認めている。

(2) 遺失物等横領罪

刑法254条は,「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」と定める。
同条の見出しは「遺失物等横領」であるが,判決では「占有離脱物横領」の語も用いられており,後記第5の1の仙台高裁昭和30年4月26日判決は「占有離脱物横領罪」と,千葉地裁平成25年3月6日判決は量刑の理由で「占有離脱物横領罪」と述べている。
本記事では,判決の引用を除き,条文の見出し(「遺失物等横領」)に従って遺失物等横領罪と書く。

2 罪名によって変わる法定刑と公訴時効

(1) 法定刑

窃盗罪の法定刑は10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金であり,遺失物等横領罪の法定刑は1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金若しくは科料である。
上限で比べると,拘禁刑は10倍,罰金は5倍の差がある。

(2) 公訴時効

刑事訴訟法250条2項は,人を死亡させた罪であって拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪について,「長期十五年未満の拘禁刑に当たる罪については七年」(4号),「長期五年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪については三年」(6号)と定める。
したがって,公訴時効の期間は,窃盗罪では7年,遺失物等横領罪では3年となる。
公訴時効の期間の全体は,令状の有効期間と公訴時効-有効期間の計算,令状の更新及び現行の公訴時効期間で扱っている。

第3 刑法上の占有の意味―最高裁昭和32年11月8日判決

1 占有の意義

(1) 判決が示した一般論

最高裁判所第二小法廷昭和32年11月8日判決(昭和32年(あ)第2125号,刑集11巻12号3061頁)は,「刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。」と判示した。
物を手に持っていなくても,また見張っていなくても,占有が否定されるわけではないということである。

(2) 判断の基準は社会通念

同判決は続けて,「その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。」と述べている。
本記事では,この判示を,物の形状,置かれた場所,持ち主との時間的・場所的な関係等を,その時点の具体的事情に即して社会通念により評価するものと整理する。

2 バスの行列で置き忘れた写真機

(1) 事実関係

同判決の事案では,被害者は,昇仙峡行きのバスに乗るため行列している間,写真機を身辺の左約30センチメートルの場所に置き,行列の移動につれて改札口の方へ進んだ。
改札口の手前約3.66メートルの所まで来て写真機を置き忘れたことに気付き,直ちに引き返したが,写真機は既に持ち去られていた。
行列が動き始めてから引き返すまでの時間は約5分,写真機を置いた場所と引き返した地点との距離は約19.58メートルであった。

(2) 占有についての判断

弁護人は,被告人は写真機を拾ったのであって盗んだのではないから,占有離脱物横領罪にとどまると主張した。
同判決は,上記の具体的状況を客観的に考察すれば,写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあり,占有を離脱したものとは認められないとした原判決の判断を正当とした。

(3) 遺失物と思ったという弁解

同判決は,当時,写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所に置いた所持品であることが何人にも明らかに認識し得る状況にあったとして,被告人が遺失物と思ったという弁解を信用し難いとした原判決の判断も正当としている。
刑法38条2項は,「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。」と定める。
持ち去った者が持ち主のいない物だと思っていたと述べても,同判決のように,物の置かれた状況からその弁解の信用性が判断されることになる。
刑法38条2項が問題になる別の場面は,特殊詐欺の受取役が強盗へ変更した場合の指示役の責任―共謀の射程,共犯と錯誤及び刑法38条2項で扱っている。

第4 公園のベンチに置き忘れたポシェット―最高裁平成16年8月25日決定

1 事実関係

(1) 置き忘れから領得まで

最高裁判所第三小法廷平成16年8月25日決定(平成16年(あ)第882号,刑集58巻6号515頁)の事案では,被害者は,大阪府内の私鉄駅近くの公園でベンチに座り,傍らにポシェットを置いて友人と話をしていた。
被告人は,隣のベンチに座り,被害者が置き忘れたら持ち去ろうと考えて様子をうかがっていた。
被害者は,午後6時20分ころ,ポシェットをベンチ上に置き忘れたまま,友人を駅の改札口まで送るためにその場を離れ,置き忘れに全く気付かないまま駅の方向へ歩いて行った。
被告人は,被害者らが公園出口の横断歩道橋を上り,ベンチから約27mの距離にある階段踊り場まで行ったのを見た時点で,周りに人もいなかったことから,ポシェットを取り上げてその場を離れ,公衆トイレ内で中から現金を抜き取った。

(2) 被害者が気付いた時点

被害者は,歩道橋を渡り,約200m離れた私鉄駅の改札口付近まで2分ほど歩いたところで置き忘れに気付き,ベンチまで走って戻ったが,ポシェットは既に無くなっていた。
午後6時24分ころ,被害者の友人が自分の携帯電話からポシェットの中にあるはずの被害者の携帯電話に架電したため,トイレ内で着信音が鳴り,被告人は,被害者に問い詰められて犯行を認めた。

