第1 結論―アメリカ全国一律の養育費はない
アメリカの養育費は,連邦法が各州に算定指針の整備等を求める一方,具体的な算定式,支払終期,変更及び執行の手続は主として州法によって定まる。
したがって,「アメリカの養育費はいくらか」,「何歳までか」という質問には,対象となる州を特定しなければ正確に答えられない。
たとえば,カリフォルニア州では父母双方の収入や子と過ごす時間等が算定に影響し,ニューヨーク州では一定の所得を基礎に,子が1人なら17%,2人なら25%等の法定割合を出発点とする。
支払終期も,カリフォルニア州では原則18歳であるのに対し,ニューヨーク州では原則21歳であり,同じではない。
日本とアメリカに父母又は子が分かれて住む場合は,さらに,①どの国の裁判所に申し立てることができるか,②どの国・州の法を適用するか,③得られた判断を財産のある国・州で承認・執行できるかを分けて検討する必要がある。
日本の家庭裁判所で養育費を定めても,その調停調書又は審判書だけでアメリカの給与や銀行口座を直ちに差し押さえられるわけではない。
国際事件では,親の国籍よりも,子と父母の住所・常居所,既存の合意又は裁判,対象州,送達の経過,未払額及び財産所在地が重要である。
最初にこれらを確定することが,請求と回収の出発点となる。
第2 アメリカの養育費は州法を中心に決まる
1 連邦法と州法の役割
連邦規則45 CFR §302.56は,各州に対し,養育費の算定指針を設けて公開することを求めている。
算定指針は,父母の所得又は支払能力に関する証拠,子の医療上の必要等を考慮し,数値的な基準を含むものでなければならない。
算定指針による額は適正額であるとの反証可能な推定が働く仕組みとされている。
もっとも,連邦規則がアメリカ全州共通の月額を定めているわけではない。
各州が州法と州のガイドラインに基づいて具体的な額を定めるため,インターネット上の「全米平均額」を個別事件の見込額として用いることはできない。
2 まず確認する州
対象州は,単に父又は母がアメリカ人であるという理由で決まるものではない。
現在又は過去の住所,子の居住地,既存命令を出した裁判所,勤務先及び財産所在地等から,どの州の裁判所又はchild support agencyが事件を扱うかを確認する。
USA.govの案内によれば,各州又は部族のchild support agencyは,親子関係の確定,養育費の設定・変更及び執行を支援する。
一方の親が国外にいる場合も,関係州の機関又は連邦Office of Child Support Services(OCSS)への照会が案内されている。
第3 養育費の金額―カリフォルニア州とニューヨーク州の例
1 カリフォルニア州
カリフォルニア州の公式ガイドライン計算機は,父母双方の所得,課税関係,子の人数及びそれぞれが子と過ごす時間等を入力して概算額を示す。
ただし,計算結果は見積りであり,最終的な養育費を決定する権限は裁判官にある。
同州のFAQも,双方の所得と子と過ごす時間が金額に影響することを説明している。
したがって,支払親の年収だけを円換算して月額を求めたり,「共同監護だから折半で0円」と処理したりすることはできない。
2 ニューヨーク州
ニューヨーク州裁判所の案内によれば,原則として父母の合算所得を基礎に,子が1人なら17%,2人なら25%,3人なら29%,4人なら31%,5人以上なら35%以上の割合を用いる。
これに,保育,教育及び医療等の費用が加算されることがある。
これらの割合は,法定上限を超える所得部分,子の特別な事情,父母それぞれの資力等によって修正され得る。
日本の養育費算定表とは所得概念も計算方法も異なるため,日本の算定結果との単純な比較は避ける。
3 変更の申立て
収入,監護時間,子の必要又は家族構成が大きく変わった場合,州法上,既存の養育費命令の変更を求められることがある。
しかし,失職,転職又は監護時間の変更があっただけで既存命令が当然に失効するとは限らない。
変更命令が出るまで従前額の支払義務が続き,未払額が積み上がることがあるため,事情変更後は対象州の変更要件と申立時点を早期に確認する必要がある。
第4 養育費は何歳までか
1 カリフォルニア州
カリフォルニア州のFAQによれば,養育費は原則として子が18歳になるまで続く。
ただし,子が未婚で,18歳時に全日制高校生であり,いずれかの親と同居している場合は,卒業時又は19歳到達時のいずれか早い時まで続く。
2 ニューヨーク州
ニューヨーク州Family Courtの案内及びFamily Court Act §413によれば,親は原則として子が21歳になるまで扶養責任を負う。
発達障害がある子については,州法上,26歳までの扶養が問題となることがある。
3 終期と未払額は別問題である
子が所定の年齢に達して将来分の支払義務が終わっても,それまでに発生した未払額が当然に消滅するわけではない。
