第1 この記事の対象
1 上司から部下への言動だけが対象ではない
職場のパワーハラスメントは,上司から部下への言動に限られない。
同僚又は部下であっても,業務上必要な知識・経験を持ち,その協力がなければ業務を円滑に進めることが難しいなど,相手が抵抗又は拒絶しにくい関係があれば,「優越的な関係」を背景とする言動になり得る。
本記事は,同僚間の言動について,会社が相談を受けてから,事実確認,調査中の接触回避,認定,注意・懲戒の選択,配置転換及び事後確認へ進む実務上の順序を整理するものである。
個別の言動がパワーハラスメントに当たるか,懲戒処分又は配転命令が有効かは,具体的な事実,就業規則及び雇用契約に即して別に判断する必要がある。
対応段階から読む箇所を選ぶ
現在どの段階にいるかを整理したい場合は,次の表から該当箇所を読むとよい。
これは記事の使い方を示す案内であり,全ての事案を同じ順番で処理する趣旨ではない。
安全の確保が必要なときは,第4の暫定措置の検討を,事実調査と並行して進める。
| 対応段階 | まず確認すること | 本文の参照箇所 |
|---|---|---|
| 調査を始める | 言動の対象場面を分け,当時の関係,保全する資料,双方への確認事項を整理する | 第2・第3・第4・第5 |
| 注意書を作る | 確認した事実と適用規程を示し,懲戒か非懲戒か,今後どの行動を求めるかを決める | 第6・第7,注意書の文例 |
| 異動を検討する | 暫定分離と恒久的な配転を分け,命令権,必要性,不利益及び代替手段を確認する | 第8,内示書の文例 |
| 異議に対応する | 既存記録と照合し,追加確認を要する点と,評価・措置について説明する点を分ける | 第9の4 |
| 対応後を確認する | 誰がいつ確認するかを決め,接触,業務分担,適応状況,報復的な取扱い等を確認する | 第9の1・2・3 |
注意書や異動通知の作成段階に進んでも,それまでの確認に不足が見つかれば,該当する事項へ戻って確認する。
各段階の書面の作り方は,第7・第8で案内している関連記事も参照されたい。
2 法令上の三つの要素
労働施策総合推進法31条1項及び厚生労働省の指針によれば,職場のパワーハラスメントは,①優越的な関係を背景とした言動,②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動,③労働者の就業環境が害されることの三要素を全て満たすものである。
客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示又は指導は,これに当たらない。
法令上の類型と他のハラスメントとの関係は,職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例(AIリライト)で説明している。
第2 同僚間の「優越的な関係」を具体化する
1 役職名だけで決めない
同僚間の事案では,勤続年数が長い,声が大きい又は性格が強いという抽象的な評価だけで,「優越的な関係」を認定しない方がよい。
会社は,業務分担,作業手順を実際に決めている者,質問・承認・引継ぎの経路,代替要員の有無,特定の知識又は技能への依存,二人だけになる時間,相手が拒絶した場合の業務上の影響などを確認する。
形式上の役職が同じでも,一方が事実上作業を割り振り,他方がその者の協力なしに仕事を続けにくい状態であれば,関係の実態を記録する必要がある。
反対に,勤続年数の差だけで相手が抵抗又は拒絶できない蓋然性が高いとまではいえない場合もある。
言動を受けた者がその場で反論したことや,一時的に声を強めたことだけで,日常の業務上の関係まで対等であったとは判断できない。
反論・拒絶の実情は一つの判断資料となるが,実際の指示系統,知識・技能への依存及び協力を得られない場合の支障などと併せて確認する。
同僚間の行為も対象に含むと定める社内規程でも,その定義が優越的な関係を要件としている限り,同僚間であることだけで要件の確認が不要になるわけではない。
認定の前に,規程の定義,就業規則の禁止条項及び懲戒事由がどの文言で書かれているかを確かめ,「継続的に」を要件とする古い定義等が残っていれば,一回の言動への当てはめを別に検討する。
規程の点検の方法は,就業規則のハラスメント条項の点検―古い定義,廃止規程の引用,懲戒事由との対応と令和8年10月1日改正で説明している。
2 優越性は言動が行われた時点で確認する
