国際的な養育費事件では,「どの国の法で支払義務を判断するか」が分かっても,直ちにお金を回収できるわけではない。誰が誰に請求するのか,日本の裁判所に管轄があるのか,既存の外国裁判を利用できるのか,債務者の財産がどの国にあるのかを順に確認する。本記事は,令和8年10月1日現在の日本法と裁判所の公開資料を基礎に,受任から回収までの判断順序を整理する。
第1 最初に決める四つの事項
最初に,①請求権者と相手方,②新たな取決め又は裁判が必要か,③日本と外国のどちらで裁判をし,どちらの財産から回収するか,④適用される法律と既存裁判の効力を記録する。国際裁判管轄,準拠法,外国裁判の承認,強制執行は別の判断である。日本法が準拠法となっても日本で裁判できるとは限らず,日本で裁判できても外国にある給与や預金を日本の執行手続だけで差し押さえることはできない。
1 相手が国外へ移住した場合はどうするか
海外へ移住したという事実だけでは,請求や回収の可否は決まらない。
養育費を定めた文書の有無,日本又は外国で請求するための管轄,適用される法,外国での承認・執行及び財産所在地を順に確認する必要がある。
外国の国内の徴収・立替制度が,日本に住む親子にも同じ条件で利用できるとは限らない。
また,日本は確認日現在の2007年ハーグ養育費条約の締約状況表(https://www.hcch.net/en/instruments/conventions/status-table/?cid=131)に締約当事者として掲載されていないため,相手国が締約国であることだけで中央当局間の経路を前提にしない。
各国の制度の役割を横断して比較したい場合は,養育費法制の国際比較を参照されたい。
本記事の第3以下では,個別の請求と回収に必要な法的段階を説明する。
第2 誰の権利を,どの手続で行使するか
離婚に伴い監護親が他方の親へ子の監護費用の分担を求める場合,子自身の扶養料請求権を行使する場合,既にある外国裁判に基づいて支払を求める場合では,権利者,申立人,必要な書類及び手続が異なる。受任時には,合意書,調停調書,審判書,判決書のどれがあるか,その文書で誰が債権者とされ,どの期間・金額の支払が命じられているかを先に読む。
扶養義務の準拠法に関する法律6条は,扶養権利者のためにその権利を行使できる者の範囲等を扶養義務の準拠法に委ねる。親権者や監護者であるというだけで,常に自己名義で子の扶養請求権を行使できると決めない。外国の親権・監護裁判の効力,子の手続行為能力,法定代理及び利益相反も区別して調べる。日本の家事事件での申立人は,監護費用分担の手続か子の扶養請求の手続かに応じて確認する。
第3 日本の裁判所に国際裁判管轄があるか
離婚訴訟に子の監護費用の分担に関する裁判を附帯して求める場合は,人事訴訟法3条の4を確認する。これとは別に養育費又は扶養について審判を求める場合,家事事件手続法3条の10は,申立人でない扶養義務者,又は扶養権利者(監護費用分担では子の監護者若しくは子)の住所が日本国内にあることを管轄原因とする。住所がないか知れないときは居所を確認する。調停の国際裁判管轄は同法3条の13,特別の事情による申立ての却下は同法3条の14で別に確認する。
ここでいう管轄の住所・居所と,後述する準拠法の連結点である常居所を混同しない。子が日本国籍であること,日本に一時滞在したことだけで日本の管轄を断定せず,住所の資料,転居の経緯,相手方の所在,証拠の所在地をそろえる。日本に国際裁判管轄があると分かった後も,どの家庭裁判所へ申し立てるかという国内の土地管轄を別に確認する。神戸家庭裁判所の案内も,離婚に伴う養育費の管轄と準拠法を分けて示している。
第4 養育費の準拠法を決める
親子間の扶養義務の準拠法は,親権等の親子関係を扱う通則法32条から直ちに決めず,扶養義務の準拠法に関する法律2条を確認する。扶養権利者の常居所地法が第一順位であり,その法によって扶養を受けられなければ当事者の共通本国法,それでも扶養を受けられなければ日本法へ進む。単に前順位法による金額が低いという理由で,次の法を自由に選べるわけではない。
子が重国籍の場合,扶養法には通則法38条1項のような国籍一本化規定がない。共通に有する国籍の法が共通本国法となり得ること,その判断が同法2条1項ただし書の解釈であることを確認する。扶養法2条2項は重国籍者の特則ではなく,日本法へ進むための規定である。外国法で扶養を受けられるかを判断する際は,成年年齢,教育中の子への扶養,障害,期間及び権利行使者を,条文の施行日とともに調べる。詳しくは国際扶養の準拠法を参照されたい。