既存命令,支払履歴,利息及び州法上の執行期間を確認し,将来分と過去の未払分を分けて計算する。
第5 共同親権・共同監護でも養育費は0円とは限らない
カリフォルニア州裁判所の案内は,子の健康,教育及び福祉等に関する重要事項を決めるlegal custodyと,子が誰と暮らすかに関するphysical custodyを区別している。
それぞれについてjoint又はsoleの形があるため,「共同親権」という言葉だけでは,重要事項の決定方法,宿泊日数又は日常の養育分担を確定できない。
養育費は,監護の名称だけでなく,父母双方の所得,実際に子と過ごす時間,医療・保育費等を考慮して計算される。
共同の法的監護又は相当数の宿泊があっても,所得差や負担の分配によって一方から他方への支払が命じられることがある。
親子交流と養育費も原則として別の問題である。
交流が実現しないことを理由に養育費を一方的に止めたり,養育費が支払われないことを理由に交流を一方的に拒んだりせず,それぞれの命令の変更又は執行手続を検討する。
第6 日本から請求する場合の国際裁判管轄
1 養育費だけを日本の家庭裁判所に申し立てる場合
家事事件手続法3条の10は,扶養義務に関する審判事件について,申立ての相手方である扶養義務者の住所が日本国内にある場合のほか,扶養権利者である子又はその監護者の住所が日本国内にある場合にも,日本の裁判所の管轄を認めている。
したがって,子と監護親が日本に住み,支払義務者がアメリカに住む事案でも,日本の家庭裁判所に申立てができる場合がある。
もっとも,父母又は子が日本国籍であることだけ,又は義務者の財産が日本にあることだけから,当然にこの管轄が生じるわけではない。
住所,申立ての種類及び当事者関係を具体的に確認する必要がある。
2 日本で国際離婚訴訟を行う場合
日本の裁判所に離婚訴訟の国際裁判管轄がある場合,人事訴訟法3条の4により,子の監護に要する費用の分担に関する処分を附帯処分として申し立てることができる場合がある。
もっとも,離婚そのものの管轄,親権・監護及び養育費は根拠条文と判断要素が同一ではないため,一括して考えない。
3 日本で判断を得ることと回収できることは別である
日本の家庭裁判所に管轄があっても,義務者の給与,預金及び不動産がアメリカだけにある場合,日本で得た判断を関係州で承認・登録し,その州の方法で執行する段階が必要となる。
申立て前から,どこに差し押さえ得る財産又は勤務先があるかを調べ,取得する判断がその州で承認されるための送達,確定及び手続保障を意識する。
第7 どの国・州の法を適用するか
扶養義務の準拠法に関する法律2条によれば,扶養義務は,原則として扶養権利者である子の常居所地法による。
その法によって扶養を受けられないときは当事者の共通本国法,それでも扶養を受けられないときは日本法による。
日本に住む子が日本の家庭裁判所へ申し立てる事案では,日本法が準拠法となることが多い。
反対に,子の常居所がアメリカにある場合は,アメリカ法が指定され,さらに関係する州法を特定する必要がある。
管轄は「どの裁判所が事件を扱えるか」,準拠法は「どの法を用いて権利義務を判断するか」という別の問題である。
日本の家庭裁判所に管轄があるから必ず日本法を適用する,またはアメリカ人の親だから必ずアメリカ法を適用する,という関係にはない。
第8 日本の判断をアメリカで承認・執行する場合
1 条約ルートを当然の前提にしない
2007年ハーグ養育費条約の締約国一覧によれば,アメリカについて同条約は平成29年1月1日に発効しているが,令和8年10月16日現在,日本は締約国一覧に含まれていない。
したがって,日米間の事件で同条約に基づく中央当局間の手続を当然に利用できるとは扱わない。
また,米国務省の国際養育費案内は,条約,相互取決め又は州の手続等の複数の経路を案内している。
連邦政府が平成26年に公表した外国相互国・地域の一覧には日本が記載されていないが,州独自の取扱いがあり得るため,対象州の最新情報を州のchild support agency又はOCSSに確認する。
2 対象州ごとの確認事項
アメリカでは外国判決の承認・執行が州法及び州の手続に依存するため,対象州を特定せずに執行可能性を断定できない。
少なくとも,日本の調停調書又は審判書が確定しているか,義務者に適法な送達又は手続参加の機会があったか,金額と未払額が確定できるか,英訳・認証が何を求められるかを確認する。
次に,州のchild support agencyが事件を受け付けるか,州裁判所への登録又は別訴が必要か,現地弁護士の関与が必要かを照会する。
養育費命令の変更権限と未払分の執行権限が別の州又は国に残る場合もあるため,既存命令を自己判断で作り直さない。
第9 アメリカの判断を日本で承認・執行する場合
1 日本での承認
アメリカの裁判所がした養育費判断を日本で用いる場合,家事事件手続法79条の2により,民事訴訟法118条の要件が準用されることがある。