優越的な関係の有無は,会社が後に配置転換をした結果ではなく,問題となる言動が行われた時点の関係を基準に確認する。
組織図,職務分掌,勤務表及び資格一覧だけでなく,実際の指示系統を知る上司・同僚の説明も対応させることが重要である。
第3 一連の出来事を場面ごとに分ける
1 業務上の指示と私的・感情的な追及を分ける
同じ日に複数の応酬がある場合は,「一日中怒鳴られた」又は「仕事の注意をしただけ」という一括した評価から始めず,場面ごとに分ける。
例えば,機械又は運搬作業の速度に関する指示,休憩中の私的な話題を理由とする追及,謝罪の言葉,退職を示唆する発言は,目的も業務上の必要性も異なるため,それぞれ日時,場所,発言,声量,距離,継続時間及び同席者を確認する。
作業の安全又は納期のために一定の指示が必要であったとしても,そのことから,別の場面の人格攻撃,威圧的な反復又は私的な話題への過度な追及まで正当化されるわけではない。
反対に,一部に不適切な表現があったことから,全ての業務指示を不要な言動と扱うことも適切ではない。
2 前後の経緯を切り離さない
発言だけを短く抜き出すと意味が変わるため,直前の会話,相手の応答,上司による制止,その後の謝罪又は追加発言まで一つの時系列にする。
謝罪の有無に食い違いがある場合は,「謝罪した」「謝罪を受けていない」という評価だけでなく,実際の言葉,声の調子,場所,同席者及び相手の応答を記録する。
記録に「口論」「揉めた」と書かれていても,双方が同程度の強い口調で発言したことや,力関係が対等であったことまで確認されたとは限らない。
誰が何を述べ,どちらの発言が先で,反論・抗議や上司の制止がいつあったのかを具体的に確認する。
相手にも問題のある発言があった場合はその内容と程度を考慮するが,感情的になった理由が理解できることと,その応答の態様が許容されることは分けて評価する。
相談者の側に,からかいと受け取られる発言等があったと行為者が述べる場合も,その有無と内容を確認する。
パワーハラスメント指針は,業務上必要かつ相当な範囲を超えたかの判断に当たり,言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む経緯や状況を考慮するとしている。
もっとも,経緯にそうした発言があったことで,大声での反復した追及等が当然に正当化されるわけではない。
相談者への指導が必要な場合は,その必要性を独立した事実に基づいて検討し,相談したことを理由とする不利益な取扱いにならないよう,調査・判断の経緯と理由を記録する。
行為者とされる者から,自分も嫌がらせを受けたとの申告があれば,その申告も受け付け,具体的な言動,日時,関係者及び裏付け資料を確認する。
相談者の保護と,反対方向の申告を公平に調べることは両立する。
調査や指導の手続を分ける場合も,反対方向の申告を取り上げないという意味にはせず,申告ごとの認定と措置の理由を明確にする。
申告の内容が,会社が経緯として既に確認し,注意の判断で考慮した出来事(例えば相談者が先に持ち出した話題)を指すにとどまる場合は,その旨と判断を記録すれば足り,同じ出来事を改めて調査し直す必要は必ずしもないと考えられる。
これに対し,申告が別の具体的な言動を挙げるものである場合や,本人が相談窓口に正式に調査を求めた場合は,別の申告として受け付けて確認する。
相手方の言動を考慮する範囲,双方への指導及び懲戒処分との関係は,パワハラは相手にも原因がある?―前後の経緯,喧嘩両成敗,双方への指導及び処分で詳しく説明している。
第4 初動では保護と証拠保全を並行する
1 最終認定前でも暫定措置を検討する
心身への影響又は接触継続の危険が具体的に認められるときは,最終的な事実認定を待たず,勤務場所,担当業務,休憩場所又は連絡経路を一時的に分けることを検討する。
これは有罪認定又は懲戒処分ではなく,調査と安全を確保するための暫定措置であるから,目的,開始日,期間,見直し日,給与・評価への影響及び責任者を記録する。
申告者だけを本来の仕事から長期間外すと,保護措置が実質的な不利益となり得る。
本人の意向を確認し,接触時間の調整,上司の同席又は行為者側の一時配置変更など,より負担の少ない方法を比較する必要がある。
行為者とされる労働者から体調不良の申告又は診断書の提出があった場合も,健康確保のための確認を行う。
