第1 長期間気付かなかったことと,被害の立証を分ける
1 大量購入していたと説明することは必須ではない
工場の原材料が長期間持ち出されていた疑いが生じた場合,「会社が気付かなかったのだから,盗難量をはるかに上回る大量の購入があったはず」と説明する必要が常にあるわけではない。
購入規模は数量の整合性を確認する重要な事情であるが,発覚が遅れた理由は,実在庫と帳簿の照合頻度,払出し時点の処理,工程投入の確認方法,担当者の権限及び記録の信頼性によっても変わる。
したがって,購入規模から未発覚の理由を推測する前に,会社に実際に存在した原材料の量と,その後の動きを確認するべきである。
例えば,倉庫から工程担当者に渡した時点で全量を「使用済み」と記帳し,実際の投入を別の人が確認していない場合,倉庫の帳簿と残存瓶の数が合っていても,払出し後の持出しが隠れる可能性がある。
これは一般的な管理方法から考えられる仮説であり,個別の工場で実際にそうであったと認定するには,伝票,工程記録及び担当者の説明が必要である。
盗難額という金額から購入量を逆算する場合も,価格の変動と薬品重量・含有金属量の違いを先に確認する必要がある。
2 所有,持出し,数量,価格及び買取業者の責任を分ける
民法709条による損害賠償では,会社に属する物であること,無断で持ち出されたこと,行為者との結び付き,損害及び因果関係を整理する。
買取業者にも請求する場合は,その業者の故意・過失,関与した取引及び請求する損害との因果関係を別に確認する。
従業員による一部の持出しが判明したことから,期間全体の在庫差をその従業員又は買取業者の責任に直ちに結び付けることはできない。
本記事は,令和8年10月3日時点の法令と公開された製品・回収・測定資料を踏まえ,原材料の流れを証拠に対応させる実務上の方法を示すものである。
特定事件の被害量を認定したものではなく,以下の数値例は説明のための仮定である。
雇用上の処分や仮差押えを含む初動は,会社備品を盗んで転売した社員への対応―証拠保全,懲戒解雇と預金仮差押えを並行して進める方法(AI作成)を参照されたい。
第2 薬品重量と含有金属量の単位をそろえる
1 商品名だけで成分と重量を決めない
貴金属を含む薬品では,薬品そのものの重量と,その中に含まれる金属の重量が異なる。
松田産業の製品資料は,シアン化金(Ⅰ)カリウムをK[Au(CN)2]の粉末とし,掲載製品の金含有量を68.20%以上としている。
一方,Metalorの塩類・溶液・アノード材の資料2頁では,同じ化学式でも市場向け区分によって68.20%以上と68.00%以上の表示があり,金(Ⅲ)の化合物や溶液は別の商品として掲載されている。
他社の仕様値を,実際に購入された製品の確定値として流用してはならない。
例えば,金含有率を68.20%と仮定した薬品100gは,金換算では68.20gである。
容器込みの総重量,正味薬品重量,金換算重量,液量及び金濃度を別欄にし,ラベルの数量表示がどれを示すのかを,納品書,規格書及び分析証明書で確認する。
瓶数だけでは,1瓶の内容量,開封の有無及び残量が分からないため,被害量は決まらない。
2 ロット,分析方法及び計量の条件を残す
メーカー名,商品番号,ロット番号,容器写真,封緘状態及び取引時の仕様を対応させる。
開封済みの容器や廃液を扱う場合は,採取日時,採取場所,試料の代表性,計量器,容器重量の控除,分析方法及び検出・測定上の不確かさも確認する。
現在のウェブサイトの仕様だけで,過去に納品又は売却された商品の成分が同じであったと断定するべきではない。
買取明細が「金量」,購入明細が「薬品量」である場合,そのまま数量を比較してはならない。
換算根拠を記載し,分析値と規格上の下限値を区別する。
下限値を使った計算は一定の仮定に基づく計算であり,それだけで盗難数量や損害額の法律上の下限が確定するわけではない。
第3 倉庫の収支と工場全体の金属収支を分ける
1 未使用原材料の収支を月・ロットごとに作る
