第1 ドイツの養育費を検討する順序
ドイツの養育費は,ドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch。以下「BGB」という。)上の扶養請求権を基礎とし,デュッセルドルフ表(Düsseldorfer Tabelle)を金額算定の重要な指針として運用する制度である。
デュッセルドルフ表自体は法律でも一律の料金表でもなく,個別事件では子の必要,父母の収入,扶養すべき人数,児童手当(Kindergeld),自己の生活を維持するための金額及び監護形態を確認する必要がある。
この記事は,令和8年10月16日現在のBGB,2026年1月1日版デュッセルドルフ表,連邦政府の制度案内及び連邦通常裁判所の裁判例に基づき,主として法律関係を整理するものである。
日本とドイツにまたがる事件では,ドイツ人であることやドイツに住んでいたことだけでドイツ法が当然に適用されるわけではないため,準拠法,裁判管轄及び判決等の承認・執行を金額計算より先に確認する必要がある。
第2 誰が誰に対して養育費を負担するか
1 直系親族間の扶養義務,子の必要及び親の支払能力
BGB1601条は,直系親族が相互に扶養する義務を定める。
子の養育費では,父母が子に対して負う扶養義務が出発点となる。
BGB1602条によれば,自ら生活を維持できない者が扶養を請求でき,未成年の子については,その財産収益や労働収入だけでは扶養に足りない範囲で父母に請求できる。
他方,BGB1603条は,義務者が自らの相当な生活を害さずに給付できるかという支払能力を問題とし,未成年の未婚の子等に対しては父母の加重された責任を定める。
したがって,表の金額だけを見て請求額を確定するのではなく,子に請求権があるか,義務者に支払能力があるか,他に同順位又は先順位の扶養義務があるかを順に確認する。
2 子が一方の親と主に暮らす場合
BGB1606条3項は,複数の同順位義務者が原則として収入・財産状況に応じて負担する一方,未成年の未婚の子を監護する親は,通常,世話及び養育によって扶養義務を履行するものとしている。
この通常の居住モデルでは,子と主に暮らす親が監護による扶養を行い,他方の親が金銭による養育費(Barunterhalt)を支払うという整理になる。
共同親権の有無と金銭負担の有無は同じ問題ではない。
父母双方が親権を持っていても,子が一方の親と主に暮らす場合は,他方の親に金銭扶養義務が生じ得る。
3 成人した子の場合
成人した子については,監護する親が世話だけで全部の扶養義務を履行するという未成年者の原則はそのまま当てはまらず,父母双方が原則として支払能力に応じて金銭扶養を分担する。
子自身の収入,職業訓練手当,奨学金その他の給付及び児童手当も,必要額の計算で確認する。
第3 デュッセルドルフ表2026の法的位置付け
1 法律ではなく裁判実務上の指針であること
デュッセルドルフ表2026は,自ら「法的効力を持つものではなく,指針である」と明記している。
同表は,扶養権利者が2人いる場合を基礎として,義務者の調整後月額純収入と子の年齢から月額必要額(Bedarf)を示す。
扶養権利者の人数が2人より多い又は少ない場合は,より低い又は高い所得区分への調整が相当となることがある。
表の必要額は,児童手当等を控除した実際の支払額(Zahlbetrag)と同じではない。
2 2026年の第1所得区分の必要額と支払額
2026年表の第1所得区分は,義務者の調整後月額純収入が2100ユーロまでの場合である。
同区分の月額は次のとおりであり,支払額は2026年の児童手当259ユーロを未成年者では半額,成人者では全額控除した附表の金額である。
| 子の年齢 | 表の必要額 | 児童手当の控除 | 表の支払額 |
|---|---|---|---|
| 0歳から5歳 | 486ユーロ | 129.50ユーロ | 356.50ユーロ |
| 6歳から11歳 | 558ユーロ | 129.50ユーロ | 428.50ユーロ |
