第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,社員が会社の物品(在庫品,原材料,工具,貴金属等)を無断で持ち出して買取業者等に売却した場合に,会社が物そのものを取り戻せるかを整理するものである。
社員本人に対する損害賠償請求の範囲や,給料からの天引きの可否は,社員のミスやAIの使いすぎで会社が損害を受けたとき,本人に請求できるか―茨石事件・福山通運事件と労働基準法16条・24条で扱っているので,本記事は物の取戻しに絞る。
基準日は令和8年9月18日であり,法令は同日にe-Gov法令検索で確認した現行条文による。
2 結論
①社員の行為が窃盗に当たり,その物が「盗品」であれば,会社は,買い受けた者が善意無過失であっても,盗難の時から2年間は現に占有する者に回復を請求できる(民法193条)。
②買い受けたのが古物商であれば,盗難の時から1年間は,代価を弁償せずに回復を求めることができる(古物営業法20条)。
③社員が自ら占有していた物を処分した業務上横領に当たる場合は,その物は一般に「盗品」には当たらないと解されており,買い受けた者が善意無過失であれば即時取得(民法192条)が成立して,取り戻せなくなる。
④したがって,窃盗と業務上横領のどちらに当たるか,つまり社員がその物を「占有」していたかが,民事の取戻しの結論を大きく左右する。
⑤買取業者が精錬・加工・転売をした後は,物そのものの取戻しは難しくなるので,売却先の記録の保全と警察への相談を急ぐ必要がある。
第2 即時取得と盗品の特則の関係
1 原則としての即時取得
民法192条は,「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」と定める。
売主に処分の権限がなくても,買主がそのことを知らず,知らないことに過失もなければ,買主が権利を取得するのが原則である。
2 盗品・遺失物の特則(民法193条)
民法193条は,「前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。」と定める。
盗品と遺失物については,即時取得の要件を満たす買主に対しても,被害者は2年間は回復を請求できる。
請求の相手方は,同条の「占有者」である。民法192条によって権利を取得した者と,193条に基づく回復請求時の占有者とは常に同一とは限らず,直接占有と間接占有も区別する必要がある(第2の7)。
2年の期間は,転売のたびに数え直すのではなく,盗難の時から数える。
3 代価の弁償(民法194条)
民法194条は,「占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。」と定める。
転得者が,盗品を買い取った業者からさらに善意で買い受けた場合は,その業者が「その物と同種の物を販売する商人」に当たり,会社は代価を弁償しなければ取り戻せない可能性がある。
最高裁平成12年6月27日第三小法廷判決(平成10年(受)第128号,民集54巻5号1737頁)は,同条により盗品の引渡しを拒むことができる占有者は,代価の弁償の提供があるまで盗品の使用収益権を有するとし,被害者が代価を弁償して盗品を回復することを選択して引渡しを受けたときは,占有者は返還後に代価の弁償を請求できるとした。
4 古物商についての特則(古物営業法20条)
古物営業法20条は,「古物商が買い受け、又は交換した古物…のうちに盗品又は遺失物があつた場合においては、その古物商が当該盗品又は遺失物を公の市場において又は同種の物を取り扱う営業者から善意で譲り受けた場合においても、被害者又は遺失主は、古物商に対し、これを無償で回復することを求めることができる。ただし、盗難又は遺失の時から一年を経過した後においては、この限りでない。」と定める。
古物商に対しては,盗難の時から1年間は,民法194条の代価の弁償をせずに回復を求めることができる。
1年を過ぎて2年以内であれば,民法193条・194条の原則に戻る。
なお,同条が適用されるのは,買い受けた物が「古物」に当たる場合である。未使用品・原材料・化学薬品等の限界については個別検討を要し,本記事では結論を出していない。