第5 外国の養育費裁判を日本で使う
外国に養育費を命じる裁判があるときは,新たな日本の本案裁判を起こす前に,その裁判の確定性,給付を命じる部分,債権者・債務者,対象期間を確認する。家事事件手続法79条の2は,外国裁判所の家事事件についての確定した裁判等につき,性質に反しない限り民事訴訟法118条を準用する。同条の承認要件は,外国裁判所の裁判権,敗訴者への適法な呼出し又は応訴,内容と手続の公序,相互の保証である。外国で裁判を得たことだけで日本における効力を断定しない。
承認され得ることと,その裁判に基づき日本で強制執行できることも別である。民事執行法24条による執行判決の要否・管轄を確認する。家事事件の裁判に係る執行判決を求める訴えは,原則として家庭裁判所が管轄する。執行判決を得た後,国内の給与・預金等について債務名義に基づく執行を検討する。外国の文書が判決・審判・公的機関の判断のどれに当たるか,給付部分が確定しているかは,原文と外国法資料で確認する。
中国の人民法院の判決又は調解書に養育費の支払が定められている場合も,日本で当然に執行できるわけではない。
家事事件手続法79条の2,民事訴訟法118条及び民事執行法24条を確認し,身分関係の部分と金銭給付の部分を分けて検討する必要があるため,詳しくは中国の養育費(抚养费)の法制度―金額・支払終期・未払いと日中間の請求・執行を参照されたい。
フィリピンのFamily Courtその他の裁判所が養育費を命じた場合も,日本で当然に執行できるわけではない。
家事事件手続法79条の2,民事訴訟法118条及び民事執行法24条により,外国裁判所の裁判権,通知・応訴,公序,相互の保証,確定及び執行判決を確認する必要があるため,詳しくはフィリピン法の養育費―金額・請求時期・何歳まで・日比間の承認と執行を参照されたい。
第6 日本の判断を外国で回収に使う場合
債務者の給与や預金が外国にしかないときは,日本の調停調書や審判・判決を得るだけでは回収工程は終わらない。執行先国でその判断が承認又は執行の対象になるか,同国の手続,必要な確定証明・送達記録・翻訳及び現地代理人を確認する。日本の執行判決や差押命令を外国の財産へそのまま及ぼすとは説明しない。
外国の制度と二国間・多国間の枠組みの適用は相手国ごとに異なる。本記事は特定国で日本の養育費判断を執行できると保証するものではない。受任時には,執行先の候補国と財産の種類を確定し,現地の公的資料又は弁護士を通じて必要書類・期間・費用を調べる。
イタリアでは,子の養育費の金額,成年後の支払,特別費用及びISTAT改定をイタリア民法等で確認する。
日伊間の事件では,2007年ハーグ扶養条約の締約関係,裁判地,準拠法及び執行地を分け,詳しくはイタリア法の養育費で整理している。
イギリスの養育費のうち,イングランド及びウェールズでは,行政機関であるChild Maintenance Service(CMS)とFamily Courtの権限を分ける。
CMSの常居所要件,国外居住の例外,高所得者のtop-up order及びChildren Act 1989 Schedule 1による一時金・財産命令は,イギリスの養育費の法制度―CMSの計算・対象年齢・不払い・日本からの請求で整理している。
スコットランドでは,Child Support Act 1991によるCMSと,Family Law (Scotland) Act 1985によるalimentを分けて検討する。
対象年齢,12歳以上の子自身によるCMS申請,sheriff court及び国外回収は,スコットランドの養育費の法制度―CMS・aliment・対象年齢・不払い・国外居住で整理している。
ドイツでは,BGB上の扶養請求権とデュッセルドルフ表の指針を区別し,児童手当控除,成人後の扶養,交代居住及び権利証書を確認する。
日独間では準拠法・裁判管轄・送達・承認及び執行を別に検討する必要があり,詳しくはドイツの養育費―デュッセルドルフ表2026・計算方法・何歳まで・不払い対応を参照されたい。
カナダでは,Divorce Actによる離婚か,州・準州法が適用される事件かを先に区別する。
連邦ガイドラインでは,支払義務者の所得,子の人数及び適用州・準州の表を基本とし,共同養育,特別費用及び成人後の子を別に調整する。
日加間の請求・承認・執行と州別相互執行の確認点は,カナダ法の養育費で整理している。