対象を未使用の薬品容器に限定する場合,出発点となる数量の関係は,「期首実在庫+外部からの受入れ-実際の工程投入-正規の外部払出し-期末実在庫」である。
ここで残る差は,未説明の差であって,当然に盗難量ではない。
記帳漏れ,棚卸日のずれ,他工場への移送,返品,正規の販売,サンプル使用,担当者の手元在庫及び計量誤差を確認し,対象範囲に応じて式の項目を補う必要がある。
「実際の工程投入」は,倉庫から担当者に渡した数量とは異なる。
払出し伝票しかない場合は,それを投入量とみなした計算と,機台別の投入記録による計算を分け,差が何を意味するかを検討する。
未記録の担当者手元在庫があるのに全量を使用量と扱うことも,すべてを盗難と扱うことも適切ではない。
2 工程に移った金は別の形で残り得る
工場全体を対象に金属収支を作る場合は,薬品だけでなく,めっき浴,仕掛品,製品,不良品,回収液,回収材及び外部精錬業者に預けている物を対象にする。
アサヒプリテックの電子領域の回収資料は,めっき液・エッチング液,電子部品端材,治具等の複数の回収対象を示している。
原材料が製品又は回収対象物へ移ったことと,工場から不正に失われたことを区別する必要がある。
工場の外との境界を決め,期首保有金量と外部受入金量から,正規の外部搬出金量及び期末保有金量を差し引く方法を検討する。
工場内で回収した金を再び工程に戻した場合,同じ金を新規購入と使用の双方へ繰り返し計上してはならない。
外部精錬への搬出と精錬後の返却についても,預託中の金量を含めて対応を取り,会社所有の金と顧客から預かった金を区別する。
第4 工程の資料から使用量を検算する
1 製品数量,めっき面積及び膜厚を確認する
製品に付着した金の量は,製品ごとの実際のめっき面積,膜厚,膜の密度及び金の質量割合をそろえて検算することが考えられる。
体積と密度から質量を求める関係を使う場合も,単位の統一,部分めっき,製品の種類,不良品,再処理及び合金組成の確認が必要である。
設計上の最小膜厚だけを全製品に適用した値が,実際の投入金量と一致するわけではない。
日立ハイテクの膜厚測定資料は,蛍光X線による膜厚評価について,層の組成・密度や近い試料による妥当性評価が結果に関係することを説明している。
したがって,測定結果を使う際も,測定条件,標準試料,対象製品及び代表性を確認するべきである。
製品に付着しなかった金が浴や回収材に残ることもあるため,製品付着量と原材料投入量の差を一律の「消失率」として扱わない。
2 浴量,濃度,回収及び発覚前後の条件を照合する
めっき浴中の金量を検算するには,濃度だけでなく,その時点の実液量と採取条件が必要である。
浴の更新,補充,持出し液,回収,廃液及び外部精錬の資料を同じ期間でそろえる。
電気めっきでは通電量と実測された電流効率も検算資料になり得るが,電流効率の低さはその割合の金が盗まれたという意味ではなく,無電解めっきに同じ計算をそのまま適用することもできない。
発覚後に購入量が減ったことは補助事情になり得るが,生産数量,製品構成,膜厚,歩留まり,浴の更新及び管理方法が変わっていないかを確認する。
発覚前後の平均購入額の差だけで,過去の盗難量又は被害額を算出してはならない。
工程の検算は独立した裏付けとして使い,売却記録や直接の持出し証拠と照合することが重要である。
第5 会社に依頼する資料と具体的な理由
1 まず会社が保有している原資料を確保する
会社への初回の依頼は,「保有しているもの」と「存在するか確認してほしいもの」を分ける。
不明な数量を埋めるために後から作った集計表は,原資料に代わるものではない。
次の資料について,原本又は元データ,担当部署,対象期間及び欠けた期間を確認する。
| 資料 | 立証・確認する事項 | 先に確認する点 |
|---|---|---|
| 発注書・納品書・請求書・支払記録 | 会社の取得,商品,時期,数量及び単価 | 単位,返品,他工場分 |
| 受払簿・棚卸資料・保管記録 | 対象物が存在した量と管理上の動き | 実測か帳簿転記か |