5 古物商が個人から直接買い取った場合
民法194条が代価の弁償を求めるのは,占有者が「競売若しくは公の市場において,又はその物と同種の物を販売する商人から」善意で買い受けた場合である。
我妻榮ほか「我妻・有泉コンメンタール民法〔第8版〕総則・物権・債権」(日本評論社,2022年)426頁は,「競売若しくは公の市場」は広く解し,公設の市場に限らず広く一般の店舗の意味と解してよいとし,「商人」は店舗を有しないで同種の物を販売する行商人等を指すとしている。
また,同書426頁は,同条は売買にだけ適用があり,占有者が贈与を受けた場合等には適用されないとしている。
社員個人から古物商が自らの店舗で直接買い取った場合に,古物商が「公の市場において」買い受けたといえるかは,同条の文言上はっきりせず,これを正面から判断した裁判例は,今回の調査(判例秘書,弁護士ドットコムライブラリー)では見当たらなかった。
同条が適用されない場合は,古物営業法20条の1年の期間を過ぎても,盗難の時から2年以内であれば,民法193条により代価の弁償なしに回復を請求できることになる。
他方,同条が適用される場合は,1年を過ぎた後は代価の弁償が必要になるので,会社としては,盗難の時から1年以内に古物営業法20条による回復を求めるのが確実である。
6 回復期間中の所有権
盗品の回復期間中の所有権の帰属について,今村与一ほか「新プリメール民法2 物権・担保物権法〔第2版〕」(法律文化社,2022年)90頁は,判例は,目的物の所有権は原所有者にとどまり,2年間に回復請求を受けない場合にはじめて即時取得が成立し占有者が権利を取得すると解している(原所有者帰属説)とし,大審院大正10年7月8日判決(民録27輯1373頁,裁判所HP未掲載)と前記の最高裁平成12年6月27日判決を挙げている。
同書90頁は,学説の多数説は,占有者が即時取得によって直ちに所有権を取得し,被害者は2年間その回復を請求できるにすぎないとしている(占有者帰属説)ことも紹介している。
判例の立場に立てば,2年の期間中は会社がなお所有者であることになる。
なお,大審院大正10年7月8日判決の原文は確認できておらず,ここでの説明は同書によるものである。
7 民法192条と193条の「占有者」
民法192条は,取引行為によって「占有を始めた者」の権利取得を定めるのに対し,193条は,被害者等が回復を求める時点の「占有者」に対する請求を定める。したがって,最初の買主から転売され,又は第三者に保管が委託された場合には,192条の取得者と193条の相手方を分けて検討しなければならない。
また,占有には,自ら物を所持する直接占有だけでなく,倉庫業者等を通じて物を支配する間接占有もある。訴訟では,現に保管している者だけを形式的に被告とするのではなく,誰が返還義務を負い,誰が引渡しを実現できるかを,保管契約,指図権,倉庫証券,転売契約等から確かめる必要がある。
転売後の取戻しでは,①各取得者について即時取得の成否を時系列で整理し,②回復請求時の直接占有者・間接占有者を特定し,③請求の相手方と引渡方法を決める。
8 回復までの使用利益
物を回復できることと,回復までの使用利益又は賃料相当額を当然に請求できることは別問題である。回復期間中の所有権については前記の二つの考え方があり,誰がいつから使用利益を負担するかは,その立場と占有者の善意・悪意によって変わり得る。
原所有者帰属説を前提に占有者と所有者との関係を民法189条・190条で処理する場合,善意の占有者は占有物から生ずる果実を取得し,悪意の占有者は果実を返還し,又は過失によって損傷・収取できなかった果実を償還する。同法189条2項により,本権の訴えで敗訴した善意の占有者は,訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされるが,事実上の悪意がそれ以前に生じたかは別途証拠で判断される。
さらに,最高裁平成12年6月27日判決は,民法194条により代価弁償まで引渡しを拒める占有者に,弁償の提供までの使用収益権を認めた。したがって,盗品を取り戻せる事案でも,取得時から返還時までの使用料相当額を一律に請求できるわけではない。少なくとも,①取得から権利者の通知まで,②通知から訴え提起まで,③訴え提起から代価弁償の提供又は返還までを分け,民法189条・190条,194条,703条・704条及び不法行為の各要件を検討する必要がある。
