◯平成元年以降,被告人側の上告があり,最高裁判所が検察官に有利に原判決を破棄した刑事判決56件を整理した。内訳は,被告人側のみ55件,双方上告1件である。各判決に裁判所公式リンクを付した。
◯「検察官側の上告があり,最高裁が検察官に有利に原判決を破棄した刑事判決41件(平成元年以降)(AI作成)」も参照されたい。
第1 収録範囲と一覧の読み方
1 対象と検索方法
本記事では,被告人又は弁護人だけが上告し,検察官が上告していない事件を「被告人側のみの上告事件」という。
検索結果164件を判決全文で再分類したところ,非常上告67件,被告人側のみ55件,検察官側のみ32件,双方上告10件であった。
双方上告10件の主文及び破棄理由を確認したところ,9件は検察官の所論を契機として無罪判断等を見直す方向の破棄であり,被告人に有利な破棄判決は最高裁令和2年1月23日判決の1件であった。
そこで,第2に被告人側のみの55件,第3に双方上告のうち被告人に有利な1件を掲げる。
2 各項目の意味
「判示事項」は,裁判所ウェブサイトの各詳細ページに掲載された表記に合わせた。
同サイトは,裁判要旨が記載されていない判決等の判示事項が暫定的であり,確定時に変更される場合があること,全ての判決等を掲載しているわけではないことを明記している。
「破棄差戻し」は,最高裁判所が原判決を破棄し,原裁判所又は第一審裁判所に事件を戻して改めて審理させる裁判である。
「破棄自判」は,最高裁判所が原判決を破棄した上で,被告事件について自ら更に判決をする裁判である。
第2 被告人側のみの上告事件55件
1 令和の判決(9件)
55 最高裁令和5年3月24日判決(令和4年(あ)第196号,死体遺棄被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第77巻3号41頁,破棄自判)
① 刑法190条にいう「遺棄」の意義
② 死亡後間もないえい児の死体を隠匿した行為が刑法190条にいう「遺棄」に当たらないとされた事例
54 最高裁令和4年11月21日判決(令和3年(あ)第319号,殺人被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第331号7頁,破棄差戻し)
殺人の公訴事実について,自殺の主張は客観的証拠と矛盾するなどとして有罪の第1審判決の結論を是認した原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例
53 最高裁令和4年6月9日判決(令和3年(あ)第821号,業務上横領被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第76巻5号613頁,破棄自判)
他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合における非占有者に対する公訴時効の期間
52 最高裁令和4年2月18日判決(令和2年(あ)第1026号,準強制わいせつ被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第330号11頁,破棄差戻し)
準強制わいせつ被告事件について,公訴事実の事件があったと認めるには合理的な疑いが残るとして無罪とした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し有罪とした原判決に,審理不尽の違法があるとされた事例
51 最高裁令和4年1月20日判決(令和2年(あ)第457号,不正指令電磁的記録保管被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第76巻1号1頁,破棄自判)
① 刑法168条の2第1項にいう「その意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」に当たるか否かの判断方法
② ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想通貨のマイニングを行わせるプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たらないとされた事例
50 最高裁令和3年9月7日判決(令和3年(あ)第1号,窃盗被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第75巻8号1074頁,破棄差戻し)
被告人は心神耗弱の状態にあったとした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し何ら事実の取調べをすることなく完全責任能力を認めて自判をした原判決が,刑訴法400条ただし書に違反するとされた事例
49 最高裁令和3年7月30日判決(令和2年(あ)第1763号,覚醒剤取締法違反,大麻取締法違反,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第75巻7号930頁,破棄差戻し)
違法収集証拠として証拠能力を否定した第1審の訴訟手続に法令違反があるとした原判決に,法令の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
48 最高裁令和2年10月1日判決(平成30年(あ)第845号,建造物侵入,埼玉県迷惑行為防止条例違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第74巻7号721頁,破棄差戻し)
