パワハラの相談先に迷ったときは,都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)又は総合労働相談コーナーが入口になります。
総合労働相談コーナーは労働基準監督署の建物内にもありますが,そこでの相談と,監督署が行う労働基準法等に基づく監督業務は区別する必要があります。
相談しただけで直ちに会社への調査,パワハラの認定又は慰謝料の支払命令が行われるわけではありません。
相談,会社の防止措置に対する行政指導,労使間の紛争解決援助・調停,労災補償では,目的と進み方が異なります。
本記事は,令和8年10月27日現在の法令及び行政の公開資料に基づき,主として民間企業で働く人の相談先と手続の選び方を説明します。
第1 労基署・労働局・総合労働相談コーナーの違い
1 相談場所と担当する仕事を分ける
総合労働相談コーナーは,解雇,配置転換,いじめ・嫌がらせ,パワハラなど,幅広い労働問題を扱う相談窓口です。
厚生労働省は,労働者と事業主の双方からの相談を,面談又は電話で受け,無料で利用できると案内しています。
所在地と連絡先は厚生労働省の総合労働相談コーナー案内で確認できます。
「労基署に相談する」という言葉だけでは,建物内の総合労働相談コーナーを利用するのか,労働基準法等の違反について監督担当部署へ相談するのかが明確ではありません。
窓口では,誰のどのような行為に困っているか,会社がどう対応したか,何を求めているかを伝え,担当部署を確認すると整理しやすくなります。
| 困っていること・求めること | 主な入口 | 区別する点 |
|---|---|---|
| パワハラの相談先や利用できる制度を知りたい | 総合労働相談コーナー,労働局の雇用環境・均等部(室) | 情報提供と,会社への働きかけを伴う手続は別である |
| 会社が相談を受け付けない,必要な確認や防止措置をとらない | 労働局の雇用環境・均等部(室) | 会社の防止措置等に対する行政指導と,労使間の紛争解決援助を分ける |
| 賃金不払など労働基準法等の違反も疑われる | 労働基準監督署の担当部署 | パワハラという名称だけでなく,疑われる具体的な法違反を伝える |
| 仕事による病気・けがについて労災保険給付を請求したい | 労働基準監督署の労災担当部署等 | 労災給付の要件と,会社への慰謝料請求の要件は同一ではない |
厚生労働省は,総合労働相談コーナーで受けた相談について,労働基準法等の違反が疑われる場合は,行政指導等の権限を持つ担当部署に取り次ぐと説明しています。
相談先が分からない段階で,自分だけで管轄を決め切る必要はありません。
2 この記事で扱う人の範囲
労働施策総合推進法35条から39条までの紛争解決制度等は,同法48条により国家公務員・地方公務員には適用されません。
公務員の場合は,所属先や任用関係に応じた相談・救済制度を別に確認する必要があります。
パワハラの定義や事業主の措置義務の全体像は,職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例で説明しています。
第2 パワハラを労働局に相談したらどうなる?