2007年ハーグ扶養条約の締約国表では,令和8年10月16日現在,英国は掲載される一方,日本は掲載されていない。日英間で同条約又はREMOの中央当局ルートを当然に利用できるとは扱わず,判断の種類と執行国を特定して個別に確認する。
フランスでは,父母の資力と子の必要から養育費を定め,執行力ある文書がある場合にはARIPAによる支払仲介・未払回収が問題となる。司法省の参考算定表,交互居住,成年後の継続,ASF及び日仏間の回収は,フランスの養育費法制―扶養義務,金額の決定・変更,執行力ある文書,ARIPA及び日仏間の承認・執行で整理している。
2007年ハーグ扶養条約及び1956年ニューヨーク条約の締約国表では,フランスは掲載される一方,日本は掲載されていない。日仏間でも中央当局ルートを当然に利用できるとは扱わず,日本の文書の種類,債務者の住所及びフランスにある財産を特定して,承認・執行手続を個別に確認する。
日本の調停調書,審判又は判決を中国で使う場合は,日本の執行手続を中国の財産へ直接及ぼすことはできない。
中国民事訴訟法298条以下の条約又は互恵原則,承認拒絶事由,管轄人民法院,確定・送達・翻訳資料及び財産所在地を確認する必要があるため,詳しくは中国の養育費(抚养费)の法制度―金額・支払終期・未払いと日中間の請求・執行を参照されたい。
インドの養育費は,令和6年7月1日施行のBNSS144条による手続と,HAMA20条,HMA26条及びSMA38条等の家族法上の手続を分けて確認する。
日本とインドの間では,日本の判断がインドで当然に執行できるとは限らず,インド民事訴訟法13条・44A条,日本側の国際裁判管轄・準拠法及び執行地を整理する必要がある。
詳しくはインドの養育費で整理している。
インドネシアでは,婚姻法41条(b)が離婚後の養育・教育費を父の負担とすることを原則とし,父が現実に負担できない場合は裁判所が母にも分担させることができる。
イスラム教徒の事件ではKHI及び宗教裁判部門の指針も関わるため,負担者,金額,終期,裁判所及び未払時の執行は,インドネシア法の養育費―誰が払い,いくら・何歳まで,未払時にどう回収するかで整理している。
ニュージーランドでは,Inland Revenue(IRD)が養育費の算定,徴収及び2007年ハーグ養育費条約に基づく中央当局の業務を担う。
ニュージーランドは同条約の締約国であるが,令和8年9月16日更新の締約国表及びIRDの協定国一覧に日本は掲載されていないため,日・ニュージーランド間で同条約の中央当局ルートを当然に利用できるとは扱わない。
IRDの算定式を利用できるか,日本の判断をニュージーランドで承認・執行できるか,財産がどの国にあるかを分けて確認する。
詳しくはニュージーランド法の養育費を参照されたい。
日本の審判又は判決をフィリピンで使う場合は,日本の執行手続をフィリピンの財産へ直接及ぼすことはできない。
フィリピン最高裁判所の2021年Rules on Action for Supportに基づき,判断全文,作成国での執行可能性,適切な通知と争う機会,未払額,認証・翻訳,常居所又は管轄への服従及び承認拒絶事由を確認する。
フィリピンは2007年ハーグ扶養条約の締約国であるが,日本は令和8年10月16日現在締約国ではないため,日比間で同条約の中央当局ルートを当然に使えるとは扱わず,詳しくはフィリピン法の養育費―金額・請求時期・何歳まで・日比間の承認と執行を参照されたい。
シンガポールのFamily Justice Courtsは,一方が国外に居住する事件について,Maintenance Orders (Reciprocal Enforcement) Act 1975の指定国に相手方がいるかを確認するよう案内している。
令和8年10月16日現在の指定国一覧に日本は含まれないため,日・シンガポール間で同法の暫定命令・確認手続を当然に利用できるとは扱わない。
もっとも,指定国でないことだけから他の承認・執行方法もすべて否定せず,判断の種類,送達,財産所在地及び現地法を個別に確認する必要があるため,詳しくはシンガポール法の養育費―金額,21歳まで,請求・執行と日本との関係を参照されたい。
ベトナムでは,日本の調停調書,審判又は判決をベトナム国内の財産へ直接執行することはできず,ベトナム婚姻家族法125条及び民事訴訟法に基づく外国裁判の承認・執行手続を個別に確認する必要がある。