人事担当者は,診断書に記載された事項と記載されていない事項を分け,本人が現在の仕事で困っている点,配慮の希望及び確認を要する業務上の危険を整理することが望ましい。
病名や通院の記載だけから,会社の対応が発症原因であること,通常勤務に支障がないこと,又は全ての注意指導を中止すべきことを決めることはできない。
健康への配慮,問題行為の事実確認及び措置の相当性は分けて検討し,面談の時間・方法,接触回避又は業務負担の調整が必要かを判断する。
診断書の確認事項と健康情報の管理は,問題社員対応の基本手順で説明している。
行為者とされる労働者が,自分もハラスメントを受けたと申し出た場合は,その相談を別の申告として受け付け,対象となる言動,日時,相手及び資料を確認することが望ましい。
その申告の調査と,先に申告された言動の調査を区別し,どちらかの申告があったことだけで他方の申告を虚偽と扱わない。
2 消える資料から保全する
防犯カメラ映像,チャット,電子メール,勤怠記録,作業日報及び入退室記録は,通常運用で消去又は上書きされる前に保全する。
保全した資料について,取得日時,取得者,取得元,複製方法及び保管先を記録し,原本又は元データと作業用複製を分ける。
私物端末,私用アカウント,健康情報又は秘密録音を当然に取得できるわけではない。
取得の適法性,調査目的との関係,アクセス権限及び個人情報の取扱いを別に確認する。
調査体制,情報管理及び暫定的な保護措置の詳細は,内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理で説明している。
第5 聴取と記録の作り方
1 自分が見聞きした事実と伝聞を分ける
相談者,目撃者及び行為者を聴取するときは,誰が自分で見聞きしたのか,他人から聞いたのか,資料から確認したのかを区別する。
面談記録には,出席者,開始・終了時刻,質問,回答の要旨,提出資料,食い違う点及び追加確認事項を残す。
対象者別のヒアリングシートの項目と記載例は,ハラスメント調査のヒアリングシートの作り方―相談者・行為者・第三者別の質問,認否の記録,所見の書き分けと調査結果のまとめで説明している。
相談者と行為者の説明が一致しない場合は,双方の主張を並べ,客観資料及び第三者の説明で確認する。
行為者には,回答できる程度に日時,場所,問題となる発言又は行動及び適用を検討する規程を示し,認否,経緯,理由,反証資料及び関係者を確認する。
2 資料の種類を混同しない
調査記録では,①本人の原発言又は原資料,②聴取者が作成した要約,③勤怠・映像・チャット等の客観資料,④後日作成された回顧的なメモ,⑤法的評価を区別する。
後日作成された指導メモは,過去の対応を確認する手掛かりにはなるが,今回の言動そのものを直接証明する資料ではないため,当時のメール,面談記録又は人事評価等で裏付ける。
生成AIによる要約は,整理又は検索の補助として使うことはできるが,原発言,原資料又は会社の正式な認定記録の代わりにはならない。
要約を利用するときは,元資料への参照を残し,事実と評価が混ざっていないかを人が確認する。
被申告者が,聴取担当者又は上司の対応自体にも異議を述べる場合は,元のパワーハラスメント申告に対する反論と,調査手続への苦情を分けて記録する。同じ担当者だけで自己の聴取方法を評価するのではなく,必要に応じて別の上位者,法務・コンプライアンス部門又は外部窓口による確認経路を設ける。
元の言動,調査手続への苦情,診断書に基づく就業配慮,注意・懲戒及び配置転換は別の論点である。録音がある場合は原音,反訳及び担当者の要約を区別し,重要な不一致は原音の対象箇所と前後の文脈を確認した上で,具体的な反論機会を設ける。被申告者側の対応順序は,パワハラの加害者とされたが納得できないとき―反論書,録音,労働局相談,厳重注意及び配置転換への対応(AI作成)で説明している。
第6 パワーハラスメントの認定と対応を分ける
1 三要素を場面ごとに当てはめる
会社は,各場面について,①優越的な関係,②業務上の必要性と態様の相当性,③就業環境への影響を記録し,三要素を全て満たすかを判断する。
声量,反復回数,人前かどうか,身体的な接近,発言内容,行為の目的,緊急性及び制止後の継続などを総合する。
欠勤,受診又は業務変更は就業環境への影響を判断する重要な事情となり得るが,これらがあれば自動的にパワーハラスメントになるわけではない。
逆に,医師の診断書がないことだけで,就業環境が害されていないと決めることもできない。
2 認定と措置の重さは別に検討する
