第1 取得方法,証拠利用,調査協力を分ける
社内調査で録音を検討するときは,①録音の取得方法に問題がないか,②裁判で証拠として利用できるか,③採用された録音がどの程度事実を裏付けるかを分ける必要がある。
調査対象者が録音を拒否する場合は,これらに加えて,④録音への同意と調査への協力を区別する必要がある。
無同意で録音したという一事だけで違法又は証拠不採用になるとはいえない。
しかし,会話の当事者による特定の会話の録音と,第三者が非公開の会議や他人同士の会話を探索的に録音することを同じに扱うこともできない。
本記事は,公開されている裁判原文,法令及び個人情報保護委員会の説明を基に,判断の順序と社内調査の運用を説明する。
第2 無同意の録音が認められた最高裁決定の射程
1 詐欺被害を疑った会話当事者の録音
最高裁平成12年7月12日第二小法廷決定(平成11年(あ)第96号,刑集54巻6号513頁)は,詐欺被害を受けたと考えた者が,相手の説明に不審を抱き,後日の証拠とするため自分と相手との会話を録音した事案である。
最高裁は,このような場合には,相手の同意がなくても違法ではなく,録音テープの証拠能力を争う主張に理由はないとした。
この決定が扱ったのは,会話当事者による,疑われる被害に関係する会話の証拠化である。
社内調査の担当者が行う秘密録音,録音を明示的に拒否された後の録音,非公開会議への機器の設置まで一律に適法とした決定ではない。
2 録音前に確認する条件
録音を提案する担当者は,次の事項を確認して理由を残すことが望ましい。
①誰が録音し,会話に参加するのか。
②何の事実を確認するため,どの会話を録音するのか。
③対象者以外の会話,私生活,健康情報又は業務上の秘密がどの程度含まれるのか。
④録音の時間と対象を必要な範囲に限定できるか。
⑤記録担当者の同席,確認用の議事録,書面回答等で代替できるか。
⑥相手への説明,閲覧者,保存先,提供先及び保存期間をどう設計するか。
これらは,本記事が提案する事前確認事項であり,最高裁が列挙した一律の適法要件ではない。
証拠を残す目的があっても,取得過程で他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する場合は,民法709条・710条による責任の検討が必要である。
機器を置いて退席した後も録音を続けるなど,自分が参加しない会話まで対象を広げる場合は,実行前に別途検討する。
第3 個人情報保護法上の告知と同意
1 録音告知の義務がないことと全面的な適法性は別である
個人情報保護委員会Q&A1-10は,顧客との電話を録音する場面について,特定の個人を識別できる通話内容は個人情報に該当し,利用目的の通知又は公表が必要である一方,録音している旨を伝える義務までは負わないと説明している。
これは個人情報保護法上の説明であり,社内調査の秘密録音について,プライバシー,契約,服務規律等を含む全ての問題が解消するという意味ではない。
個人情報保護法17条~21条により,利用目的の特定,目的外利用の制限,不適正利用の禁止,適正取得及び利用目的の通知等を個別に確認する。
病歴などの要配慮個人情報を取得する場合は,同法20条2項の本人同意又は例外に該当するかも別途確認する必要がある。
2 調査用データの管理と外部サービス
録音内容を検索可能な案件管理等に組み込む場合は,個人データの安全管理,従業者・委託先の監督及び第三者提供の規律も問題となる(同法23条~25条・27条)。
取得時の適法性だけを調べ,反訳,クラウド保存,社外共有及び公開を一括して許可済みと扱わない。
実務上は,調査責任者が閲覧者と利用範囲を定め,原音声,反訳書及び共有用の必要部分を分けて管理することが望ましい。
外部の文字起こし又は生成AIへ音声を渡す前には,委託関係,受領者の利用目的,学習等への利用,再委託,国外での取扱い及び削除条件を確認する。
この管理方法は運用上の提案であり,特定サービスの利用が当然に適法であると認定するものではない。
第4 証拠能力と証明力を混同しない
1 民事訴訟
民事訴訟法2条・247条は,信義に従った訴訟追行と自由心証主義を定める。
録音を提出したことと,証拠として採用され,主張する事実が認定されることは別の段階である。
取得の経緯に問題がある録音の採否については,具体的な取得方法,侵害される利益及び訴訟上の利用を確認して検討する必要がある。
音声の電磁的記録に関する証拠調べは,同法231条の2・231条の3の規律も確認する。
裁判所のシステムがファイルを受け付けたことは,取得方法の適法性,証拠能力又は証明力の判断ではない。
2 刑事手続
前記最高裁平成12年決定は刑事事件の判断であるが,全ての音声の全ての利用目的について証拠能力を保証したものではない。
発言があったこと自体を証明するのか,発言内容の真実性を証明するのか,誰の供述を利用するのかを明らかにし,刑事訴訟法320条以下の伝聞法則・例外の適用を別途検討する必要がある。
自白等の任意性が問題となる場合は,同法319条等の検討も必要となる。
相手が録音に同意したかという問題と,刑事訴訟で証拠とすることへの同意も同じではない。
