第1 問題の所在と四つの類型
警察が,捨てられたごみや使用済みの紙コップを令状なしで取得し,そこからDNA型を鑑定することがある。
しかし,「本人の手を離れた物」であれば常に令状が不要になるわけではない。少なくとも次の四つを区別する必要がある。
- 本人が不要物として公道上のごみ集積所に排出した物
- マンションのごみ処理担当者が占有する物について,その所持者から任意提出を受ける場合
- 警察が識別印付きの容器を渡したものの,対象者が警察から離れた後,自ら公道上に投棄した場合
- 警察が身分や目的を秘し,そのまま廃棄すると誤信させて紙コップを回収する場合
最高裁平成20年4月15日決定,東京高裁平成30年9月5日判決及び東京高裁平成28年8月23日判決は,それぞれ異なる取得経過を扱っている。
弁護実務では,物の名目よりも,誰がいつ占有を失い,誰が任意提出し,警察がどのようにDNA資料を取得したかを再構成することが重要である。
第2 刑事訴訟法221条の領置
刑事訴訟法221条は,検察官,検察事務官又は司法警察職員が,被疑者その他の者が遺留した物又は所有者,所持者若しくは保管者が任意に提出した物を領置できると定める。
領置は,差押許可状による差押えとは異なり,遺留物又は任意提出物を対象とする。
したがって,次の点を分けて検討する。
- 本人がその物の占有を放棄し,遺留したと評価できるか。
- 本人以外の管理者等が占有し,その者が任意提出できるか。
- 警察が本人の錯誤を作り出し,又は利用して占有を取得したのではないか。
- 領置後に袋を開ける行為が,留置継続の要否を判断するため必要な処分といえるか。
- DNA型という個人識別情報を取得する目的及び方法が,別途,重要な権利利益を制約する強制処分に当たらないか。
第3 公道上のごみ集積所へ排出したごみ
最高裁平成20年4月15日第二小法廷決定は,占有者が不要物として公道上のごみ集積所に排出したごみを,捜査の必要がある場合に遺留物として領置することができるとしたものとして,後の裁判例で引用されている。
この類型では,本人が自ら不要物として排出したことと,公道上の集積所に置かれたことが重要である。
もっとも,ごみを取得するために住居の敷地,オートロック内,管理区域その他の私的領域へ無断で立ち入った場合は,物の領置とは別に,立入りの適法性を検討する必要がある。
1 警察が渡した識別印付き容器を,対象者が後に公道へ捨てた場合
警察が身分や採取目的を秘して識別印付きの容器を渡していたとしても,対象者が警察から離れ,自分の判断で公道上へ投棄した場合は,警察官へ返却させた紙コップの類型と同じには扱えない。直接の回収場面で警察が錯誤を利用したのか,対象者が容器を不要物として自発的に遺留したのかを,時間・場所・警察の指示内容から区別する必要がある。
もっとも,容器の提供から投棄の監視・即時回収までが一体の捜査であるときは,単に「公道へ捨てた」という結末だけで判断せず,警察の先行関与,対象者の認識,DNA型取得以外の手段の有無も含めて必要性・相当性を検討すべきである。
第4 マンションのごみと任意提出
東京高裁平成30年9月5日判決は,オートロック式マンションの各階のごみステーションから清掃会社が回収したごみについて判断した。
判決は,遅くとも清掃会社が各階のごみステーションから回収した時点で,占有が,ごみ処理を業務とする管理組合,マンション管理会社及び清掃会社に移転し,これらが重畳的に占有するとした。
その上で,管理会社や清掃会社の協力を得て,管理員の立会いの下で警察がごみ袋を確認した事案について,所持者が任意に提出した物を領置したものと評価した。
また,外観だけでは留置を続けるべき証拠物かを区別できないごみ袋を開封して内容物を確認することは,刑事訴訟法222条が準用する111条2項の必要な処分に当たるとした。
判決は,捜査の必要性,対象を被告人が出した可能性のある袋へ絞ったこと,管理者の協力を得たことなども具体的に検討している。
同判決は,最高裁平成20年4月15日決定について,遺留物に関する事案であり,所持者の任意提出を基礎とするマンションごみの事案とは異なると明示している。
第5 警察が錯誤を利用して回収した紙コップ
東京高裁平成28年8月23日判決は,警察官が警察官であることとDNA採取目的を告げず,被告人に紙コップで茶を飲ませ,そのコップは廃棄されると思わせて回収した事案を扱った。
判決は,本人が知れば拒否すると合理的に推認される場合に,その意思に反して重要な権利利益を奪うことも,強制処分の判断における意思の制圧に当たり得るとした。
また,個人識別情報であるDNA型を捜査機関にむやみに認識されない利益は,強制処分を要求して保護すべき重要な利益であるとした。
その結果,令状なく,身柄を拘束されていない被告人の黙示の意思に反して唾液を取得した行為は強制処分に当たり,違法であると判断した。
被告人はコップがそのまま廃棄されると誤信して警察官に占有を委ねたのであり,捜査機関への任意提出にも遺留にも当たらないとされた。
