第1 この記事の対象
1 対象と基準日
本記事は,職場のハラスメントの相談を受けた会社が,相談者,行為者とされる者及び第三者から事情を聴くときに使う「ヒアリングシート」(聴取記録の様式)の作り方を扱う。
厚生労働省の「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」には,相談の受付に使う「パワーハラスメント相談記録票」が載っているが,行為者や第三者から聴き取るための様式は載っていない。
そこで,厚生労働省の指針と資料が求める事実確認の枠組みを確認した上で,対象者別の質問,認否の記録方法,聴取者の所見の書き分け及び調査結果のまとめ方を,記載例とともに整理する。
法令,指針及び厚生労働省の資料は,令和8年10月23日時点で確認したものである。
2 ヒアリングシートを使う目的
ヒアリングシートは,聴き漏らしを防ぐための質問表であると同時に,誰が,いつ,誰に対し,何を述べたかを後から確認できる記録である。
会社の判断(ハラスメントに当たるか,注意や懲戒をするか,配置転換をするか)は,この記録に基づいて行われ,本人が判断を争ったときは,判断の根拠として読まれる。
そのため,質問の順序よりも,本人の発言,聴取者の評価及び伝聞を混ぜずに残すことが重要になる。
第2 厚生労働省の資料が示す事実確認の枠組み
1 指針が求める事実確認
(1) 双方からの確認と相談者の認識への配慮
労働施策総合推進法31条3項に基づくパワーハラスメント指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は,事業主が講じなければならない措置として,事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認することを挙げている(4(3)イ)。
その例として,相談窓口の担当者,人事部門又は専門の委員会等が,相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること,その際,相談者の心身の状況や言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮することを示している(同①)。
ヒアリングシートを相談者用と行為者用に分けて用意するのは,この双方からの確認を,同じ事実について漏れなく行うためである。
(2) 主張が一致しないときの第三者からの聴取
同指針は,相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり,事実の確認が十分にできないと認められる場合には,第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずることを例に挙げている(4(3)イ①)。
第三者用のシートは,主張が食い違った事項に絞って質問を組み立てることになる。
厚生労働省の「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」も,第三者に話を聞くと問題が外部に漏れやすくなるので,第三者にも守秘義務を十分理解してもらい,事実確認を行う人数はできる限り絞るよう求めている(同マニュアル37頁)。
2 導入マニュアルの「パワーハラスメント相談記録票」
(1) 記録票の項目
同マニュアルの参考資料11「パワーハラスメント相談記録票」は,表面に相談受付日時,相談者の情報(氏名,所属,連絡先等),「いつ」「誰から(相談者との関係)」「どのような(受けた場所,状況,パワハラと感じた具体的な言動など)」の欄と,同席者や目撃者の有無の欄を置いている(同マニュアル73頁)。
裏面には,6つの行為類型ごとの相談内容への当てはめと社内規程上の位置付け,相談者の生活・身体・精神への影響,上司・同僚・外部相談機関等への相談状況,職場環境への影響及び相談者の希望(調査してほしい,指導してほしい,配置転換等の人事上の措置,様子を見たい等)の欄がある(同74頁)。
(2) 記録票が対象とする場面
この記録票は,相談窓口が相談者から最初に話を聴く場面のためのものであり,行為者や第三者からの聴取には向いていない。
同マニュアルは,行為者に対して事実確認を行う際には中立的な立場で話を聴くこと,相談者の認識に誤解があった場合にも報復などは厳禁であることを伝えることを求めている(同マニュアル37頁)。
行為者用・第三者用のシートには,相談記録票とは別に,こうした冒頭の説明と,申告内容ごとの認否を記録する欄を設けることになる。
3 協力者の保護とプライバシー
労働施策総合推進法31条2項は,労働者が相談を行ったこと又は事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由とする解雇その他不利益な取扱いを禁止している。
指針は,相談者・行為者等の情報はプライバシーに属するものであるから,相談への対応や事後の対応に当たってはプライバシーを保護するために必要な措置を講ずること,プライバシーには病歴等の機微な個人情報も含まれることを示している(4(4)イ)。