数罪が科刑上一罪の関係にある場合において,各罪の主刑のうち重い刑種の刑のみを取り出して軽重を比較対照した際の重い罪及び軽い罪のいずれにも選択刑として罰金刑の定めがあり,軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金刑の多額よりも多いときの罰金刑の多額
47 最高裁令和2年1月31日判決(令和元年(あ)第1987号,公務執行妨害被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第74巻1号257頁,破棄差戻し)
上告裁判所が原判決を破棄するに当たり,口頭弁論を経ることを要しないとされた事例
2 平成20年から平成30年までの判決(22件)
46 最高裁平成30年3月19日判決(平成28年(あ)第1549号,保護責任者遺棄致死(予備的訴因重過失致死)被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第72巻1号1頁,破棄自判)
① 刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為の意義
② 子に対する保護責任者遺棄致死被告事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
③ 裁判員の参加する合議体で審理された保護責任者遺棄致死被告事件について,訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すべき義務がないとされた事例
45 最高裁平成29年3月10日判決(平成27年(あ)第63号,窃盗被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第321号1頁,破棄自判)
置き忘れられた現金在中の封筒を窃取したとされる事件について,封筒内に現金が在中していたとの事実を動かし難い前提として被告人以外には現金を抜き取る機会のあった者がいなかったことを理由に被告人による窃取を認定した第1審判決及び原判決の判断が論理則,経験則等に照らして不合理で是認できないとされた事例
44 最高裁平成28年12月19日判決(平成27年(あ)第1856号,殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第70巻8号865頁,破棄自判)
被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後訴訟能力の回復の見込みがないと判断される場合と公訴棄却の可否
43 最高裁平成28年12月5日判決(平成26年(あ)第1197号,電磁的公正証書原本不実記録,同供用被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第70巻8号749頁,破棄自判)
土地につき所有権移転登記等の申請をして当該登記等をさせた行為が電磁的公正証書原本不実記録罪に該当しないとされた事例
42 最高裁平成28年3月18日判決(平成26年(あ)第1844号,自動車運転過失致死被告事件,最高裁判所第三小法廷,集刑第319号269頁,破棄差戻し)
自動車運転過失致死の公訴事実について防犯カメラの映像と整合しない走行態様を前提に被告人を有罪とした原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例
41 最高裁平成26年7月24日判決(平成25年(あ)第689号,傷害致死被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第68巻6号925頁,破棄自判)
傷害致死の事案につき,懲役10年の求刑を超えて懲役15年に処した第1審判決及びこれを是認した原判決が量刑不当として破棄された事例
40 最高裁平成26年3月28日判決(平成25年(あ)第911号,詐欺被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第313号329頁,破棄自判)
暴力団関係者の利用を拒絶しているゴルフ場において暴力団関係者であることを申告せずに施設利用を申し込む行為が,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たらないとされた事例
39 最高裁平成26年3月28日判決(平成25年(あ)第3号,詐欺被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第68巻3号582頁,破棄自判)
暴力団関係者の利用を拒絶しているゴルフ場において暴力団関係者であることを申告せずに施設利用を申し込む行為が,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たらないとされた事例
38 最高裁平成24年9月7日判決(平成23年(あ)第670号,住居侵入,窃盗,現住建造物等放火被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第66巻9号907頁,破棄差戻し)
① 前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合の証拠能力
② 前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いることが許されないとされた事例
37 最高裁平成24年4月2日判決(平成20年(あ)第793号,詐欺,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反,証拠隠滅教唆被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第307号775頁,破棄差戻し)