2 判断

(1) 占有はなお失われていないとした判示

同決定は,「被告人が本件ポシェットを領得したのは,被害者がこれを置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係の下では,その時点において,被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても,被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず,被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たるというべきである」と判示し,窃盗罪の成立を認めた原判断を結論において正当とした。
持ち主が置き忘れに気付いていなかったことは,それだけで占有を失わせる事情とはされていない。

(2) 判断の基準時と事例判断であること

同決定が占有の有無を判断した時点は,被告人がポシェットを領得した時点,すなわち被害者がベンチから約27m離れた時点である。
被害者が置き忘れに気付いたのは約200m離れた改札口付近であったが,同決定が挙げた距離は領得の時点のものである。
また,同決定は「本件の事実関係の下では」と述べており,判示事項も「窃盗罪に当たるとされた事例」とされているから,約27mという距離が一般的な基準として示されたものではないと考えられる。

第5 持ち主がその場を離れた後の占有―否定した例と肯定した例

1 持ち主の占有を否定した例

(1) 酩酊して路上に放置した自転車―仙台高裁昭和30年4月26日判決

仙台高等裁判所昭和30年4月26日判決(昭和30年(う)第23号,高刑集8巻3号423頁)の事案では,自転車の持ち主は,酒に酔って午後7時半ころに自転車を引いて帰途に就いたが,途中で自転車もろとも路上に倒れ,自転車をそのまま放置して立ち去り,約110メートル離れた知人方に立ち寄った後,送られて帰宅した。
同判決は,持ち主は知人方に来た頃には自転車のことを失念し,その所在も分からなくなっていたと認め,少なくともその頃には自転車は持ち主の事実上の支配から離れていたとした。
被告人が午後8時ころに自転車を発見して領得した当時,持ち主が付近にいたとは認められないとして,同判決は,窃盗罪とした原判決を破棄し,刑法254条を適用した。
同判決は,「たとえ被告人が窃盗の意思を以て右自転車を自己の支配内に移したとしても、その不正領得の目的物である自転車が他人の占有を離れた物である以上、これを領得した場合、占有離脱物横領罪を構成し窃盗罪は成立しない。」と述べている。

(2) 大規模スーパーマーケットのベンチに置き忘れた札入れ―東京高裁平成3年4月1日判決

東京高等裁判所平成3年4月1日判決(平成2年(う)第1423号,判例時報1400号128頁)の事案では,被害者は,地上7階・地下1階建ての大規模スーパーマーケットの6階のエスカレーター脇のベンチに札入れを置き忘れたまま,午後3時50分ころ,他の手荷物を持ってその場を立ち去り,エスカレーターで地下1階の食料品売場へ移動した(6階から地下1階までのエスカレーターの所要時間は約2分20秒)。
被害者は,地下1階で札入れがないことに気付いて直ちに6階へ引き返したが,被告人は,午後4時前ころ,誰もいないベンチの上に札入れだけがあるのを見付け,午後4時ころ,これを持ち去っていた。
同判決は,被害者が札入れを置き忘れた場所を明確に記憶していたことや,近くのベンチにいた者が札入れに気付き,持ち主が取りに戻るのを予期して注視していたことなどを考慮しても,「社会通念上、被告人が本件札入れを不法に領得した時点において、客観的にみて、被害者の本件札入れに対する支配力が及んでいたとはたやすく断じ得ない」とした。
そして,札入れは刑法254条にいう遺失物に当たるとして,窃盗罪とした原判決を破棄し,同条を適用して被告人を懲役5月に処した。
同判決は,公衆が自由に出入りできる開店中の店舗であったこと,被害者が別の階へ移動したこと及び札入れだけが約10分間ベンチ上に放置されていたことを重視している。

(3) 盗まれて放置された自転車―千葉地裁平成25年3月6日判決

千葉地方裁判所平成25年3月6日判決(平成24年(わ)第10598号)は,被告人が,氏名不詳者が窃取して路上や公園内等に放置した他人所有の自転車を発見したのに,正規の届出をせず,自己の用途に供する目的で持ち去った行為4件について,いずれも「占有を離れた他人の物を横領した」と認定し,刑法254条を適用した。
同判決は,同種の事案で執行猶予中であった被告人に対し,再度の執行猶予(保護観察付き)を言い渡している。
本記事では,同判決を,窃盗によって所有者の手を離れ,窃取した者も放置した後の自転車が,占有を離れた他人の物として扱われた例と整理する。
もっとも,同判決は罪となるべき事実と法令の適用を示した判決であり,占有が失われた理由を詳しく述べたものではない。