パワーハラスメントに当たると認定した後も,どの措置を講ずるかは,行為の内容,反復性,結果,過去の注意歴,規程,弁明,同種事例との均衡及び再発可能性に即して決める。
認定したことから直ちに特定の懲戒処分が決まるわけではなく,認定できなかったことから職場環境の改善措置が不要になるわけでもない。
厚生労働省のパワーハラスメント指針は,事実確認ができなかった場合にも,再発防止措置を講ずることを求めている。
社内調査での認定は,損害賠償請求が認められるかという違法性の判断ではなく,職場環境の改善と再発防止のため,指針の三要素と社内の服務規律に照らして行うものである。
もっとも,会社が書面で行った認定は,後に労災請求,損害賠償請求又は懲戒処分の効力を争う訴訟があった場合に,会社自身の判断として扱われ得る。
精神障害の労災認定基準の運用上の留意点によれば,同基準の業務による心理的負荷評価表では,「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」と「同僚等から、暴行又はひどいいじめ・嫌がらせを受けた」は別の具体的出来事とされている。
認定書面には,証拠に照らして認定できる具体的事実を示し,ハラスメントの定義条項,服務規律及び懲戒事由のどれを根拠とするのかを区別して記載する。
複数の条項が該当する場合は,事実と各条項の対応関係を整理する。
認定類型を曖昧にしないことは必要であるが,根拠条項を常に一つに限定する必要はなく,同じ行為を重複評価して措置を不当に重くしないようにする。
第7 厳重注意と懲戒処分を区別する
1 非懲戒の厳重注意にする場合
会社が懲戒処分までは行わず,書面による厳重注意又は業務上の指導を行う場合は,文書の性質を明確にする。
文書には,確認した具体的事実,問題となる規程又は職場ルール,問題点,今後求める行動,再発時に検討し得る措置及び相談・指導の担当者を記載する。
厳重注意書には,「口論した」「真摯に謝罪しなかった」「反省がない」という要約・評価だけでなく,確認した発言,声量,反復,制止後の言動及び業務への影響を示す。
当初の威圧的な言動と,後の謝罪をめぐるやり取りは,時刻,場面,目撃者及び供述の一致・不一致を区別して記載する。
謝罪や事後の態度は対応の判断材料となり得るが,相手が謝罪と受け止めなかったことだけから,別個の違反行為や反省の欠如を直ちに確定しない。
「パワハラを認めて反省する」など,本人が争っている法的評価への同意を受領署名の条件にすると,文書の交付と事実認定が混同されやすい。
受領欄は文書を受け取ったことの確認にとどめ,受領が記載内容の自認を意味しないことを明示する方法が考えられる。
本人が受領又は署名を拒んだ場合は,その日時,同席者,提示方法及び本人が述べた理由を記録し,可能であれば書面又は電子メールで交付する。
署名拒否だけを新たな懲戒事由又は事実の自認として扱わない。
注意指導と懲戒処分の区別及び記録方法は,問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分までで説明している。
社内規程が,ハラスメント行為が認められた従業員には懲戒処分を行うと定めている場合に,懲戒処分ではない厳重注意とするときは,懲戒処分の要否を検討したこと及び懲戒処分としない理由を文書に残す。
理由としては,一回の出来事であること,身体的な接触がないこと,本人が事実の一部を認めていること等が考えられる。
是正を求める事項には,相談者や調査に協力した者に対し,本件を理由とする非難,詰問又は報復をしないことも加える。
報復禁止は,相手への非難,詰問,威圧その他の不利益な言動を防ぐためのものであり,会社への申告,受診,弁護士・労働組合・行政機関への正当な相談又は適正な法的手続を妨げる趣旨ではない。
事実認定や法的評価への異議と,威圧・報復に当たる具体的な言動を区別し,否認,異議又は訴訟を検討する旨の発言だけを理由に不利益を加えない。
厳重注意書にこの趣旨を書くときは,「なお,本項は,貴殿が会社の相談窓口に相談すること,医療機関を受診すること,弁護士に相談し又は訴えを提起すること等を禁止するものではない。」のように,具体的な行為を並べた平易な文にすると,本人に誤解されにくい。
この一文は法令上必須の記載ではないが,行為者が自分も被害を受けた,会社を訴えるなどと述べている事案では,書面に残しておく方が,後に口止めされたと主張されたときに趣旨を説明しやすい。