併合罪の一部である証拠隠滅教唆の事実につき重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして原判決を破棄して差し戻した事例
36 最高裁平成24年2月13日判決(平成23年(あ)第757号,覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第66巻4号482頁,破棄自判)
① 刑訴法382条にいう事実誤認の意義
② 刑訴法382条にいう事実誤認の判示方法
③ 覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
35 最高裁平成23年7月25日判決(平成22年(あ)第509号,強姦被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第304号139頁,破棄自判)
通行中の女性に対して暴行,脅迫を加えてビルの階段踊り場まで連行し,強いて姦淫したとされる強姦被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例
34 最高裁平成22年12月20日判決(平成20年(あ)第1071号,行政書士法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第64巻8号1291頁,破棄自判)
観賞ないしは記念のための品として作成された家系図が,行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に当たらないとされた事例
33 最高裁平成22年4月27日判決(平成19年(あ)第80号,殺人,現住建造物等放火被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第64巻3号233頁,破棄差戻し)
殺人,現住建造物等放火の公訴事実について間接事実を総合して被告人を有罪とした第1審判決及びその事実認定を是認した原判決に,審理不尽の違法,事実誤認の疑いがあるとされた事例
32 最高裁平成21年12月7日判決(平成19年(あ)第818号,証券取引法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第63巻11号2165頁,破棄差戻し)
旧株式会社日本債券信用銀行の平成10年3月期の決算処理における支援先等に対する貸出金の査定に関して,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によることも許容されるとして,資産査定通達等によって補充される平成9年7月31日改正後の決算経理基準を唯一の基準とした原判決が破棄された事例
31 最高裁平成21年10月16日判決(平成21年(あ)第191号,強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄,出入国管理及び難民認定法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第63巻8号937頁,破棄差戻し)
被告人の検察官調書の取調べ請求を却下した第1審の訴訟手続について,同調書が犯行場所の確定に必要であるとして,その任意性に関する主張立証を十分にさせなかった点に審理不尽があるとした控訴審判決が,刑訴法294条,379条,刑訴規則208条の解釈適用を誤っているとされた事例
30 最高裁平成21年9月25日判決(平成19年(あ)第2292号,器物損壊,住居侵入,殺人未遂,傷害被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第297号301頁,破棄差戻し)
被告人と本件犯行とを結びつける共犯者の供述の証拠価値に疑問があり,原判決には,審理を尽くさず,ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であるとして,原判決を破棄し事件を原審に差し戻した事例
29 最高裁平成21年7月16日判決(平成20年(あ)第1870号,暴行被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第63巻6号711頁,破棄自判)
財産的権利等を防衛するためにした暴行が刑法36条1項にいう「やむを得ずにした行為」に当たるとされた事例
28 最高裁平成21年4月14日判決(平成19年(あ)第1785号,強制わいせつ被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第63巻4号331頁,破棄自判)
① 上告審における事実誤認の主張に関する審査の方法
② 満員電車内における強制わいせつ被告事件について,被害者とされた者の供述の信用性を全面的に肯定した第1審判決及び原判決の認定が是認できないとされた事例
27 最高裁平成21年3月26日判決(平成20年(あ)第1518号,軽犯罪法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第63巻3号265頁,破棄自判)
① 軽犯罪法1条2号にいう「正当な理由」の意義及びその存否の判断方法
② 軽犯罪法1条2号所定の器具に当たる催涙スプレー1本を専ら防御用として隠して携帯したことが同号にいう「正当な理由」によるものであったとされた事例
26 最高裁平成20年7月18日判決(平成17年(あ)第1716号,証券取引法違反,商法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第62巻7号2101頁,破棄自判)