日本とベトナムはいずれも2007年ハーグ扶養条約の締約当事者として掲載されていないため,日越間の準拠法,必要書類及び回収手順は,ベトナム法の養育費を参照されたい。
アイルランドでは,令和8年1月に公式Child Maintenance Guidelines,同年2月に計算ツールが公表され,私的合意の金額を検討する出発点として利用できる。
もっとも,裁判所は双方の収入・資産・支出,子の必要及び他の扶養義務を個別に判断するため,詳しくはアイルランド法の養育費―2026年ガイドライン・計算・未払いと日本からの請求を参照されたい。
アイルランドは1956年ニューヨーク条約の締約国であり,EUを通じて2007年ハーグ養育費条約の適用を受けるが,令和8年10月の公式締約国表では日本は両条約の締約国として掲載されていない。
日愛間ではこれらの条約に基づく中央当局ルートを当然に利用できるとは扱わず,判断の種類,送達,確定性,執行国及び財産所在地を特定して個別に確認する。
台湾については,父母の離婚によって未成年子に対する扶養義務は消滅せず,金額は全国一律額ではなく,子の必要,父母の経済能力及び地域の消費支出等を踏まえて決められる。
台湾国内での未払回収と,日本の調停調書・審判・判決を台湾で使う場合の承認・執行は,台湾の養育費(子女扶養費)で整理している。
第7 日本国内の財産から回収する場合
日本で執行できる債務名義等を確保したら,給与,預金その他の国内財産を調査する。養育費の滞納については,将来分の差押え,勤務先情報の取得,令和8年4月からの養育費等のワンストップ執行など,債務名義と請求内容に応じた制度を検討する。利用条件や必要書類は裁判所の養育費手続案内及びワンストップ執行の案内で確認する。国内の回収方法の詳細は養育費を払わない場合の回収方法に譲る。
第8 受任時にそろえる資料
- 子,監護者及び義務者の国籍,重国籍,住所・居所・常居所の変遷とその裏付け
- 出生証明書,戸籍,親子関係・親権・監護についての合意又は裁判
- 養育費の合意書,調停調書,審判書,判決書の原本・謄本と債権者名義
- 外国裁判の確定資料,訴訟開始時の送達資料,応訴の記録及び外国法の原文・翻訳
- 支払済額,未払月と各支払期限,送金記録,変更合意の有無
- 債務者の勤務先・金融機関・不動産の所在国,既知の財産と執行先候補
最初の相談メモには「日本で新たに請求する」「外国裁判を日本で承認・執行する」「日本の判断を外国で使う」のどの経路を選ぶか,未確認資料と調査担当を明記する。複数の経路を並行して検討するときも,同じ未払分の二重回収が生じないよう入金と執行の状況を一つの表で管理する。
第9 関連記事
- 国際離婚の手続選択と日本の国際裁判管轄・準拠法
- 国際扶養の準拠法
- 未成年子による扶養料請求の法定代理と利益相反
- 養育費を払わない場合の回収方法
- オーストラリア法の養育費はいくら?計算方法・何歳まで・不払い・日本からの請求
- フランスの養育費法制―扶養義務,金額の決定・変更,執行力ある文書,ARIPA及び日仏間の承認・執行
- 韓国の養育費制度―2021年算定基準表,未払い時の回収・制裁及び先払制度
- ニュージーランド法の養育費
- カナダ法の養育費
- シンガポール法の養育費―金額,21歳まで,請求・執行と日本との関係
- アイルランド法の養育費―2026年ガイドライン・計算・未払いと日本からの請求
- アメリカの養育費―州法上の金額・終期,日本からの請求と未払い回収
第10 出典と調査範囲
- 扶養義務の準拠法に関する法律(e-Gov)2条・6条
- 法の適用に関する通則法(e-Gov)32条・38条・43条
- 人事訴訟法(e-Gov)3条の4
- 家事事件手続法(e-Gov)3条の10・3条の13・3条の14・79条の2
- 民事訴訟法(e-Gov)118条,民事執行法(e-Gov)24条
- 神戸家庭裁判所「外国籍の方の離婚訴訟の管轄・準拠法について」
- 裁判所「養育費に関する手続」及び裁判所「養育費等のワンストップ執行手続」
- HCCH「2007年ハーグ扶養条約の締約国表」及び国連条約集「1956年ニューヨーク条約の締約国表」
令和8年10月1日現在の日本法と上記公開資料を確認した。個別外国法,外国での承認・執行実務及び相手国との条約関係は対象国を特定していないため確認していない。これらを要する個別事件では,国と裁判・財産の種類を確定して追加調査する。判例秘書の新規横断検索は行っていない。