| 12歳から17歳 | 653ユーロ | 129.50ユーロ | 523.50ユーロ |
| 18歳以上 | 698ユーロ | 259ユーロ | 439ユーロ |
この金額は「ドイツの子1人につき必ず毎月この額」という結論ではない。
所得区分は15段階あり,子の人数,他の扶養義務,子自身の収入,追加的な必要,健康保険料・介護保険料,大学授業料及び不足事案の按分によって結果が変わる。
3 児童手当は必要額の充足に用いること
BGB1612b条は,児童手当を子の金銭的必要の充足に用い,一方の親が監護により扶養義務を履行する場合は半額,それ以外の場合は全額を金銭的必要から差し引くものとしている。
2026年の児童手当は,連邦雇用庁の案内によれば,子1人につき月額259ユーロである。
4 自己の生活維持額と不足事案
2026年表は,未成年の未婚の子及び所定の21歳未満の未婚の就学者に対する必要自己保持額(notwendiger Selbstbehalt)を,非就労者は月額1200ユーロ,就労者は月額1450ユーロとしている。
非優先の成人した子等に対する相当自己保持額は,少なくとも月額1750ユーロとされる。
これらもBGB1603条の支払能力を具体化する指針上の金額であり,個別事情を見ずに機械的に控除するだけでは足りない。
利用可能な収入が同順位の子全員の必要額に足りない場合は,不足事案(Mangelfall)として,自己保持額を控除した分配可能額を各子の基準額に応じて按分することがある。
第4 ドイツの養育費の計算方法
1 調整後純収入を確認する
最初に,給与明細の受取額だけでなく,継続的な収入,税・社会保険料,職業上必要な支出,債務その他の調整項目を確認し,扶養法上の調整後純収入を算定する。
何を控除できるかは個別事情と管轄する上級地方裁判所の指針等にも左右されるため,単純な手取り月収と表の所得欄を直結させない。
2 年齢,所得区分及び扶養権利者数を当てはめる
次に,子の年齢区分と義務者の所得区分から表の必要額を確認する。
デュッセルドルフ表が扶養権利者2人を前提とすることから,実際の扶養権利者数に応じた区分調整の要否も検討する。
3 児童手当,子の収入及び支払能力を反映する
表の必要額からBGB1612b条に従って児童手当を反映し,子自身の収入等を考慮する。
その上で,義務者の自己保持額,他の扶養義務及び不足事案の有無を確認し,実際の支払額を決める。
4 単純な計算例
調整後月額純収入が2100ユーロ以下で,表の前提どおり扶養権利者が2人おり,対象の子が8歳であるとする。
2026年表の必要額は558ユーロであり,児童手当259ユーロの半額である129.50ユーロを控除すると,附表上の支払額は月額428.50ユーロとなる。
実際には,他方の扶養権利者の年齢・順位,義務者の支払能力,追加的な必要及び既存の権利証書を確認する必要がある。
扶養権利者が1人だけである場合等には所得区分の調整が検討されるため,この例を個別事件の確定額として用いることはできない。
第5 ドイツの養育費は何歳までか
1 18歳で当然に終わる制度ではない
ドイツの子の扶養義務は,18歳になったという事実だけで当然に終了するものではない。
BGB1610条2項は,相当な職業に向けた教育・訓練費用を生活上の必要に含めているため,成人後も,子が相当な教育・職業訓練を受け,自ら生活を維持できない間は扶養請求権が残り得る。
もっとも,教育・訓練の内容,進行状況,変更又は中断の理由,子の収入及び父母の支払能力により結論が変わる。
「大学卒業まで必ず支払う」又は「18歳で必ず終了する」という一律の説明はいずれも正確でない。
2 21歳未満の所定の就学者
BGB1603条2項は,21歳未満で未婚であり,父母の一方又は双方の世帯に住み,一般学校教育を受けている成人した子を,未成年の子と同様の加重責任の対象としている。
この要件を満たすかどうかは,成人した子の扶養順位と義務者の支払能力に影響する。
3 親元を離れた学生等