旧株式会社日本長期信用銀行の平成10年3月期に係る有価証券報告書の提出及び配当に関する決算処理につき,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によったことが違法とはいえないとして,同銀行の頭取らに対する虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立が否定された事例
25 最高裁平成20年4月25日判決(平成18年(あ)第876号,傷害致死被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第62巻5号1559頁,破棄差戻し)
① 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合における,裁判所の判断の在り方
② 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為について,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによって被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例
3 平成10年から平成19年までの判決(11件)
24 最高裁平成18年10月12日判決(平成17年(あ)第2437号,未成年者誘拐被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第290号517頁,破棄自判)
祖父母による未成年者誘拐事件につき懲役10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例
23 最高裁平成16年12月10日判決(平成16年(あ)第92号,住居侵入,事後強盗,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第58巻9号1047頁,破棄差戻し)
窃盗の犯人による事後の脅迫が窃盗の機会の継続中に行われたとはいえないとされた事例
22 最高裁平成16年10月29日判決(平成12年(あ)第1714号,法人税法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第58巻7号697頁,破棄差戻し)
被告会社が土地を造成し宅地として販売するに当たり地方公共団体から都市計画法上の同意権を背景として開発区域外の排水路の改修工事を行うよう指導された場合においてその費用の見積金額を法人税法22条3項1号にいう「当該事業年度の収益に係る売上原価」の額として損金の額に算入することができるとされた事例
21 最高裁平成16年9月10日判決(平成13年(あ)第347号,背任被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第58巻6号524頁,破棄差戻し)
銀行の頭取が信用保証協会の役員と共謀して同協会に対する背任罪を犯したと認めるには合理的な疑いが残るとされた事例
20 最高裁平成16年2月16日判決(平成14年(あ)第876号,暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第58巻2号133頁,破棄自判)
被告人のみの控訴に基づく控訴審において裁判所が第1審判決の理由中で無罪とされた事実を第1審に差し戻すことが職権の発動の限界を超え許されないとされた事例
19 最高裁平成15年11月21日判決(平成15年(あ)第93号,自動車の保管場所の確保等に関する法律違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第57巻10号1043頁,破棄自判)
自動車の保管場所の確保等に関する法律11条2項2号,17条2項2号の罪の主観的要件
18 最高裁平成15年1月24日判決(平成14年(あ)第183号,業務上過失致死傷被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第283号241頁,破棄自判)
黄色点滅信号で交差点に進入した際,交差道路を暴走してきた車両と衝突し,業務上過失致死傷罪に問われた自動車運転者について,衝突の回避可能性に疑問があるとして無罪が言い渡された事例
17 最高裁平成14年3月15日判決(平成8年(あ)第267号,業務上横領被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第281号213頁,破棄差戻し)
業務上横領罪における不法領得の意思を肯定した控訴審判決が審理不尽,事実誤認の疑いなどにより破棄された事例
16 最高裁平成13年7月19日判決(平成10年(あ)第806号,詐欺被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第55巻5号371頁,破棄差戻し)
請負人が欺罔手段を用いて請負代金を本来の支払時期より前に受領した場合と刑法246条1項の詐欺罪の成否
15 最高裁平成13年1月25日判決(平成11年(あ)第1614号,詐欺,最高裁判所第一小法廷,集刑第280号5頁,破棄自判)
交通事故による休業損害補償金として自動車共済契約による共済金を騙し取ったとされた事件において詐欺の故意が認められないとして無罪が言い渡された事例
14 最高裁平成11年10月21日判決(平成11年(あ)第244号,監禁,強姦被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第276号579頁,破棄自判)
監禁,強姦事件につき,監禁罪の成立を認めた点で第一,二審判決には事実誤認があるとして破棄自判した事例