2 持ち主の占有を肯定した例

(1) 看守のいない寺の堂内に安置した仏像―大審院大正3年10月21日判決

大審院大正3年10月21日判決(大正3年(れ)第1821号,大審院刑事判決録20輯1898頁)は,地区(大字)の共有に係る十一面観世音像で,看守のいない寺の堂内に安置されていたものを持ち去った行為について,窃盗罪の成立を認めた。
同判決は,原判決のいう「看守ナキ」は仏像が安置された堂宇に看守がいないという意味であって,仏像が何人の占有にも属さないと判示したものではないとした上で,「人ノ所有物カ何人ノ占有ニモ屬セサル堂宇其他ノ場所ニ存在スル場合ト雖モ所有者カ之ヲ遺棄シ又ハ遺失シタルニアラスシテ其存在ヲ意識シ特ニ之ヲ其場所ニ置キタルモノナルトキハ其物ハ常ニ所有者ノ占有ニ屬スルモノト認メ得ヘキ」と述べている。
置き忘れた物とは異なり,所有者が存在を意識して特にその場所に置いた物については,所有者がその場にいなくても占有が認められることを示した例である。

(2) 落とした場所を指示して引揚げを依頼した場合―最高裁昭和32年1月24日決定

最高裁判所第一小法廷昭和32年1月24日決定(昭和30年(あ)第4090号,刑集11巻1号270頁)は,窃盗被告事件の上告を棄却した決定である。
同決定は,原判決の「海中に取り落した物件については、落主の意に基づきこれを引揚げようとする者が、その落下場所の大体の位置を指示し、その引揚方を人に依頼した結果、該物件がその附近で発見されたときは、依頼者は、その物件に対し管理支配意思と支配可能な状態とを有するものといえるから、依頼者は、その物件の現実の握持なく、現物を見ておらず且つその物件を監視していなくとも、所持すなわち事実上の支配管理を有するものと解すべき」旨の判示を正当とした。
この判示は,上告趣意が上告理由に当たらないとした後に,括弧書きで原判決の判示を「正当である」としたものであり,最高裁判所自身が独自の文言で判断基準を示したものではないので,引用するときは,原判決の判示を最高裁判所が是認したものとして示すのが正確である。

(3) 専用の風呂場に置いた免許証入れ―名古屋高裁金沢支部昭和45年3月10日判決

名古屋高等裁判所金沢支部昭和45年3月10日判決(昭和44年(う)第141号,刑事裁判月報2巻3号204頁)の事案では,持ち主は,一般公衆の出入りに供していない作業班専用の敷地内にあり,飯場に住む10名以内の特定の者だけが使う風呂場の柱とベニヤ板の間に,現金等の入った免許証入れを差し挟んだまま寝室に戻って就寝し,数時間後に置いてきたことに気付いた。
同判決は,所有者が物の存在を一時失念していたとしても,「その物に対する支配力を推及するに相当な場所的時間的範囲内にあり、且つ所有者の支配意思が明確にみとめられるものは占有を離脱したものとはいえない。」とし,免許証入れに対する持ち主の占有は継続していたとして,窃盗罪を認めた原判決を維持した。
数時間が経過していても,限られた者しか出入りしない閉じた場所であったことが,占有の継続を認める方向に働いた例である。

(4) 駅の窓口に置き忘れた財布―東京高裁昭和54年4月12日判決

東京高等裁判所昭和54年4月12日判決(昭和53年(う)第2657号,判例時報938号133頁)の事案では,被害者は,東京駅の新幹線の乗換出札所の特急券の窓口で財布から1万円札を出して特急券を買い,すぐに約15,6メートル離れた乗車券の窓口へ行き,約1,2分後に財布を特急券の窓口のカウンターに置き忘れたことに気付いたが,財布は既に持ち去られていた。
同判決は,財布は,被害者の「目が届き、その支配力を推し及ぼすについて相当な場所的区域内にあったものと認められる」から,依然として被害者の実力的支配のうちにあったとして,占有離脱物横領罪にとどまるとの主張を退け,窃盗罪を認めた原判決を維持した。
同判決は,被告人が5,6メートル離れた地点から被害者が財布を置いて立ち去る一部始終を見ていて,被害者が離れるや直ちに財布を手にしたことから,被告人は持ち主の占有が継続していることを知りながら財布を持ち去ったものとして,窃盗の故意も認めている。