第3 窃盗か業務上横領か
1 「盗品」の範囲
前記の新プリメール民法2〔第2版〕89頁は,盗品とは,窃盗又は強盗によって占有者の意思に反して占有を剥奪された物をいい,遺失物とは,占有者の意思によらずに窃盗・強盗以外の方法でその占有を離れた物をいうとしている。
この定義によれば,詐欺によって被害者の意思に基づいて交付させた物や,もともと相手方が占有していた物を処分された場合(横領)は,盗品に当たらない。
後記の東京地裁令和元年5月13日判決も,管理者を欺いてその意思に基づき占有を取得した物について,詐欺に当たるとして民法193条の「盗品」に該当しないと判断している。
したがって,社員の行為が窃盗か業務上横領か(又は詐欺か)によって,民法193条及び古物営業法20条を使えるかどうかが変わる。
2 刑法上の区別
刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
刑法253条は,「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
両者を分けるのは,社員がその物を「占有」していたかどうかである。
社員が職務として物の保管・管理を任されていた場合は業務上横領となり,物の管理者が別にいて,社員は作業のために手に取ることができたにすぎない場合は,窃盗となり得る。
3 造幣局の金塊・金貨の事案
造幣局の職員が,博物館の収蔵品である金塊や金貨等を持ち出して質店に質入れした事案について,民事の判決が2件ある。
いずれも判例秘書で判文を確認したものであり,裁判所HPには掲載されていない。
さいたま地裁平成31年2月1日判決(平成29年(ワ)第151号,同第1672号,判例秘書L07450162)は,質店が質権の即時取得と流質による所有権取得を主張した事案で,即時取得の成否を論ずる前に,金塊が盗品に当たるかを検討した。
同判決は,収蔵品の管理者は支局の総務課長であり,職員(専門官)は総務課長の事務を補佐する立場にとどまって,独立して固定資産の管理権限を有していなかったと認定した。
その上で,職員は虚偽の貸出しを理由として博物館の担当職員に金塊を取り出させて持ち出しており,何ら適法な占有権限が与えられていないから,管理者からその意思に反して金塊の占有を奪取したものであるとして,民法193条の「盗品」に当たると判断し,造幣局の所有権を確認した。
質店は,造幣局の管理体制がずさんであったから盗品に当たらないとも主張したが,同判決はこれも退けている。
東京地裁令和元年5月13日判決(平成29年(ワ)第8501号ほか,判例秘書L07430508)は,別の質店に質入れされた金貨等について,その大半を民法193条の「盗品」に当たるとして造幣局への引渡しを命じた。
他方で,職員が別の支局の総務課長に虚偽の依頼をして発送させて受け取った記念金メダル等については,管理者を欺罔してその意思に基づき占有を取得したものであって詐欺に当たるから盗品に当たらないとし,質店に過失はないとして,質店が所有権を取得したと判断した。
同判決は,権利者に一定の過失があるからといって直ちに民法193条の適用が排除されるものではないとし,大審院大正15年3月5日判決(民集5巻2号112頁)を参照している。
同じ職員による持出しでも,管理者の意思に反して占有を奪ったか,管理者を欺いてその意思に基づき占有を移転させたかによって,結論が分かれた例である。
4 会社が整理しておくべき事実
窃盗か業務上横領かは,次のような事実から判断される。
①保管場所の鍵を誰が持っていたか
②受払簿や在庫台帳を誰が記入していたか
③物の管理責任者(例えば,毒物劇物取扱責任者)が誰か
④社員の職務の内容が,物の保管・管理か,作業での使用か
⑤社員が物を持ち出すのに,他人の管理を排除する行為(無断の開錠,記録の改ざん等)があったか
これらは刑事の告訴だけでなく,民事で物を取り戻せるかどうかにも直結するので,発覚直後に記録を確保しておく。