厳重注意書全体の記載事項は,厳重注意書の書き方―懲戒処分との違い,記載事項,報復禁止条項及び受領欄で説明している。
2 懲戒処分を行う場合
懲戒処分を行う場合は,就業規則上の根拠,処分手続,弁明機会及び労働契約法15条の相当性を別に確認する。
過去の指導歴を考慮するときは,当時の具体的事実,会社が伝えた内容,本人の応答及び改善状況を確認し,今回と無関係な印象評価を積み重ねない。
第8 配置転換の目的と手続を分ける
1 暫定分離と恒久的な配置転換は目的が異なる
調査中の接触回避は,安全及び調査の確保を目的とする期限付きの暫定措置である。
調査後の恒久的な配置転換は,人員配置,業務量,適性,欠員補充又は職場環境の改善等を目的とする人事措置であり,根拠と必要性を改めて検討する。
行為者への厳重注意又は懲戒処分と同時に配転する場合も,処分通知書と人事異動の通知書を分け,それぞれの目的,根拠及び効力発生日を説明することが望ましい。
書面上は業務上の異動としながら,実際には制裁として不利益な仕事へ移すと,目的の説明と実態が食い違う。
本人向けの異動通知には,配属先,発令日,主な職務及び説明可能な業務上の目的を簡潔に記載する。事実調査の詳細,相談者・第三者の個人情報,候補者の比較,人員数・業務量の資料及び代替案の検討は,人事部門の社内記録として分けて保存する。内示書を詳細にしすぎると,調査資料の過剰開示,未確定事実の固定化又は記載と実際の配属との不整合を生じやすい。他方で,理由を短くすることは,業務上の必要性の検討又は本人への説明を省くことを意味しない。内示書の記載項目と文例は,「人事異動内示書の書き方―異動理由はどこまで書くか,社内記録との分け方と配置転換通知の文例」で説明している。
行為者の配置転換を処分と同じ時期に行う場合は,行為者の弁明を聴いた後に処分と配置転換を併せて決め,同じ日に別々の書面で伝える方法が考えられる。
ただし,同時実施は必須の順序ではなく,処分の日程を理由に必要な保護措置を遅らせないようにする。
就業規則が配置転換の内示期間を定めているときは,その期間から逆算して面談と決定の日程を組む一方,それまでの接触回避と相談者の原職への復帰時期は,危険と負担に応じて別に判断する。
相談者だけが本来の業務から外れた状態が長引くときは,行為者の作業を一時的に変えて相談者を先に元の業務へ戻すことも検討する。
暫定措置は最終的な認定や制裁を先取りするものとせず,目的,範囲,期間,不利益及び見直し条件を明確にする。
休業又は一時分離後の原職復帰,行為者との接触回避及び健康上の配慮は,パワハラ被害者の原職復帰―行為者との分離,配置転換,休職・復職及び会社の対応で説明している。
2 配転命令の有効性を別に確認する
配転前に,就業規則及び雇用契約上の命令権,職種・勤務地の限定合意,業務上の必要性,不当な動機・目的,賃金・通勤・健康・家庭生活・専門性への不利益及び代替手段を確認する。
人員不足又は将来の退職見込みを理由とする場合は,対象部署の要員数,業務量,必要な技能,教育計画及び選定理由を同時期の資料で残す。
被害申告者を異動させる場合は,本人の意向だけでなく,本来の業務,賃金,評価,キャリア及び通勤への不利益を具体的に確認する。
保護を目的とする措置であっても,被害申告者だけが不利益を負う運用になっていないかを点検する。
配転命令の法的枠組みは,配転命令(転勤命令)の有効性―就業規則の根拠,職種・勤務地の限定合意と東亜ペイント事件の判断枠組みで説明している。
第9 当事者への説明と事後確認
1 行為者への説明
行為者には,会社が確認した事実,認定した事項,認定できなかった事項,適用した規程,注意又は処分の内容及び今後求める行動を区別して伝える。
異動を行う場合は,注意又は処分とは別に,異動の業務上の目的,配属先,職務,発令日,引継ぎ及び教育計画を説明する。
本人が注意,処分又は事実認定に異論を述べた場合は,異論の内容と会社の回答を記録する一方,異動の理由説明を注意対象事実の再論にしない。異動の必要性と不利益は別の人事判断として説明し,本人から健康,家庭,通勤,賃金又はキャリア上の具体的な不利益の申出があれば再検討する。
行為者とされる者自身が不眠,頭痛等の体調不良を訴えた場合も,その申告を記録し,受診や就業上の配慮の必要性を確認する。
通常どおり勤務を続けていて配慮の申出がなく,本人が自分で受診する意向を示している場合は,注意書の交付や異動の説明の際に,受診して就業上の配慮が必要になれば申し出るよう伝え,伝えたことを記録する程度でも足りると考えられる。