さらに,令状取得を避ける目的で採用された捜査方法であり,警察官が公判で合理化のため信用できない供述を重ねたなどとして,令状主義の精神を没却する重大な違法を認め,後に採取された口腔内細胞の鑑定書についても証拠能力を否定した。
第6 四つの類型の比較
| 類型 | 取得の基礎 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 公道上のごみ | 遺留物 | 本人が不要物として自ら排出したか,取得のための違法な立入りがないか |
| マンションの回収済みごみ | 所持者の任意提出 | 占有が誰に移転したか,提出者に管理・処分権限があるか,開封が必要な処分か |
| 警察提供容器の自発的な公道投棄 | 遺留物となる余地 | 警察から離れた後の自発的投棄か,提供・監視・回収の一体性,警察の先行関与 |
| 警察が渡した紙コップ | 遺留・任意提出のいずれにも当たらない場合がある | 警察の身分・目的の秘匿,錯誤の作出又は利用,DNA型取得目的,令状回避の意図 |
結論を左右するのは,「捨てた」という一語ではなく,占有移転の具体的経過と警察の関与である。
物の取得が適法でも,私的領域への立入り,長期監視,DNA型鑑定の必要性・相当性,鑑定資料の同一性及び保管経過は別の問題として残る。
検討順序は,①刑事訴訟法221条の遺留物か任意提出物か,②排出者・管理者・警察の間で占有がいつ移ったか,③内容を見られない利益又はDNA型を知られない利益がどの程度保護されるべきか,④嫌疑,事件の重大性,ほかの採取方法の困難,対象の限定及び警察の先行関与を比較して必要性・相当性があるか,という順が分かりやすい。
刑事訴訟法197条1項をめぐる一般的な任意処分・強制処分論は,221条の遺留物・任意提出物としての処理だけでは捉え切れない重要な権利利益の侵害が残る場合に検討する。袋の開封が必要な処分かという問題も重要であるが,占有移転と領置の限界を確認した後の段階で位置付けるべきである。
第7 刑事弁護で確認すべき事項
- 誰が,いつ,どこに,どのような目的で物を置いたか。
- ごみの収集規則,管理規約,管理委託契約及び実際の回収方法はどうなっていたか。
- 警察が物を特定するために行動確認,撮影,取り分け又は私有地への立入りをしたか。
- 任意提出書,領置調書,押収品目録がいつ誰により作成・交付されたか。
- 袋の開封,内容物の分別,DNA資料の採取がどの時点で行われたか。
- 対象者は,物がどのように処理されると認識していたか。警察がその認識に影響を与えたか。
- 鑑定試料の採取から鑑定までの保管者,封印,識別番号及び受渡記録が連続しているか。
- 違法がある場合,後の逮捕,口腔内細胞の提出及び鑑定との因果関係が遮断されているか。
1 捨てた物なら警察は自由にDNA型鑑定できるか
捨てたという外形だけで,すべての場合に自由に取得・鑑定できるわけではない。
本人が自発的に遺留した場合,管理者等が任意提出した場合,警察が錯誤を利用して回収した場合を分け,私的領域への立入りやDNA型を知られない利益の制約も検討する。
具体的な区別は第3~第6のとおりである。
2 令状のないDNA型鑑定はすべて違法か
令状がないことだけで,一律に違法となるわけではない。
刑事訴訟法221条の遺留物又は任意提出物の領置に当たるか,それでも別に強制処分としての問題が残るかを順に確認する。
身体から血液等を強制的に採取する場合は,物の領置とは区別して令状を検討する必要がある。
3 後から任意提出した検体の鑑定なら必ず使えるか
後の任意提出があるというだけで,先行する違法との関係が当然に解消するわけではない。
東京高裁平成28年8月23日判決は,紙コップからの違法な採取と後の逮捕・口腔内細胞の提出等との関係を検討し,後の鑑定書の証拠能力を否定した。
他の事件でも同じ結論になると一般化せず,違法の内容と,後の証拠獲得との具体的な関係を確認する。
採取手続の適法性と,検体の同一性・保管経過・検査結果の信用性は,別の確認事項である。
基礎的な仕組みと信用性の注意点は,DNA型鑑定とは―仕組み・費用・精度と裁判での扱いで整理している。
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身体から尿,血液又は毛髪を強制的に採取する場合の令状については,強制採尿・強制採血・毛髪採取の令状-令状の組合せ,条件の記載及び最高裁の判断(AI作成)を参照されたい。
置き忘れた物について,持ち主の占有がいつ失われるか(窃盗罪か遺失物等横領罪か)は,置き引きは窃盗罪か占有離脱物横領罪か―置き忘れた物の占有が続いているかの判断と裁判例(AI作成)を参照されたい。
第9 出典
- e-Gov法令検索「刑事訴訟法」(111条2項,221条及び222条。令和8年9月23日確認)
- 最高裁平成20年4月15日第二小法廷決定(刑集62巻5号1398頁。東京高裁平成30年9月5日判決及び東京高裁平成28年8月23日判決が引用。本記事作成時には最高裁決定本文を独立に取得できず,両東京高裁判決による引用内容に基づく。)
- 東京高裁平成30年9月5日判決(平成30年(う)第540号)
- 東京高裁平成28年8月23日判決(平成27年(う)第1872号)