第4 業務上横領に当たる場合
1 即時取得の成否が争点になる
業務上横領に当たる場合は,民法193条も古物営業法20条も使えないので,会社が物を取り戻すには,買い受けた業者について即時取得が成立しないこと,つまり業者に悪意又は過失があったことを会社が示す必要がある。
即時取得が成立しなければ,会社は所有権を失っていないので,所有権に基づいて返還を請求でき,民法193条の2年の期間の制限も受けない。
2 業者の過失を基礎づける事情
買い受けた業者の過失について,裁判例は次のように判断している。
前記の東京地裁令和元年5月13日判決は,詐欺によって取得された記念金メダル等について,質店の過失を否定した。
同判決は,①職員が職業を公務員と申告していたのに,②取引点数が極めて多く,外国の記念貨幣や大判金など一般人が入手しにくい物が多数含まれ,③質店は「父親の物で父親から頼まれている」との説明を聞いており,④受け戻した品を約1か月後にほとんど再度質入れしていたなど,質入権限に疑問を持ち得る事情があったことを認めた。
しかし,質店は契約時に本人確認と身分確認を行っていたこと,警察からの品触れや差止めがなく被害届も出されていなかったこと,質入れと受戻しが繰り返されていたこと等から,質店に過失があるとはいいがたいとした。
業者が本人確認をし,品触れ等もなかった場合には,取引の内容に不自然な点があっても,過失が否定されることがあることを示している。
これに対し,東京地裁令和7年9月30日判決(令和6年(ワ)第22450号,判例秘書L08032337,裁判所HP未掲載)は,リース中の建設機械をリース先の会社が古物商に売却した事案で,古物商の即時取得を否定した。
同判決は,所有権の得喪について公示方法がない建設機械について,業界団体が昭和46年から統一譲渡証明書制度を運用していることなどを認定し,高額な建設機械の売買で売主に所有権を示す資料の提示を求めることは何ら困難を伴わないとして,古物商にはその調査確認をする義務があったとし,売主の口頭の説明や機械に表示された商号だけでは所有権の調査として十分でないとした。
仙台高裁令和2年8月6日判決(令和2年(ネ)第60号,判例時報2477号54頁,金融・商事判例1607号51頁,裁判所HP未掲載)も,所有権留保付きで売買されることが通例の大型建設機械について,買主には売主の所有権取得の経緯等を調査確認する義務があるとし,ほぼ新品の建設機械2台を1億円近い代金で購入するという異例な取引で不自然な点が多いことから,即時取得を否定した。
これらの裁判例に照らすと,業者の過失が認められやすいのは,その物の取引で所有権を確認する方法が業界で確立しているのに,業者がそれを怠った場合である。
工業用の物品が持ち出された事案で会社が業者の過失を主張するには,例えば次のような事情を,業者の取引記録から具体的に示す必要があると考えられる。
①同じ個人が,業務用・工業用の物品を,繰り返し,大量に持ち込んでいた
②売主が申告した職業と,売却された物品の性質が合わない
③未開封の新品が,通常の消費者の保有量を超えて持ち込まれていた
④その物品の取引で通常行われる確認(購入元の書類,事業者であることの確認等)を業者が行っていなかった
3 古物商の不正品の申告義務
古物営業法15条3項は,「古物商は、古物を買い受け、若しくは交換し、又は売却若しくは交換の委託を受けようとする場合において、当該古物について不正品の疑いがあると認めるときは、直ちに、警察官にその旨を申告しなければならない。」と定める。
この義務の違反自体に罰則はないが,公安委員会による営業停止等の対象になり得る(同法24条)。
業者がこの申告をせずに買い取りを続けていた事情は,民事上の過失の判断の一材料になり得る。
第5 物が精錬・加工・転売された場合
1 転売された場合
転売されても民法193条による回復請求はでき,相手方は現に物を持っている転得者になる(第2の2)。
ただし,転得者が買取業者から善意で買い受けた場合は,民法194条により代価の弁償が必要になり得る(第2の3)。
古物営業法20条は,転得者が古物商で,かつ物が古物に当たる場合でなければ使えない。