4 平成元年から平成9年までの判決(13件)
13 最高裁平成9年9月18日判決(平成8年(あ)第838号,暴力行為等処罰に関する法律違反,傷害,最高裁判所第一小法廷,刑集第51巻8号571頁,破棄自判)
① 保護処分決定が抗告審で取り消された場合において差戻しを受けた家庭裁判所が当該事件を少年法20条により検察官に送致することの可否
② 保護処分決定が抗告審で取り消された事件について家庭裁判所が少年法20条により検察官送致決定をした場合に同法45条5号に従って行われた公訴提起の効力
12 最高裁平成9年6月16日判決(平成9年(あ)第152号,傷害,最高裁判所第二小法廷,刑集第51巻5号435頁,破棄自判)
① 刑法36条1項にいう「急迫不正の侵害」が終了していないとされた事例
② 過剰防衛に当たるとされた事例
11 最高裁平成8年9月20日判決(昭和63年(あ)第589号,殺人,殺人未遂,殺人予備,詐欺,詐欺未遂,最高裁判所第二小法廷,刑集第50巻8号571頁,破棄自判)
死刑の選択がやむを得ないと認められる場合に当たるとはいい難いとして原判決及び第一審判決が破棄され無期懲役が言い渡された事例
10 最高裁平成6年12月6日判決(平成2年(あ)第335号,傷害,最高裁判所第三小法廷,刑集第48巻8号509頁,破棄自判)
複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び侵害終了後になおも一部の者が暴行を続けた場合において侵害終了後に暴行を加えていない者について正当防衛が成立するとされた事例
9 最高裁平成4年7月10日判決(平成3年(あ)第491号,業務上過失致死,最高裁判所第二小法廷,集刑第260号311頁,破棄自判)
夜間無灯火で自車の進行車線を逆行して来た対向車と正面衝突した事故につき自動車運転者の過失が否定された事例
8 最高裁平成3年11月14日判決(昭和63年(あ)第1064号,業務上過失致死傷,最高裁判所第一小法廷,刑集第45巻8号221頁,破棄自判)
デパートの火災事故につきこれを経営する会社の取締役人事部長並びに売場課長及び営繕課員に業務上過失致死傷罪が成立しないとされた事例
7 最高裁平成2年5月11日判決(平成元年(あ)第1105号,業務上過失致死,最高裁判所第二小法廷,集刑第255号91頁,破棄自判)
業務上過失致死事件につき禁錮10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例
6 最高裁平成元年11月13日判決(昭和61年(あ)第782号,暴力行為等処罰に関する法律違反,銃砲刀剣類所持等取締法違反,最高裁判所第二小法廷,刑集第43巻10号823頁,破棄自判)
刑法36条1項にいう「巳ムコトヲ得サルニ出テタル行為」に当たるとされた事例
5 最高裁平成元年10月26日判決(昭和63年(あ)第130号,強制わいせつ,最高裁判所第一小法廷,集刑第253号167頁,破棄自判)
小学四年生の少女に対する強制わいせつ事件につき被告人が犯人であるとする右少女の供述等の信用性を肯定した原審の有罪判決が破棄され第一審の無罪判決が維持された事例
4 最高裁平成元年7月18日判決(昭和60年(あ)第1591号,公衆浴場法違反,最高裁判所第三小法廷,刑集第43巻7号752頁,破棄自判)
公衆浴場法8条1号の無許可営業罪における無許可営業の故意が認められないとされた事例
3 最高裁平成元年6月22日判決(昭和57年(あ)第223号,殺人,死体遺棄,強盗致死未遂,最高裁判所第一小法廷,刑集第43巻6号427頁,破棄差戻し)
共犯者の供述に信用性を認めた原判決が破棄された事例
2 最高裁平成元年4月21日判決(昭和59年(あ)第626号,業務上過失致死,最高裁判所第二小法廷,集刑第251号697頁,破棄自判)
業務上過失致死事件につき被告人車が轢過車両であると断定することに合理的な疑いが残るとして破棄無罪が言い渡された事例
1 最高裁平成元年4月21日判決(昭和59年(あ)第19号,恐喝,最高裁判所第二小法廷,集刑第251号657頁,破棄差戻し)
恐喝の事実につき審理不尽ないし事実誤認の疑いがあるとして原判決を破棄差戻した事例
第3 双方上告のうち被告人に有利な破棄判決1件
最高裁令和2年1月23日判決(平成29年(あ)第2073号,詐欺,窃盗,詐欺未遂被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第74巻1号1頁,破棄差戻し)
犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した第1審判決を控訴裁判所が何ら事実の取調べをすることなく破棄し有罪の自判をすることと刑訴法400条ただし書
本件では,第1審判決に対して被告人及び検察官の双方が控訴し,原判決に対しても検察官及び弁護人の双方が上告した。
原判決は,第1審が無罪とした詐欺3件について,控訴審で事実の取調べをしないまま有罪を言い渡していた。
最高裁判所は,この原判決が従前の最高裁判例と相反するとして刑訴法405条2号及び410条1項本文により破棄し,東京高等裁判所へ差し戻した。
したがって,本判決は双方上告事件であるが,被告人に対する不利益な有罪自判を取り消し,改めて審理する機会を保障した点で,被告人に有利な破棄判決として本記事の対象に含めた。
第4 刑訴法405条・411条と破棄判決
1 405条の上告理由と410条の必要的破棄
刑事訴訟法405条は,高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対する上告理由を,①憲法違反又は憲法解釈の誤り,②最高裁判所の判例との相反,③最高裁判所の判例がない場合における大審院又は一定の高等裁判所の判例との相反に限定している。