1 最初の相談で事実と希望を整理する
相談では,出来事の経緯,勤務先への相談の有無,勤務先の対応及び希望する解決を整理し,利用できる制度の案内を受けます。
最初に情報を得たいのか,会社への働きかけまで求めたいのかを伝えることが有用です。
例えば,「相手と接触せず働き続けたい」「会社に事実確認をしてほしい」「相談後の不利益な取扱いをやめてほしい」では,確認すべき事情が異なります。
これは相談内容を整理するための例であり,その希望どおりの措置が必ず実現するという意味ではありません。
2 会社の防止措置に対する行政指導
労働施策総合推進法31条は,事業主にパワハラに関する相談体制の整備その他の必要な措置を求めています。
同法42条は,法律の施行に必要がある場合の事業主に対する助言・指導・勧告を定めています。
長野労働局の案内では,会社への聴取りや書面提出により,防止対策や相談対応が適正に行われているかを確認し,法違反が確認された場合は是正を求める行政指導を行うと説明されています。
ここでは会社の措置義務等が問題となり,行政機関が相談者に代わって慰謝料額を決め,支払を命じる手続とは区別されます。
3 労働局長による紛争解決の援助
同法36条は,35条の対象となる労働者と事業主の間の紛争について,当事者の双方又は一方が援助を求めた場合,労働局長が必要な助言・指導・勧告をできると定めています。
会社の措置をめぐって労使間の意見が対立している場合に,話合いによる解決を支援する制度です。
長野労働局は,この援助が,パワハラの有無を調査して判断する制度ではないと説明しています。
防止措置についての行政指導と,個別の紛争について話合いを支える援助を,同じ「指導」という言葉だけで混同しないことが大切です。
4 紛争調整委員会による調停
同法37条は,当事者の双方又は一方から申請があり,解決のため必要と認められる場合に,労働局長が紛争調整委員会に調停を行わせると定めています。
行政の案内では,調停委員が双方の事情を聴き,調停案を示して受諾を勧める制度とされています。
援助・調停は任意の手続で,相手が応じず打切りになる場合もあり,裁判所の判決と同じ強制的な解決ではありません。
5 「あっせん」と「調停」を一括りにしない
労働施策総合推進法35条は,同法31条1項・2項等に定める事項についての労働者と事業主との間の紛争につき,一般の個別労働紛争解決制度の一定の規定を適用せず,同法の特例によることを定めています。
したがって,パワハラの問題は全て一律に一般制度の「あっせん」へ進む,とは説明できません。
防止措置や相談を理由とする不利益取扱いの争いなのか,ほかの労働条件の争いもあるのかを整理して,利用する制度と担当窓口を確認します。
厚生労働省の一般的な個別労働紛争解決制度の案内と,パワハラに関する援助・調停の案内は,対象を分けて読む必要があります。
第3 労基にパワハラの相談をしたら会社にバレる?
1 相談と,会社に対応を求める段階を分ける
総合労働相談コーナーは,相談者のプライバシーに配慮して対応すると案内しています。
ただし,このことから,どの手続を利用しても会社に相談の事実や本人が絶対に知られない,とはいえません。
労使間の紛争について援助・調停を進める段階では,相手方である会社の意見を聴くことが問題になります。
まずは窓口に,「会社への連絡を希望していない」「連絡前に内容と範囲を確認したい」など,自分の希望を伝え,次に何を行う予定なのかを確認してください。
行政指導については,長野労働局は,労働者からの相談・情報が寄せられたことを会社に伝えず行うこともあると説明しています。
ただし,個別の出来事,日時,所属などから,会社側が本人を推測する可能性も考慮する必要があります。
情報を伏せる取扱いと,事実関係から推測されないことは別です。
2 相談等を理由とする不利益な取扱い
労働施策総合推進法31条2項は,同条の相談や事実確認への協力を理由とする解雇その他の不利益取扱いを禁止しています。
36条2項と37条2項も,援助の申出や調停の申請を理由とする不利益取扱いを禁止しています。
相談後に不利益を受けたと考える場合は,その日時,会社からの説明,変更前後の業務・賃金・評価等を記録し,窓口に伝えることが有用です。
相談の後に人事上の変更があったという時系列だけで結論を出さず,理由と具体的な影響を確認します。
社内での氏名・調査情報の管理は,内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理で説明しています。
第4 相談前に整理することと持参資料
1 「パワハラ」という評価と具体的な出来事を分ける
相談の準備として,次の事項を1枚のメモに整理すると,限られた時間で経緯を伝えやすくなります。
以下は説明のための整理例であり,全てがそろわなければ相談できないという条件ではありません。
| 整理する事項 | 記載例・確認する内容 |