(5) 公道に落とした財布―千葉地裁平成29年6月29日判決

千葉地方裁判所平成29年6月29日判決(平成29年(わ)第86号)の事案では,被害者は,駐車場に車を止めて駅へ向かう途中,公道で鞄から手袋を取り出そうとして財布を落とし,気付かないまま駅へ向かった。
被告人は,被害者が財布を落としてから約62秒後に,自転車で通り掛かって財布を拾い,持ち去った。
同判決は,所持者が一時的に物の存在を失念し,これを遺留したまま現場を立ち去ったとしても,直ちに占有が失われると解するのは相当ではなく,「物の現実の所持の回復可能性がある場合には,なお占有が継続すると解するのが相当である」とし,①遺留から領得までの時間(時間的近接性),②領得の時点における物と遺留者との距離(場所的近接性),③遺留場所に対する遺留者の認識等を考慮して判断すべきであるとした。
その上で,約62秒という時間的近接性が認められること,被告人に有利に推認した約93メートルの距離も駆け足で戻れば1分以内に戻れる程度であって場所的近接性がないとは言えないこと,被害者が約5分後には現場付近に戻って財布を探しており落とした場所の見当が付いていたことから,被害者の占有が継続していたとして窃盗罪を認めた。
同判決は,弁護人が援用した前記(1)の仙台高裁昭和30年4月26日判決について,持ち去りまで既に約30分が経過しており,持ち主が酩酊のため自転車の存在も所在も分からなくなっていた事案であるとして,事案が異なるとしている。
また,「置き忘れ」と「落とし物」の両類型を截然と区別することはできないのではないかという疑問を示して,落とし物は原則として遺失物横領になるという趣旨の弁護人の主張を退けている。

第6 施設の管理者の占有と遺失物法

1 施設の管理者の占有を認めた例

(1) ゴルフ場の人工池のロストボール―最高裁昭和62年4月10日決定

最高裁判所第三小法廷昭和62年4月10日決定(昭和61年(あ)第1514号,刑集41巻3号221頁)は,ゴルファーが誤ってゴルフ場内の人工池に打ち込んで放置したロストボールを,池の底から持ち去った行為について,ゴルフ場側が早晩その回収,再利用を予定していたという事実関係の下では,ボールはゴルフ場側の所有に帰していたとした。
その上で,同決定は,「ゴルフ場の管理者においてこれを占有していたものというべきであるから、これが窃盗罪の客体になるとした原判断は、正当である。」と判示した。
ゴルファーの手を離れた物でも,ゴルフ場側の所有に帰し,その管理者の占有が認められれば,窃盗罪の客体になることを示した最高裁判所の判断である。

(2) スーパーマーケットのセルフレジに置き忘れた財布―東京高裁令和4年7月12日判決

東京高等裁判所令和4年7月12日判決(令和4年(う)第231号,高等裁判所刑事裁判速報集令和4年192頁)は,客がスーパーマーケットのセルフレジのパネルのすぐ手前に置き忘れた財布について,店舗の店長によって管理,占有されていたと認定した原判決の判断に誤りはないとした。
同判決は,セルフレジは他の場所と一定程度区切られ,店員が待機して補助的に操作することも予定されており,有人レジと同じような店舗側の管理が及んでいたこと,レジスペースは代金の決済や金銭管理という重要な機能を営む場所であることを指摘した。
その上で,「顧客がレジに財布を置き忘れた場合、現にその存在が店舗関係者に認識されていなくとも、レジに置き忘れられた時点で、店舗側に、これに対する管理意思が発生し、その占有下に入ると考えるのが相当である。」と判示した。
店長が「忘れ物等が従業員の手に渡った段階で初めて店舗側の管理下に移り、管理責任が生じると考えている」旨供述していた点についても,同判決は,民事上の賠償責任に関する過失について述べたものであるとして,判断を左右しないとしている。

(3) バスの営業所に置き忘れた靴―高松高裁昭和25年6月2日判決

高松高等裁判所昭和25年6月2日判決(高等裁判所刑事判決特報11号204頁)の事案では,バスの停留所に置き忘れられた靴が,バス会社の営業所内のごみ箱の上に置かれており,営業所の小使から「此の靴はあなたのですか」と尋ねられた被告人が,自分の靴だと答えて持ち去った。
同判決は,持ち主が靴を置き忘れたことによって靴が持ち主の占有から離脱したとしても,「同靴の占有は同営業所管理人にあつたものと言うべきで、占有離脱物を以つて目することは出来ない。」として,窃盗罪を認めた。

(4) 持ち主の占有と重ねて管理者の占有を認めた例

前記第5の2(3)の名古屋高裁金沢支部昭和45年3月10日判決は,仮に免許証入れが床に落ちて持ち主の占有から離脱したとしても,風呂場は公衆一般の出入りに供していない建造物であり,管理者がこれを排他的に支配していたから,管理者において「そのなかにある個々の物の存在を認識していなくとも、これを事実的に支配していると認めるのが相当であり」,免許証入れは少なくとも管理者の占有下にあったとしている。

