第1 本人の録音でも,交付義務は管理方法と内容で決まる
1 最初に確認すること
従業員から会社に対し,人事面談やハラスメント調査の録音データを渡してほしいと求められることがある。
会社は,①録音が個人情報保護法上の保有個人データに当たるか,②請求者本人に関する情報の範囲,③法定の不開示事由,④開示する方法の順に確認する必要がある。
社内資料だから一律に拒否できるわけでも,会話に参加した本人だから全記録を無条件に受け取れるわけでもない。
本記事は民間企業が保管する録音について,本人から交付を求められた場面を扱う。
行政機関等への開示請求,裁判所の提出命令,録音の取得方法の適法性及び裁判での証拠評価は,それぞれ別の検討である。
法令及び個人情報保護委員会の資料は,令和8年10月26日に確認した。
2 会社の判断の全体像
| 確認する事項 | 判断の要点 | 次の対応 |
|---|---|---|
| 管理・検索の実態 | 個人情報データベース等を構成する録音か | ファイル名,フォルダー,台帳・索引との対応を確認する |
| 本人の情報と開示権限 | 請求者が識別される保有個人データか | 対象部分と会社の権限,法令上の除外を確認する |
| 不開示の理由 | 権利利益の侵害,業務への著しい支障,他法令違反があるか | 対象部分と具体的な事情を記録する |
| 開示方法と回答 | 本人が請求した方法で開示できるか | 全部・部分開示,不開示等を決めて通知・交付する |
この表は法令を実務に当てはめるための整理である。
ファイル名や保存媒体の一つだけで,開示義務の有無を決めるものではない。
第2 録音が保有個人データに当たるか
1 会話に氏名が含まれるだけでは足りない
個人情報保護法16条は,個人情報データベース等,個人データ及び保有個人データを区別している。
個人を識別できる録音であっても,直ちに全てが本人開示の対象となる保有個人データになるわけではない。
個人情報保護委員会Q1-42は,会話に氏名が含まれていても,その氏名によって容易に検索できるよう整理されていない限り,個人情報データベース等に該当しないと説明している。
会社は,録音ファイル単独だけでなく,社員番号,氏名別フォルダー,面談台帳,案件索引等を含む実際の管理・検索方法を確認する。
例えば,社員番号別に面談録音を整理し,従業員名簿と対応させて対象者の記録を探せる仕組みは,データベース該当性を判断する材料になる。
一方,日時だけで保存された音声があるという事情だけでは結論は出ず,他の台帳との対応や検索の仕組みも確認する必要がある。
これらの例は記事上の具体化であり,個人情報保護委員会が個々の保存方法を一律に判定したものではない。
2 会社の権限と法令上の除外を確認する
保有個人データに当たるには,会社が開示,訂正,利用停止等を行う権限を有することなど,同法16条4項の要件を満たす必要がある。
担当者のスマートフォンに保存されていることだけで会社の管理外とは決めず,業務として録音した経緯,管理責任及び会社の権限を確認する。
同項と個人情報保護法施行令5条には,存否が明らかになるだけで本人又は第三者の生命・身体・財産に危害が及ぶおそれがあるもの等の除外がある。
これは,内容を開示した場合の害を理由とする同法33条2項の不開示事由とは区別する。
データベース等を構成しない場合など,同法33条の対象でなければ,同条に基づく開示義務は生じない。
ただし,交付の約束,社内規程の手続又は裁判手続上の提出義務等は別に確認する必要があり,開示義務の検討を理由に原記録を消去・改変してよいわけではない。
第3 本人の情報と第三者の情報を分ける
1 本人面談と第三者聴取
同法33条1項の対象は,請求者本人が識別される保有個人データである。
本人面談の質問・回答等には本人に関する情報が含まれ得るが,録音全体の交付義務とは分けて確認する。
他の従業員への聴取にも,請求者の行動に関する申告や評価など,本人に関する情報が含まれる場合がある。
第三者の聴取だから全て対象外とせず,請求者本人に関する情報,第三者だけに関する情報及び不開示事由を検討する部分を区別する。
2 第三者の声が入っている場合
第三者の声や氏名が含まれることだけで,録音全体を不開示にできるわけではない。
誰のどの利益を保護する必要があり,どの部分を開示するとどのような害が予測されるかを具体化する。
例えば,第三者の私生活情報や,通報者の特定によって具体的な報復のおそれがある情報は,対象部分の不開示を検討することになる。
部分的な処理で対処できるかを先に検討し,文脈が変わるように会社に有利な部分だけを切り出さない。
第4 全部又は一部を不開示にできる条件
1 三つの法定事由
同法33条2項は,①本人又は第三者の生命,身体,財産その他の権利利益を害するおそれ,②会社の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ,③他の法令に違反することとなる場合に,全部又は一部を開示しないことができるとしている。
不開示を検討するときは,適用する事由,該当する箇所,予測される害とその根拠,部分開示で対処できない理由を記録する方法が有用である。
| 不開示を検討する事情 | 確認する内容 | その事情だけでは足りない説明 |
|---|---|---|
| 本人・第三者の権利利益 | 保護すべき情報,予測される害,対象部分 | 第三者の声がある,全員の同意がない |
| 業務の適正な実施への著しい支障 | 業務の性質,具体的な支障,部分開示の可否 | 社内資料である,調査中である,会社に不利である |
| 他法令違反 | 適用法令と開示によって違反する内容 | 社内規程で秘密にしている |