捜査機関が関与した取得については,私人が自分の会話を記録した事案と区別して検討する。
3 原音声と反訳書の保全
調査担当者又は代理人は,受領した元ファイルを保存し,受領日時,録音者,録音日時・場所,端末及び取得経緯を記録することが望ましい。
切出し,形式変換,音量調整,ノイズ除去等をする場合は,元ファイルを残して作業用コピーを使い,処理の内容を説明できるようにする。
反訳には時間位置,話者,聞き取れない箇所及び抜粋であることを示し,前後の会話との関係を確認する。
原音声と一致する反訳であっても,発言内容が真実であることまで自動的に証明されるわけではない。
ハッシュ値は保全後のファイル同一性を点検する手掛かりであり,録音当時から編集されていないこと又は発言内容の真実性を単独で証明するものではない。
第5 録音を拒否されたときの調査担当者の対応
1 拒否の対象を確認する
相手が拒否しているのは,録音そのものか,社内で広く共有されることか,外部サービスへの送信か,特定の質問か,聴取全体かを区別する。
録音だけを拒否し,録音なしなら回答すると述べている場合に,直ちに調査全体への非協力と扱うことは避けるべきである。
以下は,録音拒否に関する一律の判例上の義務ではなく,調査を進めるための運用上の提案である。
①目的,閲覧者,保管先及び利用範囲を説明し,拒否理由を確認する。
②録音なしの聴取,独立した記録担当者の同席,聴取メモの本人確認,書面質問への回答等を提案する。
③代替案ごとの受入れ可否,回答できた事項及びなお確認できない事項を記録する。
④必要に応じて資料,関係者の供述及びその他の記録による確認を続ける。
録音しないと説明して同意を得た後に,実際には秘密録音することは,単に録音の告知をしていない場面と異なる。
取得の適正性と信頼関係への影響を別途検討すべきであり,最高裁平成12年決定だけを根拠に行わない。
2 調査協力義務と懲戒を別に判断する
最高裁昭和52年12月13日第三小法廷判決(昭和49年(オ)第687号,民集31巻7号1037頁。富士重工業事件)は,企業に調査権限があることから,労働者がいつでも当然に協力義務を負うとはいえないとした。
調査協力が職務内容となっている場合とそれ以外を区別し,後者については,対象行為の性質,職務との関連性及びより適切な調査方法の有無等から,協力が労務提供上必要かつ合理的かを検討している(原文3頁~5頁)。
同判決は録音同意を命じた事件ではない。
調査に回答する義務から,特定の録音方法を受け入れる義務まで直ちに導くことはできない。
拒否を理由に懲戒を検討する場合は,具体的な協力義務,命令の必要性・合理性,規程上の根拠及び代替手段を確認し,労働契約法15条の合理性・相当性も検討する。
3 確認できなかった事項の残し方
録音拒否を,虚偽申告又は違反行為の自認と置き換えない。
調査報告では,確認できた事実,供述が対立する事項,資料不足で認定できない事項を分け,拒否の対象と代替方法を試みた経過を必要な範囲で残すことが望ましい。
調査を継続できない場合も,録音拒否だけを理由に全調査を終了する一般則は,今回確認した公開原文からは導けない。
調査責任者は,未確認事項,実施済みの代替調査及び残る方法を整理し,記録の保存と必要な保護措置を検討する。
第6 労働者による録音を会社が拒否する場合
東京地裁平成30年9月11日判決(平成27年(ワ)第29819号ほか)は,労使紛争に関する録音について,漏えい防止の必要がある情報との関係,労働者の証拠保全の必要性及び実際の漏えい・損害を検討し,無断録音行為自体を雇止めの客観的に合理的な理由と認めなかった(原文67頁~68頁)。
他方,同判決は,退去指示に従わず相手の後を追うなどの行為を含む場面では,事業所の平穏や秩序への影響も評価している(原文69頁~70頁)。
したがって,この判決を,会社の録音禁止が常に無効である,秘密保持の約束は守らなくてよい,又は録音のためなら面談を強制できるという意味に一般化しない。
会社は,どの情報の漏えいを防ぐ必要があるのかを具体化し,労働者は,記録する対象と方法を紛争に必要な範囲に限定することが望ましい。
合意済みの条件,業務への支障,第三者の会話及び事業所への立入り・滞在も,録音の証拠利用とは別に確認する。
第7 関連記事と出典
1 関連記事
①内部通報・ハラスメント調査の進め方
②無断録音の証拠能力
③反訳書の作り方
④音声・動画をmintsで提出する方法
2 出典と確認範囲
①最高裁平成12年7月12日決定原文(全1頁)
②最高裁昭和52年12月13日判決原文(全7頁)
③東京地裁平成30年9月11日判決原文(録音関連の認定事実51頁~54頁,判断67頁~70頁及び事件表示を確認。全論点を解説するものではない。)
④個人情報保護委員会「顧客との電話の通話内容と録音告知」
⑤e-Gov掲載の民法,民事訴訟法,刑事訴訟法,個人情報保護法及び労働契約法の関連条文
令和8年10月4日時点の確認である。
取得・採否・協力義務についての個別判断を,録音全般を許可又は禁止する一律の規則として扱わない。