2 列車内の遺留品―大審院大正15年11月2日判決

(1) 事案と判断

大審院大正15年11月2日判決(大正15年(れ)第1498号,大審院刑事判例集5巻11号491頁)の事案では,駅に連結手として勤務していた被告人が,駅に停車中の列車の三等客車内で,氏名不詳の乗客が遺留した毛布1枚を不正に領得した。
原判決は,毛布は列車に乗務する鉄道係員の保管に係るものとして窃盗罪を認めたが,同判決は,「鐵道列車内ニ遺留セル乘客ノ携帶品ハ法律上當然ニ乘務鐵道係員ノ保管ニ係ルヘキモノト論斷スヘキ理據ナキ」とした。
さらに,当時の遺失物法10条によれば,乗務する鉄道係員は列車の管守者として列車内の遺失物の交付を受ける権能を有するにとどまり,「其ノ物ニ關シ當然占有者タルヘキモノニ非ス」として,毛布は遺失物に当たり,被告人の行為は刑法254条の遺失物横領罪を構成するとし,原判決を破棄した。

(2) 同判決の位置付け

同判決は,列車という施設内の置き忘れ品について,乗務する係員の占有を否定したものであり,前記1の各例とは結論が逆である。
もっとも,同判決は,管守者のある船車,建築物その他公衆の通行を禁じた構内で拾得した物件を管守者に交付させる当時の遺失物法10条の規定を,理由の一つとしている。
現行の遺失物法(平成18年法律第73号)は,後記3のとおり「施設」と「施設占有者」の定めを置いており,本記事の調査範囲では,現行法の下で列車内の置き忘れ品について鉄道事業者側の占有を判断した裁判例は確認できなかった。
列車内の置き忘れ品について,現在の裁判所が同判決と同じ結論をとるかどうかは,個別の事情に即して検討する必要があると考えられる。

3 遺失物法の定めとの関係

(1) 遺失物法の定め

遺失物法2条5項は,「施設」を「建築物その他の施設(車両、船舶、航空機その他の移動施設を含む。)であって、その管理に当たる者が常駐するもの」と定義し,同条6項は,施設の占有者を「施設占有者」としている。
同法4条2項は,施設において物件の拾得をした拾得者(施設占有者を除く)は,速やかに,その物件を施設占有者に交付しなければならないと定める。
交付を受けた施設占有者は,速やかに,その物件を遺失者に返還し,又は警察署長に提出しなければならない(同法13条1項)。

(2) 遺失物法上の施設占有者と刑法上の占有

解釈運用基準は,「施設の占有者」を施設を自己のためにする意思を持って事実上支配していると認められる者とし,「例えば、駅や鉄道車両であれば鉄道事業者、商店であれば商店主が施設占有者に該当する。他方で、商店の従業者たる店長や鉄道の駅長は、占有代理人(民法第181条参照)に過ぎず、自己のためにする意思がないことから、施設占有者には該当しない。」としている。
これに対し,前記1(2)の東京高裁令和4年7月12日判決は,セルフレジに置き忘れられた財布が店長によって管理,占有されていたと認定した原判決の判断を是認している。
本記事では,遺失物法上の施設占有者は拾得物の交付先等を定めるための概念であり,刑法上の占有が誰にあるかは,これとは別に,施設の管理の状況や物の置かれた場所等の具体的事情から判断されていると整理する。

第7 占有が続いているかを判断するときの事情

1 裁判例の比較

(1) 持ち主の占有が問題となった例

裁判例物と場所持ち主の状況時間・距離結論
大審院大正3年10月21日判決看守のいない寺の堂内に安置した仏像存在を意識して特にその場所に置いていた記載なし所有者の占有を認めた(窃盗罪)
仙台高裁昭和30年4月26日判決酩酊して路上に放置した自転車知人方へ移動し,自転車のことも所在も分からなくなっていた約110メートル占有を離れていた(占有離脱物横領罪)
最高裁昭和32年1月24日決定海中に取り落とした物件落下場所の大体の位置を指示して引揚げを依頼した記載なし依頼者に事実上の支配管理がある(原判決の判示を是認)
最高裁昭和32年11月8日判決バスを待つ行列の身辺に置いた写真機行列の移動につれて改札口の方へ進み,置き忘れに気付いて直ちに引き返した約5分,約19.58メートル占有を離脱していない(窃盗罪)
名古屋高裁金沢支部昭和45年3月10日判決作業班専用の風呂場に差し挟んだ免許証入れ寝室に戻って就寝し,数時間後に気付いた数時間占有は継続していた(窃盗罪)
東京高裁昭和54年4月12日判決駅の特急券の窓口のカウンターに置いた財布約15,6メートル先の乗車券の窓口で気付いた約1,2分占有を離脱していない(窃盗罪)
東京高裁平成3年4月1日判決大規模スーパーマーケット6階のベンチに置いた札入れ地下1階へ移動し,約10分余り後に気付いて引き返した約10分,別の階占有は認め難い(遺失物等横領罪)
最高裁平成16年8月25日決定公園のベンチ上に置いたポシェット置き忘れに気付かないまま駅の方へ歩いていた領得の時点で約27m(気付いたのは約200m先)占有はなお失われていない(窃盗罪)
千葉地裁平成25年3月6日判決盗まれて路上等に放置された自転車窃取した者も放置していた記載なし占有を離れた他人の物(刑法254条)
千葉地裁平成29年6月29日判決公道に落とした財布気付かないまま駅へ向かい,約5分後に戻って探した約62秒,約93メートル占有は継続していた(窃盗罪)