外国裁判所の間接的な国際裁判管轄,敗訴当事者への適法な送達又は応訴,日本の公序良俗との適合及び相互の保証が主な確認事項となる。
単にアメリカの裁判所名が記載された書面があるだけでは足りない。
判断の確定性,命令の内容,当事者,送達記録及び変更の有無を確認し,必要な認証と日本語訳を準備する。
2 日本での強制執行
日本国内の給与,預貯金又は不動産に強制執行するには,承認される外国裁判に基づき,民事執行法24条の執行判決を得る手続が問題となる。
承認は外国判断の効力を日本で認める問題であり,強制執行は特定の日本国内財産から回収する問題であるため,両者を区別する。
第10 未払い時にアメリカで取り得る措置
州のchild support agencyは,給与からの天引き,税還付金との相殺,銀行口座への措置,各種免許の停止等を用いて執行することがある。
ニューヨーク州Family Courtの案内は,給与控除,免許停止,銀行口座,税還付金及び旅券に関する措置を挙げ,故意の不払いについて法廷侮辱による拘禁があり得ると説明している。
米国務省の旅券案内によれば,米国の制度上,養育費滞納が2500ドルを超えると旅券が発給されず,現に有効な旅券が取り消されることがある。
ただし,日本の合意書又は判断に未払額が記載されているだけで直ちにこの措置が発動するものではなく,米国のchild support enforcement systemにおける滞納認定と関係機関の手続が必要となる。
執行手段が強いことと,実際に回収できることは同じではない。
勤務先,口座,資産及び住所をどこまで特定できるか,既存命令を関係州の制度に載せられるかが実務上重要である。
第11 相談・申立て前に準備する資料
最初に,子,父母及び監護者の現在と過去の住所,国籍及び居住期間を時系列で整理する。
出生証明書,婚姻・離婚関係書類,親子関係を示す資料,監護又は親権の命令も準備する。
次に,養育費に関する合意書,公正証書,調停調書,審判書,判決書及び米国のorderを,送達証明,確定証明並びに変更命令と一緒に集める。
一部の命令だけを提出すると,現在有効な金額又は管轄を誤ることがある。
未払額については,支払期日,支払額,入金日及び残額を月ごとに一覧化し,銀行明細等の裏付けを付ける。
父母双方の所得資料,勤務先,保有口座,不動産その他の財産情報も,取得経路と更新日を明らかにして整理する。
外国提出用には,原本・認証謄本の別,アポスティーユ等の認証の要否及び翻訳要件を提出先に確認する。
翻訳を先に作成してから提出先固有の要件が判明すると,作り直しになることがある。
第12 よくある質問
1 アメリカの養育費はいくらか
全国一律の月額はない。
対象州,父母双方の所得,子の人数,監護時間,医療・保育費等を州の算定指針に当てはめて計算する。
2 養育費は18歳までか
州によって異なる。
カリフォルニア州では原則18歳で一定の高校在学中は19歳まで延び得る一方,ニューヨーク州では原則21歳までである。
3 共同親権なら養育費は不要か
不要とは限らない。
法的監護と身体的監護を区別し,所得差,実際の宿泊日数及び子の費用等を対象州の算定指針に当てはめる。
4 親がアメリカに住んでいても日本から請求できるか
できる場合がある。
子又は監護者が日本に住む場合は日本の家庭裁判所に国際裁判管轄が認められることがあるが,米国内の財産から回収するには関係州での承認・登録・執行を別に検討する。
5 日本の審判書でアメリカの給与をすぐ差し押さえられるか
通常はそのまま直ちに差し押さえることはできない。
対象州を特定し,日本の判断がその州で承認・執行される要件と州機関又は裁判所の手続を確認する。
6 日米間で2007年ハーグ養育費条約を使えるか
令和8年10月16日現在,アメリカは締約国であるが,日本は締約国一覧に含まれていない。
そのため,日米間では同条約による中央当局間の手続を前提とせず,対象州の制度,既存判断及び財産所在地から利用可能な経路を確認する。
第13 関連記事
①国際養育費の請求と回収―準拠法・日本の裁判管轄・外国裁判の承認と強制執行
③離婚後共同親権の国際比較―日本・韓国・中国・台湾・米国・EU・英国の法制度
第14 出典と更新時点
本記事は,令和8年10月16日現在の日本法,米国連邦規則,条約状況並びにカリフォルニア州及びニューヨーク州の公的案内を基礎にしている。
アメリカの制度は州法及び個別命令によって異なるため,実際の事件では対象州の現行法,州機関の受付要件及び既存命令を別途確認する必要がある。
主な出典は,e-Gov法令検索,Electronic Code of Federal Regulations,USA.gov,カリフォルニア州Child Support Services,ニューヨーク州裁判所,米国務省及びハーグ国際私法会議である。