労基署への相談や裁判に使われる可能性,又は会社への反論が予想されることだけで,これらの要件を満たすとはいえない。
本人に異議があることと,法定の不開示事由があることを混同しない。
2 人事資料や調査資料だから一括して拒めるわけではない
個人情報保護委員会の通則編ガイドライン3-8-2は,業務への著しい支障を,単なる支障より重い例外的な場合として説明している。
対象が大量であるという事情だけでは,一般にこれに当たらない。
同委員会Q9-11は,雇用管理情報について,業務への著しい支障を理由に非開示が想定される事項等の手続を定め,従業員へ周知することが望ましいと説明している。
これは,人事資料を一括して免除したり,会社の規程だけで法定の不開示事由を新設したりできるという意味ではない。
第5 音声ファイル,反訳又は再生のどれで開示するか
1 本人が請求した方法が原則である
同法33条1項・2項,個人情報保護法施行規則30条及び通則編3-8-2に従い,本人が請求した方法での開示が原則となる。
電子ファイルの具体的な形式や媒体等は会社が定めることができ,本人が方法を指定せず,会社が示した方法に異議を述べない場合は,その方法によることができる。
音声ファイルの交付を求める請求に対し,会社が一方的に要約の交付やその場での再生だけへ置き換えて,常に請求へ応じたと扱うことはできない。
開示に応じる場合も,録音機器や唯一の原本を引き渡すこととは区別し,適切なコピーの交付等を検討する。
2 希望方法が困難な場合と反訳の要求
開示対象で不開示事由がないデータについて,本人の希望方法による開示に多額の費用を要する場合その他その方法による開示が困難な場合は,その旨を本人に遅滞なく通知し,同条2項に従って書面の交付による開示を行うことになる。
通則編は,法定の書面交付以外の方法について本人と相談することも望ましいとしている。
音声を必ず反訳して交付するという一律の義務を前提にしてはならない。
通則編3-8-2は,音声等に適するデータをあえて書面で請求することにより業務に著しい支障が生じる場合も,不開示事由の例として挙げている。
希望方法,データの性質,負担及び代替方法を具体的に確認する必要がある。
第6 受付から回答までの会社の手順
1 対象と手続を確認する
同法37条と施行令12条により,会社は受付先,提出書面,本人確認方法等の手続を定めることができるが,本人に過重な負担を課さないよう配慮しなければならない。
社内手続を確認せずに,口頭の要求や条文名のない要求を当然に無効としない。
対象となる面談日,記録の種類及び希望する方法を確認し,対象の特定に必要な情報の提供等を行う。
| 担当・段階 | 確認・実施すること | 残す記録 |
|---|---|---|
| 受付担当 | 本人確認,対象面談,希望方法,社内手続 | 受付日,請求内容,確認事項 |
| 記録管理担当 | 原音声,保存・検索方法,会社の権限 | 所在,台帳との対応,保全状況 |
| 人事・法務等 | 本人情報の範囲,不開示事由,部分開示,方法 | 判断理由,対象部分,決裁者 |
| 交付担当 | 宛先,交付データ,受渡方法,通知 | 交付・通知日,対象,受領確認 |
この担当分担は運用上の提案であり,全ての会社に同じ部署構成を義務付けるものではない。
少人数の会社では兼任する場合も,受付・確認・決裁・交付の経過を区別して残す。
2 回答期限,理由説明と手数料
同法33条は,開示及び全部・一部不開示,不存在,希望方法による開示困難の通知について,遅滞なく対応することを求めている。
一律30日などの期限を同条の法定期限として説明せず,社内の回答目標日と法令上の要求を区別する。
不開示等の通知は同条3項の義務であり,同法36条の理由説明は努力義務である。
手数料を徴収する場合は同法38条に従い,実費を勘案した合理的な範囲とし,開示を断念させるための金額を設定しない。
3 会社からの回答文例
受付時には,例えば次のように回答することが考えられる。
ご請求を受け付けました。
対象の面談日及び希望する交付方法を確認した上で,記録の管理状況,ご本人に関する情報の範囲及び法令上の不開示事由を確認し,遅滞なく回答します。
対象の特定に必要な事項がある場合は,担当者からご連絡します。
部分開示の場合は,開示する範囲と不開示部分を特定し,説明可能な範囲で適用条項と具体的な理由を示す。
「個人情報だから出せない」という一文だけで済ませたり,記録があるのに不存在と回答したりしない。
文例は法定の定型書式ではなく,実際の確認結果に合わせて用いる必要がある。
第7 関連記事
①内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理
調査全体の手順と,記録の管理・事後確認を説明している。
②秘密録音の適法性と証拠利用―社内調査で録音を拒否された場合の対応
録音の取得方法,証拠利用及び調査協力を説明している。
③厳重注意書の書き方―懲戒処分との違い,記載事項,報復禁止条項及び受領欄
注意書の交付時の説明と,その後の記録を確認する際の関連記事である。
第8 出典と確認範囲
①個人情報の保護に関する法律16条,33条,36条~38条。
②個人情報の保護に関する法律施行令4条,5条,12条及び13条。
③個人情報の保護に関する法律施行規則30条。
④個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)3-8-2,3-8-7及び3-8-8。
⑤個人情報保護委員会Q1-42及び同Q9-11。
法令上の要件と行政の説明に基づく事項と,本記事が示す担当分担・確認表・文例等の運用提案を区別した。
個別の録音について開示義務や不開示事由が認められるかは,保存・検索の実態,記録内容及び具体的な事情により判断する必要がある。