(2) 施設の管理者等の占有が問題となった例

裁判例物と場所管理の状況結論
大審院大正15年11月2日判決停車中の列車の客車内に乗客が遺留した毛布乗務する鉄道係員は遺失物の交付を受ける権能を有するにとどまるとされた係員の占有を否定(遺失物横領罪)
高松高裁昭和25年6月2日判決バスの営業所内のごみ箱の上の靴営業所の小使が持ち主を尋ねていた営業所管理人の占有(窃盗罪)
名古屋高裁金沢支部昭和45年3月10日判決公衆の出入りに供していない風呂場の免許証入れ管理者が風呂場を排他的に支配していた少なくとも管理者の占有(窃盗罪)
最高裁昭和62年4月10日決定ゴルフ場の人工池に沈んだロストボールゴルフ場側が回収,再利用を予定していたゴルフ場の管理者の占有(窃盗罪)
東京高裁令和4年7月12日判決スーパーマーケットのセルフレジに置き忘れた財布店員が待機し,有人レジと同じような管理が及んでいた店長の管理・占有(窃盗罪)

(3) 比較から分かること

占有の有無を判断した最高裁判所の判決・決定は,本記事の調査範囲では,いずれも持ち主側又は管理者の占有を肯定したものであり,置き忘れた物の占有を否定したものは確認できなかった。
他方,下級審と大審院には,持ち主が別の階へ移動して約10分が経過した場合(東京高裁平成3年4月1日判決),酩酊して物の所在も分からなくなった場合(仙台高裁昭和30年4月26日判決)及び列車内に遺留された場合(大審院大正15年11月2日判決)に,占有を否定した例がある。
占有を肯定した例では,持ち去りの時点で持ち主がまだ近くにいて直ちに戻れる状態であったこと,所有者が物の存在を意識して特にその場所に置いていたこと,又は物が限られた者しか出入りしない場所や管理者の管理が及ぶ場所にあったことのいずれかが認められている。
否定した例では,持ち主が物から離れて直ちには戻れない状態になり,又は物の所在も分からなくなっており,公衆が出入りできる場所に物だけが残されていたことが共通していると考えられる。

2 確認する事情

(1) 占有の判断に関わる事実

これらの裁判例から,本記事では,持ち去りの時点で占有が続いていたかを判断するときに,次の事情を確認することとする。
①物の種類・形状と置かれ方(持ち主の所持品と分かる状態であったか)
②場所の性質(公園,行列,路上,店舗の売場,レジ,関係者専用の場所等)と人の往来
③持ち主が物から離れた時間と距離(持ち去りの時点で測る。別の階への移動や乗り物への乗車等,戻ることを妨げる事情を含む)
④持ち主が物の所在を把握していたか,置き忘れに気付いていなかったか,落とした場所の見当が付いていたか
⑤落下場所を指示した回収の依頼その他の回収の手配があったか
⑥施設の管理者等,持ち主以外の者の管理が及んでいたか(レジ,関係者専用の場所,回収を予定した場所等)
⑦持ち去った者が,持ち主のいる物だと認識できる状況であったか
最高裁昭和32年11月8日判決がいうとおり,これらは社会通念によって判断されるものであり,一つの事情だけで結論が決まるものではない。

(2) 占有の主体や放棄が問題となる場面

物を管理していた者が誰かによって罪名が変わる例として,会社の物品を社員が処分した場合に社員自身がその物を占有していたか(業務上横領か窃盗か)は,社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別で扱っている。
持ち主が不要物として捨てた物の占有の放棄と捜査機関による領置は,捨てたごみ・紙コップを警察が押収してDNA型鑑定できるか―領置,任意提出及び令状主義で扱っている。