2 精錬・加工された場合
買取業者が,貴金属を含む物品を分析・精錬して地金にした場合,元の物はもはや存在しない。
民法246条1項は,「他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。」と定め,同法245条は,所有者を異にする物が混和して識別することができなくなった場合に付合の規定(243条・244条)を準用している。
他の顧客から買い取った物と一緒に精錬されて識別できなくなれば混和の問題となり得,これらの規定の適用によって損失を受けた者は,民法248条により,不当利得の規定(703条・704条)に従って償金を請求することができる。
もっとも,盗品が回復期間中に精錬等によって同一性を失った場合に,被害者が加工物について所有権を主張できるか,民法248条の償金をどの範囲で請求できるかを正面から判断した裁判例は,今回の調査(判例秘書,弁護士ドットコムライブラリー)では見当たらなかった。
また,精錬後の地金は他の取引先へ出荷されるのが通常であり,会社の物に由来する部分を特定することは実際には困難である。
この場合の回収は,物の取戻しではなく,社員本人に対する損害賠償請求と,業者に過失があるときの不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が中心になる。
第6 刑事手続との関係
1 警察による手配と保管命令
古物営業法19条1項は,警察本部長等が,必要があると認めるときに,古物商に対して盗品等の品触れを書面により発することができると定め,古物商は,品触れに相当する古物を所持していたとき等は直ちに警察官に届け出なければならない(同条3項)。
同法21条は,古物商が買い受けた古物について盗品等であると疑うに足りる相当な理由がある場合に,警察本部長等が30日以内の期間を定めてその古物の保管を命ずることができると定める。
精錬や転売の前にこれらの措置がとられれば,物が残る可能性が高まるので,持出しが発覚したときは速やかに警察へ相談する。
2 押収された物の被害者還付
警察が物を押収した場合,刑事訴訟法124条1項は,「押収した贓物で留置の必要がないものは、被害者に還付すべき理由が明らかなときに限り、被告事件の終結を待たないで、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、決定でこれを被害者に還付しなければならない。」と定め,同法222条1項により捜査機関の押収にも準用される。
判決においても,押収した贓物で被害者に還付すべき理由が明らかなものは,被害者に還付する言渡しをしなければならず(同法347条1項),贓物の対価として得た物についても,被害者から交付の請求があったときは同様とされる(同条2項)。
「危険を生ずる虞がある押収物は、これを廃棄することができる。」(同法121条2項)とされているが,これは廃棄できるというにとどまり,高価な物で被害者が明らかな場合は,被害者への還付が中心になると考えられる。
被害者に還付されるためには,押収された物が会社の物であることを示す必要があるので,購入記録,ロット番号,在庫台帳等を用意しておく。
前記の東京地裁令和元年5月13日判決の事案では,警察は,刑事事件で起訴されて有罪判決が確定した被疑事実に係る被害品は被害者である造幣局に還付し,起訴されなかった行為に係る金貨等は押収元の質店に還付したものと推認されている。
刑事手続で被害品と扱われなかった物は,被害者ではなく押収元に還付されることがあり,その場合は民事訴訟で権利を争うことになるので,被害の申告は,持ち出された物の全体について,時期と品目を特定して行うことが重要である。
3 盗品等有償譲受け罪
刑法256条2項は,盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を有償で譲り受けた者等を,「十年以下の拘禁刑及び五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
