第1 最初にCMSとFamily Courtを分ける
イングランド及びウェールズの養育費は,行政機関であるChild Maintenance Service(CMS)の制度と,Family Courtによる金銭給付命令を分けて検討する必要がある。
離婚手続の管轄,子の監護,養育費の算定,外国判断の承認・執行は別の問題であり,「英国で離婚した」「父母の一方が日本にいる」という事情だけで一つの手続に決めることはできない。
本記事は,令和8年10月16日現在のイングランド及びウェールズ法と公開資料を基礎に,CMS,Children Act 1989 Schedule 1,高所得者事案及び日英間の回収を検討する順序を整理する。
| 検討対象 | 主な制度 | 最初に確認する事項 |
|---|---|---|
| 通常の定期養育費 | CMS | 子,主たる監護者及び支払親の常居所,支払親が国外にいる場合の例外 |
| 高所得者の追加分 | Family Courtのtop-up order | CMSの最高額計算の有無,週額総所得3000ポンド超の部分 |
| 一時金・住居・担保付給付 | Children Act 1989 Schedule 1 | 裁判所の管轄,子の必要,父母の資力,既存合意・命令 |
| 外国判断の回収 | 条約,REMO,各国の承認・執行法 | 判断国,執行国,判断の種類,送達・確定・給付部分 |
第2 CMSの入口は三者の常居所である
Child Support Act 1991 section 44は,原則として,主たる監護者,支払親及び対象となる子が英国に常居所を有しない限り,CMSによる計算を行えないとする。
住所,国籍,在留資格及び常居所は同じ概念ではないため,転居日,住居,就労,納税,学校,医療,家族の生活実態を時系列で確認する。
GOV.UKの国外居住者向け案内によれば,子と主たる監護者が国外に住む場合はCMSへ新規申請できず,支払親が国外に住む場合も,一定の英国機関で働く場合等に限られる。
したがって,支払親の所得が高いという理由だけでCMSの国際的な入口が消えるわけではなく,まず常居所要件と国外勤務の例外を確認する。
第3 CMSの計算と裁判所の追加命令
GOV.UKの計算案内によれば,CMSはHMRCの情報等から支払親の年間総所得を把握し,他の子,年金拠出及びshared care等を考慮して週額を算定する。
令和8年10月16日現在,週額総所得200ポンドから3000ポンドまでがbasic rateの計算対象であり,3000ポンドを超えるときは受領親が裁判所へ追加の養育費を求め得る。
Child Support Act 1991 section 8は,CMSの権限がある範囲で裁判所の定期金給付命令を制限する一方,最高額の養育費計算がされている場合のtop-up order等を認める。
高所得者事案では,CMS部分を飛ばして裁判所だけで全額を決めるのか,CMSの最高額計算を前提に追加分を求めるのかを区別する。
第4 Children Act 1989 Schedule 1による給付
Children Act 1989 Schedule 1は,子のためのperiodical payments,secured periodical payments,lump sum,財産のsettlement及びtransferを命じる枠組みを定める。
定期金だけでなく,住居取得・維持,教育費,障害に伴う特別費用及び具体的な一時支出が問題となる場合に,利用可能な命令の種類を分けて検討する。
裁判所は,父母の所得・資力・財産,現在及び予見可能な義務,子の経済的必要,障害,教育状況等の法定考慮要素を総合する。
CMSを利用できないことから直ちにSchedule 1の管轄が生じるわけではないため,裁判所の国際管轄と申立ての根拠を別に確認する。
第5 何歳まで請求できるか
Schedule 1 paragraph 3では,定期金給付は原則として子が17歳に達するまでであるが,裁判所は事情に応じて18歳まで継続させることができる。
18歳を超える期間も,教育・職業訓練中である場合又は特別の事情がある場合には命令の対象となり得る。
Schedule 1 paragraph 2は,一定の場合に成年の子自身による申立てを認めるため,監護親の請求だけを前提にしない。
年齢だけで結論を出さず,学校・大学・職業訓練の内容,障害又は疾病,住居及び生活費,既存命令の終期を確認する。
第6 高所得者と資産をどう扱うか
James v Seymour(2023年・EWHC 844 (Fam))は,高所得者向けのAdjusted Formula Methodを,裁判官が採否を決められる緩やかな出発点と位置付けた。