第8 拾った物を届け出る義務と届け出た人の権利

1 拾得者の返還・提出の義務

(1) 遺失物法4条

遺失物法4条1項は,「拾得者は、速やかに、拾得をした物件を遺失者に返還し、又は警察署長に提出しなければならない。」と定める。
法令により所持が禁止されている物や犯罪の犯人が占有していたと認められる物件は,速やかに警察署長に提出しなければならない(同項ただし書)。
施設内で拾った場合は,前記第6の3のとおり,施設占有者に交付する(同条2項)。

(2) 「物件」と「拾得」の意味

同法2条1項は,同法の「物件」に,遺失物及び埋蔵物のほか,誤って占有した他人の物,他人の置き去った物及び逸走した家畜(準遺失物)を含めている。
同条2項は,「拾得」を「物件の占有を始めること」と定義し,埋蔵物及び他人の置き去った物については,これを発見することとしている。

2 報労金と所有権の取得

(1) 報労金

遺失物法28条1項は,物件の返還を受ける遺失者は,物件の価格の「百分の五以上百分の二十以下に相当する額の報労金」を拾得者に支払わなければならないと定める。
施設占有者が交付を受けた物件の場合は,拾得者と施設占有者に,それぞれその2分の1の額を支払う(同条2項)。

(2) 所有権の取得と取得できない物

民法240条は,「遺失物は、遺失物法(平成十八年法律第七十三号)の定めるところに従い公告をした後三箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。」と定める。
ただし,法令の規定によりその所持が禁止されている物(1号),個人の身分若しくは地位又は個人の一身に専属する権利を証する文書等(2号),個人の秘密に属する事項が記録された文書等(3号),遺失者又はその関係者と認められる個人の住所又は連絡先が記録された文書等(4号)及び個人情報データベース等が記録された文書等(5号)は,所有権を取得することができない(遺失物法35条)。
2号から5号までの物件は,公告後3か月以内に遺失者が判明しないとき等には,警察署長が速やかに廃棄しなければならない(同法37条2項)。

(3) スマートフォンを拾った場合

解釈運用基準は,遺失物法35条4号の「遺失者又はその関係者と認められる個人の住所又は連絡先が記録された文書、図画又は電磁的記録」について,「例えば、携帯電話、住所録、電子手帳、同窓会名簿等をいう。」としている。
したがって,拾ったスマートフォンを警察署長に提出し,遺失者が判明しなかったとしても,拾得者は原則としてその所有権を取得することができない。
もっとも,解釈運用基準は,同条2号から5号までの物に当たるかは物件の内容を個別に判断するとした上で,記録された部分を他の部分から容易に分離できない物件について,拾得者が引渡しを希望し,消去ツール等で記録を確実に消去でき,消去を確認できるときは,同法37条2項の「廃棄」として記録を消去し,拾得者に引き渡すことが望ましいとしている。
また,解釈運用基準は,物件を遺失者に返還するために必要な範囲内で,携帯電話に記録された電話番号等を確認することができるとしている。

3 届出をしなかった場合に失う権利

遺失物法34条は,拾得した物件を横領したことにより処罰された者(1号),拾得の日から1週間以内に同法4条1項の規定による提出をしなかった拾得者(2号。施設内で拾得した拾得者等を除く),施設内で拾得した時から24時間以内に施設占有者へ交付しなかった拾得者(3号)等は,費用及び報労金を請求する権利並びに所有権を取得する権利を失うと定める。
拾った物を届け出ずに手元に置いておくと,遺失物等横領罪が問題となり得るだけでなく,拾得の日から1週間を過ぎれば,拾得者として得られたはずの権利も失う。

第9 当事者ごとの確認事項

1 置き忘れた物を持ち去られた人

(1) 記録しておく事実

占有が続いていたかどうかは,前記第7の事情によって判断されるので,次の事実をできるだけ早く記録しておくことが考えられる。
①物を置いた場所と時刻
②その場を離れた時刻と,その後の経路(別の階や乗り物に移ったか)
③置き忘れに気付いた時刻と場所
④元の場所へ戻った時刻
⑤周囲の防犯カメラ,目撃者及び施設の管理者
⑥物の特徴と中身

(2) 施設内で置き忘れた場合

施設内で置き忘れた場合,拾った人が遺失物法4条2項に従って施設占有者に交付していることがあるので,まず施設の管理者に届出の有無を確認することが考えられる。
施設占有者は,交付を受けた物件を遺失者に返還するか警察署長に提出することになっている(同法13条1項)。