同条の「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」には,横領によって領得された物も含まれるので,民法193条の「盗品」よりも範囲が広い。
ただし,同罪が成立するには,買い受けた者が盗品等であることを知っていたこと(未必的な認識を含む。)が必要であり,その判断は捜査機関に委ねられる。
第7 持出しが発覚したときの実務上の手順
1 記録の確保
①在庫台帳,受払簿,購入記録(ロット番号を含む。)を確保する
②保管場所の鍵の管理記録,入退室記録,防犯カメラの映像を保全する
③社員の職務分担を示す資料(業務分担表,職務権限規程)を確保する
④売却先が判明していれば,その名称,所在地,古物商許可番号を記録する
2 売却先の記録の保全
古物商は,買受けの際に相手方の住所,氏名,職業及び年齢を確認し(古物営業法15条1項),取引の年月日,品目・数量,特徴,相手方等を帳簿等に記録して(同法16条),最終の記載をした日から3年間保存しなければならない(同法18条1項)。
古い取引の記録は保存期間の経過により廃棄されるおそれがあるので,警察の照会,弁護士会照会(弁護士法23条の2),訴訟における文書送付嘱託等により,早期に確保する。
売却先へ会社が直接問い合わせると,社員本人に伝わるおそれがあるほか,根拠なく違法な業者であるかのように述べれば名誉毀損や信用毀損の問題を生じ得るので,慎重に行う。
3 期間の管理
民法193条の2年,古物営業法20条の1年は,いずれも盗難の時から起算し,持出し1回ごとに進行する。
社員が長期間にわたり持出しを繰り返していた場合,古い持出し分はすでに期間を経過していることがあるので,持出しの時期を特定することが重要である。
第8 出典・参考資料
1 法令
民法(189条,190条,192条,193条,194条,243条,244条,245条,246条,248条,703条,704条,709条) e-Gov法令検索
古物営業法(15条,16条,18条,19条,20条,21条,24条) e-Gov法令検索
刑法(235条,253条,256条) e-Gov法令検索
刑事訴訟法(121条,124条,222条,347条) e-Gov法令検索
弁護士法(23条の2) e-Gov法令検索
2 裁判例
最高裁平成12年6月27日第三小法廷判決(平成10年(受)第128号,民集54巻5号1737頁) 裁判所HP
大審院大正10年7月8日判決(民録27輯1373頁) 裁判所HP未掲載(原文未確認。新プリメール民法2〔第2版〕90頁による)
大審院大正15年3月5日判決(民集5巻2号112頁) 裁判所HP未掲載(東京地裁令和元年5月13日判決が参照するもの)
仙台高裁令和2年8月6日判決(令和2年(ネ)第60号,判例時報2477号54頁,金融・商事判例1607号51頁) 裁判所HP未掲載(判例秘書L07520429で確認)
さいたま地裁平成31年2月1日判決(平成29年(ワ)第151号,同第1672号) 裁判所HP未掲載(判例秘書L07450162で確認)
東京地裁令和元年5月13日判決(平成29年(ワ)第8501号,同第15972号,同第29243号) 裁判所HP未掲載(判例秘書L07430508で確認)
東京地裁令和7年9月30日判決(令和6年(ワ)第22450号) 裁判所HP未掲載(判例秘書L08032337で確認)
3 文献
今村与一ほか「新プリメール民法2 物権・担保物権法〔第2版〕」(法律文化社,2022年)89頁~90頁
我妻榮ほか「我妻・有泉コンメンタール民法〔第8版〕総則・物権・債権」(日本評論社,2022年)426頁~427頁
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5 調査範囲
この記事の下級審裁判例は,令和8年9月18日までに判例秘書で判文を確認したものを記載している。判例秘書の文献番号と裁判所HP掲載の有無は第8の2に明記した。大審院大正10年7月8日判決は原文未確認であり,文献による説明である。
また,法務省「令和3年司法試験論文式試験出題の趣旨」及び同年の採点実感(民事系科目)は,占有者,使用利益及び盗品回復の論点漏れを点検するために参照したものであり,法的根拠そのものは上記の法令・裁判例に求めている。