| 払出し伝票・機台別投入記録 | 担当者への交付と実投入の区別 | 誰がどの時点で記録したか |
| 生産実績・膜厚検査・浴分析 | 正規使用量の検算 | 製品構成,浴量,測定条件 |
| 回収・廃液・精錬・返却明細 | 金が残る場所と正規の外部移動 | 同じ金の重複計上,預託中在庫 |
| ラベル写真・規格書・分析証明書 | 商品の特定と含有金属量の換算 | ロット,正味重量,過去の仕様 |
取引に毒物・劇物が関係する場合は,会社が保有する譲受書の控えや仕入先から交付された取引資料も確認する。
毒物及び劇物取締法14条は,毒物劇物営業者が販売・授与する場面での記録又は書面の受領と5年間の保存を定めている。
これは,すべての購入者が同条により購入台帳を作成するという意味ではないが,会社の控えと仕入先側の法定記録を照合する手掛かりになる。
2 行為者との対応及び回収残額の資料を加える
会社が適法に保有する入退室記録,防犯カメラ映像,社内メール,持出し承認,廃棄承認及び社内聴取記録を確保し,人物,日時,品目及び数量を対応させる。
映像等は自動上書き前の保全を優先し,取得者,取得日時,取得元及び複製方法を記録する。
本人の説明は,会社が直接聞いた内容,捜査機関から聞いた内容及び推測を区別して記録する。
被害届・警察提出資料の控え,会社へ交付された押収関係書類,買取業者への通知と回答,既に会社が得た売却情報,返還記録,弁償記録及び保険関係資料も確認する。
会社が持っていない被疑者の口座明細,買取業者の内部台帳又は供述調書を,会社が当然に提出できる資料として列挙するべきではない。
そのような資料は別の取得手段を検討し,存在,取得可能性及び取得済みの範囲を分ける。
第6 売却記録と損害額を結び付ける
1 売却代金の総額は自動的な最低被害額ではない
振込総額は,取引の存在と規模を示す重要な資料である。
しかし,他の商品,正規の所有物,別会社の物,前払金又は精算調整が混じる可能性を確認しなければ,その全額を会社の損害と扱うことはできない。
各入金を持込票,品目,受入重量,分析金量,精算明細及び会社側の資料に対応させる必要がある。
買取価格を市場価格と比べる場合も,「薬品1g当たり」と「金1g当たり」をそろえ,取引日,税込・税抜,成分,分析値,回収率及び手数料を確認する。
精錬費等を控除した代金と,未使用薬品の調達価格は同じ条件の価格ではない。
低価格であったとの評価も,条件をそろえた比較と,業者が当時把握していた事情に基づいて行うべきである。
2 喪失した価値と返還後の残損害を計算する
数量が裏付けられる範囲について,失われた薬品の取引時の価値,合理的な代替調達価格等のどの基準を使うのかを明示し,証拠となる同種商品の見積りや取引資料を対応させる。
純金相場に含有金量を掛けた計算は有用な検算になり得るが,薬品としての価値,調達条件及び加工費を反映しているかを確認する。
現在価格,帳簿価格,実際の売却代金及び喪失時の価値を混同してはならない。
押収品等が返還された場合は,返還数量,封緘・品質,使用可能性,価値の減少及び残る費用を確認する。
返還予定というだけで残損害が零と決まるわけではなく,未返還部分と分けて計算する。
弁償金を受領した場合は残額へ反映し,保険金については保険者の代位も踏まえて会社自身の請求範囲を確認する。
第7 損害額が厳密に証明できない場合の主張
1 民事訴訟法248条の前提を満たす必要がある
民事訴訟法248条は,損害の発生が認められ,損害の性質上その額を立証することが極めて困難である場合に,証拠調べの結果等に基づく相当額の認定を認める規定である。
会社所有,持出しと行為者の対応,買取業者の注意義務違反及び因果関係の立証を一括して省略する規定ではない。
台帳が不十分という事情だけで適用が当然に認められるわけでもなく,利用可能な資料と,なお残る困難を具体的に説明する必要がある。
民事訴訟法248条による損害額の認定―損害発生の立証と相当額認定の実務(AI作成)では,損害発生と相当額認定の順序を扱っている。