2 持ち帰ってしまった人と弁護人

(1) 速やかな返還又は提出

置き忘れられた物を持ち帰ってしまったときは,速やかに持ち主に返還し,又は警察署長に提出することが考えられる。
遺失物等を拾得した者については,遺失物法4条1項がこれを義務として定めている(前記第8の1)。
持ち帰った時点で既に窃盗罪又は遺失物等横領罪が成立しているかどうかは,前記第3から第7までの判断によるものであり,その後の返還又は提出は,既に成立した犯罪の有無を左右する事情ではないと考えられる。

(2) 占有と認識を確かめる事実

罪名を検討するときは,①持ち主が物から離れた時間と距離を持ち去りの時点で特定し,②場所の性質と周囲の状況(施設の管理が及ぶ場所か)を確認し,③持ち主の所持品と分かる状態であったか,④本人が持ち主のいない物だと思った具体的な事情があるかを,防犯カメラの映像や現場の図面で確かめることになる。
最高裁昭和32年11月8日判決では,遺失物と思ったという弁解が,所持品であることが明らかに認識し得る状況であったとして信用されなかったので,弁解だけでなく,その根拠となる客観的な状況を示すことが重要になると考えられる。
東京高裁平成3年4月1日判決のように,持ち主が物の場所を明確に記憶していても占有が否定された例もあるので,持ち主の記憶だけでなく,持ち去りの時点での客観的な状況を確かめることになる。

(3) 窃取の事実そのものが争われる場合

置き忘れの事案では,占有の有無とは別に,窃取の事実そのものが証拠から認められるかが争われることもある。
最高裁判所第二小法廷平成29年3月10日判決(平成27年(あ)第63号,集刑321号1頁)は,銀行の記帳台の上に置かれた封筒の中の現金を窃取したとされた事件について,封筒内に現金が在中していたとの事実を動かし難い前提として被告人による窃取を認定した第1審判決及び原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理で是認できないとし,両判決を破棄して被告人を無罪とした。
同判決は,被告人側の上告があり,最高裁が被告人に有利に原判決を破棄した刑事判決56件(平成元年以降)にも掲載している。

第10 出典

1 法令

① e-Gov法令検索・刑法(38条,235条,254条)
② e-Gov法令検索・刑事訴訟法(250条)
③ e-Gov法令検索・遺失物法(2条,4条,13条,28条,34条,35条,37条)
④ e-Gov法令検索・民法(240条)

2 裁判例

① 大審院大正3年10月21日判決・大正3年(れ)第1821号・大審院刑事判決録20輯1898頁(裁判所HP未掲載。判例秘書に収録された紙面で確認)
② 大審院大正15年11月2日判決・大正15年(れ)第1498号・大審院刑事判例集5巻11号491頁(裁判所HP未掲載。判例秘書に収録された紙面で確認)
③ 高松高裁昭和25年6月2日判決・高等裁判所刑事判決特報11号204頁(裁判所HP未掲載。判例秘書L00520577で確認)
④ 仙台高裁昭和30年4月26日判決・昭和30年(う)第23号・高刑集8巻3号423頁
⑤ 最高裁昭和32年1月24日第一小法廷決定・昭和30年(あ)第4090号・刑集11巻1号270頁
⑥ 最高裁昭和32年11月8日第二小法廷判決・昭和32年(あ)第2125号・刑集11巻12号3061頁
⑦ 名古屋高裁金沢支部昭和45年3月10日判決・昭和44年(う)第141号・刑事裁判月報2巻3号204頁(裁判所HP未掲載。判例秘書L02520129で確認)
⑧ 東京高裁昭和54年4月12日判決・昭和53年(う)第2657号・判例時報938号133頁(裁判所HP未掲載。判例秘書L03420199で確認)
⑨ 最高裁昭和62年4月10日第三小法廷決定・昭和61年(あ)第1514号・刑集41巻3号221頁
⑩ 東京高裁平成3年4月1日判決・平成2年(う)第1423号・判例時報1400号128頁(裁判所HP未掲載。判例秘書L04620120で確認)
⑪ 最高裁平成16年8月25日第三小法廷決定・平成16年(あ)第882号・刑集58巻6号515頁
⑫ 千葉地裁平成25年3月6日判決・平成24年(わ)第10598号
⑬ 最高裁平成29年3月10日第二小法廷判決・平成27年(あ)第63号・集刑321号1頁
⑭ 千葉地裁平成29年6月29日判決・平成29年(わ)第86号(裁判所HP未掲載。判例秘書L07251042で確認)
⑮ 東京高裁令和4年7月12日判決・令和4年(う)第231号・高等裁判所刑事裁判速報集令和4年192頁(裁判所HP未掲載。判例秘書L07720728で確認)

3 行政資料

① 警察庁「遺失物法等の解釈運用基準について(通達)」・令和5年12月22日警察庁丙会発第110号