デュッセルドルフ表2026は,父母のいずれとも同居しない学生又は独立世帯を持つ子の相当な必要額を,通常,月額990ユーロとしている。
この額には住居費等の想定が含まれる一方,健康保険料・介護保険料及び大学授業料は含まれず,事情により増額され得る。
成人した子の金銭扶養は父母双方が支払能力に応じて分担するため,一方の親だけの収入表から支払額を直ちに確定しない。
第6 交代居住・共同監護の場合の養育費
父母がほぼ同程度の時間で子を監護する交代居住(paritätisches Wechselmodell)でも,養育費が当然に0になるわけではない。
連邦通常裁判所平成29年1月11日決定(XII ZB 565/15)は,原則として父母双方が金銭扶養を負担し,子の必要額を父母双方の収入と交代居住による追加費用に基づいて算定するとした。
同決定は,各親が自分の監護時間中に行う現物給付によって金銭扶養請求権が消えるのではなく,その給付を請求権の一部履行として考慮するという整理を示している。
児童手当のうち金銭的必要に対応する半額の控除と,監護に対応する部分の父母間調整も問題となる。
共同親権,日常・重要事項の決定権及び子の居住時間は,養育費の計算とは区別して検討する必要がある。
各国の共同親権と居住制度の違いは,離婚後の共同親権の国際比較-決定権・居住・DV対応の違いで説明している。
第7 請求,権利証書及び不払いへの対応
1 収入資料の開示を求め,請求時点を残す
養育費の算定には相手方の収入・資産資料が必要であるため,請求内容とともに資料開示を文書で求め,送付日と到達を立証できる資料を残すことが重要である。
BGB1613条は,過去分の扶養について,原則として,扶養請求のため収入・資産情報の開示を求めた時,義務者が遅滞に陥った時又は請求が係属した時以後に限って請求できるものとし,権利がその月初に存在した場合はその月の1日から扶養を負担すると定める。
何も請求しないまま長期間経過しても,過去分を当然に全額さかのぼって請求できるとは限らない。
例外もあるため,支払が止まった場合は,請求・開示要求・既存の合意又は裁判書類を早期に整理する必要がある。
2 青少年局の補佐制度
連邦家族ポータルのBeistandschaftの案内によれば,所定の親は青少年局(Jugendamt)に補佐を申請できる。
補佐人は,他方親の収入を調べ,養育費を計算し,合意形成を試み,必要な場合は子を裁判上の養育費手続で代理する。
補佐は無料で,子の国籍を問わず利用できるが,子が未成年でドイツに居住すること等が要件である。
日本に居住する子が同じ制度を当然に利用できるわけではない。
3 簡易手続と強制執行可能な権利証書
家事事件及び非訟事件手続法(FamFG)249条は,請求対象の親と同居しない未成年の子について,児童手当控除前の請求額が最低扶養額の1.2倍を超えない範囲で,養育費を簡易手続により定める制度を設けている。
もっとも,既に裁判所の判断,係属手続又は強制執行に適した権利証書がある場合は,同手続を利用できない。
不払いに対して直ちに差押えへ進めるかは,合意書,青少年局等の証書,裁判所の決定その他の強制執行可能な権利証書があるかによる。
権利証書がない場合は,まず請求額を確定し,執行可能な形にする手続を選ぶ必要がある。
4 養育費立替制度
連邦家族ポータルの養育費立替制度(Unterhaltsvorschuss)の案内によれば,子が一人親とドイツで暮らし,他方親が養育費を支払わない,又は不定期・不足額しか支払わない場合等に,所定の要件で公的給付を受けられる。
12歳から17歳までには社会給付や一人親の所得に関する追加要件があり,給付は遅くとも18歳で終了する。
立替を受けても,他方親の扶養義務が免除されるわけではない。
支払能力があるのに支払わなかった義務者に対しては,行政機関が返還を請求し,訴訟・強制執行を行い得る。
第8 日本とドイツにまたがる請求・執行
1 最初に準拠法と裁判管轄を分ける
日本の裁判所で国際的な養育費を扱う場合,扶養義務の準拠法,国際裁判管轄,申立人・相手方,送達及び必要な翻訳を分けて確認する。