原材料の事件でも,確認できた盗難の範囲と,数量又は価格の厳密な立証が難しい範囲を分けることが出発点となる。
2 複数の計算を示し,仮定と誤差を明記する
①個別の持込・分析記録に対応する数量の計算
②会社の購入・実在庫・実投入・正規払出しによる収支の計算
③生産・測定・回収資料による工程の検算
④条件を補正した発覚前後の比較
これらを並べ,前提,対象期間,単位,欠測値,誤差及び重複の有無を説明する。
推計値と個別に確認できた値を足す場合も,同じ物を二重に数えていないかを確認する。
合理的な幅を示すことは有用であるが,上限・下限の各前提が立証されているかを点検し,単に控えめな数字だから最低限認められると説明しない。
請求先ごとに責任を負う取引・期間を対応させ,従業員に対する計算をそのまま買取業者の全額責任に転用しない。
第8 専門家への依頼と関連する回収手続
1 技術者には数量計算の前提と代替説明を確認してもらう
技術者や分析機関に依頼する場合は,使用した原資料,単位換算,測定方法,収支の対象範囲,欠測値の扱い及び誤差を明示してもらう。
特に,払出しが実投入を示すのか,工程内に残る金を数えているか,正規の回収・返却と不正持出しを区別できるかを確認する。
計算が技術的に整合することと,特定人物による窃取や業者の過失が立証されることは別である。
専門家の意見書は,結論だけでなく,第三者が計算過程を追える資料との対応表を含むものが望ましい。
薬品の危険性に応じ,現物の保管・採取・分析は適切な設備と権限を持つ専門部署又は機関に委ねる。
訴訟用の推計のために現物を不用意に処理し,試料の同一性や証拠価値を失わないようにする。
2 買取業者への請求,現物回復及び刑事記録を別に検討する
買取業者の専門性は,商品の性質や取引条件を理解し得たかの判断資料になるが,それだけで盗品と認識していたことが決まるわけではない。
民法709条・719条の注意義務,関与及び因果関係は,古物商の継続買取りと後続の窃盗―民法719条2項の幇助責任,注意義務及び因果関係(AI作成)を参照されたい。
原物が残る場合と,加工・混和又は転売後の場合は,請求の組み立てが異なる。
所有権,民法193条・194条,245条・246条・248条,不当利得及び損害賠償の関係は,社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別(AI作成)で扱っている。
現物回復と金銭請求を並行して検討する場合も,同じ価値を二重に回収しない計算が必要である。
刑事記録は,起訴後に全捜査資料が当然に入手できるものではない。
手続段階,対象記録及び申請先を区別し,従業員の窃盗・横領被害を受けた会社が捜査・刑事裁判の情報を確認する方法(AI作成)に沿って取得可能性を確認する。
刑事記録を待つ間も,会社が提供できる資料の保全と数量計算は進めることができる。
第9 出典・確認範囲
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」193条,194条,245条,246条,248条,703条,704条,709条及び719条
②e-Gov法令検索「民事訴訟法」248条
③e-Gov法令検索「毒物及び劇物取締法」14条
法令本文は令和8年10月3日に確認した。
2 製品・回収・測定資料と本記事の整理の範囲
①松田産業「シアン化金カリウム」
②Metalor「貴金属 塩類,溶液及びアノード材」2頁
③アサヒプリテック「電子領域」
④日立ハイテク「蛍光X線分析法による多層めっきの膜厚測定」
これらは製品仕様,回収対象及び測定上の留意点の資料であり,原材料の盗難量の算定方法を裁判所が採用したことを示す資料ではない。
本記事の収支式,資料の依頼順序及び計算の突合せは,物の移動と単位の整合性を確認するための実務上の整理である。
個別事件での証明力は,原資料の信頼性,現場の工程,別の説明の可能性及び他の証拠との整合性に即して評価する必要がある。