ヒアリングシートには健康状態や家族の事情が記載されることがあるので,閲覧できる者を限り,懲戒や人事の記録とは分けて保管する。
第3 ヒアリングシートの共通欄
1 冒頭の欄と冒頭で伝えること
(1) 冒頭の欄
冒頭には,①実施日時(開始・終了),②場所,③聴取の対象者,④聴取者と同席者,⑤聴取の方法(対面・オンライン等)及び録音の有無を記載する欄を置く。
相談の申出日と,その事案の出来事の日時は別の欄にする。
(2) 冒頭で伝えること
冒頭で対象者に伝えることを,読み上げ用の文として欄に印字しておくと,説明漏れを防げる。
伝える内容は,①会社が事実関係を確認している目的,②聴取した内容を必要な範囲を超えて共有しないこと,③事実確認に協力して事実を述べたことを理由に不利益な取扱いをしないこと,④関係者に対する報復を禁止すること,⑤分からないことや覚えていないことはその旨答えてよいこと,⑥記録を取ることである。
行為者には,この段階でハラスメントに当たると決めていないことも伝える。
2 末尾の欄
末尾には,①訂正又は追加したい事実,②当日の状況を見聞きした人や確認できる資料,③記録内容の確認(読み上げ又は閲覧の方法,相違の有無),④作成者,⑤作成日の欄を置く。
記録内容の確認欄,作成者及び作成日を空欄のまま残すと,誰がいつ作成した記録なのかを後から説明しにくくなる。
本人が記録の確認や署名を拒んだ場合は,その旨と理由を記載すれば足り,確認を拒んだことだけを不利益に扱わない。
第4 対象者別の質問
1 相談者用
(1) 出来事の特定
相談者には,出来事ごとに,①日時,②場所,③誰から,④実際の言葉や行動(できるだけ言われたとおりの言葉),⑤その前後のやり取り,⑥同席者や目撃者,⑦メール・チャット・メモ等の資料の有無を聴く。
出来事が複数あるときは,一つの欄にまとめず,出来事ごとに行を分ける。
「ずっと無視されている」のような継続的な事情は,始まった時期と,具体的に思い出せる場面を分けて聴く。
(2) 影響と希望
相談記録票と同じく,心身や仕事への影響,休暇の取得,上司や外部機関への相談状況及び会社に望む対応を聴く。
相談者が行為者や他の従業員への聴取を望まない場合について,同マニュアルは,確認ができなければ会社としてそれ以上の対応(行為者への指導や処分等)はできないことを説明するよう求めている(同マニュアル72頁)。
聴取の範囲について相談者の同意を得たことも,シートに記録しておく。
2 行為者用
(1) 申告内容の提示と認否
行為者には,相談者の申告を,回答できる程度に日時,場所及び言動を特定して,項目ごとに示す。
一度に全部を示して「間違いないか」と聞くのではなく,項目ごとに認否と本人の説明を記録する。
相談者の氏名を伏せることが難しい事案もあるので,示す範囲は事前に相談者と調整しておく。
(2) 経緯と本人の言い分
行為者が言動の理由として相手方の言動を挙げた場合は,その内容,日時及び回数を具体的に聴く。
指針は,業務上必要かつ相当な範囲を超えたかの判断に当たり,言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む,言動が行われた経緯や状況を考慮するとしている(2(5))。
もっとも,経緯を聴くことと,その経緯によって言動が正当化されるかどうかの判断は別であり,シートには本人の説明をそのまま残し,評価は別の欄に書く。
(3) 本人が述べる被害や体調
行為者が「自分も嫌がらせを受けた」と述べた場合は,それが今回の出来事の経緯を指すのか,別の具体的な言動を指すのかを確認して記録する。
別の言動を挙げる場合は,別の申告として受け付けるかどうかを本人に確認する。
体調不良の申告は,申告の内容と本人の受診の意向を記録し,健康情報として必要な範囲でだけ共有する。
3 第三者用
(1) 見聞きした範囲
第三者には,主張が食い違っている事項に絞って,①その場にいたか,②何を見聞きしたか(言葉,声の大きさ,回数,相手の反応),③その後の様子を聴く。
質問は「威圧していましたか」ではなく,「そのとき,どのような言葉を,どの程度の声で,何回述べましたか」のように,評価を含めない形にする。
(2) 伝聞との区別
第三者の説明は,自分で見聞きしたことと,他人から聞いたことを分けて記録する。
「〇〇さんから聞いた」という話は,誰から,いつ聞いたかを併記し,直接見聞きした事実と同じ重みで扱わない。
第5 記録の書き方
1 認否の区分
申告内容ごとの回答は,①認める,②一部認める,③否認する,④覚えていない・分からない,の4区分にチェックする欄を設け,その下に本人の説明を書く欄を置く。
「一部認める」とした場合は,認める部分と認めない部分をそれぞれ書く。
発言の有無,声の大きさ,回数を一括して「認めた」と書かず,項目ごとに分けて記録する。
2 本人の発言と聴取者の所見を分ける
(1) 本人の発言は言葉どおりに書く
本人の発言は,聴取者の言葉に言い換えず,できるだけ本人が使った言葉のまま「」に入れて書く。
要約する場合は,要約であることが分かるようにする。