準拠法の判断は,国際扶養の準拠法―常居所地法・共通本国法・日本法で説明している。
ドイツ法が準拠法となる場合でも,デュッセルドルフ表は指針であるから,表だけを提出すれば足りるとは限らない。
反対に,日本法が準拠法となる事件にドイツの表をそのまま適用することもできない。
2 2007年ハーグ扶養条約の日独間での扱い
2007年ハーグ扶養条約の締約状況表では,令和8年9月16日現在,ドイツは欧州連合の承認により同条約に拘束されているが,日本は締約当事者として掲載されていない。
したがって,日本とドイツの間で同条約の中央当局ルートを当然に利用できるものとして手続を組み立てることはできない。
条約が日独間に適用されないことは,養育費請求そのものが不可能であることを意味しない。
どの国で請求又は判決等の承認・執行を求めるか,相手方と財産がどこにあるか,既存の合意・証書・裁判がどの国のものかを確認し,各国の国内法その他の利用可能な国際協力経路を個別に調べる必要がある。
3 外国の権利証書を用いる場合の確認事項
ドイツの決定・証書を日本で用いる場合,又は日本の裁判・合意をドイツで用いる場合は,文書の種類,確定又は執行可能性,適式な送達,相手方の手続保障,翻訳,承認要件及び相手方財産の所在地を確認する。
国際養育費の請求から外国裁判の承認・強制執行までの一般的な順序は,国際養育費の請求と回収―準拠法・日本の裁判管轄・外国裁判の承認と強制執行で説明している。
第9 ドイツの養育費に関するよくある質問
1 ドイツの養育費は子1人当たりいくらか
固定額ではない。
2026年表の第1所得区分では,児童手当控除後の月額支払額は,0歳から5歳が356.50ユーロ,6歳から11歳が428.50ユーロ,12歳から17歳が523.50ユーロであるが,所得区分,扶養人数,支払能力及び個別の必要により変わる。
2 デュッセルドルフ表には法律上の拘束力があるか
法律上の拘束力を持つ料金表ではなく,裁判実務上の指針である。
BGB上の扶養請求権と支払能力を基礎として,個別事情を反映して用いる。
3 養育費は18歳までか
18歳で当然に終わるわけではない。
成人後も,相当な教育・職業訓練を受けており自活できない場合等には扶養請求権が残り得るが,父母双方の負担割合,子の収入及び教育経過を確認する。
4 父母が半分ずつ監護すれば支払は0になるか
当然に0にはならない。
真の交代居住では父母双方が原則として金銭扶養を負担し,双方の収入,交代居住による追加費用,現物給付及び児童手当を調整する。
5 不払いの場合は何から始めるか
既存の強制執行可能な権利証書の有無を確認し,相手方へ収入資料の開示と支払を文書で求め,請求時点を証明できる形で残す。
ドイツ在住の未成年の子については青少年局の補佐や,所定の養育費立替制度も検討する。
6 日本からドイツ在住の親へ請求できるか
請求の可能性はあるが,準拠法,裁判管轄,送達,文書の種類,承認・執行要件及び財産所在地を具体的に確認する必要がある。
日本は2007年ハーグ扶養条約の締約当事者として掲載されていないため,日独間で同条約の中央当局ルートを当然に利用できるとは扱わない。
第10 関連記事と主要資料
日本の養育費算定表の見方は,養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違いを参照されたい。
イングランド及びウェールズの制度との比較は,イングランド及びウェールズの養育費―CMS・Family Court・国外居住・高所得者・日英間の承認と執行で説明している。
主要な一次資料は,デュッセルドルフ上級地方裁判所の2026年表,BGB1601条から1613条,FamFG249条,連邦通常裁判所XII ZB 565/15,連邦家族ポータルの補佐・養育費立替制度の案内及びハーグ国際私法会議の締約状況表である。
外国法の日本語説明は,これらの原文を基準日現在で要約したものであり,公定訳ではない。