|---|---|
| 誰が,いつ,どこで | 相手との業務上の関係,日時,場所,同席者 |
| 具体的に何があったか | 実際の言葉・行動,回数,前後の経緯。直接見聞きしたことと伝聞を分ける |
| 何が残っているか | メール,チャット,勤務表,相談記録等。後から作ったメモは作成日も記す |
| 会社はどう対応したか | 相談日,担当者,伝えた内容,回答,調査・保護措置の有無 |
| 何を希望するか | 接触回避,会社による確認,働き続けるための措置等 |
2 資料が不十分でも,まず相談先に確認する
相談に必要な資料と,後の手続で主張を裏付ける資料は同じではありません。
録音や診断書がないことだけで,窓口への相談を諦める必要はありません。
提出資料は,自分が適法に保有するものを中心に整理します。
他人のアカウントへ入ったり,会社の情報を無制限に持ち出したりすることまで,証拠集めのために当然に許されるわけではありません。
入手・提出してよいか判断に迷う資料は,内容と取得方法を専門家に相談することが適切です。
第5 対応が進まないときに確認すること
1 どの段階で止まっているかを確認する
「労働局が動いてくれない」と感じるときは,情報提供だけを受けた段階なのか,行政指導を求めたのか,援助・調停を申し立てたのか,会社が任意の手続に応じなかったのかを分けて確認します。
担当窓口には,利用中の制度名,次の手続,相手方への連絡の有無,自分が追加して説明すべき事項を確認すると整理しやすくなります。
任意の紛争解決手続が打ち切られたことは,それだけで自分の主張が誤りだと認定されたという意味ではありません。
2 求める解決に合った手続を検討する
行政による相談・指導で扱えることと,個別の金銭請求や権利関係について判断を求めることは別です。
慰謝料等の請求や,任意の話合いで解決しない問題は,弁護士に資料を示し,交渉・裁判手続を含む方法を相談することが考えられます。
仕事が原因の病気・けがについて労災保険給付を求める場合には,労災の手続を別に確認します。
厚生労働省「労働災害が発生したとき」は,労働基準監督署長宛ての請求と,給付の種類に応じた提出先を案内しています。
行政相談をしたことだけで,労災請求まで済んだことにはなりません。
第6 会社が連絡を受けたときの対応
会社側は,「労基署から連絡が来た」という受け止め方だけで対応を決めず,部署名,対象となる制度,照会事項,回答期限を確認します。
会社の防止措置についての行政指導なのか,個別紛争の援助・調停に関する連絡なのかを整理することが有用です。
その上で,資料の保全,相談者への配慮,双方の事情確認及び会社の説明を進めます。
労働局への紛争解決援助の申出や調停の申請を理由とする解雇その他の不利益取扱いは禁止されています。
申告の撤回を迫るなど,相談者を萎縮させる対応も避ける必要があります。
社内の調査・暫定措置・注意・配置転換については,同僚間のパワハラが疑われたときの会社対応―優越的な関係,事実調査,暫定分離,厳重注意及び配置転換を参照してください。
同記事は同僚間の事案を中心とするため,個別案件では立場や指揮命令関係に即して確認する必要があります。
第7 よくある質問
1 パワハラを労働局に相談したらどうなる?
相談内容と希望する解決を整理し,担当窓口や利用できる制度の案内を受けます。
会社の防止措置等に対する行政指導と,労使間の紛争解決援助・調停は役割が異なるため,どの対応を求めるかを確認します。
2 パワハラを労基署に訴えることはできますか?
労基署内にある総合労働相談コーナーで,パワハラについて相談できる場合があります。
労働基準法等の違反や労災補償の問題は監督署の担当業務と関係しますが,そこで相談することと,裁判所に金銭の支払等を求めることは別の手続です。
3 労基にパワハラの相談をしたらバレますか?
プライバシーに配慮した相談対応が案内されていますが,会社への働きかけを求める段階まで含めて,絶対に知られないとはいえません。
連絡を希望しない段階では,その希望と,会社へ伝わる情報の範囲を窓口に確認してください。
4 職場でパワハラにあった場合,どこに訴えればいいですか?
相談先に迷う場合は,総合労働相談コーナー又は労働局の雇用環境・均等部(室)が入口になります。
会社の対応改善を求めるのか,労災給付を請求するのか,慰謝料等を請求するのかによって,その後に検討する手続が異なります。
第8 出典・参考資料
①e-Gov法令検索・労働施策総合推進法31条,35条~37条,42条及び48条
②厚生労働省総合労働相談コーナーのご案内
③長野労働局パワーハラスメントの解決方法と防止対策の「解決制度のご案内」及び「解決制度に関する留意事項」。
同ページに残る旧条番号は現行法の条番号と区別し,本記事の法令番号は①によります。
④厚生労働省個別労働紛争解決制度
⑤厚生労働省労働災害が発生したとき