同判決は,変更申立てでは既存の命令を物価調整した額が適切な出発点となると述べており,新規算定と変更申立てを同じ式で処理しない。
Galbraith-Marten v De Renée(2023年・EWFC 253)も,算定式を法定考慮要素に代わる拘束的な基準として扱わない姿勢を示す。
CMSでは,通常の所得計算とは別に,所得の流用,非労働所得及び資産についてvariationが問題となり得る。
PB v Secretary of State for Work and Pensions(2026年・UKUT 61 (AAC))は,資産variationの法定8%率に関する従前判例Cartを維持し,相当性の判断により低い率を用いる余地を残した。
したがって,資産があることだけから8%相当額が必ず所得に加算される,又は直ちにFamily Courtへ移るとは説明しない。
第7 既存合意と命令の変更
書面による養育費合意があっても,後の事情変更,CMSの権限及び裁判所による変更可能性を別に確認する。
Schedule 1 paragraph 10の変更申立てでは,当事者のdomicile又はresidence,事情変更,適切な取決めの有無及び国際条約上の制限が問題となる。
合意書,consent order,CMS calculation及び私的な送金約束は効力と執行方法が異なるため,文書名ではなく,作成主体,給付内容,変更条項及び強制執行可能性を原文で読む。
第8 日英間の承認・執行
英国政府は,国外に住む親との養育費について,REMO対象国か,判断がどこで作成されたか,相手方がどこに住むかにより手続が異なると案内している。
2007年ハーグ扶養条約の締約国一覧では,令和8年10月16日現在,英国は締約国として掲載される一方,日本は掲載されていない。
そのため,日英間で同条約の中央当局ルートが当然に使えるとは扱わない。
英国のcourt orderを日本で使う場合は,日本の家事事件手続法79条の2,民事訴訟法118条及び民事執行法24条による承認・執行を検討し,日本の調停調書・審判・判決を英国で使う場合は英国側の承認・執行手続を確認する。
CMSの行政判断とFamily Courtのorderを同一に扱わず,判断主体,確定性,給付部分,送達・防御の機会,未払額及び翻訳をそろえる。
第9 一括払いと日本の税務
日本の贈与税では,扶養義務者から生活費又は教育費に充てるために取得した財産のうち通常必要と認められるものは原則として非課税である。
もっとも,国税庁No.4405は,数年間分の生活費を一括して受け取り,実際の生活費に充てられず預貯金等となった部分には贈与税がかかると説明する。
一括払いであることだけで直ちに課税と決めず,算定根拠,対象期間,子の年齢・教育,管理方法,実際の支出及び未使用残高を記録する。
当事者が国外に居住する場合は,国税庁No.4432を手掛かりに,贈与者・受贈者の住所等と財産の所在から日本の課税範囲を別に確認する。
第10 受任時の確認順序
① 子,主たる監護者及び支払親の国籍,domicile,住所,居所及び常居所の変遷を時系列にする。
② 離婚,監護,CMS calculation,court order,合意書及び支払記録を文書ごとに分ける。
③ 新規算定,既存命令の変更,未払分の回収又は一時金・住居の確保のどれを求めるかを決める。
④ CMSの常居所要件,国外勤務例外及び週額総所得3000ポンドの上限を確認する。
⑤ Family Courtを利用する場合は,根拠条文,国際管轄,法定考慮要素及び求める命令の種類を特定する。
⑥ 日本又は英国で外国判断を使う場合は,判断の種類,確定・送達資料,翻訳,未払額及び執行対象財産をそろえる。
⑦ 一括払い又は資産移転を含むときは,英国法上の給付原因と日本の税法上の評価を分けて税理士と確認する。
第11 関連記事と調査範囲
日本の国際裁判管轄,扶養準拠法及び外国判断の承認・執行の全体像は,国際養育費の請求と回収を参照されたい。
扶養義務の準拠法の段階的連結は,国際扶養の準拠法で整理している。
離婚,財産分与,慰謝料及び子の事項を請求単位に分ける方法は,国際離婚の手続選択と日本の国際裁判管轄・準拠法を参照されたい。
一括払いを含む日本の税務は,離婚時の財産分与と税金で扱っている。
本記事は,令和8年10月16日現在の上記法令,英国政府資料,公開裁判例,HCCH締約国表及び国税庁資料を確認して作成した。
判例秘書によるイングランド及びウェールズ判例の横断確認はできておらず,CMSの行政判断を日本で承認・執行できるか及び日本の判断を英国で執行する個別要件は,事件ごとに追加調査を要する。