(2) 所見は根拠となる発言と並べる
聴取者の受け止めや評価(所見)は,本人の発言とは別の欄に,誰の所見かを明示して書く。
「反省が見られない」のような所見を書くときは,「所見:反省している様子はうかがえなかった。根拠となる本人発言:『……』」のように,根拠になった発言を並べる。
所見の欄に「~と話している」とまとめた本人の発言は,言葉どおりの記録ではないので,判断の根拠に使う前に,聴取者に実際の言葉を確認する。
(3) 推測と伝聞を区別する
所見の欄に「~のようである」と書いた事項は,聴取者の推測又は伝聞であり,本人の申告そのものではない。
推測を書く場合は,何を根拠にそう考えたかを併記する。
本人が否認や異議を述べたことだけから,反省の欠如や新たな違反を記録しない。
3 生成AIによる要約の扱い
聴取の録音やメモを生成AIで要約することは,論点の整理には役立つが,要約は本人の原発言ではない。
ヒアリングシートに要約を付ける場合は,要約であることと作成方法を明示し,本人の発言欄とは分けておく。
第6 行為者用ヒアリングシートの記載例
次の記載例は,申告の一項目について,認否,本人の説明及び聴取者の所見を書き分けた例である。
実際の事案の言葉,日時及び人数に合わせて置き換える。
確認項目2 令和◯年◯月◯日午後◯時頃,◯◯での発言
申告の内容:相談者から,◯◯の最中に「◯◯」と複数回,大きな声で言われたとの申告がある。
認否:□認める ■一部認める □否認する □覚えていない・分からない
本人の説明(発言のまま):「◯◯という趣旨のことは言った。」「『◯◯』という言葉を使ったかは覚えていない。」
認める部分:同じ趣旨の発言をしたこと
認めない部分・不明な部分:「◯◯」という言葉を使ったこと,回数,声の大きさ
聴取者の所見(聴取者◯◯):回数と声の大きさについて具体的な説明はなかった。
根拠となる本人発言:「何回言ったかは数えていない。」
追加確認:同席していた◯◯から,言葉,回数及び声の大きさを聴取する。
第7 調査結果のまとめ方
1 事実ごとの認定と証拠
調査結果をまとめる書面(調査報告書又は決定会議の記録)では,申告された事実ごとに,①認定した事実,②その証拠(誰の説明か,資料は何か),③食い違いと会社の判断,④認定できなかった事実を書く。
本人の反論がある事実は,反論の内容と,会社がそれをどう判断したかを並べて書く。
ハラスメントに当たるかどうかの評価,注意や懲戒の要否,配置転換の要否は,事実の認定と分けて書く。
2 厚生労働省のマニュアルが示す結果の整理
同マニュアルは,事実確認及び評価の結果として,①パワーハラスメントがあったと判断できる場合,②パワーハラスメントがあったと判断することはできないが,そのままでは事態が悪化する可能性があり,何らかの対応が必要な場合,③パワーハラスメントの事実が確認・評価できない場合の3つを挙げている(同マニュアル39頁)。
②の場合について,同マニュアルは,パワーハラスメントに該当するかどうかではなく,行為者の行動や発言(相談者に問題があった場合はその行動や発言も含む)にどのような問題があったのか,どうするべきであったのかを明確にすることが重要であるとしている(同頁)。
調査結果の書面でも,どの区分に当たると判断したかと,その理由を書いておく。
3 保存と共有の範囲
同マニュアルは,相談記録票と事実確認の結果は訴訟に発展した場合の重要な資料になるから,プライバシーの保護に注意して保存するよう求めている(同マニュアル40頁)。
ヒアリングシートの原本,録音及び調査結果の書面は,閲覧できる者と保存場所を決めて保管し,調査に関与しない部署へ回覧しない。
相談者や行為者に結果を伝えるときは,伝える範囲を事前に決め,第三者の氏名や説明の内容を必要以上に明かさない。
第8 関連記事
①内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理
②同僚間のパワハラが疑われたときの会社対応―優越的な関係,事実調査,暫定分離,厳重注意及び配置転換
③厳重注意書の書き方と文例―懲戒処分との違い,記載事項,報復禁止条項及び受領欄
④秘密録音の適法性と証拠利用―社内調査で録音を拒否された場合の対応
⑤社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界
第9 出典・参考資料
1 法令
①労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律31条
2 法令に基づく指針
①事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号,厚生労働省法令等データベース)2(5),4(3)イ,4(4)イ
3 厚生労働省の資料
①厚生労働省(あかるい職場応援団)「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」37頁,39頁~40頁,72頁~74頁(参考資料11「パワーハラスメント相談記録票」)
②職場におけるハラスメントの防止のために