健康への対応と,問題となった言動の事実認定・責任判断は分けて進め,症状の申告を無視したり,申告があったことだけで言動が正当化されると判断したりしない。
2 相談者への説明
相談者には,プライバシー及び人事情報に配慮しつつ,調査が終了したこと,会社が必要と判断した職場環境上の措置,相談後の不利益取扱いを行わないこと及び再相談先を伝える。
他の従業員に対する懲戒の詳細又は聴取内容を無制限に開示する必要はないが,会社が何も対応していないとの不安を残さない範囲で説明する。
行為者の謝罪は,相談者の意向を確認し,望む場合に限って会社を通じて書面等で行う方法が考えられ,対面での謝罪を求めない方がよい場合もある。
相談者の定年や再雇用の時期が近いときは,その判断が相談と結び付けて受け取られないよう,判断の基準と理由を記録しておく。
社内の対応で解決しない場合には,労働局の雇用環境・均等部(室)又は総合労働相談コーナーへの相談も考えられる。
会社の防止措置・相談対応をめぐる労使間の紛争と,同僚個人に対する請求は区別し,利用できる制度を確認する必要がある。
会社への相談や事実確認への協力,法定の援助の申出又は調停の申請を理由とする不利益取扱いの禁止については,労働施策総合推進法31条2項,36条2項及び37条2項の対象と要件に留意する。
会社が行政機関から連絡を受けたときは,部署名,対象制度,照会事項及び回答期限を確認し,資料保全と必要な社内対応を進める。
外部相談の事実を受けて申告の撤回を迫るなどの対応は避ける。
相談先の違い,会社へ伝わる情報及び行政から連絡を受けた場合の確認事項は,パワハラは労基署と労働局のどちらに相談する?相談後の流れ・匿名性・解決手続で説明している。
3 再発防止と見直し
次回確認日と責任者を決め,接触の再発,業務分担,健康状態,職場のコミュニケーション,注意又は異動後の適応及び報復的な取扱いの有無を確認する。
一件の対応を終えた後も,管理者不在時の指示系統,二人作業の安全手順,相談経路及び研修内容を見直すことが重要である。
4 調査結果への異議と追加確認の範囲
調査結果への異議を受けた場合も,事実関係を迅速かつ正確に確認するという基本は変わらない。
厚生労働省のパワハラ防止指針は,双方からの事実確認と,主張が一致せず確認が十分でない場合の第三者聴取等を例示している。
他方で,労働施策総合推進法及び同指針には,異議が出るたびに必ず全面的な再調査を行うという一律の手続は定められていない。
自社規程,労働協約又は個別の合意に手続の定めがある場合は,その適用を確認する。
実務上は,異議の内容と既存記録を照合し,判断に影響し得る未確認事項があるかによって,追加確認の要否と範囲を決める。
| 異議の内容 | 追加対応の考え方 |
|---|---|
| 既に確認した経緯や説明が繰り返されている | 記録と照合し,その事情をどう考慮したか説明する。同じ聴取を一律にやり直す扱いにはしない |
| 未提出の資料,重要な未聴取の事実又は看過した矛盾が具体的に示された | 結論への影響を見極めるため,該当資料や関係者に対象を絞って追加確認する |
| 事実の有無ではなく評価や措置の重さが争われている | 問題行為の認定,経緯等の考慮及び選択した措置の相当性を分けて説明する |
| 調査担当者の言動等について別の問題が申し出られている | 元の申告対象行為とは別の確認事項として整理し,担当者の関与や確認体制を検討する |
この表は,指針の事実確認義務を具体化するための筆者の実務上の整理であり,法令が追加確認不要の類型を定めたものではない。
会社が同じ説明の繰り返しだと考えていても,未確認の重要な事実や資料を含んでいないかは確認する。
追加の申出への回答を別途行うことと,必要な職場対応を進めることは両立し得る。
ただし,未確認事項が予定する措置の前提を左右する場合や,緊急の安全上の問題がある場合は,その影響を確認して措置の実施時期・方法を検討する。
回答では,争点ごとに確認結果と会社の判断を伝える。
他の従業員の供述や健康情報を無条件に開示せず,必要な説明と関係者のプライバシー保護を両立させる。
回答書の組立ては,従業員からAIで作成した要求書面が届いたらの第5も参照されたい。
第9の表を使って対応記録を作る
第9の4の表を読んだ後は,異議の分類名だけで処理を終えず,どの記録を確認し,何を判断したかを残すとよい。