同法410条は,405条各号の事由があるときは,判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合等を除き,原判決を破棄しなければならないとする。
これが405条所定の上告理由に基づく破棄である。
2 411条の職権破棄と5つの事由
刑事訴訟法411条は,405条各号の事由がない場合でも,次の事由があり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは,判決で原判決を破棄することができると定める。
① 判決に影響を及ぼすべき法令違反
② 甚しく不当な刑の量定
③ 判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認
④ 再審請求をすることができる事由
⑤ 判決後における刑の廃止若しくは変更又は大赦
したがって,事実誤認又は量刑不当は405条所定の上告理由そのものではない。
これらを上告趣意書で主張する場合,法的には411条による職権発動を求める申立てとして位置付けられる。
また,411条は,列挙事由のいずれかがあるだけで当然に破棄する規定ではない。
原判決を破棄しなければ「著しく正義に反する」と認められることが必要であり,この要件は一般に「著反正義」と呼ばれる。
3 職権調査義務があるわけではないこと
411条は,最高裁判所が職権で原判決を破棄できることを定めた規定であるが,上告趣意書に記載されていない事項を常に職権で調査しなければならないという一般的義務まで定めたものではない。
職権破棄事由を主張する場合も,原判決のどの判断にどのような誤りがあり,それを維持することがなぜ著しく正義に反するのかを,記録に即して具体的に示す必要がある。
4 破棄差戻しと破棄自判
刑事訴訟法413条本文は,原判決を破棄するときは,事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し,又はこれらと同等の他の裁判所に移送することを原則とする。
同条ただし書は,訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所で取り調べた証拠により直ちに判決できると認めるときに,最高裁判所が被告事件について更に判決をすることを認めている。
同法414条により,控訴に関する規定は,特別の定めがある場合を除き,上告の審判に準用される。
そのため,上告審の職権調査の範囲を検討する際には,同法392条2項の準用も問題となる。
第5 関連判例と実務資料
1 事実誤認の審査方法
上告審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理かどうかという観点から行われる。
この点を判示したのが,最高裁平成21年4月14日判決(平成19年(あ)第1785号,強制わいせつ被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第63巻4号331頁,破棄自判)である。
2 刑訴法411条の法意
最高裁昭和28年11月27日判決(昭和27年(あ)第96号,強盗殺人,窃盗,住居侵入,最高裁判所第二小法廷,刑集第7巻11号2303頁,破棄差戻し)は,刑事訴訟法411条3号の法意について,判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があることを疑うに足りる顕著な事由があり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときに破棄を許す趣旨を示した。
最高裁昭和30年9月29日判決(昭和30年(さ)第2号,住居侵入,食糧管理法違反被告事件につきなした一,二審判決及び三審決定に対する非常上告,最高裁判所第一小法廷,刑集第9巻10号2102頁,破棄自判)は,非常上告の可否を論じる過程で,411条が職権調査を許す規定であって,常に職権調査を義務付ける規定ではないことを示している。
3 上告審の実務資料と関連記事
東京弁護士会LIBRA2010年3月号34頁~35頁の大橋君平「上告審の弁護活動について」は,411条による破棄には「著反正義」という高い要件があり,事実誤認及び量刑不当による破棄が限られた場面で問題となることを実務家向けに説明している。
上告審の手続及び関連資料については,次の記事も参照されたい。
⑥ 最高裁判所調査官
第6 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「刑事訴訟法」(405条,410条,411条,413条及び414条)
2 裁判例
② 第2に掲げた被告人側のみの最高裁判決55件及び第3に掲げた双方上告事件1件(各項に裁判所ウェブサイトの個別詳細ページ,事件番号,事件名,裁判体,掲載誌及び判示事項を記載)
③ 最高裁昭和28年11月27日判決,最高裁昭和30年9月29日判決及び最高裁平成21年4月14日判決(第5に個別詳細ページ及び書誌情報を記載)
3 書籍・論文等
① 伊丹俊彦・合田悦三編集代表『逐条実務刑事訴訟法』立花書房,2018年,1156頁~1163頁及び1167頁
② 中山善房・古田佑紀・原田國男・河村博・川上拓一・田野尻猛編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第3版〕第9巻』青林書院,2023年,643頁~644頁,671頁及び680頁
③ 白取祐司『刑事訴訟法〔第11版〕』日本評論社,2026年,538頁~541頁
④ 大橋君平「上告審の弁護活動について」東京弁護士会LIBRA第10巻第3号,2010年3月,34頁~35頁