次の記入欄は,その表を個々の申出に当てはめるための筆者の実務上の提案であり,法定書式ではない。
一つの申出に複数の論点があれば,論点ごとに欄を分けて用いる。
| 記入欄 | 記録する内容 |
|---|---|
| 受付 | 申出日[ ]/申出方法[ ]/記録者[ ]/対象となる通知・説明[ ] |
| 異議の対象 | 本人が争う事実,評価又は措置[ ]/確認してほしい事項[ ] |
| 第9の表との対応 | 既確認の経緯の繰返し・未提出資料等・評価や措置の重さ・調査担当者の言動等のうち,該当する事項[ ] |
| 既存記録との照合 | 確認した記録名と該当箇所[ ]/既に確認した点[ ]/未確認の点[ ] |
| 追加確認の判断 | 追加確認する内容・資料・相手[ ]/追加確認をしない事項とその理由[ ]/判断者・判断日[ ] |
| 本人への回答 | 伝えた確認結果と判断理由[ ]/回答日・回答者[ ]/なお残る事項[ ] |
| 次の対応 | 現在の措置への影響[ ]/担当者[ ]/次回連絡・確認予定[ ] |
既存の説明と同じに見える場合も,未確認の重要事項が含まれないかを照合してから記入する。
追加確認を行うと判断したことと,その確認が終わったことは別に記録する。
会社の回答後も残る事項には,未解決の内容と次の担当を記し,回答したことだけで確認済みの扱いにしない。
確認日や連絡予定は事案に応じて設定するものであり,一律の法定期限を示すものではない。
第10 実務チェックリスト
1 初動と調査
①同僚間の実際の指示系統,知識・経験への依存及び代替要員を確認したか。
②一連の出来事を,業務指示,私的・感情的な追及,謝罪その他の場面に分けたか。
③消去される資料を先に保全し,原資料と作業用複製を分けたか。
④相談者,目撃者及び行為者の説明について,直接見聞きした事実と伝聞を分けたか。
⑤食い違う事項を行為者に示し,反証の機会を確保したか。
2 暫定措置,注意及び異動
①暫定分離の目的,期間,給与・評価への影響及び見直し日を記録したか。
②パワーハラスメントの認定と,注意又は懲戒の重さを別に検討したか。
③厳重注意が非懲戒の指導である場合,文書上もその性質を明確にしたか。
④受領署名を事実又は法的評価の自認と混同していないか。
⑤配置転換について,職場環境の改善目的と人員配置上の必要性をそれぞれ記録したか。
⑥処分通知と異動通知を分け,説明した目的と実際の運用を一致させたか。
⑦相談者への説明,再相談先及び事後確認日を定めたか。
⑧認定書面に,認定できる具体的事実と,定義条項・服務規律・懲戒事由との対応を示し,複数条項が該当する場合も認定類型と根拠を曖昧にしていないか。
⑨規程が懲戒処分を行うと定めている場合に,懲戒処分としない理由を記録したか。
⑩決定会議の記録に,本人の反論ごとの判断と異動先の選定理由を残し,面談記録から引用するときに本人の発言と面談者の所見を分けたか。
第11 出典・参考資料
1 法令・行政資料
①労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律
②事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
③職場におけるハラスメントの防止のために
④心理的負荷による精神障害の認定基準に係る運用上の留意点について(令和5年9月1日付け基補発0901第1号)
⑤東京弁護士会『LIBRA』2022年6月号 萩原怜奈「今後のパワハラ問題 使用者側はこう見る」8頁~9頁
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①職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例(AIリライト)
②内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理
③問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分まで
④配転命令(転勤命令)の有効性―就業規則の根拠,職種・勤務地の限定合意と東亜ペイント事件の判断枠組み
⑤就業規則のハラスメント条項の点検―古い定義,廃止規程の引用,懲戒事由との対応と令和8年10月1日改正
⑥厳重注意書の書き方―懲戒処分との違い,記載事項,報復禁止条項及び受領欄